2014年12月11日星期四

漁夫の利

ソラが窓から差し込む月明かりの中でアイスプラントを観察していると、豚親父を先頭に裏切りメイドのミナンと護衛二名がノックも無しに入ってきた。中絶薬RU486

「ソラ、話がある」

 開口一番、豚親父がソラの前に立つ。

「何でしょうか?」
「宝くじなる物についてだ」

 豚親父はチラリと彼の後ろに控えるミナンに視線をやる。
 ミナンは注意していなければ分からないほどの一瞬だけ顔をしかめたが、恭しく一礼してさりげなく顔を伏せた。

「あのメイドから話は聞いた。詳しく説明してもらおうか」
「子供の戯れ言、単なる思いつきです」
「それを話せと言うのが分からんのかっ!?」

 がめつい豚が怒鳴る。儲け話を前にじらされるのが我慢できないのだ。
 ソラは首を竦ませ、怯えた振りをする。嘘泣きするのも忘れない。

「分かりました。宝くじの詳しいやり方を話します」
「それでいい、早くしろ」

 促されるままにソラはやり方を説明する。
 木の板に番号を彫り宝くじの札にして、出来るだけ多く、広い範囲に売る。
 その後、札の偽物が作られるより早く札に彫られた番号を全て書いた的を用意し、衆人環視の中で射抜く。
 矢が刺さった場所に書かれた番号を当選とし、一等から三等までの賞金を用意する。

「後、札の値段は安くすべきです」
「何故だ? 高く売った方が儲けが大きいだろう」

 ソラの値段設定に豚親父が不満を漏らす。

「安ければ平民も買えるので、結果的に多くの札を売れます。それでも売れ残るでしょうけど」

 理由には不満気ながら納得の様子を見せる豚親父。

「よし、早速準備させよう。おい、そこのメイド、お前が責任者だ。任せたぞ」

 そう言って豚親父達は部屋を後にした。
 ミナンはまさか企画運営を任されるとは考えなかったため、困った顔で天井を仰ぐ。そして、運営メンバーを都合すべく早足で廊下を歩いていった。
 一人残されたソラは話し疲れた喉を癒すべく金属製の水差しを持ち上げる。良く磨かれた表面には誰に隠すこともなく満面の笑みを浮かべる幼い顔が写っていた。

「踊れ、踊れ。俺の手のひらで……っと、これでは俺が悪者みたいじゃないか」

 翌日、豚親父と顔面凹凸婆は王都へ旅立った。
 裏切りメイドのミナンは十五日で準備を整え、札を売り出す。掛かりきりだったためにソラの側付きが変更されたが、経験のある者はミナンとメイド長しか居なかったために新人から選ぶことになった。
 懐柔策の一つだろう、側付きはソラ自身が直々に選べるそうで、アイスプラントを持ってきた新人メイドのラゼットを任命した。
 ずっと部屋に引きこもっていた彼に付き添い、ラゼットも部屋に居続ける。
 実際にはラゼットが部屋に居ないことをソラ以外に知る者はいない。
 宝くじの札が完売した事を喜び、愉悦を浮かべたミナンが部屋を訪ねて来た時にも何とかやり過ごした。
 そして、六日目、ミナンは街の中央にて当選番号を決める射的を行った。宝くじの札が完売したにも関わらず、見物人はそこまで多くなかったとラゼットに聞いたソラは悪戯が成功した子供のように無邪気に笑った。

「今日の昼までの報告は終わりです」
「お疲れ様、ラゼット。今日はもう楽にして良いよ」

 ソラが労うと、新人メイドから側付きメイドに昇進した茶髪娘は途端に椅子に座り、体を弛緩させた。巨人倍増

「足が筋肉痛ですよ」

 ふへぇ、と気の抜けた声を出してラゼットは足を伸ばす。

「お側付きになってもお給金は雀の涙ですし、下っ端の方が良かったかもです」
「そう? ボーナスを出す予定だったけど」
「マジですかっ? ソラ様万歳! お側付きも悪くないですね」

 調子のいい娘である。
 苦笑するソラにラゼットは嬉しそうに手を出してきた。

「今くれます?」
「後にしろ。ボーナスは踊り子をやり過ごしてからだ」

 廊下を歩く足音が聞こえてくる。程なくして扉をノックする音が聞こえてきた。

「入っていいぞ」

 ソラが入室の許可を出すと、少し乱暴に扉が開かれる。

「失礼します」

 ミナンがソラを見て勝ち誇った笑みを浮かべる。楽しそうで何より。
 ラゼットはミナンから視線を逸らした。ソラの共犯者として少しは良心の呵責がある。

「ソラ様、宝くじとはやはり素晴らしい商売ですね」
「おめでとう」

 札を一定の数売り上げれば理論上は必ず儲けが出る。気軽なギャンブルなので売りやすいのも強み。宝くじはそういう商売だ。

「今回は木材の価格が高騰していたので大した儲けは出ませんでしたが、次はもっと上手くやりますよ」

 ミナンが帳簿をソラに突きつける。
 ソラの予想通り、利益は大したことがない。全て計画通りに進んだ証拠である。

「ほどほどにしておけよ」

 ソラの忠告を負け惜しみと取ったミナンが嬉しそうに笑う。
 二歳児に勝ったのがよほど嬉しいのだろう。

「ふふん。それでは失礼します。次の宝くじを企画しているので」

 彼女が部屋を出て行った後、廊下から高笑いが聞こえてきた。

「ラゼット、踊り子について感想をどうぞ」

 ソラが水を向けると、ラゼットは廊下の方を気の毒そうに見つめた。

「報われない苦労とも知らないで、ご愁傷様ですね」
「あいつが頑張るほど俺が目立たなくなるし、助かるけどな」

 宝くじに人手が必要だったためか、ソラが懸念していた監視も付けられていない。

「それは置いといて、ボーナスをやろう。ラゼット、余った木材を全部くれてやる」
「やった。売りに行ってきますね」

 ガッツポーズをしたラゼットは小走りで部屋を出ていく。
 ソラは今回の騒動で大人二十人を1ヶ月養えるだけの金額を稼ぎ出した。金額を先に見ると冗談とも思える簡単なカラクリで。
 まず、ソラはミナンに木の板を百枚入手させていた。その後、彼女は裏切って独自に宝くじを始めるわけだが、豚親父と共に詳しいやり方を聞きに来た。
 ソラは詳しいやり方として“札は売れば売るほど儲かる”と吹き込んだ。札を売るためには材料が必要で、材料は薪にも使う木材だ。
 しかし、木材の価格は元から高くなっている。豚親父の政策により、税として納められる木材がなくなり、備蓄が少ないからだ。
 そして、宝くじの札は偽造防止の為、木材の種類を統一する必要がある。複数の商会を回って買い付けるのは間違いないし、注文もするだろう。
 何故なら利益を上げるには“多く、広い範囲に”売らなければならないから。
 元々が供給不足の木材を一度で大量に買い上げれば、値上がりするのは当たり前。
 値上がりすると分かっているなら後は簡単。先に木材を買い占めればいい。
 ソラはミナンに裏切られた後にラゼットと出会い、すぐさま商会から宝くじの札にする木材を買い占めるように指示を出した。五便宝
 ただし、現物取引ではなく先物取引で、だ。
 木材を低い値段で翌日に買い取る旨を証書にしたためる。それをあちこちの商会向けに行い、買い取り時間をずらしておく。
 商人達は宝くじについての情報を知らないので簡単に乗ってきた。
 ミナンが木材の購入を行えば、ただでさえ少ない木材の備蓄がすぐになくなる。
 後はソラが木材の買い取り証書を売りさばくだけだ。高騰した木材との差額は彼の懐に入り、高くなった木材をミナンが買い取る。
 ソラと各商会がミナンの足下を見ながら価格を釣り上げたのと同じ事だ。
 木材の証書を売りにくるラゼットを商人達は皆バカにしていた。
 商人からは、クラインセルト家が木材の価格を釣り上げ自ら高くなった木材を買ったように見えるから、バカだと思ったのだろう。内部分裂を起こしているとは夢にも思わない。
 なにしろ、ソラは二歳児だ。家督争いを起こす年齢ではない。

「あと半年か」

 豚親父達がクラインセルト領に戻ってくるまでのタイムリミット。彼らが帰ってきたならば悪政に拍車がかかる。
 余裕がある内に少しでも領民の生活を改善しておきたいソラにとっては短すぎる時間である。

