2014年7月30日星期三

戦奴突撃

十字軍はガラハド要塞より目測一キロの地点で進軍の足を一旦止め、陣形を整え始めた。険しい山道の続くダイダロス側であるが、この要塞が立地する場所に限っては、幅一キロにも及ぶ谷底のような平坦な地形となっているため、大部隊でも展開できる。
 そうして完成した陣形は、白いローブの戦奴を前面に押し出すような形。いや、彼らは訓練された兵じゃないから、本当に前に出されただけだろう。levitra
 一糸乱れぬ整列のスパーダ軍とは対照的に、向かい合う戦奴の列は雑然と乱れており、ほとんどただの人ごみのようなものだ。事実、彼らはこれからゴミのように命を散らすこととなるのだろう。
 止めたくても止められない、死の行進が始まる。
 やかましいほどに吹き鳴らされるラッパの音色に合わせて、雪の上を突き進む戦奴達。その最前列には何頭かのドルトスも交じっており、主にそいつらが開いてくれる道を辿って、そびえ立つ大城壁へと接近してくる。猛々しい雄たけびも、力強い鯨波もない、不気味なほどに静かな突撃であった。
 しかしながら、その静寂も長くは続かない。
 彼らはもうすぐ、弓を構えて待ち受ける、スパーダ軍の攻撃範囲に踏み込むのだから。
「――迎え撃てぇっ!」
 獅子が吠えるようなレオンハルト王の号令一下、スパーダ軍は迎撃を始める。押し寄せてくる無防備なダイダロス人の戦奴に向かって、情け容赦のない攻撃が加えられた。
 腕力自慢の精強なスパーダ兵が力の限り引き絞った強弓から、一斉に矢が解き放たれる。晴れ渡るガラハドの青空を、一時的に鋼鉄の雨模様に変える強烈無比な斉射。
 一拍の間を置いて、鉄の鏃は雪上に蠢く無数の獲物へと喰らい付いて行った。真っ白な大地に、パっと赤い花が咲く。鮮血の華が、咲き乱れる。
「……くそ」
 この一瞬で千に届かんばかりに敵兵の命が奪われておきながら、俺の口から漏れるのは重い溜息。
 戦奴の装備は白いローブ。その下には薄手のシャツとズボンが見えるだけで、チェインメイルのような防具どころか、防寒具すら見当たらない。
 この真冬の雪山を、あんな格好で凍えながら登ってきたのは、今ここで、無意味に命を散らすためだったというのか。
 天より降り注ぐ矢の雨に成す術なくバタバタと倒れて行く戦奴達のあまりに哀れな姿に、こんな感傷を抱くのは、俺に覚悟が足りないからか。それとも、この躊躇いこそが人としての正気の証か。
「やるしかない……戦いは、もう、始まってるんだぞ……」
 それでも、今は正気も道徳も倫理も、いらない。必要なのはただ、力のみ。
 ラストローズが生み出した白崎さんの幻に語った通り、俺は今まで、もう何人も殺してきているだろうが。今更、こんなことに思い悩める身分じゃない。
「……リリィ、フィオナ、俺達もやるぞ」
 わざわざ言わずとも、スパーダ軍の攻撃は始まるのと同時に、二人は魔法を撃てていたはずだ。俺も、とっくに魔弾バレットアーツをぶっ放していなければならない。
 だが、二人は黙って待っていてくれた。攻めることも、咎めることもせず、俺が自ら動き出すまで、待っていてくれたのだ。もし、ここで「戦えない」と言い出したなら、それでも二人は文句一つ言わずに撤退してくれたようにさえ思える。
「うん、それじゃあいくよ!」
 リリィが笑顔で万歳のポーズ。その掲げられた小さな両の手のひらに、眩い輝きの白い光球が瞬時に形勢される。
「了解です」
 フィオナが手にする真紅の短杖ワンド『スピットファイア』を軽く一振りすると、人魂のような火の玉が虚空に幾つも生み出される。魔力制御が杖依存であるが故、フィオナでもこういう器用な真似ができるらしい。
「行くぞ、ヒツギ『ザ・グリード』機関銃形態モード・ガトリングゴア」
 影の内より、黒髪のメイドが差し出してくれる漆黒の重砲を受けとり、長大な銃身を壁の向こうの白い軍勢に向ける。
 これだけの数がひしめいていれば、何処に撃っても当たるだろう。撃った分だけ、敵が死ぬ。何の恨みもないダイダロス人が、殺される。
「悪いが、俺は戦争をしにきたんだ――掃射バーストっ!」
 暗く沈んだ感情に囚われながらも、指にかけた引き金は、思いのほかに軽かった。


「あーあー、来ちゃったよ、ついにここまで来ちゃったよぉ……」
 重い足取りで雪上を進むのは、一人のゴブリン。
 羽織った白いローブはペラペラの安物生地、おまけにその下は下着同然ときたものだ。凍死していないのが、自分でも不思議なくらいだった。
「ひゃぁーデっけぇなぁ、アレがガラハドの大城壁ってヤツかぁ。ダイダロスのよりもデケぇんじゃねぇのかな」
 竜王ガーヴィナルが四度挑んで、ついには一度も越えられなかった因縁の壁。誇り高きダイダロス騎士ならば、この天に向かってそびえ建つ巨大な壁を恨みの籠った目で睨みつけるだろうが、しがない農民である自分からすれば、観光気分で感嘆の息を零してぼんやりと見上げるだけ。
 ああ、本当に、これがただの物見遊山であったなら、どれだけ良かったことか。
 今、その最強の防衛力を誇る大城壁からは、無数の矢が雨あられと降り注ぎ、さらには、炎やら雷やら、一体どんな天変地異だと思えるほどの大爆発を伴う攻撃魔法も炸裂している。
 右を見れば、胸から矢を生やした猫獣人ワーキャットの男が音もなく雪の上に倒れていた。運悪く、心臓ではなく肺に当たったのだろう。ゴフゴフと激しくせき込みながら、血反吐をはいてもがいている。
 助かる見込みはない。あったとしても、死神以外の誰が手を差し伸べてくれると言うのか。三鞭粒
 左を見れば、目にもとまらぬ速さで飛来した火の球にオークのオッサンが焼かれていた。ここに来るまでの間、ずっと「寒ぃ、寒ぃよ、ちくしょうが」とボヤいていた男だ。灼熱に抱かれて死に逝くのが、本望だったかどうかは分からないが。
「はぁ……こりゃあ、次はいよいよオイラの番かな……」
 そう、ここは戦場だ。戦奴として無理矢理に連れてこられたこの場所は、実質、処刑場である。
 十字軍を名乗る、白い格好をした人間によって、ダイダロスはあっという間に征服された。財産を奪われ、家を焼かれ、故郷を追われる。そんな非道を、ヤツらは淡々と行う。まるで、これまでに何度もそうしてきた経験があるかのように。
 そして、寒さと死の恐怖に震えながらも、空元気だけで死の突撃の真っただ中にいるゴブリンの青年は、気が付けばここにいて、こんなことになっていた。
 何だかよく分からない、いや、何も分からない内に、自分は名前ではなく『1733番』という番号で呼ばれるようになった。シャツとローブに縫い付けられた番号札を見て、その時ようやく、自分が奴隷になったのだと理解した。
 ダイダロスの村は平和だった。竜王様は度々戦争を起こすが、そこまで無理に税は取り立てられることはなかった。そもそも、ダイダロス地方は実りが豊かで、飢えを経験することなど滅多にない。もう成人を超える年齢にある自分でも、子供の頃に一度あったくらいだ。
 そんな平和で長閑な農民生活は、すでに遥か遠い記憶の彼方。
 今、眼の前にあるのは、血と鉄と炎の臭いで満ちる、氷雪に囲まれた冷たい戦場。その渦中に自分がいるということを、彼は未だに現実感がない。
「――って、おわぁ!? 危ねっ! 危ねーべ! 今の本気で危なかったべ!」
 頭の上を、矢がかすめていった。高速で回転していたことから、何かに弾かれてここまで飛んできたのだろう。
 そんな跳弾でも、当たれば致命的。ゴブリンの皮膚は人間よりやや固めというくらいで、矢も刃も難なく通る。
 それでも、これが弾かれていなければ、真っ直ぐ飛来した矢は自らの眉間を撃ち抜いたであろうことは何となく察せられた。
「いやぁー助かったよ! ありがとなぁ、トカゲの旦那!」
 自分の目の前を力強い足取りで突き進むのは、見上げるほどの巨躯を誇るリザードマンの男。さっきの矢は、彼が振るった右腕によって弾かれ、直撃軌道が逸れたのだ。
 自分の肌と同じ、緑色の鱗に覆われた足をバンバン叩きながら感謝の意を伝える。
 フードに覆われたドラゴンのような鋭いトカゲ頭が、チラリとこちらを一瞥する。だが、次の瞬間には何も見なかったかのように、再び前を向いた。
「あれ、っていうか旦那、もしかしてダイダロスの騎士様じゃあないですかい?」
 巨漢のリザードマンは、やはり無言。
 だが、改めて観察してみたフードの奥にある横顔には、確かな見覚えがあった。
「あー、やっぱりそうだ、間違いねぇ。旦那の顔、見たことあるぞオイラ」
 首都ダイダロスへ、初めて行った時のことだった。道に迷った田舎者の自分に、嫌な顔一つせずに、懇切丁寧に道案内をしてくれたダイダロス騎士である。
 リザードマンの顔なんて見分けがつかん、という人は大多数だが、自分にとっては分からない方が不自然だった。あんなに顔つきが違うのに、一体何が分からないのかと。
 特に、恩人の顔などは忘れない。記憶力に自信はないが、人の顔に関してだけは、覚えが良かった。
「あん時は本当に、ありがとうごぜぇました! つっても、旦那はオイラのことなんて覚えてねぇでしょうけどね」
 あはは、と笑う自分に、もう一度リザードマンの騎士が顔を向ける。鋭い牙の生える口元が開かれ、何か言おう――としたように思えたが、そのまま口は固く閉ざされる。また前を向くなり、もう反応はしなくなった。
 農民も騎士も、今や同じく戦の奴隷。それでも、生粋の騎士である彼には、きっと戦場における作法なり信条なりあるのだろう。例えば、ベラベラと余計なことは喋るな、とか。
 リザードマンの無口ぶりを、そんな想像で納得した。
「それにしても、こんなところで本物の騎士様に出会えるなんざぁ、オイラの運もまだまだ捨てたもんじゃあねぇな」
 ゴブリンはちゃっかりリザードマンの背後につき、その固い鱗に守られた屈強な肉体を盾にしながら歩き続けたのだ。
 その行動に騎士は気付いているのかいないのか、やはり無言のまま、咎めることも、鬱陶しそうにする些細なジェスチャーさえ見せなかった。
「ひゃあっ! あっ、熱っちーっ!」
 叫んでいるのは、生きている証拠。
 周囲では次々と同胞が倒れて行く中、ゴブリンの青年は未だに生き残っている。全て、リザードマンの騎士のお蔭。
 断続的に降り注ぐ矢の雨は、竜のように硬い鱗に弾かれ、一本たりとも彼の体に突き刺さることはない。威哥王三鞭粒
 矢の雨雲に混じって落ちる、魔法の落雷に撃たれても、リザードマンは一度ビクリと体を震わせただけで、またすぐに歩み続ける。
 そして今、目の前で弾けた火球を前にしても、灼熱と爆風を真正面から突っ切ってゆくのだ。
 流石に熱だけは背中にいるゴブリンにも届き、ブスブスと白ローブの裾を焦がしていった。慌てて雪に飛び込み消化してから、また急いで騎士の後ろの安全地帯へ戻る。
 そうして、リザードマンの騎士とゴブリンの農民は、共に歩みを続けて行く。
 時折、壁の向こうに見える四本の高い塔から、星が落ちてきたような火の玉やら、ガラハド山脈が崩れたような岩塊やら、ひたすら眩しく輝く光の帯といった、想像を絶する大きさと破壊力の魔法が飛んできて、その威力に見合った人数を確実に消滅させていくのを見た。
 さしもの騎士様も、あの攻撃に巻き込まれればひとたまりもないが――黒き神々にゴブリンのちっぽけな祈りが聞き届けられたのか、致命的な一撃が命中することは、ついになかった。
「おおお、来た……ついに、ここまで来てしまったぁ……」
 永遠にも思える雪中突撃も、ついに終わりを迎える。自分たちはついに、ガラハドの大城壁まで、辿り着いたのだ。
 ちょっとした感動を覚えつつ、改めて周囲の様子を窺って見ると、自分たちは随分と端っこの方にいるのだと気付いた。
 先行するドルトスが開いた道を最初は真っ直ぐに辿っていたのだが、途中ですっかり逸れてしまったようだ。もっとも、頼れるドルトスの巨体が、空中から不規則な軌道を描いて飛来してきた光の矢と、燃え盛る火球の三連発を同時に喰らって、木端微塵に吹き飛んでしまったのだから、進むべき道はとっくに閉ざされているが。
 何にしろ、きちんと前には進んでいたのは間違いない。そもそも、こんなに大きな一本道で迷うはずもない。見れば、自分たちと同じように、少なからず壁の元まで辿り着いた者達が確認できた。
 振り返り見れば、あれだけ殺されたにも関わらず、それを覆すかのようにさらなる数の後続集団が押し寄せてくる。
 もう少しすれば、より多くの戦奴がここへ到着するだろう。そして、より多くの戦奴が道中で命を落とし、ここから先でもまた、儚く命を散らすであろう。
 攻城戦は、ここからが本番である。
「つっても、こんな高っかい壁、どうすんだべ」
 自分たち戦奴に、唯一与えられた道具は梯子である。ダイダロスの大城壁を攻略するための、五十メートルの長梯子。
 しかし、そんなモノはとっくの昔に落としてきた。自分の近くで梯子を運んでいた戦奴は、ことごとく矢に倒れ、肝心の本体も炎によって爆散している。
 他の梯子が今どこにあるかは分からない。少なくとも、見回してみても梯子は見当たらないし、まして、壁に立てかける様子も見られない。
 もとより、梯子があっても五十メートルも壁に登るなどまっぴらごめんであるのだが、恐らく、誇り高きダイダロスの騎士様なら、勇んで乗り込んで行きたいのだろうなと推測はできた。そのために、彼はここまで黙って突き進んできたのだろうと。
「なぁなぁ、旦那はどうす――」
「こごだ」
 初めて、彼の声を聞いた。しかしそれは三年前、首都ダイダロスの片隅で地図をなぞって道を教えてくれた、あの声とは違っている。
 訛っている? かすれている? 音が低い?
 どれも正しいが、核心的ではない。
「こご……カベ、上ル……」
 これは、正気の者が発する声ではない。
 リザードマンは、そんな怪しいつぶやきを漏らしながら、空を覆わんばかりに突き立つ壁の天辺を仰ぎ見ていた。
「だ、旦那……?」
「ノ、ぼる……敵……まゾク……コロす」
 その時、絶叫が響いた。ゴブリンはよく聞こえる細長い耳を慌てて抑えて、何事かと悲鳴をあげる。その声さえもかき消す、リザードマンの咆哮――否、目の前に現れたのは、別の『ナニカ』であった。
「な、なんだ……コイツはぁ……」
 リザードマンの大きな全身をすっぽり覆っていた白ローブが弾け飛ぶ。
 内側から突き出てきたのは、緑の鱗ではなく、茶褐色の毛皮に覆われた野太い両腕。リザードマンの腕ではない。そもそも、彼自身の腕はきちんとついている。
 その獣のような両腕は、新たに肩から生えているのだ。つまり、四本腕である。
 生えたのは腕だけに留まらない。分厚い筋肉をまとう胸元を割って、頭が――誰かの頭が、出てきた。
 その顔はオークにしか見えない。黒い肌のオーク、その顔はやはり凶悪な容貌。そのくせ、頭に嵌められているリングの白さが、奇妙に際立って見えた。威哥王
 見開かれた目がギョロリと動き、自分の姿を捉えたのは一瞬のこと。目まぐるしく動く視線は一定せず、まるで何か大事なものを探しているようだ。文字通り、血眼になって。
「お、オォ……グォオオオアアアアアアアアアアアアっ!」
 ヒイっ、と悲鳴が漏れると同時に、四本腕に二頭と化した元リザードマンは、凄まじい勢いで壁に張り付いた。
 見れば、トカゲの手にも、獣の手にも、ナイフのように鋭く、ピックのように湾曲した、大きな鉤爪が生えていた。
 手だけではない。足も同様。いや、さらに言えば、リザードマンの太く逞しい尻尾の先端にも、その鉤爪がスパイクのように生えだしている。
 ガキリ、と音を立てて、精密に組み上げられた石壁の僅かな凹凸に、両手両足の爪がかかる。
「ガアッ!」
 鋭い声を上げ、異形の騎士が壁を登り始めた。その二メートル近い巨体からは、とても信じられない凄まじい速さで、垂直の壁をグングンと登ってゆく。猿のような身軽さ、いいや、この動きは蜘蛛のソレに近い。
 重力の軛に囚われず、そこがまるで大地であるかのように、腹這いの六本足で疾走してゆく。たかだか五十メートルの距離など、あの速さであれば登り切るのに十秒もかからないだろう。
「う、ああ……何てこったぁ……だ、旦那が、化け物になっちまった……」
 あの逞しいダイダロス騎士が、何故、あんな恐ろしい存在へと変貌してしまったのか。一介の農民である彼には、全く想像もつかない。
 これはまるで悪夢だ。だが、すでにこの場が地獄であることを思えば、あの化け物はそこに相応しいモンスターであるのかもしれない。
 モンスター。そうだ、と彼のイマイチ記憶力に自信のもてないはずの頭に、一つの閃きが過った。
 子供の頃、村長の家にあったモンスター図鑑で読んだことがある。小難しい説明文は全く頭に残ってない、そもそも読んでもいないのだが、そのページには大きなイラストが描かれていたのだ。
 獅子の頭に山羊の胴、尻尾は毒蛇。中には、鷲の頭の二つ首や、蝙蝠の翼を持つものもあった。
 別々の動物の部位を持つ、一個の生命となったモンスター。
 その姿は、たった今目撃した、リザードマンの体に、獣の腕とオークの頭、鉤爪とスパイクの尻尾という特徴の異なるパーツを無理矢理に組み込んだような異形と重なる。
 一度それを思い出してしまえば、もう、そうであるとしか思えなかった。忌まわしき、そのモンスターの名は――
「――うぐっ!?」
 そこまで思い出した瞬間、何かに突き飛ばされたように、ゴブリンは冷たい雪の地面へドっと仰向けに倒れ込んでいた。
 気が付けば、視界はガラハドの大城壁ではなく、青く澄み渡った見事な冬晴れの空を映している。二度、三度、目をパチクリさせてから、自分でもようやく、倒れていることに気づいた。
 うわ、何だいきなり、ビックリしたな、もう。
「――がふっ!ぐっ、がは……」
 言おうとした言葉は、一文字も出てこなかった。口を開けば、激しい咳と共に真っ赤な血反吐が溢れてくる。
 息が吸えない。まるで、子供の頃に川で溺れた時のように。今は、血の海で溺れている。そんな錯覚。
「か……は……」
 そうして彼は、喉元に矢を受けたのだと気付かぬまま、あっけなく、唐突に、その短い人生を終えた。流れ矢という戦場ではありふれた死因によって。MaxMan

2014年7月28日星期一

西の大地に吹く風は

 “セッテルンド大陸”――人類と魔獣が暮らす、この大地の呼び名である。
 大峻嶺オービニエ山地によって東西に分かたれたセッテルンド大陸のうち、西側には人類が作り上げた数多の国家がひしめいている。それは住まう人々の言葉に曰く“西方諸国オクシデンツ”。三便宝
 およそ人間の大半が暮らすがゆえに、人々にとって世界とはまさに西方のみを指している。

 数多国ある西方諸国だが、元を辿ればとある一つの国へとつながっていた。それは幻晶騎士シルエットナイトの力により西方の地に覇をとなえた人類が作り上げた超巨大国家、その名を“ファダーアバーデン”という。
 西方暦一二八九年の現在において西方諸国を構成する主要国家、“ジャロウデク王国”、“クシェペルカ王国”、“ロカール諸国連合”、“孤独なる十一イレブンフラッグス”などの国々は、全てかの巨大国家が分裂してできた残滓なのである。
 強大無比なる力を携え、まさに世界の全てを手中に収めていた“世界の父ファダーアバーデン”であったが、その器は人の身には大きすぎるものだった。皮肉にもファダーアバーデンの庇護による西方の地の安定が、数を増しつつあった人々に欲を与え、やがて野心の炎が大地を焼いた。
 始まりは地方領主同士の諍い。それはすぐに国内全土に飛び火し、国はなす術もなく崩れてゆく。熟れ過ぎた果実が弾けるように、ファダーアバーデンの最期はあっけないものであった。
 それは伝説となるに十分な、およそ千年に近い古の物語だ。
 そんな長い時を経たにもかかわらず、いまだにその名は西方の民の中に生きている。ましてや国々の中には「我こそはファダーアバーデンの正当なる後継である」と声を上げるものも少なくはない。
 それが、西方で紡がれてきた歴史のあらましである。

 大地が、黒く染めあげられていた。冷たく、鈍い輝きに満ちた黒。硬質で重厚な金属質の黒。
 この地を黒い大地と化しているもの、それは全身に黒鉄の鎧を纏った巨人の騎士――幻晶騎士だ。地の果てまでも埋め尽くしていると錯覚しそうなほどの幻晶騎士の大部隊。それがこの場に集い、整然と並んでいる。
 ここはジャロウデク王国の王都。中央には巨大で壮麗な王宮があり、その目前には石畳で舗装された広大な空間が広がっている。
 王宮から正面へと突き出たバルコニーからは、ちょうどこの黒鉄の絨毯が敷き詰められた広場の隅々までを一望することができた。
 バルコニーには数人の人影がある。彼らは先ほどからじっと漆黒の騎士団を睥睨していたが、やがて一人の若い男が前に歩み出た。年の頃は二〇代の半ばほど、精悍な印象の若者だ。

 彼が歩み出るのにあわせ、低くざわめいていた巨人の騎士は心臓の鼓動をひそめていった。魔力転換炉エーテルリアクタの吸排気機構は抑えられ、結晶質の筋肉クリスタルティシューがかき鳴らされることもない。周囲は全てが死に絶えたかのように静かになった。
 彫像のように固まった黒い騎士を眺め、若い男は満足げに頷く。彼はそのまま落ち着いた声音で語りだした。何がしかの仕掛けがあるのか、彼の声は広場の隅々にまで伝わってゆく。

「我が国が西方に誇る、勇壮なる黒顎騎士団ブラックナイツの諸君よ。今日この時を迎えることができ、この私も胸を打たれる思いである」

 ジャロウデク国王である“バルドメロ・ビルト・ジャロウデク”が長子、“カルリトス・エンデン・ジャロウデク”は言葉を切ってゆっくりと周囲を見回した。
 普段は怜悧な印象を与える彼の切れ長の双眸は、いまは力のこもった視線を放ち彼の意思を周囲へと伝えている。

「諸君らも知ってのとおり、我らが国父、バルドメロ陛下は病魔の前にお倒れになった。遥か父祖の代に、卑劣なる反逆者によって分かたれた我らが国土。それを取り戻す大業におもむかんとした、まさに矢先のことであった! 父上がどれほどの無念を抱かれたことか、その御心察するに余りある!」

