2015年5月27日星期三

ボス戦

「ヒュージスライムって、あの七階層のボスだろ? 俺達で倒せるのか?」

 ヒュージスライムは直径三メートルという巨体を持つ、七階層のボスである。
 特性はほぼスライムと同じだが、その巨体からくる攻撃力と耐久力は、今まで戦ってきた魔物とは一線を画すだろう。蔵八宝
 それにエイトとゲイザーはそこまで強くは無い気がする。
 エイトもゲイザーも長剣のスキルを持ってはいるが、動きを見る限りではユエルのように特別キレが凄いとか、技量があるとか、そういうわけでもなかった。
 なんというか、普通に武器を扱うのが上手い。
 その程度だ。

 「もう一度は倒してるんだよ。ほら、シキを送った時のパーティーメンバーいただろ?」

 エイトが言う。

 「あー、あの時か」

 そういえばあの時、エイトのパーティーには魔法使いもいた。
 ユエルを探しに迷宮に潜った俺が、ボス部屋の前でエイト達に会ったのはただの偶然じゃなかったのか。
 あの時、エイト達はボスを狩った後か何かで、休憩でもしていたのかもしれない。

 「でも、俺抜きで問題なく倒せるなら、俺が行く必要も無いんじゃないのか?」

 「いや、今回もあのメンバーで行くつもりではあるんだが......スライムといってもボスはボスだからな、あの時はなんとか倒すことは出来たが怪我もした。高価なポーションも使うことになって結局赤字でな。そういうわけでまぁ、シキには回復役を頼みたいんだ」

 「あぁ、なるほどな」

 ポーション代を浮かせたいということだろう。
 ポーションは魔法薬の一種だ。
 回復効果の大きさにもよるが、相当高価だったような気がする。

 ......それにしてもヒュージスライムか。
 ヒュージスライムのレアドロップはスライムの雫、高価な魔法薬の原料で、ひとつ二十万ゼニー。
 戦闘一回あたりの時間とドロップ率次第ではあるが、もしかしたらこれで大金を稼ぐこともできるかもしれない。

 しかし、明日ボス狩りに行くとなると、問題はユエルだ。
 正直、ユエルがボス戦で役に立つことはないだろう。
 小柄な体格で、短剣しか扱えないユエルに巨大なヒュージスライムの相手は難しいはず。
 今日も酒場で働きながら留守番してもらう、というのがベストな気がする。

 「ユエル、明日なんだが......」

 そしてユエルに留守番をお願いしようと、横を見ると――

 ユエルは「明日が楽しみですね、ご主人様!」とでも言わんばかりのキラキラとした目で俺を見ていた。
 行く気満々じゃないですか、ユエルさん。
 どうやらしっかりエイト達との話を聞いていたようである。

 駄目だ。
 もうこれは完全に期待してしまっている。
 明日、俺がユエルを置いて行こうとしているなんて、微塵も思っていないような影の無い笑顔。
 しかし、今回、ユエルは留守番だ。

 いや、でも。
 ......俺は、この眩しい笑顔に向けて「留守番していろ」だなんて言えるのだろうか。

 「明日が楽しみですね、ご主人様!」

 言えない。

 こんな純粋な笑顔に向けて「お前、今回は役立たずだから待ってろ」なんてどの口が言えるというのか。

 ......いや、しかしここは心を鬼にするべきところである。
 多分、ユエルが一緒に行ってもただ危険なだけだろう。

 「ユエル、悪いんだけどな......」

 そして、断固たる決意を持ってユエルに声を掛けたところで――

 「あー、シキだけじゃなくてな。ユエルちゃんにも来てもらった方がいいんだが」

 ゲイザーが割り込んできた。
 どういうことだろうか。VIVID

 「......別に必要ないんじゃないか?」

 「いや、ヒュージスライムは核に攻撃が届かねぇから外側から少しずつ削っていくんだがな、ある程度小さくなってくるとかなり機敏な動きをするんだよ。普通のスライム以上にな。最初は戦わなくてもいいが、最後の止めだけやってもらいてぇんだ。ユエルちゃんは素早い上にかなり器用だし、適任だろ。まぁ後ろに攻撃は通さねぇから、心配すんな」

 どうやら理由があったらしい。
 最初は戦わなくて良いというなら大丈夫だろうか。
 ユエルが危険なのは、ヒュージスライムが巨体だからだ。
 体が小さくなったヒュージスライムを相手にする程度なら問題は無いだろうか。

 それにユエルが来れば儲けの分配も増える。
 金を稼ぐという目的を考えれば、来てもらったほうが良いのかもしれない。

 そして翌日。
 エイト達が連れてきたのは、以前、俺が迷宮で会ったメンバーと同じだった。
 杖を持った男が一人と、前衛職だろう男が四人だ。
 前回はあまり意識していなかったが、なんだか全員チンピラっぽい雰囲気を醸し出している。
 類は友を呼ぶというやつだろうか。
 癒しはユエルのみである。

 その五人をパーティーメンバーに加えて、俺たちは順調に迷宮を進み、今は六階層を進んでいた。
 そして――

 「「ひぃっ......!」」

 俺とエイトの悲鳴が通路に響く。
 六階層の中盤、角を曲がったところで不意に、五体のジャイアントアントと鉢合わせたからだ。
 獲物を見つけ、嬉しそうにガチガチと顎を鳴らすジャイアントアント。

 以前足を齧られた光景が蘇る。
 あれから何度も迷宮に潜っているが、今でも不意に出会うと心臓が跳ねる。
 どうやらエイトも同じなようだ。
 俺と同じく、きっとトラウマなのだろう。

 「あぁ、シキもこいつにやられたんだっけか? まぁこのあたりで大怪我するとしたらジャイアントアントに足をやられるのが一番多いからなぁ」

 しみじみとゲイザーが言う。
 そんなことよりさっさ倒してくれ。

 「そういえば、俺の知り合いも最近こいつにやられちまったんだよ。しかも今はまとまった金が無くて治療できないらしくてな。神官さんよ、欠損もいけるんだろ? パパッと治してやってくんねーか? 金はねーけどな、ははははは」

 チンピラAもそんなことを言い出す。
 笑ってないでさっさと倒せよ。

 「まぁ、後払いでも払ってくれるなら構わねぇよ」

 冒険者の怪我の治療。
 これは伝手がある。
 エイトやゲイザーの知り合いを紹介してもらうか、それか治療院の客の冒険者にでも知り合いを紹介してもらえばいいからだ。

 けれど、低階層で大怪我をするような、それこそジャイアントアントにやられるような冒険者はあまり金を溜め込んではいない。
 ユエルの戦闘技能がやたら高いために見落としがちだが、駆け出しの冒険者は戦えば武器を傷めるし、怪我もする。
 武器のメンテナンス代やポーション代、治癒魔法代というのはそういった冒険者の大きな負担になるのだ。

 欠損の治療を出来る治癒魔法使いは多くないため、その相場は高額だ。
 けれど、無いところから金は取れない。
 そして冒険者という命の保証の無い職業柄、借金をさせることも難しい。
 エリスの治療院を買うためには今すぐ金が必要ではあるけれど、どうせ今すぐ金が払えないなら、今後のためにコツコツ払ってもらうのもいいかもしれない。

 「お、いいのか? 言ってみるもんだな。それじゃ、伝えとくわ」

 「あ、それなら俺の知り合いも頼めるか? もちろんツケで」

 チンピラAに便乗して、チンピラBもそんなことを言い始める。

 「......後払いでも代金はしっかりもらうぞ」五夜神

 欠損の治療は、並の治癒魔法使いの魔力では一日にそう何度もできない。
 これは治癒魔法使いにとって、かなり重要な収入源だ。
 そして迷宮都市という場所柄、怪我人はどんどん湧いてくる。
 というわけで普通の治癒魔法使いは後払いをあまり受け付けないが、俺の場合ここで治療をしたからといって後で魔力が不足するということも無い。
 後払いでも不都合は無いだろう。

 このチンピラ風の男達の知り合いがきちんと後で料金を払いにくるのか不安ではあるけれど。




 そして、なんとか七階層のボス部屋までたどり着いた。

 「よーし、準備しろ」

 ゲイザーの声に、チンピラ達がアイテムボックスから大盾を取り出す。
 金属製の、高さのある四角い盾だ。
 タワーシールドというものに近いだろうか。
 エイトやゲイザーも武器をしまって、そのタワーシールドを取り出している。

 「作戦は前と同じで単純だ。まず、俺達がヒュージスライムの攻撃を全力で受け止める。そして動きが止まった止まったところに魔法を打ち込んでやつを削る。これの繰り返しだ」

 どうやらボス戦はゲイザーが仕切るようだ......が、随分と乱暴な作戦だ。

 「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ?」

 正直、脳筋にしか思えない。

 「大丈夫だ。最初の一撃さえ受け止めて魔法を打ち込んじまえば、ヒュージスライムもあとは小さくなっていくだけだからな。同じことを繰り返すだけで良い。ただ、最初の一撃だけは注意が必要だ。これを受け止められなかったら作戦は失敗、大怪我をする可能性もある。その時はすぐに回復してやってくれ」

 初撃を防げるかどうかで成否が決まる。
 最大威力の初撃を確実に防ぐためのタワーシールド装備なのだろうか。
 まぁ安全に勝てるならなんでもいいんだけれど。

 「あぁ、わかった」

 「まぁ、この人数なら大丈夫だとは思うがな」

 「さて、準備はいいか?」

 エイトがボス部屋の扉に手をかけながら言う。
 そして、全員がそれに頷く。

 「いくぞ!」

 ゲイザーの野太い声と同時に、扉が開く。
 その奥には、広い空間が広がっていた。
 三十メートル四方はある、大きな部屋だ。

 そして、その中心にはスライム。
 ワゴン車程度の大きさのスライムが、ぷるぷると震えていた。

 「横一列に並べ! 来るぞ!」

 前衛組六人が横一列に並び、盾を構える。
 ほぼ同時に、スライムの震えが止まり、ゴロゴロと音を立てながら転がってくる。
 攻撃の瞬間だけ硬質化するという、スライムの特性のせいだろう。蔵秘雄精

 自重のせいか、普通のスライムのように飛んだり跳ねたりはできないようだが、それでもかなりの威力がありそうだ。
 それこそ自動車が突っ込んでくるようなものだろうか。

 そして、直撃。

 金属に硬いものがぶつかる、鈍く大きな音が部屋に響く。
 盾を構えた前衛達が押され、列が大きく歪む。
 相当な衝撃があったようだ。

 しかしそれでも、タワーシールドを構えた前衛組は、きっちりヒュージスライムの突進を止めていた。

 そしてやはり、かなりのダメージがあったらしく腕を痛そうに抱えている奴も居る。
 さっきの衝撃から考えて、骨にヒビぐらいは入っているのかもしれない。
 まさに肉壁という感じだ。

 「エリアヒール!」

 範囲型の治癒魔法を唱え、前衛組を治療する。
 これは難易度は低いが、同時に複数の人間に向けて治癒魔法をかけるために魔力の消費が大きい治癒魔法である。
 ヒールと同程度の効果しかないが、単純な骨折程度ならこれで十分だ。

 しかし、この作戦は単純ではあるけれど、案外良いかもしれない。
 ヒュージスライムの突進は、一人で受け損なえば死ぬ危険性もあるが、この陣形の場合しっかり全員にダメージが分散されている。
 確実にダメージは受けるけれど、全員がヒュージスライムの攻撃を回避しながら戦うよりも万一のリスクは低そうだ。
 そして多少の怪我なら治癒魔法で治せる上に、その治癒魔法を使うのは俺。
 無尽蔵だ。
 どうやら、ゲイザーの癖にしっかり考えていたようだ。

 「ファイアーボール!」

 俺が治癒魔法を放つとほぼ同時に、魔法使いの詠唱が終わる。
 サッカーボール大の燃え盛る火の玉がヒュージスライムに向かって放たれる。

 ヒュージスライムの一部が爆発し、弾け飛ぶ。
 ヒュージスライムはすぐに寄せ集めるようにして身体を再生するが、一割程縮んだような気がする。

 ヒュージスライムが魔法に怯んでいる間に、前衛組が列を作り直し、盾を構える。

 あとはもう繰り返しの作業のようなものだった。

 小さくなり、だんだんと軽くなるヒュージスライムの攻撃。
 それを複数の前衛職で危なげ無く受け止め、そこに魔法を飛ばす。

 最後は小さくなってしまってもう全然ヒュージじゃないヒュージスライムを、ユエルがナイフの投擲で倒していた。
 やたら素早かったが、ユエルは一撃でとどめを刺していた。
 どうやら連れて来て正解だったらしい。

 そしてドロップはただのスライムゼリー。
 それから五回ボス狩りを繰り返してやっとスライムの雫を出した頃には、もう昼を過ぎていた。

 清算をして酒場。
 今回の利益は一人あたり、約二万ゼニーだった。
 流石に怪我前提、治癒魔法や回復ポーション必須の狩りだけあって、大分旨みがある。

 ......でも、足りない。強力催眠謎幻水
 一般的な冒険者としては破格の収入ではあったけれど、俺の目標には全く届かない。
 一個二十万ゼニーのレアドロップと言っても、九人で分配すれば、一人頭二万ゼニーと少し。

 何度もボス狩りを繰り返せばいつかは百万ゼニーにも届くかもしれないが、今は時間が無い。
 今日をのぞいて、あと五日で百万ゼニー、いや、それ以上の金額を貯めなければならないのだ。

 酒場の治療院スペースに座りながら、考える。
 いつもは下着の色でも想像しながらミニスカウェイトレスを眺めているだけだったが、今はそんなことはしていられない。
 今日を除いてあと五日で、金を稼ぐ方法。
 これを考えなければならない。

 「あ、あのー、後払いでも治療をしてくれるという話を聞いて来たんですけれど。本当ですか?」

 ひたすら思考に没頭していると、女性に声を掛けられた。
 片足の先が無いらしく、木製の簡素な義足をつけている。

 多分、今日チンピラ冒険者Aが言っていた、怪我をした知り合いの冒険者というやつだろう。
 早速俺のことを伝えていたらしい。
 俺としては今すぐ金が欲しいが、無いものは仕方が無い。

 「あぁ、怪我はそれだけか?」

 「はい、ジャイアントアントにやられちゃいまして。魔法が使えるからなんとか暮らしてはいけるんですけど、貯金が無いから治療できなかったんですよ」

 「やっぱりジャイアントアントか『ハイヒール』」

 ハイヒールは、ヒールとエクスヒールの間にある魔法だ。
 エイトの時は失血で体力が落ちていたようだからエクスヒールを使ったが、ただ単純に四肢の欠損を治すだけならこれで十分である。
 ちなみにエリスはハイヒールを使えない。
 平均的な治癒魔法使いは欠損を治療できず、欠損を治療できるのは治癒魔法使いの中でも優秀な部類の人間だけである。
 そしてその優秀な治癒魔法使いでも、一日に何度も欠損の治療を行うことはできない。
 魔力不足のためだ。

 「あ、ありがとうございます! えっと、でも本当に後払いでよかったんですか? こんなことを言ってはなんですけど、私てっきり、身体でも要求されるんじゃないかと思って」

 まぁあんなチンピラみたいな冒険者に紹介されれば不安にもなるだろう。
 この女冒険者、よく見れば巨乳な上に、顔も悪くない。
 ルルカのように身体で払ってもらう、というのも魅力的ではある。
 ただのヒールの代金が胸を揉むことであるならば、ハイヒールの代金を身体で払うとどうなるのか凄く気になるところではある......けれど、今は隣にユエルが居る。

 身体で払ってもらうなんて、そんな真似はできない。

 「いいんだよ、当然のことをしたまでだ」

 ユエルは治療をする俺のことを、純粋な尊敬の眼差しで見つめている。
 そう、このイメージを崩すわけにはいかない。

 身体で払ってもらうなんて、そんな真似はできない。

 「あ、ありがとうございます。本当に良い治癒魔法使いさんを紹介してもらって良かったです! お金は今はないですけど、そのうち、必ず払いますから!」

 嬉しそうな笑顔を浮かべる女冒険者。
 視線を下に向ければ、起伏のある、実に女性らしい体のラインをしていることがわかる。

 いや、身体で払ってもらうなんて、そんな真似は......。

 「ありがとうございました!」と、感謝の礼をする彼女。
 その大きな胸がたゆんと揺れる。

 ユエルにバレなければ問題無いのではないだろうか。

 いや、駄目だ。
 駄目だ。 
 まだ初対面だ。
 流石に時期尚早だろう。
 それに、身体で払うといってもどうやってユエルにバレずに......。

 ――閃いた。

 「そうか、そうだよ、その手があった、前言撤回だ! やっぱり、その身体で払ってくれ!!」

 「えっ、ええええええ!?」印度神油

2015年5月25日星期一

準備

ハルバー十三階層のボス部屋が見つかった。
 探索で見つけた小部屋。
 扉が開いたので入ってみると、そこが待機部屋だった。
 待機部屋は扉が前と後ろの二ヶ所しかないので、すぐに分かる。

「奥がボス部屋か」SLEEK 情愛芳香劑 RUSH 正品
「ピッグホッグのボスはピックホッグになります。前脚のつめを振り下ろしてくる手ごわい相手です。ロクサーヌさんなら大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気をつけてください」

 奥の扉が開いた。
 デュランダルを出して突入する。

「三人はピックホッグを。グラスビーは俺がやる」
「はい」

 お付きの魔物はグラスビーのようだ。
 さくっと片づけた。

 ピックホッグの囲みに加わる。
 ボスは、十三階層の魔物であるピッグホッグよりも一回り大きいイノシシ型の魔物だ。
 前脚が錐のように尖っている。
 半立ちになってその尖った前脚を持ち上げ、正面のロクサーヌめがけて振り下ろしていた。

 イノシシの短い足でよくあんな行動が取れるものだ。
 突いたりしないみたいなのが救いか。
 と思っていたら、頭から突進した。
 ロクサーヌがひらりと回避する。

 さすがはロクサーヌだ。
 俺なら喰らっていたな。
 いや。後ろにいるからといって絶対に攻撃してこないとも限らない。
 せいぜい注意しながら、デュランダルで削る。

 注意したせいか攻撃を受けることなく、ピックホッグを倒した。
 クーラタルでは十五階層のボスまで倒している。
 十三階層くらいでは問題にはならないだろう。

「セリー、ハルバー十四階層の魔物は何だ」
「サラセニアです」

 サラセニアか。
 食虫植物の魔物であるサラセニアの弱点は火魔法だ。
 ロクサーヌの案内でハルバーの十四階層を進む。
 ファイヤーストーム五発でサラセニアを屠った後、ウォーターボール三発でピッグホッグをしとめた。

 三種類の魔物が入った団体とも交戦する。
 まずはサラセニア二匹を全体火魔法五発で倒した。
 その後、グラスビー一匹をブリーズストーム三発で落とし、ピッグホッグ一匹はウォーターボール一撃で屠る。
 全部で九発か。

「うーん。まあ三種類になっても増えるのは魔法一発。一発なら誤差みたいなもんか。この三種類の魔物がいるところにも案内してくれていい」
「分かりました」

 ロクサーヌに命じた。
 戦闘時間は延びたが、ハルバーの十四階層でも戦える。
 一種類の魔物しかいなければ全体魔法五発で倒せるし、一匹残るだけならロクサーヌがシャットアウトしてくれる。
 このくらいはしょうがないだろう。


 ハルバーの十四階層を出て、昼すぎにはボーデの迷宮にも寄ってみる。
 ターレとボーデの迷宮にはときどき立ち寄って、探索状況を確認していた。
 クーラタルの十六階層みたいに、戦いやすい階層があるかもしれない。

「探索はどこまで進んでいる」
「十一階層です」

 入り口の探索者が答える。
 ターレやボーデの迷宮はベイルの迷宮よりも探索の進みが遅いようだ。
 領内に三つの迷宮があることで騎士団の力が分散されているのだろう。
 あるいは、騎士団はハルバーの迷宮に傾注しているのかもしれない。

 公爵とカシアのパーティーもゴスラーが率いるパーティーも確かハルバーの迷宮に入っていた。魔鬼天使性欲粉(Muira Puama)強力催情
 ゴスラーのパーティーなら、ボーデの十一階層くらいはすぐにも突破するだろう。
 しかし、上の階層で戦えるゴスラーのパーティーがボーデの十一階層を探索するのは無駄でしかない。
 力を分散させず、一つずつ順番に片づけていくのが合理的だ。

 今のところ、俺は探索には直接貢献していない。
 迷宮に入るだけでもいいらしいので、問題はないはずだ。
 兇賊のハインツも倒したし。
 騎士団は見回りを減らしただろうから、その分役に立っている。

「帰りにちょっと家具屋に寄っていこう」
「家具屋ですか」
「さすがにベッドがちょっと狭いからな。いつまでも今のままというわけにも」

 ボーデの一階層に入って、入り口の小部屋で切り出した。
 なるべく不安を隠すようにして。
 ハーレムメンバーを増やそうというときにはいつも緊張する。
 誰かが反対するのではないかと。

 いや。今はまだ増やすのではない。
 その準備だ。
 増やすこと前提の準備だが。
 なのでやや後ろめたい。

「そうですね。それもいいでしょう。私たちのためにありがとうございます」

 主に俺のためだというところが非常に申し訳ない。
 クーラタルの冒険者ギルドへ出て、家具屋に赴いた。

「あまり大きいサイズのはないな。今と同じような大きさのベッドをもう一つ買って、横にして並べてみようと思うのだが、どうだろう」

 ベッドを見ながら、提案する。
 今のベッドは結構長い。
 それを横にすれば、あと二、三人増えても大丈夫だろう。

 単純に二つくっつける手もあるが、真ん中に溝ができる。
 俺が中央で寝ることになるから、それは避けたい。
 横にして並べればベッドの合わせ目は多分お尻より下にくるから、問題にはならないだろう。

「大きすぎるかもしれません」
「パーティーメンバーは、いずれ増やしていくからな」

 気をもみながらも、強気に出た。
 ハーレムを拡張することは常に言い続けておいた方がいい。
 そのときになって反対されても困る。

「そうですか」
「そ、それに、今のベッドが無駄になるのももったいない」

 あわてて他の理由もつけ加える。
 このあたりが駄目駄目だ。

「分かりました。そのようにしましょう」
「後は、棚も一つ買っておくか」
「棚ですか」

 こっちは、主に三割引対策だ。
 家具屋の主人は商人なので三割引が効く。
 メンバーが増えれば荷物も増えるからその準備でもあるが。

 棚を買うといってベッドをついでにすればよかったんじゃね、という気もするが、まあいい。
 男は常に正々堂々。
 正面突破を図るべきだろう。

 正面から揉みしだき、突き入れるべきなのだ。
 バックからなどとは卑怯千万。
 うらやましい。

 実際の家具選びは、三人に丸投げする。
 棚なんかは三人の方が使う機会も多いだろうし。
 三人にまかせた方がいい。RUSH PUSH 芳香劑

 ロクサーヌを中心にセリーとミリアが加わってワイワイ言いながら家具を選んだ。
 俺はあまり意見をはさまずに見守る。
 選ぶのにはかなりの時間がかかった。
 三人の選んだ家具を購入して、家に帰る。

