「娘を呼んでまいりますので少々お待ちください」
そう言い残し、宰相は屋敷へと入って行った。
彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。印度神油
「リディ!リディ!!」
宰相が呼ぶその名前は彼女の愛称なのだろう。自分も是非呼びたいものだと思う。
彼女の名前を聞き、待ちきれなくなってしまった私は宰相の後を追うことにした。
ゆっくりと歩いていくと召使たちが私の姿を見て、次々と頭を下げる。
すでに宰相から話を聞いているのだろう。よくしつけられた召使の態度に、流石だなと感心した。
そうして玄関ホールに入り、辺りを見回す。
私の正面に宰相の後ろ姿が見えた。そちらへ歩みを進める。
と、ふいに視線を感じ、自然と顔をそちらへ向けた。
――――ああ、彼女だ。
目が合ったのは、まさしく今朝逃げられてしまった彼女だった。
紫色の目を大きく見開き、信じられないという表情をしている。
彼女の姿を目にすると同時に、私の中で愛しさが膨れ上がった。
歓びに口元が緩む。
仮面越しではない彼女の姿に心が満たされた。
無粋な仮面を取った彼女は昨夜みたままに美しく、あっという間に私の心を奪っていく。
嗚呼、今すぐ彼女を抱きしめたい。
宰相が私を来た事を彼女に告げてくれるが、それも耳には入っていなかった。
ただ彼女を陶然とみつめていた。
「……王太子殿下?」
彼女の紡ぐ声に我に返る。話しかけられたことは嬉しいが、呼ばれた名称には眉がよった。
無粋だな、と暗然とする。
そんな誰もが呼ぶ名称ではなく、私の名前を呼んでほしい。
ずっとそう願っているというのに。
柔らかな甘い声で『フリード』と、愛しい彼女にだけ呼ばれたいのだ。
我慢できなくなった私は、即座にその思いを実行に移した。
彼女の前に移動し、愛を乞うように跪く。何の躊躇いもなかった。
「初めまして、愛しい姫。私の名は、フリードリヒ・ファン・デ・ラ・ヴィルヘルム。今回貴女とこうして婚約の運びに至ったことをとても嬉しく思います。一度お顔を拝見したいと思い、こうして先触れもなく来てしまいましたが、ご迷惑でしたか?」
そうだ、私はこうしたかったのだ。
彼女に求婚し、会心の笑みを浮かべる。
すでに私たちは婚約者だという立場ではあるが、彼女は私がこの婚姻に対しどう思っているのか分からないはずだ。
私の明確な意思を理解してもらう為にも、宰相のいるこの場での求婚は意味があるものだと思えた。
実際宰相は、私の本気を目の当たりにして目頭を熱くさせていた。
彼女はまさか私がそうでるとは思っていなかったのだろう。
私を見つめたまま石のように固まってしまっていた。
そんな娘を父親が咎めるように急かす。
父親の責めるような視線に負け、彼女はものすごく不本意そうに私に応えた。
「……そんな、迷惑だなんて。恐れ多い事です、王太子殿下。私はリディアナ・フォン・ヴィヴォワールと申します」
宰相、協力に感謝する!!
例え不本意だろうが、彼女から求婚の承諾を得た事が嬉しくて仕方ない。
渋々差し出してきた手をとり、そのすべすべとした甲にキスをした。
これで婚約は完璧に成立した――――!!
