2015年8月27日星期四

覚悟を決めました

エリザベートからとんでもない誤解を受けていた。

「あの……何でそんな誤解を?」
「何でも何も、口を開けば、シンが、シンは、シンの奴が、シンには……シンシンシン! ちょっとでも時間があればシンさんのお家に行かれてしまうし、そう考えるのも無理ありませんわ!」
「いや! 無理があるでしょう!?」金裝牛鞭
「そうかしら?」
「そうでしょう!」

 何で俺とオーグがそんな関係だと誤解を受けないといけないんだ、気持ち悪い!

 はっ! もしかして、腐った脳をお持ちなのか!?

 そんな新たな疑惑を感じていると、オーグが溜め息混じりに話し始めた。

「はぁ……よりにもよってシンとは……研究会には女もいるはずなんだがな。まぁそれより、確かにシンという全く気兼ねをしない友人が初めて出来て、浮かれてしまったのは事実だな」
「浮かれ過ぎですわ! シンさんと知り合ってから私の所にはあまり来て頂けなくなりましたし……」
「確かに男友達と連るんでるのって気兼ねしなくて良いから楽なんだよなあ」
「……アウグスト様は私といると気を使われますの?」
「そりゃそ……モガッ!」
「いや! そんな事は無いぞエリー! お前といるのは心が安らぐ」
「でも……」
「確かに男と女では対応が違う事はある。男同士だと馬鹿な事も出来るしな。私にとって初めての体験だったから、ついはしゃいでしまったのだ」
「そ、そうでしたの……」

 オーグは俺の口を手で塞ぎながら捲し立てた。

 必死だな。

 ついニヤッとした事がオーグの手を通して伝わったんだろう。

「何を笑っている?」

 口を塞いでいた手を離しながらそう問いかけてきた。

「別に? 必死だなとか思ってないよ?」
「くそ! まさかシンにからかわれる日が来るとはっ!」

 何か痛恨の極み! みたいな顔してる。失礼な!

「……やっぱり怪しいですわ」
「そんな事ないって!」
「そうだ、シンにはもう女がいるからな。他にかまけている暇など無いぞ」
「そうなんですの?」
「オーグ! お前何言ってんだ!」
「シン、お前そろそろハッキリしろ」

 オーグが突然言い出した事に抗議しようとするが、意外にも真剣な顔をしながら返された。

「ハッキリって……」
「その態度だ。お互いに好意を持っているのは分かっている。なのにいつまでも……いい加減見ているこっちがイライラしてくる」

 お互いって……確かにシシリーは俺に優しくしてくれるけど、それはシシリーが優しいからであって……。

「シシリーが俺に好意を持ってるって何で分かるんだよ」
「そんな事、見ていれば分かる」
「実際に言葉にして聞いたのかよ?」
「それは聞いていない」
「じゃあ何でそんな事言い切れるんだよ。もし勘違いだったら、これからどうやって接していけばいいんだよ」
「じゃあお前は、ずっとこのままで良いという事か?」
「そ、それは……」
「相手の気持ちが分からないなんて当たり前の事だ。現に幼い頃からずっと一緒にいて、今は婚約者にまでなったというのに、未だにこんな誤解を受けているんだからな」
「確かに」
「ちょっと! そこで私を引き合いに出さないで頂けます!?」
「それともお前は相手から言わせるつもりか? 女の方から。自分にはその勇気が無いから」
「そ、そんな事!」
「じゃあいい加減にハッキリしろ。向こうだって待ってるんじゃないのか?」
「……」
「まあ決めるのはお前だがな、出来ればハッキリして欲しい所だ。そうしないと……」
「しないと?」
「……いつまでも誤解されたままだぞ?」
「それは困るな」
「だから! 私を引き合いに出すなって言ってんでしょうがあ!!」
「エリー姉様、口調が乱れてるです」
「はっ! 私とした事が」

 オーグから言われて、自分が逃げていた事に気付いた。

 断られたらどうしよう。勘違いだったらどうしよう。そんな事ばかり考えていた。

 相手の気持ちが分かった上でないと行動出来ないのか?

 そんな情けない話は無い。

 恋人同士になれるかどうかは分からないけど、今はシシリーにこの想いを告げたい気持ちでイッパイになっていた。

 オーグに諭されたってのがどうかと思うけど、恋愛に関しては婚約者までいる先輩だ。

 意見は素直に聞き入れよう。

「ところで、そろそろ向こうへ戻らないか? 早くしないと二人分の夕食も追加で作って貰わないといけないしな」
「あ、そうだな」

 二人追加になるんだから早めに言っとかないと。すっかり忘れていた。

「じゃあ戻るか」

 そう言って二人の荷物を異空間収納に入れてゲートを開く。

 既に何度か見ている警備兵の皆さんやディスおじさんは驚いていないが、初めて見た二人はゲートの魔法を呆然と見ていた。

「じゃあディスおじさん、明日また来るから、メイちゃんはこっちで責任持って預かるよ」
「では父上、合宿に戻ります」
「うむ、気を付けてな。それからシン君」
「なに?」
「くれぐれも自重するようにな」
「……」
「父上、残念ですが……既に手遅れです」
「やっぱりか。注意するのが遅いと思ったんだよ」
「そ、それじゃあ戻るね! 二人とも、このゲートを潜って!」

 話がおかしな方向へ向かいそうだったので呆然としている二人を促しゲートを潜った。

 ゲートを潜り抜けた先はもう湯煙の立ち上がるクロードの街だ。

 クロード家の屋敷まで一気にゲートで行っても良かったのだが、折角温泉街に来たんだから街の門に程近い場所にゲートを開いた。

「ほ、本当にクロードの街ですわ……」
「凄いです! さっきまでお城にいたのにもうクロードの街に着いたです!」

 唖然としているエリザベートとゲートの魔法にはしゃいでいるメイちゃん。

 俺の魔法を素直に喜んでくれるメイちゃんにホッコリしていた。

「メイ、ハシャギ回ってはぐれても知らないぞ」
「はわ! ま、待って下さい!」

 皆を置いて行こうとするオーグに知らない街ではぐれたら大変だと後を付いていくメイちゃん。

「メイちゃん」
「なんですか?シンお兄ちゃん」
「はぐれたら大変だからね、ホラ」
「え? ハイです!」

 差し出した手を握ってきたメイちゃんにまたもホッコリしていた。

「……そういう事は自然に出来るのに、何でいざとなるとヘタれるのか……」
「あら、そう言うアウグスト様も、中々私を婚約者にして頂けなかったじゃありませんか」
「ばっ! そんな話をするな!」三體牛寶

 俺達の前の方でオーグとエリザベートが腕を組みながら何か楽しい会話をしてるっぽい。

 聞きたいけど、手を繋いでニコニコしてるメイちゃんを放っていけないので今は我慢するか。

 後でからかってやろう。 

「シン……今のは聞かなかった事にしろ」
「えー? 何の事?」
「くっ! いい気になるなよ……」
「どこの悪役の台詞だよ、それ」
「シンお兄ちゃん凄いです!」

 メイちゃんが尊敬の眼差しを向けてくれるのがこそばゆい。

 そして、前を歩くオーグとエリザベートは腕を組んで仲良さそうにしている。

 どうもさっきのオーグとのやり取りで誤解は解けたみたいだ。

 あの気持ち悪い誤解をされなくなったのは良かったのだが、シシリーのいるクロード家の屋敷が近付くにつれて何か緊張してきた。

「シンお兄ちゃん、どうしたですか?」
「ん? いや、何でもないよ」

 口数が少なくなった俺に、メイちゃんから心配そうな顔で声を掛けられた。

 イカンイカン、こんな小さい子に心配掛けるなんて。せめて普段通りにしないと。

 なんとか心を落ち着かせた頃、クロード家の屋敷に着いた。

「ここがクロード家の屋敷だよ」
「おや、お帰りなさいませシン様、アウグスト様、今日はこちらからお戻りなのですね」
「あ、ただいま。うん、この二人にクロードの街を見せてあげたかったからね」
「そんなに我が街を気に入って頂けたのですね。嬉しいです!」
「まあ……そうなんだけどね……」

 門番さんが凄い感動してる。よっぽどこの街が好きなんだろうな。

「ところで、そちらのお二方は?」
「申し遅れました。私、アウグスト様の婚約者でエリザベート=フォン=コーラルと申します」
「アウグストお兄様の妹のメイ=フォン=アールスハイドです!」

 それを聞いた門番さんはしばらく固まった後、唐突に膝をついた。

「も、ももも申し訳御座いません! 殿下のご婚約者様と姫様とは露知らず、御無礼を致しました!」

 頭が地面につきそうな勢いで頭を下げる門番さん。

 そうか、普通はこういう態度になるのか。

「突然来たこちらにも非はありますわ。どうか頭をお上げになって」
「はっ! 恐縮で御座います!」

 そう言って門番さんは立ち上がった。

「ねえ、エリザベートさん。俺もこういう態度で接した方がいい?」
「エリーで結構ですわシンさん。アウグスト様とド突き合いの漫才をされてる方からそういう態度を取られると、こちらがどうしていいか分からなくなるので止めて下さいな」
「そうです! シンお兄ちゃんはそのままが良いです!」
「今更シンからそういう態度を取られるとか……何か企んでるんじゃないかと疑ってしまうな」

 漫才があるのか……。

 それよりオーグの言葉はともかく、お許しが出たのでそのままでいいや。

「これからこの二人も滞在するから伝えといて貰えるかな?」
「はい! 畏まりました!」

 そう言って、別の人が屋敷に走って行った。

「じゃあ、中に入ろうか」
「ハイです!」
「分かりましたわ」
「フフ、すっかりこの家の住人みたいじゃないか」
「だからそういう事を言うな!」

 また緊張してきたじゃないか!

「ふっくっくっく」
「アウグスト様……」
「お兄様、性格悪いです!」

 折角普段通りになってきたのに、直前で元に戻っちゃったじゃないか。こんな状態でシシリーに会ったら……。

「あれ? シン君、表から戻って来たんですか?」

 館に入ってすぐシシリーに会った。

 こういう時に限って!

「あ、ああ、いや、ええと……そう! この二人にクロードの街を見せてあげたかったから……」

 そう言ってエリザベートとメイちゃんを紹介する。

「お久しぶりです、エリザベート様、メイ姫様」

 シシリーは知ってたらしい。

「お久しぶりですわシシリーさん、今日からしばらくお世話になりますわね」
「お久しぶりですシシリーさん! 私も宜しくお願いします!」
「え? お二人も合宿に参加するんですか?」
「いえ、私達はアウグスト様に会いに来ただけですわ」
「折角お休みになったのに遊んでくれないからです」
「訓練のお邪魔はしませんから、許して頂けないでしょうか?」
「私からも頼むクロード。この二人も世話してやってくれないか」

 オーグからもお願いされたシシリーは俺の方を見た。

「あ、ええと……オ、オーグを研究会で随分引っ張り回してるから、二人ともあんまり一緒にいられないらしくて……だからその……いいかな?」
「シン君と殿下が良いなら私は良いですけど……」
「な、なに?」
「シン君どうしたんですか? 何か態度がおかしいというか……」
「べ、別に普通だよ!」
「そうですか?」

 シシリーが首を傾げる。後ろではオーグが笑いを堪えているのが分かった。

 くそ! 後で覚えてろよ!福潤宝

「ああ、さっき言っていたのはシシリーさんの事でしたか」
「シンお兄ちゃんとシシリーさん、お似合いです!」
「はい?」
「ちょおっと二人とも! 何を言っているのかな!?」

 何を口走ってくれちゃってますか!

「シン君……やっぱり変ですよ?」
「そ、そんな事ないって! それより、ばあちゃんの講義は終わったの?」
「あ、はい。今丁度終わってこれから夕食の前にお風呂に入ろうという事になりまして……」

 シシリーがそう言った時、奥の部屋から皆が出てきた。

「メリダ様、とっても素晴らしい講義でしたぁ」
「そうかい? シンの付与を見た後じゃ大した事無いだろ?」
「ウォルフォード君の付与は、ちょっと意味が分からないというかぁ……」
「ああ、確かにねえ、普通の人間ならアタシの講義で丁度いいか」
「決してメリダ様が劣ってるとか、そういう意味じゃないんですけどぉ……」
「気を使わなくていいよ、あの子が異常なだけだから」
「そうですねぇ」
「うぉい! 人のいないところで俺を異常者にするな!」

 ビックリするくらい好き勝手言ってんな!

「おや、お帰り。遅かったねえ」
「普通に対応された!?」
「シン、何を騒いでる?」
「あれ? さっきの会話、おかしかったよね?」
「何がだ?」
「まさか……俺は異常者扱いなのか?」
「今更何を言ってんだい。アンタの魔法が異常なのは皆知ってる事だろう」
「そうだな、本当に今更だな」

 分かっちゃいたけど突っ込まずにはいられなかった。

「ぷっ……くく……あははは!」

 そんなやり取りを見ていたエリーが笑い出した。

「ああ、可笑しいですわ。アウグスト様は普段からこんなやり取りをされてるんですのね」

 そう言ってエリーはオーグを見ていた。

 どうやらオーグが研究会に入り浸っている理由が納得いったらしい。

「あの……シンお兄ちゃん……」

 メイちゃんが俺の袖をクイクイと引っ張る。

 ああ、そうか。この子、ばあちゃんに憧れてるんだっけ。

「ばあちゃん」
「ん? なんだい?」
「この子、オーグの妹でメイちゃんって言うんだ」
「はわ! あの、あの、アウグストお兄様の妹でメイです! あの……あの……」
「ばあちゃんに憧れてるらしいんだよ」
「おや、そうなのかい? 本や舞台と違って、こんなお婆ちゃんでがっかりしたろ?」
「いえ! そんな事ないです! 私のお婆様より全然若いし、綺麗だし、それに……」

 そう言ってばあちゃんの身体を見る。

「申し遅れましたわ、私アウグスト様の婚約者のエリザベート=フォン=コーラルと申します。メイの言いたい事は分かりますわ。そのお歳でその体形……是非ともご教授して頂きたいですわ」

 エリーもそう言って同意した。

 エリーもばあちゃんを見る目に尊敬の念が見える。

 本当に王国中の女の子の憧れなんだな、ばあちゃん。

「フフ、ありがとさん。さて、これから夕食の前に皆で温泉に入りに行こうかと思ってたんだよ。アンタ達も来るかい?」
「ハイです! 行きたいです!」
「私もご一緒致しますわ」
「よし、それじゃあメイちゃんと言ったね?」
「ハ、ハイ!」
「ホラ、一緒に行こうかい」
「え!? あの、あの」

 ばあちゃんの差し出した手に、どうしていいか分からなくなった様子のメイちゃんが、俺に助けを求めるような視線を向けて来た。

「ばあちゃん、メイちゃんの事よろしくね」
「ああ、任せといで」
「ホラ、メイちゃん」
「し、失礼します……」

 おずおずとばあちゃんの手を取る。

 するとばあちゃんは満面の笑みを浮かべてその手を握った。

「女の子は何とも可愛らしいねえ」
「悪かったな、可愛くない男で」
「本当だよ。アンタは目を離すと何をしでかすか分かったもんじゃ無かったからねえ、小さい頃手を繋いでたのは拘束する為だったからね」
「うそ!? マジで!?」
「さあメイちゃん、温泉に行こうかい」
「ハイです!」

 そうして二人連れ立って行ってしまった。

 驚愕の事実に呆然としていると、皆が同情の視線を向けて来た。

「メリダ様の気持ち、分かるわあ」
「シン君みたいな子供じゃ拘束しとかないと心配でしょうがないよね!」
「確かに、効率的。よく分かる」
「ごめんねぇウォルフォード君。私もよく分かるわぁ」
「私の子供はそんな事が無いように祈ります」

 同情の視線はばあちゃんにか!挺三天

 あまりの仕打ちに膝をついてしまった。

「あ、あの……私は……」

 シシリーだけ言い淀んだ。言い淀んだって事はそう思ってるって事か……。

「いいんだ……シシリーもそう思ってるんだろ?」
「そ、そんな事ないです! シン君の子供なら・・・・可愛いでしょうし、私は喜んで手を繋ぎますよ!」

 ……。

 あれ?何か話の主旨が違うような……。

 周りもその事に気付いたのか一瞬の静寂が降りた。

「シシリー……アンタ……」
「あ、あれ? 私、今何を?」
「盛大な自爆。ビックリした」
「え? あ、ああ!」

 自分の発言に気付いたシシリーは顔どころか首から上を真っ赤にし……。

「い、いやあああ!」

 温泉の方へ走り去ってしまった。

 皆はその様子を生温かく見ていたが、俺とオーグだけはそれに乗れなかった。

「シン、分かってるよな」
「ああ、あそこまで言わせて分からない程鈍感じゃないよ」
「あそこまで言われないと分からない鈍感なんだよ」
「うぐっ……」
「まあ……頑張れ」
「ああ」