 彼の言葉は次第に熱を帯び始め、振り付けも大仰なものとなってゆく。その全ては黒鉄の騎士へと向けられていた。

「我らはその志を継がねばならない! 父祖と陛下の無念を晴らすべく、今ここに剣を取り立ち上がるのだ!」

 カルリトスが腕を振り上げるのにあわせ、黒い幻晶騎士が一斉に鼓動を再開する。彫像から騎士へと甦った黒鉄の兵どもが足を踏み鳴らし盾を打ち付け、彼らの主の言葉に唱和した。一糸乱れぬ打撃音は石畳で舗装された広場に反響し、地を揺らして四方に轟いてゆく。
 カルリトスは圧力すら伴った黒鉄のどよめきを、再び腕を振り上げて静止した。鋼の群れはすぐさま静けさのうちへと還る。

「時は来た」

 彼の呟きは静かでありながら、不思議と熱を秘めて聞く者の心にしみこんでゆく。
 黒鉄の鎧を操る騎操士ナイトランナーの一人一人が、いつの間にか熱意に浮かれた瞳で幻像投影機ホロモニターを見つめていた。

「多くの無念により引き裂かれた偉大なる国ファダーアバーデンを、再び我らの下で大いなる一つへと戻す時が来た!!」

 いっせいに上げられた騎士の雄叫びが、出力を上げた魔力転換炉の咆哮が大気を振るわせる。もはや誰が何を言っているのか、正確に把握しているものはいない。ただその場にある熱狂だけが、全てを燃え上がらせ狂わせてゆく。

「黒顎騎士団の全軍をもって、我らが正当なる大地を取り戻すのだ!」

 病に倒れた父に代わり、カルリトスは国王代理の地位についている。彼の言葉はジャロウデク国王バルドメロの言葉と同義だ。
 もとより新たなる強大な幻晶騎士を操り、征服の熱気に煽られた騎操士たちはすぐさま大地を揺らして歩みを始める。

 時に西方暦一二八九年。春の訪れとともに、ジャロウデク王国は隣接するロカール諸国連合へと宣戦布告をおこなった。
 布告よりおよそ一週間後。ジャロウデク王国軍はその保有戦力の過半である、黒顎騎士団、青銅爪騎士団、銅牙騎士団を始めとした六騎士団二個師団、合計約六〇〇機を動員して国境線へと一斉に進軍を開始した。
 ここに西方諸国中央部最大の国家群による全面戦争、後に“大西域戦争ウェスタングランドストーム”と呼ばれることになる戦いの幕が、切って落とされたのだ。



「よもや、ロカール諸国連合が一月ももたないとはね……」

 クシェペルカ王国の王都“デルヴァンクール”。
 その中央に聳える王城の中にあって一際広大な謁見の間。繊細な彫刻を施された玉座の上で苦々しげな様子で呟いたのは、かの国の王である“アウクスティ・ヴァリオ・クシェペルカ”だ。
 彼の眉根に深い皺を刻む原因。それは今朝早くに西の国境線より届いた一通の報せによるものであった。その内容は端的にいうと「ロカール諸国連合、滅亡せり」。ジャロウデク王国の宣戦布告以来、その動向を探っていたクシェペルカ王国としても予想を圧倒的に上回る速度で決着がついたのだ。

「そりゃあ諸国連合は所詮小国の集まり、ジャロウデクとの国力の差は歴然だ……とはいえ、あの者たちも長年の経験から守り戦には長けていたはずだが」
「報せによれば、ジャロウデクの戦い方はまさに力尽くであったとか。さして策を用いることもなく、正面から国を平らげていったと」
「ジャロウデクに、それほどの戦力が……」

 謁見の間に集まった諸侯が口々に言い合うのを、アウクスティ王は表情を動かさないままじっと聞いている。
 西方諸国に名だたる二大国家、それがジャロウデク王国とクシェペルカ王国だ。この二つの国は隣り合っているわけではなく、その間にはロカール諸国連合と呼ばれる小国家群が存在していた。
 東西を二つの大国に挟まれた、吹けば飛ぶようなこれらの国々がこれまで生きながらえてきたのは、実質的に両国の“緩衝地帯”としての役割をあてがわれてのことだ。
 とはいえ彼らは彼らなりに努力はしているようで、身を寄せ合って連合の体を為し、さらに両国の軍事的緊張を利用して双方を牽制して見せるなど、なかなかに賢さかしく立ち回ってきたようだったが。

「つまりジャロウデクに何かがあったんだな。急激に力を高め、かの野望を再び燃え上がらせるだけの、何かが」

 アウクスティ王の呟いた結論に、諸侯は顔を見合わせる。彼らもその原因に思い当る節はなかった。
 さらに彼らの頭を悩ませる事実はそれだけではない。ロカール諸国連合を撃破した後も、ジャロウデク軍の動きが止まったという報告がないのだ。むしろ、受け取った報せは真逆の内容を示している。

「小国とはいえ一国との戦を経てから、さらに我が国とも戦おうというのか。いかにあの国が大国だとて、少しばかり強引にも過ぎよう」

 諸国連合と戦い、その上でクシェペルカ王国と矛を交える。そこまでがジャロウデク王国にとって、予定された行動であるということだ。
 さしもの大国ジャロウデクであってもそこまでの力は持ち得なかったからこそ、これまで西方には仮初の安定が訪れていたのだが。その前提を覆すほどの変化がジャロウデク王国内で発生したとみて間違いはないだろう。
 アウクスティ王の頭の片隅を、それが何かを知らねばクシェペルカ王国も危ういのではないか、という疑念がよぎる。無視し得ない危機感を抱きながらも彼は王として気弱な姿は見せられなかった。巨人倍増枸杞カプセル

「いずれにせよ、挑まれたからにはこれを退けねばならない」

 決意に満ちたアウクスティ王の呟きに、その場に集まった貴族たちは緊張感もあらわに頷いた。中でもクシェペルカ西部に領地を持つ貴族の顔色が悪い。間もなく彼らの領地には、ジャロウデク王国が誇る黒鉄の騎士ブラックナイツが押し寄せてくるのだ。

「急ぎ、三枚砦シルダ・トライダに戦力を集めるんだ。侵略者どもに、己の思い上がりのほどを教えてやれ」

 三枚砦――それは、クシェペルカ王国西部の国境線を守る防衛線だ。
 クシェペルカに絶対の守護を約束する強固な城砦群。それをもってジャロウデク軍を迎え撃つ。基本的にして堅実な方策を告げた国王の意を受けて、貴族たちは慌しく動き始めた。

「(とはいえ、ジャロウデクだって西方に名高い三枚砦の存在は知っているはず。これまではどんな数を集めても突破できなかったというのに、それすら越える自信があるのか……?)」

 貴族たちの様子を眺めながら、アウクスティ王は胸のうちのみで呟く。彼の心中は晴れない。
 彼の視線は遥か西に存在する長大な城壁を見通すかのように、じっと宙へと止められていたのだった。



 瞬く間にロカール諸国連合を滅ぼしたジャロウデク軍は、余勢を駆ってそのままクシェペルカ王国との国境付近まで進軍していた。
 クシェペルカ王国、西部国境線。ロカール諸国連合と国境を接するその地には、バストル平原と呼ばれるなだらかな地形が広がっている。
 障害物が少ないために大軍を運用しやすい防衛には向かない地形なのだが、クシェペルカ王国は国力に物を言わせてその場所に長大な防壁を築いていた。三枚砦のうち“一番盾要塞シルダ・ユクシア”と呼ばれる大長城である。
 それは幻晶騎士の数倍に及ぶ高さを持つ堅固な城壁を備えており、さらには単なる城壁ではなく背後には要塞化された街が広がっている。それらを合わせた防衛能力は一〇〇〇機の幻晶騎士に襲われてもびくともしないと讃えられるほどであった。

 大国クシェペルカ王国の力を世に知らしめる金城湯池の大長城を前に、ジャロウデク軍側も幻晶騎士を展開させた一大陣地を築いていた。双方共に緒戦から総力戦の構えである。
 平原を黒く染めるジャロウデク軍の陣地の中央にて、視界をさえぎる長大な石の壁を眺めながら話す人影がある。

「さすがは世に名高き三枚砦が一つ、敵ながら難攻不落の堅城ですな」
「ふん、所詮は怯えの表れ。土地を取られやしないかと閉じこもっているに過ぎないさ」

 うち一人はジャロウデク王国第一王子カルリトスに似た風貌をしている。ただしカルリトスに比べてわずかな幼さと、それに伴う隠し切れない傲岸さが周囲に滲み出ていたが。
 彼の名は“クリストバル・ハスロ・ジャロウデク”。その名の通りカルリトスの弟であり、ジャロウデク王国の第二王子にあたる。彼はこのジャロウデク王国遠征軍において総大将という立場にあった。
 その傍らに立つ、屈強な体躯をした壮年の男性。彼は騎士団には所属せず、クリストバルの参謀的な立場にいる人物であり“ドロテオ・マルドネス”という。
 両軍がにらみ合う重苦しい緊張が垂れ込める中、二人は世間話の気楽さで一番盾要塞を評していた。

 彼らのジャロウデク軍陣地の合間からは、クシェペルカ軍が一番盾要塞の前方に防衛陣地を構築しているのが伺える。いかに堅固な一番盾要塞とはいえ、ただ攻撃に晒されるままではいずれ突破を許してしまう。クシェペルカ軍もさすがに立て篭もるだけというわけにもいかないのだ。
 そうして押し寄せるジャロウデク軍を撃退せんと身構えるクシェペルカ軍を眺め、クリストバルはまるで今にも獲物に飛び掛る肉食動物さながらの強暴な笑みを浮かべていた。

「クシェペルカは前進防衛をとってきましたか。狙い通りですな、殿下」
「半端に知恵が回るというのも悲しいことだな。さて、このまま睨みあっていてもいいのだが……我々が尻込みしているなどと思われるのも不愉快だ。まずは一当て、戦やるぞ」
「御意」

 彼の決定は翌日には実行に移される。日が昇ると共にジャロウデク軍は進軍を始めていた。
 喇叭ラッパと銅鑼ドラの音に合わせて、ずらりと並んだ黒鉄の騎士が前進してゆく。多数の列を作り、粛々と進むジャロウデク軍の陣形。それはまさに、黒色の壁が押し寄せてくるような錯覚と圧力をクシェペルカ軍兵士に与えていた。

「あれが、ジャロウデクの新型か……なんと巨大な……」

 クシェペルカ軍制式採用幻晶騎士“レスヴァント”を駆る騎操士たちは、眼前に迫るジャロウデク軍の威容に息を呑む。
 敵騎士は巨大だ。比喩ではなく、ジャロウデク軍の配備する最新鋭幻晶騎士“ティラントー”は、彼らのレスヴァントと比べると頭一つは巨大なのだ。
 “ティラントー”は、恐るべき重装甲と信じられない大出力をこれでもかとその身に詰め込んでおり、まさに溢れる力ではちきれんばかりに膨らんでいるのである。

 ジャロウデク軍が進軍するのを見て取ったクシェペルカ軍は、すぐに応戦を始めた。まずおこなわれるのは一番盾要塞からの遠距離攻撃だ。
 ジャロウデク軍へと降り注ぐ、投石器による巨石の雨。レスヴァントならば盾ごと押し潰されてもおかしくはない巨石の一撃を、しかしティラントーは盾をかざしただけで易々と打ち払っていた。
 ジャロウデク軍の新型機はいったいどれほどの力を備えていることか。投石攻撃がさしたる効果を挙げなかったことにクシェペルカ軍がさらなる戦慄を覚える。
 やがて前進するジャロウデク軍は魔導兵装シルエットアームズの射程へと踏み込んだ。双方から撃ち放たれる法弾が、さっそく地形を書き換え始める。
 そうこうしているうちにティラントー部隊はクシェペルカ軍の目前まで近づいていた。この距離ならば味方を巻き込まないように、投石はおこなわれない。ティラントー部隊は盾を投げ捨て、接近戦へと突入していた。要塞前に築かれた簡易の防衛陣地を挟んで、両軍の剣戟の音が響き渡る。

「な、なんだこいつら……化け物か!?」
「畜生、剣が、剣が弾かれて……!」

 戦闘は、予想以上に一方的なものとなっていた。ティラントーはまさに無類の戦闘能力を発揮していたのだ。
 ティラントーの強靭極まりない装甲はレスヴァントの振るう剣を無造作に跳ね返し、強力無比の力で振るわれる重棍ヘビーメイスは逆に一撃でレスヴァントを粉砕する。それが密集した横列陣形で攻めかかってくるとなれば、クシェペルカ軍は為すすべもなく叩きのめされ、蹴散らされる一方であった。
 かつてアウクスティ王が危惧した以上に、ジャロウデク軍とその新型機は強力であった。元々、ジャロウデク王国とクシェペルカ王国で使用している幻晶騎士の性能に劇的な差はなかった。ここしばらくの間に、ジャロウデク王国の内部でよほど革命的な技術革新があったのだろう。そんなことがわかっても、押し潰されるクシェペルカ兵には何の慰めにもならなかったが。

「くそう、ジャロウデクのやつら、もう上がってきてやがる……!」
「このままでは陣地がもたない……退け! 一番盾要塞まで退いて防衛するんだ!!」

 数刻の後、バストル平原は鎧の黒か炎の赤のみがある不毛の地と成り果てていた。周囲にはレスヴァントの残骸ばかりが並び、黒騎士の骸は数えるほどしかない。まさに鎧袖一触、痛打を被ったクシェペルカ軍に撤退以外の選択肢はなかった。
 幸いにもジャロウデク軍が誇るティラントーは、その重装甲・大出力の代償として機動性には大きく欠けていた。よって撤退するクシェペルカ軍を追いきれず、彼らはかろうじてその重棍の間合いから逃げ延びることができたのだった。

 平原を埋め尽くす敵軍を眺め、不敗を誇る絶対の防壁の内にありながらクシェペルカの兵士たちは絶望にも等しい不安の中にいた。
 圧倒的な力を誇るジャロウデクの新型機。あの黒色の津波の前にしては、いかに一番盾要塞が難攻不落を誇るとはいえ、いつまでも耐え切れるものではないだろう。彼らはそれまで疑ったことのなかった要塞への不安を、その胸の中に抱いていたのだ。
 すぐさま一番盾要塞から王都へと早馬が走った。絶対の窮状を訴える報せを懐に、要塞の兵士たちの希望を乗せて。

 一番盾要塞の足元まで陣を進めながら、ジャロウデク軍はあわてるでもなくゆっくりと攻城戦の準備を整えていた。
 浮き足立つクシェペルカ軍に比べ、あまりにも淡々としたその様子は不気味さすら漂わせている。そこには敵を追い詰める熱意も、獲物を前にした焦りも感じられない。
 その中で唯一、後方に存在するジャロウデク軍の本陣では、彼らの総大将たるクリストバルが破顔一笑していた。

「くはは、痛快だな。いまごろやつらは泡を食って早馬でも飛ばしているころだろう」
「当然でしょうな。さてどうしますかな、殿下。さしもの精強なる黒顎騎士団といえど、あの城壁を相手にしては骨が折れることでしょう」
「知れたことを。“予定”どおり、せいぜい攻める構えを見せてやろうじゃないか。いずれやつらの戦力が出揃う時がくる。それが、やつら自身の急所を晒すことになるとも知らずにな……」

 クシェペルカ王国の未来を暗示するクリストバルの不吉な予言に、ドロテオは苦笑じみた笑みを返すのみであった。



 何頭もの馬を潰しながら王都に駆け込んできた早馬により、王城は再び緊迫した空気に包まれていた。中絶薬RU486

「ジャロウデクの戦力はこれまでとは比較にならぬほど強力、死力を尽くしましたが敵わず……このままでは一番盾要塞も早晩破られることになりかねないと……!」

 悲痛な面持ちで、地に頭を擦り付けながら訴える伝令兵に、クシェペルカ首脳陣の顔色は蒼白のものとなっていた。
 アウクスティ王は自身の悪い予感が的中したことに暗鬱とした気分になりつつも、表面上は努めて冷静に振舞う。

「ジャロウデクめ……自信ありげな様子だったがそこまでとはね。彼らの幻晶騎士は、それほどまでに強力なのか」
「どうやら恐ろしいまでの装甲の化け物らしく。正面からは到底勝てぬどころか、返り討ちと……さらには数を並べて押し潰すのが彼奴らの基本戦術であり付け入る隙が見出せぬそうです」

 国王は肺腑から重い吐息をついて、玉座に深く沈み込む。
 彼らにとって一番盾要塞はまさに絶対の防壁であった。三枚砦というからには後方にはまだ“二番盾要塞シルダ・カクシラ”と“三番盾要塞シルダ・コルメダ”が控えているが、それでも一番盾要塞ほどの防衛能力は期待できない。
 さらに真正面からの力負けというのも厄介だ。要塞の存在を考慮しても、彼我の戦力には見た目以上の多きな差があるということである。その状況では彼らに取れる策にも限りがあった。

「陛下、急ぎ西部一五領に触れを回し、戦力を集めるべきかと……」

 クシェペルカ西部に領地を持つ貴族の発言に、アウクスティ王は難しい顔で頷いた。
 数を集める、それは安直ではあるが確実な方法だ。特にクシェペルカ軍の幻晶騎士レスヴァントは、ジャロウデク軍のティラントーに比べて地力で圧倒的に劣っている。とにかく数を増さねば、抗うことも容易ではないだろう。
 それから彼らの話し合いは長く続いたが、結局はありきたりな結論に落ち着いていた。
 ジャロウデク軍の使うティラントーが最も力を発揮するのは、緒戦のように重装歩兵陣を組む場合だ。正面からの突破が不可能であることは、彼らが身をもって証明済みである。
 ならば個別に狙うしかない。一番盾要塞の背後には要塞化した都市が広がっている。そこに引きずり込み、敵戦力を分断すれば付け入る隙があるのではないか。大きな犠牲を覚悟した方法であったが、彼らはそれ以上の策を見出せないでいた。

 会議は重苦しい空気のまま終わり、アウクスティ王は一人居室へと引き上げてゆく。
 普段は温厚で知られる彼であったが、このときばかりは冷静ではいられなかった。一人になった途端に冷静さの仮面を脱ぎ捨て、強く机に拳を打ちつける。

「長く平穏が続き、この国は繁栄の時を迎えていたというのに……まさかこんな国難が待ち受けていようとは……」

 ジャロウデク王国は前々から不穏な気配を露わにすることはあったものの、ここ“一〇年”ほどは鳴りを潜めていた。
 今思えば、それはこの恐るべき戦にむけて準備を進めていたということだったのだ。それを見抜けなかった彼は、王として平和に溺れていたとの謗りは免れないだろう。

「だが絶対に、私が終わらせてみせる。この戦いを“あの子”に継がせることなど……!」

 固く決意を新たにして顔をあげるアウクスティ王。そんな彼以外は誰もいないはずの王族の居室にて、彼へと声をかける人物がいた。

「お父様……?」

 ハッとしてアウクスティ王が振り返ると、そこには一輪の可憐な花が、人の姿をとって咲いていた。
 アウクスティ王の一人娘であり、王位継承権第一位にある“エレオノーラ・ミランダ・クシェペルカ”だ。彼女は物憂げに表情を曇らせながら、ゆっくりと父親の傍までやってくる。

「お父様、周りのものから聞きました。ジャロウデクの攻勢が強まり、西方の守りが揺らいでいると……」
「エレオノーラ、心配は要らないよ。我らが三枚砦は無敵だ。それに西部州の諸侯も力を合わせて侵略者に立ち向かっている。なに、すぐに無体な侵略者を追い返すさ」

 先ほどまでは険しく歪んでいた王の表情は、瞬く間に常の穏やかなものへと変じていた。
 それは王としての威厳を保つよりも、不安げな様子の娘を安心させようとした、父親としての振る舞いだ。
 エレオノーラは今年で十六歳になる。物心ついてからの大半を平穏な空気の中で育った彼女は、物柔らかな性格をした深窓の令嬢へと育っていた。
 到底荒事に向いていると思えないその性質に加えて大事な一人娘ということもあり、アウクスティ王は彼女を不安に陥らせるような言葉は避けている。

「……はい、お父様。その言葉を聞いて安心いたしました」

 父親を疑うことなど到底知らないエレオノーラは、再び春の日差しのような柔らかな笑顔を取り戻す。それからいくらかの会話を交わし、立ち去ってゆく娘の後姿を見送りながらアウクスティ王は小さな呟きを漏らしていた。

「そう、大丈夫だとも。この戦は私が収めてみせるよ。決して、お前の代まで残すものか」



 一番盾要塞を挟んでの両軍の睨みあいは、当初の予想に反して長期化する兆しを見せていた。
 圧倒的な戦力をみせつけてクシェペルカ軍を蹴散らしたジャロウデク軍ではあったが、一番盾要塞が誇る重厚な城壁を攻略するつもりは薄いように見えた。彼らが使用するティラントーの力をもってすれば、城壁を破壊することも不可能ではないだろうに。
 そもそも要塞の前方には一つもクシェペルカ側の陣地が残っていない。城壁を守るものは無いに等しいのだ。にも拘らず、彼らの動きは緩慢である。
 不可解な動きを見せるジャロウデク軍ではあったが、戦力に劣るクシェペルカ軍にとってその時間が好機であったことは間違いがない。彼らは急ぎ国内各所から戦力を抽出し、一番盾要塞周辺に結集を始めていた。

 そうして、国境付近で戦闘が始まってからおよそ一ヶ月が経過する。ジャロウデクの侵攻が始まってより、あわせて二ヶ月の時が流れていた。
 これまでのジャロウデク軍による攻撃は、緩慢ではあったものの確実に一番盾要塞に被害を与え、クシェペルカ自慢の城壁にも綻びが見えている。早晩どこかが決壊してもおかしくはなかった。
 その背後には集結を終えたクシェペルカ王国軍の大部隊があり、城壁の破壊より前に戦力が整ったことにいくらかの安堵の吐息をついていた。
 否応なく高まる、決着の気配。城壁の両側に展開する幻晶騎士は両軍を合わせると一〇〇〇機を超え、西方の歴史上でも稀に見る極大規模の戦闘へと発展しようとしていた。

 壁の向こうの出来事ではあれど、それだけの戦力が出揃えば自然とジャロウデク軍にもその様子が漏れ伝わる。
 クリストバルは待ちに待った時がやってきたと、ほくそ笑み指示を下していた。この戦いの行方を決定付ける、彼らの秘策を決行する指示を。

「頃合だ、“鋼翼騎士団”を呼べ。くく、我らもともに出るぞ。一思いに、やつらの息の根を止めてやるのだ!」
「ハッ、ただちに!」

 そう、極めて強大な戦力を持つジャロウデク軍と、それに見合うだけのクシェペルカ軍。彼らはこの均衡をこそ待ち望んでいた。幻晶騎士の性能において劣るクシェペルカ王国が過剰ともいえる戦力を結集する時を。
 それは月明かりを遮る雲の多い、とある暗い夜のことだった。ジャロウデクの“新兵器”が闇にまぎれて侵攻を開始したことに、クシェペルカ軍が気づくことはなかったのだ。

