2015年9月17日星期四

マルシアと……

 1月21日。
 ごたごたも終わり、一息ついた仁は、エルザ、礼子を伴ってポトロックを訪れた。
 公にではないので、海蝕洞窟にある転移門ワープゲートを使ってである。

「ああ、潮の香りも蓬莱島とは違うな」
「ん、わかる」
 人々の生活があるからか、ポトロックの潮風には活気がある。悪くいうと少々魚臭い。
 ゆっくり歩いてマルシアの工房へ向かう仁たち。蓬莱島より更に南にあるポトロックの風は暖かい。威哥王三鞭粒
「あ、ジンさん!」
 工房前の道を掃除していたジェレミーが、仁たちに気が付いた。
「やあ、おはよう」
「お、おはようございます!」
 箒を手にしたまま、ジェレミーは店に駆け込んだ。
 僅かな時間の後、マルシアとロドリゴが飛び出してくる。
「ジン! エルザ! レーコちゃん!」
「ジン殿! エルザ殿!」
 まだ1ヵ月は経っていないが、年が明けたことで、一同は改めて挨拶を交わす。『今年もよろしく』、と。

 そして、仁は、マルシア工房が突き当たっている壁についての相談を受けた。
 すなわち、駆動機構である。
「大型化するとベルトが保たない、か」
「そうなんだよ、ジン」
 マルシアが遭難した際のも、負荷が掛かってベルトが切れ、一時的に立ち往生したことも一因である。
「……わかった。そうすると、『崑崙島』からの購入、という形でいいかな?」
 仁が提案する。
「ああ、そういえば、『崑崙君』とかになったんだって?」
 思い出したようにマルシアが言う。
「何になろうが、ジンはジンだよな?」
 そんなマルシアの言葉に仁は大きく頷く。
「もちろんさ。これまで通りに接してくれればいい」
 仁の言葉にマルシアもほっと小さく息をついて微笑んだ。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。で。何を売ってくれるんだ?」
「チェーンとスプロケット(チェーン用歯車)、だな」
「?」

 ベルト駆動では、摩擦力を使っている関係上、大きな力が掛かった場合には滑りを起こし、効率が落ちる。
 一方、歯車装置は、距離の離れた2つの軸を駆動するには、重さの点で少々不利。また、精密さが要求される歯車を作れるのは今のところ仁だけだ。
 その仁も、歯車開発時には非常に苦労していたのだから。
 一方、チェーン……正式にはローラーチェーンは、異民族、ミツホ国で自転車に使われており、この世界に現存する技術製品である。
 魔法工学師マギクラフト・マイスターである仁が再現することができても不思議ではない。

 仁は簡単な絵を描いてマルシアに説明した。
「ふうん、こんなものがあるのか……」
「こんな物を作れるのはジン殿くらいですな」
 マルシアとロドリゴは感心したのである。
「これなら、かなり大きな力が加わっても切れたり滑ったりはしない。それに前後のスプロケットの径を変えることで減速し、回転力を増やす事もできる」
 その説明にマルシアは顔を輝かせた。
「うんうん、いいな、それ! 『噴射式推進器ジェットスラスター』なんてのもあるけど、うちの工房はやっぱり水車駆動で行きたいよ!」
「と、なると、規格を決めた方がいいな」
 全部を自分の工房で作るのではなく、一部を外注する際には当然のことである。
 仁はマルシアとロドリゴから話を聞き、駆動用水車の大きさを決め、それに必要なスプロケットの径を決めた。
 必然的にチェーンの長さも一定範囲で決まってくる。
「うんうん、やっぱりこれだよ! ジンと打ち合わせしていると、打てば響くというか、痒いところに手が届くというか、こちらの要望をすぐに汲んでくれるからね!」
 そっちが異常であることに気が付いていないあたり、マルシアもかなり仁に毒されてきているようだ。
 ロドリゴは何も言わず、そんな娘を微笑みながら見つめている。
 エルザは、初めて見るローラーチェーンという構造に興味津々。
 ジェレミーとバッカルスは尊敬の眼差しで仁たちを見つめていた。