 そう言って俺達も温泉に行こうとして……。

「あれ? じいちゃん、いたの?」
「ほっほ……ずっとおったわい……」

 爺さんの空気化が進んでいた……。

 若干落ち込んでいる爺さんを慰めながら温泉に入る。

 そして温泉から上がってからの夕食は、シシリーが真っ赤な顔のままでこちらを見ようとしないので、何とも微妙な雰囲気のまま食べ終わった。

 使用人さん達もニヤニヤしっ放しだったしな。

 夕食の後は各々の自由時間となる。

 今日やって来た二人は、ばあちゃんの所で話をしてるし、爺さんの所にもリンやトールといった魔法を上達させたい組が集まっていた。

 良かったね爺さん……忘れられてないよ……。

 かくいう俺は特にやる事もないし、温泉と食事で火照った身体を涼ませようと、外に出た。

 この屋敷の庭には池があって、その側に東屋があるのでそこで涼もうかな。

 すっかり日の落ちた夜の空は満点の星空だった。

 こうして星空を見ているとここが地球では無い事を実感する。見慣れた星座が一つも見当たらない。

「やっぱり……地球じゃないんだなあ……」
「え? シン君!?」
「ん? あ、シシリー?」

 東屋には先客がいた。

「ど、どどどうしたんですか? こんな所で」
「ああ、温泉と食事で身体が火照っちゃったから涼もうかと思って。シシリーは?」
「わ、私も……そう! 温泉で火照っちゃって!」
「そっか、ねえシシリー」
「は、はい!」
「隣いい?」
「ハ、ハヒ!」

 何かシシリーの返事が変だったけど、気にしないで隣に座った。

 シシリーはさっきの失言を気にしているのか、真っ赤なまま無言だし、俺も何と切り出していいのか分からずお互い無言の時間が流れた。

 やがてその無言の時間に耐え切れなくなったのか、シシリーが口を開いた。

「あ、あのシン君……その、さっきはすいませんでした」
「え? ああ、別に気にしてない……っていうか……俺、嬉しかったし」
「え!?」
「ねえシシリー、初めて会った時の事覚えてる?」
「はい、覚えてますよ。マリアと二人で男の人に絡まれててとても困ってました」
「そうそう、俺が『お困りですか?』って聞いたら……」
「『はい! 超お困りです!』って……なんて返事するんだろうって思っちゃいました」
「アハハ! そうそう、俺も思った」
「それから……あっという間にシン君が男の人をやっつけちゃって……その後も紳士的に接してくれて……」
「俺さ、あの時のシシリーを見て頭に雷が落ちたんだ」
「え……」
「なんて可愛い娘なんだろうって」
「え! あぅ……そ、その……私も思いました、なんて格好いい人なんだろうって……」
「そっか……」
「はい……」
「シシリー」
「ハ、ハイ!」

 俺はシシリーの顔を見た。

 真っ赤になって、何か必死な感じのシシリーを見ながら……俺は……。

「好きだよ、シシリー」

 俺の想いを告げた。

 告白を聞いたシシリーは、しばらく固まり、そして……涙を流し始めた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH

「う、嬉しいです……シン君は優しいから……私の事、何とも思ってないんじゃないかって……」
「……そんな風に思わせちゃったか……」
「でも! でも……そうじゃないって……そうじゃないって今言ってくれました」
「……」
「私も……私も好きです……大好きですシン君」
「シシリー……」
「シン君……」
「シシリー……俺と……俺の彼女になってくれる?」
「はい。シン君の彼女にして下さい」

 やった! 俺は内心で叫び出したい心境を抑えてシシリーと見詰め合った。

 すると……シシリーがスッと目を瞑った。

 これは……いいのか? いいのか、シシリーはもう俺の彼女だもんな!

 そうしてシシリーの顔に俺の顔を近付けていき……。

「ちょ! ちょっと押さないで!」
「ホラ! そこだよ! 一気にいっちまいな!」
「あわわわ!」

 池の畔の木の影からドサドサと皆が倒れ込んで来た。

 研究会の面々に爺さんばあちゃん、エリーにメイちゃん、使用人さん達まで。

 なんてベタな! それより、どうやってその木の影に隠れてた!

「な、ななななな!!」

 皆に見られていた事にパニックになるシシリーの頭を撫でながら皆に視線を向ける。

「あのさ……覗き見ってどうなのよ?」
「こんなビッグイベント、見過ごせる訳無いじゃない!」

 何故かマリアに怒られた。何故だ?

「私はシンを焚き付けた張本人だからな、責任を持って見守る必要がある」
「私はアウグスト様の婚約者ですから、同じく責任が」
「はわわ、大人の情事です!」

 オーグは分からんでも無いけど、エリーのはなんだ? そしてメイちゃん! 十歳の女の子が情事なんて言っちゃいけません!

「シン! 良くやった! 良くやったよ!」

 ばあちゃんが超嬉しそうだ。

「はあ……そっとしといて欲しかったけど……まあそんな訳で、シシリーと恋人になりました」

『おお~』

 何故か拍手が起きた。

「これは早速お祝いをしなければいけませんね! 今日の夕飯は終わってしまったので明日ですね」

 そう女中頭さんが提案した。

 お祝いって……。

「そうじゃシン、シシリーさんの両親も呼んではどうかの?」
「え……俺が呼びに行くの?」
「シシリーさんと二人で報告に行けばいいじゃろう。そのまま連れておいで」

 何かドンドン大事になっていく。

 シシリーはそれでいいのかと視線を向けると……。

「シン君……」

 何か、潤んだ目でこっちを見てた。

 あ、ずっと頭撫でっ放しだった。

「シシリー、明日セシルさんとアイリーンさんの所にお付き合いの報告に行って、そのまま連れて来いってさ。どうする?」
「お付き合い……」

 その言葉に照れてしまって俺の胸に顔を埋めてしまった。

 うわ、ナニコレ? 超可愛い。

「凄いわね……付き合い出した途端に超ラブラブじゃない」
「付き合う前からアレだったからな、恋人同士になったらどうなるのかと思っていたが……」
「これはアレだね! モザイクがいるね!」

 誰がモザイク案件か!

「まあ、とりあえずおめでとうと言っておく。だが、今は非常事態の最中だからな。付き合いにかまけて訓練を疎かにしないようにな」
「は、ハイ! 分かってます!」
「そう言うなら、何で今のタイミングで焚き付けたりしたんだよ?」

 するとオーグは真剣な顔をして答えた。

「だってお前……物語なんかじゃ『この戦いが終わったら告白するんだ』って言った奴は……大抵死ぬだろう? その前にと思ったのだ」

 ……。

 死亡フラグ回避かい!!MaxMan

2015年8月24日星期一

紅蓮騎士

「お、おおおおおおあああああッ!」

 血晶を飲み込んだグラディスが、大きく身体を曲げる。
 頭を抑える手は筋肉が膨らんでいることから相当な力が込められていることが分かり、呻く声は獣が上げる雄叫びとよく似ていた。三体牛鞭
 恐らくは今、想像を絶する苦痛がグラディスを襲っているのだろう。
 人を辞めるというのは、そういうことなのかもしれない。どうしようもなさから、噛みしめる歯の奥で、そんなことを思う。
 三人の男達──恐らくは全員が人ではない──の奥に見えるアルマは、事態に理解が追い付いていないようだった。激しい混乱の中、更に想定外のことが起きたのだ、無理もない。

 この世のものとは思えぬ苦悶の声を上げるグラディスの横で、ゼツロが眼を細めて笑う。

「くつくつ、始まったか。随分と色々なモノを溜め込んでいたのだろうな。お前的にはどうだ? これは」

 異様な様子のグラディスの仕草を見て楽しむように、ゼツロは何者かに語りかける。
 その声の行く先は私でもアルマでもない。声はグラディスを挟んだ位置にいるもう一人の男へと向けられている。

 ……そうだ。あまりの事に冷静さを欠いていたが、乱入者はもう一人いるのだった。
 咄嗟に睨みつけると、顔を隠したままの男は影から声を放る。

「見れば分かるだろう、失敗だ。恐らく自我は残るまい」
「失敗だと……!? 突然現れて、お前達は何をいっている──!」

 その声に反応をしたのは、男たちへ強い敵意を向けるアルマだ。
 私の疑問を代弁するかのようなアルマの声には、殺気にも近い怒気が混じっている。
 アルマがここまで怒るのは珍しい……いや、初めて見るかもしれない。だがすぐに飛びかかっていかないのは良かった。怒りながらも、判断は冷静だ。

 射殺すような視線と声に、フードを被った男はアルマの方を向き直る。
 そしてフードを取り払うと──アルマの顔が驚愕に支配された。

「馬鹿な……お前は……ッ!」
「……俺を覚えていたか、久しいな。……だが、今はお前達の事はどうでもよい」

 私の位置からでは、男の顔は見えない。だが久しいということは、アルマと何らかの関係があるのだろう。

 だが私の方も今はそれどころではない。ゼツロが此方へ、凄まじい殺気を叩きつけて来るからだ。
 今にも飛びかかってきそうな紅い瞳に、片時も気を抜けない。
 しかし──

「ゼツロ!」

 顔の見えぬ男が名を呼ぶと、ゼツロは殺気を収めた。
一つため息を吐き出し、肩を竦める。

「わかった、わかったとも。そういうわけでスラヴァ殿。その内また見えよう。……死ぬのだけは、御免なのでな。
くつくつ……そうだ、ここでお前に死なれては寂しいからなあ」

 呆れた顔から、私に対してほんの一瞬だけ殺気を放ったゼツロが背を向ける。
 そのままゼツロはコロッセオの頂上部まで飛び上がり、追えぬ距離まで移動していた。
 前に手を合わせた時よりも、魔力が強くなっている。それは修行によるものか、よりタリスベルグに近づいた故か。……恐らくは後者なのだろうな。

 去ったゼツロを見届けると、もう一人の男もその後を追おうとする。

「待て!」

 反射的に、私はその背に叫んでいた。
 男の動きが止まるが、此方へ顔を向ける素振りはない。
 その余裕に苛立ちを感じつつも、私は続く疑問を叫ぶように浴びせた。

「貴様達は……いや、貴様は一体何者だ? 何の目的があってこんな事をする!」
「目的、か」

 問いかけに対し、男は手を顎に沿わして考えるような素振りを見せる。
 数秒ほど考え、男は深い沼のような声を空に這わせた。威猛酷哥

「そんなものは昔から変わらん。強さの獲得。一点のみ」
「……!」

 聞き覚えのない声で紡がれる男の言葉に、私は強烈な既視感を覚えた。
 だが問い詰める間もなく、私が眼を見開くと、次の瞬間には男はもう消えていた。
 どこでどう会ったかはわからぬが、此奴と私は既に会ったことがある。そんな確信を残したまま、しかし何もわからぬまま男が去っていったことに手を握りこむ。

 考えるのは苦手だというに、次から次へと……!

 だが今はグラディスの処理が先だ!

「ぐうおああああぁぁぁッッ!」

 先程よりも大きな声で叫びながら、なおも頭を抱え続けるグラディス。
 ……処理とはいっても、こうなった状態の者を救う手立てなど、知るわけもない。

 気は乗らぬが変化が終わる前に──人であるうちに殺す!
 無理やり変えた意識で腕に魔力を込め、駆け出す。明確な殺気を感じ取ったか、アルマが私を制止するために叫ぶが、最早なんといわれたかを考える暇もない。

 『試製桜花』を発動し限界を超えた魔力が腕に満ちる。
 一撃必殺の意志を持って狙うは、こめかみだ。いかにゼツロのような生命力を持つ化け物が相手だとしても、頭を破壊すれば流石に動くことは出来まい。
 脳を守る頭蓋骨は人が持つ骨の中でも屈指の頑丈さを誇るが、こめかみの部分だけはひどく薄い。

 確実に殺す必要がある故に、必殺を求めた拳。
 無防備で蹲る者へ振り下ろすべきではない拳がグラディスへと走り──

 生々しさを伴った、破砕音を響かせた。

「──ッ!」

 ただし砕けたのは、私の拳の方。
 グラディスのこめかみ──いや、頭部は。
 外殻を持つ生物のように、血晶で覆われていた。

「スラヴァっ!」

 私の潰れた拳を見てアルマが叫ぶ。
 痛みに歯を擦り潰しつつ、私は瞬時に試製桜花を解除してアルマの方へと跳ねた。

「その拳、大丈夫なのか!?」
「問題はありませぬ。今の内に集中すれば、すぐに使えるようになりましょう」

 全力で拳へと集わせた治癒の魔術で、潰れた拳はもう形だけは元通りとなっていた。まともに使うにはもう少し時間が掛かるが、深刻というほどのダメージではない。
 ……予想外だ。まさかこんなことになるとは──

 眼前で変化していくグラディスの姿に、私達は言葉を発することも出来ない。
 グラディス……いや、そこに居たのはもうグラディスとは呼べぬ存在なのだろう。
 屈強で幅広な身体は隙間なく血晶で覆われ、その姿はまるで血に染まった騎士のよう。
 眼を除けば人とは変わらぬゼツロとは違い、血晶を飲み込んだグラディスは既に人とは呼べぬ何かに変わり果てていた。

「お前は、アレを知っているのか? 私にも、説明してくれ。何が何だかわからないんだ」

 隣に並び立つアルマが、視線を動かさぬまま、呟くように語りかけてくる。
 そうか、人型のタリスベルグを見るのは、初めてか。
 拳を振るい感覚を確かめ、私は構えを作る。

「簡単に説明すればタリスベルグです。先程飲み込んだ血晶が作用し、人ならざる者へと変化したようです」
「……ッ! 人型のタリスベルグだと……!? 何故お前がそれを知っているかは気になるが──どうすればいいか分かるか?」
「殺す以外無いでしょうな」
「やはり……か。くそっ! 先程からどうなっているんだ……!」

 アルマが吐き出した悪態は、私の胸中にあるものと同じ言葉であった。
 ……ただ、彼女の理解できない点には、私も入っているのだろうなとふと思う。

 嘆くように頭を抱え、身を反らすグラディスはもう声を発してはいなかった。
 明確に一つ、人である証が奪われた様で痛ましく思うが──私の思いとは裏腹に、血晶の怪異は完成を迎える。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH

 頭を抱えていた手を降ろし、糸の切れた操り人形の様に頭を、両手を垂らすグラディス。
 人でいう眼の部分に昏い光が灯ると、再び上体を逸し、拳を握りしめてタリスベルグが叫ぶ。

「ェェェェェェェェェッ!」

 喉を潰された者がそれでも声を張り上げようとしたような、甲高い音。
 生物と呼ぶことすら憚るナニカが、誕生した瞬間であった。

「……凄まじい、魔力だ……っ!」

 怒りを体現するようにタリスベルグから吹き荒れる魔力に、腕で風を防ぐ。
 魔力でいえばあの時のゼツロ以上か……!?
 お世辞にも、グラディスの実力が人間のゼツロ以上であったとは考え難い。であれば、この力はあの闇を垂れ流す異様な血晶に依るものなのだろうか。

 力の正体に考えを巡らせる私だが、ヒントの数はともかく、推理をしている時間はない。
 魔力を収めたタリスベルグが辺りを見回し、私達の姿を捉える。
 その瞬間、私は反射的に叫んでいた。

「……ち、来るぞ!」

 自らの声を合図に、アルマと反対の方向へ飛び退く。
 アルマも意図を察していたようで、私とは逆の方向へと飛んで難を逃れる。

 そのまま血晶の拳が石畳の舞台へと振り下ろされる。すると火の大魔法を炸裂させたような音が響き──石畳を粉々に砕いた。

 凄まじい威力だ……! 何の溜めも無しにこれほどの威力──やはり単純な破壊力だけならば、ゼツロよりも上か!