 クシェペルカ王都“デルヴァンクール”。この街はクシェペルカ王国の中央部に位置し、西部国境線からは遠く離れている。MaxMan
 大国ゆえに十分な国力を有し、さらに長く続いた平穏な時間により、文化的にも発展しているクシェペルカ王国の王都であるデルヴァンクールは、西方諸国でも有数の規模と華やかさを持つ都市だ。
 瀟洒な煉瓦作りの建物が並ぶ通りは、しかし今は活気を失い、厚くたれこめた不安の暗雲に覆われた状態であった。
 国境を揺るがすジャロウデク王国の黒騎士団。その脅威は様々な手段を通じてこの都にも伝わっているのだ。さらに戦況が芳しくないことも重なって、道ゆく民もどこか精彩を欠く有様であった。

 その日、王都を覆う城壁の上で見回りをしていたとある兵士は、夜の闇の妙な静けさに胸騒ぎを覚えていた。
 明かりのための松明が爆ぜる音だけが、にじむように周囲に広がる。
 ふと流れゆく雲が奇妙な動きをした気がして、彼は足を止めた。月明かりが遮られた闇夜の中で雲の動きを掴むのは容易ではなく、彼はすぐに諦めを覚える。
 ジャロウデクの侵攻により国内を覆う不安が感染したのか。彼は妙な緊張を覚える自身を叱咤し、見回りへと戻っていった。

 だが、彼の直感は誤りではなかったのだ。
 どこからか、突風に布がはためいているかのような音が聞こえてくる。不自然なまでに風の流れる音、彼はそこで強烈な違和感を覚えた。
 地上より高所にある城壁の上、彼の顔をなでる“風の気配はない”。ならば、先ほどから彼の耳に届くはためく布の音はどこで起こっているのか。
 ぞくりと、彼の背筋を冷たい気配が上ってきた。彼はポケットから警笛を取り出してくわえると、油断なく周囲を見渡す。
 かすかにでも動くものがあれば見逃しはしない、そんな決意の元、まもなく彼は凄まじい異常に出会う。

 忙しなく周囲を駆け巡った彼の視線は、最後には空中を向いて固まっていた。
 全くの偶然に、大いなる手が厚い雲の緞帳をわずかに開き、眩い月光の道を作ったのだ。白々とした月光が、その中央を進む巨大な影を黒々と浮き上がらせていた。
 開けっ放しの兵士の口から、警笛がぽとりと落ちる。彼はまず目を疑い、そして次に己の正気を疑った。渦巻く風を引き連れて空を進む巨大な影、それはまさしく“船”としか表現できないものだったからだ。
 彼の常識がこの上ない異常を訴える。彼の常識では“船”とは水の上をゆく乗り物だ。決して空を飛ぶことはしないし、そもそもあれほど大きな物体が空を飛べるわけがない。
 それが黒々としているのは月明かりに影を落としたためではなく、それ自体が闇夜にまぎれる黒に塗り上げられているためだ。ご丁寧に、船体の左右に広がる“帆”までが黒に染め抜かれている。これがゆえに、この距離に接近されるまで発見が遅れたのであろう。

 そうして彼が呆けている間にも、空飛ぶ黒船は帆を膨らませて近づいてくる。さほど風のない夜には不自然なほど、船の周囲のみが順風であるようだ。もはや船の形が、隠しようもなくはっきりと視認できる距離となっていた。
 恐慌状態に陥る一歩手前で、兵士の中の最後の義務感が働いた。ガタガタと、歯の根が合わぬほど震えながらも、彼は失った警笛の代わりに悲鳴のような叫びを上げた。

「だ、誰か……し、侵入者……いや、船だ。黒い船が空からやってくる!!」

 兵士が足をもつれさせながら走り去ってゆく間にも、空飛ぶ船は王都の城壁を越えようとしていた。
 空飛ぶ船は一隻か。違う、二隻、三隻。兵士が見つけた黒い船に続いて、同様の船が後に続く。合計で一〇隻にはなるであろう、一大船団であった。
 次々に現れる空飛ぶ船に、地上では恐慌に近い大混乱が広がっていた。誰もがその存在を信じられず、実際に姿を見ては言葉を失う。
 やがて彼らは、船の帆にうっすらとジャロウデク王国の国旗が描かれていることを見て取り、悲鳴という形で言葉を取り戻していた。

 これこそがジャロウデク王国の切り札である“鋼翼騎士団”。この世界で初めて実用化された空飛ぶ船――“飛空船レビテートシップ”により構成された、異形の騎士団だ。
 これらの飛空船は、水の上をゆく船をひっくり返したような奇妙な形状をしていた。左右には帆が並べられており、そこに風を受けて進む。
 飛空船の丸みを帯びた上部――本来の船ならば底面にあたる部分だ――に突き出て存在するのが船の司令室である。
 様々な機器がむき出しになった、雑然とした間取りをもつ司令室。その中央には一段高く据えられた席がある。本来は“船長”のための席なのだが、いまそこには意外な人物が陣取っていた。それは遥か西の国境線にて一番盾要塞を攻略しているはずのジャロウデク王国第二王子、クリストバルその人である。

「クシェペルカの間抜けどもめ。尻に法弾をくらったように慌ててやがる」
「飛空船の存在を知らないのでは、こんなものでしょう……なに? うむ……殿下、下見張りから報告が。街中に明かりが増えているようで、恐らくは迎撃の準備を始めたものと」
「無駄な足掻きだ、すでに我らは喉元に剣を突きつけている。よし、始めるぞ。速度緩め!」

 クリストバルの命を受け、司令室の兵士たちが命令を復唱する。司令室からの指示は、あちこちに備え付けられた伝声管を通じて船体の各所へと通達される仕組みだ。
 彼らは壁際に並ぶ金属製の蓋をひらくと、現れた管に向かって命令内容を叫び始めた。

「騎士像フィギュアヘッドへ、起風装置ブローエンジンを逆風動作せよ。速度を緩めた後、帆をたたみ地上からの攻撃に備える」
「騎士像了解、起風装置、逆風動作をはじめる」

 飛空船の船首から半身を突き出すように伸びる騎士の像。船首像にしてはものものしい造型だが、よく見ればそれは首をめぐらし、蠢いていた。
 そう、騎士像と呼ばれるのはただの像ではなく、そのもの幻晶騎士の半身が設置されているのである。それが両手につながれた魔導兵装を操作すると、飛空船の周囲に巻き起こる風が向きを変えた。無風の夜に起こる風音の正体は、この魔導兵装によるものであったのだ。
 徐々に速度を落としながらも飛空船は滑るように空中を進み、容易く城壁を越えてその背後に広がる王都の真上まで差し掛かっていた。

 王都の中央に位置する王城では城を護る近衛兵たちが右往左往していた。当然だろう、空飛ぶ船への対処法など誰も知りはしない。道筋を見出せないままに、彼らはとにかく夜襲の心得に従って行動していた。つまりただ篝火を増やしていたのだ。
 当然それは上空から見れば、狙うべき王城を見やすくする行動でしかない。飛空船の司令室ではクリストバルがその愚かさに腹を抱えていた。彼はいてもたってもいられないとばかりに腰に差した剣を抜き放ち、船長席を蹴立てて立ち上がる。

「我らが誇る鋼翼騎士団の諸君へ告ぐ! 今宵、この愚か者どもの王都を陥とす!! 全員奮起せよ!」

 彼の号令一下、兵士たちは一斉に動き始める。連絡担当の兵士が伝声管へと矢継ぎ早に命令を叫び、飛空船の各所がいっせいに動き出す。

「伝令! 伝令! これよりティラントーの投下をおこなう、各自降下に備えよ! 騎操士は操縦席につけ!」
「降下手順始め、“源素浮揚器エーテリックレビテータ”内への大気流入を開始」

 船体の内部中央に備え付けられた巨大な器機。これこそが飛空船を空に浮かべる心臓部ともいえる“源素浮揚器”だ。
 その周囲には大勢の鍛冶師たちがいる。彼らは大量に並んだレバーを操り、計器を睨みながら操作をおこなっていた。源素浮揚器は強力だが、非常に繊細な代物でもある。いまここでその機嫌を損なえば、彼らは船とともに落下して死亡することもありうる。
 できる限り素早く、できる限り慎重に。滲む手汗を拭いながら、鍛冶師たちは目的を遂げた。威哥王

2014年7月25日星期五

スミス家の思惑

男は影に隠れるように壁に寄り掛かり、腕を組んでいた。

 身長は180cm以上あり、無駄な脂肪を1mgも残していない引き締まった筋肉。髪は短く刈り込んで、口元を布で隠している。まるで忍者か、暗殺者的な風貌だ。
 鋭い三白眼が客室のソファーに座る男へと向けられる。新一粒神

 ソファーに座る男こそ、白狼族に多額の懸賞金をかけた北大陸最大の領地を持つ上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・スミスだ。

 金髪をオールバックに撫でつけ、口髭をたくわえ、若い頃は美男子だったと一目で想像がつくほどだが、顔には年相応の皺が刻まれている。そして現在は忌々しげに顔を顰めている。

「今回の襲撃……他大陸の孤児院で育った白狼族の誘拐には確かに失敗した。しかしそれは我が秘密兵士隊を指導する軍事教官、『静音暗殺サイレント・ワーカー』殿の指導不足によるものではないのか?」

 暗殺者風の男――静音暗殺サイレント・ワーカーと呼ばれた彼は、嫌味を言われても腕を組んだまま態度を崩さない。平静そのものだ。

 静音暗殺サイレント・ワーカーは、ゆっくりと口を開いた。

「……たった1年の指導ではこの程度の練度が限界か。俺の部下達なら気付かれず仕事を達成することが出来たんだが」

 その声音は悔しさの色が滲んでいた。
 その態度がさらにトルオの神経を逆なでする。

 だが、彼を自身の部下達相手のように感情的に怒鳴る訳にはいかない。
 相手はある筋を通して技術指導に来てもらった人物だからだ。

(それに奴……静音暗殺サイレント・ワーカーを敵に回したらいくら命があっても足りん)

 静音暗殺サイレント・ワーカーは金ゴールドクラスの軍団レギオン、処刑人シーカーと呼ばれる暗殺集団の代表者だ。魔術師A級の実力者。
 氏名、年齢、出身地など全てが謎の人物だ。
 分かっているのは静音暗殺サイレント・ワーカーという二つ名と男性だというだけだ。

 処刑人シーカーは、対魔物ではなく、対人に特化したこの世界で1、2を争う暗殺集団と言われている。

 要人、魔術師、犯罪者等、彼らに命を狙われて無事だった者は誰1人としていない。
 権力者にとってこれほど恐ろしい相手はいないだろう。

 トルオは気持ちを落ち着かせ、静音暗殺サイレント・ワーカーを怒らせないよう口調に気を付ける。

「ならばこれからも残って指導を続け、部下達を一人前にしてくれたまえ。それが責任というものではないのか?」
「いや、契約通り俺と部下達は引かせてもらう。これでも忙しい身の上なのでな」
「くっ……しかし静音暗殺サイレント・ワーカー殿の指摘通り、我が部下達はまだ未熟。そんな彼らを見捨てるつもりか?」
「契約は契約だ」

 とりつく島もない。
 実際、ある筋――妖人大陸で最大の領土を抱える大国、メルティア王国からの依頼で白狼族に合流した人物2名を捕らえて欲しい。蔵八宝
 そのため静音暗殺サイレント・ワーカーを軍事顧問として紹介してもらった。
 本来なら、いくら金額を積んでも金ゴールドクラスの軍団レギオンをこの北大陸に呼ぶことなど出来ない。なぜなら金ゴールドクラスの軍団レギオンなら、他大陸で仕事内容は選びたい放題だ。
 わざわざ田舎の寒い北大陸で仕事を受ける必要は無い。

 彼とその一部部下が、現在この地に居るのは本来ありえないことなのだ。

 だがお陰で選りすぐった部下達を鍛え、対人戦に特化した処刑人シーカーの戦闘技術を1年間指導してもらい秘密兵士隊を設立することが出来た。
 後は依頼されている白狼族2名の人物を捕らえるだけだった。

 白狼族は同族意識が高い。
 1人でも捕まえれば芋づる式に捕らえることが出来ると楽観視していた。
 しかし、彼らは巨人族を楯に巧みにこちらの襲撃や追撃をかわし、未だ誰1人捕らえることが出来ていない。
 上流貴族というこの地の権力者の特権を用いて、強引に冒険者斡旋組合ギルドへ懸賞金をかけてもいるのにだ。

 静音暗殺サイレント・ワーカーが壁際から離れ、扉へと向かう。

「俺達はこれで失礼する。次の依頼の際は、もっと暖かい地での仕事を願う」
「ま、待ってくれ! 話はまだ――ッ!?」

 最後にちくりとした嫌味を残し、静音暗殺サイレント・ワーカーは音もなくスルリと扉の前へと移動する。
 トルオは慌てて振り返るが、そこにはすでに人影はなかった。
 扉を開けた音、出て行った音、閉めた音、何一つせず静音暗殺サイレント・ワーカーはまるで幽霊のように姿を消してしまう。
 残滓すら残さずだ。

 トルオは悔しげに奥歯を噛みしめた。

「化け物め……ッ」

 だが、今回依頼された仕事を無事こなせば、北大陸から出るための足がかりが出来る。
 自分はこんな田舎の一貴族で終わる器ではない。
 今回の件はただの踏み台で何時かは、この広い世界――大陸全土を支配する王となってみせる。

(我の前にあの化け物――静音暗殺サイレント・ワーカーすら跪かせてやる)

 底知れない欲望にトルオは突き動かされていた。

『父上! 父上はいずこか!』

 そんな彼の暗い想像を払拭する、勇ましい声がこの部屋まで響いてくる。
 静音暗殺サイレント・ワーカーとはまるで正反対の騒がしい行動だ。

 叫び声はだんだんと近づき、部屋の扉を荒々しく押し開く。

「こちらにいらっしゃいましたか、父上!」
「帰ってきて早々騒がしいぞ、アム。まずは挨拶の一つでもしたらどうだ?」

 アム、と呼ばれた少年は、居ずまいを正し右手を胸に、左手は背中へと移動させる。惚れ惚れするほど流麗な動きで挨拶をした。VIVID

「失礼しました、父上。アム・ノルテ・ボーデン・スミス、ただいま戻りました。帰宅が遅くなり大変申し訳ありませんでした」

 アム・ノルテ・ボーデン・スミス。
 やや癖毛の金髪、整った顔立ちの貴公子然とした美少年だ。肌が白く一目では儚げそうだが、第3ボタンまで開けたシャツの下には鍛え抜かれた肉体が備わっている。

「本当に遅いぞ。オマエが妖人大陸の魔術師学校を卒業して約1年、今までどこで何をやっていたのだ?」
「手紙に書いた通り、将来妻にする愛しい人のため、世界を回り武者修行をしておりました!」

 アムは無駄に美少年顔を締まらせ、極真面目に答える。
 この返答に父親のトルオは頭を抱えた。

 話から分かるようにアム・ノルテ・ボーデン・スミスは、魔術師学校時代、スノーに懸想した上流貴族だ。
 スミス家の長男で、本来なら魔術師学校を卒業後すぐ、父の下で後継者としての経験を積む筈だった。
 しかし、彼は――スノーが魔術師学校を飛び出した後卒業まで戻ってこなかったため、その間も彼女に相応しくなるためひたすら努力し、魔術師Bプラス級になって卒業。

 だが魔術師Bプラス級では、スノーの横には並び立てないと約1年間世界中を飛び回り修行の旅へと出た。
 今回、数年ぶりに北大陸ノルテ・ボーデンにある実家である城へと戻ってきたのには理由がある。

 アムは真剣な面持ちで目の前に立つ父に問う。

「父上、ぼくも一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ、今にも飛びかかってきそうな顔をしおって」
「父上のご返答によります。なぜ、白狼族に懸賞金などかけているのですか!」
「そのことか……」

 父は窓際に移動し、外を眺める。

 アムは修行中に白狼族に懸賞金がかかり、迫害されていることを知った。
 彼は昔から白狼族との個人的繋がりを持っていた。それ故、スノーに一目惚れ、懸想してしまった部分もあるのだろう。

「何を考えていらっしゃるのですか! 白狼族は巨人族の侵攻を知らせたり、雪山で遭難した住人の保護、降り積もった雪山の雪滑りを意図的にして危機を未然に防いでくれたりと……ずっと友好的に過ごしてきた一族ですよ! 父上がやっていることは長年親しんだ友人を裏切る行為! 民衆の規範となるべき存在の貴族としてあるまじき行為です!」
「魔術師学校を卒業して、帰っても来ずふらふら遊んでいると思ったら、帰ってきて早々批判とは! オマエの行動は自身が口にする『民衆の規範となるべき存在の貴族』だとでも言うのか!」
「それは詭弁です! ぼくが今、訴えているのは白狼族の対応についてです! ぼくの身勝手な行動に対して問題があるというなら、どんな処罰でも受けましょう! しかし、白狼族へかけている懸賞金は今すぐ取り下げて貰いますよ!」
「黙れ! 貴様のような青二才に我の思慮深き遠大な計画の何が分かる!」
「お話し頂けなければどんな賢者だとしても分かりません!」

 親子は会って早々喧嘩腰で会話を繰り返す。強力催眠謎幻水
 そこに割って入ったの無邪気な声音だった。

「兄様! 部下達から聞きました! お帰りになったのですね!」
「おお! ぼくの愛しい弟、オール! 久方ぶりだな! その愛らしい顔を見せてくれ!」

 オール・ノルテ・ボーデン・スミス。
 アムの1つ下の弟だ。
 彼に魔術師としての才能は無く、今年まで北大陸にある貴族学校に在籍していた。

 アム同様の金髪だが、こちらに癖毛はない。
 長髪で顔立ちはまだ幼いが、アムとは別系統の美少年だ。
 アムが貴公子とした戦場に立つ勇ましい美少年なら、オールは女装させたら高貴な出身の姫と言っても通じるほどの美少年である。

 アムは、オールを軽々と抱き上げその場で一回転。
 手を離すと、オールが子犬のように兄へとまとわりつく。

「兄様、お帰りなさいませ! 突然お帰りになってどうしたのですか? 確か、修行の旅に出たと思ったのですが」
「いや、色々あって一度戻って来たのだ。父上やオマエの顔を見たかったしな」

 アムは弟に父との諍いを見せたくないと、一瞥を送る。
 父も言い合いを避けるため、視線を再び窓へと向けた。

 オールは2人の間に漂う空気に気付かなかったのか……または逆に察したのか久しぶりに会う兄へキラキラとした好奇心の笑顔を向ける。

「そうでしたか! オールも久しぶりに兄様にお会いできて大変嬉しいです! いつまでこちらに居られるのですか? もし暇があるのなら、是非魔術師学校や修行のお話をお聞かせください!」
「はっはっはっ! もちろんだとも! よし、今夜は久しぶりに夜遅くまで語り合おうじゃないか!」
「いいんですか!」
「もちろんだとも!」

 オールは手放しで喜び、満面の笑顔を浮かべる。
 アムも弟へ笑顔を向けていたが、父には――

「それでは父上、先程のお話はまた後日ということで」
「分かった」

 2人はそれだけの短い会話を交わすと互いに背を向け合う。
 アムは挨拶を終えると、オールに手を引かれて部屋を後にした。印度神油

2014年7月24日星期四

ブルックの町にて

ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、ハジメは、勝手に薄汚れた場所と考えていのだが、意外に清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。酔っ払いたいなら酒場に行けということだろう。巨根

 ハジメ達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない三人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線がユエとシアに向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。平手打ちでないところが冒険者らしい。

 テンプレ宜しく、ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外に理性的で観察するに留めているようだ。足止めされなくて幸いとハジメはカウンターへ向かう。

 カウンターには大変魅力的な……笑顔を浮かべたオバチャンがいた。恰幅がいい。横幅がユエ二人分はある。どうやら美人の受付というのは幻想のようだ。地球の本職のメイドがオバチャンばかりという現実と同じだ。世界が変わっても現実はいつもも非情だ。ちなみに、ハジメは別に、美人の受付なんて期待していない。していないったらしていないのだ。だから、ユエとシアは、冷たい視線を向けるのは止めて欲しいと思うハジメ。先程から視線が突き刺さっている。

 そんなハジメ達の内心を知ってか知らずか、オバチャンはニコニコと人好きのする笑みでハジメ達を迎えてくれた。

「両手に花を持っているのに、まだ足りなかったのかい? 残念だったね、美人の受付じゃなくて」

 ……オバチャンは読心術の固有魔法が使えるのかもしれない。ハジメは頬を引き攣らせながら何とか返答する。

「いや、そんなこと考えてないから」
「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」
「……肝に銘じておこう」

 ハジメの返答に「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにゴメンね?」と、申し訳なさそうに謝るオバチャン。何とも憎めない人だ。チラリと食事処を見ると、冒険者達が「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」みたいな表情でハジメを見ている。どうやら、冒険者達が大人しいのはオバチャンが原因のようだ。

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」
「ああ、素材の買取をお願いしたい」
「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」
「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 ハジメの疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。

「あんた冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」
「そうだったのか」

 オバチャンの言う通り、冒険者になれば様々な特典も付いてくる。生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は冒険者が取ってくるものがほとんどだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くことはほとんどない。危険に見合った特典がついてくるのは当然だった。

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ。」

 ルタとは、この世界トータスの北大陸共通の通貨だ。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。驚いたことに貨幣価値は日本と同じだ。

「う~ん、そうか。ならせっかくだし登録しておくかな。悪いんだが、持ち合わせが全くないんだ。買取金額から差っ引くってことにしてくれないか? もちろん、最初の買取額はそのままでいい」
「可愛い子二人もいるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

 オバチャンがかっこいい。ハジメは、有り難く厚意を受け取っておくことにした。ステータスプレートを差し出す。

 今度はきちんと隠蔽したので、名前と年齢、性別、天職欄しか開示されていないはずだ。オバチャンは、ユエとシアの分も登録するかと聞いたが、それは断った。二人は、そもそもプレートを持っていないので発行からしてもらう必要がある。しかし、そうなるとステータスの数値も技能欄も隠蔽されていない状態でオバチャンの目に付くことになる。

 ハジメとしては、二人のステータスを見てみたい気もしたが、おそらく技能欄にはばっちりと固有魔法なども記載されているだろうし、それを見られてしまうこと考えると、まだ三人の存在が公になっていない段階では知られない方が面倒が少なくて済むと今は諦めることにした。狼一号

 戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに“冒険者”と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。……お気づきだろうか。そう、冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなのである。つまり、青色の冒険者とは「お前は一ルタ程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われているのと一緒ということだ。切ない。きっと、この制度を作った初代ギルドマスターの性格は捻じ曲がっているに違いない。

 ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。辛うじてではあるが四桁に入れるので、天職なしで黒に上がった者は拍手喝采を受けるらしい。天職ありで金に上がった者より称賛を受けるというのであるから、いかに冒険者達が色を気にしているかがわかるだろう。

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪ところ見せないようにね」
「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」
「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 オバチャンは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。優秀なオバチャンだ。ハジメは、あらかじめ“宝物庫”から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出す。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、再びオバチャンが驚愕の表情をする。

「こ、これは!」

 恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、漸く顔を上げたオバチャンは、溜息を吐きハジメに視線を転じた。