 チェーンとスプロケット、1セットで小が2万トール、中が3万トール、大が4万トールという契約も交わす。
 ただし、今のマルシア工房には予算がないので、後払いとなる。
「それじゃあ、明日にでも小を2セット、中を2セット届けるよ」
「よ、よろしく頼むよ」
 今日の明日、で準備できるということに若干の驚きを覚えつつも、マルシアは頷いた。

 それからは雑談めいた話になり、いつしか泳ぎに行こうかという話が出ていた。
「私は留守番しているからみんなで行ってくるといい」
「父さん、いいのかい?」
「ああ、いいとも。行っておいで」MMC BOKIN V8
「私も留守番しています」
 ロドリゴとアローが留守番をしているということで、仁は礼子に水着を取りに行かせた。
 5分ほどで戻って来た礼子を見てマルシアは、
「……どこまで取りに行ってきたかは聞かない方がいいんだろうね」
 と、半ば悟ったような顔をしていた。

 マルシアの家で着替える仁たち。
「わあ、エルザさん、その水着ってあの時の!」
 ジェレミーが歓声を上げた。
 そう、エルザは昨年のゴーレム艇競技に着ていた水着。マルシアも同様だ。
 そう言うジェレミーも、同じようなデザインのワンピース水着。色はオレンジ。
「あれから、このデザインが流行ってるんですよ」
「ふ、ふうん」
 張本人のジンは黙って頷いておいた。

 ここポルトア町にも海水浴場はある。
 なので、3分ほど歩けば砂浜に出られた。まだ人は少ないようだ。
「あー、泳ぐのも久しぶりだ」
 そんなことを言う仁。年末にラインハルトたちと来た時も泳いだことを忘れているようだ。
「そういえば、今年のレースってどうなってるんだ?」
 ぷかぷか浮かびながら仁が尋ねると、マルシアが残念そうな顔で答える。
「うん、もちろんあるよ。あたしは参加しないんだけどね」
「そうなのか」
「残念だけど、店が忙しすぎてさ。その代わり、リーチェのバックアップをすることになってる」
「リーチェって……ああ、去年はバレンティノのチームだったあの子か」
 小柄だがプロポーションがいい子だったよな、と仁が思いだしているその横では、何となく勘付いたのか、エルザが睨んでいた。
「そうそう。今年も同じ規定なんでね。うちの工房で彼女の船を手掛けたんだよ」
 シグナスの発展型の双胴船を造ったというマルシア。もう引き渡し済みで、リーチェは練習に明け暮れているらしい。
「でもな……アローほどの性能を持つゴーレムを誰も作れないんだよ。……『魔法工学師マギクラフト・マイスター』、ジンに匹敵する魔法工作士マギクラフトマンがいるわけないから当たり前っちゃ当たり前なんだろうけどね」
 マルシアは笑って、あの時、そんな仁を見つけられた自分は幸運だった、と言った。
「そうだな……あれがあったから、俺もエルザやラインハルトと出会えたんだしな」
 それを聞いていたエルザは少し頬を赤らめていたが、仁は気が付いていない。

 冬とはいえ、南国の空は青く、風は既に春の香りがしていた。

セルロア王国では
 ある日のセルロア王国。
「何? 『崑崙君』だと?」
「はい」
 セルロア王国国王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアは鼻で笑った。
「ふん、取るに足らない離島の所有を主張しているのか。構わん、許可してやれ」
「よろしいので?」
「当たり前だ。我がセルロア王国が、そんな吹けば飛ぶような島を気にする価値もない」
 この日のリシャールは機嫌が良かった。
 というのも、昨日、『セルロア式熱気球』による国内地図ができあがってきたのである。
「ふむ、アスール湖はこのような形をしているのだな。で、ナウダリア川がこう流れ、アスール川とトーレス川はここで合流し、我が首都エサイアは……」
 その地図には、当然ながらエゲレア王国、ショウロ皇国、フランツ王国、クライン王国などの一部も描かれていた。
「ここに砦が……ふふふ、これがあれば戦術も立てやすくなるというものよ」
 完成したばかりの地図を前に、ご機嫌なリシャール・ヴァロア・ド・セルロアであった。