 爆風に煽られるも、私とアルマはなんとか地面へと着地する。
 地面へ埋まった手を引き抜いた、タリスベルグの瞳が私の方を向く。そこにグラディスの面影は見つからない。見つからないが──僅かにグラディスであった時の記憶が残っているのか、表情のない兜に光る目は、挑戦的である気がした。

 彼もまた、何かしらの感情を私に持っているのだろうか。
 だとするならば、グラディスの弔い合戦と行きたいところだが──

 タリスベルグに警戒を保ちつつ、その背後に見える観客席へと僅かに視線を送る。
 声からも感じてとれる事だが、理解の追いつかない展開にパニックを起こしているようだ。
 ……ソーニャやシェリルはどうしているだろうか。鈴が鳴ってモニカの場所に行っているのかもしれんな。だとすればモニカのことも少しは安心できるのだが。

 なんにせよ、安全の確保のためなるべく早く決着を付ける必要がありそうだ。
 できることならばこの手で葬ってやりたいが、ここはアルマと協力して少しでも早く打ち倒すのが先決だろう。

 視線でアルマに協力を要請すると、タリスベルグの背後にいるアルマが首を傾ける。
 タリスベルグのあの硬さを見れば『勁』や私ならば『天元一ツ』が有効だろう。
 アルマもその事に気付いているといいが。

 呼吸を合わせ、私とアルマは同時にタリスベルグへと飛びかかろうとする──が、タリスベルグはそれよりも早く行動に移る。

「ェェェェェェッ!」

 声にならぬ叫びをあげ、タリスベルグが身を屈める。PPP RAM RUSH 芳香劑
 隙にも見える行動だが、敵は完全なる未知数。私とアルマが様子見に入るのは半ば必然のことだ。しかし、その選択が間違いであると知るのは、そう遠くはなかった。

 かつてナトゥーシャで相対したタリスベルグの様に──便宜上そう呼ぶが──グラディスの背には、サメのヒレを思わせる位置から縦に連なり、三つの血晶が生えていた。
 叫ぶと同時に身を屈めたグラディスの背から、血晶が射出される。

 だが、その血晶は空へと飛び上がり、私達とは見当違いの方向へと飛んで行った。
 その行動に意図を探す私だが、答えは考えるまでもなく、光景によって想定すらしていなかった最悪のものを示される。

 観客席の方へと突き刺さった血晶が激しく発光し、黒い皮膚を持つ不気味な化け物が生み出されたのだ。

「なんっ──!?」

 常識を越えた光景に、思わず声が漏れる。

「馬鹿な──! タリスベルグがタリスベルグを生み出したというのか!?」

 私よりも早く状況を叫んだのはアルマであった。
 これでは人々の間に被害が出る──! あってはならぬ展開に、一瞬だけ思考がかき乱される。
 グラディスは、私に生まれた僅かな隙を見逃さなかった。

 軽く地面を蹴ったグラディスが私に肉薄する。鋭い血晶の爪を束ね、繰り出すは突き。
 防御は論外、ならば流すしか無い!

「ちっ──!」

 一瞬だけ送らされた反応が、私の身体を縛る。
 だが、この程度の速度ならばまだなんとかなる。遅らされた反応が身体を縛るも、私はなんとか身を反らし、グラディスの爪を避けた。
 かすった脇腹に切り傷が走るが、問題は無い。……が、反撃までは出来ないのがもどかしい。グラディスが攻撃動作を終了させてしまった以上、私に放てる反撃は打撃のみ。あの常識はずれの防御力の前では、此方が傷つくだけだろう。

 経験による判断から、私は後方への跳躍で距離を取った。
 ……追撃してくる気配は見せない。自我は無くとも、ゼツロよりは慎重なようだ。

 くそ、しかし厄介だ。
 こうしていては生み出されたタリスベルグにより観客に被害が出てしまう。
 さっさと此奴を片付けるか、それとも──!

 葛藤の中、私は視界の中に映るアルマの姿を見て思考を止めた。いや、思考を続ける必要がなくなったというべきだろう。
 そうだ、小型のタリスベルグはアルマに任せ、私はここでグラディスと戦えばよいのだ。
 今は被害が広まる前に小型のタリスベルグを倒す事こそが優先事項だ。観客席の方には奴・もいるだろうし、今のシェリルをソーニャがサポートすれば、あの分体のタリスベルグならば何とかなりそうだ。

 思いついた妙案を声に乗せてアルマへと届けようとする。
 だが、その時には再びグラディスが向かってきていた。
 ええい邪魔をする──! しかし今の私に油断は無い。動きを見極めんと目を凝らす──と、グラディスはその突進を九十度の方向へと向けた。

 アルマの蹴りにより、吹き飛ばされたのだ。
 硬いグラディスの血晶体を蹴った事で、痛みに顔を顰めるアルマだが──表情はそのままに、構わず叫ぶ。

「スラヴァ! 小型のタリスベルグを頼む! ここは、私が食い止める!」HARDWARE 芳香劑 RUSH『正品』
「な──!」

 それは、私がいおうとしていた言葉であった。
 またも先取りされた事で妙な気分になるが、今はそれどころではない。

「無茶だ! それに、この際だからいうが貴方よりも私の方が──」

 感情に任せ、私は思うがままの言葉を紡いでしまう。
 しかし──アルマは、それを遮った。

「そんな事はわかっている、だから頼むんだ。……私よりも、お前のほうが早く奴等を片付けられるだろう。その方が被害もずっと少なく済むはずだ。……それに、私は、お前の先生なんだぞ?
教え子により危険な方を任せられるか。少なくとも──師匠せんせいならば、そうする」

 思わぬ言葉に、私は続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
 ……実力差は把握した上、か。

 アルマの提案は、確かにと思える理を持っていた。
 アルマが行くより、私が行った方が小さいタリスベルグを早く片付ける事ができるだろう。
 だが娘をより危険な方に残す事は、出来ない。

「私を……信じてくれ」

 ただひとつ──信じろとさえ、いわれなければ。

 ……手塩にかけた、とはいえん。私は歳をくっても自分のことばかりで、良い親とはいえなかった。
 けれど、何よりも彼女のことは信じている。
 私には勿体無い、真面目で優しい、良い子だと。約束を違えるような子ではないと。

「分かりました。ここは任せます。……ですが無理はせぬように。すぐに片付けて戻りますが故」
「わかってる。まだまだお前には聞きたいことがあるからな、死ぬ訳にはいかない。
お前が戻ってくるまでは時間稼ぎに終始するさ」

 アルマの言葉を背に、私はグラディスに背を向けた。
 観客席にいるタリスベルグ。その一番近いものへ視線を向けつつ、私は身を屈める。
 背後からグラディスが迫る気配がする──が、再びアルマがそれを跳ね飛ばす。

「行け!」

 アルマの声を背に、私は跳躍した。
 私がやるべきは、最早娘を心配することではない。
 一刻も早くタリスベルグを倒して観客の安全を確保し、アルマの救援に戻ることだ。

 ……くそ、知らぬ間に大きくなりおって。だがまだ、アルマ一人ではグラディスの相手をするのは難しいはずだ。
 跳躍によって観客席へと降り立った私は、すぐさまかけ出した。
 そして目当てのものを見つけ、睨みつける。

「時間がない──さっさと終わらせてもらうッ!」

 黒い表皮を持ち、ところどころに赤い線がはしった不気味な生物。
 手足は二本ずつ。人を模した出来損ないの様な生物に向け、私は弾ける花弁を吹き荒らす!SEX DROPS

2015年8月19日星期三

チョコのような甘い時間再び

そろそろ戻らなければと、いろいろと考えていたことを頭を振って散らすと若葉に被るように影が伸びてきた。
「どうした」
「あっ、み、御影さん、ちょ、どこ触って…っ」
「ん?お前の首筋に唇押し当てて、腰に手を回してるとこだな」FAMPROX(強力媚薬)
 寝室はキッチンやテレビが置いてある部屋の続き間となっていてドアは存在するが、普段一人のために特に閉めることはしていなかった。
 隣の部屋の光でこと足りると思ったのだが寝室の電気をつけなかったのはダメだったと思うが、今更な話だろう。
 若葉の身体をまさぐる手が止まることはなく、器用にシャツのボタンを外しながら少しずつ露出される首筋から肩に吸い付き、舌を這わせていく。
 スカートの越しに御影のすでに張り詰め始めたモノが押し付けられた。身体がどんどん火照っていく、思考が途切れ途切れになっていく。
 御影との行為はまだ二回目のはずなのに、身体が御影の指を覚えていた。荒々しいようでとても優しい愛撫に下腹部がきゅんと切なくなった。
 スカートを強引におろされる、シャツも引き抜かれてサテン生地のキャミソールがひらひらと揺れる。御影は若葉の肩を軽く噛んでから、強く吸い上げる。
「いっ…」
「独占欲とマーキングか…」
「え?」
「気にすんな」
 突然の痛みで御影が何を言ったのかわからなかった、頭がぼんやりとしだしてきているのも理由だが。聞き返してみたものの、気にするなと言われてしまえば何て言ったのかはわからずじまいだ。
 ブラのホックを外され、キャミソールの裾から手が滑り込んできて胸を下から支えるように持ち上げられただけだというのに。御影が触っているというだけで、触られた場所が熱くなっていく。
 漏れる息が艶かしくなっていく、恥ずかしいというのに止める事ができない。
 腕から紐部分が抜かれて、パサっと床に落ちた。胸の頂が尖ってキャミソールの布を押し上げる。
 うなじや肩に舌を這わせ口付けながら、キャミソール越しに頂には触れないように撫でてくる。腰をなぞりストッキング越しに秘丘をふにふにと触られて思わず背中を反らす。
 手を背中にいる御影の頭に回して、寄りかかるようにしながら必死に立つが。下着に手を差し込まれ花芯に軽く触れられ、ずり落ちそうになってしまった。
「息、荒くなってるな」
「みっ、かげ…さんの、せいじゃないですか」
「確かにな」
 意地悪く笑う息が耳にかかり身じろぐと、手を取られベッドの淵へと座らせられた。足にきていたので、ありがたいと言えばありがたい。
 御影は若葉の前にかがんで、両脚を開かせそのまま太ももに熱い掌で撫でられた。
「御影さんっ、こ、これ、恥ずかしい…っ」
「慣れろ」
「な、慣れませんよぉお」
 なんてことを言うのだろうか。慣れるわけがないのに、無理矢理にでも慣れろというのだろうか。そもそも、この行為自体は今日で二回目という初心者に対して言う科白ではないだろう。
「なぁ、若葉」
「…はい…」
「これ、破ってもいいか?」
「だっ、ダメです!絶対ダメです!これ高かったんですから!」
 ストッキングを摘んで真顔で言ってきたのを慌てて止めた。このストッキングは少し奮発して買ったものだ。目立ちはしないが、足首にストーンがついているものだ。
 御影は横を向いて、舌打ちをした。そんなに破きたかったのだろうかと、今度安いのでよかったらと声に出す寸前に飲み込んだ。今度とは、いつのことを言うのだ。
 それでは、また御影に抱かれたいと告げることになってしまう。そんなことは言えるわけもない。
 若葉は破かれる前にと、ストッキングをゆるゆると脱ぎだす。下着も脱ぐべきだったかとも思うが、恥ずかしすぎるし、期待しているみたいなのでストッキングだけにした。
 御影はただ若葉が脱ぐ姿をじっと見つめる。獲物を狙うような鋭い瞳をしている、その瞳の奥に情欲が見え隠れする。
 片足からストッキングを抜いた途端、ただじっと見つめていた御影が太ももを擦る。まだストッキングを脱いでいない足を御影の腕に乗せるように抱えられ御影は若葉を見つめたまま膝裏に舌を這わせ、強く吸いながらストッキングを抜き取った。
 太ももの内側を執拗に舐め上げ吸いながら足の付け根まで上っていく。下着越しに秘所を撫でられると、ぐちゅぐちゅと音が聞こえてくる。
「下着の意味ねぇぐらい、濡れてんな」
「んんっ、…はぁ」
「着たままと脱ぐのどっちが良いか、お前が決めろ」絶對高潮
「えっ?!」
 キャミソールを着たまま、下着をつけたままするのと。全裸になるのとどちらが良いか決めろという言葉に、頭がパニックになってしまう。
 普通は裸になるのではないのだろうか?服を着たままでももちろんできることはわかっているが、わざと着たままというのも一種のプレイ的なものになるのだろうか。
 御影はにやにやとしながら、かがんだまま若葉を見つめる。御影から動く気配は一切ないようだ。そうか、この男はSなのだなと判断せざるを得ない。
「…、ぬ…ぐ、から。みか、げ…っさんも、ぬいで…」
 恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。今なら恥ずかし死にというものができるような気がする。心臓がバクバクとしていて、御影を見れなくて自分の太ももを見つめた。
「くそっ…、やべぇな」
 御影は吐き捨てるように呟いて、頭をガシガシとかいた後に若葉の両手を上に上げてキャミソールを脱がせてから。ネクタイを無造作に外しシャツとインナーも脱いで床に投げ捨てた。
 心臓の音が御影にも伝わってしまうのではないかというほど、身体中を音が駆け巡る。恥ずかしさやらで、両手で顔を覆い、指の隙間から御影の姿を見た。
 ベルトを外してスラックスを寛がせると、そこから膨れ上がったものが見える。御影が自分に欲情しているという証拠に、どこか安堵した。
 安堵するべき状況ではないのだろうけれど、御影が自分で欲望を感じてくれているということは。御影にとって若葉が女であるという証明になるような気がしたからだ。
 御影がまた若葉の足の間に屈みこみ、若葉の下着を剥ぎ取るとひくひくと動く秘所に顔を埋めた。この間も今もシャワーすら浴びていないというのにと拒否する前に、熱い舌がぬるっと膣口を刺激する。
「んっ、あ、んん…」
「すげ、この前よりも濡れやすくなってんな」
「はぁっ、そ、んなこと、言わない、でっ」
 両脚を抱え込まれ御影の舌が出し入れを繰り返され、じゅるりと吸い上げられ矯正があがりそうになるのを必死に我慢した。
 けれどそんな若葉の努力を無駄にするかのように、御影の舌が動き回り飲み干すような勢いで蜜を吸い上げていく。
 びくびくと身体が軽く痙攣をしたことで、軽く達してしまったことがわかった。御影の唇が蜜で光っていて、それを無造作に手の甲で拭き取ったというのに。まだだというように、今度は花芯に軽く口付けをして、舌でくりくりと舐められた。
「あっ、んぅ」
 つま先が浮いて身体が倒れそうになるのを、片手でどうにかつっぱりながら。もう片手を唇に押し当てて、溢れだしそうな甘い声を何度も飲み込む。
 花芯を舌でじゅっと吸われた瞬間に、また身体がびくびくと震えた。それでもまだ刺激を与えようとする御影の頭に手を添えて抱え込むように身体を曲げると、御影が顔を上げ傍にある若葉の唇に口付けを落とす。
 御影は立ち上がると、若葉の手を引いてすでにぐらぐらする足のままに立たせたと思うと今度は御影がベッドの淵へと腰をおろした。
 これは、御影のアレを奉仕しろということなのだろうかと深読みしていると。
「若葉、乗れ」
「…、の、のる?」
「そ、こっちに背中向けて。ほら、腰おろせ」
「わぁっ」
 無理矢理御影に背中を向けさせられたと思ったら、腰をひっぱられそのまま御影の太ももに座るという状況になってしまった。降りようと動こうとしたが、腰をガッチリ押さえ込まれて動くことができなかった。
 臀部に御影の欲望でそそり立ったものが、当たって息を呑んだ。これが、これから入るのかと思うとまた下腹部がきゅんと切なくなった。
 御影は背中に何度も口付けをしながら、胸の頂を指で挟みくりっと動かしたり軽くひっぱたりしながら秘所を指で撫で上げ、ずぶずぶと指を膣内へと挿入する。
「んんっ、あ、やぁ」
「嫌なのか?」
「んー、ぞ、わぞわするっ」
 首を横に振りながら身体がぞわっとするのを絶える。嫌だとか気持ち悪いという感じではなく、先ほど以上の快楽が与えられて飛びそうになってしまうのが怖い。
 まだ二回目だというのに、御影に身体を作り変えられていくようだ。御影の色に染め上げられているようだ。
 最初は優しく、そして徐々に激しく指がじゅぶっと音を立たせながら動き、膣壁をぐりぐりと擦られる。
 頭が可笑しくなりそうなほどの快楽に、頭を振りながら耐えていたが。若葉の耳を甘噛みして、耳の中に舌を入れられた瞬間に、耐え切れず背中を反って達してしまった。SPANISCHE FLIEGE