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」
「ああ、そうだ」

 ここでもテンプレを外すハジメ。奈落の魔物の素材など、こんな場所で出すわけがないのである。そんな未知の素材を出されたら一発で大騒ぎだ。樹海の魔物の素材でも十分に珍しいだろうことは予想していたので少し迷ったが、他に適当な素材もなかったので、買取に出した。オバチャンの反応を見る限り、やはり珍しいようだ。

 ちょっとだけ、奈落の素材を出して受付嬢が驚愕し、ギルド長登場! いきなり高ランク認定! 受付嬢の目がハートに! というテンプレを実現してみた……いことなどないったらない。だから、ユエとシアは冷ややかな視線を止めて欲しいと思うハジメ。体がブルリと震える。

「……あんたも懲りないねぇ」

 オバチャンが呆れた視線をハジメに向ける。

「何のことかわからない」

 例え変心してもオタク魂までは消せないのか……何とも業の深いことだ。とぼけながらハジメは現実から目を逸らす。

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

 オバチャンが何事もなかったように話しを続けた。オバチャンは空気も読めるらしい。良いオバチャンだ。そしてこの上なく優秀なオバチャンだ。

「やっぱり珍しいか?」
「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 オバチャンはチラリとシアを見る。おそらく、シアの協力を得て樹海を探索したのだと推測したのだろう。樹海の素材を出しても、シアのおかげで不審にまでは思われなかったようだ。

 それからオバチャンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。結構な額だ。

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね。」
「いや、この額で構わない」

 ハジメは五十一枚のルタ通貨を受け取る。この貨幣、鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので五十枚を超えていても然程苦にならなかった。もっとも、例え邪魔でも、ハジメには“宝物庫”があるので問題はない。

「ところで、門番の彼に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんだが……」
「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。三體牛鞭

「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」
「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 オバチャンの優秀さがやばかった。この人何でこんな辺境のギルドで受付とかやってんの? とツッコミを入れたくなるレベルである。きっと壮絶なドラマがあるに違いない。

「そうか。まぁ、助かるよ」
「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメは苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。ユエとシアも頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後までユエとシアの二人を目で追っていた。

「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

 後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。

 ハジメ達が、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは“マサカの宿”という宿屋だ。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。若干、何が“まさか”なのか気になったというのもあるが……

 宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、お約束のようにユエとシアに視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

「いらっしゃいませー、ようこそ“マサカの宿”へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」
「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 ハジメが見せたオバチャン特性地図を見て合点がいったように頷く女の子。

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、ハジメは何処か遠い目をしている。ハジメ的に、あのオバチャンの名前がキャサリンだったことが何となくショックだったらしい。女の子の「あの~お客様?」という呼び掛けにハッと意識を取り戻した。

「あ、ああ、済まない。一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」
「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。その旨を伝えると「えっ、二時間も!?」と驚かれたが、日本人たるハジメとしては譲れないところだ。

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

 ちょっと好奇心が含まれた目でハジメ達を見る女の子。そういうのが気になるお年頃だ。だが、周囲の食堂にいる客達まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいと思うハジメ。ユエもシアも美人とは思っていたが、想像以上に二人の容姿は目立つようだ。出会い方が出会い方だったので若干ハジメの感覚が麻痺しているのだろう。

「ああ、三人部屋で頼む」

 ハジメが躊躇いなく答える。周囲がザワッとなった。女の子も少し頬を赤らめている。だが、そんなハジメの言葉に待ったをかけた人物がいた。

「……ダメ。二人部屋二つで」

 ユエだ。周囲の客達、特に男連中がハジメに向かって「ざまぁ!」という表情をしている。ユエの言葉を男女で分けろという意味で解釈したのだろう。だが、そんな表情は、次のユエの言葉で絶望に変わる。男宝

「……私とハジメで一部屋。シアは別室」
「ちょっ、何でですか! 私だけ仲間はずれとか嫌ですよぉ! 三人部屋でいいじゃないですかっ!」

 猛然と抗議するシアに、ユエはさらりと言ってのけた。

「……シアがいると気が散る」
「気が散るって……何かするつもりなんですか?」
「……何って……ナニ?」
「ぶっ!? ちょっ、こんなとこで何言ってるんですか! お下品ですよ!」

 ユエの言葉に、絶望の表情を浮かべた男連中が、次第にハジメに対して嫉妬の炎が宿った眼を向け始める。宿の女の子は既に顔を赤くしてチラチラとハジメとユエを交互に見ていた。ハジメが、これ以上羞恥心を刺激される前に止めに入ろうとするが、その目論見は少し遅かった。

「だ、だったら、ユエさんこそ別室に行って下さい! ハジメさんと私で一部屋です!」
「……ほぅ、それで?」

 指先を突きつけてくるシアに、冷気を漂わせた眼光で睨みつけるユエ。あまりの迫力に、シアは訓練を思い出したのかプルプルと震えだすが、「ええい、女は度胸!」と言わんばかりにキッと睨み返すと大声で宣言した。

「そ、それで、ハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ!」

 静寂が舞い降りた。誰一人、言葉を発することなく、物音一つ立てない。今や、宿の全員がハジメ達に注目、もとい凝視していた。厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性まで出てきて「あらあら、まあまあ」「若いっていいね」と言った感じで注目している。

 ユエが瞳に絶対零度を宿してゆらりと動いた。

「……今日がお前の命日」
「うっ、ま、負けません! 今日こそユエさんを倒して正ヒロインの座を奪ってみせますぅ!」
「……師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」
「下克上ですぅ!」

 ユエから尋常でないプレッシャーが迸り、震えながらもシアが背中に背負った大槌に手をかける。まさに修羅場、一触即発の雰囲気に誰もがゴクリと生唾を飲み込み緊張に身を強ばらせる。

 そして……

ゴチンッ! ゴチンッ!

「ひぅ!?」
「はきゅ!?」

 鉄拳が叩き込まれる音と二人の少女の悲鳴が響き渡った。ユエもシアも、涙目になって蹲り両手で頭を抱えている。二人にゲンコツを叩き込んだのは、もちろんハジメである。

「ったく、周りに迷惑だろうが、何より俺が恥ずいわ」
「……うぅ、ハジメの愛が痛い……」
「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが……」
「自業自得だバカヤロー」

 ハジメは、冷ややかな視線を二人に向けると、クルリと女の子に向き直る。女の子はハジメの視線を受けてビシィと姿勢を正した。VVK

2014年7月22日星期二

ダークレイス

ワナルタ都市遺跡、二階層。
ここにも何度か足を運んだが、相変わらず敵の数が少ない。
グレインの奴が魔物を集め、使い魔のレベル上げをしているからだろう。
ここはワシらにとっても背伸び狩りなので、それは構わんのだが。中絶薬

「行くよ、ゼフっ!」
「あぁ」

ミリィがブルーゲイルを唱え、ワシがその発動に合わせタイムスクエアを念じブルーゲイルを二回唱える。
三重の竜巻がレイスマスターと取り巻きのミストレイスを捉え、一撃の元に葬り去った。

「しかしすごいですね、その技」
「なんかもう、二人だけでいいんじゃないかな……」
「そ……そんなことないってば!」

言葉とは裏腹にミリィは嬉しそうだ。
しかしミリィとの三重詠唱はまだ成功率が低く、十回やって一回成功するかどうかだ。
自分のタイミングで撃てる宝剣での三重詠唱と違い、見慣れているとはいえミリィとの三重詠唱はかなり難しい。
しかもミリィもまだ未熟で他の魔導のタイミングは安定しない為、ブルーゲイル以外の三重詠唱は無理だ。

とはいえブルーゲイルトリプルの威力は凄まじい。
感覚的にダブルの二倍以上の威力はありそうである。
ダブルだと四倍の威力だったがトリプルだと九倍になるのだろうか?
なら次は十六倍?その次は二十五倍?
恐ろしい話だが先ずはタイムスクエアのレベルを上げ、時間停止時間を伸ばすことだな。
現状では初等魔導のレッドボールすら三重詠唱することは出来ぬ。
考えながら歩いているとレディアの背にぶつかる。

「どうした、レディア?」
「また居るよ、あいつ」

レディアが指差す先を見ると、遠く離れた場所にグレインとその使い魔二人。
だが狩りはもう終わったのか、出会った時に使ったポータルとかいう魔導で青い光を生成し、その中に消えていった。

「帰ってしまったんですかね……?」
「そうみたいね、まぁいい事なんじゃない?」

グレインが溜め込んでいた魔物が散らばり、魔物の数が増えるのでペースが乱れるかもしれないが、まぁ大丈夫だろう。
無理そうなら帰ればいいだけの話だ。

「だが、入り口の付近で狩りをした方がいいかもしれないな。これから魔物が増えるだろうし、ミリィとの連携もまだ万全ではないし」
「そうですね、無理はやめておきましょう」
「え〜っ調子出てきたトコなのに〜っ」
「はいはい、帰りましょ〜ね、ミリィたん♪」

レディアがミリィを後ろから抱きかかえながら、その身体をふにふにと撫でると、ミリィが小さく悲鳴を漏らす。

「ひゃっ!ちょ……やめてよレディアぁ」
「ふふ〜ん、じゃあ言うことを聞く?」
「聞かないなんて言ってないでしょ!」

ミリィが身をよじりながらレディアの魔手から逃れようともがくが、レディアの腕は一度捕まるとタコのように絡まり、レディアの気が済むまで離さない。

「おじい、こわい……」

クロードの胸に隠れていたアインがヒョコと顔を出し、怪訝そうな目を向けると、レディアはそれに反応しピタリと動きを止める。

「あぁそうだ。アイン、お前も近づくとあぁなるぞ」
「わかった!」
「そ……そんなぁ〜私、コワクナイヨ〜?」

レディアの手が緩んだ隙に、ミリィもそこから逃げ出しアインはクロードの胸にまた潜り込む。
二兎追う者は一兎も得ずといったところか。
笑いを堪えながら入り口付近に向かうのであった。

道中、何度かレイスマスターに出会ったが、一体であれば問題はなく、二体でもそこまで苦戦を強いられることは無くなってきた。
ここで狩りをするようになりかなりの時間が経つ。
グロウスのおかげでレベルも上がり、慣れもあり、少々の事ではピンチになることも無くなってきた。

考えながら歩いていると、視界の端に青い光が生まれるのが見えた。
あれは……グレイン?
見ていると、グレインがポータルとかいう青い光からその長い身体を覗かせる。
使い魔二人も連れたままだ。
キョロキョロと周りを見渡し、またその光の中に消えていった。

「……しまった!すぐに帰るぞ!みんな!」
「どしたの?ゼフ」
「グレインは帰ったんじゃない!ボスを探して飛び回っていたんだ!」

二階層のボスは最上位ゆえ、復活時間のサイクルは半年から一年とかなり長い。
だから最初にいないことを確認し、安心していたのだが……迂闊だった。

「ミリィ、万が一ヤツに出会ったらすぐテレポートだ。魔法も物理も一撃でも喰らったら死ぬと思って行動しろ。レディアも、ミリィの事をよろしく頼んだぞ」RU486

そう言ってクロードの手を掴む。
ワシの声に驚いたのか、クロードは震えた手で握り返してきた。
少し汗ばんでいるな。
緊張が伝わってくるようだ。
クロード以外全員にセイフトプロテクションをかける。
気休めにしかならないだろうが、ないよりはマシだろう。

「いつも言っているが、二人とも万が一の時はワシらに構うな。こちらもそのつもりだ。無駄死には非効率的だからな」
「……」

無言になる三人。
って少し必要以上に脅かせ過ぎたか。
ワシも含め、最近緩んでいたから少し引き締めようと思ったのだけだが。

「なぁに、出会うかどうか分からんし、逃げに徹すればボスとて問題ないさ。テレポート封じの威圧は、発狂モードにならなければ使って来ることはない。バラけた場合、集合は入り口でな」
「わ…わかった!」

レディアを先頭に、早足で歩いていく。
ワナルタ二階層は結構入り組んでいる為、曲がり角などは結構ドキドキである。
曲がり角をレディアが覗き見て、OKのサインと同時に移動する。

なんとか一階層への大階段に通じる最後の直線に辿り着いた。
これで仮にボスに出会ってもテレポートで逃げられるだろう。

直線を注意深く進んで行くと、横から爆発が鳴り響く。

「ひゃあっ!?」

クロードがワシの腕に抱きついてきた。
レディアはミリィを抱え、壁まで飛び退く。

「び……びっくりしましたね」
「おそらくグレインがボスと戦いを始めたのだろう」

それならばむしろ安全である。
どちらにしろ、早く立ち去った方が安全なのは確かだが。

ちりんちりん。

音の方を振り向くと、そこにはレイスマスターがあらわれていた。
全く驚かせるなよ。

「ミリィ!」
「わかってるって♪」

ミリィがブルーゲイルを唱え、手のひらが光る瞬間を狙ってタイムスクエアを念じる。

(……少しタイミングが遅れたか!?)

微妙に同時発動のタイミングがズレてしまったが、構わずブルーゲイルを二回唱える。
別に同時でなくてもそれなりの威力はあるしな。

時間停止が解除され、竜巻が生まれる。
どうも失敗らしい。
ワシのダブルとミリィのシングルがレイスマスターを襲い、取り巻きのみを撃破する。

残ってしまったものはしょうがないので、クロードの手を離して戦闘に参加してもらう。

「あまり離れるなよ。クロード!レディアも!」
「はいっ!」

ワシも走りながらホワイトクラッシュを二回唱える。
レディアの一撃とほぼ同時にレイスマスターを光球が包み込んだ。

「ブルーゲイル!」

ミリィの魔導がレイスマスターを吹き飛ばした、次の瞬間。

轟音と共に横にあった壁が吹き飛び、パラパラと石畳に落ちてくる。
土煙を払い見えたのは大木の様な剛腕、それに似合わぬ小さな足。
真っ黒な巨体には真紅のラインが幾重にも走り、その表面には人の顔が蠢いているのがうっすらと見える。

ワナルタに住んでいた人々の思念の集合体であり、二階層のボス。
悪鬼、ダークレイスである。

「ゴオオオオオオオオオ!!」

ダークレイスはその丸い身体を更に膨らませ、天に向かって吠えた。
大気がビリビリと震え、皆は驚き身を竦ませた。
ぎょろり、とダークレイスの身体中の目がミリィを凝視し、魔導の光を放つ。

まずい!折悪しくミリィのブルーゲイルに突っ込んできたから、ミリィをターゲットに定めたのか!
ミリィはダークレイスの咆哮に足が竦んでいる。
あの状態ではとてもテレポートが使える様子ではない。

「ミリィ!逃げろーっ!」

ワシがテレポートを念じ、ミリィの横に立ち塞がった瞬間。
破壊の跡から飛び出した、二つの光がダークレイスを貫く。巨人倍増枸杞カプセル

光は螺旋を描きながらダークレイスを削り、ワシらの近くに着地した。
光が弱まり、その中からあらわれたのはグレインが連れていた使い魔である。

「おいおい、誰かと思えばクソガキ共じゃねぇか。ゼフっつったか?確か」

煙と共にあらわれたグレインが、ワシの方を見てニヤリと笑う。
奴らの出てきた壁の向こうは、ダークレイスと戦っていたのだろう、凄まじい破壊の跡が伺えた。

これはマズイな。
グレインとダークレイスの戦闘に巻き込まれてしまったのか。

「くく、お子ちゃま達はどっか引っ込んでた方がいいぜ?ここは今から戦場だからなぁ」

 手にした片手剣をタクトのように振ると、赤髪と青髪の使い魔がグレインの傍に戻ってくる。
 どうも以前よりレベルが上がっているようだ。

「レッド、ブルー。あいつらに構うことはねぇ。標的だけを狙え」

 グレインの声に二人の使い魔は頷き、武器を構える。
 グレインが何やら念じると、使い魔をまた先刻の光が纏った。
 見たことのない魔導だな。
 あれも派遣魔導師の固有魔導か。

 今の内にミリィの肩を抱き、後ろにテレポートする。

「……?出口はあっちだよ?ゼフ」
「あちらに行きたいのは山々なのだがな」

 ダークレイスの巨体が細い通路を塞いでおり、テレポートで抜けるのは困難だ。
 下手をするととばっちりを喰らう恐れがある。
 しかも来た道も奴らの攻撃で塞がれてしまっている。
 この状況は非常にマズイ。

「遺憾だが、グレインが勝ってくれる事を祈るしかない。援護するぞミリィ」
「え~……」

 ワシだって嫌だが負けられても困るだろう。
 タイムスクエアを念じ、ホワイトスフィアとレッドスフィアを唱えた。

「ノヴァースフィア!」

 ミリィもホワイトスフィアを唱え、白炎がダークレイスを焼く。

「おいおいしょぼい援護は必要ねーぜ?こいつらだけで十分だからなぁ」

 そう言ってこちらを向き、ニヤリと笑うグレイン。
 こっちもしたくてしてるワケではないわ。

 しかし言うだけあって確かにグレインの使い魔は、強い。
 ダークレイスの剛腕を難なく躱し、飛び散った破片に紛れてブルーと呼ばれた使い魔が両手剣を叩き下ろす。
 めきり、とダークレイスの腕が不自然に曲がり、そこに浮かんだ人面瘡が低い呻き声を上げた。

 もう片方の腕でブルーを迎撃しようとするが、レッドと呼ばれた使い魔がそこに槍を突き刺し動きを止めている。
 中々いいコンビネーションだ。

 グレインは手を出すつもりはないのか、片手剣を肩に担いだまま傍観している。
 定期的に使い魔を魔導で強化しているだけのようだ。

 傍観するグレインにダークレイスの攻撃の余波で飛び散った石弾が飛来する。
 あわや直撃というところで、レッドがグレインの前に立ち塞がり、その全てを受け切った。
 レッドは額から少し血を流しているが、ダメージはさほどないようだ。
 グレインもそれを当然といった顔で見下ろし、顎をくいと突き出した。
 とっとと行け、ということだろうか。
 命令を受け、即座にダークレイスに飛びかかるレッド。VigRx

 攻守共に使い魔に任せっきりか。
 楽なものだな。

 ダークレイス
 レベル97
 8598564/12596384

 ダークレイスと対峙したのは初めてだが、やはり尋常ではない魔力値だ。
 サニーレイヴンの約六十倍と言ったところか。

 当然攻撃力も比にはならない。
 あの使い魔とて、まともに一撃でも食らったらアウトだろう。
 グレインもそれをわかっているのか、使い魔に攻撃がかするたび、セイフトプロテクションを掛け直している。

「す……すごいですね。あんな戦い方があるなんて……」
「やっぱり私も使い魔欲しいなぁ~」

 そう言いながらミリィはダークレイスにホワイトスフィアを撃ち込んでいる。
 ダメージはあまりないようだが、ダークレイスの経験値は凄まじい筈だ。
 グレインがダークレイスを倒せばそのおこぼれとして大量の経験値を手に入れることが出来るだろう。
 グレインのおこぼれと言うのは少々癪だが利用出来るものは利用させてもううか。

「がんばれーっ!」
「ひゃっ!?アインちゃんいきなり動かないで下さいよぉ〜」

 アインがクロードの胸元からヒョコと顔を出し、同じ使い魔同士何か通じるものがあるのか、アインはグレインの使い魔を応援している。
 呑気なものだな全く。

 しかし結構安定した戦いぶりだ。
 スカウトスコープで確認したが、グレインの使い魔は共にレベル90を超えている。
 とはいえ、二人で相手出来るほどぬるい敵ではないはずだ。
 グレインの強化魔導がそれ程強力だということか。

 考えながらノヴァースフィアを唱えると、白炎がダークレイスを焼き、パリパリとその表皮が剥がれ落ち、黒い外殻から真紅の肉体が姿をあらわれていく。
 そのまるでむき出しの臓器のような身体を何本もの血管が走り、どくんどくんと脈打っている。
 不気味だ。これがダークレイスの発狂モードか。

「発狂モード!?」
「あぁ、ここからが問題だ。お手並み拝見と行こうか。クロードもレディアも、絶対ワシらから離れるなよ」

 ダークレイスが吠え、威圧の魔導を展開してくる。
 効果範囲はかなり広いな。
 これでもうグレインはテレポートを使えない。
 ワシらはぎりぎり使える距離だが、もうすこしダークレイスがこちらに来ればすぐに使用できなくなるだろう。
 念の為ブルーウォールを念じ、ダークレイスとワシらの間に壁を生成する。
 気休めにしかならんが、何もしないよりはマシだ。

「くっくっく、なんだぁ?ビビってんのか?ゼフ君よぉ?」

 挑発してくるグレインを無視し、ダークレイスにノヴァースフィアを唱える。
 グレインが舌打ちをしながら、レッドとブルーに強化魔導を掛け直すと同時に、ダークレイスは大きな口を開けた。

「しまっ……!?」
「ゴオオオオオオオオ!!」

 ダークレイスが咆哮を上げると、使い魔の纏った魔導の光が薄くなっていく。
 ワシの展開したブルーウォールも見る見るうちに消滅してしまった。
 どうやら魔導を打ち消す咆哮のようである。

「ちぃっ!」

 グレインが手を編み、魔導を練り上げようとするが間に合わない。
 ダークレイスが振り下ろした腕を、使い魔たちは受け止めようと武器を構えるが、そのまま叩き潰されてしまう。三便宝

2014年7月19日星期六

最弱とイジメ

ハジメが自分の最弱ぶりと役立たず具合を突きつけられた日から二週間が経った。

 現在、ハジメは訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしている。その手には“北大陸魔物大図鑑”と何の捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。何故、そんな本を読んでいるのか。それは、この二週間の訓練で成長するどころか、役立たずぶりがより明らかになっただけだったからだ。力がない分、知識と知恵でカバー出来ないかと訓練の合間に勉強しているのである。巨人倍増

 ハジメは暫く図鑑を眺めていたのだが、「はぁ~」と溜息を吐いて机の上に放り投げた。ドスンッという音が響き、偶然通りかかった司書が物凄い形相でハジメを睨む。

 ビクッとなりつつ、ハジメは急いで謝罪した。「次はねぇぞ、コラッ!」という無言の睨みを頂いて何とか見逃してもらう。自分で自分に「何やってんだ」とツッコミ、再び溜息を吐いた。

 ハジメはおもむろにステータスプレートを取り出し頬杖をつきながら眺める。

 ざっとハジメの五倍の成長率である。

 おまけに、ハジメには魔法の適性がないこともわかった。魔法適性がないとはどういうことか。この世界における魔法の概念を少し説明しよう。

 トータスにおける魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することは出来ず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 そして、詠唱が長さに比例して流し込む魔力は多くなり、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるという事につながる。

 よくRPG等で定番の“火球”を直進で放つだけでも、一般に直径二十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る式)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

 しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできると言った具合だ。この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない替りに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性がつくのである。

 大抵の人間は何らかの適性を持っているため上記の直径二十センチが平均であるのだが、ハジメ場合、全く適性がないため、基本五式に加え速度や弾道・拡散率・収束率等事細かに式を書かなければならなかった。そのため、“火球”一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかったのだ。

 ちなみに魔法陣は、一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか金属や鉱物に刻むタイプの二つがある。前者はバリエーションは豊かになるが一回の使い捨てで威力も落ちる。後者は嵩張るので種類は持てないが、何度でも使えて威力も十全というメリット・デメリットがある。イシュタル達神官が持っていた錫杖は後者だ。