「まずは弱者救済だな」

 またこき使うことになりそうだと、屋敷の門を駆け足で出ていく茶髪頭を見送るソラだった。

捨てる神あれば拾う神あり。

 ソラの両親が屋敷にいた十日間に九人の使用人が“処罰”された。ソラが庇っていなかったら倍の人数が消えていただろう。
 もちろん、物理的に。
 元から勤めていた使用人の中で今も屋敷で働いているのは八人だけだ。
 更に、領民への税も三割増えた。いくつかの村が離散したからというのが建前だが、徴収した税金はとある司教へ、出世祝い金という名の賄賂に使われる。
 それらの事を自慢するように話す両親と同席するソラは痛む頭と増幅する殺意をおさえつつ、食卓を囲んでいた。
 油に砂糖をまぶしたような味がする料理の数々が机に並べられている。見るだけで食欲が失せ、食べれば吐き気がこみ上げる。そんな食事だった。

「ソラ、食べないのか?」

 豚親父が皿をソラに差し出す。ぶよぶよの手で皿を持ち上げ、上下させていた。
 その皿をパイ投げの要領で豚親父の顔面へ投擲できればどれほど幸せか、と考えるソラの敵意に気づいた様子はない。

「あぁ、その……。気分が優れないので」
「なに? ソラはまた体調を崩したのか。食事のたびにそれだな」

 豚親父が顎だか首だかわからない部分をこすりつつ、料理人に目をやった。

「コック、お前が出す料理のせいではないのか?」

 剣呑なその視線にコックが身を震わせる。
 そもそも、この油まみれの料理は豚親父の注文なのだが、記憶から綺麗に消えているらしい。
 激しさを増した頭痛を我慢しながらソラは口を挟む。

「お父様、そのコックを処罰する前に一つ試してみてはいかがでしょう?」

 コックは一縷の希望を託した視線でソラを見た。二歳児に向ける視線では決してない。

「ソラ、何を試すというの?」

 顔面凸凹婆がソラに聞く。その母親面に苛つきを覚える彼の心中を知るものはいない。
 ──てめえ等はパチモンなんだよ、自覚しろ。
 彼にとって、クラインセルト家当主夫妻は領民を苦しめる敵でしかなくなっていた。

「そのコックがもっとも苦手とする料理を作らせてみるのです。それを食べて美味しくなければ不合格でいいでしょう」

 両親が口を開くより先に件の料理人を厨房へ追いやったソラに豚親父が不満そうな顔を向ける。

「ソラよ。わざわざ不味い物を出させる必要はなかろう。さっさと殺してしまえばよいのだ」
「お父様、何も食べるのが我々だとは言っておりません。そこのメイドに食べさせましょう。平民の舌でも不味いと感じるならばそれまで、美味しいと感じるならば我々の舌が肥えすぎているだけです。我々の舌が肥えているだけなのにコックを処罰しては懐が狭いと思われます」三便宝カプセル
「ふむ。一理あるな。平民の舌がどれほど貧しいか、試してみるのも一興か」

 豚親父と顔面凸凹婆がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。
 二人の隙を見てソラは側付きメイドに目線で謝っておいた。
 コックの料理が運ばれてきて、メイドが「美味しい」と感想を述べたことに大笑いした豚親父達はやはり平民の味覚はおかしい等と好き放題に言って食堂を後にした。
 なし崩し的にコックへの処罰は見送られ、犠牲者を出さずに食事は終わった。
 豚親父達は翌朝に王都へ出発する。
 “病弱な跡継ぎ”ソラは領地でお留守番である。
 テーブルを片付け始めた使用人達を横目にソラも席を立ち、自室へと向かう。
 この十日間、様々なことがあった。
 何人かの若いメイドが豚親父に襲われそうになったり、領主軍が村一つを奴隷化する計画を立てたり、顔面凸凹婆が『美人税』なる物を起案したり……。
 ソラの心労が蓄積していく日々だった。
 片端から阻止したお陰で使用人達から信頼され始めたのだけが救いだ。一部には不気味だと避けられているが……。

「ソラ様、素晴らしい助け船でした」

 後ろを歩く側付きメイドのミナンがソラをほめる。

「君には悪いことしたね。あのコック、本当に苦手な料理をだすんだものなぁ」

 得意料理を出せとは言わないが、もう少し器用に立ち回ってほしいものだとソラは苦笑する。

「えぇ、大変な味がしました。それはそうと、先日の頼まれ物が届きました」
「そうか。よくやった」

 ミナンの報告にソラはニヤリと悪ぶった笑みを返した。二歳児が背伸びしているような微笑ましさがある。

「あんな草をどうなさるおつもりですか?」

 ミナンの質問には部屋に入るまで無言を通す。
 空気を読めるメイドは彼に付き合って無言のまま部屋に入り、扉を閉めた。

「さて、ミナンの質問に対する答えだけど……きっと信じられないと思う」

 ミナンに向き直り、ソラは切り出した。
 なにしろ、これから話すのは数百年先の知識を複合したものだ。
 顕微鏡すら存在しないこの世界では確かめることができない知識もベースにしている。
 怪訝な顔をするミナンを椅子に座らせ、彼は計画の説明に移った。

「──と、今の所はここまでが限界だ。あまり派手にやると豚……お父様が喜ぶだけだからな」

 説明を終えたソラが締めくくると、ミナンは知恵熱を出した頭に手で風を送りながらため息を吐いた。

「正直、よく分かりませんでした」

 ミナンが疲れた声で感想を述べる。

「そうだろうね。理解できる人がいたら王都でも引っ張りだこだよ」

 ソラの立てた計画はこうだ。
 木の板を加工して札を作り、それで宝くじを行って資金を集める。
 集めた資金で食料を買い付けつつ、浮浪児を集めて海辺の廃村に住まわせる。ついでに集めておいた古着を着せて恩を売っておく。
 海辺の廃村にて浮浪児達に漁を教える。既に漁師を確保してあるから問題なく行えるだろう。
 ここまでの計画はこの世界の人々でも理解できる。宝くじのやり方は教える必要があったが、それだけだ。
 宝くじの原型と言われる富くじは江戸時代にもあったから、さほど難しいシステムではない。蟻力神

2014年12月9日星期二

銀の影さす

 アイクは大樹館を後にし、待たせていた馬車に乗る。
 すぐさま御者が馬車を進めた。

「商会長、首尾はどうでしたか?」
「残念な事に、交渉は決裂だよ」美人豹

 言葉とは裏腹に、アイクはにやにやと笑う。
 御者も似た笑みを浮かべて肩を竦めた。

「悪い人ですね。元々、子爵様の話を聞く気なんてなかったでしょう?」
「当然だ。どんな利益を提示されようと、やめられるはずがない」

 御者の問いに答え、アイクは腕を組んだ。
 カラカラと馬車の車輪が回る音が聞こえてくる。

「すでに引き返せる地点を過ぎている。ここで引けば、何人も解雇せねばならん」

 伯爵領の乞食共のせいでな、とアイクは吐き捨てた。
 当初の計画とは裏腹に、伯爵領の住民が転売目的で買い付けていくため、布の在庫を増やす必要があった。
 子爵領の住民がいつ大量に買い始めるか分からない状況で、在庫を切らす訳にはいかない。
 安値競争の相手であるロジーナ商会より布を多く確保しておき、子爵領民が布を買い始めた時、ロジーナ商会の客を一人でも多く奪うためだ。
 しかし、伯爵領の住民が布を買っていくため、ロジーナ商会の在庫の見当がつかなくなっていた。
 仕方なく、アイク商会は布の備蓄量を増やすが、ロジーナ商会も同様に大量に買い付けた。
 考える事は一緒、という所だろう。
 しかも、ロジーナ商会が買い付けた物は布だけではなかった。
 羊糸も買い付けていたのだ。
 布の製造から行う事で、僅かでも安く仕上げる腹積もりだったのだろう。
 アイク商会は出遅れたが、羊糸を輸入して布の製造を開始した。
 輸入した布には品質で劣ったが、それでも売り物になった。
 しかし、人が増えたため、人件費も増えた。
 人を雇えば、売上に関わらず決まった金額の給料を支払わねばならず、赤字に弱くなる。
 アイクは、安値競争に勝ったと思った。
 同じ事をしている限り、始めから多くの資金を持っている自分達が有利なのだ。
 もうすぐ、ロジーナ商会の商圏を奪えるこの状況で和解など、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。
 ロジーナ商会の資金も底を突きかけていると、先程のやり取りで見当が付いた。
 後は追撃に次ぐ追撃あるのみ。

「例の話を進めねばならん。早く帰るぞ」

 この一撃で相手は諦めるだろう、とアイクはほくそ笑んだ。


 同じ頃、ロジーナは馬の上で神経質に身体を揺すっていた。
 乗せている馬は慣れているようで、落ち着きのない乗り手を気にした様子がない。

「交渉は決裂、交渉は決裂、交渉は決裂……ッ」

 呟きながら親指を口元に持っていった時、ボロボロの爪が目に入った。
 癖で噛もうとしていたが、諦める。
 我慢したせいで余計に行き場のない不安で胸が一杯になり、振り払うように頭を振った。