「家具屋が荷物を運んでくるまで、家にいてくれ。今日はもう迷宮はいいだろう。後は夕食を頼む。俺はその間にベイルに行ってくる」
「ベイルの、商館ですか?」
「そうだ。ただ、今回はメンバーを増やしに行くわけではない。それに備えての情報収集だ。帝都の商人を紹介してもらった礼も言ってないしな」
「分かりました」

 ロクサーヌが受け入れた。
 パーティーメンバーは多くいる方が明らかに有利だ。
 拡充はしなければならない。
 ロクサーヌもセリーもそこにいやはないようだ。

 しかし、セリーが来てからまだそんなに月日も経っていない。
 ロクサーヌやセリークラスの美人がそうそう入ってくることもないだろう。
 だから今回は情報収集だ。

 パーティーメンバーは六人まで。
 闇雲にメンバーを増やすわけにはいかない。
 次のメンバーは慎重に選ぶべきだろう。

 帝都の商人のところへまた行っても、今はあのやる気のなさそうな美人しかいない。
 ベイルの商人のアランなら他の奴隷商人を紹介してくれるかもしれない。
 聞いてみたいこともある。
 帝都の商人は奴隷のオークションがあると言っていた。

 セリーに尋ねれば知っているかもしれないが、セリーには訊きにくい。
 奴隷商人のアランなら教えてくれるだろう。

「では行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい、です」

 三人に見送られ、家を出た。
 ベイルの冒険者ギルドに出て、アランの商館へと向かう。
 町並みにまったく変化はない。

「店主はおられるか」
「こちらでお待ちください」

 迎えに出た男に話すと、中に通された。
 いつもの待合室だ。

「これはお客様、ようこそいらっしゃいました」

 やがてアランがやってくる。
 奥の部屋に案内された。D10 媚薬 催情剤

「この前、帝都の奴隷商のところへ行ってきた。いい店を紹介してもらったと感謝している」
「話はうかがっております。よい商売ができたと、あちらも喜んでおりました」

 三割引を強制したけどね。
 本当のところどう思っているかは、分かったものではない。

「なので当面はいいが、いずれはパーティーメンバーも増やしていくことになろう」
「迷宮の探索を順調に進めているようで、なによりでございます」
「ロクサーヌやセリーのおかげも大きいがな」

 最初ロクサーヌを買うときにはお金が足りなくて待ってもらった。
 それが今では四人めを買おうかというのだ。
 奴隷商人から見れば、順調すぎるほどに順調だろう。

「ですが、迷宮に入る以上、パーティーメンバーは数よりも質です。あまり性急に増やすのではなく、よい戦闘奴隷をじっくりと選ぶべきでしょう」
「そうだな」

 パーティーメンバーは六人までという制約があるので、数をそろえてもしょうがない。
 俺の精力的にも。
 色魔があるからまだまだいけそうだが。

「より上の階層を目指すなら、力のあるパーティーメンバーを求めるべきです。力のある奴隷を求めるなら、オークションでしょう」
「オークションか」

 期せずしてオークションの話になった。

「奴隷のオークションは、年に四回、季節の間の休日に開かれます。場所はクーラタルの商人ギルドです。休日は通常のオークションが休みになるのでここを借り切って行われます。場所柄、冒険者や探索者向けの戦闘奴隷が多く出品されます」
「その中から力のある者を選べると」
「そうです。参加費として、会場に入るのに一人千ナールを支払います。これは興味本位の者や入札するつもりのない者をはじくための処置です。落札した場合には落札価格にあてることができます」

 千ナールというのは、それだけを見れば高いようにも感じる。
 しかし何十万ナールの奴隷を落札するための費用としてはそれほどでもないのだろう。

 おまけに落札すれば返ってくる。
 参加費を取り戻そうとみんなが入札すれば落札価格も跳ね上がる、というわけだ。
 巧いこと考えられている。

「そうやって入札を煽るわけか」
「それが分かっておられるなら、闇雲に踊らされることはないでしょう」

 奴隷商人がニヤリと笑った。

「アラン殿も出品を?」
「はい。奴隷商人にとっても晴れの舞台ですから。一番の目玉になれそうな奴隷は、残念ながら事情があってオークションに出すことができず、もうお譲りしてしまいましたが」

 ロクサーヌのことだろう。
 事情というのが何か知らないが、別に聞くことはない。
 必要なことなら、ロクサーヌの方から教えてくれるだろう。

 ロクサーヌをオークションに出したら四十二万ナールではきかなそうだ。
 三割引が効かないし。縮陰膏

 そうか。
 オークションだと三割引が効かないという問題もあるな。
 こつこつと奴隷商人のところを回るべきか。

 しかし休日まではもう一ヶ月もない。
 今の時期いい商品は見せてくれないということも考えられる。
 オークションに出した方が高く売れるなら、いい品はそっちに回そうとするだろう。
 オークションが終わってから回っても、売れ残りしかいなかったら困る。

 やはり多少高くなってもオークションを狙うべきか。
 少しのお金をケチるような段階はもうすぎているとはいえる。
 オークションならたくさんの選択肢があるだろうし、その中から選べるのは魅力だ。

「オークションでならいいメンバーを選べそうだ」
「はい。オークションでお会いできるのを楽しみにしております」

 話を切り上げて、家に帰った。

「今度の休日にオークションがあるそうだ。次のパーティーメンバーはそこで探してみようと思う。戦力の拡充は必要だからな」

 帰って三人に話してみる。
 こういうことは常々言い聞かせておいた方がいい。

「分かりました」
「オークションでなら確かにいいメンバーが選べるかもしれません」
「ミリアがお姉ちゃん、です」

 セリーはやはりオークションのことを知っていたようだ。
 ミリアより年下になるかどうかは分からないが。
 まあミリアが先輩になることは確かか。

「お姉ちゃんになるから頼むな」
「はい、です」

 その後、運び込まれていたベッドの使用感を試してみた。

「新しいメンバーが増えるまで、たっぷり可愛がってください」

 などといったロクサーヌをどうして可愛がらずにいられようか。
 メンバーが増えても変わらずに可愛がる所存である。SPANISCHE FLIEGE

2015年5月22日星期五

懐かしの風船

七月一週、元の日。

 やはり状態異常耐性スキルを持っているせいか、昨晩遅くまで酒盛りに付き合ったことが嘘のように軽快な足取りで階下へ向かう。
 ドーレさんは昨晩満腹オヤジ亭に泊まることになったが、節制していたためか既に食堂に顔を出していた。新一粒神

「よっ、おはようセイジ君」
「おはようございます」

 ドーレさんに挨拶を返したところで、リムも階段を下りてくる。
 うむ、アーノルドさんは例によって例の如しだろう。
 まあ、久しぶりに旧友と会ったことで飲み過ぎたというのは仕方ない……か。

 三人で朝食を食べ終えた後、俺は今日もパウダル湿地帯へ赴くことを告げて席を立つ。
 今日は元の日のためにプリズムスライムを狩りに行かなければならないし、かなり大きな買い物もしたい。

「ふむ。俺はしばらくこの街にいるから、何かあれば声をかけてくれ」

 確か昨晩……新しい政策が施行されれば群島諸国との交易がより活発になるので、今のうちに商品を仕入れておくつもりだとか言っていたっけな。

「リムちゃんはどうする? もしアーノルドが起きてくるまで暇なんだったら、オジサンと市場まで行ってみないかい? 旧友の娘に何か一つぐらいプレゼントしてあげるよ」
「ありがとうございます。でもあたし……父さんが起きるまで待ってることにします」
「そ、そうかい……」

 ドーレさんの誘いを丁寧に断ったリムは、猫のように軽やかな動きで階段をタタタと上がっていった。
 残されたオジサンは、尻尾が床に擦れそうなほどに垂れ下がってしまっている。
 仲の良い友人の娘というのは、きっと自分の娘のように可愛く思えるのだろう。
 ドーレさんは結婚しておらず子供もいないため、余計にそういった感情が湧いてくるのかもしれない。

「じゃあ、俺はもう行きますね」
「あ、ちょっと待った……ほらっ、遠出するなら道中にこれでもどうだい」
「これって……?」

 差し出されたのは、色鮮やかなお菓子……?

「これはリシェイル王国のとある村で作られてる砂糖菓子だよ。サトウキビが豊富だから、こういうのが村の特産品になってるんだ。交易品としても人気でね、良かったら少し持っていくといい」

 ほんのりとした赤や黄色に色付けされた砂糖菓子――鳥や羊といった動物の形を模しているのが面白い。
 俺は礼を言ってそれらを受け取り、宿を出た。


 ギルドを経て、騎獣の店へと向かう。

「――おっ、本当にこいつを購入するのか? いや、若いのに大したもんだ」

 俺は店員の頬を白金貨で張り倒して(※丁寧に支払いを済ませた)ついにルークを我が物としてやった。
 騎獣を飼う場合の諸注意を受けた後、ルークを撫でてやる。
 どうやら宿に騎獣用の納屋が無い場合など、ここで預かってもらうことも可能らしい。
 それには少しばかり金が必要だが、どこへ行くにもルークに乗って行けるのは有難いことである。
 俺は勢いよくルークに飛び乗ると、たぎる心のままに手綱を強く握った。


「――おおぅ……なんか景色が違って見えやがるぜ」

 不思議なことだが、行き慣れた道中がとても新鮮に思える。
 いつもはルークを借りているが、自分の物となった場合にここまでの爽快感を味わえるとは思っていなかった。
 レンタカーを借りていた人が念願の新車を購入したみたいな感覚ってか……泣けるぜ。



 ――いつもより無駄に走り回りながらパウダル湿地帯に到着し、少しばかり辺りを警戒して進んでいく。三体牛鞭
 ない……とは思うのだが、昨日の仕返しに突然魔族に囲まれることを心配してのことだ。
 が、どうやらその心配はなさそうである。

 さてさて、これまた楽しくルークで逃げるスライムを追いかけ回す。
 合体させたプリズムスライムから元魔法スキルを奪い取るという行為を繰り返し、帰路につくべき時間が近づいた頃、ルークの背から降りて剣を抜き放った。

「もう一度試しておこうかな」

 俺は掌に意識を集中させて虹の光球を作り出す。
 ……魔法を具現化するのに必要なのは明確なイメージだが、元々六属性を全て融合させるという練習にはかなりの時間を費やしているため、一度コツさえ掴んでしまえばどうやら上手くコントロールできそうだ。

 そのまま剣に纏わせて大上段に構える。
 周辺に人影がないことを確認し、自然破壊とならぬように沼方面へと照準を定めた。

 ――――多重属性極剣波シンフォニックレイヴっ!

 全力で放った剣閃が水面に接したかと思った瞬間――大気を震動させるかのような音の衝撃が身体を伝う。
 舞い上がる水飛沫――水深の浅い沼の地肌が剥き出しになり、形成された小さなクレーター状の穴ボコに水が流れ込んでいく。

 ……自分が怖いっ!

 なんてフザケるのは程々にするとして、これは……使うべき時と場所を考えた方が良いかもしれない。
 まだ元魔法はLv2であるのに、凄まじい威力だ。

 満身創痍の俺にトドメを刺すつもりだったアルバの大火球が全力のモノだったかは分からないが、昨日のことを鑑みればLv3の魔法に匹敵すると思われる。

 ちなみに剣と一体化させずに虹の光球を投げ放ったところ、こちらもそれなりの威力はあったのだが、かなりのパワーダウンを感じた。

 武器と一体化させることによって他の要素も絡んでくるのだろうか……? パッと思いつくのは剣術スキルLvや、俺が装備している剣自体の攻撃力といったところか。
 それとも、使い慣れた武器との合体という行為がイメージをより明確に……とかも考えられる。

 まあいいか、今日はもう帰ることにしよう。



 ――メルベイルのギルドに報告した際、シエーナさんがあることを告げてくれた。

「セイジさんは現在ランクD+ですが、今回で依頼達成回数が十回に達しました。昇格試験をお受けになりますか?」
「あ、はい。受けます」

 そうか……もうランクCへの試験か。
 ランクDへ昇格してから一ヵ月と少し、定期的にスライムを狩っていたからそうなるわな。

 我ながら、驚くべき速さである。
 俺としては安全マージンを十分に取っているが、本来ならランクDの冒険者にとってスライムだって強敵なのだ。
 わずかながらも魔法を扱い、その流体性のある身体で敵を自由自在に締め上げて窒息させる。どうにか追いつめたところで逃亡を図り、他のスライムと合体してパワーアップしてふたたび襲いかかる。
 やっとこ倒して街へ戻ったとしても、核玉一つでは依頼達成には程遠い。

 魔物を倒してLvが上がるなんてことはないため、力不足だと感じるのなら修行を繰り返して少しづつ技術を高めていくしかないのだ。

「ランクCへの昇格試験を受ける人は多くないので、個別で試験を行います。そのため日程の調整はしやすいのですが、希望日などはありますか?」

 この前に受けたランクDへの昇格試験は集団受験だったが、今度は違うらしい。
 冒険者は誰でもランクEからスタートするので、最初の試験に多数の者が集まるわけか。
 ランクが上の者ほど数が少ないピラミッド構造……なんだか社会の縮図みたいだ。
 まあ、一つの組織なんだから当たり前だろう。威猛酷哥

 メルベイルの街にはおよそ数万人が暮らしており、周辺の街や村にも数千から数百といった単位で人間が生活している。
 大型都市といえるメルベイルで、ギルドに登録されている冒険者が二百人程度。
 だがその半数以上はランクEとD……それ以上の者は一握りであり、付近に凶悪な魔物が出没しないメルベイルでは、高ランクの冒険者の数は非常に少ない。

「できれば早めの日程でお願いします」
「畏まりました。試験官の手配が済み次第ご連絡させていただきますね」

 今度もベイスさんかな……? いや、いつも手が空いているわけではなさそうだし、別の人を手配するのかもしれない。
 確か、高ランクの冒険者に試験官の依頼を出すこともあるとか言っていたような気がする。



 ――そんなわけで、翌日。七月一週、火の日。

 ギルドに顔を出したところ、早速だが試験日が明日に決定したとの旨を伝えられた。
 気のせいか、シエーナさんが少しばかり心配そうな顔をしていたが「セイジさんならきっと大丈夫です」と励まされる。
 厳しめの試験官でも引き当てたのだろうか……?

 さて、ここ最近の俺の生活サイクルだと今日は休日に当てているのだが、さすがに試験前日にのんびりと過ごす気にもなれない。

 普段は歩いて行く南の森へとルークで向かい、スモゴブとイモムシを狩ることで明日に備えることにした。

「よしっ……こんなもんだろ」

 その日の夜、試験合格を祈ってダリオさんが腕によりをかけた料理を振る舞ってくれた。

 海岸線沿いの牧草を食んで育ったソルト牛(肉に程良い塩分を含む)の肉を香辛料や香りの強い野菜と炒め、さらにそこへアルマ鶏のブイヨンを加えることで深みを出す。
 スープの原形が出来上がったら、そこへ数種類の野菜を放りこんでコトコト煮込む。ワインでアクセントをつけることも忘れない。

 リムがダリオさんに作り方を教わっている会話が、そんな感じだった。
 俺が夢中で食べたスープは、そんな風に作られているらしい。

 きっと、このメインディッシュである魚のムニエルにも手間がかけられているに違いない。
 パスクムから運ばれた鮮度の高い魚の旨味を一片も逃すことなく、内部に凝縮する技法が使われているに違いないのだ。

 だって――泣きそうになるほど美味しいんだもの。これ。



 ――七月一週、水の日。

 早朝にギルドへと向かい、七時の鐘が鳴るまで待機する。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
 この辺の流れは前回と同じである。
 が……おかしい。
 七時の鐘が鳴ってしばらく経つのだが……試験官がまだやってこない。

 もしかして、俺が時間を間違えているのだろうか。
 不安になってきたので職員さんに尋ねようとしたその時――

「――てめぇ……あの時の腰抜け野郎じゃねぇかよっ」

 なんだろう……懐かしいような、でも二度と聞きたくないようなダミ声が響いた。
 誰だっけか……? いや、忘れてない。
 俺がこの世界で右も左も分からないヒヨコだった際、忘れられぬ屈辱を、そしてとても便利なスキルを提供してくれた男――

 俺は、ゆっくりと相手の足元から頭部へと視線を持ち上げて行く。

 ――バル・ゴライアス。

 まさか、この人が試験官だとかいわないよね……?

「てめぇがランクCへの昇格試験を受けるだとっ!? まあいい……俺が今回の試験官をやることになったバルだ。時間が勿体ねぇから、さっさと始めんぞ」

 マジ……か。嫌だよ、こんな試験官。
 ギルドもさ、ランクだけじゃなくて品性とかも試験官を依頼する基準に加えてほしい。
 あー……だからシエーナさんが心配そうな顔してたのか。
 というか、時間に遅れて来たお前がどの口で時間が勿体ないとか言ってんだよ。

「なにボケっとしてやがるっ! さっさと来いっ」
「……はい」

 俺は半ば放心状態のまま、ギルド内の訓練場へと歩かされる。
 前と同じく、ここで実力を見られることになるのだろう。

 バルが訓練用の斧を手に取り、勢いよく振り回している姿が俺の瞳に映った。

「今回、試験の方法も俺が決めていいことになってんだ。まあ……俺の考えでは冒険者ってのは強くなくちゃ始まらねぇっ」

 ズゴンっ! と斧が地面へと叩きつけられる。

「あー……クソがっ! どうにもあの日以来、身体の調子が悪くて仕方ねぇ。てめぇの面見てるとなんかイライラしてくるぜ。格安ボランティアみたいな依頼でも受けてギルドの機嫌取っとかねぇと……クソっ! ふざけやがって……」

 完全なる八つ当たりのようだが、まあ原因は俺である。
 が、やはりこいつにスキルを返すという選択肢はなさそうだ。
 ふむ……降格でも仄めかされたのだろうか? というか、試験官の依頼って安いんだ。
 まあ試験は依頼者がいるわけでもなく、あくまでギルド自体が金を払うことになるから、先輩が後輩のためにほぼ無償で一肌脱ぐみたいな感じなのだろう。

「俺と戦って強さを証明してみろ。そうすりゃ合格にしてやるっ」
「え……と、勝てばいいんですか?」
「はっ、できるもんならやってみろ。ケモノと馴れ合ってるようなクソが、どれほど情けない腕前なのか見てやろうじゃねぇか」PPP RAM RUSH 芳香劑

 ぇ、ケモ、ノ……?
 一瞬それが何を指すのかが分からず、ドーレさんが言っていた事をゆっくりと思い出す。
 スーヴェン帝国出身のヒューマンには獣人を毛嫌いする人が多く……確か――

「ケモノはケモノだろうが。ああ、獣人とも言うんだっけな。あんなのと一緒に依頼を受ける奴の気が知れねぇな」

 もしや、リムやアーノルドさんのことを言っているのか……?
 確かに何度か一緒に依頼を受けているので、それがこいつに伝わっている可能性はある。

「まさかとは思うが、あの猫に発情でもしてんじゃねえだろうな? まあケモノ相手なら腰抜け野郎でも一回ぐら――「えっと、バルーン? さんでしたっけ……ちょっといいですか?」
「あん?」

 耳触りな言葉を遮るようにして、俺は言葉を続ける。

「一応冒険者として先輩ですし、試験官ということで最低限の敬意を持って接しようと思ってたんですけど……」

 訓練用の剣を中段に構え、相手を見据えながら言葉を吐き捨てた。

「前置きはいいからさっさと構えてくださいクソ野郎。あなたの頭は緑イモムシ以下ですか?  泣くまでシバきますよ? その大層な筋肉には空気でも詰まってんのかこの筋肉風船がっ」
「良い度胸じゃねぇか……」

「あんたは俺を――――怒らせた」

「――あの、セイジさん……随分と早かったようですが、試験はどのような結果に……?」

 訓練場の扉を開けて出てきた俺は、シエーナさんに試験終了の報告をする。
 相手が言ったことだ。文句はないだろう。

「合格だそうですよ。まだ訓練場に転がってると思うので、試験官本人に確認してください」

 ――そんなわけで、俺はランクC-へと昇格を果たした。
 予想外に早く試験が終わってしまったので今日こそ休日にしようと思っていたのだが……

「はい、これでセイジさんは今日からランクC-の冒険者です。ところで、つい先程マリータ・テュオ・ベラド様の名前で言伝を預かったのですが……」

 更新されたギルドカードを渡すとともにシエーナさんから伝えられた名前には、心当たりがあり過ぎた。
 ですよね~……むしろなんで今日まで何も言ってこなかったのか……?