 まぁ、そんなわけで近接戦闘はステータス的に無理、魔法は適性がなくて無理、頼みの天職・技能の“錬成”は鉱物の形を変えたりくっつけたり加工できるだけで役に立たない。錬成に役立つアーティファクトもないと言われ、錬成の魔法陣を刻んだ手袋をもらっただけ。一応、頑張って落とし穴? や出っ張り? を地面に作ることは出来るようになったし、その規模も少しずつ大きくはなっているが……まぁ、戦闘では役立たずである。

 この二週間ですっかりクラスメイト達から無能のレッテルを貼られたハジメ。仕方なく知識を溜め込んでいるのであるが……何とも先行きが見えず、ここ最近すっかり溜息が増えた。

 いっそ、旅にでも出てしまおうかと図書館の窓から見える青空をボーと眺めながら思うハジメ。大分末期である。ハジメは行くなら何処に行こうかと、ここ二週間誰よりも頑張った座学知識を頭の中に展開しながら物思いに耽り始めた。

(やっぱり、亜人の国には行ってみたいな。ケモミミを見ずして異世界トリップは語れない。……でも“樹海”の奥地なんだよなぁ~。何か被差別種族だから奴隷以外、まず外では見つからないらしいし)

 ハジメの知識通り、亜人族は被差別種族であり、基本的に大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツェナ樹海】の深部に引き篭っている。なぜ、差別されているのかというと彼等が一切魔力を持っていないからだ。

 神代において、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられている。現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものと認識されている。それ故、魔法は神からのギフトであるという価値観が強いのだ。もちろん、聖教教会がそう教えているのだが。

 そのような事情から魔力を一切持たず魔法が使えない種族である亜人族は神から見放された悪しき種族と考えられているのである。

 じゃあ、魔物はどうなるんだよ? ということだが、魔物はあくまで自然災害的なものとして認識されており神の恩恵を受けるものとは考えられていない。唯の害獣らしい。何ともご都合解釈なことだと、ハジメは内心呆れた。

 なお、魔人族は聖教教会の“エヒト様”とは別の神を崇めているらしく、基本的な亜人に対する考え方は同じらしい。また、魔人族は全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。

 人間族は、崇める神の違いから魔人族を仇敵と定め(聖教教会の教え)、神に愛されていないと亜人族を差別する。魔人族も同じだ。亜人族は、もう放っておいてくれといった感じだろうか? どの種族も実に排他的である。

(う~ん、樹海が無理なら西の海に出ようか? 確か、エリセンという海上の町があるらしいし。ケモミミは無理でもマーメイドは見たい。男のロマンだよ。あと海鮮料理が食べたい)中絶薬

 【海上の町エリセン】は海人族と言われる亜人族の町で西の海の沖合にある。亜人族の中で唯一、王国が公で保護している種族だ。その理由は、北大陸に出回る魚介素材の八割が、この町から出回っているからである。全くもって身も蓋もない理由だ。壮大な差別理由はどこにいった? と、この話を聞いたときハジメは内心盛大にツッコミを入れた。

 ちなみに、西の海に出るには、その手前にある【グリューエン大砂漠】を超えなければならない。この大砂漠には輸出の中継点として重要なオアシス【アンカジ公国】や【グリューエン大火山】がある。この【グリューエン大火山】は七大迷宮の一つだ。

 七大迷宮とは、この世界における有数の危険地帯をいう。ハイリヒ王国の南西、グリューエン大砂漠の間にある【オルクス大迷宮】と先程の【ハルツェナ樹海】もこれに含まれる。七大迷宮でありながら何故三つかというと、他は古い文献などからその存在は信じられているのだが詳しい場所が不明で未だ確認はされていないからだ。

 一応、目星は付けられていて、大陸を南北に横断する【ライセン大峡谷】や、南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある氷雪洞窟がそうではないかと言われている。

(やっぱ砂漠は無理かな……だとすると、もう帝国に言って奴隷見るしかないないんだろうけど……流石に奴隷扱いされてるケモミミを見て平静でいられる自信はないなぁ)

 帝国とは、【ヘルシャー帝国】のことだ。この国は、およそ三百年前に大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家らしい。実力至上主義を掲げており、かなりブラックな国のようだ。

 この国には亜人族だろうが何だろうが使えるものは使うという発想で、亜人族を扱った奴隷商が多く存在している。

 帝国は、王国の東に【中立商業都市フューレン】を挟んで存在する。【フューレン】は文字通り、どの国にも寄らない中立の商業都市だ。経済力という国家運営とは切っても切り離せない力を最大限に使い中立を貫いている。欲しいモノがあればこの都市に行けば手に入ると言われているくらい商業中心の都市である。

(はぁ~結局、帰りたいなら逃げる訳にはいかなんだよね。って、ヤバイ訓練の時間だ!)

 結局、唯の現実逃避でしかないと頭を振り、訓練の時間が迫っていることに気がつき慌てて図書館を出るハジメ。王宮までの道のりは短く目と鼻の先ではあるが、その道程にも王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや子供の遊ぶ声、はしゃぎ過ぎたのか子供を叱る声、実に日常的で平和だ。

(やっぱり、戦争なさそうだからって帰してくれないかなぁ~)

 そんな有り得ないことを夢想するハジメ。これから始める憂鬱な時間への現実逃避である。

 訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。ハジメは、自主練でもして待つかと、支給された西洋風の細身の剣を取り出した。

 と、その時、唐突に後ろから衝撃を受けハジメはたたらを踏んだ。何とか転到は免れたものの抜き身の剣を目の前にして冷や汗が噴き出る。顔をしかめながら背後を振り返ったハジメは予想通りのメンツに心底うんざりした表情をした。

 そこにいたのは、檜山大介率いる小悪党四人組(ハジメ命名)である。訓練が始まってからというもの、事あるごとにハジメにちょっかいを出すのだ。ハジメが訓練を憂鬱に感じる半分の理由である。(もう半分は自分の無能っぷり)

「よぉ、南雲。何してんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」
「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~ギャハハハハ」
「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」
「なぁ、大介。こいつさぁ、何かもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 一体何がそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいけどさぁ~」
「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 そんな事を言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達が気がついたようだが見て見ぬふりをする。

「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放って置いてくれていいからさ」

 一応、やんわりと断ってみるハジメ。

「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前は黙って、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」RU486

 そう言って、脇腹を殴る檜山。ハジメは「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。檜山達も段々暴力に躊躇いを覚えなくなってきている気がするハジメ。思春期男子がいきなり大きな力を得れば溺れるのは仕方ない事とはいえ、その矛先を向けられるのは堪ったものではない。かと言って反抗できるほどの力もない。ハジメは歯を食いしばるしかなかった。

 やがて、人気のない訓練施設からは死角になっている場所に来ると、檜山はハジメを突き飛ばした。

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

 檜山、中野、斎藤、近藤の四人がハジメを取り囲む。ハジメは悔しさを噛み締めながら立ち上がる。

「ぐぁ!?」

 その瞬間、背後から背中を強打された。近藤が鞘入りの剣で殴ったのだ。悲鳴を上げ前のめりに倒れるハジメに、更に追撃が加わる。

「ほら、何寝てんだよ? 焦げるぞ~、ここに焼撃を望む、“火球”」

 中野が火属性魔法“火球”を放つ。倒れた直後と背中の痛みで直ぐに起き上がることができないハジメは、ゴロゴロと必死に転がり何とか避ける。だがそれを見計らったように、今度は斎藤が魔法を放った。

「ここに風撃を望む、“風球”」

 風の塊が立ち上がりかけたハジメの腹部に直撃し、ハジメは仰向けに吹き飛ばされる。「オエッ」と胃液を吐きながら蹲るハジメ。魔法自体は一小節、直径十センチの簡易な魔法だ。

 それでもプロボクサーに殴られるくらいの威力はある。適性の高さと彼等の魔法陣が刻まれた媒介が国から支給されたアーティファクトであることが原因だ。普通なら料理用の火や涼むための風くらいしか出ない。

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~マジやる気あんの?」

 そう言って、蹲るハジメの腹に蹴りを入れる檜山。ハジメは込み上げる嘔吐感を抑えるので精一杯だ。

 その後も暫く、稽古という名のリンチが続く。ハジメは痛みに耐えながら何故自分だけ弱いのかと悔しさに奥歯を噛み締める。本来なら敵わないまでも反撃くらいすべきかもしれない。三便宝カプセル

 しかし、小さい頃から、人と争う、誰かに敵意や悪意を持つということがどうにも苦手だったハジメは、誰かと喧嘩しそうになったときは何時も自分が折れていた。自分が我慢すれば話はそこで終わり。喧嘩するよりずっといい、そう思ってしまうのだ。

 そんなハジメを優しいとい言う人もいれば、唯のヘタレという人もいる。ハジメ自身にもどちらかわからない事だ。

 そろそろ痛みが耐え難くなってきた頃、突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。

「何やってるの!?」

 その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている香織だったのだから。香織だけでなく雫や光輝、龍太郎もいる。

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」
「南雲くん!」

 檜山の弁明を無視して、ゲホッゲホッと咳き込み蹲るハジメに駆け寄る香織。ハジメの様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」
「いや、それは……」
「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」
「くっだらねぇことする暇あるなら自分を鍛えろっての」

 三者三様に言い募られ、檜山達は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。香織の治癒魔法によりハジメが徐々に癒されていく。

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 苦笑いするハジメに香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

「いつもあんな事されてたの? それなら、私が……」

 何やら怒りの形相で檜山達が去った方を睨む香織を、ハジメは慌てて止める。

「いや、そんな何時もってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」
「でも……」

 それでも納得できなさそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。渋々ながら、ようやく香織も引き下がる。

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 渋い表情をしている香織を横目にしながら苦笑いして雫が言う。それに、礼を言うハジメ。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬に当てるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 何をどう解釈すればそうなるのか。ハジメは半ば呆然としながら、ああ確かに天之河は基本的に性善説で人の行動を解釈する奴だったと苦笑いする。天之河の思考パターンは基本的に人間はそう悪ことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない! という過程を経るのである。

 しかも、光輝の言葉には本気で悪意がない。真剣にハジメを思って忠告しているのだ。ハジメは既に誤解を解く気力が萎えている。ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと。

 それがわかっているのか雫が手で顔を覆いながら溜息をつき、ハジメに小さく謝罪する。

「ごめんなさいね? 光輝も悪気があるわけじゃないのよ」
「アハハ、うん、分かってるから大丈夫」

 やはり笑顔で大丈夫と返事をするハジメ。汚れた服を叩きながら起き上がる。

「ほら、もう訓練が始まるよ。行こう?」

 ハジメに促され一行は訓練施設に戻る。香織はずっと心配そうだったがハジメは気がつかない振りをした。流石に、男として同級生の女の子に甘えるのだけは何だか嫌だったのだ。

 訓練施設に戻りながら本日何度目かの深い溜息を吐いた。本当に前途は多難である。

 訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

「明日から、実践訓練の一貫としてオルクス大迷宮に遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実践訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾でハジメは天を仰ぐ。蟻力神

2014年7月16日星期三

連続攻撃

「無詠唱なので、ひょっとしたらそのおかげで魔法を連続で使うことができるのかもしれません」

 セリーがロクサーヌに惑わされることなく見解を述べる。
 詠唱省略はあんまり関係ないと思うが。RU486
 魔法を連続で放つにはジョブを複数持つことが肝要なだけで。

「まあ詠唱がない分、早くは撃てるか」
「いえ。そういうことではなくて……」

 セリーがロクサーヌと視線をかわした。
 何かあるらしい。

「違うのか?」
「えっと。普通、パーティーではスキルや魔法を使うときは声をかけあってから使います」
「私たちのパーティーで魔法やスキルを使うのはご主人様だけなのでいいのですが、複数の人が同時に詠唱を行うと詠唱がうまくいきません。詠唱共鳴と言われています」

 ロクサーヌの説明をセリーが引き継ぐ。
 詠唱が重複するとよくないのか。
 それでは確かに、魔法を連続で撃つどころの騒ぎではないな。

 ロクサーヌが言い出したところをみると、誰でも知っていることらしい。
 俺は初めて知った。

「そうなのか。知ってた?」
「知ってる、です」
「私も聞いたことがあるような気がします」

 ミリアに尋ねると胸を張る。
 ベスタも知っているらしい。

「詠唱共鳴があるので、複数のパーティーが協同して迷宮を探索することは基本的にありません。一つのパーティーに魔法使いが複数入ることもあまりありません。交代で魔法を放ったりすることはあるようですが」
「なるほど。さすがセリーだ」

 そういえば、魔法はかなり威力があるのだから後衛に魔法使いを三人そろえれば強いパーティーができるはずなのに、今までそんなパーティーは見たことがない。
 単に魔法使いが少ないというだけでなく、別の理由があったのか。
 二人以上が同時に魔法を撃とうと詠唱するとうまくいかないと。
 MPの問題もあるから、交互に使うことはありとして。

「迷宮に入る者なら常識中の常識です」
「そ、そうか。普通は詠唱が邪魔をして魔法を連続では撃てないが、俺なら関係ないと」

 セリーの冷たい目線から顔をそらし、一人で納得した。

「さすがご主人様です」

 ロクサーヌが温かく迎えてくれる。
 心の友よ。
 いや。心の妻と呼びたい。

「まだ実験段階だがな。もう少しテストを続ける」

 その場を取り繕い、遊び人のテストを続けた。
 ロートルトロール二匹が次に出てきた魔物だ。
 この相手なら問題ない。
 ファイヤーストームを二発ずつ重ね撃ちする。

 九発めを放った後、少し様子を見た。
 魔物は倒れなかったので、十発めを撃つ。
 再びロートルトロールが燃え、煙になった。

 クリティカルが出たかどうか分からないので、最後が微妙に使いにくいな。 クリティカルが出ていれば、十発めは無駄になってしまうし。
 魔物がいないときに全体攻撃魔法を念じるとMPだけを消費して無駄撃ちになる。
 魔物が倒れるのを確認しながら使った方がいい。

 クリティカルが大量に発生したら七発で倒れて八発めが無駄になることもありうるが。
 現状そこまで考慮することもないだろう。
 七発で倒れるようなことはまずほとんどないはずだ。

 次の団体は、ロートルトロール三匹にハットバットが一匹だった。
 遊び人をつけてから初めて対するハットバット。
 遊び人のスキルは、頻繁に取り替えられないのが困りものだよな。
 ハットバットに対しても火魔法を使うしかない。

 そんなことよりも枠が一つしかないのが問題か。
 四つとはいわないが、せめて二つスキルを設定できれば。
 二つあれば、その階層と一つ下の階層の魔物の弱点属性魔法を設定できる。
 ハットバットは火魔法に耐性があるわけではないのが救いだ。

 二発ずつファイヤーストームを重ねていく。
 この先はどうするか。
 あれ?
 あー。いろいろめんどくさいことになってきているな。

 ロートルトロールが倒れた後も遊び人は火魔法を使うしかない。中絶薬
 つまり、ロートルトロールが倒れる前から魔法使いで水魔法を使えば、全体として見ればハットバットを早く倒せる。
 今回は三匹いるから、ロートルトロール最優先でいいだろうが。

 せめて九発めはどうするか。
 クリティカルが発生している可能性もある。
 クリティカルが発生していれば九発で倒れるから、九発めと十発めが両方火魔法である必要はない。
 ただし、どっちかは遊び人なので火魔法しか撃てない。

 その前に、魔法使いが放った火魔法か遊び人が放った火魔法かは区別されているのだろうか。
 どうなんだろう。

 九発めはウォーターストームと念じた。
 続けて、十発めのファイヤーストームを念じる。
 霧と火の粉が周囲を舞った。
 両方使うとえらいことになるな。

 遊び人に水魔法はセットしていないので、これは魔法使いの水魔法だ。
 普通にうまくいったらしい。
 魔物は、水と火で熱湯地獄だろう。
 熱湯地獄の中、ロートルトロールが倒れた。

 クリティカルが出ていたのかどうか。
 考えてみれば、九発でロートルトロールが倒れるのならハットバット一匹しか残らないから、十発めは単体攻撃魔法でよかったのか。
 まあそのくらいのMP使用量の違いは誤差の範囲だろう。

 むしろ、七発めや五発めもウォーターストームでいくべきだっただろうか。
 ハットバットとロートルトロールが出てきたら、風魔法と火魔法を交互に使うことが全部の魔物を最短で倒す道になる。
 それとも、魔物の数が減れば前衛は楽になるから、優先して数を削るべきだろうか。
 今回はロートルトロールが三匹だから数を優先でいいとして、一匹一匹くらいならどうするか。

 ハットバット二匹とロートルトロール一匹ならどうするか。
 遊び人は火魔法しか使えないから、ハットバットを先に倒すことは大変だ。
 というか無理なのか。

 遊び人は火魔法を使うしかない。
 水魔法と火魔法を交互に使えば、ハットバットとロートルトロールは同時に倒れる。
 少ないロートルトロールでも先に倒してまず数を減らすべきなんだろうか。
 いろいろと考えることが多いな。

 一匹残ったハットバットにブリーズボールを放つ。
 続いて十二発めのファイヤーボールを。
 げ。頭上で火の球が踊った。

 ブリーズボールとファイヤーボールは干渉しあうようだ。
 干渉なのか共鳴なのか。
 炎が盛んに揺らめきながら、ハットバットに向かっていった。
 大丈夫なんだろうか。

 あるいは、逆に相乗効果があるとか。
 土魔法と火魔法で溶岩地獄とか。
 いけそうな気がする。

 その場合、弱点魔法や耐性はどうなるのだろうか。
 水魔法か火魔法かに耐性があるだけで、熱湯地獄は防げるとか。
 駄目じゃん。

 ただでさえ分かりにくいのに、さらにこんがらがるな。
 シンプルにいこう。シンプルに。
 攻撃魔法は少し間をおいて別々に放った方がいい。
 クリティカルを考えればいつ倒せるのか分からないし。

 というか、クリティカルが出なかったとして、いつ倒せるんだ?
 あー。めんどくさい。
 ブリーズボールとファイヤーボールを交互にぶつける。

 蝙蝠が風に揺れ、続いて火の球がぶつかった。
 次のブリーズボールで、ハットバットが墜落する。
 ここまでか。
 別々に使って正解だ。

「単体攻撃魔法も連続でお使いできるのですね」
「いろいろ面倒で大変だがな」

 火魔法しか連続で使えないことは、スルーしてくれるらしい。威哥王三鞭粒
 セリーの心遣いに感謝しておく。

 次の相手は、ハットバット二匹とロートルトロールだった。
 げ。まだ考えがまとまっていないのに。
 思わずウォーターストームを放つ。

 いかん。
 ハットバットが二匹だったので、いつもどおりつい水魔法を使ってしまった。
 水魔法でよかったのだろうか。
 二発めに火魔法を使う。

 まあいいや。
 魔物が三匹なら前衛の三人と一対一だ。
 一匹だけを減らすメリットはそれほどないだろう。

 ハットバットを倒すのが遅れれば戦闘時間が延びるから、デメリットも大きくなる。
 本当のところどうすればいいのかは、よく分からん。

「やった、です」

 それに、こういうこともあるんだよな。
 ロートルトロールが石化した。

 熟考してロートルトロールを先に倒した方がいいという結論が出たとしても、すべてが無になりかねない。
 考えるのは無駄だな。
 適当でいいや、適当で。
 適当にいこう。

 ウォーターストームとファイヤーストームを交互に撃っていく。
 ロートルトロールが先に煙になった。
 石化すると魔法に弱くなるから、先に倒れるのは当然だ。
 続いて、ハットバットも落ちる。

 クリティカルが出ていたのかどうか。
 いや。もう深く考えるのはよそう。

 その後は深く考えず、適当に戦っていった。
 適当が一番だ。
 実験は、少しだけ行う。
 ハットバットが出てきたときに、一発めにファイヤーストーム、二発めにウォーターストームと念じた。

 火の粉は出たが霧は発生しない。
 水魔法はうまくいかなかっただろう。
 すぐにファイヤーストームと念じると、火の粉が舞う。
 こっちは成功だ。

 多分、一発めの火魔法は魔法使いの火魔法が発動したのではないだろうか。
 二発めにウォーターストームを撃とうとしても、遊び人には水魔法がなく、魔法使いは火魔法を使ってしまっているので発動しなかったと。
 そこでファイヤーストームと念じれば、今度は使っていない遊び人の火魔法が発動する。

 次のウォーターストームは成功したから、一発めに魔法使いの火魔法が発動したことは間違いない。
 魔法使いの魔法から先に発動するのは、ジョブの順番が関係しているのだろうか。

 戦闘が終わった後、試しに、サードジョブを遊び人に、シックススジョブを魔法使いにしてみる。
 次の団体はロートルトロールとラブシュラブの組み合わせだったので火魔法のみで沈め、その次の団体にハットバットが出てきたとき、水魔法を使った。
 火魔法水魔法の順番で、ちゃんと霧と火の粉が舞う。

 水魔法火魔法の順番でもうまくいった。
 あれ、と思ったが、遊び人には水魔法はない。
 最初の水魔法は魔法使いの水魔法が発動し、次の火魔法はまだ発動していない遊び人の魔法が炸裂したのか。

 理屈にかなっている。
 やはり先につけているジョブから順に発動していくのだろう。三鞭粒
 魔法使いと遊び人の順番は、遊び人を先にした方がいいということだな。

 後は深く考えずに魔物を狩っていく。
 多少は無駄も出たかもしれないが、しょうがない。
 遊び人の効果は、英雄の効果の知力中上昇に戻した。
 レベルが低いうちはそれほどの効果はないだろうが。

 魔法職が二つ使えるというのは大きい。
 探索もサクサク進む。
 もはやこの階層では敵なしと考えていいのではないだろうか。
 好事魔多しというから気をつけなければいけないが。

 遊び人にも馴染んだころ、二十一階層のボス部屋が見つかった。
 入った小部屋には前と後ろにしか扉がない。
 待機部屋だ。

「待機部屋か」
「はい、です」

 ミリアはやる気だ。
 二十二階層に抜ければマーブリームだしな。

 デュランダルを用意して、遊び人をはずす。
 遊び人に代えて戦士をつけた。
 Lv30まで育てたからもう剣士にする必要はない。
 遊び人のスキルをラッシュに変更する手もあるが、ボス戦の時間くらいでは元に戻せないだろう。

 魔法職が二つになったのだから、デュランダルを出さずにこれからは魔法で戦う手もあるな。
 どうすべきか。
 ボス戦でも魔法で戦った方がいいだろうか。

 まあ急に戦い方を変えるのもよくない。
 今回はデュランダルでいいだろう。
 そうはいっても相手はボスだし。

 どうせ次の二十二階層ではボスと何度も戦うことになる。
 その中で、一度魔法で戦ってみればいいだろう。
 あるいはより慎重を期すなら、下の階層から戦ってみるのもいい。

 ボス部屋への扉が開いたので、デュランダルを持って中に入った。
 煙が集まって、魔物が二匹現れる。
 ロートルトロールとロールトロールだ。
 ベスタがロートルトロールの方へ、他の三人がボスに向かった。

 俺はボスに状態異常耐性ダウンをかけてから、ロートルトロールに斬りかかる。
 横の安全な位置から、ロートルトロールを、その後ロールトロールも倒した。
 今回石化は出なかったが、俺は魔物を後ろから襲っているだけだから、ほぼ安泰だ。