「大丈夫、手は打ってある。早く進めれば、間に合う。まだ、間に合う」

 ぶつぶつと独り言を零すロジーナに、すれ違う人が怪訝な顔をした。
 キッと睨みつけると慌てたように去っていった。絶對高潮

「──ロジーナ商会長ですね?」

 聞き慣れない声で名を呼ばれ、ロジーナが怪訝な顔を向ける。
 そこには茶褐色の外套を羽織った男が一人、静かに佇んでいた。
 男は重たそうな眼鏡を人差し指で押し上げ、背中を向ける。
 ついて来い、と言いたいらしい。
 ロジーナはやや遅れて馬を歩かせる。
 しばらくして、どうやらクロスポートを出るつもりらしいと気付いたロジーナは、町を振り返りつつ口を開く。

「護衛を町に置いてきてるから──」
「時間の無駄です。後にして下さい」

 反論を受け付けるつもりはないらしく、眼鏡の男は歩調を緩めない。
 ロジーナは諦めて従った。
 クロスポートの外に出て、森に入る。
 少し開けた場所、倒木に銀髪の娘が腰掛けていた。

「ご機嫌よう」

 感情を含まない空虚な笑顔を浮かべ、銀髪の娘はロジーナを出迎える。
 ロジーナの顔を一目見ると、銀髪の娘は笑顔のまま口に片手を当て、首を傾げた。

「──あら、怖い。荒れてますのね?」

 鈴を転がすような明るい声で、銀髪の娘は面白がった。
 ロジーナは悔しさに顔を背ける。

「交渉は決裂よ」

 交渉において、ソラからいくつかの和解案が提示された。
 だが、アイク商会は条件を飲むつもりが最初からなかった。
 アイクのふてぶてしい顔を思い浮かべて、ロジーナは苛つく。

「でも、演技はしてきた。こちらが資金不足に陥っていると、アイク商会は勘違いしたはず」

 ロジーナが伝えると、銀髪の娘は笑顔のまま「よくできました」と頷いた。
 投げた小枝を犬に取りに行かせて遊ぶような、誘導する事を楽しんでいる動作だ。
 しかし、顔を背けていたロジーナは気付かなかった。

「アイク商会が勘違いしているのなら、必ず勝負を仕掛けてきます。付き合ってあげましょうね」

 銀髪の娘の言葉を聞き、ロジーナは不安そうに横目で睨む。

「本当に、大丈夫なのよね? 資金的な余裕がないのは事実なんだから、一刻も早く──」
「焦っちゃ駄目よ。アイク商会が攻勢を掛けてきた所を叩く計画なのだから、今は獲物の振りをしないと」

 銀髪の娘は両膝に頬杖を突き、諭すように言い含める。
 それでもロジーナの不安が消えていない事を察したのか、銀髪の娘は残念そうな声を出す。

「仕方がありませんね。近い内に会談の席を設けましょう。もちろん、秘密の、ですよ?」

 銀髪の娘の提案にロジーナはようやく人心地ついた。

二人の商会長

 アイク商会長は厳つい顔をした男だった。
 髪や整えられた髭は赤茶色で、やや日に焼けた肌も相まってお洒落な山賊のように見える。Xing霸 性霸2000
 続いて入ってきたロジーナ商会長は眼鏡を掛けた若い女だった。
 神経質そうな眼差しで部屋を素早く見回し、警戒している。
 ソラは二人に席を勧めた。
 ソラを合わせて三角形を作るように座り、先に口を開いた方が負けだとばかりに睨み合っている。
 ──かなり根が深そうだな。
 交渉が難航しそうな気配を感じ取り、ソラは内心でため息を吐いた。
 リュリュに目配せして、飲み物と甘い物を用意させる。
 険悪な空気が殺伐と呼ばれる域に辿り着く前に、ソラは口を開いた。

「アイク商会長並びにロジーナ商会長……双方とも個人名がそのまま商会の名前になっているのか。名前で呼ばせてもらうが、構わないな?」

 ソラの申し出にアイクが頷いた。

「もちろんですとも、子爵様に名前を覚えて頂けるこの機会を逃すはずはありません」
「そうか。では、遠慮なく、アイクと呼ばせてもらおう」

 ソラに名前を呼ばれると、アイクは厳つい顔に形ばかりの笑みを浮かべた。
 少なくとも、友好的な空気を作る手伝いはするつもりらしい。
 しかし、アイクに反して、ロジーナは眼鏡の奥の瞳に警戒心を露わにして、ソラを見つめるだけだった。

「アイク商会長と気安い仲のようですね」

 より力のあるアイク商会がソラを買収しているのではないか。
 そんな考えが透けて見えるロジーナの言葉に、アイクは余裕の表情だった。
 交渉の仲介役であるソラの機嫌を損ねれば、不利な条件を提示される可能性がある。
 子爵領主でもあり、一種の強制力すら持つソラに向ける態度としては不適当だ。
 ──妙だな。
 安値競争が続けば、規模が小さいロジーナ商会の方が不利になる。
 安値競争の早期終結を願うべきはロジーナ商会の方であり、その点ではソラと利害が一致していると考えていた。
 ──何か奥の手があるのか……?
 利害関係を考え直す事も視野に入れつつ、ソラはロジーナに笑顔を向ける。

「俺は君達の利益を守りつつ、仲を取り持つ役割を担っている。そのために、まずは俺自身が君達それぞれと仲良くならないといけないだろう?」
「……ロジーナで結構です」

 器を測るようにソラを見つめていたロジーナは、ぼそりと呟いて眼鏡のガラスを拭いた。
 眼鏡を掛け直したロジーナは、アイクに視線を固定した。

「アイク商会長、こうして顔をつき合わせるのは初めてですね」
「アイクと呼んでくださいよ、ロジーナさん」

 アイクが口端を上げ、軽い態度で返す。
 ロジーナは嫌悪の眼差しでアイクを睨んだ。

「冗談。後、気安く呼ばないで。虫酸が走る」
「ははっ、これは手厳しい。金が無いと余裕がなくなる典型例だ。そうはなりたくないもんです、ロジーナさん」
「ッ……誰のせいだと思って!?」

 机を叩いて立ち上がり掛けたロジーナだったが、アイクがソラを見てわざとらしく肩を上げ下げする姿を見て、口を閉ざした。
 失言に気付いたのだ。
 アイクが顎を上げ、ロジーナを馬鹿にするように見た。

「もう化けの皮が剥がれるとは、所詮は安物。金がないなら、無駄に虚勢を張らんようにしたらどうです?」WENICKMANペニス増大

 アイクが丁寧な言葉を使いながら、ロジーナを嘲弄する。
 ロジーナは歯を食いしばって、アイクを睨みつけていた。
 一連のやり取りから、ソラはアイクの能力評価に加点する。
 アイクはロジーナ商会の資金繰りが厳しい事を浮き彫りにしようと、挑発したのだ。
 ソラは同時に、ロジーナの能力に疑問符を付ける。
 ──いくら若いとはいえ、あの程度の挑発に乗るか?
 仮にも商会を束ねる地位にいるのだ。
 ソラは手元にある資料の内容を思い出す。
 ロジーナ商会は元は個人店舗だったものが、いくつかの店舗を取り込んで肥大化した中規模商会だ。
 押し上げた人物は先代の商会長だが、特別に目を掛けていた部下であるロジーナに後を託してすぐに隠居した。
 残された部下達が反対した形跡もなく、能力的には認められているはずだ。
 ソラは細めた目でロジーナを見る。
 ──演技、か。
 ソラは一つ咳払いして、アイクとロジーナの睨み合いに終止符を打つ。

「言いたい事は色々あるだろうが、我が家の使用人が盆を持って困っていてな。休戦してくれ」

 ソラの言葉に、二人の商会長が部屋の扉を見る。
 開かれた扉の横で、湯気の立つティーポットと果物の菓子を載せた盆を持ったコルが視線をさまよわせていた。
 アイクとロジーナが憮然として椅子の背にもたれ、互いを睨み据える。
 コルが両者の前にハーブティーと菓子を置き、そそくさと退散した。

「頼りなく見えるが、腕は確かだ。食べてみると良い」

 二人がまた喧嘩を始める前に、ソラは率先して菓子を口に運び、二人に勧める。
 二人が同時に菓子を口に含んだタイミングを見計らい、ソラは話し掛ける。

「アイクも、ロジーナも、トライネン伯爵領から布を輸入しているらしいな」

 菓子が口の中にあるため肯定も否定も出来ない二人の様子を気にせず、ソラは続ける。

「ベルツェ侯爵領からの布を輸入している商会が、我が領の北に幾つかある」

 トライネン伯爵領産の布は羊毛だが、ベルツェ侯爵領産の布は綿花や麻から作られている。
 動物性か植物性かの違いはあれど、布を輸入して販売している商会だ。procomil spray