喜悦の表情で、私はさらに自分の望みを告げる。
「ありがとう。私の事はフリードと呼んで下さい。リディアナ姫。貴女の事はリディと呼んでも?」
「どうぞ、殿下のお好きに」
彼女からは、名前で呼ぶものかという気迫が伝わってくる。
それに気づけども、可愛らしい抵抗にしか思えず、正直笑みしか浮かばない。
少なくとも、彼女をリディと愛称で呼ぶ許可は取った。
今はそれだけでも構わない。男宝(ナンパオ)
「照れているのですか?愛しいリディ。今はいいですが、そのうちフリードとその可愛らしい声で呼んで下さいね」
私のお願いに震える彼女にもう一度微笑みかけ、宰相に声を掛けた。
「宰相、私はリディと二人だけで話がしたいのだけどいいかな?」
その言葉に目の前のリディが強く反応するも、宰相は私の目をみて頷いた。
先ほどの求婚によって、彼の私に対する信頼はかなり高まったようだ。
二人きりにして欲しいという望みをあっさりと許可してくれた。
「勿論ですとも。では、どちらにご案内いたしましょう?我が屋敷の応接室などでしたら、殿下もご不快な思いをされないかと存じますが」
「私はリディの部屋をみてみたいな」
急な展開について行けず、目を白黒させるリディを放って宰相と話をつける。
やはり、事前に根回しをしておいて正解だった。
彼の協力なしにはこの展開には到底持ち込めなかっただろう。
「左様ですか。殿下のお心のままに。……ではリディ。くれぐれも王太子殿下に失礼のないようにな」
「……はい、お父様」
がっくりと肩を落とす彼女に、笑いが込み上げる。
嫌々部屋へと案内する彼女の後に続き、その背中を追った。
小さなため息が聞こえる。
そんな彼女の様子に、つい声を掛けてしまった。
「ため息なんてついてどうしました?リディ。貴女の美しい顔にそんな憂いの表情なんて似合いません。どうか笑ってください」
「殿下……」
複雑な顔をして私をみるリディは、何でもありませんと首を振った。
……しかし先ほどから不思議で仕方ないのだが、彼女は全く私に気が付いていないようだ。
下手をすれば玄関で会った時にでも反応されるかもしれないと思っていたのだが、ここまで気づかれないと逆に感心する。
髪の色は仕方ないにしても、声は変えていない。
あれだけ長い時間、話しをし、共に過ごしたのだ。気づく可能性は十分あると思うのだが、それだけ彼女が混乱しているということなのかもしれない。
彼女が自分に興味がないからというありえそうな理由には気づかないことにして、私は再び彼女の姿を追った。
自分の部屋へと案内してくれた彼女は私を通すと、マナーを守って部屋のドアを少し開けたままにした。
今さらとこちらとしては思わなくもないが、彼女は気づいていないのだ。
婚約者が相手とはいえ未婚の女性としては当然の配慮だろう。
だがそんなリディを見て、やはり彼女に欠けているのは『男女の作法』のみなのだと確信した。
「私の部屋です。特に面白いものなどございませんが……」
彼女の部屋は、二間続きだった。
案内してくれたこの部屋が生活空間で、奥の部屋が寝室なのだろう。
大きめのソファに座り彼女と二人向かい合う。
彼女がこの空間で生活しているのだと思えば、何もかも新鮮に思えた。
「リディがここで生活していると思うだけでも、私には興味深いです」
「……そうですか」
正直な感想を述べたのだが、あまり本気には取ってもらえなかったようだ。
改めて彼女を観察する。
印象的なアメジストの瞳に、艶やかな茶色い髪の毛。
しゃんと背筋を伸ばした姿は見惚れるほどに美しく私を惹きつけて離さない。
惚れ直すと同時に、昨夜の彼女の痴態を思い出して下半身が熱をもった。
慌てて思考を切り替える。房中油濕巾
それでも彼女から目が離せない。
恋とはこういうものかと思いつつ、お茶の用意にやってきた召使が頭を下げて出ていくまでの間、彼女が無言なのをいいことにうっとりと見つめ続けた。
だが、幸せな時間は長くは続かなかった。
召使が出ていくなり突然彼女が思いつめた顔で立ち上がったのだ。
「で……殿下!!」
「何ですか?リディ」
どもりながらも私を呼ぶリディに、微笑みながら返事をする。
ああ、どんな表情でも可愛い。
叶う事なら、早くフリードと呼んでくれないだろうか。
「わ……私、殿下に大事なお話があります!!」
彼女を見つめ笑みを浮かべていると、彼女は唐突にそう述べた。
話の内容は予測済みだ。どうぞと、話の続きを促した。
何せこれを防ぐために、わざわざ宰相とともにやってきたのだから。
彼女は真剣な顔をすると、自分に気合を入れるように口を開いた。
彼女にとっては一生の問題なのだろう。
必死さが伝わってくるが、こちらも当然逃がす気はない。
「わ、私、殿下とは結婚できません!!」
……分かっていても、聞きたくない言葉だ。
……うん、でもごめんね。
それはできないんだ。諦めて?