 これなら固定砲台になってもいけそうか。
 ロクサーヌはもちろん、ベスタもちゃんと魔物を相手に戦えている。
 ボス以外のもう一匹の方は、その階層に出てくる魔物だから、常に戦っている相手だしな。
 迷宮の洞窟で戦うときと違って、ボス部屋では接触するまでの待ち時間がないから、戦闘する時間は長くなるが。

 まあそれは二十二階層のボス部屋で考えればいい。
 今は二十二階層へ足を踏み入れるだけで十分だ。

「二十二階層の魔物は、マーブリームか?」
「はい。ハルバーの迷宮二十二階層の魔物はマーブリームになります」

 セリーに確認を取る。
 やはりマーブリームか。

 料理人をどうするかが問題だな。
 探索者、英雄、遊び人、魔法使い、僧侶、博徒と六つもジョブを使っているのに、まだ足りなくなるのか。天天素
 贅沢に慣れると人はどんどん駄目になっていくようだ。

2014年7月14日星期一

ステーキ

―――やられたわ。

シエナの森のエルフ、ファルダニアは敗北を認めざるを得なかった。
「どうだい?うまかっただろ?」
忌々しい声…人間の男の声が聞こえる。
目の前には、黒い鉄の皿…つい先ほどファルダニアが食べつくした料理が乗っていた皿が置かれている。Motivat

エルフは一般に、動物から得られる食物を食べない。
清められた清浄なる森の民エルフにとって、森に住む獣は大切な『友人』であるし、何より動物の匂いは強すぎる。
エルフにとっては動物の肉などは非常に匂う。
故に、エルフは狩りをしない。
エルフ自慢の弓の技はあくまで森に土足で踏み入る外敵と戦うための技に過ぎない。
エルフの出生率が低く、絶対数が少ないためと言うこともあったが、エルフが暮らす森はどこも木々や草花の恵みだけで充分暮らしていける場所ばかりなのだ。
幼い頃から人里で暮らしている連中や人の世界へと冒険に繰り出すような変わり者、あるいは忌まわしい『混ざり物』ならば肉や魚を好むこともあるが、ファルダニアのような『正当な』エルフならばそんなものは食べない。
だからこそ、ファルダニアは半ば見下すように注文を出し…男はたやすく答えて見せた。

肉も魚も乳も卵も使わない美味しい料理。
そんなものをこんな、繊細さの欠片も無いような野蛮な人間の男が作れるとは思っても見なかった。

もし、それで出てきたのがファルダニアが普段口にしているようなもの…
新鮮な生の野菜や野草を盛り合わせたサラダの類や野菜と茸を煮込んだスープの類であればここまで驚きはしなかったであろう。
精々が人間もなかなかやるじゃない、程度で済んだはずだ。
だが、違った。男が作りもって来たのは、ファルダニアの想像だにしなかった料理だった。
(くやしい!…けど)
流石に最後の一口まで全部食べつくして『おいしくなかった』が通用しないのは、ファルダニアにも分かっている。
ファルダニアは唇をかみ締めながら、こうなった経緯を思い出す。

(最初の間違いは…そう、ここに入ったことだわ)
まずはそこからである。

ことの起こりは、森に茸狩りに出ていたファルダニアが、不思議な魔力の流れを感じ取ったことだった。
「…何かしら?これ…移送系の魔法?」
ピクリと長い耳を動かしファルダニアは異変を察知した。
森の、特に魔力が溜まりやすい一角に、魔力が集まっている。
このままだと何か…転送の魔法陣のようなものが発生しているはずだ。
ファルダニアの魔法の知識がそう告げていた。

エルフは魔法に長けた種族である。
人間の中にあれば優秀な、と称される魔術師の魔法程度なら、50歳に満たぬエルフの子供でも使いこなすし、エルフの長い寿命の中で研究されてきた魔法の技術は、人間やドワーフのそれとは比べ物にならないほど発達している。
それ故に魔力にも敏感で、それが強い魔法ならば発動前に察知することもできるのだが…

「…この魔力からすると、村の誰かが使った魔法ではないわね…とりあえず、行ってみましょう」
エルフの森であるシエナの森で怪しげな…強力な魔法が使われたとあっては無視するわけにもいかない。
ファルダニアは魔法が使われたとおぼしき場所に、愛用している弓を持って赴いた。

(あった…どうやらアーティファクトの類の魔法のようね…)
ほどなくして、魔法の発生場所に着いたファルダニアは、正確にそれがなんであるかを察した。
森の木の洞に取り付けられた、猫の絵とファルダニアの知識には無い文字で書かれた黒い扉。
古代…エルフが魔法の起源種として最も栄えていた時代に作られたアーティファクト。
それが魔法の発生源だ。
(…これだけ強い魔法だと、飛ばされる先は、多分異世界だわ)
ファルダニアはエルフの森でも若いが優秀な魔術師である。
その知識により、魔法の正体を正確に察する。
何日かの間隔で上下する魔力が最も高まった日にのみ発動する魔法のようだ。
この魔力の強さから察するに、この世界のあちこちに似たような扉が現れているはずだ。
「…まずは、調べてみましょう」
近くの木に、転移魔法の目印をつける。
これで異世界からでも、扉が繋がっている今日ならば無理やりこの場所に転移できるはずだ。levitra
そして準備を整えたところで、扉を開く。
チリンチリンと、魔法の発生源から音が響く。そして。
「ムニエルをくれい!それと酒だ!酒をたっぷりとよこせ!」
「いつもの」
「…オムライス。オオモリ。モチカエリ、オムレツ、3コ」
「店主、エビフライを2人前頼む!」
「あの…チョコレイト・パフェを1つ、お願い致します…」

そこに広がっていたのは、店だった。
店の中に置かれたテーブルと、椅子。
その椅子に座った客が思い思いに料理を注文していた。
「いらっしゃいませ。空いてる席にお座り下さい」
恐らくはこの店の店主が、ファルダニアに言う。
それを胡散臭そうに見ながら、ファルダニアは好奇心に任せて空いているテーブルの席についた。

「くそう!まだまだワシの酒ではかなわんわい!」
いかにも金物臭そうなドワーフ族が、魚の肉を肴に酒を一気に飲み干してため息を吐き出す。
「うむ。ドヨウにはやはりこれだな」
黄金色の酒と、豚の揚げ物を食べながら、痩せた人間の老人が頷く。
「…ム。オカワリ」
片言の言葉で、赤いものがかかった卵料理を再び注文しているのは、全身に傷が刻まれた、湿地帯に住まうと言うリザードマンの戦士。
「うむ!タルタルソースも良いがトンカツソースもあう!やはりシュライプは偉大だ!」
騒ぎながら海の生き物らしきものを食べているのは人間族の男。
「………」
黙々と真剣に、黒いものがかかった、牛の乳らしきものを材料にした謎の物体を食べているのに至っては、きらびやかなドレスを着た、明らかに育ちが良さそうな人間の娘である。

(さてと…困ったわね)
そんな状況の中、ファルダニアは困っていた。
正直、どれもおいしそうに見えないのだ。
先ほど持って来てもらったメニュー。
それに書かれたものは、どれも見たことも聞いたことも無い料理ばかりだった。
だが、店の客が食べているものを見れば分かる…ここの料理は、ファルダニアの、エルフの口には合わない。
(なんで人間の作る料理ってこう…野蛮なのかしら)
そう、この店の料理はどれも獣や魚、乳や卵といったものが入っているのだ。
森で暮らす正当なエルフにとって、それらは『食材』とは言えない。
ようするに食べられないのだ。
(パンとか…スープもダメね)
その忌避感は強い上に、エルフの感覚は鋭い。
僅かにでも獣や魚、乳や卵が混じっていれば、見抜いてしまうし、そうすると食べられない。
「お客さん。ご注文は決まりましたか?」
店主がファルダニアに話しかける。
ファルダニアはため息を1つ吐き出し、いじわるを言う。
「そうね…肉も魚も乳も卵も入っていない料理があるなら、それをちょうだい。
 ないなら特に何もいらない。すぐに出て行くわ」
あるわけが無い。そう思っていたので立ち上がりかけながら言う。だが。
「はい、ご注文ありがとうございます。じゃあちょいと待っててください」
男は1つ頷くと、さっさと厨房へ行ってしまおうとする。
「ちょっと!」
それを見て、ファルダニアは慌てて立ち上がり店主を呼び止める。
「…なんです?」
「言っとくけど、私は隠し味とか、少しでも混じってたら食べられないわよ?
 それでも作れるっていうの?」
「大丈夫ですよ。ちょいとスープは…
 みそ汁もダメみたいですが、他はちゃんとお出しできますんで」
「…そう。ならいいわ」
そうまで言われては引き下がるしかない。
ファルダニアは黙って再び席に着く。
(一体、何を出すつもりなのかしら?福源春
 人間にそんな料理が簡単に作れるとも思えないんだけど。
 サラダとか、スープの類?
 でもスープは出せないみたいなことを言ってたわね…)
もし、変なごまかしをしたら、すぐにでも席を立つ決意を固めながら。

そして、暫く後。
「お待たせしました」
その料理が、ポンとファルダニアの前に置かれる。
「なにこれ?」
それを見て、ファルダニアは思わず声を上げた。

八つ切りにしたダンシャクの実を植物の油で揚げて塩を振りかけたもの。
甘くなるよう茹で上げた、鮮やかなオレンジ色のカリュート。
濃い緑の葉野菜。

そして、それらを乗せた、熱く熱せられた黒い鉄の皿の上にどんと置かれ、ジュウジュウと音を立てる料理。
それは、ファルダニアの知識には無い料理だった。
「豆腐ステーキです。味付けはおろしポン酢…
 うちのは出汁は昆布だけなんで多分お嬢さんでも食べられると思います。
 これでもお嬢さんみたいな若い娘さんからよく頼まれる料理でしてね。
 たまに出るんですよ。
 それとパンはダメっぽいんでライスもって来ました。
 ま、豆腐ステーキにはこっちのが合うと思いますよ。そいじゃあごゆっくり」
ファルダニアの呟きに答えるように言うと、店主は新たな客の注文を取りに行ってしまう。
(…確かに獣の匂いはしないけど…)
ファルダニアは料理から漂う香りからそう判断する。
果物の爽やかさと、新鮮な植物の油で焼かれた芳しい香りの中には、獣の匂いは無い。
確かにこの『トーフステーキ』はファルダニアの注文通り、肉も魚も卵も乳も使われていないようだ。
(けど、問題は、味よ)
これでもファルダニアはシエナの森の中では料理上手で知られている。
幾らファルダニアの出した無茶苦茶な条件は満たしているとはいえ、不味かったら話にならない。
「それじゃあ…」

ごくりと唾を飲み、ファルダニアはフォークとナイフを取る。
付け合せも気にはなるが、まずはメインをとばかりに、皿の上に乗ったそれにナイフを入れる。
それは、まるで抵抗を感じさせない柔らかさでもって切り分けられた。
(…良く分からないわね。店主は『トーフ』とか言ってたけど)
一口大の四角に切り分けられたトーフをフォークに刺してしげしげと眺める。
軽く焦げ目がつく程度まで焼かれた、生成り色の正体不明の物体…少なくとも嫌な匂いはしない。
新雪のような野菜の摩り下ろしと茶色いソースが掛けられたそれは、ファルダニアの知識に無い食べ物だった。
(とにかく…食べてみるしかないわね)
不味いにしても、一口も食べないわけには行かない。
意を決してファルダニアはそれを…食べた。

(なにこれ!?)

新鮮な驚きが、ファルダニアの心の中に広がった。
それは油で焼かれて香ばしい風味を持ちながらも滑らかでまろやか。
ファルダニアの知識には無い風味が口いっぱいに広がったのだ。
(…もっと小さい頃、食べたことがあるような…)
そんな、懐かしい味。
エルフであるファルダニアは知らない。K-Y Jelly潤滑剤
これは…乳製品に近い味であった。
エルフにとって乳は食材ではない。例え食べてもその生臭さが先に来る。
それ故に、森のエルフが知る乳製品の味は、ただ1つ。
(そうだわ…これ、お母さんの味)
エルフにとって極めて短い数年の間だけ母から幼子に与えられる味のみである。
(これ…凄い完成度だわ)
最初の衝撃が抜けて後、ファルダニアは冷静に分析し…驚愕する。
上に掛けられたソースの凄さに気づいたのだ。

果物…それも甘みを持たない酸味が強い果物の汁と何かをあわせた、茶色い汁。
かすかにトーフと同じ風味があるように感じる茶色い汁は、それだけでもかなり美味であることを感じとる。
さらにその2つの味を調和させているのは、海の匂いを持つ汁。
(まさか人間にこんな技術があるなんて…)
その、海の匂いを持つ何かが何かは分からない。
だが、何に使われているのかは分かる。
ファルダニアがスープを作るときに入れる、干し茸。
それと同じだ。しっかり煮込むことで、汁を出してそれを混ぜ込んでいる。
そうすることにより、どちらも強い味を持つ2つを調和させている。
…ファルダニアが作る料理よりはるかに高い水準で。
(それだけでも十分美味しいのに…)
さらにそれにあわせるのは、強い匂いのハーブと、白い雪のような野菜の摩り下ろし。
辛味とかすかな苦味を持つそれに、酸味と塩味を持つソースとあわせることで、複雑な味を作り出している。
さらに強い独特の匂いがあるハーブのお陰で、後味もさっぱりとしている。
その、複雑なソースがどちらかと言えば素朴で淡白な味がするトーフに合わさることで、あっさりしながらも確かに食べているという満足感がある。
(…こんなものを…人間なんかが作れるなんて!)
衝撃を受ける。
短い寿命しか持たず、どんどん生まれてすぐ死ぬ種族。
高貴なエルフのような、素晴らしい文化とは無縁の種族。
そう、思っていた。だが、ファルダニアは聡い娘であるが故に悟った。

この料理は…今のエルフが作れる料理のはるか先にいる、優れた料理だと。

悔しさをかみ締める…トーフステーキと一緒に。
トーフステーキと一緒に食べるライスや、付け合せまで美味しいのが、また悔しい。
(このまま負けてるなんて…許せない!)
その日こそエルフの例に漏れず、やはり高かったファルダニアの誇りに火がついた瞬間であった。

翌日。

「本当に行くのかい?ファルダニア」
ファルダニアの父…未だにファルダニアとそう変わらない若々しい若者の姿を持つ、齢300歳に届かぬ父親が、不安げに尋ねる。
まだ若い大事な大事な一人娘を、エルフの守りがあるシエナの森から出すのは、本当に不安だったのだ。
「もちろん!…大丈夫よ。私はもう、大人だもの」
ファルダニアの決意は固い。
エルフとして誇りを傷つけられた以上は、この森でヌクヌクと暮らすことなどできない。
ファルダニアは…旅に出ねばならない。
若さゆえの無鉄砲により、ファルダニアは堅くそう信じ込んでいた。
「大人なもんか!まだ君は若すぎるよファルダニア!」
そんな娘に対し、妻…ファルダニアの母親を病でなくしてたったの20年しか過ぎていない父親は抗議の声を上げる。
例え肉体が育ち終わっていたとしても、精神はまだまだ未熟だ。
父親から見て、ファルダニアはまだまだ子供だった。
「もう!大丈夫だから!心配しないで!
 きっとパパにも美味しいお料理を食べさせてあげるから!」
とうとう我慢の限界を越えたファルダニアがそれだけ言って半ば飛び出すように家を出る。
「あ、待って!せめて…」
父親の言葉を振り切ってそのまま魔法を使い、風のように駆ける。
あっという間にシエナの森を出て広がるのは、森の木々に遮られぬ、ただただ広い平原。
「そうよ…美味しい料理を作るの!あの異世界食堂の人間よりももっと!」
そしてファルダニアは駆け出す。誇りを取り戻すための旅に。曲美

後の世、あらゆる種族に絶賛された、肉も魚も卵も乳も使わないにも関わらず素晴らしい美味珍味を生み出すエルフ料理。
その開祖とでも言うべき伝説の料理人、御年わずか121歳の若き日の旅立ちであった。 

2014年7月12日星期六

地雷と言う名の裏切り

夕方、城下町に戻った俺達は武器屋にまた顔を出した。

「お、盾のあんちゃんじゃないか。他の勇者たちも顔を出してたぜ」

 みんなこの店で買ったのか。精力剤
 ホクホク顔の親父が俺達を出迎える。

「そうだ。これって何処で買い取ってくれる?」

 オレンジバルーン風船を親父に見せると親父は店の外の方を指差した。

「魔物の素材買取の店がある。そこへ持ち込めば大抵の物は買い取ってくれるぜ」
「ありがとう」
「で、次は何の用で来たんだ?」
「ああ、マイン。仲間の装備を買おうと決めてさ」

 俺がマインに視線を向けるとマインは店内の装備をジッと凝視していた。

「予算額は?」

 手元に残っているのは銀貨680枚。そこからどれだけの装備品を買うと良いか。

「マイン、どれくらいにしておいた方が良い?」
「……」

 マインはとても真面目な表情で装備品を見比べている。
 とてもじゃないが俺の言葉など耳に入っていない。
 宿代がどれくらいか分からないけど、一ヶ月の生活費は残しておかなきゃいけないだろうしなぁ。

「お連れさんの装備ねぇ……確かに良いものを着させた方が強くなれるだろうさ」
「はい」

 どうも俺は攻撃力とは無縁のようだし、マインに装備の代金を集中させる方が良さそうだ。

「割と値が張りそうだから雑談しながら今のうちに値引きしてやる」
「お、面白いことを抜かす勇者様だ」
「8割引!」
「幾らなんでも酷すぎる! 2割増」
「増えてるじゃねえか! 7割9分」
「商品を見せてねぇで値切る野郎には倍額でも惜しいぜ!」
「ふ、抜かせ! 9割引!」
「チッ! 2割1分増!」
「だから増やすな! 10割引」
「それはタダってんだ勇者様! しょうがねえ5分引き」
「少ない! 9割2分――」

 それからしばらくして、
 マインはデザインが可愛らしい鎧と妙に高そうな金属が使われている剣を持ってきた。

「勇者様、私はこのあたりが良いです」
「親父、合計どれくらいの品? 6割引」
「オマケして銀貨480枚でさぁ、これ以上は負けられねえ5割9分だ」

 マインが決める前に行っていた値切り交渉が身を結び、値段は下げることが出来た。
 でも、さすがに残金、銀貨200枚は厳しくないか?

「マイン……もうちょっと妥協できないか? 俺は宿代とか生活費がどれだけ掛かるか分からないんだ」
「大丈夫ですよ勇者様、私が強くなればそれだけ魔物を倒したときの戦利品でどうにか出来ます」

 目をキラキラ輝かせ、俺の腕に胸を当ててマインはおねだりをしてくる。

「しょ、しょうがないなぁ……」

 銀貨200枚、考えてみれば錬や元康、樹は最低3人は連れているのだ。活動費は元より装備品にだって金を回させるのがやっとだろう。媚薬
 ともすれば200枚あれば一月生活するには十分である可能性は高い。
 仲間を募集するのはLvアップして稼ぎが軌道乗ってからでも悪くは無いかも。

「よし、親父、頼んだぞ」
「ありがとうございやした。まったく、とんでもねぇ勇者様だ」
「はは、商売は割と好きなんでな」

 ネットゲームでも俺は金を稼ぐのが好きだった。
 オークションイベントでも出来る限り安く買い、最も高く売るを繰り返す手腕はある。
 人間相手の値切りこそ簡単なものは無い。分かりやすい金額が目の前にあるのだから。

「ありがとう勇者様」

 ご機嫌なマインが俺の手にキスをした。
 これは好感度アップ!
 明日からの冒険が楽になるぞ!
 装備を新調したマインと一緒に俺は町の宿屋に顔を出した。
 一泊一人銅貨30枚か……。

「二部屋で」
「一部屋じゃないの?」
「勇者様……」

 無言の圧力をマインが出してくる。
 う……しょうがない。

「じゃあ二部屋で」
「はいはい。ごひいきにお願いしますね」

 宿屋の店主が揉み手をしながら俺達が泊まる部屋を教えてくれる。
 値段基準を頭に叩き込みながら、宿屋に並列している酒場で晩食を取る。
 別料金の食事銅貨5枚×2を注文した。

「そういえば……」

 俺は帰りがけに購入した地図を広げてマインに聞いた。

「今日、俺達が戦っていた草原はここだよな」

 地図にはこの辺りの地形が記されている。錬や元康に聞いたほうが良いのかもしれないが、昨日の態度から見るに教えてくれそうに無い。
 あの手の連中は他者を出し抜くのにためらいが無いのだ。俺が完全に無知なのを良いことに強力な魔物の巣へ導かれては貯まったものではない。
 だからその辺りを知っていそうなマインに聞く。

「はい。そうですよ」
「昼間の話から推察するに、草原を抜けた森辺りが次の狩場か?」

 地図を広げるとこの国の地形が大まかに分かる。
 基本的に城を中心に草原が広がり、そこから森へ続く道と山へ続く道、他に川へ突き当たる場所や村がある道があるのだ。
 あんまり大きな地図ではないので、近くの村もそんなに無い。
 森の後に何があるか、この地図では予想が出来ないがこれから行く道と適正の魔物がいるのを予測しておかなくては戦いようが無い。

「ええ、この地図には載っていませんが私達が行こうとしているのは森を抜けたラファン村です」
「ふむ……そうか」
「ラファン村を抜けた先あたりが初心者用ダンジョンがあるんですよ」
「ダンジョン……」

 夢が広がるな! ネトゲ基準だとモンスター狩りしかないけど。

「あまり実入りは無いでしょうが勇者様がLvを上げるには良い場所かと思います」
「なるほどね」
「装備も新調しましたし、勇者様の防御力にも寄りますが楽勝です」
「そうか、ありがとう。参考になったよ」
「いえいえ、所で勇者様? ワインは飲まないのですか?」

 酒場故に酒が料理と一緒に運ばれてきたのだが、俺はまったく手をつけていなかった。

「ああ、俺はあんまり酒が好きじゃなくてな」

 飲めない訳じゃない。殆ど酔わないくらい酒に強い体質だ。性欲剤
 で、俺は酒に酔う趣味が無いのだ。
 大学のサークルとかの飲み会で、みんなへべれけになっている中、飲んでいるのに酔わず、シラフでいるうちに嫌いになった。

「そうなんですか、でも一杯くらいなら」
「悪いね。本当、嫌いなんだ」
「でも……」
「ごめんな」
「そう、ですか」

 残念そうにマインはワインを引っ込めた。

「まあ、明日からの方針を相談できて助かったよ。今日は早めに休むから」
「はい、また明日」

 食事を終えた俺は騒がしい酒場を後にして割り当てられた部屋に戻る。
 さすがに寝るときまでくさりかたびらを着けているわけにはいかない。
 脱いで椅子に立てかけておく。

「……」

 銀貨の入った袋を備え付けのテーブルに置いた。
 残り銀貨200枚か……先払いの宿だから199枚とちょっと。
 少し心もとない気がして落ち着かないのは俺が貧乏人根性でも染み付いているのだろうか。
 徐に観光地に行く日本人の如く、俺は銀貨30枚ほど盾の中に隠す。
 うん。なんとなく安心したような気がしてきた。

 今日は色々あったなぁ。
 魔物を倒す手ごたえってあんな感じなのか。
 風船を割っていただけとしか言い様が無いけど。
 ベッドに腰掛け、そのまま横になる。
 見慣れない天井、昨日もそうだったけど、俺は異世界に来たんだ。
 ワクワクが収まらない。

 これから俺の輝かしい日々が幕を開けていくんだ。
 そりゃあ勇者仲間には出遅れているけれど、俺には俺の道がある。
 何も最強を目指す必要は無い、出来る事をやっていけばいい。
 なんだか……眠くなって来たな。酒場の方から楽しげな声が聞こえてくる。
 元康っぽい声や樹らしき奴が雑談をしながら部屋を通り過ぎたような気がした。あいつらもここを宿にしたのかな。
 室内用のランプに手を伸ばして消す。
 少し早いけど、寝るとしよう……。


 チャリチャリ……
 ん~……なんだぁ。今の音?
 酒場の奴ら、まだ騒いでいるのか?
 むにゃ……。
 ゴソゴソ……
 熱いなぁ……服が引っかかる。


「ん?」

 寒いなぁ……
 陽光が顔を照らし、朝であるのを俺に知らせる。女性用媚薬
 眠気まなこを凝らしながら起き上がって窓の外に目を向ける。
 思いのほか寝入ってしまっていたらしい。太陽がそれなりに高くなってきている。
 体内時計によると、9時位かな。

「あれ?」

 何時の間にか服装がインナーだけになっていた。無意識に脱いだかな?
 まあ、いいや。
 外の景色に目を移すと、当たり前のように人々が通りを行き交っている。
 昼食の準備にと定食屋や出店が大忙しで材料を調理している光景や、馬車がトコトコと道を進んでいるのを見ると、何度だって俺は夢心地の気分にさせてくれる。

 ああ、本当に異世界とは素晴らしい。
 馬車には馬と鳥の二種類があるらしく。鳥はダチョウのような、某ゲームで言う所のチョ○ボみたいな生き物が引いている。
 どちらかといえば馬の方が高級品のようだ。
 時々、牛が引いていたりと、なんとも中世チックで素晴らしいな。

「さて、そろそろ飯にでもして旅立つか」

 脱いだはずの服を探してベッドの布団を調べる。
 ……おかしいな。無いぞ?
 椅子に立てかけていたくさりかたびらは……。
 何処にも無い。
 テーブルに置いた銀貨を入れた袋もなくなっている!
 しかも予備の着替えにと残しておいた俺の私服さえ無い!