2014年12月7日星期日

乙女たちの予感

ヒュン、と風切る音とともに、刃のきらめきが宙に踊ったかと思うと、風に運ばれてきた木の葉が細切れにされて跡形もなく散っていく。
 普通であれば、見事というほかはない光景なのだが、ひどく不満そうに眉を顰めて、マゴットはため息をついた。levitra
 彼女にとってその出来は、本来の力の十分の一どころか百分の一程度にしか思えなかったからだ。
 大きく膨らんだ腹に手をやり、その愛おしさにいくぶん表情を和らげたものの、人生を武で切り拓いてきたマゴットにとって自らの無力さは歯がゆくてしかたのないものであった。
 「銀光ともあろうものが、戦を前にしてこの体たらくとはねえ……」
 コルネリアスにも、いや、むしろコルネリアスだからこそハウレリアとの再戦が近いという情報はたちまちのうちに広まっていた。
 同時に、ハウレリアの第一目標はアントリムである、ということも。
 もしもマゴットの体調が万全であれば、彼女は今すぐにもアントリムに向かったであろう。
 愛する息子が置かれた状況の深刻さがわからないほど、マゴットは戦略にうとくはないのである。
 かつてコルネリアスが陥落の一歩手前までいったときよりも、現在バルドが置かれた状況は過酷であるとマゴットは確信していた。
 苦しみながら育てあげてきたたった一人の息子である。
 生まれたばかりのバルドを、その手に抱いたときの心を衝き動かす感動を、マゴットは片時も忘れたことはない。
 本能が確かに感じる血のつながり。
 戦いのなかで死ぬだけだと思っていた自分が、人の親になったのだという実感。
 そして愛するイグニスとの間に子供を為すことが出来たという安堵。
 そんな感情がないまぜになって、マゴットは声もなく哭いた。

 ――――自分はこの世に生まれるべきではなかった、と考えていたころもあった。
 だから持って生まれた名を捨て、マゴットを名乗った。
 自分が生んだ子供を不幸にしてしまうのではないか、という不安に眠れぬ夜を過ごしたこともある。
 イグニスの過剰なまでの愛情表現がなければ、マゴットはこの懊悩から解き放たれることはなかったであろう。
 まさに目に入れても痛くないほど可愛いバルドであったが、五歳になったある日、突然謎の高熱に倒れ生死の境を彷徨った。
 どうして病に倒れたのが自分ではないのか、理不尽な怒りを覚えつつ、マゴットは寝食を忘れてバルドの看病にあたった。
 奇跡的にもバルドは回復したものの、今度は三重人格となってしまった我が子にマゴットは内心で頭を抱えた。
 しかし禍福はあざなえる縄のごとしとはよく言ったものである。
 武将の前世を受け継いだバルドは、マゴットが驚愕するほどの武人としての素質を開花させた。中絶薬
 命よりも大事な可愛い息子が、同時に鍛え甲斐のある有望な弟子となったのだ。
 それからの親子の肉体言語による修行と言う名の会話は、マゴットにとって何にも勝る悦楽となった。
 育児に没頭しすぎて、バルドに続く第二子の誕生がひどく遅れたことからも、どれだけ彼女がバルドに夢中であったかがうかがい知れる。
 成長した愛息は、セイルーンとセリーナという嫁を迎え、母の手を離れた寂しさとともに、孫の誕生という、親ならば誰もが夢見る至福の悦楽をマゴットに期待させた。
 自分の手で鍛え上げるという楽しさから、少し離れた場所で、我が子の成長を見守るという楽しさを覚え始めた矢先でもあった。
 「バルド……」
 息子の強さを信じていないわけではない。
 あれはマゴットが知るかぎり、戦場でもっとも敵に回したくない有能な指揮官だ。
 問題はバルド自身の経験の少なさと、その手足となるべき兵の質と数である。
 幕僚となるブルックスやネルソンはいかにも経験が足らず、ジルコを中心とした傭兵あがりは経験は豊富だが忠誠心に疑問が残る。特に圧倒的な戦力差で侵攻してくるハウレリア軍を前にして、彼らが逃亡しない保証はどこにもないのであった。
 これまで気の向くままに殺しまくってきた兵士、暗殺者、傭兵……彼らの無惨な死に様が、今になってマゴットの脳裏にバルドの死を連想させた。
 自分が本来の調子でさえあれば、アントリムを勝利させることは無理でも、バルドを無事脱出させることぐらいはわけはないのだが……。
 「ふがいない……息子一生の危機に母として何もしてやれんのか」
 闇雲に剣を振りまわし、肩で息をつくマゴットを背後からたくましいふたつの腕が抱きしめた。
 「……気は済んだかい?」
 「済むわけがないっ! いいのかイグニス? あの子が死ぬかもしれないんだぞ?」
 一瞬、マゴットがバルドを殺す確率のほうが割と高かったんじゃ、とイグニスは思ったが、賢明にも口には出さず愛する妻を抱きしめるに留めた。
 「夜風はお腹の子に悪い……今は私に任せておけ」
 口惜しそうに唇を噛みしめる妻に、まるで舌先で舐めあげるようなキスをしてイグニスは微笑んだ。
 もちろんイグニスもバルドを無策のまま見捨てることなど考えてもいない。
 しかしアントリムの後、戦場になることが確実なコルネリアスの守備に手を抜くこともまたできなかった。
 いくら財政的に好転してきたとはいえ、戦争の準備には莫大な資金と人手が必要となる。
 そこでイグニスが頼ったのは親友であるマティスであった。
 マティスのブラットフォード子爵領はアントリムからほど近く、援軍を送りやすい状況にある。
 またかつての戦友として、マティスの優れた戦術手腕をイグニスは深く信用していた。
 ましてマティスにとってバルドは娘テレサをサンファン王国王太子妃に押し上げてくれた大恩人である。
 むしろ嬉々として援軍の整備を始めていた。RU486
 「今こそバルド殿に積年の恩を返すとき!」
 そう叫ぶマティスは十年ほど若返ったように見えたという。
 「マティスは領内全軍をあげて支援することを約束してくれている。マティスの弟のギーズ男爵も協力してくれるようだ。ハウレリアにしてもアントリムだけに全軍を差し向けられる余裕はあるまいよ」
 ハウレリアとしては、所詮アントリム侵攻は前哨戦であり、勝って当たり前の戦いである。
 逆侵攻の拠点となりうるアントリムを制して、コルネリアス攻略に本腰を入れるのがハウレリアの基本方針である以上、それほど多くの軍勢をアントリムに向かわせる理由がなかった。
 この時点でイグニスはアントリムの守備態勢が、ハウレリアで大いに警戒されていることを知らない。
 マティスと、その近郊の諸侯で数千の援軍を送ることができれば、あとはバルドの采配で十分に勝算はあるものとイグニスは考えていたのである。
 「甘い――――甘いよイグニス」
 力なくマゴットは頭を振った。
 初めて見る妻の弱々しい少女のような表情に、イグニスは困惑を隠せない。
 いつだって自力で道を切り開いてきたマゴットである。
 性格は可愛らしく乙女なところはあるが、根っこのところは間違いなく一個の美丈夫であった。
 そのマゴットが、身も世もなく無力な少女のように泣いていた。
 「私にはわかる……この戦の中心は間違いなくアントリムになる。下手をするとコルネリアスには様子見にすらこないよ。あれほど感じられた兵気が全く感じられないんだ」
 長年傭兵として戦争の最前線にいたマゴットには、理由はわからないが、不可視の兵気を察知する能力があった。
 戦役の当時、コルネリアスはまるで南方のサイクロンのように凶暴な兵気が取り巻いていた。
 しかし今のコルネリアスは晩秋の小春日和のように穏やかな空気に満ちている。
 対照的にアントリムを巨大な竜巻のように、悪意ある兵気が渦巻いているのがマゴットにはわかった。
 (バルド……無力な母を許してくれ……)
 下腹部に感じる確かな生命の鼓動も、マゴットにとって愛しいものであることに変わりはない。
 断腸の思いとともにマゴットはイグニスの胸にすがりついて慟哭した。