 またある日。
「我が君、お呼びでございましょうか」
 リシャールの前に跪いているのは食糧庁長官のクヌート・アモント。官吏としての身分は中の下くらいであるが、昨今の食糧不足のため、呼び出される頻度は増えていた。
「クヌート、食糧の確保はどうなっておる?」
「は、我が君。先日出していただきましたお触れにより、各地方官に臨時の徴税を命じました。間もなく首都エサイア住民全部に行き渡る量の小麦が届く手筈であります」
「うむ、よくやった」
「ありがたきお言葉」
 クヌート・アモントは、国王の勅許を得て、特にコーリン地方に8公2民という重税を課していた。収穫の8割を国に召し上げられてしまうことになる。
 元々コーリン地方は、かつてコーリン王国と呼ばれていた。それを、200年前に侵略同然のやり方で併合したのである。
 ゆえに、コーリン地方は王国の中では1段低く見られていたのである。
 同様に、東部のリーバス地方も、100年前にリーバス王国が併呑されてできたのであるが、こちらは遊牧民が多い地方のため、税も羊毛が主であり、食糧調達には適していなかったのである。
 が、甘やかしてはならぬとばかりに、その羊毛も例年の4割増しで取りたてられており、住民の不平不満は募っていた。

 そしてまたある日。
「我が君、エカルトの大型船、接収完了しました」
「ふむ、続けろ」
「はっ。試験航行を終えて戻ってきたところを捕まえ、船の譲渡を求めたところ、『快く』譲って貰えたとのことです。その際、無償では我が君の威信に傷が付くので、なんと1万トールを下げ渡したとのこと」
「ふふ、なかなかやるではないか」天天素
「はっ。更には、船を建造したドックと工員、それに船の乗員の大半もそのままこちらのものにしたそうであります」
「よくやった。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉」

 またまたある日。
「何、レナード王国跡でゴーレムが多数発見されただと?」
「はい。エゲレア王国に潜り込ませた間諜から連絡が入りました」
「ふむう……。まだそんな遺跡もあったのか。彼の国に占有させるのは癪だな。我が国からも兵を出せ」
「はっ」

      

「……もうおしまいだ……」
 セルロア王国南端、クゥプの町で、1人の男が頽くずおれていた。
 彼の名はエカルト・テクレス。
 クゥプの町で、隆盛を極めた『元』大商人である。
 だが、彼が情熱と財産を注ぎ込んで建造した大型船、『ブリジット』を、国に召し上げられたのである。
 同時に、それを建造したドックを含む家屋敷と使用人たちをも。
 払われたのは1万トール(約10万円)のみ。
 船員たちも、派遣された兵隊を恐れ、大半がそのまま船と共に国に仕えることとなったのである。
 反論は許されなかった。500を超す兵士を前に、一介の商人が何を口にできるというのか。
「エカルト様、元気を出して下さい」
 意気消沈するエカルトを慰めたのは彼お抱えの魔法工作士マギクラフトマン、アルタフ。しかしその実は仁が作った第5列クインタ、レグルス50である。
「奥様、お坊ちゃまも」
 エカルトの妻、ポーレットと息子ミッシェルに付いているのはアルタフの妻、ギェナー。その正体は第5列クインタのデネブ30であった。
 今や、没落したエカルト一家に付いているのは彼等、第5列クインタだけ。
「……ありがとう。君たちはなぜ出て行かないんだね……?」
 力なく礼を言うエカルトに、アルタフは微笑みながら答えた。
「我々はセルロア王国の者ではないですからね。この国に未練も何もありませんし」
「そうだ、ショウロ皇国へ行きませんか?」
 ギェナーが後を続けた。
「ショウロ皇国……?」
「ええ。ヴィヴィアンさんやステアリーナさんも亡命してますよ」
「亡命、か……」
「あの国なら知り合いもいます。いつまでもここにいても仕方ないでしょう?」
「……」
 アルタフたちの言う通り、最早この国に未練はなかった。彼の生まれもここクゥプではなく、内陸部のワトスであったので、土地にも未練はない。
「あなた」
 ポーレットに声を掛けられ、エカルトはゆっくりと立ち上がった。
「……そう、だな。まだ私にはお前たちがいる。別の国で親子3人、何とか食べていければ、それでいいな」