「な……」

 まさか!
 枕荒らしか!?
 寝ている最中に泥棒を働くとは笑止千万だ!
 この宿……警備がまったく行き届いていないとは何事か!
 とにかく、仲間であるマインに急いで伝えないと!
 バン! っと俺は扉を開けて、隣で寝ているはずのマインの部屋の戸を叩く。

「マイン! 大変だ! 俺達の金と俺の装備が!」

 ドンドンドン!
 何度叩いても一向にマインが出る気配が無い。
 ザッザッザ!
 なにやら騒がしい足音が廊下の方から俺に近づいてくる。
 見ると城の騎士達が俺の方へやってきた。
 コレは闇夜に提灯、枕荒らしに会った事を説明して、犯人を捕まえてもらおう。
 まさか勇者の寝首を掻いて泥棒とは飛んだ馬鹿が居たものだ。中絶薬

2014年7月10日星期四

土下座

「誰が我慢なんてするかボケ!」
「なんて事をしてくれたのよこの悪魔!」

 ビッチの顔がものすごく怒りに歪む。
 いやぁ爽快。まさかこんな瞬間に立ち会えるとは思いもしなかった。中絶薬

「ハッハッハ! その顔が見たかったんだよ!」

 クズもこれで公私共にクズという名前が定着したな。

「復讐は復讐を生むだけ……我慢すれば良い。とても素晴らしい言葉ですね。アナタが実践しなさいマル……いえ、ビッチ」
「うるさいい! 絶対許さないわ!」

 今にも殴りかかろうとするが女王の側近がそれを許さない。

「ああ、ビッチには冒険者としての偽名がありましたね。そちらはどうしましょうか?」
「アバズレ」
「ではこれからその名前を冒険者名として登録しておきます。前の名前では施設も何も使えませんのであしからず」
「殺す! 隙あらば殺してやるわ!」

 すげぇ殺意の篭った発言だけど爽快以外の感情が出てこないなぁ。
 ざまあ!

「ハッハッハ! やれるものならやってみろ。俺に手を出したらそれこそ死刑だがな!」
「ええ、ですから権利を剥奪したのですよ」

 なるほど、仮にも王族が女王によって処刑されると言うのは威信にも響く、だから王族から一度剥奪したという事実を周知の物にして、問題を起こしたら殺す。何とも効率的だ。好きだぞ、そういうのは。

「いやぁ爽快!」
「さて、後は、イワタニ様に協力してもらうための願いを叶えませんとね」
「何の話だ?」
「今回の出来事の前に、イワタニ様はこのクズに土下座をして懇願しろと言ったそうじゃないですか」

 女王は手を叩くと影や騎士がクズとビッチを拘束して無理やり跪かせる。

「ちょっとやめなさいよ! 私を誰だと思っているの――」
「そうじゃ! ワシは――」
「冒険者と将軍ではありませんか」

 押さえつけられて文句を言う二人に女王は立場を理解させる。

「土下座させなさい」
「な、女王よ! それは――やめ――ワシは下げん! 下げんぞ、ぬおおおおおおおお!」
「冗談じゃない。なんで私がコイツに土下座なんて、いやああああああ!」

 数名で取り囲むようにして無理やりクズとビッチを土下座させて頭を地面にこすり付けさせる。
 そして影がそれぞれの隣でうつぶせになり声を出す。

「どうか――」
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!」
「あああああああああああああああああああ!」

 クズとビッチが大声で妨害を始めた。

「黙らせなさい!」

 女王の指示でクズとビッチの口に布が巻かれる。

「ふむうううううううう!」
「むううううううううう!」

 全力で暴れる二人だったが多勢に無勢で抵抗ができないようだ。

「どうか、盾の勇者様よ。力を貸してくれ! この通りだ」
「盾の勇者様、この国の為に戦ってください」

 すげー似た二人の声真似で言葉が紡がれる。

「これでどうでしょうか」
「どうでしょうかってお前な……」

 無理やり土下座させて頼ませるって……見ている側は爽快だけど……。
 すげえ爽快だけど、何か俺が求めていた物とちょっと違うんだよな。RU486

「何なら頭を踏みますか?」
「おう!」

 まあ、知ったことじゃないけど。

「ナオフミ様!」

 俺はラフタリアの声を聞き流してクズとビッチの頭を踏みつける。
 ラフタリアは俺に人々が尊敬する勇者であって欲しいと言う願望があるんだろうなぁ。
 残念だが俺は庶民派だ。
 聖人君子か何かと勘違いしてもらっては困る。ま、土下座している相手の頭を踏むのが庶民派かと言われれば微妙な所か。
 だが、ラフタリアには分からないのだ。俺が受けた屈辱はこの程度じゃ納まらない。
 だから、これだけは譲れない。

 ちなみになんだかんだでラフタリアは結局止めなかった。
 ラフタリアもビッチに思う所があったのだろう。
 今まで受けてきた苦渋を考えればクズとビッチを擁護する理由が無いからな。当然の結果だ。

「むうううううううううううううううううううううう!」
「ふもおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 屈辱で狂い死ぬんじゃないかってくらいクズとビッチが抑えられているにも関わらず叫ぶ。
 未だに抵抗するクズとビッチ。
 しばらくしてクズは大人しくなったので拘束が解かれる。
 なんか……強姦された女みたいに放心して、何処を見ているのか分からない瞳からツーっと一筋の涙を流している。
 そんなに俺に頭を下げることが屈辱だったのか?
 ビッチはまだ抵抗している。

「まあ、二人の拷問はこれくらいにしておきますか」

 女王が手を上げて指示をする。

「玉座の間からつまみ出しなさい」
「「「は!」」」

 二人をそのまま玉座の間から追い出す。
 いやぁ。すげえ見物だったな。
 振り返ると微妙な顔をしたラフタリアとこれまた渋い顔をしたメルティ、なんか楽しそうなフィーロと……若干俺の株が低下中と評価するのが目に見えて分かる面々がいる。
 文句は言わないが、やりすぎだと思っているっぽい。

「とまあ、これだけの罰を与えた所でイワタニ様に協力を要請したいのです」
「まあ……」

 これだけの事をしてくれたのなら断るという理由があまり無い。
 家族を蔑ろにする奴は信用を置けないと断る事も出来なくは無いが、先にやったのはあいつ等だし。自業自得だろ。

「まず何を話しましょうかね」
「勇者召喚と四聖教、伝説の勇者の話とこの国の歴史、ラフタリアを買った時の手回し、後、お前が来れなかった理由だな」

 他にも色々と聞きたい所だが、この辺りだろう。

「そうですね。では伝説の勇者に関する話をしましょうか」

 女王は語り始めた。巨人倍増枸杞カプセル

「私は四聖勇者の伝承は割りと好きですよ。この国とは異なりますが」
「どう異なるんだ?」
「イワタニ様も薄々理解しているかと思いますが?」

 女王に聞かれて俺もなんとなく頷く。

「お分かりの通り、というよりもこの国の勇者の物語に盾はございません。厳密には抹消されているのが正しいですかね」
「……そうか」

 この世界に召喚される時に読んでいた四聖武器書、あの本には盾の記述が無かった。
 俺がこの世界に来ることによって刻まれる物語かと思っていたが、おそらく……あの本はこの国の伝承をそのまま記載していたのだろう。

「省略すると、盾の勇者が行った偉業は人間と亜人の仲を取り持ったとあります。その最中、他の勇者と敵対関係にもなりましたが結果的には和解しています」

 なるほど、亜人に味方したという伝承があるから亜人には無条件で信頼されるわけなのか。

「お分かりの通り、我が国は人間絶対主義、亜人の生活は厳しいものであります」
「……ああ」

 亜人は奴隷層だというのもこの国に三ヶ月以上居るから知っている。

「そう言った事情があるからシルトヴェルトとは非常に仲が悪く。長い間戦争をしていることが多い国なのです」

 亜人絶対主義で人間を奴隷として扱う国、シルトヴェルト。その国とはまさしく水と油か。
 確かに思想的に仲良くなんてなれないだろうなぁ。

「さて、イワタニ様ならお分かりでしょうがシルトヴェルトの国教は四聖教から分派し、盾の勇者だけを信仰する盾教です」
「なんとなくは察していたが、やはりそうか」
「ええ……さて、三勇教とはどのように生まれたのか……イワタニ様なら分かるかと思われます」

 水と油のメルロマルクとシルトヴェルト。それぞれが四聖教から分派し、三勇教と盾教と分かれた。
 女王の話では長いこと戦争をしている。
 という事は……。

「俺は敵地真っ只中に召喚されたという事か」

 なるほど、それなら頷ける。
 敵の聖人を勇者として丁重に扱うという事は、相当、人間が出来ていないと出来る問題じゃない。
 三勇教の聖典辺りには盾の勇者が行ったとされる悪逆非道の行いが書かれているのだろう。
 俺の世界の宗教だって似た様なものだ。敵対する宗教の神は悪魔。
 よくある話だな。
 クズが俺を目の敵にしているのは実際の戦場でシルトヴェルトと争っていた所為か……?

「で、話は戻ります。波が真実だと明らかになり、世界各国で会議となりました。お題は勇者召喚です」VigRx

 波の直後、別の国で会議をしていた女王はメルロマルク国の代表として、世界会議に出席し、4番目に勇者召喚を行うと決めた。
 伝説の勇者の伝承が息づく大国、フォーブレイで勇者召喚がその日、行われる。
 何人召喚されるか分からない。けれど、仮に成功すればそれだけで他の国を大きくリードすることができる。
 しかし、四聖の勇者は召喚に応じることが無かったというのだ。
 それもそのはず、調査の結果、聖遺物が偽者に摩り替えられており、よりにもよってメルロマルク国で四聖の勇者が召喚されているという情報が舞い込む始末。
 女王も初耳だったという。何処をどうしたら世界中で決めた順番を無視し、しかも聖遺物をすり替えてまで召喚をするというのか。

「長い調査の結果、全ては三勇教の暴走だと言うのが明らかになりましたが、それまでの私の奮闘は割愛しましょう」
「同情だけはしてやる」
「ありがとうございます」
「その聖遺物の破片とは何なんだ?」
「勇者を召喚する為に使われた一見するとタダの金属片です。何なのかと言われても……分かりかねます」
「つまり、他の国の連中が居る中で聖遺物の破片を使って召喚するわけか」
「ええ……」

 失敗したら他の国へ聖遺物の破片は移されて、成功するまで召喚か。

「そして大事な問題なのですが、四聖勇者の召喚によって、事の重大さを測ると言う物でもあります」
「……四人召喚されたぞ?」
「ええ……ですから問題は最重要項目となったのです」
「それだけの大問題なのに、何で他の国はこの国を責めなかったんだ?」
「私の交渉の末……だけではありませんね。これはイワタニ様や他の勇者の方々が大きく関わってきます。他の話をしてからが良いでしょう」
「じゃあ何で三勇教は潰される直前まで俺を殺さなかったんだ?」
「それこそ、戦争を回避する為にやむなく、三勇教は生かしていたのですよ。出来れば波で死んで欲しい……でしょう」

 なるほど、世界中を敵に回して生き残れるほどの確信が三勇教にも無かったという事か。

「他の勇者が育つのを待っていた?」
「というのもあるでしょうね」

 足早に俺を殺せば戦争だ。となると嘘八百で三勇者を完全に騙したとしても消されるかもしれないと懸念したのか。

「勇者様たちは少々……言っては何ですが後先考えない所がありますので」
「まあ、そうだろうな」

 未だにゲーム感覚が抜けない連中だ。騙されていたという目に見える悪しか断罪しようとしないし、味方を疑わない。

「もちろん、こちらも行動に出たのですよ。特にイワタニ様には各国から勧誘が大量に舞い込みました。私も当時は勇者の贈与を条件に目を瞑って貰おうとしていたくらいです。ですが断りましたよね」
「何!?」

 サラッと何を言ってんだ?

「身に覚えがありませんか? 召喚されて三日か……数日の事だったと思うのですが」
「は?」三便宝

2014年7月7日星期一

フィロリアルとドラゴン

女騎士に連れられて俺は奴隷共を置いて村の倉庫の方へやってきた。
 するとラトが不機嫌そうに腕を組み、谷子が目を輝かせて待っていた。

「どう言う状況だ?」
「いやな、まずは倉庫の中を見てくれ、一応整頓しておいた」

 俺は倉庫の扉を開いて中を確認する。levitra
 中には……色々な武具と物資、そして魔物の卵がある。
 あれ? この倉庫には何も置いてなかったはずなんだが。

「なんだ? 預けていた金で勝手に物を買ったのか?」
「違う。これはイワタニ殿宛てで村の近くに放置してあった箱から出てきた物だ」
「何?」

 俺は倉庫の中にある蓋が開いている木箱を見る。
 何やら凄くへたくそな文字で『盾の勇者様へ、恵まれない奴隷たちにプレゼントしてください』と、でかでかと書かれている。

「なんだこれ?」
「一応、寄付の物資という事なのだろうな。武具の方はそれなりに高価な物が混じっている。物資も珍しい薬草や鉱石、材木がかなりある」
「で、ラトとこいつがいる理由が卵か……一体誰だ? こんな真似をしたのは」
「……女王にも報告し、返答を聞いた所によると、おそらくシルトヴェルトやシルドフリーデンの連中だろうとの話だ。文字の癖やインクの質から間違いない」
「受け取って良いのか?」
「身元を特定する方法が無い物ばかりだ。念には念を入れて銘まで潰されているし、仮に犯人を見つけても処罰するのが難しい」

 これはあれだな。あっちでの地位向上に寄付をしたという名目が欲しいのだろう。
 誰が、と特定する必要は無い。寄付をしたというイメージだけで遠い国にいる勇者に力を貸したと言う空気を出したいのだ。
 昔、とある漫画の神様のワガママで苛立った編集が、神様の息子のいたずらに腹を立てて庭の池に投げ落としたという話がある。
 その後、どの編集も自分がやったと言い張り、自慢話になったとか。
 真実は不明だけど、それに近い現象である可能性は高い。
 誰が寄付したかは良いのだ。自分は盾の勇者に援助した足長おじさんであると言い張れる状況が欲しいという所だろう。

「面倒な物を送りつけられたものだ」
「そうだな、で、卵の方はなんなんだ?」
「ウサピルからキワモノまで色々と送られてきているわね」

 既に鑑定済みか。
 それにしてはラトの態度がおかしい。凄く不機嫌だ。

「で、問題なのはあの一番奥のでかい奴」

 倉庫の奥に一回り大きな卵がある。
 なんだろうか? 霊亀クラスの怪獣の卵とかか? 

「なんだ?」
「飛竜の卵よ。ご丁寧に高くて強くて珍しい奴」

 なんとまあ。貰って困る品を送りつけられたものだな。
 ああ、ラトはドラゴンが嫌いだったっけ。

「ドラゴンがこの村に居るって素敵!」

 谷子が目を輝かせている。
 なんだこいつ。ラトとは逆にドラゴンが好きなのか。

「どうするの? 身元が不明だけど持ち主に返す?」
「そうは言ってもなぁ……寄付で困るとか思わなかった」

 高い物を送ってこられるとこう言う時に困る。下手に使って足場固めされると、変に付け入れられかねない。
 だが、返すのも無理となると、素直に受け取るしかあるまい。
 それでこっちに何か被害を出すようなら、大々的に反撃すれば良い。
 幸い、犯人はシルトヴェルトである可能性が高い訳だし、神である盾の勇者の言葉はまさしく鶴の一声だろう。

「とりあえず受け取っておこう。文句を言われてもシラを切る。所で飛竜は魔物紋の登録とかどうなんだ?」
「高度魔物紋を施す必要があるわね。ご丁寧に儀式用の道具まで置いてある始末だし……伯爵が望むのならしょうがないか……」
「なあ、なんでそんなにドラゴンを嫌うんだ?」
「ああ、伯爵には話してなかったかしら、私がドラゴンを嫌う理由」

 俺が頷くとラトは谷子を睨みながらイヤそうに話しだした。

「上位のドラゴンってね。一度発情すると節操がないのよ」
「はい?」
「知らないの? 多くのドラゴンが生息する地域は汚染地域よ。色々な意味で危ないから」三鞭粒
「そうなのか?」

 俺の知るドラゴンが生息していた地域って……錬が倒した東の村だけだったし。
 あそこはドラゴンの死体が病原菌をバラまいていたな。
 汚染地域といえば納得がいく。

「ドラゴンはね。節操が無いの、別種の魔物を平然と犯すのよ。だからその地域は簡単にドラゴンが混ざった生物が増えるのよ」
「結構、やばそうな話だな」

 ファンタジーのゲームとかだとドラゴンハーフとかドラゴンが混ざった亜種とか出てくるけど、実際はこんな物なのか?

「まあ、縄張りがあってそこからは出てこないけど、生態系が簡単に狂うから私は嫌い。飛竜もぶっちゃけ、弱い魔物との混血だし」

 ふむ……そう言う物か。

「厄介なのは、純血種ね。あれはホント種族選ばないし、人間だって犯そうとするのよ」

 厄介な生物だな。
 ん? 谷子がムッとなってる。

「品はあるもん!」

 何故お前が語る。さも関係者みたいな言い方だな。
 というかコイツ、魔物関連になるとうるさいな。
 いつのまにか魔物舎の管理をラトとやっているし。

「亜人種には既に種として確立しちゃったのもいるのよ、ドラゴニュートって言う」

 聞いた事はあるな。竜人種か。

「ま、純血種は発情しなきゃ品もあるし大人しいけどね。暴れると一番強いけど。ドラゴンの節操が無いのを拒めるのなんてフィロリアルくらいなモノよ」
「そうなのか?」
「ええ、フィロリアルはドラゴンと縄張り争いするのよ」

 へー……っとフィーロを思い浮かべる。
 あの食欲魔鳥ってそんな高貴な種族には見えないんだがなぁ。

「で、あの卵はそのドラゴンだから嫌いだと?」
「まあね。ドラゴン用の高度魔物紋には繁殖行為を抑制する命令があるから絶対にチェックを入れておきなさいよ。じゃなきゃ発情したらこの村の魔物は汚染されるわ」

 なんだかなぁ。
 狩人なゲームで夫婦のドラゴンを狩りまくった俺からすると、そこまで繁殖する生態を持っていて、なんで人間や亜人を滅ぼせないのか不思議だ。

「そんな真似は竜帝様が許さないもん!」

 谷子が怒鳴る。
 なんだよソレ、ぶっそうな名前だな。
 というか、なんでコイツは魔物の事が詳しいんだ?
 そういう生まれなのか? どうでもいいけど。

「はいはい。伝承の竜の王様ね。フィロリアルの女王と争ったって話の」
「そんな話があるのか」
「あくまで伝説よ。まあ、どっちも実在が怪しまれるけど」

 ……やべぇ。片方に会ったことがあるわ。
 話したら面倒そうだから黙っておこう。
 つまり、伝承にはドラゴンが人間や亜人の生活圏を脅かすとフィロリアルの女王がドラゴンを殺しに来るとかそんな話があるのだろう。
 もしくはフィロリアルとドラゴンは長年、争っている関係とかそんな所か。
 だから保護団体があるのか?

「しかし……そんな生態を持っているのに俺は殆ど会ったことが無いな」
「人の入らない辺境よ基本的に、伯爵は行った事あるの?」

 俺が行った事があるのは行商用の道だけ……そういや山とか洞窟とか殆ど入った事無いや。
 道理で……。

「なるほど」
「まあ、縄張りがあるし、拡張して行かないから狙って行かないと会えないわね」
「そうか。まあ、使えるのなら、使う主義だから一応、孵化して育てるか」
「ちゃんと厳重に管理してよ? ドラゴンのハーレムを私は作りたくないから」
「はいはい」威哥王三鞭粒

 まあ、高度魔物紋なら管理できるみたいだし、問題があったら、フィーロの餌にでもすれば良いか。
 俺の態度を見抜いたのか谷子がムッとなってる。

「孵化するドラゴンに股を開くなよ」
「ひ、開かないもん!」

 意味分かって言っているのか?