彼の反撃
言葉を発した後、答えない私に耐え切れなくなったリディは俯いた。
彼女の心の内が手に取るようにわかる。私がどう言うのか不安で仕方がないのだろう。
様子を窺っているのが丸わかりの態度に、どうしようかなとわざとワンテンポ置く。
「……理由を聞いても?」
彼女に最早逃げ道などないことは分かっている。
その余裕から微笑みを保ったまま、理由を問うた。
そうすればあからさまにほっとした表情をし、神妙に膝をつく。
何をする気なのは大体予想はつくが、とりあえずはリディの好きなようにさせてあげよう。
そう思い、彼女の話を聞くことにする。
悲壮感を漂わせながらも父親は悪くないから責めないでほしいと、自分が全ての責を負うと言うリディに、そこまで思いつめる必要はないのにと思う。
もし、と考える。婚約者が彼女ではなく別の女性だったとして。同じことをしてきた場合私はどうするだろうか。
意に沿わない婚約を回避できたと喜ぶか、それともよくも馬鹿にしてくれたなと激昂するか……。
結論は簡単だった。何とも思わない。
昨日の夕食の内容よりもあっさり忘れてしまうだろう。そんな自分が簡単に想像できる。
当然、責を負わせるなんてそんな面倒なこともするはずがない。
だが、リディとなれば話は別だ。そんな結末許せるはずがなかった。
いや、違うな。そんな状況に陥らせない、が正解だ。
「仰々しい話ですが、いいでしょう。これから先は、リディと私だけの話という事にします」
「ありがとうございます」
「それで?結婚できないとはどういうことです?」
内心は綺麗に隠して、リディに問う。
まずは彼女に全て胸の内を吐いてもらって、話はそれからだ。
「お恥ずかしい話なのですが、私は殿下と結婚できる資格を有しておりません」
「資格?貴女は筆頭公爵令嬢で、年も若く美しい。何よりこの私が貴女を欲している。何も問題はないように思いますが?」
「お戯れを、殿下。私にそのような価値などございません。殿下には大変申し訳ないのですが、私……その……」
一生懸命私に伝えようとしたリディが、急に言い淀んだ。
『処女ではない』とは流石に言い辛かったのだろう。大胆な行動の割に、些細な事を躊躇する彼女が可愛いと思った。
そんなリディに微笑みながらも、手助けをしてやる。樂翻天
「……もしかして、貴女は処女おとめではない。そう言っていますか?」
そう確認するように言えば、物凄い勢いでこくこくと頷いてきた。
ああ、もう分かっているからそんな可愛い仕草で私を煽らないでくれるかな。
「そうです。言い訳にしかなりませんが、本当は本日中にでも父が帰宅した折に、その話をしようと思っておりました。殿下と婚姻を結ぶ資格もない私が、殿下にお名前を名乗らせてしまうなどという失態。本当に申し開きようもございません。お叱りは幾重にもお受けいたします」
一通り彼女の言い分を聞いて、つい『危なかった』と声が漏れた。
一日でも遅れていたら、間違いなく面倒な事になっていた。
だが、間に合ったのだからもういい。
おそらく、彼女の策はここまでだ。
私は十分待った。
……もう、捕まえてしまってもいいよね?
「気にする必要はありません、全く問題ありませんから」
「は?」
にっこり笑い、そう言い切るとリディの目が点になった。
予想外だったのだろう。必死になって如何に処女性が大事かを訴えてくる。
うん、まあそれはそうなんだけどね。結果として貴女の処女は私が貰ったのだし、儀式は完了しているから何も問題ないんだよ。
言葉にはせず苦笑しながら、リディの言葉を聞いた。
「殿下!!」
泣きそうな顔で声を荒げるが、私は引かない。
「婚約は解消しません」
「だから、何故です!!私は処女おとめではないと言っているのです。王族との結婚は処女おとめであることが何よりも求められます。私よりも貴方の方がよっぽど分かっているはずでしょう!?」
リディの強い言葉に思わず吹き出す。
ああ、彼女だなあと怒られながらも思ってしまった。彼女のこういうはっきりとしたところがたまらない。
「ふふっ……」
「何がおかしいのですか!!」
「ごめんごめん」
怒りに打ち震えるリディに謝って立ち上がる。
もう、限界だ。
今度こそ、彼女を手に入れる。そして二度と逃がさない。
自然な動作で彼女の方へと移動する。
警戒しつつも、此方の様子をうかがうだけのリディを立ち上がらせた。