 アルタフとギェナーはゴーレムを1体連れており、それが一行の荷物を運んでくれたので、道中は楽なものであった。
 このゴーレムの正体も、もちろん仁の作った職人スミスゴーレム、スミス40である。

 彼等は海岸沿いに西へ。5日掛けて160キロを踏破し、イゾルという町に辿り着いた。
 町の西を流れるボーダー川の向こうはショウロ皇国である。
 が、対岸には町も村もなかった。
 30キロほど北にキインという村があるのだが、それ以前にまず問題は川をどうやって渡るかである。
 無断越境は重罪である。川沿いには国境警備兵が巡回していて、見つかれば即逮捕。セルロア王国の法では終身労役となる。
「夜中に渡ってしまいましょう」
 簡単に言うアルタフに、エカルトは不安げに頷くしかなかった。ポーレットも不安げな顔。
「大丈夫です、いざとなったら我々が盾になりますから」
 ギェナーはそう言ってエカルト一家の不安を慰めるのであった。
 そしてその言葉通り、アルタフが『ちょいっと』作った筏で、一行は無事ボーダー川を渡河。
『不思議なことに』渡り終えるまで、国境警備兵の巡回はなかったのであった。

      

『エカルト一家が亡命ですか』
 蓬莱島では、第5列クインタであるアルタフとギェナーから定期的に連絡を受けており、老君は既に計画を練り上げていた。痩身の語(第三代)
『セルロア王家には反省してもらいましょう。尤も、あの傲慢な王家はこのくらいでは何も感じないでしょうが、『蟻ありの一穴いっけつ』というものを教えてやりましょう』
 別名『千丈の堤も蟻の一穴より』。堅固に作った堤防も、蟻が空けた小さな穴が原因となって崩れ去ることもある、ということわざである。
 ステアリーナ、ヴィヴィアンに続き、エカルト・テクレス。
 人材の流出が国家にとってどれだけの損失であるか、現セルロア国王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアにゆっくりと思い知らせてやろうと、老君は考えていたのである。

      

 3458年、1月19日。
「セルロア王国からの亡命者ですって?」
 ロイザートの女皇帝の下へ、ワス湖畔、シモスの町から知らせが届いた。
「はい、『ベルンシュタイン』と同等の大型船を開発した商人だそうです」
「ジン君に名前を聞いたことがあるわ。優秀な商人だって話よ。ロイザートに招きなさい」

 エカルト一行は無事ショウロ皇国に辿り着くことができた。
 そして、ステアリーナ、ヴィヴィアンに続き、ショウロ皇国在住の外国人登録者第3号、4号、5号となったのである。

その後……
 フリッツらが、逃げ出した馬をなんとか呼び集めた時には、デウス・エクス・マキナとレイはどこにも見あたらなかった。
「マキナ……いったい何者なんだ」
 一行がようやく落ち着きを取り戻したのは午後2時、もう大きく移動できる時刻ではない。
 だが、岩狼ロックウルフや牙猪サーベルボアが出没し、化け物に襲われたこの場所に長くとどまりたい者は誰もいないのも事実。
「少し移動するぞ!」
 クライン王国調査隊隊長のベルナルドとエゲレア王国調査隊隊長のブルーノは、憔悴しきっていたため、やむなくフリッツが一行を率いることになった。
 最もダメージを受けた『ゴリアス4』はなんとか歩くことだけはできそうなので、可能な限り歩かせることにした。
 その日は10キロほど移動した場所にテントを張り、休息。
 誰も彼も疲れてはいたが、フリッツは率先して夜警を買って出たのである。