「セイジさんとリムさん両名で領主館へ来てほしいとのことです。試験中である旨をお伝えしたら、終わってからで良いとのことでした」

 なんでリムまで? あの時に一緒にいたからか?
 すぐに出頭しろという雰囲気ではないので、大丈夫だとは思うが。

「あの、リム達はもうギルドに顔を出しましたか?」
「今日はまだ来ておられないようです」

 たぶん、まだ宿にいるのだろう。HARDWARE 芳香劑 RUSH『正品』

「それじゃあ、リムに会えたら俺から伝えときますよ」
「畏まりました。もし入れ違いでギルドに来られたら、私の方から伝えるように致しますね」

2015年5月19日星期二

旅立ちの朝に

森の中を、イフェリーナの歌声が響く。
 ローラの少し前を歩いている彼女の左手には採集用の籠、そして右手には手頃な長さの棒切れを持って茂みをかき分けていた。
 しばらく雨の日が続いて外へと出られなかったため、イフェリーナの中で鬱憤が溜まっていたのだろう。巨人倍増
 楽しそうに草木を棒でかき分ける娘の姿を、ローラは愛おしげな眼差しで見守っていた。
 彼女が歌っている歌は昔、魔物の襲撃で両親と里の仲間たちを失い、冒険者たちによって保護されたイフェリーナを元気づけるために、まだ幼かった頃のレティシアが教えたものだ。
 イフェリーナはあの頃より少し大きくなった今でも、この歌をよく歌っている。
 街の市へと露店を出しに行った時など、隣近所の彼女よりもまだ小さな子供たちによく歌ってあげていた。
 人目につかない森の中なので、いつもはゾロっとした服の下に隠している背中の翼を外へと出して服から出してぱたぱたとさせながら、上機嫌に歌って歩くイフェリーナに、昔ウィンと一緒に歩いていた幼い日のレティシアの姿が重なる。
(レティちゃんも歌が上手だったけど、リーナのほうが上手いわ)
 ローラは初めて会った頃の幼いレティシアとイフェリーナを比べてしまい、ついついイフェリーナの方が才能があると思ってしまうのは、親馬鹿なのかなと笑ってしまう。
「どうしたの? お母さん」
「何でもないわ。さあ、この辺りでいいかしら」
「うん」
 雨後で芽吹いた草を選り分けていく。
 イフェリーナも森の中での採集作業は、ローラのお手伝いとして何度も訪れていたため慣れたものだった。
 枯れ木の根元に生えた茸を探し出し、薬となる草などをむしり取っていく。
「あまり遠くに行っちゃダメよ」
「はーい、大丈夫だよ」
 歌いながら茂みをかき分けている娘に背を向けて、ローラも山菜等を採り始めた。
 二人が入り込んでいるこの場所は、それほど人里から離れているわけではないが、それでも安全という訳ではない。
 野生の獣も存在するし、稀にではあるが魔物だっている。
 イフェリーナの本当の両親にしても、魔物によって殺されている。
 騎士団による大規模な魔物討伐作戦や、冒険者たちによる討伐なども度々行われているが、それでも魔物による被害は起こる。
 それに魔物以上に恐ろしいのが、毒を持った蛇や昆虫だ。
 気づかれないうちに刺されたり、噛まれたりする。
 そのため、
「お、お母さん!」
 イフェリーナの悲鳴のような叫び声を聞いた時、ローラの心臓はドキリと跳ね上がった。
「リーナ!?」
 立ち上がると娘の名前を呼びながら、先ほどまで歌声が聞こえていた方向に目を向ける。
 少し移動すると、白い翼の生えたイフェリーナの小さな背中が、茂みの向こうに見えた。
「リーナ!」
 叫んでローラが慌てて駆け寄ると、イフェリーナはローラを振り返った。
 イフェリーナはびっくりしたような表情を浮かべていた。
 特に泣いたりもしていない娘を見て、ローラは全身から力が抜けるような思いをした。
「お母さん、あそこ」
 イフェリーナがとてとてとローラに歩み寄ると、右手の袖を引っ張った。
「あそこ、誰か倒れてるよ?」
「え?」
 驚いてイフェリーナが指差す方へと目を向けると、茂みの陰から人の手が見えた。
「大変」
 慌ててローラは茂みへと駆け寄って覗き込み――倒れている男に声を掛け、身体へ手を伸ばしたところで息を呑み込んだ。
「……お母さん。その人、死んでるの?」 
 ローラの腰に手を回し、恐る恐る背後から覗き込んでいるイフェリーナが聞いてくる。
 その時、わずかに男が呻き声を上げた。
「生きてる!」
 興奮したように叫んだイフェリーナに頷き、
「大丈夫ですか?」
 声をかけながらローラは男の上半身を抱え上げようとしたその時、ぬるっとした感触を覚えた。
「大変、大怪我をしてるわ!」
 仰向けになって倒れていたため、背中に裂傷を負っていることに気づかなかったのだ。
 よく見ると左腕も赤黒く腫れて膨れ上がり、不自然に変形している。
 骨折しているようだった。
 背中の傷口からはまだ血がジュクジュクと流れ出ている。
「早く止血しないと!」
 採集用に持っていたナイフで男のシャツを切り背中の傷を露出させると、持って来ていた鞄の中から取り出した水筒の水でひとまず傷口を洗い流す。
 水による傷口への刺激に男が呻いたが、構わずに洗っていく。
「リーナ、上着を脱いでちょうだい」
 手布を折り畳んで傷口に押し当てると、肌着姿となったリーナから受け取った貫頭衣で縛る。
 それから骨折している左腕に添木をあてると、縛り付けた。
「ハアハアハア……」
 無我夢中で応急処置を施し終えると、ローラは地面にへたり込んだ。
「お母さん。大丈夫?」三便宝カプセル
 息を切らしている母親を心配したイフェリーナが顔を覗き込んできたので、安心させるように微笑む。
 それから、男へと目を向けて、
「この人……エルフだわ」
 ローラはようやく倒れていた男が人間ではなく、森の民エルフだったことに気づいた。
 怪我の処置に必死になるあまり、特徴的な耳に気づかなかったのだ。
(これからどうしよう……)
 服を切り裂いて脱がせたことで顕わになったエルフの男の身体は、痩身だが筋肉質でとても女一人と少女一人の力では人里まで抱え上げられそうにない。
 しかし、このままここに寝かせておくわけにはいかない。とりあえずの応急処置は施したものの、早急に医者に見てもらう必要がある。
 イフェリーナの翼と魔法を他人に見られる可能性があるが、家に彼を連れて帰るしか無いだろう。
「リーナ、魔法は使える?」
「やってみる」
 イフェリーナは翼を一度だけはためかせると、眉間に皺を寄せて集中した。
 成人した翼人種は大気を自在に操り、時には天候すらも支配する。
 鳥が空を飛ぶことが当たり前のように、イフェリーナもまた呪文の詠唱を必要とすることなく大気を操ることができた。
 ふわりと風がイフェリーナを包み込み、続いて倒れていた男を周囲の枯れ葉ごと巻き上げるようにして宙へと浮かばせた。
「ありがとう、リーナ。お家まで運べそう?」
「ゆっくりでいいなら、多分大丈夫だと思う」
 ローラはイフェリーナの魔法が維持できる程度に急ぎつつ、家へと急いだ。

 

 シムルグ騎士学校。
 その高位貴族の女子のみが入ることを許される寮。
 元は客人が宿泊するための施設として使用されていたその寮の内装は、他の寮と比較して一部屋一部屋の間取りも大きく、天井も高く作られている。
 柱の一本一本に精緻な細工が施され、寮の廊下には季節の花が活けられていた。
 現在、この女子寮に住まう高位貴族の娘は四名。そのうちの二名は他国からの留学生であり、もう一名は侯爵家の令嬢。
 そしてもう一人――公爵家令嬢にして高名なる勇者、レティシアはここに住んでいる。
「うん。これで良し!」
 大きな姿見の前で、レティシアはくるくると回りながら前と後ろ姿を確認して頷いた。
 純白に青の縁取り金糸で装飾が施された、まるで貴族の着る礼装のような制服。実用性は皆無で、ヘタな者が身に着ければ、まず間違いなく浮いてしまうその服装も、容姿端麗でスラリとした体型のレティシアが身に着ければ、凛とした雰囲気が漂う。
 実のところ、いつものように夜明け前に起きだしたレティシアは、もう何度もこうして鏡の前で身支度を整えていた。
 別段、どこかが気になっているわけではないのだが、何となくこうして姿見の前に立ってしまう。
 レティシアは少し気分が浮ついているのを自覚していた。
 勇者として旅をしている最中は、自身の姿格好には無頓着で、実用性を重視した服を身に着けていたものだが、ウィンとの再会を果たした後はおしゃれにも気を使うようになった。
「まあ、本当に美しいですわ。レティシア様」
「本当に、良くお似合いでございますよ」
「……ありがとう」
 ため息を付くようにレティシアの美しさを讃えたのは、ここ数日前からレティシアに付くことになった二名の侍女だ。
 そしてその二人の賛辞に対してレティシアの返事が渋いものとなった原因は、彼女が侍女たちの存在を歓迎していないからである。
 元々、レティシアは侍女を付けずに寮でひとり暮らしを送っていたのだが、つい先日に実家へと戻った際に姉であるステイシアによって――。

 

 帝都シムルグの北西区域。
 帝都に滞在している貴族たちの別邸が建ち並ぶ一角に、メイヴィス公爵邸が存在する。
 公爵という爵位に相応しく、周囲に建ち並ぶ屋敷に比べてもかなり大きな屋敷だ。
 普段寝泊まりしている騎士学校の寮から、メイヴィス公爵邸へと帰ってきたレティシアは、門前から少し離れた場所で立ち止まった。蟻力神
 いつ帰ってきても、この家の敷地に入るのは躊躇する。
 少し離れているとはいえ、門前でいつまでも立ち止まっていたからか、不審に思ったメイヴィス家に仕えている騎士が二名、近づいてきた。
 帝都の北西区画は貴族街。道路は石畳で舗装され、道脇は花壇が造られ、街路樹が植えられている。
 一般市民には入り難い区画。
 その中でも、帝都で皇位継承権すら有するメイヴィス公爵邸に、徒歩で近づくものは滅多としていない。使用人であれば、専用の通用門から出入りするし、公爵家を訪問するような客人であれば、豪華絢爛に飾り立てられた馬車で訪れる。
 レティシアの事を怪しんだのも仕方がない。
「ご苦労様です」
 近づいてきた騎士に、レティシアが声を掛けた。
 途端に彼女がこの屋敷の末姫であることに気づいた騎士たちは、さっと顔を強ばらせて一礼した。
 そして門を開けるように合図を送る。
 鉄ごしらえの重厚な門が左右に開き、門番の詰め所から五名の騎士たちが出てくると、敬礼をした。
 門を潜り中へと進む。
 玄関へと続く広い庭の通路を進んで行くと、幾人もの使用人とすれ違った。
 レティシアはすれ違う度に使用人たちを労う言葉を掛けるものの、彼らはみな一様に目を伏せて礼をするだけである。
 態度だけは丁寧に。
 しかし、決してレティシアと目を合わせないように。
 過去に、レティシアに対して取った態度を思い出しているのかもしれない。
 失敗を怖がるようになり、勉強に魔法にと、集中できなくなってしまった幼い レティシアを、家庭教師は毎日のように怒鳴り散らした。主である公爵夫婦は彼女にまるで期待を掛けなくなった。
 そうした主の態度は使用人にも伝わってしまう。
 いつしか屋敷中の人々から、レティシアは空気のような扱いを受けていた。レティシアがウィンの下へ通うため、早朝に屋敷を脱け出すようになっても、鼻摘み者の末姫が奇行をしていると思っていた。
 ところが、『勇者』として聖別を受け魔王を倒し、圧倒的な才を秘めていたことを知った。地上に並ぶ者なき存在となった。
 恐怖を覚えることになった。
 かつて自分たちが取った態度を思い出して。
 それ相応の報いを受けるかもしれない。
 そしてもし、本気でレティシアが復讐を望むことがあれば、誰もそれを阻むことは出来ない。
 父親である公爵はもちろん、帝国であろうとも――。
 実際の所、レティシアには彼らに対して報復といった考えは一切ない。
心に深い傷を負ったことは確かだが、『ウィン』という彼女にとってかけがえの無い存在と出会ったことで、それらのことは取るに足らないこととなった。
 もちろん、過去のレティシアへの扱いについて思うことがないわけでもないので、現在、屋敷へと帰ってきた時には、彼女が不在だった四年間の間に雇われた侍女が世話をしてくれる。
 家の玄関を潜ると連絡を受けたのだろう、レティシア付きの侍女が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
 その侍女の挨拶が、この屋敷に帰ってきたレティシアに初めて掛けられた言葉だった。
 レティシアは少し苦笑すると、侍女に労いの言葉を掛けて自室へと向かう。彼女の部屋は、大きな寝台に机と椅子、小物入れが一つあるだけの簡素な空間だった。
 ただ、机の上には花瓶が一つ置かれ、季節の花が活けられていた。清掃も行き届き、寝台のシーツにも、いつこの部屋の主が帰って来てもいいように、皺一つなく丁寧に整えられていた。
 レティシアの背後に控えている侍女が、毎日のように管理してくれているのだろう。滅多と寄り付かない、主のために。
 レティシアは少しだけ彼女に対して、悪い事したなと思った。
「お父様は?」
「旦那様は奥様とご一緒に、陛下よりお招きを受けて皇宮へと参内されております。現在、このお屋敷にいらっしゃるのは、ステイシア様だけでございます」
「そう……姉上だけね」
 レティシアは、ほっと息を吐いた。芳香劑
 家族とはいえ、出来れば顔を合わせたくはない。
 長姉とは良い思い出が存在しない。
 父と母は皇帝アレクセイの趣味である絵画を見せられに行っているのだろう。
 レティシアと一つ違いの次姉フェレシアは、エメルディアに留学中。兄のレイルズは騎士学校を卒業後、中央騎士団に配属されて、今は何処かに駐屯しているはずだ。
 大貴族の嫡男らしく、簡単な野盗の討伐任務か魔物の討伐任務で功績を積むためだ。功績を上げて帝都に戻れば近衛騎士団に配属され、任期終了後には公爵位を継ぐことになるのだろう。
 そして長姉、ステイシアは――。
「あら、帰っていたの? レティシア」
「ステイシア姉様……」
 気乗りはしないがステイシアに挨拶へ赴かねばと廊下へと出た所に、長姉と出くわした。
「本当に久しぶりね。元気そうで私も嬉しいわ」
「はい、ステイシア姉様も。ただいま、挨拶に伺おうとしていたところでした」
「そう」
 言葉では末妹との再会を喜ぶステイシアだが、その口調はどこか余所余所しい。
 レティシアとステイシアが会話を交わすのは、レティシアが勇者として帝都に凱旋してから、これが初めての事になる。
 帝都の華やかな雰囲気を好むステイシアは、レティシアの凱旋後もメイヴィス公爵公都であるメイツェンへ帰ったことは一度もなく、シムルグへ滞在していたはずだが、一度たりとも顔を合わせることはなかった。
 もっとも、レティシア自身が家に寄り付こうとしなかったことにも原因はある。
 ただ、二人共に招待された夜会でも、顔を合わせることを互いが避けていた。
 レティシアはこの長姉が苦手だったし、ステイシアは昔から末妹の事を無視していたからだ。
 次姉のフェレシアとは、まだ姉妹の交流が少しあったものの、兄と長姉の二人がレティシアへ何がしかの興味を示したことはこれまでほとんど無かった。
 だからレティシアが凱旋した時に、兄のレイルズが彼女へ親しみを見せつつ話しかけてきた時には、彼女は戸惑いを覚えたものだ。
 避けていたとはいえ、同じ家にいる以上挨拶はしておくべきだろう。
 そう考えて、姉の部屋を訪ねるつもりだった。
 それがレイルズ以上に末妹に対して興味を示さなかったステイシアと、部屋を出たところで出くわしたとはいえ、彼女から話しかけてきたのでレティシアは驚きを覚えた。
 しかし、レティシアとしてはステイシアと話したいことなど何もない。
 挨拶も済ませたことだし、「それでは失礼します」と、さっさと部屋へ戻ろうとしたのだが――。
「そういえば、あなたには教えていなかったわね。今度私、ノイマン皇子殿下と結婚することになったの」
「それは……おめでとうございます」
「ありがとう。皇族であらせられるノイマン様とのご縁ができたことは私にとっても、メイヴィスの家にとっても光栄なこと。
 お父様もお母様も大変喜んでいらっしゃって、盛大な婚約披露宴を行ってくださるそうよ。その日にはレイルズ兄様も帰るようにと手紙を送ったらしいわ」
 ステイシアは冷たく醒めた微笑みを浮かべると、レティシアを見つめた。
「そういえばレティシアは、皇太子殿下とともにリヨンに向かうのでしたわね。そうすると、私とノイマン様の婚約披露宴への出席は難しいのかしら」
「申し訳ございません、姉上。リヨン王国の王太子であるラウル殿下とは、共に旅をした仲間ですので、アルフレッド様より同行をお願いされているのです」
「いいのよ、レティシア。大事なお務めですもの。そういうことでしたら仕方がありませんわ――ところで、あなた。リヨンへ赴く際に同行させる従者はもう決めているの?」
「いえ、あいにくと。ですが、私は一人でも十分ですし……」
「まあ!」
 ステイシアはレティシアの返事に驚いたように目を丸くした。
「末姫とはいえ、このメイヴィス公爵家の娘ともあろう者が、従者の一人も連れずに外国へ行くなんて考えられません。
 とはいえ、あなたに付いている侍女は一人だけでしたわね」
 ステイシアは少し思案するような素振りを見せると、すぐに口元に微笑を浮かべた。
「そうね、私の侍女を貸しましょう。それで少しは格好が付くでしょう」
「いえ、姉上。私は……」
 しかし、レティシアの反論を遮るようにステイシアが手を振ると、彼女の背後から二名の侍女がスッと前に歩み出る。
「この者たちは私が最も信頼している者たちです。この娘たちをあなたに付けますわ。二人共、私がメイツェンから帝都に旅して来た時にも同行した経験があるから、旅の間のあなたの世話もしてくれるでしょう。よろしいですわね?」


 せっかく盛り上がっていた気分に水を差されてしまった。
 侍女たちの言葉で、ステイシアとの事を思い出したレティシアは、気を取り直すために、机の上に置かれてあった小さな宝石箱から銀のネックレスを取り出すと、両手ですくい上げるようにして見つめた。情愛芳香劑
 細い鎖の先には、小さな、小さなアクアマリンの指輪。子供用に細工が施されている指輪である。
 レティシアが旅立つ前にウィンから贈られた大切な宝物だ。
「レティシア様。胸元をお飾りになられるのでしたら、こちらのネックレスなといかがでしょう?」
 侍女が差し出してきたのは、精緻な装飾の施されている金剛石のネックレス。装飾事態に派手さは無いが、それでレティシアの胸元を彩れば、彼女の魅力を見事に惹き立てるだろう。
「おそれながら、そちらの品はレティシア様の格式にはとても相応しい物では無いかと」
 石自体も小粒で決して高価な品物ではない。
 公爵家第三公女が身に着けるには相応しいとは思えず、裕福な平民ですら身に着けないかもしれない。そう少し渋い表情で苦言を呈する侍女に、しかしレティシアは首を振って微笑む。
「いいのです。これは着飾ることを目的した物ではありませんから。この指輪は私に力と勇気を与えてくれた、とても思い入れのある品なのです。
 それにいまさらこの私が、身に着けている品物一つで何か評価のようなものが変わることは無いと思いますよ」
「……そういうことでしたら」
 侍女は一礼して引き下がる。
 何か魔力の込められた魔道具とでも思ったのかもしれない。
 侍女のアクアマリンに向けられた視線が、どこか値踏みをするようなものになっていて、レティシアはクスリと笑った。
 確かに魔法が込められているのかもしれない。
 レティシアにだけしか効果の無い魔法だが――。
 子供の身で騎士学校に入るための大金を、文字通り身を粉にして働いて稼いだお金の中からウィンが無理をしてレティシアに贈ってくれたものだ。
 この小さな石がレティシアに与えてくれた力は、とてつもなく大きなものだった。
「おーい」
 扉が叩かれて外から声が掛けられた。
「支度できた? みんな待ってるぞ」
「はーい」
「なんと無礼な」と、憤る侍女たちを制しつつ、レティシアはいそいそと扉へと向かう。
 侍女たちはまだ彼女の側に仕えて間もないので知らなくても仕方がない。
 レティシアは自らの手で部屋の戸を開けると、声の主、ウィンを迎え入れる。
「おはよう、お兄ちゃん。私も準備出来たよ」
「おはよう、レティ」
 レティシアは部屋の戸の前に立つウィンを眩しげに見つめた。
「うん。よく似あってるよ、お兄ちゃん」
「そうかな? 従士の制服にも増して、なんだか服に着られてる感じが凄くするんだけど?」
 ウィンの姿も、純白に青の縁取り金糸で装飾が施された、まるで貴族の着る礼装のような制服。
 純白の制服は帝国において基本的に皇族にしか許されていないのだが、今回アルフレッドはコーネリアの従士隊の礼装として、純白を使用することを許可した。
 彼女の傍に仕えるものとして、純白が最も相応しいだろうという意見からだ。
 赤の制服の近衛騎士団、黒の制服の宮廷騎士団、青い制服の中央騎士団。
 そしてウィンが身に着けたコーネリア従士隊の白い制服。レティシアもまた同じ制服を着ている。
「うーん、レティが着たほうが同じ制服でも似合ってるな」
「うふふ、ありがとう。でも、お兄ちゃんで似合わないって言ってたら、隊長さんはどうするの?」
「そうだよね」
 レティシアが笑いながら言うと、ウィンも噴き出す。
 ぽっこりとお腹の部分が突き出したロイズの姿が思い浮かぶ。汗っかきの彼が、窮屈そうな制服に身を包み、息切れをしている姿が鮮明に。
 アルフレッドはロイズ小隊をそのままコーネリアの従士隊に昇格させた。指揮官はそのままロイズ。階級は百騎長待遇である。
 貴族たちの中からは反対の声も多く上がったが、アルフレッドは押し切った。
 実際に従士隊を付けられたコーネリアが賛同の意を示したこと。彼女が騎士候補生としてロイズ小隊のもとで研修をしていた実績が反対の声を押さえる理由となった。未婚の皇女に子息を近づけたかった貴族たちも黙らざるを得なかった。
「リヨン王国、剣聖ラウル様の国か。遊興や観光が目的じゃないけど初めての長旅だから、ちょっと楽しみだな」
「抜け出せる時間があるといいね」

 本当に楽しみなのだろう。明るい表情のウィンにそう言いながらレティシアも微笑む。
 レティシアも旅立ちがこんなに楽しみだったことは、魔王討伐の旅から明日には帝都に凱旋する日の朝以来だ。
 レティシアの住む女子寮から外に出ると、ウィンたちと同じ制服に身を包んだコーネリア、ロック、ウェッジ、リーノの四人が待っていた。
 彼らと同じ、何よりもウィンと同じ制服を着ることができたのが嬉しい。
 アルフレッドの話では、旅の道中にもいろいろと厄介事が待ち受けているようだが、それでも楽しい旅になるといいな、と心の中でレティシアは願った。三體牛鞭