「卑猥な話はやめなさい」

 ラトがため息交じりに言った。
 女騎士は……呆れかえっている。知らんがな。

「飛竜の育成とは大変なんだな。竜騎士の苦労が知れるな」
「ああ、霊亀の時にもいたな。そう言う連中」

 想像よりも頼りにならなかった覚えがある。
 霊亀の使い魔の攻撃を受けて悲鳴を上げながら墜落していた光景が思い出される。

「落下の危険があるからな。それに飛竜はそこまで強くない」
「そうか、じゃあ管理も簡単だな」
「伯爵が育てるとどうなるか分からないわよ。フィロリアルの例もあるし」
「む……そうだな気を付けよう」

 こうして、飛竜の卵を孵化させることになった。
 とはいえ、儀式が終わってから少し、孵化まで時間が掛るそうだ。仕上げは俺がしなくてはいけないらしい。
 ラトが不機嫌そうに仕事をしてくれている。
 そうそう、バイオプラントの試作が進み、薬草の生産が出来るようになった。まだ何処でも生えている薬草しか作れないが、研究の足がかりを掴めてきている。


「なんで卵を俺が背負わねばならない!」

 なぜか飛竜の卵を俺が背負って温める事になった。
 キールなんて俺を指差して爆笑しやがった。

「そうしないと親の登録が出来ないの。こういう下地を放置すると命令無視をよくするようになるから我慢して!」

 ラトがうんざりした口調で答える。
 飛竜とはこんなにも面倒なのか? 速攻で破棄したくなるぞ。

「そういうものなのか?」
「ええ! 研究者の私が言うんだから信じなさい」
「お前が言うから信じられないのだが……」
「なんですって?」
「はいはい。わかったよ」

 ああもう、面倒くさい。

「アハハハハハハハハハ! ナオフミ、何それー」

 何処からともなく現れたフィーロに乗ったメルティが爆笑して俺を指差す。

「うるせえ、第二王女!」
「第二王女って呼ばないって約束したでしょ!」
「なら笑うな馬鹿!」
「馬鹿!? わたしを馬鹿ですって!?」

 そうだ。フィーロと遊んで目的を忘れる子供だからな。

「あのー……凄い格好ですねナオフミ様」

 ラフタリアが言葉に困っている。変な同情が余計に痛い。

「くそ……さっさと行商に行くぞ! 今回はラフタリアとフィーロだけだ」

 こんな状況を村の連中全員に見せていられるか。村に居たら飯を作ってくれとか五月蠅いし、出かけるしかない。威哥王

「逃げるのよねー!」
「うっせー!」

 メルティが非常にうざい。

「ま、二、三日背負ってなさいな。そうすれば孵化するから」
「くっそ」
「私は隣の町で色々と指示しておくから安心しておきなさいよー。どうせ中途半端なんでしょ?」
「ちっ!」

 メルティの気の使い方にイラっとしてくるが図星だ。
 こんな格好を町の連中にだって見せていられない。そりゃあ飛竜の卵を孵化させるとか思われたってイメージがあるだろ。
 とりあえず……基本は馬車に隠れておこう。

「ごしゅじんさま、卵を抱えてるの?」
「そうだ。飛竜らしいからこうしないとダメらしい」
「へー……フィーロが温めちゃダメ?」

 そういやフィーロは鳥だから体温高いんだよな。
 この際、フィーロに預けるか?

「ダメよ」
「やー!」

 ラトが注意するなりフィーロが一目散に逃げ出す。
 そんなにも苦手か。

「さっきも言ったけどフィロリアルとドラゴンは相性が悪いの、絶対に温めさせちゃダメ」
「……しょうが無いなぁ」

 面倒事を押し付けるには良いかと思ったのだが……。
 この際、ラフタリアにでも預けさせて――。

「伯爵のドラゴンなんでしょ? 人に任せない」
「チッ!」

 なんでこう考えを読まれるかね。
 しょうがない。さっさと馬車に乗って旅立つしかあるまい。
 こうして帰ってきて早々、俺は逃げる形で行商に出るのだった。


 一応、マントを羽織って背中の格好悪い卵を隠し、馬車での旅を続ける。

「久しぶりですね。私達だけで行商だなんて」
「そういやそうだな」

 なんだかんだでラフタリアとフィーロだけで行商に出るのはずいぶん昔のように感じる。
 最近はキールや村の奴隷共も一緒だし、霊亀の前は逃げ回っていた。それを考えるとずいぶんと昔なんだな。MaxMan

2014年7月5日星期六

複数犯

 錬も苦渋に満ちた声で樹の名前を呟く。
 どうしたものか。
 アトラになら樹の居場所を感知して貰えそうではあるが。

「た、大変です!」

 城の兵士が食堂に押しかけて来た。D10 媚薬 催情剤
 その姿はボロボロでやっとのことで辿り着いたかのようだ。

「どうした!?」
「町の方で大規模な暴動が起こっております! 民衆によるテロかと」
「なんだと!?」
「メルティ様からの救難要請です! 勇者様! どうかお力を」

 フィーロがいて抑えきれないほどの暴動?
 テロにしては規模が大き過ぎるだろう。

「わかった!」
「俺が行こうか?」

 錬が一歩前に出て聞いてくる。
 ふむ。
 ここで錬を行かせるのは簡単だ。
 女騎士も一緒に行かせて……。

 だが、何か引っ掛かる。
 盗賊に襲われたイミアの叔父、敵についていったキール達、村の各所に混入された毒薬、発狂したイミアの叔父、そして町での暴動。
 タイミングが良過ぎる。

 これが計画的犯行だとしたら、どうだ?
 考えられる敵の目的は……。

 女王の話と三勇教、そして樹を繋ぐ線が一つにまとまった気がする。
 おそらく、町は陽動だと見て良いだろう。
 ともすれば。

「メルロマルクの城でもテロが行われている可能性がある」
「な――」

 錬の顔色が悪くなっていく。
 まあ、そうだろうな。

 ここまで悪意を持った攻撃が繰り返されているとなると間違いないだろう。
 ともすれば、イミアの叔父を操ったように人々を操作してテロを行わせていると思って良い。
 これを止めるのに必要なのはなんだ?

 今の所、洗脳を解くにはシールドプリズンで閉じ込めて封じるしか方法は無い。
 だが、これには大きな問題が付きまとう。

 まず消費する魔力、そしてクールタイム、次に、こんな真似をしている樹を炙りだす事だ。
 カースに浸食されていた錬のように自分勝手に暴れていたとしても、誰かが入れ知恵をしていたのなら……。

 だが、その手綱の操作は難しい。
 錬がそうだったように、自らの信じた事を繰り返していると見て良い。

 樹はどんな奴かを考え直せ。
 人一倍正義感が強く、それでいて身勝手。
 そんな奴にどう甘い言葉を囁く?

「錬、もしもの話だ。正義感に満ちた奴に取り入るとしたらどんな事を囁く?」
「え? ……悪人の所業を話すんじゃないか?」

 凄く単純で優等生的答えだが、俺もそう思う。
 それでいて、俺の領地、更には城下町へのテロ行為。
 ターゲットは俺か……女王だろう。
 そして、意図を考えてみる。
 伝令によって助けを呼ぶことを視野に入れるとしたなら……城下町に敵の本命が居ると見て良い。

「ただいま戻りましたよ。お義父さん」

 お? 丁度良いタイミングで元康が帰ってきた。紅蜘蛛(媚薬催情粉)
 いきなり現れた所を見るにポータルで来たな。

「おお! 元康、早速だが頼んで良いか?」
「なんでございましょうか、お義父さん。この元康、お義父さんが望むなら悪事以外ならなんでも致しましょう」
「……メルロマルクの城へ行って問題が無いかを確かめて来てくれ。もしも問題が起こった場合、それを鎮圧するよう努めてほしい。フィロリアル共も多少元康と一緒に行ってくれ」
「わかりましたよ、お義父さん。私元康、この命に代えても仕事を全うしていく所存です! いくぞ天使達!」

 帰ってきたばかりなのにと三匹は若干疲れたような顔をしながら元康に着き従った。
 お前等は観光地で遊んでいただけだろ。

 問題は樹の攻撃の正体が掴めない事だ。
 あまり戦力を投入してもそのまま敵に回られたらたまったもんじゃない。
 元康は全てにおいてフィーロに意識が集約しているから、最悪フィーロさえ居れば洗脳されても説得できるかもしれない。

「俺も一緒に行くか?」
「いや、錬は待機していてくれ。あくまで念の為だ」

 深読みし過ぎて戦力を割きすぎるは危ない。
 これで俺の思い違いだったら目も当てられない。 

「では出発!」
「「「はーい」」」

 フィロリアル達を連れて、元康が城下町へと向かって行った。
 ポータルはクールタイムの関係で使えないが、アイツ等は足が速いから大丈夫だろう。
 これで何も起こらなければ良いんだが……。
 と、見送った所で盾の檻が消える。

「申し訳ありません! ご迷惑をおかけしました!」

 そこにはイミアの叔父が深く頭を下げていた。
 イミアも一緒だ。

「気にするな。それよりも大丈夫なのか?」
「は、はい!」
「詳しく事情を話せるか?」
「はい」

 イミアの叔父はやはり前日に襲われたらしい。
 茂みから突然何かが現れて、避けきれずに命中した所までは覚えているそうだ。

 治療院で見たあの傷跡か?
 あれ、矢の痕ではなかったんだが……。

 そこから先は、記憶も曖昧だそうで、それでも頭に浸食してくる何かと戦い続けていたらしい。
 俺の力になりたいと思うと同時に俺は敵だという思考が渦巻いていた。
 その葛藤の中で逃亡し、エレナに保護された所まではぼんやりと思いだせるそうだ。

「逃げてきた?」
「……逃がされたのかもしれません。その後はイミアと一緒に帰る途中で……人とぶつかる手はずだったのを覚えてます」
「手はずだった?」
「はい。おそらく、その時に薬を手渡しされたのだと思います」

 渡されたのは毒だな。
 洗脳された者同士で毒を手渡し、イミアの叔父の手で井戸に毒を仕込んだ。紅蜘蛛赤くも催情粉
 面倒な手はずだが、疑われにくい手段だな。
 ここまで手が込んでいれば、確かに疑いは持ちにくい。

「睡眠薬で村中の人々を眠らせて、その間に――」
「待て……睡眠薬?」

 俺が目利きした毒は睡眠薬ではなかったはず。
 毒鑑定では呼吸器系の中度の毒と表示された。
 おそらく服用すると一番苦しんで死ぬ、性質が悪い代物だ。

 重度なら服用と同時に死ぬ。軽度だと息苦しいが死にはしない。
 それを睡眠薬と間違える?
 事実と証言の相違が大きい。

 しかし不可解な点が残る
 川に毒を流した亜人奴隷は自害に見せ掛けて殺されている。
 樹がバックにいるのならばイミアの叔父と同じく、洗脳をすれば済む話だ。
 それなのに洗脳をせずに奴隷紋で済ませた。その理由がわからない。

 単純に俺の配下だから奴隷紋を刻めなかったか。
 あるいは何か別に理由があったのか。

 ……複数犯というのはどうだ?
 連携が取れていないというのは、おそらく樹の手綱を握れていないんだ。
 当然だろう。樹はどう考えても正義感の塊だ。卑劣な行いを嫌う。
 ま、奴にとって正義であれば卑劣でも問題無いんだろうが。

 それに樹はカースシリーズに侵食されている可能性は極めて高い。
 実際、錬、元康、樹の中で精神的なダメージが一番大きそうだったのは樹だ。
 ともすれば呪いによって感情を制御できない状況にある樹を、意のままに操るのは事実上不可能という事になる。

 要するに樹の洗脳を受けておかしくなった連中は部外者では操作できない。
 正義だのなんだのと言っていたからな。
 睡眠薬は良くても毒物を流す事ができないのは、正義に反するからだろう。

 この線で考えよう。
 樹と複数のグループ……仮に三勇教の残党、貴族の革命派、そして行方不明のヴィッチとその仲間、それ等の勢力が樹と絡んでいるとしたら、最高で三つのグループが樹とは別に行動している事になる。
 この三つのグループが協力関係にあるかどうかは不明だが、今回の騒動に何かしろ関わっているのは間違いない。
 どいつも思想が違うから敵が一緒でも統率が取れていないと考えるべきか。

 つまり、樹はいずれかの組織に毒物を睡眠薬と偽られて所持している。
 カースに侵食されていても、精神的におかしいだけで、味方と思わせれば対処はできるのかもしれない。
 尚、敵が樹を含めて四グループいると想定したのは狙われている拠点の数だ。

 村と町、そしてメルロマルク城。紅蜘蛛
 この三つを同時に制圧するには相当な戦力が必要となる。
 当然、革命派や三勇教の残党などでは不可能だろう。
 そこに樹と樹の洗脳した連中を加えて三箇所を同時に攻め込めば。

 俺、メルティ、女王。
 この三人の誰かを一人位は殺害できるかもしれない。

 となると当初の予定通り、錬達を町に向かわせて、村の防衛を俺がする。
 洗脳の力がある事は既に周知の事実だし、注意すれば錬達も理解するだろう。

「話を続けろ」
「そこから先は……わかりません」
「ふむ」

 重要なのは、村が睡眠薬によって全員眠った後、何をするつもりだったか、だ。
 この攻撃は樹の支配下にある連中の物だ。
 樹は毒を睡眠薬だと思って行動している。

 樹の後ろにいるグループは、毒物によって俺達の排除ができればいいな、程度に考えているんじゃないか?
 でなければ行動が滅茶苦茶だ。
 毒物で村人全員が動けなくなっている中に樹みたいな強い戦力を投入する理由が弱いからな。

 となると、樹は囮か。
 じゃなきゃ樹の支配下にある、仮に正義グループが睡眠薬であるなんて思うはずもない。
 実際は、猛毒だった訳だし、毒を仕込んだ犯人はイミアの叔父を操った奴とは違う。

 睡眠薬だと思っている樹は、テロによって俺が町へ向かった後、何をする為に村へ向かう?
 答えは明白。考えるまでもないな。

「フィロリアルと魔物は残っているか?」
「大半のフィロリアルは槍の勇者様と一緒に出発しましたが一部は残っています」
「では残ったフィロリアルと魔物、ガエリオン。そして錬達は奴隷共を何人か連れて、町の鎮圧をしてくれ。成功した場合、現地にいるメルティ次期女王の指示に従って行動しろ」
「わかった」
「キュア!」
「他は?」

 ……本当は町へ全戦力で向かい、村を空っぽにするのが一番の得策だ。
 相手の戦力の内、一つを確実に潰せて、尚且つ樹グループを待ち惚けにできる。
 しかし、樹がこの村に来るというのなら、多少厳しい状況になろうとも、村で迎え撃って捕獲したい。

 正直、三勇教も革命派もそんなに脅威度の高い連中じゃない。
 樹さえ捕まえられれば、洗脳も解けるだろう。
 だから、最善手ではないが最短で事を解決するには、これが一番良い手なはず。

 ならば、敵の罠に嵌るのも悪くない。勃動力三體牛鞭

2014年7月3日星期四

グレイプニルロープ

「ま、俺はそういった類の腐ったマネをするのは嫌いじゃないが、興が削がれるから人質を取るのはやめてやる。ありがたく思えよ」

 少しは気が晴れるだろうが、そっちは後の楽しみだ。
 それはそれで悪役臭いけどさ。天天素

「それに、そろそろ俺も本気でやりたくなってきたしな」

 やっぱり色々と便利だよな。
 錬達相手じゃ本気で使えなかったからなぁ。
 俺はフェンリルロッドの専用効果、グレイプニルロープを発動させる。
 すると地面から鎖が現れ、ヴィッチにターゲットを指定する。

「やめ――」

 フリをしてタクトを縛り上げる。
 先程のダメージがまだ抜けないのか、簡単に縛り上げる事ができた。

「ぐあ……力が」
「ああ、その鎖は容易く外せると思うなよ」

 グレイプニルロープの効果時間は使用者の魔力に影響を受ける。
 俺の世界でも有名な神殺しの狼に纏わりついている鎖だ。
 容易く千切れたら名折れだしな。

「くっ……それなら、これでどうだ!」

 タクトが悔しげな表情のまま、俺から奪った盾を出して構える。
 盾は、形状から察するにラースシールドだ。
 俺に対して相当怒っていると考えるべきか。

 ブルートオプファーとアイアンメイデンに注意しないとな。
 マイナス効果が出るかはわからないが、撃たせれば多少はこちらが優位に立てるか?
 いや、それよりも有無を言わせず攻撃を続けるのが無難だな。

「よし、じゃあ加減してやる。ちゃんと……受け止めろよ。じゃないと後ろの女共に当たるぞ?」

 腰を抜かして動けなくなっている女共の方へ顔を向けてタクトは必死に守ると決意に満ちた目で俺を睨む。
 そうそう、その顔が見たかったんだ。
 アトラ、女王、ババア、村の連中、連合軍、他にも俺に関った沢山の命を奪った、お前の憎しみに染まるその顔がな。

「そう睨むなよ。まだまだお前を苦しめ足りないんだからさ」

 チャージを終えた俺は、再度スキルを放った。

「フェンリルフォースⅤ!」

 今度は反動を想定し、気を織り交ぜずに、耐えられるだろうと見越して放った。
 杖の先端から極太のビームが縛っているタクトに向かって放たれる。

「ぐ……」

 おお、さすがは俺から奪った盾だけはあるな。
 タクトの後ろにいる女共は全くダメージを受けていないみたいだ。
 しかし矢面に立っているタクトの方はどうかな?

「うぐううううう……」
「ああ、忘れていた。俺の持っている伝説の杖はフェンリルロッドと言ってな。専用効果に神への反逆と言う物があるんだ。その効果はな……」

 これは初めて杖を手に入れて錬達と組み手をしている時に判明した事なのだが。
 フォウルには俺の攻撃は加減している事もあってあんまりダメージが入らなかったんだけど錬達は別だった。三鞭粒
 想定よりも痛いと言われてしまったのだ。
 だから判明したのは神への反逆と言う効果は七星武器が四聖武器に攻撃すると、威力が高まると言う物だと見て良いだろう。

 まあ普通に考えて四聖に対して性能の上がる七星の武器なんて、世界の法則からしてありえないんだけどな。
 他に同じスキルの付いている武器はなかったし、杖の精霊が奪われた盾と戦う為に力を貸してくれているのかもしれない。
 つまり今だけ特別みたいな感じなんだと思う。
 実際フェンリルロッドは『特例武器』なんて項目だったしな。

「防御力が高い事を見越して盾にしたんだろうけど、その盾じゃ受けるダメージが高まるぞ?」

 もちろん、盾自体の防御力が高いから俺だったら問題ないだろうがな。
 5秒放って、止める。
 するとそこには体中から煙を放って、ボロボロのタクトが息を切らして辛うじて立っていた。
 フェンリルフォースの光線を受けてタクトは相当ダメージを受けているみたいだ。

「ぐ……う……」
「おいおい。まだ倒れるなよ。まだ俺の気が済んでいないし、フォウルが来るまで遊んでいなきゃいけないんだからさ」

 なんかいじめている気分だ。
 だが、何をしても良いような気がしてしょうがない。
 鳳凰との戦いでアトラを失ったあの日から、俺はこの瞬間を待ち望んでいたんだからな。

「た、タクトを守るのよ! みんな!」

 女共が我に返って真面目そうな女騎士の色違いっぽい奴の総指揮でライフルを構える。
 またそれか、と言うかそれしかないのか?
 と、思ったら儀式魔法も詠唱し始めている。
 多少は考えているみたいだな。

 儀式魔法は妨害するにも儀式魔法じゃないと出来ない。
 俺単体じゃどう頑張っても阻止は出来ないのだ。
 もちろん、こうなる事は予想済みだ。

 もう随分と昔な気もするが、元康と初めて決闘をしたあの時に身をもって痛い程経験している。
 この手の輩は自分達がピンチになると正々堂々だのと言っていた癖に、卑怯な攻撃といった、そういう類の攻撃を平然とやってのけるという事をな。

 だから当然敵の取り巻きが攻撃や援護をしてくる事は考えてあった。
 そもそもタクトが挑発に乗って来ただけで、少数対多数を前提に作戦は組んである。
 幸い脅威度の高い連中はラフタリア達が相手をしてくれているし、俺は楽ができていい。
 頼りになる仲間達様々って感じだな。

「撃てーーーーー!」

 女共がライフルを俺に向けて引き金を引く。威哥王三鞭粒
 銃声が辺りに轟いた。
 が……俺はその中で考えてあった防御手段を展開させた。

 瞬間と表現する程速い鉛玉が俺に向かって飛んでくる。
 Lv250の連中が放ったライフル射撃だからな。
 俺の世界のライフルにも負けない威力を発揮しているんだろう。
 まあ……俺は自分の世界で本物の銃なんて見た事無いけどさ。

 女共は俺に攻撃が命中すると確信しているだろう。
 実際、焦りの混じった仲間を守ろうとする顔をしている。
 こんな顔ができるのにどうしてわからないのか、とも思うが知った事ではないか。
 その想いとやらを踏み躙りさせてもらう。

 俺を貫こうとする銃弾。
 ……その銃弾は全てタクトに命中した。

「ぐはぁ!」
「な……」

 女共が絶句し、ライフルを落とした。

「な、なんで……」
「あーあ……なにやってんだよ。酷い奴等だな」

 俺が笑みを浮かべながら煽る。

「なんでタクトに私達の放った弾が命中するのよ!?」

 そう、俺は……アトラと一緒に編み出した技である『集』と『壁』を使って女共が放ったライフルの弾の軌道を弄って全てタクトにお見舞いしてやった。
 本来、『集』は魔法攻撃のような形の無い攻撃に関して効果が高い。
 実体弾は難しい。けれど、今の俺ならそれが出来る。
 後は『壁』を駆使して跳弾しながらタクトに命中させた。

「どうだタクト。Lv250もある、自分の女共が放った鉛弾の味は?」
「よ、よくも! よくも私達にタクトを撃たせたな!」

 女共が激昂しながら俺に向かって罵倒を繰り返している。
 心地の良い空気だ。

 ……こんな事で良い気分になるとか、俺も変わったな。
 昔の俺が元の世界で女共にギャーギャー罵声を浴びせられたら、半泣きしてもおかしくないだろうに。
 強くなったともとれるが、良いのか悪いのか微妙だ。

「知らんな。むしろ多勢に無勢と言う卑怯な策略を行ったお前等が正義を語るとはどういう了見なんだろうな?」

 俺の返答にハッと我に返ったように女は黙りこむ。威哥王
 さすがに道理が通らない事を理解したのだろう。

「まあ俺は優しいから、そんなタクトに回復魔法を掛けてやろうじゃないか。ドライファ・ヒール」

 リベレイションを掛けるのは面倒だ。
 俺のヒールが効いたのかタクトが睨みつける力を強め、唇を噛みしめる。

「さて、まだまだ続くぞ。耐えきれよ」

 と話している最中に上空から雷が降り注ぐ。
 確か儀式魔法、裁きだったか。
 Lv250にもなると合唱魔法程度の人数でも放てるんだな。
 一応、裁きの威力を集中させて、タクトに当たらないようにするんだろうな。

「懲りないな」

 半ば溜息混じりに、俺はミラーを上空に展開させる。

「やめ――」

 お? 気付いた奴が数名いるな。
 だがもう遅い。

「これでくたばれ!」

 雷鳴が轟いて俺に向かって裁きが降り注ぐ。
 ミラーに気を込めて反射角度を調整。
 あ……さすがに威力が高いな。
 ミラーが一枚破壊された。
 だが、二枚目は無事、俺の予測通り、上手く反射してくれた。

「グハァ!」
「タクト!?」
「何をしているんだ! コイツには……私達の攻撃を全てタクトに命中させるだけの力が……あるみたいなんだ」

 女共が絶句しながらボロボロになったタクトを見つめる。
 中には駆け寄ろうとして止められている奴もいるな。

「ふむ……どうだ? お前の仲間が放った魔法の味は」

 腐っても受ける義理は無い。
 というか、俺は誰と戦ってんだ?
 タクトと戦っているつもりが、いつのまにかタクトの取り巻きと戦っているぞ。
 一応、タクトは盾を構えていたからあんまりダメージが入っていないみたいだけど、それでもこの程度か。MaxMan