「……フリッツ様、お疲れでは?」
 もうすぐ交代の時刻となる深夜少し前、交代要員のシンシアがやって来た。
「……このくらい、何でもない」
「ですが、かなり顔色がお悪いようですが」
「……そうか? 暗いからだろう」
「少し早いですが交代いたします。お休み下さい」
「……すまない。そうさせてもらう」
 心配そうなシンシアの言に、フリッツは一つ頷くと、自分のテントへと戻ったのである。
 その背中を見つめながら、シンシアは小さく溜め息をついたのであった。

      

「ジン兄、ありがとう」
 蓬莱島司令室で魔導投影窓マジックスクリーンを見つめていたエルザが、ほっと息を吐き出した後、呟くように言った。
 実の兄フリッツが危ないところを、デウス・エクス・マキナが救ったところを見ていたのだ。
「うん、間に合って良かったな」
 仁が頷いた。
『御主人様マイロード、マキナ及びレイ、帰還しました』
「ああ、ご苦労だった」
 司令室にマキナとレイが現れた。
 今回のマキナは老君が操作していたのだ。そしてレイはというと。
「お父さま、ただ今帰りました」
 礼子が中に入って操作していたのである。
「お帰り。どうだった、『レイ』の具合は?」
「はい……申し上げ難いのですが……あまり良くないです」
「そうか、やっぱりな……」
『レイ』の正体は礼子。両腕には『延長エクステンションの籠手ガントレット』、両脚には『延長シークレットの靴ブーツ』を履き、フルフェイスの兜を被り、鎧に身を包んだ状態である。
 こうして体格を20センチほど誤魔化していたのだが、これで動きやすかったらその方がおかしいというものだ。
「だけど正体を知られずに行動できるんだから我慢してくれ。次回はもう少しましな物にするから」
「はい、期待しています」
 全部、仁が間に合わせで用意した物だ。調査隊の危機を知り、およそ5分で全部作り上げ、マキナとレイを『転送機』で現場へ送り込んだ。
 そしてなんとかフリッツの危機に間に合ったというわけだ。
 帰りは、少し離れたところに転移門ワープゲート搭載の『ペリカン1』を送り込み、蓬莱島へ戻ってきた、とこういう手順である。K-Y Jelly潤滑剤
「老君、アン、それで、あの怪物については何かわかったか?」
『はい。魔導大戦時の遺物……失敗作なのは間違いないでしょうね』
「『ギガース』の亜種のようなものか」
 仁の呟きにアンが同意する。
「私もそう考えます。『ギガース』と同様、作ってはみたが使い勝手が悪すぎた、廃棄するのは惜しい、なら使い途が見つかるまで保管しておこう、と、こういう背景ではないかと」
 色々な可能性を検討してみた結果、そういう結論に達したということである。
 石のように見えたものが特殊な『魔力核コア』だったのだろう。
 仁もその可能性が高そうだ、と頷いたのである。
「だけど跡形もなくしちまったな」
「はい、あの場合は仕方ないかと」
 工学魔法『加熱ヒート』に見せかけてあるが、その実は『超冷却アブソリュートゼロ』と対極をなす、『超過熱オーバーヒート』。原子がプラズマ状態になるまで対象物の温度を上げてしまう魔法だ。
 このため、対象がどんな物質だろうと、後腐れ無く無害になってしまうのである。

「……旧レナード王国にはまだそういう遺物が眠っている可能性もありますね」
 アンが付け加えた。
「そうだな。老君、今回の遺跡について、何かまだ残っている可能性もあるから追調査しておいてくれ」
『わかりました。今回の出来事を踏まえて、既知の遺跡も調査するように致します』