居酒屋でからあげっててっぱんだよね
 友人関係の間柄だったとしても、時折その友人をお姉ちゃんみたい、お兄ちゃんみたい、などということがある。
 男が好きなのは大体が妹系の可愛い女の子が多いと鏑木若葉かぶらぎわかばは考えている。そして、そういった女子はだいたいが物語のヒロインのような子だとも考えている。
 何故そんなことを考えているかというと、若葉の友人である宮野朱利みやのじゅりを見つめていると浮かんでしまうからだ。
 若葉と朱利は面接の時に近いグループで、なんとなく話をしてから意気投合をした。そして同期で入社し、一番気があいプライベートでもよく一緒に出かけたり泊まりあったりするような仲になった。
 そんな朱利はふわふわと緩いパーマのかかった茶色のロングヘアー、猫のような大きな瞳、ぷっくりと膨れた唇、胸がないのが悩みだとはいうが全体的なスタイルは良いし、オフィスカジュアルのためにファッションセンスがでるわけだが、これがまたオシャレときた。
 単純に化粧をすること、自分に合った服装をすることが好きらしい。なので、男受けの悪いネイルも定期的にいってその時によって派手だったりシンプルだったりと楽しんでいるし、10cmヒールなども当たり前に履いている。
 性格は女子が言う可愛いタイプだ。そんな朱利のことを若葉はとても好きだし、男に対しての考え方だったりが似ているので、入社してからこの4年仲良くできているとも思っている。
 何より趣味が一緒というのが一番だろう、二人の趣味はカメラだ。今時の流行にのっているなと言われるかもしれないが、好きなものは好きだし趣味なものは趣味なのだ。
 若葉といえば、天然パーマで定期的に前髪を縮毛矯正をかけなければうねってしまって鏡を見るのが嫌いになるようなタイプ。
 肩につくかつかないほどの長さで、こちらは縮毛をかけていないがゆるふわパーマのようにみえるので、それを生かす方向でいっている。
 体型も見た目も普通だ。格好といえば、スーツだったりオフィスカジュアルだからと少し砕けた格好をしたりだが、凄いセンスがいいかと問われれば普通だとしか言いようがない。
 良くも悪くも普通、その辺によくいるような女子のタイプで朱利が物語のヒロインならば、若葉はモブか良くてヒロインの友人という脇役がテンプレポジションだ。
 女子として頑張っていた時期も若葉にもあったが、現在は26歳にして干され気味だ。

 入社したばかりの頃は、朱利と一緒にいたためによく惹き立て役だといわれたり比較されたりしながらも女子として彼氏が欲しいなどという感情もあったし、そのために可愛くみせる仕草もした。
 それで朱利に対してどうこう思ったことはなかったし、惹き立てや比較などがある度に若葉ではなく朱利がその相手に対して噛み付く勢いで怒ったりした。
 入社してすぐの頃、若葉は一般事務に朱利は受付の配属となったけれど定時は一緒のため、よく帰りに待ち合わせをしてご飯を食べに行っていた。
 その日はそんな二人、というよりは朱利を待ち伏せしていた数人の先輩方からのお誘いで飲みに行くことになった。少人数だと思っていたが、いろいろな部署から集まった人たちが結構な人数いた。
 男の比率が高いものの、二人以外にも女子はいたしその時に出会った秘書課の野々宮凛子ののみやりんこには可愛がってもらうようになったし、お姉さんみたいで二人で懐いている。
 メリハリのある身体にフィットしたスーツというだけで、色気が漂う。同じ女性だが、惚れる!となってしまう。
 1時間ほどして全員お酒が回りはじめた頃、朱利を待ち伏せしていた一人の男性社員がにやにやと笑いながら、若葉に向かって言った。縮陰膏
「鏑木って、朱利ちゃんの惹き立て役みたいだよなー」
「おい、お前飲みすぎだろー!かわいそうだってー!」
 同じようにお前も酒飲みすぎなんだよと突っ込みをいれそうになるような、フォローにもならないフォローをいうもう一人の男性社員。
 若葉は、面倒くさいけれどよくあることだと笑って流そうとしたが。朱利が立ち上がって、その男性社員を見下ろして。
「若葉のいいところがわっかんないような男に、ちゃん付けて呼ばれたくないんですけど!見た目でしか判断しない男に口説かれても靡きませんよ!!」
 朱利が怒鳴ったことで、笑う雰囲気だったものが一気に静かになってしまった。それなりの人数だったために奥まった場所なのが救いだ。
 その二人だけではなく、他の人たちも可愛らしい容姿の朱利が怒鳴るとは思っていなかったようで、唖然としてしまっている。
 場の空気がとてつもなく重くなったような気がした。
「ちょぉおっ、朱利?!朱利もお酒回ってない?!」
「若葉も!こんなことで傷ついちゃダメだよ!!若葉は可愛いんだから!!」
「いいってー、わかったから。ほら、落ち着きなさいって」
「いいえ!朱利ちゃんの言うとおりよ!可愛い子が入って浮き足立ってるのかもしれないけどね、見た目を比較してそれを言葉にだすような男はクズでしかないわ」
 ずっと聞いていた凛子までも立ち上がって、説教を始めてしまった。
 まさか自分のことで、こんなことになるとは思っていなかった若葉が一番慌てふためいた。
「あんた達、今後同じようなことがあれば女子全員を敵に回すと思いなさい!」
 女子全員なんて、とその時は思ったが。後々、凛子は女性社員の憧れのような人で彼女が敵とみなしたものは、女子の敵!となるほどらしい。
 なので、このときの言葉もそのままということだ。それを知っている、男性社員二人は顔を蒼くしてしまった。
「相変わらずたっけぇ音で話すな、野々宮は」
 この空気に割って入ってきた声は、低めの心地の良い声をしていた。そして周りの女の人たちの声が一際高くなる。これが、黄色の声かと若葉はその場に似合わないようなことを考えた。
 先に入ってきた男性は高身長で、黒髪、昔スポーツをしていましたというような筋肉をしていそうで、切れ長の目に通った鼻、ワイルド系の女子にモテるタイプが入ってきた。
 口調の荒さからも、キツそうな性格が見え隠れしている。
「あ、御影みかげに羽倉はねくらじゃない。何よ、悪いのはこいつらよこいつら!」
 凛子が腰に手を当てながら、自分は一切悪くないと主張すると。ワイルド系の男性の後ろから、爽やかな声で、これまた爽やかな笑顔をした男性が入ってきた。高身長で、こげ茶色をした髪の毛をなでつけるようにまとめていて、優しそうな顔をしている。
 二人が並んでいると、白と黒といったような対比をみている気持ちになる。
「聞いてたよ。まぁ、春だし少しみんな浮かれ気味なところがあったみたいだな。この二人にもよく言っておくから」D10 媚薬 催情剤
「たく、怒んのもわかっけど一応は先輩社員に怒鳴るな。後、お前は自分のことだろ?なら、自分で怒れ」
 髪の毛をかきあげながら、朱利と若葉に呆れながら言葉にする。
「…失礼致しました」
 若葉と朱利は二人揃って頭を下げる。凛子さんは、謝る必要なんてないとぷりぷりと怒ってはいたが、一応自分達は後輩であって入社したばかりの新人だ。
 御影が言っていることは、間違ってはいない。
「御影さんひどいっす。一応って、一応って…」
「あぁ?おめぇらは、隅で反省してろ」
 御影は、男性二人を足蹴にしてそこの場所をどかせ、自分と羽倉の席とした。

 これがきっかけで、若葉に対する比較の言葉が無くなった。また、朱利を怒らせると怖いということも広まった。
 女性社員からは、自分達が守ってあげるからね!という言葉をいただき、凛子が二人を可愛がるようになったことも大きな要因ではあるだろう。
 比較の言葉などがなくなったからといって、若葉がモテはじめるわけでもなく。何より、二人の同期である山中やまなかの不用意な言葉によって、若葉の立ち位置が決まってしまった。
 同期での飲み会で、若葉がみんなの世話をしたり注文を取ったり、会計のためのお金を集めたりとしていると。山中は一言。
「鏑木ってお母さんみたいだよなー。おかんって感じ」
「同い年の子どもを持った覚えなんかないんですが?」
 なんて軽口を交わしたものの、それが広まっていってしまい。若葉イコールお母さんというイメージが定着してしまった。
 山中だけではなく、他の同期達もそういったイメージを持っていたのだろう。あぁ、なるほどっというような感じは確かにあった。
 若葉はお母さんといわれることが好きではない、女子に言われるのはかまわないと思っているが。男性に言われるということは、女子としてみられていないということだからだ。
 そんな風に定着していったお母さんというあだ名は、若葉を26歳にして干され気味にした理由の一つとなった。RUSH PUSH 芳香劑

2015年8月16日星期日

満天の星空で

 りりりり、と虫の音が近く遠くに聞こえてきます。地面を覆う草を踏みながら一歩、また一歩と進む。そして行き止まりまで来ると、その場にしゃがみ込みました。

「あんまり身を乗り出すなよ」

 ここは丘の上、私はその端っこにいて、すぐ先は崖となっています。夜狼神
 どのくらい高いのかしらと下を覗き込んでいると咎められてしまいました。ちらりと見えたけれど、落ちたら一巻の終わりになりそうな高低差でした。

 下を向けば恐ろしいですが、空を見上げれば満天の星空でとても綺麗。

 オズと話をしようと宿の外に出ると、木々の間からヒョコリと顔を出したルーク様が町外れのここまで連れてきて下さったのです。
 なんでもトモヨから聞いたのだそうで。
 大事は告白は、話し終えた後に飛び降りられるよう高い場所でしなければならないと。

 どうして飛び降りる必要があるのかしら、さっぱりだわ。
 異世界には理解しがたい慣わしがあるものなのね。トモヨはたまに私達には意味の解らない単語を口走ったりするし。

「寒くないか」
「少し。でも大丈夫よ」

 私は立ち上がって、少し後ろにいたオズの傍まで戻った。すると彼はそっと背に腕を回して私を胸元に閉じ込めた。大人しくオズの胸に頭を預ける。

「呼び出したりしてごめんなさい。自分でもどうして急に話す気になったのか、不思議なのだけれど。貴方に伝えておきたいと思ったの」

 嘘。不思議な事なんて一つもないのに。すらすらと嘘を吐き出した自分に呆れる。
 オズには気づかれたくなくて顔を合わせ無いようにする。
 彼に全てを話そうと思った理由は実に単純なもので。ただ単に、彼を私に縛り付けてしまおうとしただけなのです。

 イーノック達と楽しげに話すオズや、トモヨに優しげに接するオズなんて見てしまったから。私が知らなかった彼を目の当たりにして内心で焦った。いえ、嫉妬した。
 これまでだって、ずっと一緒にいたわけではないのだから、私が見た事のない一面があるのだろうとは漠然と理解していましたが、私の前で見せない面なので私はいつまで経っても知らないままだったから、何も思わなかった。

 だけどこの目で見てしまったら、途轍もなく嫌だった。嫌だと思う自分もまた堪らなく嫌で。
 トモヨハーレムだなんて茶化していたけれど、今更になって怖くなった。今は私が欲しいと言ってくれていても、それはいつまで続くの? トモヨはいつもすぐそこにいるのよ、そちらに目を向けやしないと言い切れないじゃない。

 だから、胸の内に沈めていたものをオズに晒して、彼を私に縛り付けようなんて、浅ましい考えに囚われた。

 ぎゅっと一度彼に縋りついて、すぐに身体を離した。

「知っていると思うけれど、私は順序立てて話すのが苦手なの。だから分らなければ分らないと言って。……でも、でもね、否定だけは……しないで」

 オズにとっては突拍子もない、現実味の少ない話だけど。信じるのは難しいでしょう。それでも冗談や作り話だと思われたくはない。
 オズが頷くのを見て、少し勇気をもらって口を開いた。
 どこから話をすればいいかしら。

「この前オズに言われて、初めて旅が終わった後の事を考えてみたの。……何も想像出来なかったわ。公爵家に戻っているのか、まだ一人で旅を続けるのか、オズの隣にいるのか。どれも全然思い浮かべられなくて」

 お父様が画策しているという私と王子との結婚は非現実的過ぎたから想像できないのかと思った。だけど、なら他にどんな未来が私にあるのだろうと考えてみたら、何一つ見つけられなかったのです。
 それがどうしてなのかは思い当たるものがありました。

「オズは以前、私が死に急いでいるように見えるって言ったわね。でもそうじゃないのよ。私はね、最初から自分の生に無頓着なだけだった、それだけよ。ずっとずっと、貴方と出会ったような子供のころから。
 自分が生きている事に意味を見出している人が、一体この世にどれだけいるのかしらないけれど、そう多くないと思うの。それでもみんなが死に怯え必死で生きている。私にはそれが不思議でならなかったわ。
 私にはお兄様がいる。優秀な跡取りがいて家は安泰。それにアルもいるから万が一お兄様に何かあっても問題ないわ。私があの家に必要とされる理由は少ない。すぐ死んでしまっても、誰かの迷惑になりにくい。なら私は何故生きているのかしら? 子供のころからちょっと疑問だった。
 ああ、別に毎日がつまらなかったとか、そんな事は無いのよ。兄弟がいてオズがいて、とても楽しかったわ。それとこれとは別なの。
 そんな私の前にジェイドが現れた。嬉しかった。奇跡だとすら思ったわ。あの子は私を選んで、私しかダメだと言ってくれた。私にだけ心を開き、いつだって私だけを求めて寄添ってくれた。他の巫女がそうだったように、いえそれ以上に私はジェイドにのめり込んだわ。私の方がよっぽどあの子に依存していた。
 ……だけど、そんな私のせいでジェイドは消えてしまった」

 喉の奥が熱くてつっかえて、言葉が出なくなってしまいました。自分の身体を守るように腕を抱く。オズが一歩近づこうとしたけれど、私は避けるように後ろに下がった。
 ちゃんと一人で立って話し終えたいと思ったから。樂翻天

「死のうとは思わなかったけど、きっとあの頃の私は生きている自覚も殆どなかったのでしょうね。ただ毎日呪ったわ。ジェイドが消えた原因になる者全て。私も国王も魔王も……貴方も。ジェイドが消えたなら、他も全部無くなってしまえばいいとそんな考えばかりが浮かんできて。
 そんな時にトモヨが異世界からやってきて巫女となった。耐えられなかったわ、だってそうでしょう? 私のジェイドはいないのに、あの人にはウィスプもいて、オズ達に守られているなんて……許せるはずがないじゃない。
 貴方達が魔王討伐の旅に出た時には神殿に入って祈ったわ。失敗しろ、精霊なんて消えればいい、魔王に殺されてしまえ! あの時の私は魔王よりよっぽどこの世界を憎んでいたと思うわよ。
 だからかしらね。シメオンが私の元にやって来たのは。彼は何も言わずに私に手を差し伸べて……私は躊躇いもせず彼の手を取ったの」
「リア……?」

 私の話が段々と現実とずれていっているのを察したオズが、戸惑いがちに尋ねてきた。だけど私は頭を振って遮る。

「ジェイドの影響で他人の魔力をこの身に蓄えられるようになっていたらしくって、魔王に惜しみなく与えられた魔力を持って……屋敷に戻り大魔法を放ったわ。エルクンドが神殿でやったように。その足で城へと向かって、誰もまさかの事態に対応しきれない隙に破壊しつくし、国王や重臣の方々を魔王に引き渡した。勿論、お父様もいたわ」
「リア!」
「お願い、聞いて」

 手の先が冷たい。さっきからずっと身体が震えている。足にも力がはいらなくて立っているのもやっとの状態です。それでも、全部話してしまいたい。それは今じゃなきゃいけないような気がするのです。

「王都崩壊の知らせを受けてか、トモヨやオズ達が急遽戻って来て私の前に現れた。可笑しかったわ、この上なくね。どうして私が魔王と一緒にいるのかと驚愕に満ちた表情に笑いが止まらなかった。
 血塗れの私を見て事態を把握した貴方達は、私に刃を向けた……当然よね。そして私達は戦って最後はこの心臓をオズの槍で貫かれた。『お前だけは絶対に許さない』って言ってね。人生最後に訊いた言葉がこれだなんて、酷いと思わない?」

 そっと左胸の上へ手を添える。痛まないはずの痛みを未だに持ち続ける心臓がある場所。
 眉間に皺を寄せて険しい表情で一心にこちらを見ているオズに苦笑を返す。

「リア、俺にはお前が何を言っているのか分らない。リアはここに居るだろう? 俺は……お前を手にかけたりしていない」
「そうね。私は生きているわ」

 だからそんなに苦しそうな顔をしないでもらいたいわ。今のオズには一切記憶にない、夢ですらないもう一つの私の人生。もう過去なのか未来なのかも分らない。

「けれどそういう道に進む未来も確かにあったのよ」
「リアが魔族になって、俺が殺す未来か?」
「ええ」

 オズは深く息を吐き出すと、グシャグシャと綺麗な銀色の髪を片手で掻いた。一気に突拍子の無い話をしたから混乱するのも仕方がありません。

「……だから、ずっと言っていたのか」

 闇堕ちしたくない。だって魔族になってしまったら、オズは簡単に敵となって私を殺すのでしょう?
 何度も彼に訴えた事を言っているのね。そうなるのが怖くて、否定してほしくて堪らずこぼしてしまった本音。