2015年5月15日星期五

四つの時代

「ややっ、そこにいるは『黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカー』クロノと、その運命の絆に導かれし仲間パーティーメンバーたるリリィ君とソレイユ君ではないか! 何と奇遇な、否、この出会いもまた、遥かなる神代より定められし宿命の――」
「よう、ウィル」正品 RAVE 情愛芳香劑
「よぉー!」
「こんにちは、ウィルハルト王子」
 昨日、食堂で色々あって昼食がとれずじまいだったので、本日の放課後に学食の味を確かめに訪れた俺達エレメントマスター三人組なのだが、偶然と言うべきか、ウィルと出会った。
 各コース最後の時間の授業が終わった後ということもあってか、昼休みにはあれほどの賑わいを見せる食堂も、どこか閑散として見える。
 学生達はクラブ活動やクエストの準備など、授業以外にも色々と忙しいという。
 なので、こんな時間に一人寂しく、否、メイドを脇に控えさせてお茶を嗜む優雅なティータイムを過ごしているウィルハルト王子様は、どうやら本日の放課後の予定は皆無であるらしい。
 まぁ、こちらとしては話しかけるには好都合だし、ついでに、他の王族生徒でもあるネロ・ユリウス・エルロードの姿も見えないので尚更に良い。
 昨日騒ぎを起こしたばかりの俺が、どの面下げてあの怒れる王子様と相対できるというのだろうか。もしも彼が食堂に登場すれば、俺はスーさん並みに気配を消して速攻退散する所存だ。
 さて、そんなワケで友人と過ごす楽しい放課後の一時を満喫しようと、まぁ要するに、話のネタの一つとして、俺は前々から聞こうと思っていた話題を振ることにした。
 それは古の魔王ミア・エルロードの伝説について教えて欲しい、というものだ。
「なんとっ! この我に禍々しくも神々しい、血塗られた闇の歴史を語れと――」
「ああ、ウィルはかなり博識みたいだから、詳しいんじゃないかと思って」
「ふぁーはっはっは! この我の全知たる灰色の頭脳を頼ろうとは、見事な英断であるぞクロノよ!
 よかろう、他ならぬ汝の頼みだ、栄光に彩られし輝かしい伝説も、大いなる深淵に沈む影の歴史も、このウィルハルト・トリスタン・スパーダが、とくと語って聞かせてくれよう!!」
 お世辞に乗せられたみたいな感じのウィルだが、冗談抜きでその知識量が豊富であることを俺はすでに知っている。
 ついでに、シモンもウィルの博識ぶりに驚いていたくらいだ。
 錬金術師のシモンは理系の天才、王子様のウィルハルトは文系の秀才、といったイメージ。
 そう思えば、ウィルの右目にかけられる片眼鏡モノクルも理知的な輝きを宿しているように見えてくる。
 まぁ、そんな俺の評価など知らないリリィとフィオナは、完全にウィルの語り口にどん引きしている感じだ。
 ウィルとの初遭遇でもあった入学初日においても、同じように困惑と冷淡さが入り混じった微妙な視線を送っていたので、どうやら彼に対するイメージは未だに『変な王子様』から覆ってはいないようである。
 ついでに言えば、ウィルの背後に気配を消して佇むメイドのセリアも、上機嫌に語る主にどこか冷たい視線を送っている。
 まぁ、彼女も彼女で、色々と大変なのだろう、と気にしない事にする。
「とりあえず、俺は最近‘こっち’に来たばかりだから、基本的なことから教えてくれると助かる」
「うむ、確かにそうであるな。となれば、まずは大まかな歴史の区分から話すこととしよう。
 それは黒き神々が紡ぐ全なる運命の始まり、原初の光景、世界は光に満ちていた――」
 え、天地開闢から話を始めるのかよ。
 壮大にして想像もつかないプロローグから始まったワケだが、その辺は流石にウィルということか、要所はしっかり押さえてある。
 それを踏まえてこの異世界、いや、このパンドラ大陸において伝わっている歴史の区分は理解できた。
 それは神代、古代、暗黒時代、そして今に繋がる現代、の四つである。
 まずは、世界の始まりにあたる『神代』。
 これは人ではなく、神々がこの世界を創造し、そして実際に暮らしていた時代であるらしい、正しく神話と呼ぶべき内容そのままである。
 勿論、この時代に関する事は一切が明らかになっていない。
 神代の存在は、次なる古代の時代に残されている歴史的資料から推察できるというもののようだ。
 言うなれば、現代における古代のような位置づけだろうか、古代には神代の遺跡や魔法が、伝説として残っていたということである。
 次に『古代』。
 これが魔王ミア・エルロードをはじめ、今を生きる俺達に加護を与えてくれるパンドラの『黒き神々』が実際にこの世界で生きていた時代だ。
 しかしながら、この時代こそが正確なパンドラの歴史の中で最も長い期間にあたるらしい。情愛芳香劑 ROCKER ROOM RUSH
 いうなれば、神の時代が終わり、人の世が始まった、つまり日本史でいうところの縄文時代から始まり、幾多の戦乱や文化の隆盛、技術発展を経て、今のパンドラや現代日本を越えるほどの魔法文明を確立した時期まで含まれるのだ。
 ちなみに、ミアちゃんはこの魔法文明が発展した古代後期の生まれである。
 そしてパンドラ大陸を統一したエルロード帝国が誕生し、その後、実際にどれくらい続いたのかは不明だが、帝国が崩壊したことで『古代』は完全な終焉を迎える。
 次の『暗黒時代』は、名前の通り、その時なにがあったのか一切不明の空白の時代である。
 唯一判明している事は、進んだ魔法文明がこの時代を経ることで完全に失われてしまったということだ。
 この暗黒時代も、またどれほどの間続いたのかは不明だが、それでも人が生きていた以上、国は生まれ、文明は発展していくのだろう。
 そして今に繋がる『現代』と時代が移り変わる。
 この現代時代、と言うと違和感あるが、ともかく、この時代の始まりは、暗黒時代を脱し、文明の痕跡を残せるほどに発展し始めた国々の誕生である。
 そうした国々は、今に至る千年ほどの間に、またかつてと同じような戦乱と荒廃と復興を繰り返す。
多くの国家は消滅したが、中には、今も残る国もあったりする。
 その一つがスパーダであり、また、隣国のアヴァロンでもあるのだ。
 この現代史の中でも、僅かながら『黒き神々』の仲間入りを果たした伝説的人物も存在する。
 その一人が、スパーダ建国の祖となった、初代国王であるのだとか。
「――おっと、あまり我が栄光のスパーダ史ばかり語るワケにはいかぬな、話を魔王伝説へと戻そうか」
 そしていよいよ、魔王ミア・エルロードについての話である。
「古代は高度な魔法文明が発達していたというのは、今も残る遺跡系ダンジョンを一目見れば理解できるが、不思議なことに、今と変わらぬ部分も多くあったようだ」
「というと?」
「例えば、うむ、そうさな、クロノよ、幼き頃のミア・エルロードはとある職業に就いていたのだが、それが何か分かるかな?」
 思わぬところで質問返し。
 しかし、幼いミアちゃんが、って今も十分に幼い気もするが……はて、なんだろうか?
「黒魔法使い?」
「確かに、黒魔法は幼少より扱えたようだが、冒険者のようにそれを職業としていたワケではないようだ」
 黒魔法は使えたのかよ、ミアちゃん、恐ろしい子! いや、後の魔王だから、それくらい出来て当然と言えば当然なのかも。
「黒魔法使いじゃないなら、もう予想がつかないな、何だったんだ?」
「羊飼いだ」
 それを聞いた瞬間、モコモコの毛皮を纏ったミアちゃんがメェーメェー鳴きながら牧場をゴロゴロしているイメージが脳裏に浮かび上がる。
 いや、違うだろ、ミアちゃんが羊なんじゃなくて、羊を飼っているのがミアちゃんなのだ。
 今度は羊の大群にモフモフされて目を回しているイメージが……
「えーと、なんか随分と牧歌的な仕事をしていたんだな」
「うむ、だがしかし、アスベル山脈にあったという小さな牧場から、魔王ミア・エルロードの伝説は始まるのだ」
 どちらかというと、小さな田舎の故郷からスタートするRPGの勇者みたいな成り上がり方だな。
 いや、でも農民から天下人になった豊臣秀吉の実例がある以上、どんな身分からスタートしても、絶対に不可能ではないということでもある。
「勘違いしがちなのだが、エルロード帝国はミア・エルロードが、まだただの羊飼いであった頃から存在した国なのだ」
「え、じゃあミアちゃ――ミア本人が建国したワケじゃあないのか?」
 危ない、最近あまりにもちゃん付けが俺の中で定着していたので、口にも出るところだった。
 その内、本人にも言いそうである、気をつけなければ。
「うむ、羊飼いのミアは、本来であればそのまま一人の村人として生涯を終えたのだろうが、当時のエルロード帝国では皇位継承を巡る争いが激化していたのだ」
「それが一介の羊飼いにどういう関係が?」
「エルロード皇帝の隠し子だった、らしい」
 うわぁ、それで歴史の表舞台に引きずり出されたってワケか。
「果たして、どういう思惑や経緯があったのは、流石にエルロード皇帝となる前の話である故、詳しい文献は残っていないので不明だ。
 だが、担ぎ出されたミアは騎士学院、そうさな、この王立スパーダ神学校の幹部コースと同じようなものだ、そういう学校へ通うこととなったのは間違いない。
 恐らくは、将来的にミアを戦場の最前線に立たせても惜しくない、都合のよい皇族将軍にする為だったのだろう。
 皇位継承問題もそうだが、当時はそれ以上に、他国との諍いが絶えない群雄割拠の戦国時代であったからな」PPP RAM芳香劑
 この戦国時代設定は、流石の俺でも聞いた事がある。
 こういう戦争が起こってもおかしくない時代背景だったからこそ、魔王が誕生する余地もあったということだろう。
「しかし、この学院通いによってミアは頭角を現し、また、後にエルロード帝国軍の主力を担う伝説の騎士達と出会うのだ、正に運命であるな!」
 おお、何かミアちゃんも学生の頃は頑張ってたんだな。
 しかし、学生のミアちゃんのイメージが学ランとセーラーの両方とも思い浮かんできて、頭の中が大混乱だ。
「そうそう、かの有名な魔王ミアに仕える最初にして最強の騎士、『暗黒騎士フリーシア』とはこの学生時代にて邂逅を果たしている、なんでも入学式当日に街中で暴れるプンプンを廻る騒動に巻き込まれたのがキッカケだった、と発掘された回顧録と思しき文献から判明している」
 色々と驚くポイントはあるが、一番驚きなのは古代からプンプンが生息していたことだ。
 いてもおかしく無いのかもしれないけど、こんな形で魔王伝説に関わってくるとは……
「他にも『蒼雷騎士アルテナ』、『冥剣聖ヨミ』」、とパンドラの黒き神々として君臨する、名だたるメンバーと出会いを果たすのだ」
 アルテナ、って『戦女神の円環盾アルテナ・ガードリング』のやつか、思わぬところで聞いた、というより、どこかで耳にする事が多いほどポピュラーな神様ってことかな。
 ヨミの名は聞いた事無いが、名前からいって剣士に加護を授けるんだろう。
 微妙に和風な名前なので、もしかしたら刀限定なのかもしれない。
「そして、三人とも魔王の妃になるのだから、何とも濃い学生時代であるな」
「結婚すんのかよ!?」
「うむ、他の四人は本格的に戦争が始まってから出会ったようだ」
「他の四人って、全部で七人もいるのか!」
「魔王の妃、七人の戦女神の話は有名であるぞ、そこの壁にも彼女達を題材にした絵がかかっているだろう」
 ウィルがビシっという効果音が聞こえるほどの見事な指差しをする先には、確かに『七人の戦女神』というタイトルの巨大な絵画が飾られている。
 昨日見た時はただの美術品にしか思えなかったが、そこに描かれている美女達がミアちゃんの嫁だと思うと、また違った複雑な思いが湧き上がってくる。
 果たしてミアちゃんは彼女達と結婚式を上げる際には、白いタキシードだったのか、それとも純白のウェディングドレスだったのか……いや、待てよ、相手が女性ならば、答えは当然決まってくるよな。
「妃、ということは、ミアは男だった……んだよな?」
「ふむ、魔王の性別に疑問を抱くとは、妙にマイナーな説だけは聞き覚えがあるようだな」
 はて、マイナーな説、とはなんのことだろうか。
「文献によって、魔王ミア・エルロードは大きく異なる姿で記されていることがあるのだ。
 絶世の美青年であったとか、巨大な鎧冑姿であったとか、あるいは、幼い子供のようだったとか、可愛らしい少女の姿をしていた、というのもある」
「へ、へぇ、そうなのか……」
 ダメだ、これは益々ミアちゃんの性別不明ぶりに拍車がかかってしまった。
 いっそ聞かなければ良かった……
「まぁ、直系の子孫たる現代のアヴァロン王族なれば、魔王の真なる姿を知っているやもしれん、もっとも、それはこの我をもってしても未だ解き明かせぬ秘密であるようだが、な」
 とりあえず、ネロ王子には絶対聞けるような雰囲気じゃないので、もしネルさんと話す機会が今後廻ってくれば聞いてみようかな。
 今度こそ謎が明らかになることを願って。
「む、時にクロノよ、アヴァロン王族と言えば、先日、この食堂にて騒ぎがあったようなのだが――」
「あ」
 と言って固まるのは俺。
「クロノ?」
「クロノさん?」
 つい今しがたまで、ウィルの話よりもメイドのセリアが淹れてくれるお茶の味に夢中になっていたリリィとフィオナであるが、昨日の一件に関する話が出た瞬間、瞳の奥に静かな怒りを湛えた恐ろしげな二つの視線が俺へと向けられた。
 無論、二人は俺に対して怒りを覚えているワケではない、これはアレだ、クエスト中の戦闘において、リーダーである俺に『攻撃の指示』を窺うアイコンタクトである。
 ティーカップ片手に優雅なたたずまいのフィオナがそんな目を向けてくるのも恐ろしいが、セリアに撫でられてはしゃいでいたリリィが、そのままの体勢で冷たい視線を送ってくるのも恐ろしい。
「いや、大丈夫、大丈夫だから、昨日のことは気にしてないからな」
「むぅー」
「そうですか」
 とりあえず、渋々ながらも怒りの矛先をすぐに治めてくれて助かる。COLT LC 正品 芳香劑
「……な、なんだ、そんなに聞いては拙いことだったか?」
 不穏な気配を感じ取ったのか、ウィルがちょっと引いた様子で問いかけた。
「いや、ウィルには聞いて欲しい」
 俺の証言を信用してくれそうな、数少ない人物である。
「うむ、そうか、では心して聞こう!」
 そして五分後、ウィルはこう言った、「妹が迷惑をかけて済まない」と。

最悪の出会い
 俺の顔面にローファーの硬い靴底を向けて飛んでくるのは、小柄な女子生徒だった。
 燃えるように鮮やかな赤髪の長いツインテールと赤マントが飛んだ勢いでなびき、猫のように可愛らしい金色の瞳には、猛然と怒りの色が宿っている。
 体勢からいって短いスカートが捲れ上がっているが、どうやらスパッツのような下穿きを身につけており、盛大なパンチラを晒すという恥かしい事態にはなっていない。
 首の骨をへし折る必殺の気概でもって繰り出された飛び蹴りを放つ幹部候補生の少女に、俺は全く見覚えが無い。
 つまり、このまま飛び蹴りを受けてやる理由も義理も無いのだ。
 台詞から察するに、恐らく俺がネルさんに対して狼藉を働いたと勘違いしていると思われるのだが、うーむ、あと三秒あればこの際どい体勢を解除できたというのに、なんと間の悪い。
 とりあえず、今は真っ直ぐ突っ込んでくるロケットガールを止めなければならない。
 彼女の体はすでに宙を舞っており、俺の顔面へ着弾するまでの猶予は一秒以下。
 これがクエスト中であれば問答無用でカウンターの拳か刃か弾丸を食らわせてやっていたところだが、ここは学校内だし、相手に殺意が感じられるとはいえ、ただ誤解が生じているだけの、話せば分かり合える状況だ。
 出来れば無傷で、かつ痛くない方法で彼女を止めたい。
 大人しく黒盾シールドで防御か、と思うが、こうも見事なキックを繰り出す少女だ、一撃目を防いだところで追撃がくるに違い無い。
 ならば、拘束した方が手間も省けるというものか。
「影触手アンカーハンド」
 対応策を決定した俺は、時間も押しているので即座に行動開始。
 今は見習いローブを着てないが、リリィがプレゼントしてくれた呪いのグローブである『黒髪呪縛「棺」』はしっかり装着している。
 これが無ければ刹那の間に触手を形成することも、精密に操作することも出来なかっただろう。
 意外なところで役に立ってくれたなと思っていると、頭の奥のほうで「ご主人様~」とちょっと嬉しそうな声が響いてきた。
「きゃあっ! な、なにコレっ!?」
 そんなわけで、着弾直前の少女型ミサイルを寸でのところで捕縛することに成功したのである。
 俺がかざした右手からは幾本もの黒い触手が伸びており、少女をネットで捕らえたように絡みつかせている。
 飛び込んできた衝撃を完全に相殺して受け止めた後、触手の拘束はそのままに、両足で立てるように床へ降ろした。
「い、イヤぁ! 気持ち悪いっ! は、離しなさいよ変態モルジュラ男!」
「待ってくれ、先に攻撃を仕掛けたのはそっちだろう、それに君は誤解をしている」
「離して、早く離してよっ! ネルだけじゃなくて私まで辱めようっての! 私にこんなことしてどうなるか分かってんでしょうね!!」
 ダメだこの娘、完全に頭に血が上って俺の話を聞くどころじゃない。
 さらに拙いことに、彼女がヒステリックに喚きたてる所為で、学食にいる生徒の全員が俺の方へ注目し始めている。
 だからといって、このまま拘束を解いたところで彼女が殴りかかってくるか蹴りかかってくるか、どちらかの行動をとるだろうことは確定的に明らか。
 勿論、俺が一時的に冤罪を受け入れて彼女にボコられるのも願い下げだ。
「悪いけど、少し黙っててくれないか」
 人差し指をクイと動かすと、俺の意思に連動して少女に絡みつく触手の一本が素早く蠢き、いわれ無き誹謗中傷を叫ぶ口を塞ぐ。
「ん、んんっ、んむぅーーっ!!」
 声は止まったが、半分涙目、顔を真っ赤にしてじたばたともがく。
 ああ、これは拙い、思ったよりもかなり拙い。
 これじゃあ傍から見たら完璧に俺が悪役みたいじゃないか、早々に事態を治めなければ。
 そして、それが出来るのは俺では無く、芳香劑 ULTRA RUSH
「ネルさん、あの娘は友達ですか?」
「え、あ、はい!?」
 事の成り行きを呆然と見ていたネルさんは、俺の呼びかけでようやく事態を把握してくれたようだ。
「彼女は何か誤解をしてるようなので、言って聞かせてくれませんか」
「あ、そ、そうですね!」
 と、それで天使のようなネルさんに説得されて赤髪ツインテ少女の誤解は解け、事態は解決、
「やれやれ、また面倒事起こしやがって」
 とは、いかなかった。
 その気だるげな台詞が俺の耳に届くと同時に、グローブのお陰でそれなりに強靭なはずの触手が全て切断された感覚が伝わる。
 見れば、斬り飛ばされた先から黒い魔力を霧散させてゆく触手の残骸と、それを行ったであろう一人の人物が目の前に立っていた。
「けど、まぁネルとシャルに手を出されたんじゃ、黙ってるワケにはいかねぇか」
 ソイツは一度だけ見たことあるだけだが、はっきりと覚えがある。
 黒髪赤眼の端正な顔立ち、スラリとした長身に幹部候補生の証である赤いマントを羽織った姿、名前は確かネロ・ユリウス・エルロード。
 隣国アヴァロンの第一王子だ、家系図を信じるならば、あのミアちゃんの子孫ということになっている。
 その王子様は表情こそ涼しいものだが、俺に向けられる殺気はシャルとか呼んだ少女とは比べ物にならない。
 腰に佩いた剣の柄に手をあてており、一目で日本刀のような形状であることが窺い知れる。
 なるほど、抜刀術かなんかで一気に触手を切断したのか、俺がネルさんの方を向いている僅かな間に抜き放ったというのなら、それなりに腕前がありそうだ。
「待ってください、お兄様!?」
 一触即発の空気を感じ取ったのか、ネルさんが俺とネロの間に割って入った。
 というか、今、お兄様って言ったよな……俺の聞き間違いでなく、その言葉通りの意味なのだとしたら、この人のフルネームはネル・ユリウス・エルロードってことになるのか?
 まさか、ネルさんはマジもののお姫さま?
「ネル、その気持ち悪ぃ触手ヤロウから離れろ、斬るのに邪魔だろ」
「だ、ダメです、そんな――」
「安心しろ、半殺しくらいに抑えておいてやるから」
「そういう問題じゃありません!」
 うわ、この王子様もそうとうキレてるぞ、もう少し冷静になって欲しいものだ。
 いや、俺もリリィがいきなり凶悪な人相の男によって触手で拘束されていれば、これくらい殺気を迸らせてしまうかもしれない、あまり人の事は言えないか。
「私がもう半分殺して、完璧に殺すわ」
「シャルも、少し落ち着いてくださーい!」
 触手から解放されたお陰で、お友達の暴走少女も自由の身となってしまった。
 なんだか収拾のつき難い状況となってきたが、両手と翼を広げてネルさんが俺を庇うように前に立ってくれているおかげで、シャルと呼ばれた少女が蹴りかかってくることも無いし、兄貴が斬りかかってくることも無い、少なくとも、今すぐには。
 ここは一応、弁解の一つでもしておいたほうが良いか。
「落ち着いて、剣を引いてくれませんか? 俺はネルさんが転びそうだったのを助けただけですし、その娘は、えーと、急に飛んできたので」
「お前な、コイツらが誰か分かっててやってんのか? 軽々しく触れていい相手じゃねぇぞ」
 そんなこと言われても、ネルさんが王族かもしれないのは今さっき気づいたことだし、この飛び蹴りくれた娘に至っては全く分からない。
 まぁ、二人とも幹部候補生ってだけで、やんごとなき家柄の娘さんってのは察しがつくが、だからといって俺の行動は全部不可抗力だろう。
 いや、それが許されないのが身分制社会ってヤツなのか……
「知らなかったで済まされる問題じゃあ――」
「やめてくださいお兄様! クロノさんは善意で私を助けてくれたのですよ、それに、シャルだってただの勘違いです、全てドジを引き起こした私が悪いのであって、クロノさんは悪くありません!」
 有無を言わさず毅然と俺の無罪を訴えてくれるネルさん、おお、マジで天使だな。
 妹の決死の説得に、兄貴として応じるしか無かったのか、ネロは大きく溜息をつくと同時に殺気が消える。
「失せろ、ネルに免じて見逃してやる」
 だが、不満ではあるようだ。
 正直、ここまで一方的に悪者にされては心中穏やかではいられないが、相手は王族、変に逆らわないほうが身のためだ。
 そういえばシモンも幹部候補生には気をつけろと言っていたが、なるほど、こういう事だったか、一つ勉強になった。
 ウィルが好意的な接し方をしてくれているお陰で、どこか甘く見ていたところもあったのだろう、うん、やはり偉いヤツに対しては注意しないとダメだな。
「すみませんネルさん、変に迷惑をかけてしまったようですね、俺はこれで行きます」
「いえ、そんな……こちらこそごめんなさい、クロノさん」
 シュンとうな垂れるネルさんに、気にしないでというニュアンスの言葉を告げた後、俺はさっさと食堂を後にする事にした。
 見逃してくれると言ったネロの言葉通りにこちらがこの場を去るのは少々癪ではあるが、ここはどうしても俺が引かねばならないだろう、一刻も早く。
 なぜなら、入り口の方に少女状態で妖精結界オラクルフィールド全開なリリィと、なんか聞き覚えのある魔法の詠唱を口ずさんでいるフィオナの二人が立っているのだから。
「はぁ、情け無いところを見られてしまったな」
 そうして、俺は食堂にいる生徒達から好奇の視線を背中へ一心に受けながら、その場を後にした。
 とりあえず、リリィとフィオナには食堂で昼食がとれなくなったことを謝って、それから、怒りの矛を治めてくれるよう説得を……RUSH PUSH