 「いい加減にしろ!」
 これほどバルドが声を荒げるのは珍しい。
 しかしその声にはどこか張りがなく、焦りのようなものが感じられた。
 「何と言われようと、うちらはこのアントリムから離れへん! こればっかりはバルドの言うことでもきけへんで!」巨人倍増枸杞カプセル
 「こればかりはセリーナに同意します」
 徹底抗戦の構えを崩さないセリーナとセイルーンにバルドはいらだたしげにテーブルを叩いた。
 「もうすぐこのアントリムは戦場になる! だから一旦王都に避難するように言ってるんだ! これは命令だ!」
 アントリム防衛の手は打っているバルドではあるが、それでも非戦闘員に不測の事態が生じることまでは防ぐことは不可能である。
 二人をアントリムから避難させたいというのは、バルドなりの二人に対する愛情の発露でもあるのであった。
 「なんと言われようときけんものはきけへん。うちらだけ安全な場所に逃げるとかありえへんわ」
 「無理やり言うことをきかせようとしても無理ですよ。女たちの連携を舐めてもらっては困ります」
 暗に協力者を匂わせるセイルーンの言葉に、バルドは頭をかきむしって顔を歪めた。
 開戦を控えたアントリムでは猫の手も借りたいほどの人手不足である。
 仮に二人を避難させるとしても、まさか供も付けずに放りだすわけにもいかず、二人が抵抗するならば少なくない兵を同行させなくてはならない。
 しかも供の女性が二人に協力するとなると、安全に二人を隔離することは事実上不可能であった。
 「お諦めください、ご当主様。お二人がいやだと言っている以上、時間の無駄です」
 親の仇でも見るように睨みつけられてもアガサは飄々と受け流した。
 セイルーンやセリーナと違い、アガサはバルドの秘書長としてアントリムに残ることがすでに決定している。
 それはアガサの手腕がアントリムの行政能力の維持に必要なこともあるが、彼女のためにランドルフ家の援軍を引き出すための餌でもあるのであった。
 アガサをランドルフ家に帰してしまっては、援軍をもらう大義名分が成り立たないからだ。

 自分でも我がままを言っていると、セイルーンもセリーナも自覚していた。
 二人の脳裏に思いだされるのは、かつてコルネリアスでトーラスに捕らえかかったときの情景である。
 あの日自分たちの存在が、バルドの足でまといになってしまったのを忘れたことはない。
 それでもなお二人は、バルドのもとを離れることを心のどこかで拒否していた。
 女の本能と言い換えてもいい。
 バルドから離れてはいけない理由がある――――。
 説明のつかぬ確信であるだけに、二人はそれをバルドに告げるわけにはいかなかった。
 「式は挙げていなくとも心は妻や。夫の留守は守らせてや」
 「……です」
 往々にして女たちの連帯に男は無力だ。
 三人の妻と、その配下の部下たちの連帯を前にして、ハウレリアも恐れるバルドに為す術はなかった。三便宝

2014年12月4日星期四

風呂と水着と

西区。湾港やスラムが存在する、タームウィルズでも比較的治安の悪い地域だ。シーラとイルムヒルトが口にしていた孤児院もここにある。
 と言っても、孤児院はスラムや湾港からは割と離れているし、西区の中にあっても落ち着いた場所ではあるだろう。巨人倍増

「お二人は、その孤児院とどういう関わりを?」

 馬車の御者席に座っているイルムヒルトに尋ねる。俺やアシュレイが身元の保証をするにしても理由というか名目が必要なのだ。この場合、身の周りで働いてもらったりするのが解りやすかろうと言う事で、こういう形に落ち着いた。

「昔お世話になってね。そのよしみで差し入れを持って行ったりしていたら、子供達に懐かれてしまったの」
「それじゃギルドに閉じこもっていたというのは、割合苦痛だったんじゃないですか?」
「ええ。久しぶりに外に出れて、本当に嬉しいわ」

 ありがとう、と彼女は嬉しそうに微笑みを浮かべた。
 馬車は西区へと続く道を進んでいく。段々……馬車の揺れが激しくなってきているな。舗装が雑になって来た感じがするというか。

「やっぱり巡回が多い」

 イルムヒルトの隣に座ったシーラが、肩越し振り返りながら呟く。その視線の先には巡回の兵士達の姿があった。確かにここに来るまでに、何度か同じような巡回とすれ違ったからな。

「んー。そうねぇ。いつもは西区にはあまり来ないのにね」

 ……魔人事件の一件以後、ということになるか。
 外部から来た不審者が潜伏に向くとしたら西区という発想なんだろうが、そもそもカーディフの屋敷に魔人がいた事を考えると、今更という気もする。

 馬車はやがて大きな中庭のある、西区にあっても比較的しっかりした建物の中に入っていく。

「あ、イルムだ!」

 厩舎に馬車を止めて中庭に戻ってくると、そんな子供の声が響いた。

「え、イルムお姉ちゃん!?」

 すぐに他の子供達がその声を聞きつけて、建物の中から出て駆け寄ってくる。獣人族やエルフなどの他種族の姿も結構な数が見られるようだ。見た感じ、イルムヒルトは大分慕われているようだな。
 子供達の様子をざっと見てみるが――不自然に痩せているとか、着ている物が粗末、とか、そう言う事は無いようだ。VigRx

 ここの孤児院は月神殿が主体になって運営しているらしい。西区に作ったのは、地価が安いのとは無関係ではないだろうが、それでも立地条件は絞っているようだ。
 だから子供達の生活は質素ではあるかも知れないが、衣食住と言った環境に関してはある程度の水準を保ってはいるようである。

「お兄ちゃん達、誰?」

 と、他の子が首を傾げて尋ねてくる。

「えっと。イルムヒルトの友達、かな?」
「そうなんだ! よろしくね、お兄ちゃん!」
「ん」

 手を差し伸べてきたので握手で応える。

「どうしたのです。みんなそんな集まって」

 建物の中から月神殿の法衣を纏った初老の女性が出てきたが、人だかりの中心にイルムヒルトがいる事に気付いて表情を明るくした。

「まあ、イルムヒルト!」
「ご無沙汰してます、院長」



「美味しい!」

 ウィスパーマッシュの料理を食べた子供が嬉しそうに明るい笑顔を見せる。
 俺達が孤児院に付き添って来たのは、ウィスパーマッシュが余り過ぎたからだ。乾燥させれば保存も利くが、毎回食卓にのぼるのもどうかと思ったので、ソテーやら素揚げやらスープを作って、孤児院の子供たちに振る舞う事にした。孤児院の職員達にも手伝ってもらって、立食パーティーである。

「グレイスは、どう? 落ち着いた?」
「――はい。お見苦しい所をお見せしました」

 と、口元を押さえながら苦笑する。

「イルムヒルト、あなたはこれからどうするの?」

 院長とイルムヒルトが話をしている。
 イルムヒルトは昔からラミアである事を隠してきたそうだが、院長が既に知っていたのかはどうかは2人の話からは解らない。
 発覚してしまったからには孤児院の者達の耳にも入っているのだろうが、少なくとも院長の対応はイルムヒルトに対して当たりの厳しいものではなかった。

「んー。冒険者稼業を続けられたら、と思いますが、私の希望だけじゃダメみたいなんです」

 問われたイルムヒルトは小首を傾げる。彼女自身の希望としては今までのように外で実力をつけてからではなく、普通に迷宮に潜りたいのだろう。五便宝
 魔人と月光神殿の事もあるのでその希望通りにするのはやや難しい立場になってしまったが、俺やアシュレイが責任を持てばその話も変わって来る。

 手に入る素材やレベリングのしやすさの関係から、宵闇の森での採集と狩猟をメインに据えて行く予定なので、彼女がそれに付いてこられるだけの実力があれば、と言う感じか。そうでなければイルムヒルトには家事を手伝ってもらうか、ギルドで他の2人と治療班に専念してもらう方向になるのだろうが。

 まずは一緒に迷宮に潜って、話はそれからだ。イルムヒルトには弓矢が必要だろうから、買物に行かなければならないだろう。

「テオドール様でしたかしら? シーラとイルムヒルトの事、どうか、よろしくお願いしますね」

 と、院長に頭を下げられてしまった。

「解りました」

 話が纏まった所でイルムヒルトは一旦席を外すと、どこからかリュートを持って来て膝の上に抱えて奏で始めた。
 イルムヒルトはドミニクやユスティアに比べると一歩劣ると謙遜してはいたが……楽器を演奏する事そのものは好きなのだろう。目を閉じて、口元に笑みを浮かべ、ほっそりとした指先が弦を擽るように動くと、幽玄というか素朴というか。味のある音色が食堂に広がって行く。
 今回は呪曲というわけでなく普通の演奏だ。さっきまで騒いでいた子供達も静かに聞き入っていた。

 うーん。リュートに竪琴、ね。
 彼女の武器に関して……少々面白い趣向を思いついた。迷宮に同行する時までに用意できるよう、早めに手配してみるか。



 孤児院を出てから、諸々買物をして回って、家に帰って来た。
 イルムヒルトはまだギルドの預かりなので冒険者ギルドへ戻り、シーラは西区にある、自分の塒に帰っていった。
 今後イルムヒルトの事が周知と根回しが出来れば、あの2人は一緒に住んだりする、のかな?
 俺は俺で、風呂に入ってのんびりしている最中である。