「信じられる?」
「正直頭がついて行かない」

 そうでしょうね。ジェイドがいなくなって、精神的に不安定になった時に生み出した妄想じゃないかって私自身も幾度となく考えたりしたもの。
 でも頭の中だけでの出来事にしては、心と体が覚えている感覚が生々し過ぎる。

「あのねオ――」

 いつの間にか間合いを詰めていたオズが、私の頬を両手で包んだ。彼の手の温かさに、風に晒されていた頬が冷たくなっていたのだと気付きました。
 先ほどから表情を曇らせているオズの顔がすぐ近くにある。

「そうやって俺は何度もお前を傷つけたんだな」
「え?」
「俺が魔族になったリアを恨んで殺した事実がリアの中にはあるんだろう。俺はそれを知らない。知りもしないでお前を恨むと、殺すと口にした」

 トモヨに、手が冷たい人は心が温かいのだと聞きました。だけどオズは手も心も温かいのだと私は思うの。房事の神油
 彼の手を自分のもので包み込む。
 火の街を出た後の事を言っているのね。あの時に確かにオズとその話をしました。
 オズは、私に止めを刺した後は、私の全てを引き受けて世界を滅ぼすとまで言ってのけた。

 あの話をしたからこその妄想話を今私がしていると思わない辺り、やっぱりオズは優しいわ。信じられないのなら、普通はそう考えるでしょうに。

大事な告白の後は
「あのねオズ」

 無責任な事を言ったとでも思って後悔している彼に、先ほど言いかけた言葉を再度紡ぐ。

「私はオズに刺されて、すごく安堵したのよ。もうこれで人を殺さなくても憎まずにいられるのねって。闇堕ちしてまた貴方に憎まれて敵になるのだと思ったら、怖くてどうしようもなかったわ。でもあの時オズの話を聞いて、少しだけ思い出したの。……私を許さないと言ったオズは泣いていたって」

 もう息も絶え絶えだった私は、意識もおぼろげで視界も霞んでいたけれど、頬に落ちた滴は、今のオズの手と同じように温かかった。私を抱きかかえる腕は震えていて、声も擦れがちだったと、一度思い出したら鮮明に目に浮かぶ。
 恨みも確かにあったと思います。だけどそれ以上に彼は悲しみが勝っていたように感じる。

 それはただの私の希望ではないと、目の前にいるオズを見ていたら自信を持って言えます。

「人の敵となってしまったけれど、最後に貴方に泣いてもらえたなら、前の人生もそう悪くなかったのかもしれないなんて、最近はちょっと思うのよ。それにね、私が闇堕ちして魔族に転じてしまっても、オズが止めてくれるなら嬉しいわ。だからオズ、私の命を預かってもらえないかしら」

 彼なら嫌とは言わないと分かっていて訊く私は意地が悪いのでしょうか。でもやはり本人の口から聞きたい。確認して安堵したい。 

「オズ……」
「闇堕ちするのを前提で話をしないでくれ。二度も、俺にリアを」

 オズは言葉を切って歯を食いしばった。もう言葉にするのも嫌だと言われているようで、なんだかくすぐったい。二度なんて、一度私を殺した記憶なんてないくせに。
 身に覚えのない殺人に心を痛める必要もありませんのにね。
 それに魔族を殺したって罪にならないし、王都を襲った私を倒したオズは英雄扱いされていてもおかしくありません。
 本人曰く、その後世界を崩壊させるに違いないという事ですが。

「オズって、私の事好きなのね」

 この話の流れで、そんな風にしみじみと思うのもおかしいけれど。今まで改めて感じた事なんてありませんでしたが、もしかしてオズは昔からずっとこうだったのかしら。
 私が気付かなかっただけで、彼はこうして私を見て考えてくれていたのかもしれません。

 オズは護衛として私の後ろに居て守ってくれていた。私が彼を振り返って見れば、彼の瞳は今みたいに私だけを映していたのでしょうか。私を必要としてくれていたのだったら。

「気づいてなかったのが驚きだな」

 本当にその通り。私は今まで一体オズの何を見ていたのでしょう。自分の視野の狭さに嫌気が差す。小さな殻に閉じこもって周囲を見ようともしない。そんなだから道を間違える。中絶薬ru486

「好きでもない奴の為にわざわざ竜王になろうなんて思わないだろ、普通」
「……へ? な、なにそれ、え? どういう、え!?」
「覚えてないならいい」
「いえいえいえ! 良くないです!」

 オズの肩を掴んでガクガクと揺さぶるのに、彼の身体は僅かにしか動かない。そしてわたしはこんなに動揺しているのに彼は眉一つ動かさない。
 どういう意味なの、私の為に竜王になったって。じゃあ護衛を辞めて竜騎士になったのも、自分の夢の為に私から離れていったのだと思っていたけれど、違ったというの?

 混乱する私を落ち着けようとしているのか、更に酷くさせようとしているのか、オズが額やら頬やらと至る所に唇を落とす。
 その度にピクリと肩が跳ねる。顔も熱い。

「オ、オズ、今とても大切な話をしているのよ、んっ」
「俺に命を預ける、か。取りようによったら、これ以上ない愛の告白だな?」
「ふぇっ!?」

 驚きすぎて変な声を出してしまいました。あ、あ、愛の告白!?
 いえ確かに大切な告白をする為に呼び出して、ずっと胸の内に秘めていた想いの丈を曝け出しましたけれども!
 そ、そうなの? あれってそういう風にも取れるものなの?

 目を白黒させていると、オズが口の端を持ち上げてニヤッと笑った。

「リアの全部、俺がもらっていいんだな。この身体も、心も全部」
「あっ」

 オズの顔が近づいてきたかと思うと、項に吸い付かれた。ちりっとした小さな痛みが走る。そちらに気を取られている間に、背中にある服の合わせを緩められていて、首元から肩に掛けて肌蹴た。

 このままじゃいけないと軽く彼の肩を押したけれどビクともしない。それどころか彼は、項から肩、さらに胸元にかけて次々と口づけていく。
 そして左胸の少し上あたりで一際強く吸い付いた。

「オ、ズ……!」

 慌てて両手で服ごと胸元を抱いて後ろに退いた。オズも今度はあっさりと離れた。
 あまりの事に言葉が出て来なくて口をパクパクとさせていると、オズが面白そうに笑う。その表情がどこか甘い気がして怒る気が削がれてしまいました。

「急に何てことするのよ」
「急に? 俺はずっとこうしたかった」
「なっ」

 どうして臆面もなくそういう事言うのよこの人は! やっと落ち着き始めた心臓がまた忙しく鳴り出す。もういい加減にしてほしい、この人今度は私を羞恥で殺す気だわ。
 じりじりとオズから距離を取ると「あんまり後ろに下がると落ちるぞ」と釘を刺され、その場から動けなくなる。

「リアは嫌だったか?」
「嫌ではないわ。それに……好きでもない人に、こんな触らせたりしないわよ、普通」

 ふい、とそっぽを向いて言うと、オズが笑った気配がした。
 なによ、と視線を戻して睨む。

「笑いごとじゃないわよ。どれもこれも、オズのせいなんだから」

 幼い頃から抱いていた淡い恋心なんて簡単に消し去れるはずだったのよ。なのに気が付いたら手に負えないくらい育ってしまっていたなんて。オズが昔みたいに接してくるからだわ。
 オズが私を必要だとしてくれるせいで、今まで感じた事の無かった死に対する恐怖を覚えてしまった。華佗生精丸

 魔物に襲われた時に迷いもせずトモヨを生かす事を優先させられたのも、シメオンに対峙した時に怖気づかなかったのも、死が恐ろしくなかったから。なのに地の神殿で地面が崩れて落ちた時に、死にたくないと初めて本気で思った。
 咄嗟に手を伸ばして助けを求めた。あの時に頭に思い浮かべたのはオズだった。

 怪訝そうな顔をしているオズに、にっこりと笑う。これはまだ言わないでおきましょう。またいつか、もっと私が素直になれたなら、その時にでも。

「それよりオズ、この服直してくれないかしら」

 背中の留め具を外されてしまったから、私一人じゃどうにもならないのよ。
 いつもは全部留めた状態でスポッと着ているから。今一度脱いでまた着直すわけにもいきませんし。

「俺にさせるのか」
「他に誰がいるのよ」

 そういう事じゃない、とかブツブツ言いながらも背中を向けるとオズは自分が外した留め具をもう一度整えてくれた。
 良かった、これでもう大丈夫だと振り返ろうとすると、後ろからオズに抱きしめられました。

「リア。お前が俺のものになってくれるなら、今度は闇堕ちさせない。そんな事は絶対に許さない。リアがいないのは……そんなのは耐えられない」

 オズは私の髪に顔を埋めるようにしてそう吐き出した。

「リアがまた生をやり直しているのは、もしかしたら――」

 その時、目が眩むような眩い光が辺りを包みました。
 視界が白んで目が開けていられず、ぎゅっと瞑って手で覆う。

 瞼越しに、徐々に光が無くなっていくのを感じてゆっくりと目を開けた。
 するともう辺りは元の夜の静けさを取り戻していました。

「なに、今の」
「分らん」
『緊急だ。邪魔をするぞ、二人とも』

 ルーク様が崖の下から羽ばたいて浮上してきました。いつも神出鬼没ですこと。

『今の光は月の神殿からだ』
「そうか。一度街へ戻る。いいな?」
『ああ。早く乗れ』

 飄々としているルーク様らしくなく、どこか焦っているような雰囲気があります。端的にそれだけ言うと、高度を下げたのかルーク様の姿が消えました。

「行くぞ」
「え? ちょ、うそ」

 オズに肩を抱かれて、まさかと思っている間に崖の方まで連れて行かれた。ムリムリ! と首を振ると、オズは難なく私を抱き上げると、これまたあっさりと崖から飛び降りたのです。

「きゃあっ!!」

 浮遊感に襲われて咄嗟にオズの首にしがみ付く。程なくしてストンとルーク様の背中に着地したのですが……心の準備くらいさせてくれてもいいでしょうに!

 えぇとなんでしたっけ。大事な告白の後は崖から飛び降りなければならない、だったわね確か。トモヨの世界だけの話だとばかり思っていたのに、まさか私まで体験する羽目になるとは。

 もう私、二度と告白なんてしません。威哥十鞭王

2015年8月13日星期四

三晩分

「あ、じゃあ剣を…」

そう言って寝室に取りに行こうとすると腕を掴まれる。

「必要無い」

両腕を前に突き出すように手首を捉えられる。VVK

「えーっと、じゃあ剣無しで?」

レトの前に片膝をつく。

「…では」

コホン、と咳払いする。
名に誓って宣言する、でよかったかな。

「私、カリノツキヒは、国の為に…」

言いかけた所で両脇に手が差し込まれ立たせられる。
そのまま、其々の大きな手が両腕からするりと落ちて再び両手首を掴み、それがずれて指先に移り。
背中を屈め頭を垂れたレトの前髪が甲を撫でた。

唇が指の第一関節に触れている。

レトが両膝をついて指の関節にゆっくりと、ひとつずつ口づけている。
思わず私も両膝を落とす。

目を伏せていたレトの瞼がゆっくりと開いて視線が交じり合う。

「俺は王の定めを背負っている。俺に流れる血が国を護ることを定めている」

両手を其々の大きな手で包まれた。

「だがお前一人くらい目に届く所にさえいれば守ってやれる」

琥珀の瞳が揺らいで伏せられ、再び両手を少し持ち上げられて右手の甲に唇を寄せられ、それが左手の甲にも繰り返される。

「お前を遠くにやるのが嫌な予感がしてならない」

甲に唇を寄せたまま、そう呟かれる。

「大丈夫だよ、私は割と強いし、今回は上位陣との遠征だし」 
「その、お前の楽観的なところが心配なのだ」

溜め息を手に零される。

「…そうだ、儀式だったな」

そう言って立ち上がり、徐に片腕を肩から背に回し、背から何かを取り出すように手首を返した。

ゴオオオオオオオオオオ

地響きのような変な濁音がレトの背から低く発せられる。
金色の光が飛び出して来るように見えた。魔力が視る事が出来ない、私ですらしっかりと見えることが出来る目映い光。

両手を未だ前に突き出したまま、口をぽかんと開け、黄金色の光の塊がレトの背中から出てくるのを見つめる。

黄金の光を纏う剛剣だった。
何も無い筈のレトの背後の空間から、とてもじゃないが私では両手でも振るう事が出来なさそうな大きな重量感のある剣が出現した。VigRx
刃が金色に輝いている。

その柄を握り、刃を左手で添えレトが魔術を使うかのように、内容を気にしなければうっとりしそうな低い声で詠唱する。

「この者、カリノツキヒを我が妃に迎え、共に国と民を護らん」

えええええっ

そして何故か、呆然と突き出したままの両手にその剣をずしり、とのせられた。

「重い…」

レトが片膝をつく。

「ああ。重い。国を護る剣だ」

下から大きな掌に包み込まれて両手の甲を掬うように持ち上げられる。
剣の重みが一瞬にして無くなる。

「俺が全てを支える」

レトのが正面から私を見据えている。

「その剣に力をくれ」
「え」

じっと見つめられ。
多分こういうこと…?
頭を傾け、刃にそっと唇を落とし、魔力を少し注いでみる。

黄金の光を放っていた刃が、ほんわりと白い輝きを纏った。
驚き、レトを伺い見る。

「王剣がお前を迎い入れた」

琥珀の色を濃くして美しく微笑む。
ああ、綺麗だ。これを見る為なら、魔力の少しくらい。
と思いかけ。
まてよ…

「妃になる誓いになってないか?」

一瞬、剣が重くなったかと思うとすぐに軽くなり、レトが立ち上がって剣を持ち上げていた事に気がつく。
片手で軽々と。
それを背中の見えない鞘に戻した。異次元ポケットのような鞘だな、と思いつつその一連の動作に注視する。
優雅で剛胆な剣さばき。あの両手に重い剣を片手で。
再びレトが膝をつく。私の肩に手を置き、もう片方の手で頬を撫でられた。

「側に居れば必ず守る」
「でも、遠…」

口を塞がれる。

唇を舐められ、ぞくりと背中が震える。
息を漏らすと舌先が割って入ってくる。
熱い舌が私の舌に絡み付いてくる。下から潜り込んで来て裏から側面へと纏わり付いてくる。
そうなると、もう何も考えられなくなる。頭が熱くなって来て、ただこの熱に流されて心地良さに酔っていたいと思う。壮天根ZTG
少し口がずれた時に息をする。すかさず角度を変えて唇が被さって来て、深く全てを吸い取るかのような口づけをされる。
体の力が抜けてくる。背中が反って倒れそうになるのを大きな掌が背と後頭部で支えていて。

私の手はレトの背中のシャツを掴んでいた。
レトの口が離れ私の後頭部を押して首もとに顔を押し付ける。

「はあ、はあ…」

荒い呼吸をレトの首元に吹きかける事になる。

「お前は俺と三晩も離れていても気にしないのだろうな」

あれ?また機嫌が下降気味だ。
ぐいっと後頭部と背中を押されているから、胸にレトの動悸が伝わる。布地越しに熱い体温と少し早いどちらかの動悸が。
片方の頬がレトの首にぐいぐい押し付けられている。
しかし口が自由になっていたので、呼吸を整え言ってみる。

「えーっと、さっきの王剣への…」
「気が気ではない。お前と離れて眠れる気がしない」
「王剣へ力を注いだのは…」
「お前は、俺と離れて遠征に行くのを楽しみにしていないか」

私の言葉を聞かずして今度は両手で頬を掴まれ、顔を正面に持って来られる。
人の顔を自由自在に動かすのは止めてくれ。
しかも、もう魔力使いすぎて疲れて来ているのだ。

お返しとばかりにレトの顔に両手を伸ばす。親指を頬に、他の指を髪に差し込む。
あ、フワフワな髪が指に触れて…

「仕事だから遠征に行くんだよ」

初めての出張(遠征)で、この世界で、北の森の家に近い街とジャディス隊長の街と今居る王都しか知らない。
言われてみれば、初めての土地に行く事、旅行気分で浮かれていたかな。

「菓子はいくら、小遣いはいくら等書いてあったな」
「え!ちょっと何、人のノート見てるの!」
「机の上に広げていただろう」

互いに間近に相手の両頬を、側頭部を抱えたまま。
レトが其々の親指と人差し指で両頬をむにむにとつまみ出した。
私も両手の指を広げてフワフワな髪の感触を楽しむ。

「ジリアンの字がお前のノートに有ったな」

やや強めに頬を摘まれる。VIVID

「いいい痛っ」
「お前は…」

両手の指が意図せずにレトの両耳の耳殻を掴む。
目前の美丈夫は言いかけた言葉を飲み込み、目を細めた。
ちょっと両耳を引っぱる。少し頬に掛かる指の力が弱まる。
綺麗な形の耳の輪郭を指で撫でる。
耳の後ろを撫でると、さらに目を細め、口が薄く柔らかく開いた。