2015年5月13日星期三

堕天

「はぁ……はぁ……」
 情けないほどに息を上げながら、俺は森の中を彷徨っていた。
 雪に包まれた静かな白い森は、果てしなく続いているような錯覚に陥る。体力の限界を訴えて軋む足が止まるのが先か、それとも寒さで凍えるのが先か。なけなしの上着を一枚脱いだ俺に、この寒さは堪える。男宝(ナンパオ)
「くそ……もう、陽が落ちる……」
 一面の銀世界は、刻一刻と闇夜が支配する暗黒へ変わろうとしていた。
 いくら夜目の効く俺でも、光源が一切なければ流石に何も見えない。この体に残された魔力では、疑似火属性による小さな灯火トーチさえ、十分と経たずに燃え尽きてしまいそうだ。
 どうする、凍死覚悟で野宿でもするか? 俺の体なら一晩眠れば多少は回復してくれるかもしれない。それとも、今の消耗しきった状態じゃあ、冬の寒さにあっけなく敗北するか……あまり賭けたい気持ちにはならないな。
 そんなことをぼんやり考えていた、その時、目の前にポっと白い光が灯る。
「……悪いな、助かる」
「いえ」
 俺の代わりに、サリエルが灯火(ト-チ)を使ってくれた。
 背負った彼女の体は、手足が欠けているせいか、酷く軽い。それでも、背中には確かに生命の温かさを感じる。まぁ、俺のタートルネックのセーターみたいな上着は、保温性だけは抜群だ。ついでに、XLオーバーなサイズのこれを小柄なサリエルに被せれば、痛ましい下着姿もすっぽりと覆えて、目の毒にならずに済む。
 それにしても、灯火トーチが使えるとは、やはり魔力は残っているということだ。魔法として行使するのは辛そうではあるが、魔力そのものが底を突いた俺に比べればマシだろう。残った妖精の霊薬をサリエルにつぎ込んで、手足の傷を塞いだ甲斐はあったと思うことにしよう。
 お蔭で、灯りの心配はせずに済んだが……彼女と助け合うこの状況に、俺はまたしても複雑な感情を覚えるのだった。
 そう、俺は結局、サリエルを殺すことができなかった。
 あと三秒、『逆干渉バックドア』の記憶再生があの日まで遡るのが遅れていたら、サリエルは死んでいた。窒息ではなく、首の骨を折られて。
 あれを見てしまったら、サリエルの本当の正体を知ってしまったら……俺の腕にはもう、一切の力は入らなかった。
 サリエルはただの人造人間ホムンクルスじゃない。その中身、魂は異邦人のものだ。俺が異世界召喚ならば、彼女は異世界転生というべきか。
 白崎百合子。
 彼女は俺が倒れた直後、同じく頭痛に襲われ気絶し、そして、次に目覚めた時にはもう、サリエルの体となっていたのだ。亜麻色の髪と黒い瞳の愛らしい少女の面影はなく、人形めいた美貌の人造人間ホムンクルスの肉体へと彼女は転生させられた。
 記憶を見る限りでは、そういう風にしか見えなかった。
 今はもう、『逆干渉バックドア』の効果はすっかり収まっている。これ以上サリエルの、いや、白崎さんの記憶の秘密を覗き見ることはない。
「……」
 俺とサリエルの間に、会話はない。互いにひたすら沈黙を貫き、俺は雪深い森を当て所もなく突き進み続け、彼女はまた、眠ったように規則正しい小さな吐息を発する。
 俺は歩くことだけに集中して、他のことは、何も考えなかった。いや、考えられない、というべきか。この奇妙な状況下において、俺はどうすればいいのか、何をすればいいのか。全く思考がまとまらない。
 ただ一つだけ確かなことは、俺にはもう、サリエルを殺す意思が潰えてしまったということ。正確には、拒絶反応、とでもいうべきか。
 本当は、サリエルを殺すべきだ。
 初志貫徹、というワケではないが、使徒を生き残らせることがどういう意味か、俺はよく知っている。だからこそ、無茶を承知で『天送門ヘヴンズゲート』に飛び込んだんだ。
 そして何より、あとほんの少しでも彼女が力を取り戻せば、真っ先に俺は殺されるだろう。
 安全という一点でのみ考えても、サリエルの殺害は最善策である。
 殺そう、もう、正体なんか関係ない、白崎さんだろうと誰だろうと、使徒は殺す――だが、いざ腕を動かそうと思えば、やはり、ピクリとも力が入らないのだ。一度は絞め殺す気で握った彼女の首に、俺はもう、手をかけることさえできなかった。
 ああ、認めよう。俺は、サリエルを殺したくない。白崎百合子という、顔の見知った相手を、殺したくないのだ。
 これまで散々、人を殺してきたというのに、とんだお笑い草だ。何が悪魔だ、狂戦士だ。
 同郷の顔見知り。たったそれだけの理由で、俺は人を殺すことができなくなった。何という愚かしさ。何という、弱さ。
 どれだけ思い悩んで、自身を苛んでも、彼女を殺せない事実に変わりはない。
 じゃあ、俺はどうすればいいんだよ。
 結局そこで、思考は止まる。答えの出ない、堂々巡り――
「――あれ」
 そんな無為な思考の渦に囚われ続けていたが、ふと気づく。
「何だ、ここ……見覚えが……」
 既視感デジャヴュ、というヤツだろうか。
 冬の森を歩くというのも、ラストローズ討伐の際、アスベル山脈登山で経験している。そうでなくとも、森なんてのは冒険者なら新人にだってなじみ深いフィールドだ。見覚えがある、どころの話ではない。
 そういえば俺の冒険者デビューである『リキセイ草採取』の初クエストだって、リリィと一緒に妖精の森フェアリーガーデンに――
「そうか、ここは……妖精の森フェアリーガーデンだ」
 すっかり夜の帳がおり、灯りはサリエルの今にも消えそうな小さな灯火トーチだけ。それでも、薄ぼんやりと照らし出される森の景色に、俺は見覚えがあることを確信する。
 雪が降っていても、見違えることはない。妖精の森フェアリーガーデンはイルズ村で過ごした僅か三ヶ月という期間だが、それでもほとんど毎日歩いたダンジョンである。思えば、それだってまだ半年前だ。その時の記憶がもう薄れてしまうほど、俺は耄碌しちゃいない。
「ここからなら、近いな」
 行く先は、すぐに決まった。それ以外はもう、今の俺には考えられない。
 久しぶりに帰ろう、俺とリリィの家に。


「おお……あった!」
 その雪に埋もれるように建つ小さな、本当に小さな小屋を見つけた瞬間、俺は思わず声を弾ませた。
 そのまま扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込もうとするが、降り積もった雪が邪魔をする。誰も住んでいないのだから当然、除雪なんてされているわけがない。
 仕方なしに俺は、扉だけでも開くようスコップ無しの雪かき作業という苦行に挑む。
 分厚い雪をかき分けて、ようやくドアを開けられるという時には、俺の息は絶え絶え。このままドアの前でぶっ倒れるんじゃないかという消耗ぶり。印度神油
 せめてサリエルだけでも下ろしておけばもうちょっと楽だったんじゃないかと気づいたのは、ゼェーゼェー言いながらドアノブを握った瞬間であった。
 まぁいい。確か、カギはかかっていないはず。
「はぁ……はぁ……た、ただいま……」
 暗く冷たい室内からは、「おかえり」と返ってくる温かい言葉はない。
 それでもこの懐かしさすら感じる部屋に、俺の心はほんの少しだけ温かくなった。
「少し埃っぽいな……換気するか、いや、暖炉をつけるのが先か……」
 そのままくつろぐには、半年分の汚れが積もりに積もった部屋というのは躊躇する。
 とりあえず俺は天上から吊るされているランプに火を入れる。良かった、まだ油は残ってる。無事に点灯してくれた温かなオレンジの光に、ようやく人心地がついた。
「うん、やっぱり掃除が先だな」
 決断した俺は、まずベッドに畳まれている毛布とシーツを掴んで、再び外に。
 家に帰ったことでほんの少しだけ戻って来た活力を消費して、バンバンと埃叩き。とりあえず、こんなもんでいいだろう。
 暫定的に清潔な寝床を確保した俺は、シーツと毛布をホテルマンのように丁寧に引いてから、ようやく背負ったサリエルを下ろすことができた。
「ちょっと騒がしいかもしれないが、我慢してくれ」
 もっとも、テレビゲームの真っ最中に狙ったかのようにオカンが掃除機をブォンブォン鳴らして乱入された時の俺みたいに、ケチの一つがサリエルから飛んできたとしても、清掃の手を止めることはないだろうが。
 寒さを堪えて、俺は小屋にある窓を全開にし、それから奥の方に仕舞い込んであった箒とチリトリと雑巾バケツのセットを発掘し、完全武装を整えた。
 まずは埃落としと掃き掃除。
 ここを引き払う時にあらかた整理しておいたから、ゴミらしいゴミは一つも落ちてはいない。それを思えば、動物やモンスターに侵入されることもなかったことが分かる。
 思い出の場所が荒らされてなくて、本当に良かった。
 それから、小屋のすぐ裏手にある凍った小川からなんとか水を調達し、目につくところをざっと拭き掃除。たった一拭きで驚きの黒さに。半年でこれなら、もう一年、二年と経過していれば、掃除しようという気力すら湧かなかったかもしれないな。
「ふぅ……まぁ、こんなもんでいいか」
 ツルツルピカピカ、とまではいかないが、とりあえず一晩過ごすのには気にならない程度には綺麗になった。また明日、体力が回復したら本格的に掃除しよう。リリィは綺麗好きだったしな、この小屋を汚れっぱなしにしておくのは、大いに気が引ける。
 そんなことを思いながら、俺はどっこいしょと疲労を感じさせる枕詞を思わず口にしながら、ベッドへ腰かけた。
「……クロノ・マオ」
「なんだよ」
「私を、殺してください」
「寒いな、窓、閉めないと」
 もう掃除は終わったし、開けっ放しの吹き曝しじゃあ、毛布にくるまっていても凍え死にそうだ。気合いを入れ直して、俺は再び立ち上がる。
「……殺して、ください」
「あー、次は暖炉に火ぃつけなきゃいけないか、結構な重労働になりそうだなー」
 汚れたまんま点火したら、燃えたらまずいモノまで燃えちゃいそうだ。折角綺麗にしたのに、異臭と黒煙の波状攻撃に晒されるのは勘弁願いたい。下手すればちょっとしたボヤ騒ぎである。大家さんリリィに何て説明すればいいんだ。
「っていうかコレ、どうやって使うんだ」
 当たり前のことだが、俺とリリィがのほほんと平和に暮らしていた頃は、ちょうど春から夏にかけて。この小屋に見合った小さなサイズの暖炉を使う機会は一度たりともなかった。勿論、現代日本でも暖炉に火を入れる経験なんてあるはずもない。
 さて、どうしたもんか――
「――『火矢イグニス・サギタ』」
 覗き込んだ真っ暗の暖炉に、俄かに赤々とした火が灯った。
「私はもう、下級攻撃魔法を行使できる程度には、魔力を回復しています」
 凄い凄い。流石は使徒。暖炉も魔法で一発点火か。
「このまま一晩経てば、もう貴方の力で私を殺害することは不可能でしょう」
「そうかよ」
「はい、ですから、今の内に私を殺してください」
 俺は今度こそ真っ直ぐ見つめられる赤い視線から、逃れることはできなかった。まるで呪いだ。無視するのも、誤魔化すのも、もう、限界だ。
「なぁ、サリエル……お前は、何なんだよ」
 そんな漠然とした問い掛けをしながら、俺は再びベッドへ戻る。
「私は、第七使徒サリエル。異邦人の白崎百合子ではありません」
 そんなことは知っている。
 コイツはただ白崎さんが『思考制御装置エンゼルリング』によって洗脳され、操られているわけじゃあない。一度倒せば、正気を取り戻すだとか、そんな都合の良いことはありえない。
 俺は他でもない自分自身が『思考制御装置エンゼルリング』の支配がどういうものか経験しているから、分かる。白崎百合子という人格はとっくの昔に消滅し、それに代わり、この出来の悪いアンドロイドみたいな性格のサリエルという使徒としての人格が上書きされたのだと。
 俺もあのまま実験を最後まで終えていたら、コイツみたいに喜怒哀楽の欠けた無表情の仮面を被った人形となっていただろう。それは『生ける屍リビングデッド』とどんな違いがあるというのか。
 けれど、だからこそサリエルは使徒なのだ。白崎さんでもなければ、また別に普通の少女としてでもない。白き神が誇る究極の手駒である使徒として最も相応しいのは、一切の感情を持たず、ただ敵を殺戮する戦闘マシンなのだから。
「なら、どうして死にたがる」
 故に、それが一番の疑問。
「記憶の封印が解けたところで、お前は白崎さんに戻ったわけじゃない。第七使徒のままでいるなら、何故、自ら死を望む。どうして、俺を殺さない」
 その気になればサリエルは、俺を殺せただろう。森を歩いている時点で、『白杭サギタ』の一発くらいは撃てたはずだ。
 俺は無防備にもサリエルを背負っている。ゼロ距離で心臓を貫くのは容易い。
「……私は、白崎百合子の意志に逆らえない」
「どういう、意味だ」
「私にも、よく分かりません。ですが、貴方が私を殺そうとしないのと、同じ、ような気がします」芳香劑 ULTRA RUSH
 サリエルにしては、えらく曖昧な答えが返って来たもんだ。本当に、自分でも心変わりの理由がよく分かってないのだろう。分からないが、それでも俺を殺す、つまり、使徒としての働きをする気は起きないといったところか。
「彼女は、貴方の死を望みはしない。まして、自分の手で殺すことなど、決して許しません」
「どうかな。自分の命が助かるためなら、たかが俺如き、気にもしないだろう。いや、白崎さんは優しかったからな、少しくらいは躊躇してくれるかもな」
「いいえ、その選択はありえません。彼女は必ず、己の死を省みず貴方を助けます」
「お前に、白崎さんの何が分かるってんだよ」
「白崎百合子は、貴方を愛していた」
 まるで、ラストローズの夢の続きだ。
 けれど、俺は夢でも幻でもなく、確かに、彼女の告白を聞いた。

「私、黒乃くんのこと――好きなの」

 その言葉の意味を勘違いするほど鈍くはないし、疑うほど捻くれてもいない。それに、あの日のやり取りをよく考えてみれば、辻褄は合う。
 五月十四日の金曜日。白崎さんは俺に告白するため、部活のミーティングがあると嘘をついて二人きりになるよう誘導した。その前段階で、文芸部員一同には根回しは済ませてあるのだろう。もしかしたら、部室の外で息を潜めて全員待機していたかもしれない。
 ともかく、白崎さんには俺に告白するだけの好意を抱いていたのは、間違いない。
「貴方を愛している。ずっと、貴方だけを見つめていた」
「やめろっ!」
 お前が、彼女の愛を語るな。
 白崎さんがどうして俺なんかを好いてくれたのか、とんと見当はつかない。一体どうして――気になる、とても気になる理由だが、その答えは本人の口以外から、語られるべきではない。まして、コイツの口からは絶対に、聞きたくない。
 気づけば俺は、怒りのままにサリエルの胸倉を思い切り掴み上げ、額を付き合わせて無感動な真紅の瞳を睨んでいた。
「いいか、勘違いするなよサリエル。俺がお前を殺さないのは、その体に彼女の魂が宿っているからだ!」
 もう自我なんざとっくにないのは分かってる。本当は魂なんてモノさえ、綺麗さっぱり消滅してしまっているのかもしれない。
 けど、それでも、目の前にある神の人形が、かつて白崎百合子だった。ただ、それだけで俺は……俺は、サリエルを殺せないんだ。
「今すぐお前を殺してやりたい。今度こそ、その首へし折って、二度と蘇らないように死体を消し去ってやる。十字軍が俺の仲間にしたのと同じようになっ!」
 サリエルの体を投げ捨てる。それでも、思い切り床に叩き付けてやることさえできない自分に、余計に苛立つ。
 サリエルは大して痛くもないだろうし、まして俺の剣幕にビビるなんてことはもっとありえないだろう。彼女はさっきと同じく、だらしなく寝そべるおねむなリリィと同じように、ゴロンとベッドに転がるのみ。
「……貴方は私を殺すべきです」
「だから、できないと言ってるだろ」
「彼女もそれを望むでしょう」
「うるせぇ」
「殺してください」
「黙ってろ!」
 それきり、サリエルは馬鹿正直に黙った。
 いまだかつて、これほど重苦しい沈黙を経験したことはない。怒って喚いているのは俺の方なのに、どうしようもなく、泣き出したい気分だった。
「……私は、どうすればよいのですか」
 どうしたらいいかだと? そんなの、俺が聞きたいよ。
「私にはもう、貴方を殺す意思はありません。しかし、神はそれを許しはしないでしょう」
「お前にその気がなくとも、殺しにかかってくるってか?」
「はい。この身に宿る加護の力をもってすれば、私の意に反して戦闘させることは可能でしょう」
 あながち突飛な発想ではない。使徒くらい強力な加護を受けているならば、大元である神の意志にも強く影響される可能性は高い。人初油濕巾
 そうでなくとも、『天送門ヘヴンズゲート』に飛び込む時、サリエルは意識を失ったまま動き出していた。恐らく、ジュダスが仕掛けた魔法の一部なんだろうが、あれと同じようにサリエルが突如として襲い掛かってくる危険性は嫌でも想像させられる。
 そして、コイツが俺を殺せるに足る魔力を回復するのは、今晩だけで十分。たった一晩悩む時間さえ、俺には残されていなかった。
「……本当に、お前はどこまでも俺の敵だな」
「はい、この身に宿した加護が消えない限り、私は貴方の敵です」
「ははっ、加護が消えれば味方にでもなってくれるのかよ」
「私に貴方と敵対する意思は、もうありません」
「そいつはいいな、最高だ……もうお前と戦わずに済むっていうなら、こんなに楽なことはねぇよ」
 けど、そんな都合の良い解決方法なんて、あるわけな――

「では、力づくというなら命の代わりに純潔も奪えますね。乙女であることは、シスターにとって最も重要な条件だそうですから」

 悪魔が、囁いた。
 不意に思い浮かんだのは、いつもの眠そうな顔で雑談に興じるフィオナの顔。そう、あれは確か、ガラハド要塞に向かう道中で話したことのように思える。
 そこで俺はフィオナに聞いたんだ。

「でもさ、十字教がパンドラ神殿みたいに厳しい戒律あるんだったら、使徒の中には本当に戒律違反だけで加護が消えるヤツもいるんじゃないか?」

 使徒の加護消滅の可能性について。
 そして、フィオナの寄越した解答が、ソレ――つまり、純潔を奪う。犯す、という行為である。
「サリエル、お前、処女か?」
 気が付けば、俺はそんな質問を口にしていた。男が女に向けるものとしては、最低の部類に入る。
 それでも、言わずにはいられなかった。視線を逸らすこともなく、俺は真っ直ぐベッドに転がるサリエルの顔を見下ろしたまま、聞き間違いなどしないようハッキリと言った。
「はい」
 何故、どうして、そんな疑問を差し挟むこともなければ、デリカシーどころか常識が欠けていると怒ることもなく、サリエルは答えた。
 見つめ返す真紅の瞳には、何の揺らぎもない。恥ずかしげもなく、ただ与えられた質問に回答しただけという態度。
 そしてその答えを、疑う必要はない。
 なぜなら、すでに俺は彼女の記憶を覗き見ているのだ。その中では一度たりともサリエルは誰かと閨を共にすることはなかった。男も女も、両方だ。
「処女じゃなくなったら、加護は消えるのか?」
「……分かりません」
 今度は、即答ではなかった。それも当然か、今まで考えもしなかったことだろう。まして、貞操の危機に晒される状況なんて、あるはずもない。一体何処に、コイツを力づくで押し倒せる男が存在するというのか。
「分かりませんが、可能性はあります」
「なら、使徒の加護が消滅した事例は、存在するのか?」
「ありません。少なくとも、私は知りません」
 そりゃあまた、一気に可能性が潰れる話だな。
 けど、コイツがただ雰囲気に合わせて「できるかも」なんて曖昧なことを言うようなことはしないだろう。何かしらの理由は、あるはずだ。
「私は創られた使徒です。白き神の意志のみによって加護を与えられてはいません」
 ジュダスの野郎が具体的にどうやって加護を獲得させたのかについては、俺には全く分からない。記憶の中で理解できたことといえば、俺と同じような人体実験によって、ひたすら戦闘能力を高めることと、あとは何となく思い描く聖職者のイメージの通り、規則正しい質素な生活を送っていたということ。
 サリエルは基本的に戦地にいるが、その中でも日々のお祈りは欠かさず行っていた。他に特別なことは、これといって見当たらない。強いていえば、コイツの戦果がいつも異常ってことくらいか。俺のガラハド戦争の活躍が霞むほどに。
「ですから、十字教の教義に反する行為を行った場合、直ちに加護が消滅する可能性は、私に限っては非常に高い」
「俺達の推測は、概ねアタリってことか」
 やはり使徒も黒き神々と同じように、条件如何によっては加護の消滅もありうるのだ。
「私にとって純潔の喪失は、最も重大な背神行為。すでに邪神の加護を宿す貴方が相手ならば、神は決して私を許しはしないでしょう」
「助けるどころかキレるとは、心の狭い野郎だな」
 処女じゃなくなったら、今度は別の娘を使徒にすればいいとか思っているのだろうか。反吐がでる考えであるが、男の使徒も存在することを思えば、使徒は単なる神様の美少女コレクションってわけでもないのだろう。中絶薬
 使徒覚醒の条件は、未だに不明だな。
「……試して、みますか?」
 その問いに思わず目を逸らしてしまったのが、俺という人間の限界を示していたように思える。
 サリエルを犯す。分かった上で言い出したものの、俺にとってその行為はまるで現実感の湧かない、それこそ正にラストローズの夢の如しである。
 俺には経験がないから……というのは、まぁ、理由の一つかもしれないが、一番問題なのは相手がよりによってサリエルということだろう。
「俺は、お前ら使徒を倒すために、強くなった」
 そして、それは成った。俺達は力の限りを尽くし、ついにサリエルを追い詰めることができたのだから。
「八つ裂きにしてもまだ足りないほど、お前が憎い」
 実際に手足をバラバラにしてやった。満身創痍に四肢の欠けた痛ましい姿のサリエルに、俺は執拗な追撃を止める気は、あの最後の瞬間まではついに持ち得なかった。俺の恨みは、本物だった。
「そして俺にとってサリエル、お前は最強の敵だった」
 二度に渡って俺を圧倒したサリエルだからこそ、一番の目標たりえた。ずっとその背中を、追っていたと言ってもいい。
「そんなお前を、俺は……」
「貴方は優しい。白崎百合子が、思った通りの人」
 俺の葛藤などそしらぬように、サリエルは冷たく口を挟む。
「なんだと」
「彼女は、貴方の心が傷つくこともまた、望まない。苦しむくらいなら、一思いに私を殺――」
「黙れ! 勝手に人の気持ちを知ったような口を利くな、この人形女がっ!」
 ああ、全く、その通りだよサリエル。俺はどうしようもないほど、悩み、苦しんでいる。お前に手をかけることは、一生トラウマになってもおかしくないほどだ。
 間違ってない。お前も、白崎さんも、俺という人間がこんなに弱いことを、よく見ぬいたものだ。
 思わず叫ぶほどに怒っているのは、完璧な指摘をしたサリエルにではなく、自分の情けなさに他ならない。
「俺を舐めるなよ、サリエル。いいか、白崎さんだったお前は殺さない。そして、俺はお前に殺されたりもしない。お前を生かす、俺も生きる。どっちも絶対に、譲らない――」
 逸らした視線を、逃げた気持ちを、もう一度サリエルへと向ける。
「――だから俺が、お前を神から奪ってやる」
 そんなことは、できない。俺だったら。俺一人の力だったら。
 こんな気持ちでその気になれってのは、無理な話だろう。いくらやろうと思っても、俺はきっと奮い立つことはない。
 だから、そんな俺だから……この『力』を与えたんだろう、古の魔王ミア・エルロード。
「そう、ですか」
 相変わらずの冷たい無表情を貫くサリエルへ、俺は手を伸ばす。左手で軽く抱き起し、右手で彼女の全身をすっぽり包むセーターを剥ぐ。
 再び、サリエルの雪よりも真っ白い体が、俺の前へと曝け出される。
 ついさっきまで力の限りを尽くして殺し合っていた。フィオナに焼かれて、右手はない。俺に斬られて、両足がない。体は泥やら血やらで随分と薄汚れている。特にパンツの方は、両足切断時の出血で、ほとんどドス黒い赤に染まって酷いものだ。
 対する俺も、五体満足ではあるが、血塗れ具合は似たようなもの。槍で刺された腹と左肩の傷は、特に深い。
 それでもお互い『妖精の霊薬』のお蔭で、どうにかこうにか、傷は塞がり出血だけは止まっている。
 リリィに感謝すべき、なのだろうか。
 いや、もう二度とリリィに顔向けできないような罪悪感に、俺は心が押し潰されそうだ。
 これから俺は、短いながらも彼女との思い出がいっぱいに詰まったこの小屋で、殺すはずだった敵を抱こうとしているのだから。二人で毎日一緒に眠ったこのベッドには、小さなリリィの代わりに、サリエルがいる。
「貴方に、私の全てを委ねます」
 そうして俺は、真紅の瞳を見つめながら、ただ一言だけ唱える。『色欲』の試練を乗り越えて得た、第四の加護。それを発動させる、魔法の呪文を。
「――『愛の魔王オーバーエクスタシー』」louis 16