「テオ、お背中お流ししましょうか?」

 脱衣所の向こうから、そんなグレイスの声が掛けられる。

「んー……それじゃ、よろしく頼む」

 何となく、今日はそんな事を言ってくるんじゃないかと言う気はしていた。衝動は主に食欲であったが、吸血鬼側に振れたのは間違いないのだし、その解消は必要だろう。

「それじゃあ、失礼します」

 言って、グレイスが浴室に入ってくる。いつものメイド服姿ではない。海に行く時用に購入した水着を着ていた。三便宝カプセル

「あ、テオも水着だったのですね」
「うん。まあ。水に濡れても良い服だし、折角だから」

 どうせ海に行くなら釣竿や水着が必要だろうと買ってきたのだ。
 地球側(あっち)の歴史で水着の登場が何時頃の物なのか俺は知らないが、こっちの世界ではこれが結構普通に売っていたりする。

 というのもマーメイドやセイレーンと言った友好的な水棲の魔物と、ある程度交流があるからだ。要するに水着だなんて言ってはいるが……彼女達の普段着を流用したりして、人間に使いやすいようにしたものと言う事になるだろうか。

 これらは水蜘蛛の糸を使って人魚達が編んだりする、らしい。BFOでは上のランクになると水魔法耐性が相当高い防御結界などを持つ物が出て来たりするが、今はそこまで望むべくもない。

 かくいう俺も、今はトランクスタイプの水着を着用している。
 ……水に入る時用の服と言う事で、グレイスがしきりに感心していたからな。
 衝動の解消ついでに水着を試してみたくてお風呂にやって来そうだな、と予期していたわけで。
 グレイスの水着はツーピースの、腰にパレオを巻くタイプのものだ。

 それほど露出の多い水着ではないが――胸の大きさはしっかり解るし、透けるような白い肌だとかくびれた腰回りはやっぱり目に毒である。
 細い肩や小さな臍、それから脚線の滑らかさとか――ああいや……墓穴を掘るからあまり考えないようにしよう。前のように背中を向けて、無心で背中を洗い流してもらう事にする。

「折角ですから、アシュレイ様も呼びましょう。これからは一緒にお風呂に入るのも良いですね。魔石の消耗も減って経済的です」

 と、グレイスが嬉しそうに言った。いや、それは……どうなんだ。どうにも、墓穴を掘った気がしなくもないが……。
 いや、待て。水着ぐらいで取り乱すな。落ち着け、俺。一緒にプールに行くような物じゃないか。

「失礼します」

 グレイスが呼び掛けると、アシュレイも水着に着替えてやって来た。

「この水着、可愛いくて好きです」
「テオが選んでくれた物ですからね。大事にしましょう」
「はいっ」

 選んだと言うか……意見を求められただけだけど、な。
 ……ちなみにアシュレイの水着はワンピースで、胸と腰の辺りにフリルがついている大人しめなデザインである。
 あんまり過激なものにしなくて、本当に良かったと思う。蟻力神

2014年12月2日星期二

薬と香と

『マルコム卿の件、委細承知。いずれマルコム卿とは話し合いの機会を設けたく。尚、現状では侯爵領の領民に変化があったとは報告受けておらず。緊急時は折り返し連絡するが、領民についてはこちらに任されたし』levitra

 通信機にあったそんな返信は、父さんからのものだ。ノーマンがやらかしている可能性が高くなったと言えるか。

 俺は俺で工房で大鍋をかき回して胃薬の調薬中だ。
 ローズマリーの言う所によると効能は中々だがレシピは別に貴重ではない、との事である。マルコムの事を話すと、いっそレシピごと渡してしまえば後々面倒が無くて良い、と言っていた。
 というわけで、調薬は第三者に任せても良かったのだがローズマリーからもらったレシピが、案外難易度が低い物だったので、折角なら自分で調薬経験も積んでおこうと思ったのだ。

 まあ、それでも胃薬という日常でも役に立ちそうな薬だ。身に付けておけば何かの折りにという部分はある。材料も市場で揃う程度のもので、そんなに金もかからなかった。

 今後のマルコムの事を考えるなら、確かにレシピと原材料から調薬出来る環境を整備しておいた方がいい。余り金を掛けず、タームウィルズでも侯爵領でも薬を調達出来るというのが理想だろう。

「こんな所かな」
「結構作りましたね」

 イルムヒルトの新しい防具の寸法を見ていた工房お抱え鍛冶師のビオラが、こちらを覗き込んで言う。

「大鍋に入ってるから量が多く見えるだけだよ。保存出来るようにするには水気を飛ばして乾かしてから、すり潰して粉薬にする必要がある」
「じゃあ、そっちのすり鉢ですり潰しているのは?」

 アルフレッドが首を傾げる。机の上ではゴーレムが並行作業ですり鉢をかき混ぜている。

「何だか良い匂いがする」

 シーラが窓の外でこちらを気にしている様子が見て取れた。
 風魔法でカーテンを作って香気をあまり漏らさないようにはしているのだが、シーラには察知されてしまうようだ。工房の中庭では並行して戦闘訓練を行っている。今日はマルレーンの操るソーサーとの連携を模索しているようだ。マルレーンは真剣な表情でソーサーの制御に集中しているようである。

「そっちのは香料。蝋と混ぜて芯を入れて蝋燭の形にすれば、灯しておくだけで鎮静効果を得られる」三鞭粒

 こちらは胃薬と並行して使用してもらう為にと言った所だ。
 混乱、錯乱、恐慌と言った状態異常に対して効果のある香料である。本来は小瓶から嗅がせる事で状態を正常に戻すという使い方をする静心香という道具だ。これは薄めてアロマキャンドルに仕立てる事で、日常で使えるようにする狙いがある。

「薬香か。君も色んな物を作るね」

 アルフレッドが苦笑する。
 胃薬の方は次の工程に入った。水魔法で大鍋から水分のみを奪っていく。後は残ったものを細かくすり潰せば完成である。一応、完成したら試飲しておくか。

「後でマルコム卿の所に届けてくるよ。父さんの返事も伝えておきたいし」
「分かった。僕はこのまま魔道具の調整をしているよ」
「みんなもこのまま訓練を続ける予定だから……警備の方は大丈夫かな?」

 今日はアルフレッドの婚約者である、オフィーリア嬢も工房に顔を見せているのだ。中庭にテーブルを出して訓練の様子を見学している。

「……アシュレイ様、いつもこんな大変な訓練をなさっていらっしゃるのですか?」
「今日はテオドール様が調薬中ですから、比較的静かな方だと思います」
「そうなのですか……。テオドール様は一度フォブレスター侯爵領に招待して、騎士団を鍛えて頂きたい所ですわ」

 オフィーリアは……交代で休憩に入ったアシュレイと雑談中のようである。
 顎に手をやって頷いているオフィーリアを、アルフレッドは穏やかな目で眺めてから言う。

「そうだねぇ。午後になったらタルコットも門番に来るそうだし。今、タームウィルズの中でも工房に詰めている戦力が一番厚いんじゃないかな。だから、僕とオフィーリアの事は気にしなくても大丈夫」
「ん、了解」

 タルコットは今、ペレスフォード学舎に真面目に通っているらしい。非常に地味な訓練も文句1つ言わずにこつこつやると教師陣の間ではタルコットを見直す声が多いとか、ロゼッタから聞かされている。

「そう言えば、タルコットにも片思いの相手が出来たらしいよ」
「へえ。相手はどんな子?」

 型に流し込んだ蝋燭を、水魔法で冷やして固めながらアルフレッドと雑談する。

「ペレスフォード学舎に通っている魔術師見習いの子だそうだ。タルコットが基礎を真面目に頑張っているのを見て、感銘を受けたそうだ。ちょくちょく話をしているのを見かける」
「なかなか良さそうな相手だね。ええっと。タルコットの過去は?」威哥王三鞭粒

 タルコットは一度婚約者に怪我をさせてしまって破談になってしまっているんだったか。
 没落したカーディフ伯爵家というのも、あまり良い材料ではあるまい。その辺の事を乗り越えられると良いんだが。

「知っているみたいだ。元々没落した準貴族の家の子らしくて。そういう所で、タルコットを理解してくれてるんじゃないかな?」

 そうか……。上手く行くと良いな。



 粉薬を詰めた瓶と蝋燭を詰めた箱を持って、飛竜に乗って王城へと向かう。
 マルコムが普段詰めているのは、騎士の塔の近くに建つ、東の塔という事になる。東の塔は所謂お役所的な機能を集めた場所だ。王城で働く役人や法衣貴族達が実務を行っている場所でもある。