あ。
レトは大型犬だから(狼)耳の後ろが気持ちいいのかも。
四本の指を頭皮に差し込み、親指の腹で耳の後ろを撫で続ける。
しばらくされるがままに微動だにしなかったが、ふいに立ち上がり、私のお尻と背中を支え抱きかかえながら立ち上がった。
居間を横切り、寝室のドアを開け、寝台に下ろされる。転移をせずに移動する事もあるんだな、と冷静に思った。しかも、大柄で一歩の歩幅が広いからあっという間に横切っての寝室だ。

私を下ろしたその隣にごろりと横になる。

「続きをしてくれ」

続き、というと耳の後ろを撫でる、ということだろうか。
仰向けに横たわった男の左耳を、くすぐるように撫でてみる。
ふいに、両手首を取られ、引っぱられた。
レトの体にぺったりと被さるようになってしまう。

「続き」

そう促されるも、両手首を取られている。

「手を離して」

そう言って体を持ち上げ、上半身を起こそうとしても手首には大きな手に捉えられていて、お腹が下の男のそれに密着するだけだった。
顎をレトの胸に立てて下の男の顔を伺い見る。

「三晩分」

そう言われ。三晩分がなんなんだ。
不自由な手首の代わりに、足を動かしたら。
足の間に足を入れられ、レトのお腹を跨ぐ形にさせられる。
膝を曲げて上半身を起こす。そして膝を立て、立ち上がろうとするも、両手首を引かれ、ぺたんとお腹に座り込む。

「レト…」
「お前は俺無しで問題無いのだな…」

じっと下から見上げられ。
綺麗な顔の美丈夫が不機嫌な顔で呟き、拗ねている?
何て言うか、飼い主に置いて行かれる犬のよう、と思ってしまい…

両手首を掴まれたまま、徐々に上半身を傾ける。三便宝
レトの下唇に唇が触れた。
両手首が解放されるとともに、大きな手は背中に乗せられている。
私は再び両手をレトの両耳に持って行き、親指と人差し指で耳殻を撫でさそりながら、レトの下唇を口に含んでいた。
ああ違う。私の上唇がレトの唇に含まれているのか。

レトの舌が唇の裏側や歯列をなぞり始めている。
それを避けるように顔を上げると、レトの怪訝そうな表情が見て取れる。大きな手は背中から両足に移動していて太腿に置かれていた。
突き出していたレトの舌先に自分の舌先でちょっと突いてみる。すると、蕩ける笑みを見せて、より舌を突き出して来た。
その舌を唇で挟み、ゆっくりと口の中に入れて行く。レトの舌は普通の人より、獣の血が入っている所為か、厚くて大きいと思う。
それを全部口の中に含み、それから裏側に自分のを添えて顔を持ち上げる。
ああ、この動作って。顔が熱くなる。

「もう一度」

片手は相変わらず太腿を撫でられていて、もう片方の手で頬を撫でられ促される。顔を倒すとレトが赤い舌を突き出してくる。
舌先に軽いキスをしてみる。レトの表情を伺い見る。目尻が赤くなって琥珀が濃くなっている。
唇をスライドさせ、途中で止る。レトが眉間に皺をよせ何かを耐えるような表情になっている。それを見ながら奥まで入れる。

ああ…

レトの深く低い溜め息が口の中に零される。
それを飲み込み、レトの舌の側面に自分のそれを這わせ、レトが私にするように裏側に潜り込んで柔らかい所を押して…
ところがいつの間にかレトの舌が私の舌に絡み付いていて、私の呻き声が部屋に溢れていた。

「あ、あ、あ…」

太腿を撫でていた大きな掌が、腰に移り、それからするりと、胸を撫で首に動いた。

思わず目を開くと、口の端に零していた唾液を絡めとるレトの舌と、私の首もとのボタンを外そうとするレトの骨張った指が目に入り。
思わず体を起こした。

「はあ、はあ、三日分、終、りょ」

息絶え絶えに宣言し、シャツの袖口で口元を拭う。

「まだ、足りん」

大きな手はボタンを一つ外し、二つ目に移った。GOOD MAN

2015年8月11日星期二

そういう意味です

このところ寝不足だった分も祟ったのか、今度は三日も寝続けたらしい。

目が覚めた時に丁度見舞いに来たナーラムに突進された所為でまた少々治療の手間は増えたが、肩の怪我に後遺症もなく順調過ぎるほどに回復していった。狼一号

ナーラムの件からロボはすっかり番人のように病室の前に張り付いている為、事実上の面会謝絶だなと仕事の合間を縫ってやって来たドレイツが言う。

「それで、ヒューゴ様とシエル様のご様子は?」

「まだ寝惚けてるみたいな状態なんだよ。ゴン達が言うに体に問題はないってさ、ルーリィちゃんみたいに外傷がある訳でもないし。なんだか随分疲労してるみたいだって」

 あれからどうやって戻ったのかは記憶にない。

ロボやドレイツが言うには、どうやらヒューゴが三人を担いでゴン達管理人の部屋に来たようだ。

それからすぐにロボはレディーの元へ運ばれ修理を受け、ヒューゴとシエルはブラッドレイ邸で眠っている。

ヒューゴが直前に言いつけたらしく、ルーリィだけが町の病院へ運ばれていた。

それを聞いて、ヒューゴは人の姿に戻ったのだと安堵した。

噛まれた傷跡からルーリィは野生の獣に襲われ、それを三人が助けようとしてこうなったという事になっているらしい。

 それにしても、と自分の肩へ目をやる。

傷自体はともかく、起きた時にはすっかり傷みがなくなっていた。

医者はルーリィの事を異常に治癒が早いと驚いていたが、恐らくそれはルーリィ自身の力によるものではないだろう。

「ルーリィ様、果物をお持ち致しました。……ファーランド様、あまり長居をしてはルーリィ様がお休みになれません」

「わかったわかった。じゃあルーリィちゃん、お大事に。あいつらが目ぇ覚めたらまた煩いだろうから、今の内にゆっくり休んでな」

 手を振って出て行くドレイツに礼を言いながら見送って、ルーリィは手渡された小鉢からリンゴを一切れ取って齧る。

二人が無傷なのは、以前ヒューゴの傷があっという間に治ったように、彼らが半分人ではないからだ。

だがその事に心底ほっとしてしまう。

ロボとて傷を負った事は微塵も感じさせずてきぱきとしていた。

「ルーリィ様、仰られていた本はこちらでよろしいですか?」

「そうです、ありがとうございます」

 受け取った本の裏表紙を捲ると、「オーグウェン卿」とだけ記されている。

ベッドの横の椅子に腰を下ろしたロボはそれに目をやり僅かに眉を上げた。

「変わり者男爵と呼ばれていた方ですね、随分前に没していますが」

 こんな本を書いた所為か、それともそれは結果論に過ぎないのか、彼はとにかく変わっていた人物のようだ。

「見えないもの」を見えると言い、人から倦厭されて生涯を過ごしたらしい。

読書は程々にと言い置いてロボが病室を後にすると、ルーリィはぱらぱらとページを捲る。

人狼のページに辿り着き、その文字の全てを目で追い始めた。

 自分が目で見た事実とは異なっているところも多々ある事に気付く。

本では元々彼らは狼の形を取り、人型になれる者は一部だとある。

確かにヒューゴは顔は大きな狼そのものだったが、手足の形や動きなどは人間のものだった。

それにシエルはあの時でも変化していた様子は見られない。

やはりこれは想像上のものかと思い直したところで、ノックと共に当のシエルが素早く体を滑り込ませて来た。

「体は平気?」

「はい。シエル様は如何ですか?さっきドレイツさんからまだお休みになっていると伺いましたけど」

 先程までロボが座っていた椅子に腰を下ろし、シエルはひらひらと手を振ってみせる。

「平気だよ。ああ、その本」

「よかった……お元気そうで安心しました。あ、これご存知なんですか?」

 彼はルーリィの手から本を取ると、描かれている狼の挿絵を見て小さく笑った。

「人狼は古代生物でも御伽噺の生き物でもない。君が見た通り、少数ながら現存している種族なんだ。まあ古くからいる点においては古代生物と言えるだろうけどね」

 魔力が強い上位種族はシエル達のように元々人型だという、力が弱い者は逆に狼の姿のままで普通の狼と何ら変わりはないらしい。

人型は通常自らの魔力を操る事によって狼の姿にも変化出来るが、年に一二度、体が魔力を調整する為にあの時のヒューゴのようにどちらも半々の獣人の姿になるようだ。

そしてその時期は魔力が不安定になり、彼らが最も理性を失う事に等しい。

人里を離れ、力が暴発などしてしまわないように、たった独りでやり過ごすのだ。勃動力三體牛鞭

「それでドレイツさんは顔も見ない時期があるって言ってたんですね」

 シエルは頷いた。

種族の中でも稀に、特に力を持って生まれる者は調整の時期が来ても姿は変化せず、人型のままである程度は魔力を自在に使える。

その時期こそ多少の自我は失うかもしれないが、他の人型とは比べものにならないらしい。

僕はエリートなんだよ、とシエルは可笑しそうに言う。

「普段ならあれに負ける事なんかないんだけどね。多分君の所為だ」

「そうですか……なんでですかっ」

「これからもどう転ぶかはわからないけど、ヒューゴは変わった。でもそれは確実に君が来てからだよ」

 ああも自我を失う事になって魔力が暴発したのも、そしてああも早く気を取り戻したのもと、そう彼は笑う。

良いのか悪いのか、ルーリィは苦虫を噛み潰したような顔になる。

自分の何かがきっかけでヒューゴがシエルすら止められないほど悪い状態になったのは歓迎出来る事ではないが、彼の苦しみが長く続かなかったというのならそれでいい。

「こういう時期は良くも悪くも特に魔力が感情に共鳴するんだ。だから僕達の種族はあまり感情というものを持たない。正確には理性を失うほど感情を大きく揺さぶられる事がほぼないんだ」

 彼らの母親もそうだったのだと、以前言われた事に気付く。

例えば強く人を愛したり憎んでしまうと些細な事で心が振り切れてしまう。

それに共鳴した魔力が暴発し周囲の人々を傷つけ、やがて異端者として人間から「排除」された――それを繰り返して人狼は数を減らしていった。

彼らは歴史に学び、徐々に自らの魔力をコントロールし感情を奥底に埋めてしまう術を身につけた。

だから例え愛する人が出来ても、愛しい家族が出来ても、深く関わらないようになったのだという。

いつしか愛情は姿を変え、種族の自尊心だけがそこに残ってしまった。

「君がそんな顔をする事はないのに」

「したくもなりますよ」

 もし誰かを強く思う事があれば、ヒューゴやシエルはあの時以上に獣に成り果ててしまうという事だ。

もしかしたら愛する人を手にかけてしまうかもしれない。

「シエル様が言っていたのって、こういう事だったんですね」

 愛する人が死んでも、悲しまない。

すでに理性を失った獣には、愛する人の死もわからなくなる。

 シエルは本を閉じルーリィに手渡すと、子供をあやすように髪を撫でてきた。

「もし感情に引き摺られそうになった最悪の場合の為に、自分の魔力を調整するんだ。今回はちょっとタイミングが悪かったな、何せ相手が人ではないと知りながら自ら近付く人がいるなんて思わないから。でも君が来てくれたお蔭だ、君があいつに理性を取り戻してくれた。怖かっただろうにここまでしてくれて、僕からも礼を言うよ」

「いえ、私は……」

 引っ叩いただけだ。

「ルーリィ――古の言葉より、傍にある理性」

「例の古代語ですか。どちらかと言うと、そんなしっかりしている言葉とは真逆ですけどね」

「そんな事はないよ。ルーは理性、リィは傍ら……常に共にある、という意味だ。特にリィは、宣誓にも多く使われた神聖な言葉なんだよ。君のお父さんが知らないで名付けたとは思えない」

 益々頷けないなと思ったルーリィに向かって微笑み、シエルはありがとうと言った。

その意味を聞き返すよりも先に彼は立ち上がって静かに病室を後にする。

どこかすっきりと晴れた顔をした彼に、ルーリィはそのまま言いかけた言葉を飲み込んだ。

 彼が「探している」といつか言っていた言葉を思い出す。

全く人と変わりのない姿のままでありながら魔力を持つ人狼である彼は、恐らくヒューゴとはまた違った意味で辛いのかもしれない。

先祖が代々奥底に埋めてきた感情、それを揺さぶってくれる誰か、その現実を彼は探していたのではないか。

人を避けていたヒューゴとは違い、彼は敢えて接する事で見つけようとしていたように感じる。

「ヒューゴ様は大丈夫かな」

 何気なくまたぱらぱらと本を捲りながら、ルーリィは深く息をつく。

気を失う直前、ヒューゴに名前を呼ばれた気がする。

彼が自分の怪我に対して気負う事がなければいいなと思った。

シエルやロボの制止を振り切ったのは自分であるし、ヒューゴはそういう「時期」だったのだから仕方がない。

もし彼が「あの時」の事を考えたのなら、やはり責任を取るなどと言い出しそうだ。

流石にあれは主従関係にあるべき行為ではなかった。

「ぎえ」

 ふと鮮明にあの感触を思い出し、ルーリィは落ち着かなくなって本を右に左にと捲る。

犬に……いや狼に実際噛まれたようなものなのだ、あれは。紅蜘蛛

彼にとって女性という対象者がそこにいたから勢いでああしただけの事で、深い意味はないに違いない。

理性を失っていたというのなら尚更だ、ルーリィだからあんな行為に及んだという事はない。

考えて、どっと気分が落ち込んだ。

 輪郭が曖昧で霧がかっていたものが、今は少しはっきりとしている。

自分がああも必死になれたのは、きっと彼であるからだ。

彼と一緒に帰りたい、それしかあの時頭にはなかった。

他の事は何も、自分の事でさえも、考えられなかった。

「特別、か」

 フィリカにとってのレイナスもそうだったのだろう、きっと彼以外、幼馴染みの親友の事は頭になかったのだ。

けれどそれは彼女が自分を蔑ろにしていたからではないと、そう思える気がする。

「それにしてもいつ退院出来るん――ぎゃああああ!」

 口から心臓や諸々が飛び出そうになって、慌てて口を両手で覆う。

いつの間にか戸口に立っていたヒューゴは、ただ何も言わずじっとこちらを見ていた。

その表情はどこか気落ちしていて、いつもの顰め面ではない。

「まだ体調がよくないんですか?」

「いや……」

「じゃあ座って下さい、頂いたリンゴも食べませんか?」

 僅かに視線を彷徨わせ、ヒューゴは低く呟く。

「怖くは、ないか」

 辛うじて聞こえたそれに、ルーリィは首を振ってから、でもと付け加える。

「人狼というのを見たのは初めてでしたから、あの時はちょっと怖かったですけどね。怖いというならむしろ普段の……あーいえ、とにかく、今はいつものヒューゴ様じゃないですか、怖くないですよ」