2015年5月10日星期日

森へ

――森。
 詳しく言えば森林だ。
 それは概ね、樹木が広域に渡って群生している場所を指す言葉だろう。
言葉にしては単純でよく耳にするものだろうがしかし、現代日本では、いやおそらく過去日本においても、単純に「森」と言うものそれのみについては、日本人にはあまり馴染みのない物なのではないか。田七人参
 森林が国土の七十パーセントを誇る日本でも、山岳地形であるため日本人にとって森とはイコール山であり、木々が鬱蒼と生い茂る場所、木々が傘を作る薄暗い場所と言うのは多くのケースをもってして、日本人は山を思い浮かべる傾向にある。


 確かにそれも森なのだが、西洋で言う森とはやはり齟齬があると言えるだろう。
 ヨーロッパは古くから、森林ばかりの土地だった。森は山だけではなく、平地にも丘陵にも、人の住めるほとんどの場所にもあり、それらは人のあらゆる繋がりを遮断していた。


 一たび入れば、死が常に隣にあるからだ。森には野犬や狼、熊、虎などのおそろしい獣が生息しており、密集した同じ種類の木々は人の方向感覚を狂わせ呑み込む。当時、森を抜けることは、その土地に住む人間にとって相当に困難なものだっただろう事は想像するに難くない。
 森は人々に恵みを与える存在でもあっただろうが、反対に人々の発展を妨げていた要因の一つにもなっていたということは、疑いようもないはずだ。


 そう、森は日本人には馴染みのないものだ。ゆえにきっとこれらの森は、人々が迷い、言い知れぬ恐怖を感じるあの樹海、もしくは密林を思い浮かべれば、正しく想像を共有できることだろう。


 商隊を離れレフィールを追って森へと入った水明は、彼女の魔力の気配を辿りながらしばらくの時間、歩いていた。
 一向に合流できないのは、レフィールが商隊に迷惑をかけないよう、離れるためにかなり急いだからだろう。文句も言わず、ガレオの意思を酌んで出ていった彼女ならば、そんな行動に出てもおかしくはない。
 と、レフィールを探しながら歩く中、水明は木々の傘で見えにくくなった曇天を見上げ、思う。


(未開だしなぁ。やっぱ野生の獣とか、ファンタジーよろしく魔物とかフツーに出るんだろうなぁ……)


 一休みも兼ねてのほんの僅かな立ち止り。目の前にあった木に寄りかかり、水筒に入った水をあおって、一口分飲み切っては微妙そうな息をほぅと吐く。おそらくもなにも、魔物は間違いなく出るだろう。危険の度合いで言えば、向こうの世界の森よりも格段に異世界の森の方が危険度が高いのだ。
 獣に襲われる危険は言うに及ばず、まず未開すぎて、かなりの距離を歩かなければ集落もない。人の息がかからないゆえ、開墾、整備などがなく、木々はいつまでも増え続ける。
ある意味でここは、あらゆる危険性を内包した領域侵食型の広域結界ではないか。


(そんなとこに自分から足を踏み入れる俺って、なぁ……)


 奇特だろうか、ただの愚か者なだけだろうか。頭の中で自問しても、ただただ疑問が膨らむばかり。
 そんな中、もう一度喉を潤そうと水をあおる前に、何の気なしに訊ねてみる。


「――気を張っているところ悪いんだが、たたっ斬るのは勘弁してくれないかね?」


 背後から差し向けられる、斬撃前の緊張を孕んだ剣気に対し、そんな問い。その研ぎ澄まされた鋭さたるや、樹木ごと真っ二つにでもしようとしたのか。したのだ。
 静かな森に水明の平坦な言葉の羅列がこだますると、ややあって草を踏む音と共に、聞き覚えのある声の困惑が耳に入った。


「……スイメイくん? どうしてここに?」


「まあ、見ての通りさ。追ってきたんだ」


 振り向くと、そこには大剣の切っ先を下げたままのレフィールの姿があった。気配を薄くしていたため、おそらくは追っ手か獣と計り違えて斬りかかろうとしたのだろう。
ありのままを平然と口にすると、レフィールは顔を険しく歪めて訊ねてくる。


「追ってきた……? 馬鹿な、私と一緒にいると危険なんだぞ? 一体、何のために?」


「そりゃあ、一人じゃ大変だろうからさ。気になってね」


 水明がそう言うと、レフィールはお澄ましじみたそっけない態度で目をつむった。


「心配は無用だ。私一人でもなんとかなる。君の行動は、要らぬお節介だよ」


「危険は一人で対処できるって?」


「そうだ」


 こう、何というかツーンである。だがそれは、はっきり言ってすぐに崩れる儚きもの。
そんな考えに、水明は皮肉げな笑いを浮かべながら指摘する。


「じゃあつかぬ事を聞くけどさ、飲み物や食い物はそれで足りるのか?」


「う……、それは、その……」


「だろ?」


 言葉に詰まり、気まずそうに視線を横に流すレフィール。そんな彼女に追い討ちとばかりに同意を求めると、何か反論でも思いついたか、また取り澄ました表情が復活する。


「そう言う君だってそれらしき荷を持っていないじゃないか? 自分の食べる量だって賄えていない者に、そのセリフを言う資格は――」


「これでも?」


 そう真面目なしたり顔をぶち壊さんとするように呆気なく言って、水明は鞄からそれよりも大きい荷物を難なく出して見せた。


「資格は……」


「資格がどうした? 食い物の持ち込み検定一級は不合格で?」


 少しばかり得意げになって言う水明の前には、唖然と目をぱちくりさせるレフィールが。
これで不合格と言えるものはそうはいまい。
 水明の学生鞄は、魔術を使って容積のみを巨大化させた施術鞄である。巨大化と言っても、カバラと錬金術とを使い合わせ、学生鞄の容積とサイズ百五十リットル以上ある外国製のスーツケースの容積とを入れ替えたというだけなのだが。
 しかし使い勝手が良く、これは水明自慢の一品である。

 そんな目の前で繰り広げられた露骨な不可思議を目の当たりにして、レフィールは驚きを表情にだしたまま、胡乱げに言う。


「……なんだその得体の知れない魔導具は?」


「得体の知れないって、なんかひでえ物言い。……だけどまあ、これで要らないお節介だとも言えないだろう?」


 必要な分は入っていると、暗に示したのだから。と、水明が屈託のない笑顔で言うと、しかし良いとの言葉は返らない。レフィールは気が咎めたか、申し訳なさそうに語気を落として聞いてくる。威哥十鞭王


「ないが……良かったのか?」


 付いてきたのがか。それに対し水明は、ため息を吐いて。


「今になってものすごく後悔してるって言ったらどうだよ?」


「それは……すまない」


「んなわけないだろ。すぐ後悔するくらいなら、付いてなんて来ないさ。気にしないでくれよ」

 深く沈んだ表情を作ってすぐ俯いたレフィールに、水明は冗談だと切り返す。そうだ。もとよりそんな気が無ければ付いて来る事などなかったのだから、後悔などするはずもない。
だが、そう言ってもレフィールは詮無いことに食い下がりたいらしく、不利益ばかり突き付けて来る。


「だが、私は狙われているんだぞ?」


「そうだな」


「なら」


 なら、どうだと言うのか。自分を弱い立場に押し込んで、それが正当と高らかに言えるのか。そう、レフィールを苛む見えない呵責を睨み付け、言い放つ。


「レフィールは向こうに付いていった方が良かったってか?」


「それは……」


 口ごもり、逃げ場をなくしたレフィールに、今度は違う訊ねを差し向ける水明。木々の間から見える、まるでこの場を取り巻くような鬱屈さを表したような空を眺めて、そこに向かって問うように、ふっと静かに言い放つ。


「――なあ、レフィールは正直、どっちがいいよ?」


「どっちがとは……」


「こっちに来たのと、向こうに付いて行った方が良かったかとの、どっちかだ」


「そ、それは決まっている。向こうに付いていった方がいい」


「本当か?」


「ほ、本当だ」


 念押しのような聞き返しを耳にして、ムッとご機嫌ななめを顔で表すレフィール。信じてもらえないのにお冠か、ただの幼気(いたいけ)な強がりか。そこへ水明は指を突き付け、とどめを期した一言を放った。


「じゃあ、それが嘘じゃないってアルシュナとやらに誓えるか」


「なっ!? それは……」


 これには、レフィールも言葉に詰まるほかない。救世教会につながりある身としては、アルシュナの御名は絶大だ。彼女に誓えなければ、それは畢竟(ひっきょう)嘘になる。
 すると、レフィールは大きなため息を吐いて、観念の意を示す。


「……君は、意地悪な男だな」


「で、どうだよ?」


「ああ、付いてきてくれて助かる。だが――」


「なら、それでいいじゃねえか」


 レフィールの言いかけた何かしらを、水明はそう遮った。これ以上は不毛だと言わんばかりに落ち着いた声で、もういいのだと、自分をこれ以上卑下して責めるなと、優しく諭すように。


「え――」


「別にさ、やり方が賢いとか賢くないとかの枠にはめる必要なんてないだろ。いいならいいで、それで終わらせようぜ。それの方がきっと、すっきりするだろ?」


「ぁ……」


 さながら思い掛けない事でも聞いたように、言葉を失ってしまったレフィールを見る。
そうだ。そんな話をして、追求して、一体どうするというのか。上等なやり方は何かと、模索しなければならないわけでもないのに。答えを出してそれを聞いて、それでいいのか。そんな事をしても心の中にできた辛さ悲しさの蟠りが、心地よく晴れる事はないのに。

 だから、言わせたくはなかった。
 これ以降の話がどんなものであろうと、ふさぎ込ませる結果になるのなら、それは今、すべきことではないはずなのだ。そう、決して。


「……どうした? やっぱ文句の一つでもあるか?」


 水明は片目を開けて窺うと、レフィールはふっと憑き物が落ちたように愁眉を開き、同意する。


「いや、そうだな。君の言う通りかもしれないな」


 先ほどよりも、幾ぶんかは心晴れたような声が通る。素直ではないが、一応は納得してくれたらしい。
水明は頭を掻きながら、ふうと息を吐く。傍目からすれば確かに、正しい選択ではないだろう。これは損を被る立ち回りだ。それは分かっているし、レフィールの言う事ももっともだ。
 だが、それが正しいか正しくないかを決めるのは、結局は選ぶ本人に帰結するものだ。当人が良いと思えば良いのだし、最善がいつでも正しいことになるわけではない。


 それにだ。内意を占めた安っぽい情にほだされたという事実を正直に言うのは、なかなかに恥ずかしいものがある。老虎油


 どうにも、魔術師と名乗るくせにいつまでたってもドライとは縁遠くある水明であった。


「――まあそれに、こういうとこなら上手いこと隠れてりゃあ見つからないこともないかもだしさ」


「……それはいくらなんでも楽観的過ぎると思うぞ? スイメイくん」


「そうだな。炙りだされたらヤバイな」


 殊更明るく言った浅慮じみたおどけは、正しい指摘の前に破られた。乾いた苦笑いをしながら、吐き出されたため息に同意する水明。
 そう、相手は物量もある。人海戦術に訴えられれば、見つかりもするだろう。隠れていれば見つからないなど楽観だ。
 ――無論それには魔術を使わない限りはと言う前提があっての事ではあるが。
 すると。


「すまない」


 どうしたのか。出し抜けの謝罪。目の前で頭を下げたレフィールに、水明は怪訝な面持ちで訊ねる。


「なんでそこでレフィールが謝る?」


「魔族が現れたのは、おそらく私のせいだ。だから」


「……ああ、あのごっつい魔族の与太話か。ありゃああの時初めて思い出したって感じがしたんだけどな。最初から狙って来たって風にはどうにも見えないだろあれは」


 レフィールの謝罪に水明は異を唱える。それは呵責が過ぎた杞憂だと。
 ラジャスの言ったことは断片的だし、それにレフィールのせいにするには腑に落ちない部分がある。
魔族が現れたのは冒険者も彼女のせいだと口にしていたが、しかしきちんと考えれば全く関係のない話なのだ。魔族は何か別の者を探しにきて、あそこでたまたまレフィールを見つけたと推測する方が説得力はあるだろう。
 ただあの場での出来事は、魔族の襲撃でまだ全体がパニックから立ち直っていなかった事と、攻撃しやすい対象が近くにいたからと言う事が運悪く重なったから起こったのだ。
誰しもいつでも冷静な判断ができるわけでもなし、そんな度量を持った人間がそうそういるわけでもなし、あれは往々にして起こりうる事だ。
 それに、ガレオが隊から離したので彼もそう思っていると思ったのだろうが、ガレオのあれは商隊をあからさまな危険から避けるためにとった選択だ。絶対に狙われる危険よりも、多少戦力を離して逃げているのとでは生存の確立も違うため、レフィールを切り離したのだ。
 彼女がそれを悪い方向に解釈することも、それについて責任を感じることもない。


 しかし、レフィール自身は納得がいかないようで。


「だが、まだトリアや西方諸国とにらみ合いを続けている奴らが、その一部を割いてまでアステルに部隊を送り込んできたんだ。もう、そうとしか……」


 思えないのか。ラジャスもレフィールの力を捨て置けんと口にしていたし、と言う事は彼女自身も――


「なんだ。割いたって、随分と自分の力に自信を持っているんだな?」


 ニヤついて指摘すると、知らず自信を覗かせてしまったことに恥じ入ったか。レフィールは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「わ、私は真面目に話しているんだぞ? 茶化さないでくれ!」


「ははは、悪い悪い。確かに強いもんな、レフィールは」


 おちゃらけた事に謝罪を入れて一転、彼女の強さを持ち上げると何故か返ってきたのは不服そうなしかめっ面と、尖り声。



「……君が言うと馬鹿にされているような気分になるな」


「んなこたぁないさ。俺が倒すのに手こずってた奴らを簡単に斬りまくってたじゃないかレフィールは」


 それは、先ほどの戦いの中で感じた、水明の紛れもない本心だ。だが、レフィールはまだ何か含みを持った様子。一言二言、言いたそうに口をへの字に結んでいる。
 だが水明はそんな気配を今は放って、話の続きを口にする。


「で――そうだな、あのごっついの、レフィールの事をノーシアスの生き残りだって言ってたが。確か、ノーシアスってのは」


 訊ねにも満たない言い回しは、しかしレフィールの物憂げな声に断ち切られた。


「……この辺りの事に関しては疎いのに、それについては知っているんだな」


「あ、ああ、まあな……」


 いま間抜けのように思い出して、頭の乏しい返事が出る。そういえば、そんな設定だった。常識に疎いのに、情勢に通じた知識があるのには、多少おかしく思われても仕方がないか。
 水明が心の中で唸っていると、レフィールは内意の何かに観念したか、ふっと零すように口にする。


「――ああ、そうだ。奴が言った通り、私はノーシアスの生き残りだよ」


 それは、ひた隠しにしてきた正体の吐露だったのか。レフィールの告白じみた声が響く。魔族に滅ぼされた国の生き残りだと。どこか憐憫を誘う音色を、帯びて。
 水明はそれに対し短く。麻黄


「最北の国」


「そうだ」


「確か、人間領と魔族領の境界線だったから真っ先に襲撃を受けたんだよな?」


「良く知っているな」


「……一大事だしな」


 それについては、自分たちが呼び出される契機となった一件だ。忘れるはずもない。
 するとレフィールは、会話を思い返したのか、うら寂しさが漂う声で肯定する。


「――ああ。昔から魔族からの守りが、ノーシアスだったからな。それも、一月もないうちに陥落してしまったが」


 その声の裏に隠されているのは、無念か未練か。辛きを感じさせる言葉。
キャメリアでアステルの宰相が言っていた事と一緒であった。


「百万近い軍勢だったってのも聞いたが?」


「百万か……どこからそんな話が出てきたのかは知らないが、どうなんだろうな。そんな数の生き物の群れを見たことがないから、はっきりしたことは言えないな」


「……?」


 対する言葉は素っ気なかった。しかし、その婉曲な言い回しは、言外に何を訴えているのか。
やはり通じない水明に、レフィールはいつかの情景を細めた視線の先に、灰色の幻灯のように映し出す。


「海だよ、あれは。地平の端から端までが魔族で海のように満たされた、そんな数えきれないほどの軍勢が、国境を越えて攻めてきたんだ」


 レフィールが視線の先に見ているもの、その心象。それを水明もおぼろげながらに想像して、ゴクリと嚥下の音を鳴らす。
生物が、海嘯のように押し寄せてくる様とは、一体どのようなものか。地平線を消し去ってもなお飽き足らんと、一面を埋め尽くす人外の群れ。それは自然の猛威と同列、否、個々に意思があるゆえそれ以上に凶悪だろう。そんなものに攻め立てられれば、人は敵うものなのか。
 そんな思いが頭の中を駆け巡る最中、ふとレフィールが。


「……私が最北の砦で見たのは、そんな光景だった。その時の事は、そのくらいしか覚えがない」


「それだけ、余裕のない状況に追い込まれたってことか」


「ああ。君の言う通り、私たちは精一杯だった。目の前に押し寄せてくる魔族を討つのでね」


「それで、あのごっついのとはその時に?」


 水明の抽象的な特定に、肯定の頷きを返すレフィール。


「ラジャスだな。奴とはその後だ。生き残った仲間をまとめて撤退した後、戦う羽目になった。先も聞いた通り、七体いる魔族の将の内の一体らしい」


「そういや、そんなこと言ってたな」


 レフィールの言葉に、ラジャスの口上を思い出す。ナクシャトラから軍を預かりし一人、と。確かにあの魔族はそんな事を宣っていたはずだ。
 しかし――


「七体、ね……」


「ああ、あの時も戦いの最中に、そんな事を言っていたのを聞いた覚えがある。私も詳しくは分からないが、七つの軍勢の三つを割いてきたのだと自慢げに言っていたからな」


 レフィール声に感情の動きはない。だが水明の瞳には、回顧に視線を揺らす面差しが見えた。
それは憂慮か。ならば、彼女がその言葉を聞いたときに受けた衝撃の大きさは威力は、想像するに難くない。軍勢を三つでそれなのだから、すべて合わせた数は如何ほどのものか。規模から考えるに。


「三つ。しかもそれでも百万以上って可能性もあるって言うなら、全部合わせたらどんだけになるんだよ……」


 これは、いよいよもってまずい話か。
 何かを舐めたわけでもないのに、水明の口の中に辛酸の味が広がる。三つで百万なら単純に考えて二倍強。しかし、レフィールの話を聞く限り、そんな単純な計算では計れないだろう。そんな数に、この世界の人類は狙われているというのか。確かに向こうの世界の軍事規模と比較すればそう多くはないが、六十億人以上の人間がひしめく世界と比べるなと言うもの。
 相手が人外という事もあるし、しかもそれを呼ばれた勇者数人の双肩に掛けるにはどだい無理な話。この世界にいる自分もそうだが、やはりそれ以上にそれらを倒すことを頼まれ引き受けた黎二達の先行きが危ぶまれる。超強黒倍王


「それで、その時にラジャスと戦った私は、奴の力の前に手も足も出なかった。部隊は潰走し、そのあと私はあの女魔族に……」


 と、言い及んだレフィールの話の中に聞き覚えのない固有名詞があった。
 それに対し、水明は何気なく訊ねる。


「女の魔族? なんかあったのか?」


「いや……何でもないよ。それで……」


 しかし、答えは返らなかった。静かに首を振って話を遮ったレフィールは、一呼吸おいて今度こそ本題を口にする。


「ノーシアスが一番最初に狙われた理由は、おそらくそれだけではない」


 それが、さっき軍勢を割いてきたと匂わせた話の核心だろう。それには水明も心当たりと言わず、確信がある。


「スピリットか」


「すぴりっと?」


 耳新しい言葉を聞いて、怪訝そうに訊ねてくるレフィール。それに対し水明は、自分の知識のままだったと気づき、その疑問に答える。


「ああいや、レフィールの持ってる力のことだ。俺たちのところではそう呼んでるんだ。スピリットってね」


「東の方にも私のような力を持った者がいるのか?」


「いや、レフィールみたいなのはいないけど、まあ大別すればって程度かな?」


「……?」


 と、水明も自分でも良くわからない言い回しに首を傾げてしまうが、それを聞いていたレフィールはさらにわからない。無論だ。おそらくこちらの世界は、向こうの世界と精霊の定義は同じではない。こちらの世界は向こうの世界のように、人間が自然や神秘よりも存在のソースの多くを占めているわけでもないし、まず第一に、多様な魔術知識からの観点から得られる客観的な要素や基礎知識がないため、精霊に対するデータが少なく、こちらの世界のルール上の精霊であってもそれがなんたるものかと言う事すら特定できてはいないだろう。


 ……レフィールは少しばかりの間、水明の話の中身を推し量っていたようだが結局答えは出ずで、脱線した話を修正する。


「言葉は分からないが、君の言った通りだ。私たちは精霊の力と呼んでいる。私の国では、昔から魔族に対する力だと言われていたものだ」


「そう言えば、剣技も代々伝わっているって言ってたが、それも?」


「ああ。私の祖先が、精霊と人との間に生まれた存在でね。人間が魔族に対抗するために、女神アルシュナが計らったそうだ。剣技もその時に生まれ、なんでもその力と共に大昔に呼ばれた勇者を助けたこともあるらしい」