 東の塔に入って行くと、入口を入ってすぐに受付と思われるカウンターがあった。

「今日はどういったご用件でしょうか?」

 受付嬢はカウンターの前に立った俺の姿を認めると声をかけてくる。

「失礼。テオドール=ガートナーと申します。マルコム=ブロデリック卿に渡しておいて頂きたいものがあるのですが」

 名乗ると、受付嬢が目を見開く。

「い、異界大使様であらせられますか? お顔を存じ上げずに大変失礼いたしました!」
「ああ、いえ。王城にはあまり顔を出さないのでお気になさらずに」
「は、はい」

 受付嬢が血相を変えたので手で押し留める。

「マルコム卿にお伝えして参ります」
「急ぎの用ではありませんので。この後、王の塔に報告に上がる予定ですし」

 と言ったものの、受付嬢としてはすぐにマルコムに知らせに行ってしまうのだろう。マルコムにしろ受付嬢にしろ、忙しい中あまり気を遣わせるのは本意ではない。
 薬の使用についての注意点はレシピを書いた紙に記してあるから渡してもらえればそれで用事は事足りてしまうのだが。

「ええと。マルコム卿には後日取り次いで頂く形で結構ですよ」
「でしたら、王の塔には私どもが連絡をして参ります。迎賓館でお待ちいただければマルコム卿の予定もお伝えできるかと」威哥王
「よろしくお願いします」

 使用人にそのまま案内され、迎賓館の貴賓室らしき部屋に通された。
 使用人の淹れてくれたお茶を飲んで暫く待っていると、マルコムが部屋にやってきた。

「これはテオドール様、大変お待たせしました」
「マルコム卿……。お仕事の途中だったのでは?」
「いえ。お気になさらず。丁度仕事も一区切り付きましたので」

 うーん。と言っているがどうなのやら。却って申し訳ない事をしたかも知れないな。

「薬を運んでいただけたという事ですが……」
「調薬してきました。薬効や注意点も紙に書かれています」
「た、大使殿が調薬を? ですが、その……。ただで受け取るというのは」

 マルコムには些か戸惑っている様子が見て取れた。
 その気持ちは分かる。あまり貸しばかり作るのは健全ではないし。ここはある程度ビジネスライクに行くか。

「分かりました。一応試していただいて効果があれば代金を頂くという事でどうでしょうか?」
「……重ね重ねのご厚意感謝いたします。大使殿」

 マルコムは表情を明るくすると深々と頭を下げてくる。
 とりあえず、使用上の注意や用量、用法などについての説明をつらつらと続ける。紙にも注意点は書いたが、アレルギーの類はないかなど最低限の問診らしき事だけはしておく。

「僕としても試作品なので――ああいえ。自分で試して安全性は確認してありますが。修行の一環ですから。それほど重く受け止められる必要はありません。薬香の方は後で感想をお聞かせいただければ」
「必ずご報告いたします」



 薬の使用についてはどうやら問題無さそうだ。マルコムにはどうやら殊の外感謝されたようである。
 仕事の途中で抜け出させる形にしてしまった所があるので、迎賓館の前まで見送って行く。

「連絡に来た使用人と行き違いになってはいけません。この辺で結構ですぞ」
「そうですね。では、今日の所はこの辺で――」

 と、練兵場前の広場で会話を交わしていると、そこに誰かが近付いてきた。
 俺とは面識がないが、その男を認めたマルコムの反応と、その顔立ちの面影で誰であるかの見当はつく。
 男はマルコムに向かってにやにやと笑みを浮かべて、言った。

「やあ、久しぶりじゃないか兄上」

 ノーマン=ブロデリック。登城してきたようだが……一体何の用で王城に来ているのやら。MaxMan

2014年12月1日星期一

どうもチートをくれるらしい

「酷く面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ありませんが、了承して頂いたこと、誠に感謝致します、蓮弥さん。」

 深々と頭を下げる幼女。
 こういう時、幼女の外見というのはどうにも困ったものだよな、と蓮弥は思う。
 別に悪いことをしているわけではないのに、なんとなく幼女に頭を下げさせている自分が何か悪いことをしているような気分にさせられるからだ。中絶薬

 「ああ、別にいいから頭を上げてくれ」

 声に少々の焦りが出てしまったのも仕方のないことだと言えるはずだ。
 幼女は、さらに深く頭をさげてからゆっくりと顔を上げる。

 「本当にすみません。蓮弥さんに断られたらまた別の適合者を探す羽目になるとこでした」

 とっても大変なお仕事なんですよーと言う幼女に、蓮弥は興味を引かれて尋ねてみた。

 「ちなみに、適合者がいる確率は?」

 「5,630,000,000分の1人です」

 さらりと言い切られた数に、蓮弥はまたため息をつく。
 数から言えば、地球上に一人しかいない確率であり、随分と低い確率の貧乏くじを引かされたものだ、と思ってしまったからだ。

 「それで、どういう感じでそちらの世界に送られるんだ? もしかして生まれた所からやりなおす感じか?」

 それは勘弁して欲しいなという思いを、匂わせるように蓮弥は言う。
 今までの記憶がないので、今更と言うのも違う気はしているが、赤ん坊から幼児の時代をやり直すというのは、どうにも気が乗らない。
 さらに、この精神のままで赤ん坊をやることになったら、恥ずかしさだけで死ねる気がする。

 「輪廻のシステムに流そうとすると、あちらの管理者の権限で弾かれる可能性がありますので、私の力で強引に世界に割り込みをかけます。ですので、生まれなおしという事にはなりませんね。あちらで死んじゃった場合は自動的にまたここに来れるように設定しますので、次の転生先はご希望に沿った形にさせて頂きます」

 送り込まれたら、その送り先に延々居続けなくてはならないということではないようなので、その点に関しては蓮弥は安心した。
 話を聞く限り、あまり長居したくなるような世界ではなかったからだ。

 「戸籍なんかに関しては、迷い人である、と言ってもらえればあちらの世界の住民に通じますからご安心を」

 「なにそれ?」

 「別の世界から迷い込んだ人達と言うのが、この世界には結構いたんですよ。世界自体が不安定なせいで、偶発的に他の世界への亀裂が開くことが多かったんです」

 「壁を越えるのに適性云々って話はどこに?」

 「穴に落ちるのと、壁を越えるのを同一にされては困りますよ」

 蓮弥に見せるために開いていたウィンドウを指の一振りで消し、幼女は別のウィンドウを開く。

 「あ、さて。一度あちらに行ってもらうと、数十年くらいはあちらで暮らしてもらわなければならないわけですが、それに先立って、この神である私より、恩恵を差し上げようと思います」

 神と言う単語に、妙なアクセントをつけられて、蓮弥はぽんと一つ手を叩いた。

 「そう言えば神様なんだっけね」

 「わーすーれーなーいーでー! そこ大事なトコですよ!?」

 「いやだって、そんな格好だし、神々しさとかからかけ離れてるし」

 指摘されて幼女は、少し悔しそうに唇をかんだ。
 何か触れてはいけない部分に触れてしまっただろうか、と内心ややあせる蓮弥に、少女が呟く。

 「庇護欲とかを誘う為に、華奢で弱弱しい格好を選択したのが裏目にでるとは……」

 「計算づくかよ」RU486

 向ける視線が冷たくなるのを抑えられない蓮弥だったが、幼女は握りこぶしを固めて、力強く言い放つ。

 「しょうがないじゃないですか。人間どこまできれいごとを並べても結局第一印象は外見なんですよ。イケメンが女性の肩を抱いても問題にはなりにくいですが、ブサのヲタが同じ事をしたらセクハラとか強制わいせつとかで通報されるのが現実でしょうが?」

 「事実だが、ほっとけ! それより恩恵だろ!? 何かくれるんだろ!?」

 このままこの幼女のしゃべらせていたのでは、非常に不味い気がして蓮弥が遮るように口を挟むと、幼女は握りこぶしを解いてぽんと一つ手を叩いた。

 「そうでしたそうでした。まず私から差し上げる恩恵の一つは<わかさ>です」

 「……原発のある……」

 「それは若狭。これから異世界に行くのに、日本の土地もらってどうするつもりですか」

 ボケた蓮弥に、呆れて突っ込む幼女。
 蓮弥からしてみれば、毒を多量に含んだ台詞を所々で吐き散らす幼女に、たまにはツッコミ役を担当して欲しいという思いからのボケだったが、幼女の投げやりな口調からしてあまり効果の程はなかったらしい。