 少し逡巡し、彼はゆっくりと歩み寄って椅子に腰掛けた。

シエル同様歩くのが辛いという訳でもなさそうでほっとする。

ただ彼はそれきり何も話そうとはせず、やはりいつもとは違う様子だ。

自分に怪我を負わせた事を気に病んでいるのだろうかと不安になってくる。

それともやはり、あの時の事を後悔して責任を取るとか言い出し――。

「ぎああああああああ」

「ぶっ」

 思い余って後ろ手に掴んだ枕をヒューゴの顔面目掛けて投げ付けた。

「な、なんだっ」

「私そういうのは絶対認めませんからね!もう散々思い知りましたから!こういう事はですね、お互いがお互いを想い合ってこそ――」

「一体何の話だ」

 手にした枕をルーリィの後ろに戻し、ヒューゴは溜息をつく。

早合点したとルーリィが慌てていると彼が深く頭を下げてきて二度口から諸々が飛び出すかと思った。

「すまなかった」

「ええぇ……だからっ別に謝ってもらうような事じゃないですし謝られたら何か私の立場が――」

「あまりよくは憶えていないが、お前の傷は俺がやったものだろう?」

「……………………なんだそんな事ですか」

 はあと大きく息を吐き出して、二度早合点した羞恥が妙な方向に行って苛立った。

しかも憶えていないとか。

「犬……じゃなくて狼に噛まれた割には至極順調に回復してますから、お気に病まないで下さい」

 あの時の事を追求されるのかと慌てた分、適当な口調になった。

焦って損をした。

「どうしてそう能天気なんだお前は」

「憶えてない貴方に言われたくないんですけどっ」

 ぐっと喉を鳴らし、ヒューゴは項垂れる。

その珍しい様子を暫く観察し、ルーリィは小さく苦笑した。

やっぱりこの人は真面目だ。

「本当にそんな気にしないで下さい。不思議なんですけど、痛みも殆どないんですよ」

「恐らく、……噛んだ時に、俺の魔力が流れて痛みを緩和するよう影響したんだろう」

 やはりそうかとルーリィは頷いた。鹿茸腎宝

人狼に噛まれたからといって、噛まれた人間が人狼にはならないようだ。

「お前が……俺を呼ぶ声だけは、憶えている」

 ぽつりとヒューゴが言う。

そしてルーリィも頷き、心の中で同意した。

意識を失う前にヒューゴが呼んでくれた声を、今も憶えている。

彼はあの時確かに人に戻ったのだろう。

 誰かに見られたくないと思って当然だ、その上ヴィヴィが言った事は当たらずとも遠からずだったのだから益々警戒していたに違いない。

だからこそ人気のない町外れに独りで住み、最低限しか人と関わらずに生きていたのだ。

それはきっと、自分が傷つかない為ではなく、誰かを傷つけない為に。

「もしかして先日の解雇云々って、こういう事にならないようにですか?」

 沈黙は肯定だ。

ルーリィは前屈みになって大きく溜息を吐き出した。

だとすれば先日から散々近寄るなだの何だのも、結局ルーリィを危険から遠ざけようと思っての事だったのだろう。

最初から追い出そうとしていたというのも、恐らくは。

考えないようにしていたが、あんな風に言われて傷つかなかった訳じゃない。

それが全くの見当違いだったと言われてしまうと、溜息も出したくなるというものだ。

「本当にヒューゴ様って、斜め上と言うか斜め下と言うか……」

「どういう意味だ」

「そういう意味です。やり方は違いますけど、双子って本当に行動が似るんですねえ」

「どういう意味だ!」

「そういう意味です。……私、取り柄もない平凡な女ですけど、よく変わってるって言われます」

「だろうな」

「どういう意味ですか!」

「そういう意味だ」

 ふんと鼻を鳴らしたヒューゴに、ルーリィは嬉しくなって小さく笑った。

やはり、いつも通りの彼がいい。

「昔から変わっている形の生き物が好きなんです、虫とか動物とか。女の子なのに虫が好きなんて変わってるってよく言われました」

 母からは泣かれた憶えさえある。

「それに怪我したからって、木登りも山登りも止めませんでしたしね」

 母からは悲鳴を上げられた憶えさえある。

「この通り私も変わり者ですし、益々頑丈になったみたいですから、今後もどしどし用事を言い付けて下さい。わぶぶぶぶ」

 大きな手が伸びてきたかと思うと、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜられるように撫でられた。

抗議を上げようとしたとたん、頭が強く引かれて広い胸に押し付けられる。

「怖い思いをさせた」

 低い呟きにルーリィの目元から頬にかけてじわりと熱が広がった。

緩く首を振ると今度は髪が優しく撫でられる。

泣きたくもないのに涙が出る、このところずっとそうだ。

 怖かったのだと思う、今とてつもなく安堵を感じると尚更そう思う。

けれどそれは彼の姿が獣になってしまったからではない。

あのまま、彼が正体をなくしてしまったままどこかへ行ってしまうのではないかと、それが怖かったように感じた。

彼はここにいる、それが途方もなく嬉しい。

「わ、私、早く、帰りたいです」

 皆の顔を揃って見たい。

早く、早く、彼のいつもの不機嫌そうな顔が見たい。

「少し待っていろ」

 ルーリィの髪を一撫でして立ち上がり病室を出て行ったヒューゴを見送り、熱くなった頬を両手で覆った。

ドキドキと心臓が痛いくらいに脈打っている。紅蜘蛛(媚薬催情粉)

彼に触れられたのはそれこそ初めてでもないのに、とどこか自分を恨みがましく思ってもみた。

けれどどうしようもない、嬉しいと思う事が少し恥しい。

「どこ行ったんだろ……」

 ドアに何度か目をやって、ルーリィが再び本を開こうかと思った時、予告もなく再び彼が戻って来た。

長い足でつかつかと歩み寄って来たかと思うと、彼は何事かベッドの横で腰を屈める。

どうしたんですかと問うより先にルーリィの体はヒューゴの手によって抱え上げられた。

「ひょわ!?なななななにごとですかっ」

「医者の許可を得た。……帰るぞ」

 そのまままた荷物のように肩に抱え上げられ、彼の足が大股で病院の廊下を闊歩するのを見下ろす。

何も抱え上げなくてもとか、降ろして欲しいとか、私寝巻きのままなんですけどとか、そんな言葉が幾つも浮かんではどこかに消えて行った。

帰る――そのたった一言にまた目頭が熱くなってしまう。

でも。

「やっぱり降ろして下さいいいいいいいいいい皆見てますからあああああああああああっ」

「ウルサイ、黙れ、落とすぞ」

「なんて取り付く島もない!」

 廊下を歩く人々の目が痛くてルーリィは赤くなった顔を両手で覆い、ヒューゴの背中に押し付けた。

逆さになって頭に血が上りそうになりながら、それでも頬が緩むのを感じる。

 帰れる、あの家に、一緒に。

「ルーリィ」

 病院の雑音に掻き消されそうに小さな彼の呟きを聞いて、ルーリィは顔を上げた。

そんな風にただ優しく彼に名前を呼ばれた事など、今まであっただろうか?

「ありがとう」

 次いで聞こえてきた言葉に喉が痛んだ。

何かを言いたいのに潰れそうに痛くて声が出ない。

ルーリィは彼にもわかるように首を振った、何度も。D10 媚薬 催情剤

2015年8月7日星期五

ある慈悲深い少女の叫び

ここではないどこかに行きたいとずっと願っていた。

「じゃあ、ペアを組んで」
 先生の何気ない言葉に、体育館の中に集まっている生徒達が散らばっていくのを見ていた。探す必要なんかない。
「あれ? 相手いないの? じゃあ、愛理が組んであげるね!」魔鬼天使Muira.PuamaII
「アイちゃん、優しー!」
「愛理は、本当に優しいやつだな」
「えー。普通だよー。だって困ってる人放っておけないでしょ? あたしがペアになってあげなきゃ、この子一人のままだもん」
「俺も一人だぞ。愛理」
「ええー、みんなは心配しなくても相手いるでしょ」
「やだあ、愛理ちゃん、やさしーい。有紀菜はぁ、ぜえったいむりー!」
「よしなよ、それっていじめだよ? 大丈夫だった? 気を悪くしないでね?」
クラス一「優しい」女の子が「慈悲深い施し」を授ける。
 それだけで、クラス中の高感度が上がっていくのを肌で感じた。
 もっと、賞賛して良いのよ?
 クラスの中の影でしかない、根暗で陰気な彼女に慈悲の手を差し伸べている私はとっても、可愛いでしょう?
「あれ、泣いてる?」
「やだあ、感激しちゃった? 泣かなくてもいいよ、また次も愛理がペア組んであげるからね!」
 聖母のように見えるように、光線の加減まで計算して微笑んだ。
 優越感と共に差し出された手を、取らないはずはない。周りから見えないところで、根暗女を睨みつけた。
 ……愚図。さっさと手をとって「ありがとうございます」って言いなさいよ。
「……馬鹿ね、施しがうれしいわけ、ないじゃない」
「え?」
「優越感に浸ってるだけの、勘違い女はこれだから」
 クラス中のみんなの目が冷たかった。
 帰宅途中の路上で、タイヤの音が、獣の咆哮の様に聞こえ、咄嗟に振り返った。
 目の前に近づいてくる車のライト。運転席に座る人の表情までが鮮明に見える。
 回避しようと運転手の腕がハンドルを回す。
 すべてがスローモーションのようで、はっきりと見えた。
 逃げるタイミングはあった。
 足だって速いほうだ。でも足は縫い付けられたように動かない。
 わかっていた。
 ここは私の世界じゃない。親も周りにいる他人も、誰一人として、私に優しい人はいない。
 努力して自分を磨いても、どこか違うと感じていた。
 こんな詰まんない世界、終わりにしたかった。
 どんなに努力してもどんなに魅力的になろうとしても、周りは認めてくれないのなら。
 高く鳴らされるクラクションの音と、悲鳴のようなブレーキ音。
 トーンと空に飛ばされて、私は目を閉じた。

 次に目覚めたとき、私の周りには見慣れない服装の、ありえない髪の色の人が沢山いた。
 凄い。リアルメイドに仰天する。甘ロリだった。
 口々に姫と呼ぶ笑顔の仮面。
 ……私は決して小さくはない国の、第一王女として生まれかわった。
 ―――いいや。
 生まれかわったわけじゃない。
 母の腹の中で夢を見ていただけで、私はもともとこの国の人間だったのだ。
 あの世界の親も、友人面した他人も、教師も何もかも、午睡の夢なのだ。だってありえないじゃないか。鉄の船が海を渡り、空を飛び、界を飛び越え宇宙へ行くのだ。遠くの人と声をかわし、映像をかわし、溢れるばかりの情報の海に埋没する現実なんてありえない。
 ああ、判っていた。
 あの世界は私の世界じゃあないと。私には私の世界があるのだと、知っていたのだ。
 努力しても賞賛を浴びることが出来ずに悔しかったのは、私がこの国の王女で、傅かれるのが当たり前の高貴な身分だったからだ。
 周りに認められない屈辱に震えたのは、本来ならば私に近寄ることも声をかけることも適わない、底辺のやつらに従わざるを得なかったからだ。

 でももう平気。
 私は私の現実を見出した。
 ここは私の世界。
 私が私らしくあるための世界。
 私が世界の中心で、私のためにこの世界はあるのだから!

 父王は表向き悪政を強いていた先王を玉座から引き摺り下ろした、賢明なる王として名高かった。
 母はそんな父を良く支える聡明な妃として尊敬を集めている。もともと父より身分も高く、金色の髪青い瞳の母は、王族直系の血を引く令嬢だった。
 父は王でありながら、華美を好まなかった。必要以上に城を、身を飾ることよりも、底辺で蠢く民草のために堰を作り、水を溜め、農民と共に国の端々まで歩くような泥臭い男だった。
 質実剛健と言えば聞こえは良いが、王族なのに、それに相応しい装いを、贅沢に過ぎると切り捨てた父とはそりが合わなかった。国の王が威厳ある装いを否定しては国が貧相に見えてしまうではないか。周辺諸国から侮られては、質実剛健も意味がないだろう。
 王族直系の高貴な母がなんでこんな無骨極まりない父の元に嫁いだのだろうと、不思議に思ったが、疑問はすぐに解決した。
 王城の奥深くで大切に育てられている私に、ある貴族が教えてくれたのだ。
 母君は、陛下の手を取る以外術がなかったのですよ、と男は教えてくれた。
 あの当時、母君が父の手を取らなかったら、粛清の波に攫われていたでしょう、と。
 高貴な母は、生き残るために父の手を取ったのだ。かわいそうなお母様。
 さらにその貴族の男は言った。
 王族直系の血を引く貴女様は、私共の希望です。
 どうか、陛下のお言葉を鵜呑みになさいますな。SPANISCHE FLIEGE D5
 あのお方は、いと貴きお方を血祭りに上げて、国を統べた簒奪者なのですから。
 本来なら王座に座るなど許されない、辺境の一領主に過ぎない男が、王女を下賜されたからと、図に乗った挙句、簒奪に走ったのです。上手く行ったから王として傅かれておりますが、正しくは玉座になど座れるはずのない反逆の徒なのです。
 ああ、王女様は違います。高貴なる母君の血潮をたしかに受け継いだ、この世でもっとも高貴な姫君なのですから!
 男の言葉は、私が疑問に思っていた事をすっかりと解明してくれた。そして、理解を示した私に傅き、いったのだ。
 陛下は私達のような高貴な生まれの者よりも、農民や商人を味方につけ、兵糧攻めで国を弱体化させたのです。王女様、どうか、われらの希望でいてください。
 貴族を締め上げ、荘園から上がる利益を国に吸い上げさせる悪政を、諌めてください。
 地に捨てられた誇りを、我らに取り戻すと、誓ってくださいませ!
 密かに打ちあけられた、賞賛の声はとても……そう、とても心地良かった。
 おお、そうだ。これは我が領土から算出される希少な宝石でして。王女様の首を飾ってこそ、価値があるというもの。どうぞ、お納めくださいませ。
 それはとても大きな宝石が煌く首飾りだった。私のような高貴な姫君の首筋を飾るにはまだまだだが、日常使いには充分な美しさだった。

 その日からあちこちの貴族からご機嫌伺いがやってくるようになった。
 訪れては私を褒め称え、満足すると私の慰めになればと土産を置いて行った。
 私は優しい王女だ。
 私に似合うだろうと贈り物をよこす貴族にお礼に何が欲しいかと聞いたことがあった。
 何もいらないから、王女の口利きが欲しいと言われた。
 私は賞賛されるべき麗しい王女だ。
 気軽に口を聞いてやるうちに、日を変えて貴族がやってくるようになった。
 全ての貴族の愛を、私は微笑んで受け取る。なぜなら私はあらゆる貴族の頂点に立つこの国の王族であり、国の花である王女なのだから。
 首筋に、手指に、髪にさまざまな色の石が嵌っていった。あちらへこちらへ、私を崇拝する貴族達に便宜を図るようにと、手紙を書いた。
 当然だ。これは当たり前のことだ。
 ……私には三つ年上の頭の固い兄がいる。
 母上の豪奢な金の髪と、青の瞳を受け継いだくせに、王族としての華やかさからは縁遠い、地味な男だ。
 王族特化を発現させたくせに、その魔法特性も土属性と、泥臭いことこの上ない。
 唯一自慢できるのは、母譲りの美貌と父譲りの体格くらいか。
 頭の中にいたっては、四角四面に堅すぎて話にならない。口を開けば勉強、勉強。

「民の嘆きをよくお聞き。自分の幸せばかりを追求してはいけないよ。それが我ら王族に課せられた義務なのだからね」

 綺麗事を述べる兄に、常々思っていた事を思い出した。
 私を認めてくれない者なんかいらない。
 私は賞賛されてしかるべき王女なのだから、私を認めない世界など要らないのだ。
 馬鹿な兄は自分が正しいと思い込んで、一段高い所からこちらを見下しているつもりなのだろう。
 馬鹿な兄だ。
 周辺諸国を圧倒できるほどの国力を持つこの国の王族に生まれていながら、当たり前を享受することなく静謐なまでに厳格だ。
 着飾ることで国力の違いを見せ付けることもせず、国民と同じ目線でしか物事を考えられない小さな男が、この私の兄であるなんて悲劇でしかない。
 自分の幸せを追求しなくてどうするのだ。弱い国ならたちまち、飲み込まれてしまうだろう。夢の世界のように。
 ここは、この世界は私のための世界なのだから、好きに生きて何が悪いのだ。
 父の戒めも兄の言葉も、母の嘆願も、聞き流した。
 彼らはもはや私の家族であって家族ではないのだ。
 母も兄も、父の思惑に染め上げられた被害者なのだから、その目を覚まさせてやらねばと初めは私も骨を折った。
 父の言いなりになっていたら、この国は発展していかないだろう。
 私だって国に貢献する為に、何人もの職人を育てているのだから、いいでしょう?
 なのに、兄はあれは育てているとは言わないと、呆れ顔を見せた。
 何を言っているのか判らない。
 底辺の平民は、税を納める為にこの国で生きていることを許されているだけなのに。
 私を満足させるものを作り上げられないのなら、死ぬのは当然のこと。
 この私の身を飾るものを作ると言う栄誉を賜るか、認められずに死ぬかだ。
 そして一生私のために私の気に入るものを作り続ける栄誉を受け入れたなら、二度と私以外の者にそれを作れないようにするのも当然のことだ。
 王女の専属と泣いて喜べば良いのだ。
 民衆は貴族王族の為の生きた奴隷に過ぎない。
 耕し、育て、収穫したものを我ら高貴なる者の為に納める、労働者にすぎない。
 おいしい食べ物も、美しい衣装も、綺麗な宝石も、私のような高貴な者に捧げられて当たり前なのだ。
 後宮の奥で、うるさく指導してくる教師達を追い出した時も、むさくるしい近衛騎士を追い返し、見目麗しい騎士を近衛に任命した時も、父母にはさんざん邪魔された。
 兄は口うるさく説教してくる。
 愚かな母と兄を何度説得したかわからない。
 この国の王族たる私は、傅かれる立場にある。
 捧げられる立場にある。
 ただ、微笑んで受け取れば良いのだ。それなのに、母も兄も私の話を聞こうとしない。
 父にはとうとう手を上げられた。
 愚かなのはどちらだ。
 この国で生産されるものは全て、王族の物だ。働く国民は全て、私を満足させる為の土台でしかない。
「私はこの国の王女なのよ。この世界は、この国は、私のためにあるの! 私は全てをささげられて当然の、国の花なのよ!」
 私が声をからして言い募っても、父母も兄も聞く耳を持ってはくれなかった。
 望んで何が悪いのだ。紅蜘蛛
 この世界は私の世界だ。私が幸せになるために、私が望んだ生き方を出来るように、作り上げられた世界なのだ。
 ……そうか。
 この国の最高権力者は父だが、最高の地位にあるのは母だ。
 母がいるから、母が私を認めてくれないから、私の信奉者がこんなに私を支持してくれていても、父も兄も私を認めてはくれないのだ。
 そうか、私が国一番の女性になれば良いのだ。
 ある夜、後宮に火が放たれ母王妃は、炎にまかれて命を落とした。
 これで私がこの国一番の女性だと浮かれたのも一過。