「勇者って、おいマジか……」


 思わぬ単語を含んだレフィールの話に、水明は小さく小さく呟く。
まさか、レフィールの祖先が昔に呼び出された勇者の力になっていたとは。そして今、その子孫が勇者について行かなかった自分と共にいるとは、これはどんな皮肉な因果だろうか。何か得体の知れないものに弄ばれているような気がしてならない。

 すると、レフィールはいつになく辛そうな、寂しそうな、表情で。


「私も、この力で人々を守りたい、助けたいと、そう思っていた。だが結局、その夢は夢で終わったよ。そして今はこのざまさ」


 口にして、レフィールは悄然と目を伏せる。
 故国を落ち延びて、冒険者となって、いわれのない中傷を浴びせられ、孤独を味わう。そんな身の上に、遣る瀬無い思いが募るか。
 見果てぬ夢に焦がれ焦がれて、最後は現実に裏切られてしまった女の顔。それが、そこには確かにあった。守りたい、助けたいと願う、ただただひたすらに真っ直ぐで、純粋な渇望が、悪意をもって否定されたような、理不尽に望みを奪われたそんな辛さに喘いだ顔だった。


 力があった。だから、それを活かそうとした。誰かのために。
 だが、どうにもならなかった、と。そう、報われぬ思いを訴えているように。
 いや、もしやすれば、今でも彼女はその念に――


「……なあレフィール。魔族って、一体何なんだ?」


 彼女の見せる居た堪れない面差しに目を背け、不意に発したその問いにレフィールが答える。


「……ヤツらか。正直に言うと、私も良くは分からない。だが、おそらく本当に奴らの事を詳しく知っている人間などこの世にはいないだろう。昔から伝わる話から少しだけしか、魔族の情報を得る手段はないからな」


「その少しだけってのは?」


 レフィールの家に伝わるものか。それは、魔族と人間がにらみ合いを続ける境界で、代々魔族と戦ってきた者たちの記録。この世界で最も信頼性のある情報だろう。


「その昔、この世界にアルシュナと争った邪神がいた……というのは前に話したな。その邪神は強大な力を誇ったそうで、最後はアルシュナとエレメントや精霊たちの前に敗れ去り、次元の狭間に追いやられたと」


「ああ」


 水明は首肯する。確かに以前旅の道中で教えてもらったことだと。
話しは概ね覚えており、おそらく彼女が次元の狭間と称するのがこちらで言う外側の世界、いわゆる世界と世界の狭間にある虚(うろ)である、外殻世界の事だろう。
 頷きを見たレフィールは続けて。ペニス増大耐久カプセル

2015年5月7日星期四

女神様への質問

ここからは、スキル関連の質問だ。

「状態異常に対する耐性系スキルはないのか?」

「魔族や竜、魔物の一部がアビリティとして持っているわ。
 スキルも、あることはあるのだけれど、人間で習得できる人はほとんどいないわね。
 毒を飲んで、解毒剤なしにそれを克服するなんて、普通は無理でしょう?新一粒神
 あなたはわたしの加護によってスキルの習得条件が開放されているから、きっかけさえあれば習得できる可能性はあるけれど、難しいでしょうね。
 あなたの場合は今回取得した【危険察知】で事前に危険を回避する方が簡単でしょう。
 あるいは、あなたが手に入れていた耐性薬を服用するか、魔物のアビリティの宿った魔物素材のアクセサリーを身につけるか、ね。
 耐性スキルがアッドされている悪神の使徒を倒してくれたら、浄化して優先的に授けてあげられるけれど」

「【調理】スキルを手に入れたんだが、戦いに関係のないスキルもあるってことか?」

「いえ、基本的には、スキルは戦いに関連する領域の技術に限られているわ。
 生産系のスキルも、最終的には戦いを有利にするものを生み出すためのものね。
 【調理】スキルは例外で、過去に功績のあった勇者パーティの1人が私に【調理】スキルを作るよう要望して、それを叶える形で作ったものよ。
 だから、材料次第で、一時的なステータス賦活効果を得るようなことも可能になってるわ。
 いきさつからすると、伝説級に分類されるべきスキルなんだけど、当人の希望で汎用スキルとして多くの人に習得の道を開くことになったの。
 といっても、あとからできた上に、ステータス賦活効果までつけてしまったから、適性の持ち主があまりいなくて、当人が望んだほどには広められなかったのよね……」

 何気にレアスキルだったのか。
 料理でステータスが賦活されるってのも原理は謎だが、適性があるようならステフにでも覚えさせたら便利かもしれない。

「【飛剣技】って、どういう経緯で作られたんだ?
 剣をいくつも浮かせるような膨大なMPがあるなら素直に魔法を使えばよさそうなのに」

「古代に、そういうスポーツがあったのよ。
 魔法を使って剣を操り、勝敗を決める、というね。
 魔法より小回りが利くから、魔物狩りにも使われていたわ。
 飛剣は体重が載せられないから、薄くて鋭利な専用の剣を用意するのがいいみたいね」

 なるほど。心のメモ帳に記しておこう。

「スキルの統合ってできないのか?
 正直、持ってるスキルが多すぎて、とっさに使い分けられる気がしない」

「それに関しては、わたしのお願いを聞いてくれるなら、いいものをあげるわ」

「お願い? 珍しいな」

「ええ。お願いというのは、使わないスキルをリサイクルしてほしいということなの」

「リ、リサイクルって」

「スキルの半分がギフトから構成されていることは、もう説明したわね。
 要するに、仮に使っていなかったとしても、スキルを持っているだけで、ギフトを死蔵していることになるの。RUSH情愛芳香劑 ECSTASY POP
 だから、習得したはいいけど、使いどころがなかったり、今ひとつ好みに合わなかったり、他のスキルの下位互換にしかならなかったりするスキルに関しては、『封印』してほしいのよ」

「封印?」

「ええ。
 スキルレベルという情報と、肉体側のスキルに関する経験は残したままで、ギフトだけをわたしのもとに送ってほしいの。
 それが、封印する、ということよ」

「封印したスキルはもう使えないのか?」

「もし必要になれば、短いリハビリ期間で再習得できるわ。
 スキルの封印をやってくれるのなら、スキルの整理や統合ができる魔法スキル【スキル魔法】を授けてあげる。
 【スキル魔法】を使えば、同じ等級の似たスキルを水平統合したり、同じ系統のスキルを上位の等級のスキルに垂直統合したりできるから、スキル欄の整理にもなるはずよ」

「スキルの整理や統合ができる魔法スキル【スキル魔法】」とはややこしいが、要するに、スキルエディタのようなものをくれるってことか。

 水平統合とはつまり、【火魔法】【水魔法】【風魔法】【地魔法】を統合して、たとえば「汎用魔法」というような、ひとつのスキルにできるということだろう。
 垂直統合は、【火精魔法】に【火魔法】を統合できるというようなことか。

 ほとんど使ってないスキルはたしかにいくつかある。
 たとえば、投槍の検証で覚えた【投斧技】とかだな。
 この先斧を投げる機会があったとしても、そのために【投斧技】のレベルを上げておくよりは、【投擲術】で代用する方がいいだろう。
 専用の投擲系スキルとしては、手裏剣、ナイフ、槍があるし、【鋼糸術】もある。
 また、投擲物としては剥落結界の砕片が便利すぎて、わざわざ投げ斧を選ぶ動機がない。

「それからもうひとつ、注意があったわね。
 魂が保持できるスキルの量には限界があって、限界に迫るほど新しいスキルの習得が難しくなっていくわ。
 具体的には、スキルの数が百を超えると、新規習得の難易度が、ゼロの時の倍になるくらいね」

「おいおい、めちゃくちゃ大事な情報じゃないか!」

 俺は【鑑定】を使ってステータスを開き、習得済みのスキルの数を数えてみる。
 ええっと……64個か。
 まだ百までは余裕があるが、増えるほどに新規習得が難しくなるのだったら、今からでも数を圧縮したいところだ。
 習得したスキルも、封印してアーカイブ化できると思えば、せっかく覚えたのに忘れるなんてもったいないという葛藤もなくて済む。

「わかった。
 俺の側にデメリットはなさそうだしな」

 むしろメリットしかないと言っていい。蟻力神

「ありがとう。
 ただし、【スキル魔法】は輪廻神殿の祭壇か、それに準じる場所でしか使えないから、注意してね」

「わかった。
 ……あれ?
 でもソロー司祭の託宣を受けた時は、輪廻神殿じゃなかったな。
 【託宣】と【スキル魔法】で条件が違うのか?」

「【託宣】は、対象に紐付けされたステータス情報を託宣者に引き込んで書き出すものだから、神殿じゃなくてもできるわ。
 【スキル魔法】はスキル情報のインタラクティブなやりとりが必要になるから、どこでもというわけにはいかないの。
 大きなデータのやりとりは携帯端末では難しい、というような話ね」

 女神様が身も蓋もない例えを持ち出して説明した。

「輪廻神殿の司祭さまに見てもらった限りでは、俺にはそんなに高い適性はないって話だったんだが、そのわりにはスキルの上がりが早くないか?
 少年班の子どもたちや他の御使いに【雷魔法】を教えた時も、思ったよりだいぶ時間がかかった。
 あんたの加護があることを考えても、ちょっと差が大きいような……」

「それこそ、【不易不労】の効果よ。
 前世のことを考えてみて。威哥王
 あとちょっとでコツがつかめる、というところでイライラしたことはないかしら?
 そういう、極度の集中力が必要な作業を休まず続けられるんだから、普通の人が休み休みやる場合よりも、単位時間あたりの能率はいいわけよ。
 普通の人の一時間は、集中力にムラがあっての一時間だけれど、あなたの一時間は集中力をずっと維持したままの一時間なのだから」

 そう言われればそうかもしれない。
 集中しすぎて我を忘れることは前世でもあったが、転生してからはとくに多くなってるような気がする。

「【鑑定】が、伝説級の割に簡単に習得できた気がするんだが、それも同じ理屈か?
 同じ伝説級スキルの【念話】や【精霊魔法】はけっこう苦労したんだが……」

「それは別の要素が大きいわ。
 あなたは転生直後で少しでも情報がほしいという心理状態だった。
 そのうえ、暗かったせいで月以外は見られない状況で、意識がそれだけに集中していた。
 さらに、あなたは前世の知識によって、月というものがどういうものか、マルクェクトのほとんどの者が知りえないような具体的な知識を持っていた。
 もちろん、わたしの加護によって、全スキルの習得制限が開放されていたことが、大前提ではあるけれど」

 女神様は言わなかったが、習得済みのスキルの数も関係しているかもしれない。
 【鑑定】の時はゼロ、【念話】や【精霊魔法】の時は既に数十個はスキルを持っていた。

「そういや、ソロー司祭が、わしでも注目止まりなのに、って嘆いてたぞ。
 長年あんたに仕えてるんだし、加護をあげられないのか?」

「加護はどうしても、戦闘職の人が優先になってしまうのよね。
 でも、ソローさんも本当に献身的に働いてくれているから、ギフトに余裕ができたら加護をあげなきゃって思ってはいたわ。
 今回あなたが回収してくれたカースと、これまでの貯金を合わせて何とか近日中にはあげられると思うわ。
 お誕生日が近かったから、その時のサプライズプレゼントにさせてもらおうかしら」

 そう言っていたずらっぽく女神様が笑う。
 いろいろ変な人だけど、こういう表情をされると、こっちの頭が蕩けそうになる。

「そういえば、前回教えてもらった【祈祷】スキルなんだが、神殿に寄る機会がなくてな。
 カラスの塒でも、ちょくちょく祈ってはみたが、スキルは習得できなかった」

 そう言うと、女神様は少し呆れた顔をした。

「あのね……スキルでも魔法でもなく、ただ祈ったって効果はないわよ?
 あなたの元いた世界でもそうでしょう」

「い、いや、そりゃそうだけど……」五便宝

 まさかファンタジー世界の神様に常識を説かれるとは思わなかった。

「各地にある輪廻神殿は、ギフト分配のためのハブでもあるから、その場所で魂を祭壇に接続することを、【祈祷】と呼ぶのよ。
 具体的なやり方は、司祭に聞くのが手っ取り早いと思うけれど、あなたなら試行錯誤で体得できるかもしれないわ。
 【スキル魔法】とコツは似ているはずだから、先にそっちから試した方がいいかもしれないわね」

 なるほど、戻ったら早速試してみよう。

「アビリティって何だ?
 スキルとはどう違うんだ?」

「アビリティは、魔物や魔族の持つ、生まれつきの能力のことよ。
 効果としてはスキルと似たものもあるけれど、生まれつきのものだから、後から習得することはできないわ。
 また、スキルと違って、わたしではなく魔を司る神オージャの管轄になっていることも特徴ね」

「オージャとやらは、魔物にも力を貸すのか?
 魔物は悪神の影響を受けてるんじゃ?」

「狂った神であるオージャに善悪の区別はないわ。
 魔族も、もともとは善神側といえるのだけれど、魔族の守護神だったオージャが狂ったせいで、魔族は人間以上に悪神の影響を受けやすくなっているの。
 それでも、理性を持ち、素朴な生活を営む魔族たちはまだマシね。
 魔物に関しては、もはや善神側に立ち返る余地すらないのだから。
 オージャはそんな魔物に対してもアビリティの恩恵を授けてしまっているわ」

「そのオージャとやらを討伐することはできないのか?」

「オージャは魔族たちの集合的無意識と深い相互依存関係にあるから、オージャを倒せば魔族たちが全滅してしまうわ」

 放置するしかないってことか。三體牛鞭

「成長眠って、ダンジョンでは危険じゃないか?」

「基本的に、探索中に眠気は出ないようになってるわ。
 正確には、うっすら眠気は感じるけど、脳の機能は落ちないようになってるの。
 それによって、安全に眠れる場所を本人に探してもらうわけね。
 そして、ダンジョン内の安全地帯に辿り着いて気が緩むと、眠気が強くなって、成長眠が始まるというわけ。
 マルクェクトでダンジョンを探索する際には、成長眠を見越して余剰人員を抱えることが一般的ね。
 でも、余剰人員がいることは、副次的効果として、ダンジョン探索の生還率を高める効果を持つわ。
 仮にレベルアップがなかったとしても、余剰人員がいることで、多少の事故では全滅しにくくなるのね。
 冒険者には無謀な人も多いから、結果的に一定の歯止めにはなっているはずよ。
 それから、成長眠は、レベルが上がって強くなるという以外にも、HPやMPを回復する効果もあるから、あながち悪いことばかりでもないのよ」

「じゃあ、もう少しでレベルが上がりそうなメンバーを抱えて潜れば、途中で回復ができるってことか」

「理屈としてはそうなるわね。
 レベルアップのタイミングがばっちり合えば、ではあるけれど」

「経験値……じゃないが、レベルアップまでに必要なギフトの量は、定量的に把握できないのか?」

「ギフトによる強化は有機的なものだから、難しいわね。
 本人の魂の状態にもよるし、それまでにどう強化されてきたかによっても変わるわ。
 レベルが高いほど、強化済みの部分が多いことになるから、残りの強化しにくい部分を強化することになって、レベルが上がりにくくなるの。強化済みの部分とのバランスを取る必要もあるから、なおさらね。
 それに、魂の保持できるギフトの総量にも限界があるから、人の身のままではこれ以上レベルが上がらない、という状態もありうるわ。
 ……まあ、これまで見てきて、そんな人はほんの数人だったけれど」

「もう少しでレベルが上がりそう、とかわかれば便利だと思うが、どうにかならないか?」

「うーん……レベルアップはギフトの再配置なのだから、予兆のようなものがないでもないのだけれど、今のところそれを察知できるスキルはないわね」狼1号

2015年5月4日星期一

小さな御家騒動

「現在、このバウマイスター騎士領では、静かに領民達の不安と不信が増大しているのです」

 朝、いつものように瞬間移動でブライヒブルクへと移動しようとした俺は、周囲に複数の人間の気配を感じてそれを中止する。VIVID XXL
 見られているような感覚が嫌で、俺は気配を感じる方向に向かって気が付いている事を叫び声でアピールすると、そこには屋敷の近辺の村を治める名主に、その娘である父の妾と俺の異母兄姉達が姿を見せる。

 用件を聞くのだが、名主のクラウスから出た言葉はとんでもない爆弾発言であった。

「聞かなかった事する」

 俺としては、そうとしか言えなかった。
 バウマイスター家には父が健在で、しかも彼は長男のクルトを後継者にすると既に内外に発表している。
 更に、四年前には無事に結婚して子供まで生まれているのだ。

 しかも、その子は男の子だ。
 普通に考えれば、バウマイスター騎士領を相続するのは、クルト、その子の順番なのは誰の目から見ても明らかであった。

「しかし、ヴェンデリン様」

「あまりに脈絡が無い頼みで、話にもならん」

 そう、いきなりこんな話をされても俺は困るのだ。
 まだ十一歳の味噌っかすの八男坊をこの場でそそのかしてその気にさせたとして、果たしてこれからどうしようと言うのであろうか?

「今の当主は父上だし、父上は子供が生まれた長兄クルトを後継者として発表している。しかも、俺の上にはまだ継承順位が高い兄達が三人もいるんだ。クラウスの提案を荒唐無稽と呼ばずして何と言えば良い?」

 現在のバウマイスター騎士領の継承順位は、一位が長兄クルト、二位がクルトの長男のカール、三位は三男のパウルで、四位が四男ヘルムート、五位が五男のエーリッヒで、ようやく六位が俺となっている。

 なお、家臣である分家の当主になっている次男のヘルマンは、既に継承権を放棄しているし、現在王都で下級官吏をしているエーリッヒ兄さんはもう少しで上司の実家に婿に入る事が決定しているので、彼もすぐに継承権を放棄する予定だ。

 そのせいで俺の継承権が五位に繰り上がるが、いくら何でも俺を次期当主にするのは不自然過ぎる。
 何より、最大の難関である父の説得すら出来ないで何が当主になって欲しいだ。

 ひょっとすると、このクラウスは誰かに頼まれて俺を御家騒動の主犯として処分するつもりなのかもしれない。
 そんな陰謀論までもが、頭に浮かんで来る俺であった。

「俺はひょっとすると、クラウスの良識を上に見過ぎていたのかな?」

「おい! お前は!」

「控えよ! ヴァルター!」

「でも、親父!」

「お前はヴェンデリン様の兄ではあるが、身分が違うのだ! 控えよ!」

 俺の発言に六男ヴァルターが激怒するが、すぐにクラウスによって抑えられていた。
 前世では考えられなかったが、なるほどこの正妻と妾の子供の身分差というのは難しい。

 ヴァルターは俺よりも八歳上なのに、彼は俺に兄貴面など決してしてはいけないのだから。CROWN 3000

「荒唐無稽な事を言っているのは自覚しています。ですが、ここで手を打たないと、バウマイスター騎士領は将来確実に衰退するでしょうな」

「衰退?」

 俺には、なぜこのバウマイスター騎士領が衰退するのか理解できなかった。
 膨大な開発をすれば莫大な富を生み出す未開地があり、もし魔の森の一部でも開く事に成功すれば海とも接する事が可能な領地なのにだ。

「そう、開発できれば未来は明るいでしょう。ですが、それは現状では不可能なのです。そしてこのまま行けば、このバウマイスター騎士領は徐々に人口が減って過疎化するでしょう」

 クラウスは、俺に自分の想定するバウマイスター騎士領の未来を含めた、十一年前に失敗した魔の森への出兵事件以降の裏事情を説明し始める。

「十一年前の出兵は、痛恨の失敗でした」

「それは知っている。目の前にこれほどの未開地が広がっているのに、なぜ遠方の魔の森の開放を急ぐのか理解できなかった。海がよほど欲しかったのかと思っていたが。あれは明らかに、ブライヒレーダー辺境伯が魔物の住む領域での成果を期待していたのだと」

「それに今のお館様も乗った。道案内に兵を出しましたからな。考えてみてもください。いくら同じ領内でも、我らに未開地や魔の森の地理なんてありませんよ。明らかに兵力として当てにされていたのです」

 ブライヒレーダー辺境伯領は、その気になれば三万人以上の兵力を動員可能であるらしい。
 とはいえ、領内の治安維持や、周辺には領地境で揉めている貴族も数名いるし、もっと現実的な予算や兵站の問題もある。
 いくら兵站を魔法の袋を持っていた師匠に依存したとしても、万単位の兵を富士山と同じくらいの標高の山脈越えで進軍させるのは無謀でしかない。

 いくら寄り子とはいえ、バウマイスター騎士領の領民も自分達よりも圧倒的に数が多い他領の軍勢に不安を覚えるだけだ。

「それで、二千人という中途半端な軍勢だったか」

「お館様が出した百人でもありがたかったようですな。そして、ブライヒレーダー辺境伯の真の目的ですが……」

 先代のブライヒレーダー辺境伯には、二人の息子がいた。
 長男のダニエルと次男のアマデウスで、先代ブライヒレーダー辺境伯は頭脳明晰な長男ダニエルを溺愛し、彼を後継者として期待していたらしい。

「ですが、彼は不治の病に犯されてしまいました」

 ブライヒレーダー辺境伯はありとあらゆる手を尽くしたが、彼の死期は間近まで迫っていたようだ。
 そして、そんな彼を治せるかもしれない僅かな希望。

 それが、伝説の魔物古代竜の血から作る霊薬であったらしい。

「魔の森には、その古代竜が住んでいる可能性があったのです」

 他の冒険者が出入りしている魔物の領域では、遂に発見できなかったようだ。
 そこで、彼は未知の領域である魔の森に期待したらしい。

「冒険者に頼めば良かったのに」

「失礼ながら、そんな命知らずはおりません」

 まず苦労してバウマイスター騎士領まで長旅をし、そこからまるで人間が住んでいない未開地を何百キロも横断する。
 そこまでしてようやく魔の森へと到着し、そこから気合を入れて古代竜を倒す。

 確かにこんな依頼、いくら積まれても嫌であろう。

「その後の結果は、以前のお話通りです。先代ブライヒレーダー辺境伯以下軍は壊滅。五体満足で戻ったのは百人程度でしたな。我がバウマイスター騎士領軍も同じです。生存者は、二十三名にしか過ぎませんでした」 

 当主を失ったブライヒレーダー辺境伯領は、父の死を聞いた直後に亡くなった長男ダニエルではなく、次男のアマデウスが継いでいる。魔鬼天使性欲粉
 全く跡取りとしては期待されていなかったのに、いきなり跡を継がされ、まず最初に全兵力の十分の一に、お抱えの優秀な魔法使いを失った状態からスタートとか。

 きっと、物凄い罰ゲームだと考えたであろう。

 大貴族の軍事行動の失敗は、周囲の領地境紛争などで争っている貴族達に舐められる要因となるであろうからだ。
 現ブライヒレーダー辺境伯の船出は、相当に苦労の連続であった事は想像に難くない。