そしてそのまま抱きしめる。
「殿下!?」
「あー、ようやく捕まえた」
「は?」
今朝方ぶりの彼女の柔らかい感触に息を吐く。
腕の中で暴れるリディの抵抗を封じ込め、抱きしめる力を強くした。
彼女の甘い匂いに心が歓喜に打ち震える。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃないか。責任は取るって何度も言ったでしょう?……貴女の処女おとめは間違いなく私が貰ったのだから何も問題はないよ。そのことは誰よりも私が一番よく知ってる。誰にも文句は言わせない」プロコミルスプレーprocomil spray
そろそろ私の正体に気づいてもらうため、わざと普段の口調に戻せばみるみるリディは青ざめていった。
……分かってくれただろうか。
それでも駄目押しとばかりに彼女の耳元で囁いた。
「酷いよ。目が覚めたら、求婚して城に連れて帰ろうと思っていたのに。さっさと私を置いて帰ってしまうんだもの。抱きしめていたはずの貴女は何故か枕に変わっているし……ねえ?ダイアナ」
腕の中で完全に固まってしまったリディの反応を楽しみつつ、私は言葉を続ける。
「あなたを探すのは大変だったよ。だって何も教えてくれないのだからね」
「……ア……ポロ?」
ようやく昨日自分を抱いた男が誰なのか分かったのだろう。
恐る恐る尋ねてくる彼女に正解だよといい、腕に力を込めた。
それでもまだ信じられないという顔をしている彼女に、1つずつネタ晴らしをしていく。
その度にショックを受けていくリディを宥めるように、小さなキスをいくつも落とした。
「ちょ……やめ……」
「つれないなあ。昨日はあんなに情熱的に愛し合ったっていうのに。ねえ、どうして貴女みたいな人があんな夜会に来たの?」
予測はつくが一応彼女の供述も聞こうと、この機会に尋ねておく。
暴れる彼女の可愛い抵抗は封じておく。
悔しさに顔を歪めながら私を睨みつけたリディは、被っていた猫を取り払った。
「……貴方と結婚したくないから、手っ取り早く処女喪失しようと思っただけです!!それで後腐れなさそうな遊び人の噂を思い出したから……」
「やっぱりそれが目的か。……それであんな風に誘いに乗ってきたんだね。まあ目的は私だったみたいだから今回は許してあげるけど。……二度は許さないよ?」
思った通りの理由に、だけど彼女の口からでた言葉に怒りが込み上げる。
今回は私が相手だったからよかったものの、やはり別の誰かという可能性だってあったわけだ。自分以外の男とだなんて思う事すら許せそうもない。
嫉妬に焼き切れそうな思いでリディを見ると、気まずげに視線を逸らされた。
「……私とあなたの関係はあれで終わりです。二度なんてありません」
「やだなあ。私たちは正式な婚約者じゃないか」
「だからそれは解消すると!!」
リディがそう言葉にした瞬間、自分でもわかるくらい酷く残忍な気分になった。
馬鹿な事をいう彼女をどう懲らしめてやろうか。そんな想いが頭の中を支配する。
「……同意しないよ。当たり前じゃないか。夜会で一目ぼれした彼女が、自分が探し求めていた理想そのものだったんだよ。しかもすでに自分の婚約者。こんなおいしい状況、私が見逃すはずがない。……絶対に逃がさない」
そう宣言して、彼女を捉える。
「理想って何」と尋ねるリディには答えない。
『男女の作法』という言葉さえ知らない彼女が知る必要はない。
さらりと話題を変える。
「でもさ、筆頭公爵令嬢の貴女と、王太子である私が今まで一度も会ったことがないだなんておかしな話だよね……」
どうせ彼女が一枚噛んでいたんだろうと思い話題を振ってみた。
「宰相は貴女と私を会わせたかったみたいだし、実際何度もセッティングはされた。なのに今まで一度も実行されたことはなかった。どういうことかな?」
そう聞けば、リディはもうどうでもいいと苦々しげに口を開いた。
「……父が私の夫に殿下を望んでいたことは知っています。私にできる、ありとあらゆる手段を使って逃げました」
「じゃあ、病弱という話も嘘?」
「病気なんてほとんどかかったことがありません」
どうやら、全て彼女の策略だったらしい。
しかしそこまでされると、本気でへこむ。
思わず天を仰ぎながらつぶやいた。
「参った、私はそこまで嫌われていたの?」早漏克星
没有评论:
发表评论