 「若さですよ! 94歳のおじーちゃんだった貴方を、私の力で18歳くらいのぴちぴちした体にして差し上げます」

 「94歳の体で送られたほうが、すぐ死んで転生できる分、いいんじゃないか?」

 どうせリソースを添付されて、それを異世界に届けた時点でお役ごめんなのだから、長生きする必要もないじゃないか、と蓮弥は思った。

 効率的と言えば効率的な提案だが、あまりに枯れた意見に幼女の口が開いたままふさがらなくなる。

 「別にそちらですることもないんだろう?」

 「そ、それはそうですが……。これから行く世界は所謂、剣と魔法の世界ですよ? 冒険のネタがゴロゴロ転がってて一攫千金に、ハーレム作成も夢じゃない世界ですよ!? 何を枯れたススキみたいな、爺臭いこと言ってるんですか?」

 「いや、ススキかどうかは別として、元々爺なんだが、俺……」

 94歳だしな、と蓮弥が言うと、幼女は二の句が継げなくなる。

 「え?あー……。うーむ……」

 開いたばかりのウィンドウに指を走らせて幼女が考え込んだ。
 半透明ではあったが、微妙に見えづらいもので、ちょうど蓮弥の側からはそのウィンドウに何が書かれているのか見ることができない。
 しばらくウィンドウを操作していた幼女は、何か目的のものを見つけたらしく、ぱっと顔を輝かせて蓮弥の方へ向き直った。

 「蓮弥さん、実はあちらの世界には、蓮弥さんがいた元の世界にはなかった、美味しい食べ物が結構な数あります」

 「ほぉ?」

 言われて蓮弥は幼女が何を探していたのかを察した。
 おそらくは、自分にある程度、やる気と言うか生きる気を起こさせるための情報を探していたのだろう。
 生前の記憶に関してはかなりの部分をすっぽりと忘れてしまっている蓮弥であったが、美食と言う単語には、抗いがたい誘惑を感じてしまっていた。
 きっと自分は、生前は食べることを趣味としていたのだろうと蓮弥は推測する。

 「当然ですが、美味しくて安いものもあれば、目の玉が飛び出るくらいに高くて美味しいものもあるわけです。これらを味わいつくすためには大量のお金が必要です。大量のお金を稼ぐ為には94歳のおじーちゃんでは無理です」

 ぐっと拳を握り締めて幼女が力説する。

 「一理あるな。ノせられてやろう。それならば若い体で行くことは問題ない。それで本音の部分はどうなんだ? 隠し事はタメにならんぞ?」

 「蓮弥さんの魂に添付するリソースの拡散に数十年かかると思われます。ぽいしたらおしまいという類のものではなく、死体からはリソースの拡散は行われませんので、可能な限り長生きして頂けると神としても助かるかなーって思う次第です、はい」巨人倍増枸杞カプセル

 蓮弥に問われると、意外とあっさりと幼女は本音を吐いた。
 隠し事は本当にタメになりそうにないなと悟ったらしい。

 「恩恵じゃなくて必要な処置じゃないか」

 「うう……。普通なら若返らせるって言うだけで、神様ありがとーって簡単に釣れるのに」

 うつむき加減で涙目、という様子で、腹黒いことを呟く幼女。

 「恩恵、と言うくらいなのだからちゃんとしたギフトをくれ。生きていく為に必要だったり、リソースの拡散作業に必要なものは必要経費だろう?」

 「むー、じゃあ蓮弥さんはどんな恩恵が欲しいですか?」

 幼女は考えることをあっさりと放棄して、逆に蓮弥に問い返してきた。

 「私からの恩恵は<蓮弥さんが必要だと思うことを差し上げる>権利としましょう」

 「金」

 蓮弥が真面目に即答すると幼女がのけぞった。

 「それと絶対安全なネグラと、しゃれにならない戦闘能力」

 「勘弁してください……。リソース不足で滅びる前に、バランスブレイクして滅びます、世界が」

 のけぞった状態から、土下座に移行するという器用な真似をして、幼女が額を地面にこすりつけ始めたので、流石の蓮弥も悪いことしたかなという気分になった。

 「くれれば楽だったんだが、そう美味い話はないよな」

 「嘘みたいな量の希少金属の山を創れないわけではないですが、世界の流通が破綻しますし、個人に一国滅ぼせる戦力を与えるのも、いい影響があるわけありません。絶対安全な住まいと言うのも、創れなくはないですが、定住されると拡散作業の方が……」

 「ああ、まぁ言ってみただけだから立ってくれていいよ」

 何でも差し上げると言った前言をいきなり翻すことになった形の幼女は、身の置き場がないような感じで縮こまってしまっている。

 「取り合えず若い体になるのだから、健康は欲しいな」

 ここで時間を浪費してしまっては、気まずさだけが加速的に増していくだけだと考えた蓮弥は思いつくままに、だがなるべく大事になりそうにない要素から順番にあげていくことにした。

 「は、はい。健康ですね」

 「それに、たぶん俺は呑み食いするのが趣味っぽいので、強い胃袋と肝臓が必要だ」

 「なるほど、酒精耐性と健啖ですね」

 「それと金を稼ぐ必要があるのだから、それに適した能力が欲しいな。剣と魔法の世界なんて謳うからには、やっぱり荒事関係が手っ取り早いんだろうな?」

 「そうですね。戦闘関連は適度に適当に……」

 どこから取り出したのか分からなかったが、幼女はちいさなメモ帳を手にし、蓮弥の言葉を熱心に聞き取りながら一生懸命メモを取っている。

 何もない空間にウィンドウを表示させるような力があるわりに、随分とアナログな方法で記録を取るものだなと思いながら、蓮弥は続ける。

 「物作りもしてみたい。何故か知らないが鍛冶関連で刀鍛冶なんて言葉に惹かれる」

 「ふむふむ、ってそう言えば蓮弥さんって元々剣道の段持ちでしたよ」

 「そうか、ってそういう記憶も忘却させられてるのか」

 「技能として体は覚えていると思いますけどね」

 「それから、魔法があるなら使いたいな。何でも使えるようにしろとは言わないから一芸に秀でた感じでお願いしたい」VigRx

 「なるほどなるほど、時に蓮弥さんは火力と手数とどちらが大事だと思いますか?」

 「そりゃ手数だろうが、何か意味があるか?」

 当ればでかい、と言う言葉は当らなければ意味がない、という言葉と同義であると思う蓮弥である。

 「ええ、色々と参考に」

 「それと、いきなり最強にしてくれとは言わないが、鍛錬すれば結果として跳ね返ってくるようにしてほしい。それくらいかな」

 「なーるほどです。あ、外見に関係する要望はないですか?」

 尋ねられて、訝しげに蓮弥は幼女を見返す。
 幼女は事も無げに続けて言った。

 「元の肉体は元の世界で死を迎えて、火葬されてお墓の中ですから。あちらの世界に行く際には別の肉体を構築して、それを使ってもらうわけですから」

 「ああ、なるほどな」

 「こっちは多少無茶しても、問題ないので要望をバーンと言ってもらっておっけーですよ。それこそ目が合っただけで女性が失神するようなイケメンから、その姿を見ただけで男性諸君が何故か前かがみになって動けなくなるような絶世傾国の美姫まで、お任せ下さい」

 「性転換までアリなのか」

 「肉体は新品ですからねー。一から創りますのでどっちでもイケます」

 自分は男性であるという自覚が蓮弥にはあった。
 記憶の結構な部分を初期化されてしまっているので、確かにとは言えなかったが、名前からしても女性だったとは考えにくい。
 それを踏まえた上で、蓮弥はどちらにしようかなと考える。
 具体的には抱かれるのと抱くのとどっちがいいかな、と言う実に下世話な話だったが、本人からすれば切実かつ重大な問題だった。
 しばらく考えた蓮弥はやがて、答えを決める。

 「男性で頼む。容姿は醜くさえなければ十人並みでいい」

 「了解です。容姿はそこそこに、見てて問題ないレベルっと」

 メモ帳の下の方にさらさらと書き込んだ幼女は、その書き込んだメモ紙をぴっと破り取ると、くしゃりと丸めて手のひらにおいた。
 その小さな唇がすぼめられ、ふっと小さく息を吹きかけると丸めれたメモ紙は、幼女の手の平の上で勢いよく燃え上がり、すぐに灰となって崩れ去る。
 せっかく書き留めたメモ紙に、何をしてるのだろうと思った蓮弥の視界に、天使達が消えた時と同じようなメッセージが流れた。

 <報告:「健康体」「超回復」「酒精耐性」「健啖」「鍛冶」「剣術」「体術」「魔術(適性:風)」「無詠唱」「高速充填」「術式並列起動」「成長限界突破」「鑑定」「異世界言語」を取得しました>

 「なにこれ?」

 「えーと。ゲームで言う所のスキルと言う奴だと思えば……って94歳のおじいちゃんがゲームなんてやってるわけないかー」

 「いや、なんとなく分かる」

 老後の無聊の慰みに、ゲームに興じていたかどうかは、記憶が初期化されているせいなのか蓮弥には思い出すことが出来なかったが、幼女の言わんとしていることは理解できた。三便宝