 第5列クインタを使い、旧レナード王国の遺跡調査を進めている老君であるが、住民に知られている遺跡は後回しにし、未知の遺跡の探索を優先していたのである。
 そのため今回のような事が起きてしまい、老君もやり方を改めようというのだ。
「任せる」
 仁は頷いた。更にアンが助言を口にする。
「ごしゅじんさま、それに加え、セルロア王国の動向にも注意した方がいいと思います。あの国にも遺物は沢山あるはずですから、それらを研究していて事故を起こさないという保証はありませんし」
「わかった。老君、セルロア王国での第5列クインタに伝えておいてくれ。必要なら数を増やしてもいい」
『わかりました』
 そして仁は、気になっている事を尋ねた。
「ああ、あと、グロリアはどうなっている?」
『はい。応急手当のあと、熱気球で最寄りの町へ運んだあとは追跡トレースしておりません。調べますか?』
「そうだな……緊急性がなければ慌てなくていいか。命に別状はなさそうなんだろう?」
 それに関しても楽観的な回答が返ってくる。
『はい。腐食液による火傷のようなものですから、上級治癒魔法で治ると思われます』
「それなら、いつでも見舞いに行けるように、居場所だけは把握しておいてくれ」
『そのように取りはからいます』

      

 一晩を過ごした調査隊は、予定通りに南北に別れることになる。
 クライン王国調査隊は南へ、つまりエゲレア王国へ。
 エゲレア王国調査隊は北へ、つまりクライン王国へと。
 それぞれ首都まで行き、各王に謁見する予定である。
「フリッツ殿、お世話になった。またいつか、会えるといいな」
「貴殿たちのおかげで、クライン王国への道が拓けた。感謝する」
「元気でな。また会おう」

 その後は大きな事件もなく、エゲレア王国調査隊は北上。
 そしてクライン王国調査隊も、2日後の1月18日、国境を越え、ヨークジャム鉱山を経てライトン村に至ったのである。
「これで役目も終わりか……」
 独り呟くフリッツ。
 クライン王国調査隊に協力するという役目も、無事とはいえないが終わったのである。
「……フリッツ様、本当にお疲れ様でした」
「ああ、シンシア殿か。貴女方も慣れない遠征で大変だったろう」
「……はい、それはもう。1泊程度の遠征しかしたことがなかったですから。グロリア副隊長と違って」
 グロリアの名が出ると、フリッツは僅かに顔を顰しかめた。
「グロリア殿か。そういえば、この剣も返さないといけないな」
 フリッツの腰には2振りのショートソードが提げられていた。1振りは自分のもの、もう1振りはグロリアの剣である。
「グロリア殿はどこで治癒を受けているんだろうな?」
「……気になります?」
 少し寂しそうにシンシアが尋ねた。
「うん、やはり気になるかな」
「……そうですか……」
 俯くシンシア。そんな彼女を見咎め、フリッツが訝しげに尋ねた。
「ん? どうかしたのか? 元気がないようだが」
 シンシアは苦笑しながら返答する。
「……ほんと、気が利くんだか利かないんだかわからない人ですね」
「え?」
「いえ、何でもないですよ。副隊長ですけど、おそらくグロゥリの町に搬送されたと思います。そしてそこから首都アスントへ行ったのではないかと思います」
「ふむ、そうか。どのみち王都へは行かねばならないからな。その時に剣を返し、見舞いもできるだろう」
「……でしたら、もうしばらくご一緒できますね」
 その言葉を口にする時のシンシアは幾分嬉しそうであった。
「ああ、そうだな。もう『調査隊』ではないが、アスントまでよろしく頼む」
「こちらこそ」
 あと少し、2国混成の部隊は共に歩を進めるようだ。

 季節は寒さの続く1月。まだ春の足音は聞こえてこない。levitra

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