「そのせいでしょうな。新ブライヒレーダー辺境伯は相場よりは良いお見舞い金をバウマイスター騎士領軍の戦死者に出しました。かなりお館様にピンハネされましたが」

 バウマイスター家の財政を握っている男からの、聞きたくもない事実の暴露であった。
 そもそも、見舞金だけではいくら色を付けて貰っても残された家族が一生楽を出来るほどではない。

 しかも、その増額見舞い金を受ける条件として、父はバカな要求を呑んでいる。
 この出兵は、父が魔の森を開発したいので寄り親である先代ブライヒレーダー辺境伯に懇願し、寄り子の頼みは断れないのでと渋々受け入れたという事にして欲しいと。

 そんな事をしても何か情況が良くなるとは思えないが、これも大貴族のプライドという物の一種であるようだ。

「失った軍の再建もありましたし、当時は少々人口が増加傾向にあったので新規の開墾計画を実施直前だったのです。お館様は、資金が欲しかったのでしょうな」

 しかし、失ったのは金と物資ばかりではない。
 働き手も一気に失ってしまい、無理に新規開墾や用水路工事の働き手を抽出した結果の、あの毎日の黒パンと塩野菜スープのみの夕食であったらしい。
 開墾さえなければ、畑仕事の合間に男手で狩猟に出かける時間くらいはあるのだから。

「こんな閉鎖性の強い田舎の農村です。不満は爆発寸前なのですが、暴発するわけにもいかずというわけです」

 更に、クラウスからの話は続く。

「現在、お館様に不満を覚える人間は多いのです」

 まずは、十一年前に一家の大黒柱や前途有望な若者を失った家族。
 しかも父は、愚かにも彼らに渡すようにと新ブライヒレーダー辺境伯から渡された見舞金をピンハネまでしている。
 これで慕われたら、領民達は相当なマゾであろう。

 次に、その援軍を率い、戦死してしまった分家当主である大叔父の親族や家人達とその家族達。
 この家には次男ヘルマンが当主として入っているが、彼は現在針の筵状態らしい。
 穿った見方をすれば、ヘルマンは本家の影響力を強くするために分家に送られたスパイにも見えるであろうからだ。

「さすがに、ヘルマン殿も危機感を感じているようです。婿入りで本家との縁も切れたので、今では完全に反本家の立場を表明しています。実は、ヴェンデリン様が次期当主になる件でも賛成してくださいまして」D8媚薬

「おい……」

 出て行く家なのであまり気にもしていなかったが、現在のバウマイスター家はかなりヤバい状態にあるようだ。

「そして、これが一番深刻かもしれませんな」

 ようやく新規の開墾は所定の計画を終えて終了していたが、これは当然人口が増えればまた新たに計画される事となる。

「しかし、お館様や若様が指揮する開墾作業は評判が悪いのです」

 別に、農民に鞭を打つわけではないらしい。
 自ら先頭に立って作業を行うし、食事なども皆と同じ物を取って自分だけ良い物を食べたりもしない。

 だが、父が体が丈夫で無理が出来るので、それを他の人間にも無意識に強要する癖があるらしい。
 しかも、適度に休憩を取るとか、効率の良い工事を指揮するとか指揮官として相応しい能力には欠けるらしく、作業に参加している領民達からは評判は良くないそうだ。

「クルト様は、そんなお館様に何も言えないので、同じく評判が悪いです」

 ナンバー2なのに、ナンバー1に意見できないで、普通の作業員と同じ仕事しかしないのだ。
 それは、嫌われて当然だろう。

「人口が増えて、あの嫌な開墾作業が再開されたらと領民達が不安になった結果……」

 開墾の間は食事が嫌でも貧弱になってしまうのもあり、彼らは人口を増やさないように動くようになったそうだ。

「次男以降の男子が、このバウマイスター領を出るようになったのです」

 一番近い都市であるブライヒブルクに、数ヶ月に一度訪れる商隊に同行して家を出てしまう事が多くなったそうだ。
 そしてブライヒブルクに到着した彼らは、そこで職を探したり、他の領主が募集している新規開拓地への募集に応募してしまうらしい。

「しかも、最近は女子まで……」

 畑を継げる長男とその嫁になる女子を除き、今度は女子までもがバウマイスター領の外に出るようになった。
 もうこうなると、人口の流出に歯止めが利かなくなる。

 もし長男が嫁が取れない事態になれば、それは過疎化の第一歩であろう。

「更に悪い事に、ヴェンデリン様の魔法の件がバレました」

 せっかくの魔法なのだ。
 これをバウマイスター領の発展に生かせば良いのに、父は爵位継承の秩序を保つため、俺を極力領民と接触させないようにした。

 もし本当に領地の発展を望むなら、跡取りを俺に変えてでも領地のために働かせるべきだと。
 そういう非情な決断を時にはしなければいけないのが、貴族と呼ばれる者の使命なのではないかと。

「領民達は見切ったのですよ。お館様がこの僻地の農村で貴族様として振舞えて、波風立てずに家が続けば他は何もいらないと考えているのだと」

 そこまで見切られると、それは厳しいかもしれない。アリ王 蟻王 ANT KING
 人間とは、欲を抱えた生き物だ。
 過度の欲は良くないが、適度な欲は。
 それも、もう少し自分達の生活を良くしたいなどの欲は、人間には必要不可欠なのだと。

「領民全員を最低限食わせるのは重要です。ですが、お館様はそこで止まってしまわれる。勿論それも大切でしょうが、先に未来を見せる努力も、統治者には必要なのでは? と、思う次第なのです」

 クラウスは、ここまで喋ると今度は溜息をついていた。
 それは、もうこのバウマイスター領の人口は頭打ちどころか、このまま減少傾向に突入すると言えば、悩みも色々と尽きないであろう。

「クラウスの気持ちは理解できるが、ここで俺が次期当主になりたいと宣言して何になる? 余計な騒動が増えるだけだぞ」

 どう考えても、本家の人間は一人も支持しないであろう。
 父が俺を後継にしなければ何をしても無駄だし、もし後継争いが中央の耳に届けば。
 なまじ距離感があるだけに、中央の官僚が事務的に減封や領地の取り上げを命令する場合もあるのだから。

「騒ぐだけ無駄なんだよ。むしろ、騒いでは駄目だ。父上を説得して、新規の移住者を増やす産業なり、効率の良い開発を進めるしかないだろう」

「ですが、ヴェンデリン様の魔法があれば……」

「もしここで俺の魔法でどうにかしたとして、俺が死んだらどうするんだ?」

「それは……」

 魔法使いの素質は、遺伝しないそうだ。
 遺伝していれば、王族や貴族は魔法使いだらけのはずなのだから当然とも言える。

 そのために、王家や貴族達は大枚を叩いて優れた魔法使いを囲い込もうとするのだから。

 話を戻して、もし俺がここで魔法を使ってこのバウマイスター領を豊かにするとする。
 だが、もし俺が死んだ後はそれをどう維持するのであろう。

 もしかすると、徐々に過疎化するよりも恐ろしい衰退が待ち構えているかもしれないのだ。

「それに、もし俺が強引に当主になっても絶対に揉めるからな」

 クラウス達は父に不満を持っているようだが、領内にはそこまで父や兄に不満を持っていない人達だっているのだ。
 俺の当主就任後、彼らが俺に反感を覚えたらそれはそれで意味が無くなってしまう。

「なので、俺はこの話を聞かなかった事にする」

 俺は最後にそう言い残すと、急いで森の奥まで走り、すぐに瞬間移動の魔法で姿を消す。
 その様子を、クラウス達は唖然と見つめていた。

「(というか、どうしろって言うんだよ……)」

 クラウスの気持ちはわからなくもないが、まず順序が間違っているのだ。
 俺を説得する前に、話を持って行く人が居るだろうに。
 そう、まずは父を説得できないと、俺に話をするだけ無駄なのだ。

「(しかし、これは拙いな……)」

 父やクルト兄さんが、クラウスの本心をどこまで把握しているのかは不明であったが。
 下手をすると、俺にまで謀反の嫌疑がかけられてしまうかもしれない。
 もしそうなると、色々と面倒な事になってしまう。

 いかに出て行く家とはいえ、穏便に継承権を放棄してから家を出ないと、実家の継承秩序を乱した者として世間で鼻摘み者になってしまう可能性があったからだ。
 そういう嫌な風聞を背負った身というのも、これからの人生なかなか辛い物があるであろう。

 さりとて、これを父に相談するのも憚られる。
 もし、それを利用して父が俺の処分を狙っているのだとしたら?

 考えれば考えるほど、答えがこんがらがって来そうではあった。

「だーーーっ! 考えてもしゃあない! クラウスは無視! 無視!」

 俺は移動先の未開地の平原で、そのまま勢いに任せて大規模爆発魔法をぶっ放す。
 すると、そこには大きな穴が出来てしまう。

「ストレス発散のためとはいえ、環境破壊だな」

 少し冷静になって反省する俺であったが、まさかこの大穴が人造湖として未来の人々に利用されるなど、まさしく神のみぞ知るという奴であった。唐伯虎

2015年5月1日星期五

やっと来たのか

「護衛は連れていくさ」

「エルヴィン。わかっているな?」

「はい」

 モーリッツは、エルに確実に護衛を行うようにと念を押していた。
 今はカルラにお熱で普段はボケボケのエルであったが、仕事を忘れるほどまでは行っていなかったようだ。RUSH PUSH 芳香劑

「ところで、この招待状なのですが……」

 俺から受け取った招待状を眺めていたモーリッツは、ある重要な点に気が付いていた。

「差出人が、フィリップ殿になっています」

「えーーーと。つまり……」

「明日には、クリストフ殿から招待状が来るのでは?」

「だよなぁ……。二日連続はキツいわ……」

 せめて一緒に招待してくれよと、俺は心の中で二人の後継者候補達を呪うのであった。



「ようこそおいでくださいました」

「遠慮なくご馳走になりましょう」

 その日の夕方、俺はブロワ家主催の晩餐会に出席すべく出かけていた。
 ブライヒレーダー辺境伯にその旨を伝え、敵陣へと乗り込むのは俺とエルの他に、モーリッツが指名した四名の護衛達。
 あとは、女性もいた方が良いであろうと、同じく護衛役も兼ねてルイーゼも参加している。

 彼女なら、もし何かがあっても多少の敵なら余裕で打ち倒すであろうからだ。

『それにさ。エリーゼは、危険だと思う』

 俺への毒殺は無いはずだが、エリーゼには一服盛る可能性があったからだ。
 毒殺が目的ではなく、未来の正妻であるエリーゼが子供を産めないように毒を密かに盛る。

 滅多な事では手に入らないのだが、そういう毒薬は実際に存在するらしい。
 万が一の可能性も考えて、今回はルイーゼが参加していたのだ。

『ボクなら、ある程度の毒薬は感知できるし』

『何その能力』

 まるで、某世紀末救世主のようだ。

『武芸をある程度極めると、感覚が鋭くなるんだよ』

 全てではないが、かなりの確率で食事などに含まれる毒は感知可能らしい。

『報告の魔法みたいな物か』

『二人で気を付ければ、毒を食べさせられる事もないでしょう。ねえ、カルラ』

『フィリップ兄様がそこまでしない事を祈ります』

 若干顔を引き攣らせているカルラを置いて、俺達はフィリップ主催の晩餐の席に参加する。
 ブロワ家が設営した小規模な陣地は、対立する二人のために二つの大型テントが張られていた。
 俺達が入らなかった方の大型テントには、次男のクリストフがいるのであろう。

「陣地なので、大した物は出せませんが」

 状況が状況なので、フィリップは二十歳も年下の俺に丁寧な口調で対応していた。

「普段は冒険者もしておりますので、お気になさらずに」

「貴殿の実力は、良く理解しているつもりだ」

 ブロワ家の長男フィリップは、身長が百八十五センチほどの良く鍛えられた引き締まった体の持ち主であった。魔鬼天使性欲粉(Muira Puama)強力催情
 軍事的才能に長けるらしいが、俺達はブロワ軍の失態を目の前で見ているので、その話を鵜呑みにするわけにもいかない。

 見た感じは、サッパリとした人であった。
 今回の失態が無ければ、普通に付き合えたかもしれない。
 エドガー軍務卿や、導師を含むアームストロング一族と比べると『濃い』人ではないからだ。

『フィリップか? あいつは、優れた将軍候補だぞ』

 晩餐の前にエドガー軍務卿から魔導携帯通信機経由で情報を仕入れたのだが、彼の口からフィリップの悪口はあまり出てこなかった。

『ただ、領主となるとなぁ……』

 軍系の法衣貴族としてなら彼はとても上手くやれるそうだが、領地を統治するのは難しい。

 本人もそれは重々承知しているのだが、自分を次期領主にと望む外戚や家臣達の前で言うわけにはいかないので、表面上は異母弟と争っている風に見せるしかない。

 それが真相なのではないかと、エドガー軍務卿は推察していた。

『それで、あの大事件ですか?』

『アレは、コドウィンが焦ってバカやらかしたんだろうな』

 コドウィンとは、最初の裁定の時に責任者になっていた初老の重臣の事であった。
 従士長で、娘がフィリップの正妻なのだそうだ。

『外戚として、ブロワ辺境伯家で権勢を振るうですか?』

『大貴族家の重臣にはありがちな夢だよな。それどころか、今の職を失いかねない大失敗を犯して、それを何とか誤魔化そうとしたんだろうな』

 それで、百名近い死者を出していれば意味が無い。
 いくら外戚でも、あの大失態では彼のキャリアはここで終了なわけだし、今は捕虜になっている。
 ブロワ家に戻れば処分されるであろうが、こちらがそれをどうこう言うつもりはなかった。

『王都にいると、俺が積極的に仲介に入れとか無理を言うバカがいて困るよな。ここで、俺がフィリップを手助けなんてしたら総スカンだっての』

 領主になれなくて領地を出たとかなら再就職先の世話などで力を貸すが、この状況で下手に介入などしたら、自分にまで火の粉が降りかかってしまうからだ。

『デカい和解金になると思うが、払うしかないだろう。最悪、資産整理命令もあり得るだろうな。どうせ潰せないんだから、素直に受け入れるしかない』

 『資産整理命令』とは、簡単に言えば一度破産してしまう事である。
 負債が著しいが、王国としても潰すわけにはいかない貴族家に第三者の管財人、この場合は王国から派遣される財務系の法衣貴族を入れ、ある程度借金が消えるまでは予算の執行などに大きな制限がかかるのだ。

 この制度がある理由は、いきなり大物貴族が消えると現地が混乱するからである。
 甘いような気もするが、『資産整理命令』を受けたその地方の大物貴族など、ただの王国の飼い犬でしかなくなる。

 それに、これが適用されるという事は、『お前は、領主として無能だ』と言われたに等しいのだから。

『次期領主の座は、クリストフに譲るしかないだろう。勝手に自爆したんだから。義父である家臣の暴走にしても、それを抑えられなかった時点で同罪だ。俺が引き受けて、面倒見るのが一番良い手なんだがなぁ……』

 ただ、その手だとフィリップは良いのだが、他の彼を支持してきた家臣達は最悪失業の危機に見舞われるわけで、それを口にしようものなら明日にはフィリップの息子を『摘孫なので』と後継者に立てて騒がない保障はないとエドガー軍務卿は思っているようだ。

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 ブロワ辺境伯家を潰して、そこを直轄地にするなり、他の貴族を転封するにしても暫くは混乱が避けられない。
 利益どころか持ち出しの方が多いはずなので、中央の大物法衣貴族ほど実は取り潰しが嫌だったりする。

 これが小物なら、躊躇無く取り潰しなのであろうが。
 日本で言うと、○京電力や○イエーは簡単に潰せないのと同じ理屈であろう。

『エドガー軍務卿は、領地貴族になりたいとか?』

『ないよ。統治できない』

 侯爵と辺境伯。
 呼び方は違うが、同じ階位を持つはずなのに法衣貴族しかいない侯爵の方が、財力も抱えている家臣の数でも負けている。
 なので転封を命じられても、統治できるはずがないのだ。

 むしろ、土着化した元家臣や兵士達に反抗されでもしたら、余計に混乱が広がる可能性があった。

『(物語みたいに、主人公がいきなり大きな領地とか下賜されても無理だよな)』

 うちだって広大な未開地の開発なので、常に人材不足で困っているのだから。

『和解金が高くて嫌とか言うのなら、鉱山とか、税収とか差し押さえてしまえ』

『強硬な意見ですね』

『向こうが完全に悪いからな。俺達はある程度の規模のブロワ辺境伯家が残って、東部を統括してくれれば良いわけだ。多少の縮小と負債には文句は言わないよ』

 こんな話をしたのだが、実はエドガー軍務卿からフィリップ本人に言わないで欲しいと言われていた。
 彼一人だけの問題ならとっとと継承権を放棄して終了だが、家臣達が絡んでいるので、下手な外部からの誘導は命取りになってしまうからだ。

「さあ。こちらの席にどうぞ」

 フィリップに勧められるまま、俺は準備されていたテーブル席の上座に座り、その隣に妻役としてルイーゼが座る。
 エルは、俺のすぐ斜め後ろに立って刺客などに警戒していたし、他の護衛達も同じであった。

 このくらいの警戒は、まだ俺達は裁定案すら結んでいない敵同士なので当然とも言えた。

「まずは、乾杯といきましょう」

 軍系な人なので、ノリが体育系なのかもしれない。
 早速ワインで乾杯してから、コース料理のオードブルからスタートする。
 料理の質などは、野営をしている割には素晴らしい物が出ていた。

 さすがは、東方を統括する『地方の雄』と言った感じであろうか。

「東部でも噂は聞いていましたよ。竜を二匹も倒した素晴らしい魔法使いであったと」

 交友目的の晩餐会なので今回の戦争の話をするわけにもいかず、話は俺の竜退治の話などに移行していた。
 それと、あの貴族なら一度は出ないといけない武芸大会などの話もだ。

「私は、予選五回戦で負けました。貴族の息子にしてはマシというべきですか」

 ワインを飲み、次々と出て来るコース料理を食べながら適当に話を続けていく。
 だが、やはり今回の戦争の話はしてはいけないので、俺は何のためにこの場に居るのかと疑問に思ってしまう。蒼蝿水(FLY D5原液)

 ルイーゼは警戒をしながらも、その小柄な体に似合わず良く食べているし、エル達も周囲の警戒を続けたままだ。
 ほぼ100%毒殺や暗殺の可能性は無かったが、仕事なのでこれは仕方がない。

 晩餐はデザートまで終了し、食後にお茶などを飲みながら話をしていると、やはりあの話題が出てくる。

「バウマイスター伯爵殿は、うちのカルラを妻にするつもりはないのかな?」

 やはり、カルラを俺の妻に押し込もうとしているようだ。

「この状況ではブライヒレーダー辺境伯側からの反発が強いでしょうし、まず不可能だと……」

 未開地開発の利権の分け前などで、また戦争になりかねない。
 下手をすると、ブライヒレーダー辺境伯からの妨害もあり得る。
 今は俺との関係は良好だが、彼にだって退けない部分があるのだから。

「考えてみてくれないかな?」

 強引に押し込もうとすれば問題になるが、ちょうど今カルラはバウマイスター伯爵家の捕虜となっている。
 扱いはお客さん準拠であったが、どうにか俺に見初められてとか考えているのかもしれない。

「(まさか、それが目的で交渉を伸ばしていないよな?)」

 晩餐は終わり、俺達は自分の陣地へと戻る。
 そして翌日、やはり今度はクリストフ主催の晩餐に招待されていた。

「本当に仲が悪いんだな。普通は一回で済ますだろうに……」

 昨日に続き俺の護衛を担当するエルが、他の護衛達と一緒に溜息をついていた。

「今日は、誰が行く?」

「勿論、ボクはパスね」

 まだ結婚はしていないが、婚約はしているのでまた婚約者を同伴しないといけないのだが、ルイーゼは昨日出席したので一番先に断っていた。

「じゃあ、イーナか?」

「いいけど。あまり料理の味がわからないでしょうね……」

 ルイーゼはある意味天才なので、大物貴族家の晩餐に呼ばれても、警戒を続けながらデザートのお替りをするような図太さがある。
 ところがイーナは真面目なので、こういう席では極端に緊張してしまうのだ。

「何か、嫌そうだな」

「正直ね……」

「俺も面倒なんだよなぁ……。礼儀的に出ないと駄目だから、仕方なく出ているけど」

 美味しい食事ならいつでも食べられるし、どうせまたカルラを妻にして欲しいと頼まれるだけなので、俺だって食傷気味なのだ。超強女性用媚薬 Great tender

「ヴィルマは?」

「うちのご飯の方が美味しいからいい」

「さいですか……」

 ブロワ家も大貴族なので良い食事は出るのだが、俺達と交流がないので醤油、味噌、マヨネーズ、チョコレートなどの新食材や、新しい調理法などに無縁だったりする。

 なので、食事の内容が王都で出席した貴族主催のパーティーメニューと大差なくて、物凄く食べたいとか思わないのだ。

「エリーゼは?」

「私は、今回は遠慮いたします」

 普段から未来の正妻であるエリーゼは、俺と同伴することが多い。
 だから遠慮するのと、実はもう一つ理由がある。

「エリーゼを連れて行くと、エリーゼが説得されるしね」

 カルラを俺と結婚させるため、エリーゼの方に説得や工作が及ぶ可能性が高いのだ。
 将来は、彼女がバイマイスター家の奥を管理するのだから。

「私が行くと、余計に面倒な事になる可能性が……」

「さて、どうしたものか……」

 勿論もう一人候補はいて、しかも彼女の様子を伺うと物凄く出席したそうな表情を向けてくる。
 何が楽しくてあんな晩餐に出たいのかは知らないが、きっと彼女なりの楽しみがあるのであろう。

「あとは……」

「仕方がありませんわね。ここは、私が……」

「ルイーゼ、二日連続で悪いけど」

「どうして私を見て、またルイーゼさんなのですか!」

 理由は簡単で、カタリーナがあまりに行きたそうなので、ついからかってしまったのだ。

「冗談だよ。でも、そんなに出たいのか?」

「私、そういうパーティーや晩餐とは無縁で……」

 知らないがゆえに、物凄く憧れているらしい。

「じゃあ、カタリーナに頼もうかな」

「任せてくださいな。私の優雅さで、晩餐会を成功させましょう」

 何か物凄く勘違いをしているかもしれないが、ただ飯を食って来るだけなので俺はあまり気にしない事にする。
 そして、その日の夕方。

 そろそろ時間なので、ブロワ家の陣地へと出かける事にする。

「ヴェンデリンさん。お待たせしました」

「おい……」

 何となく嫌な予感はしたのだが、カタリーナは恐ろしく気合を入れてめかし込んでいた。
 シルクを惜しげもなく使用したフリフリが一杯ついた真っ赤なドレスに、普段の魔晶石ではなく本物の宝石が沢山ついたカチューシャ、指輪などのアクセサリー類も宝石の物に、ヒールも踵の高い物に変えていた。美人豹