 兄が結婚を決めた。
 この国で最高の女性には、兄の婚約者がなるだろう。では私は? 兄の嫁に過ぎない貴族女性の下につくのか?
 いやだ!
 この国は、この世界は私のものだ!
 それなのに、私よりも尊ばれて私よりも先に傅かれる女がいるなんて、許せない!
 そうだ。この国の王女から、大国の王妃になれば良い。どこがいいだろう? 
 この国の頭の固い連中に気兼ねなく着飾ることが出来て、おいしいものを食べられて、私の言うことをすべて叶えてくれる素敵な王のいる国。
 私が嫁ぐのだから、国力は高くなければいけないわ。資産総額も高くなければ嫁ぐ意味がないわね。武力行使もいとわず私を守ってくれるくらい、武力に優れた国が良いわね。
 ……いっそ、地味な兄の代になったら、武力行使で国ごと奪えばいいんじゃない?
 そうよ。だって私の生まれたこの国は、私のものだもの。
「隣国の国王陛下は結構な年だったわね。王太子は何歳だったかしら。ねえ、お父様。隣国の王太子との縁談はないのですか? 私、嫁いで上げてもよくってよ?」
「周辺諸国からの縁組は無い。話もない。皆、浪費家で派手好きで、男好きな女王はいらないのだろう」
「まあ、失礼な。私別に浪費家でも男好きでもないですわよ。美しいもの、麗しいものが好きなだけです。で、お父様。冗談はやめて。一国の王女たる私に、妻乞いのひとつもないはずないでしょう」
「冗談ではないよ、ひとつも無い」
 話はそれで終わりかと父に聞かれた。
 そんなはずは無い。父が私を手元に置く為に縁談を断っているに違いないんだ。
 だけど、結婚適齢期を迎えても、どこかの国の王族へ嫁ぐ話はないままだ。そのうち、周辺国家で王太子の結婚が相次いだ。
 みな、私なんかより器量にも劣る女ばかりだ。
 可哀想に。
 他国の王子とはいえ、哀れになった。ここにこんなにすばらしい女がいるのに、気付かず自国の貴族娘で妥協したのだ。私に一目会う機会があったなら、つまらない女と結婚せずともよかったのに。
 だが、これで、大国と言える国の王太子は皆結婚してしまった。
 後に残る国は、私の国に婚姻を求めるには小さすぎて、諦めたようね。そりゃあそうだろう。
 農業が主体の酪農国家では私を満足させるだけの、財産は無いだろう。日替わりで着飾ることが出来なくて何が王族か! と言われるとでも思ったのかしら。
 まあ、少しの贅沢を我慢くらいしてやったのに。殊勝なことね。
 工業主体の小さな都市国家は、国というにはおこがましいほどの規模で、この私を迎えるには国土が小さすぎた。きっと相手にならないと、初めから頭に入れてなかったのでしょうね。私の国の大きさ有能さを目にしているから恐れを抱いたのかもしれないわ。
 でも打診くらいしてもよかったのに。
 他にもいろんな国があったが、全ての国王が、私を妻に迎えることを躊躇したのだろう。打診した形跡すらないので、よほどおこがましいと思ったのか。まあ、さもあらん。
「仕方がないわね」
 私はため息をついて、どこかの国の王妃になる事を諦めた。
 その頃にはどんなに小さな国の王も妃を迎えていたからだ。
 私は自国の貴族に目を向け始めた。
 この私を満足させられるだけの地位と、財産と、名声がなくてはならない。そしてもちろんこの私の隣に立てるだけの美貌も。
 そうね、公爵家ならどうかしら。
 数ある公爵家の中でも、筆頭であるディクサム公なら、私も納得できるわ。
 中継ぎの代理公爵として肩身の狭い思いをしているでしょうから、私が降嫁したら、ないてよろこぶわね、きっと!
 そうと決まったら、父上に言って動いてもらわなきゃ!
 可愛い娘が嫁ぐべき家を選定するのは父親としては嫌な仕事だと思うけど、これは仕方がないわよね、父上には泣いてもらいましょう。
 私の信奉者である貴族の男に言ってみたら、男は根回しを約束してくれた。
 なのに、反対したのは兄と、父だったのだ!
「どうしてよ、だってこの私が嫁ぐのよ? それなりな男で無ければ、見劣りするじゃない!」
「馬鹿を言うな。お前を降嫁させても褒章にすらならない。逆に何の刑罰かと嘆かれるだけだ」
「ディクサム公に国外に出られたら事だ。くれぐれも馬鹿な夢物語を吹聴するな。そんなうわさが出たら、お前を後宮に拘束する」
「じゃ、じゃあ、リム導師にするわ! 爵位は持ってないけど、地位と名声は確かなひとだもの!」
「処置無しか」
 ……後宮に監禁されてしまった。
「お父様もお兄様も、私が可愛くて仕方がないのね。手元から離したくないんだわ」
 じゃあ、恋愛結婚を狙っていこう。情愛芳香劑 RUSH
 そう誓った私は、その夜からリム導師の研究室へ忍んでいくことにした。初めて忍んでいった夜は、リム導師の麗しいお顔を窺い見た瞬間、意識を失った。
 意識を取り戻した時は、なぜか後宮の中庭にある噴水の中で、おどろいた。
 それからも何度もすれ違いの夜が過ぎる。リム導師の構築した魔法陣に引っかかったり、研究植物に巻きつかれて危うく窒息しかかったり、水の攻撃魔法をたまたま受け取ったり、土壁に押しつぶされたり、風魔法に吹き飛ばされて尖塔の先に引っかかったり、炎の魔法陣に行く手を遮られたり。
 仕方なく、後継者に公爵位を譲った前ディクサム公、マリウスの部屋にも忍んで行った。
 水に埋められて身動きが出来なくなったり、マリウス医師を前にすると体が凍りついたり、体が高熱を出したり、のどが渇いて死にそうになったり。
 うまくいかない。

 私は幸せになりたい。
 私のための世界の中で、私のための次の舞台を。
 ここは私のための世界なのだから、私が望むんだから、最高の男を!
 もちろん、私は慈悲深いみんなの王女ですもの。
 照れて逃げるリム導師の気持も良く判るし、貴族でなくなったマリウス医師の葛藤もわかってあげられるわ。
 もちろん、それ以外の爵位持ちの男達の目線の意味も知っているわ。
 私は慈悲深い王女ですもの。
 誰か一人のものになるなど、みんなが泣くようなことはしたくないのよ。だから安心して?
 ああ、もちろん、第一子を産むまでは貞操を守るけれど、産んでしまったらみんなの愛を受け取れるわ。うれしいでしょう?

 さんざん嫁ぎ先を変えられて、結局降嫁が決まったのはアクラウス侯爵家だった。
 みんな私の夫になるのが、恐れ多いと思ったのかしら。侯爵家とは言えども、アクラウス家は古くからの旧家で、資産の多さは折り紙つきだ。父様も多額の持参金と、広い荘園を持たせてくれた。
 当主は、これが夫かとがっかりする体型だが、貴族らしく整った顔立ちをしていた。やせていればこの私の隣に立っても見劣りすることはないだろう。だけど、この体格のコンプレックスを煽って、後の夫婦生活での主導権を握ろうと思っている。
 これで当分の間は楽しむことが出来る。
 子供を一人作ったら、あとは私の好きにさせてもらうわ。
 元王女の侯爵夫人だもの、恋人には不自由することはないだろう。
 そうね、王女じゃなくなったから、リム導師もマリウス医師も、今度こそ本音を言ってくれるかもしれないわ。
 私は慈悲深い王女ですもの。恋を諦めた彼らに救いの手を差し伸べてあげるのは、当たり前のことなのよ!

 ******

 産まれたエルローズは可愛くない子供だったわ。
 エルローズの小さな顔を見ると、侍女や侍従がみんな仕事をしなくなるの。私のお世話をさせてあげているというのに、みんなエルローズにかかりきりになってしまうのよ!
 腹立たしいったらないわ!
 子供なんか、ミルクを上げてベッドに転がしておけば良いじゃないの。それよりも私のドレスを選びなさいよ。それにあわせてアクセサリーを作らせなさい。
 母乳を上げるのなんてめんどくさいし、牛でも山羊でも好きな所からミルクを取り寄せてきなさいよ。
 ああ、うるさいわね、エルローズがまたないているわ。黙らせなさい。
 え、ミルク? 知らないわよ。馬でも豚でも連れてくれば良いでしょう!
 それより、おなかがすいたわ。きょうのディナーの準備はまだなの?
 まだ昼過ぎですって? この私が望んでいるのよ、はやくじゅんびなさい! きょうは鶏肉の丸焼きが食べたい気分だわ。
 あら、お久しぶりね、貴方。エルローズのお披露目ですって? そんな事に割く予算なんかありませんわよ! え、王宮で、ですか。
 仕方がありませんわね。そりゃあそうよね、お父様にとってみたら初孫ですもの。お兄様のところにはまだ子供がいないものね。
 ふうん、もしかして子供にかこつけて、私を呼び戻したいのかしら。そうよ、きっとそう。
 だって私は慈悲深い王女だものね!
 それによくみたら、エルローズッたら、王族特化の色合いじゃなくって?
 白っぽいけど金色の髪に、淡いけど青い瞳よ。
 なくなったお母様に面影が似ていて、複雑だったけど、この子を足がかりにして中央へ戻れれば!
 マルク! 急いでエルローズに謁見服を作りなさい。大至急よ!
 それからマリウス医師をお呼びしなさい。エルローズの魔法素養を計るのよ。きっとこの子は王家の血を引いてて、すばらしい魔法素養を持っているはずよ!
 せっかく呼んだのにマリウス医師もリム導師も、仕事を理由にアクラウス家へくることを拒まれた。淫インモラル(脱裤)
 まあ、仕方がないわ。会えないほうが思慕は募るものよ。
 それよりも、驚愕の事実が。王城から派遣された医師がエルローズの魔法素養を計ったのだけど、なんと、魔力測定器が力があることを示したのよ!
 流石私の子ね。
 ここ近年、魔法素養を持つものは少なくなっているから、貴重な魔術師になれるエルローズの価値は計り知れないものになったわ。
 私を前にすると恐れ多くて、望みを口に出来ない者たちが、こぞってエルローズの魔法素養発現を期待しているのよ。早々と婚約の打診まであったわ。
 それもこれも私が慈悲深い王女だからかしらね! エルローズは感謝するでしょうね、それとも偉大なる母と畏怖するかしら。
 ……まあ、少しは可愛がってあげても良いわ。私の時間を邪魔しない限りは、声をかけてあげても良いわ。
 きっと子のこの婚約者を決める頃には、王族の血、すなわち私との縁組を夢見た貴族達が殺到するでしょうから。
 この私の隣に立って見劣りしないよう、しっかりと着飾らせなくちゃ。

 ……赤ん坊って、面倒ね。沢山綺麗に可愛く着飾らせたら、宝石の重さで首が落ちそうになってしまったわ。マルクが気付かなかったら死んでいたかも。 

 エルローズをつれて王宮に入るのは鼻が高かったわ。だって唯一の王族の血を引く姫よ。誰も彼もが私におめでとうといいに来るの。もちろんにこやかに微笑み返したけど、内心面白くなかったわ。
 誰も彼もがエルローズ、エルローズ。この私がいるのにもかかわらずよ。
 でも精一杯母親役を演じたわ。
 だって唯一の王位継承者よ。この子の中に流れている高貴な血は私のおかげなのだから、私のためにお父様より凄い人の所へ嫁がせなくちゃね。
 私が一生安心して安泰に暮らせるよう、骨を折るのが娘の仕事でしょう?
 なんと言っても私は、エルローズを産んだ母親なんですもの。

 ああ、腕が疲れるから抱かせないでちょうだい。エルローズの泣き声がうるさいから、離れに連れて行って。
 今宵、私をエスコートする男を選ぶわ。一列に並びなさい。
 そうね、あなたがいいわ。あなたと、あなたもよ。
 さあ。私を満足させなさい? 満足させたら貴方の家の借金を帳消しにしてあげても良いのよ。
 貴方の妹を売るのをやめてあげても良いわ。
 貴方のお母様の欲しがってる薬を譲ってあげるわ。

 私は慈悲深い王女ですもの。民草の声に耳を傾けるのは当たり前のことなのよ。

 *****

 冷たい岩肌をじかに背中に感じながら目を覚ました。
 冷たく寂しく、飾りのない空間だ。
「おい、飯だ」
 初めはこんなもの食べられるかと捨てたけれど、今はそんなことはない。
 一日の始まりに飯を食べ、鎖に繋がれて採石場へ連れ出される。鎖に繋がれた人間達はみんな臭くて不衛生だ。誰も彼も無言で、のろのろと動く。

  きょうも岩を切り崩し、石を掘り進む。
 私は慈悲深い王女だった。やがて慈悲深い侯爵夫人となり、男を手玉に取り、女王となる予定だったのに、兄に足をすくわれて失脚させられた。
 まるで罪人の扱いじゃないか。私が何をしたというのだ。
 私が売っていた薬は、気分を高揚させて自分を高めるすばらしい薬だった。少々高いのが玉に瑕の、みんなが欲しがる、珍しい薬だったのだ。
 欲しいという者に売って何がいけないのだ。
 人買いだって、私は悪くない。
 主人に金を借りることがそもそもの罪だろう? 金を貸したわれらが罰せられて、金を返さなかった彼らが、王城で職を得たのは、贔屓ではないか。
 エルローズの件だってそうだ。
 親が娘の縁談をまとめた。それだけの話なのに、誰も彼もが反逆の徒とさわぎたてて。
 私は悪くない。
 私は慈悲深い王女だ。娘の行く末を心配する母親だ。
「……まだぶつぶついってやがる。この勘違い女が」
 牢番の男が吐き捨てた言葉に、のろのろと顔をあげた。
 違う。勘違いなんかじゃない。私は慈悲深い少女だった。

 おかしいな。
 この世界は、もしかして私のための世界じゃないのかもしれない。RUSH 芳香劑

2015年8月5日星期三

で、何がしたいんですか?

「それにしても、豪い物騒な物を携帯してるんだな、お前は」

着直した着物に乱れがないかを確認していると、私に背を向けたままのホムラ様が、部屋に差し込む月明かりに液体の入った瓶を透かしながら声を掛けてくる。

私がホムラ様に中身をかけようとした、あの瓶だ。金裝牛鞭


「別に物騒な物など持っていませんよ?」

寝間着ではあるけれど、ひとまず、肌の露出はなくなり、何とか見れる格好になっている事が確認できた所で、布団から上体を出して、ホムラ様の背中に向けて返事をする。


「謎の薬瓶に短剣、その他諸々が物騒ではないと?」

「ええ、もちろんです。ここは王宮の一画ですから。危険な物を持ち込んでバレたら大変な事になるではありませんか」

そう言いつつ、気配を消して、ホムラ様に近付き、彼の背後から手を伸ばして薬瓶を奪い返そうと試みる。

あれは私の大切な護身道具。

危険人物の傍にいる今、手元に取り戻しておかないと、落ち着かないのだ。


「わっ!」
「……おっと、危ないだろ。何、勝手に奪い返そうとしてるんだ」

グッと手を伸ばし、後少しで届きそうという所で、目的物が遠ざけられ、咄嗟に追おうとしたせいでバランスを崩す。

顔面から床に落ちそうないなった私を、呆れたような顔で、ホムラ様が軽がると片手で受け止めてくれた。

「も、申し訳ありません」

不覚にも抱えられるような体勢になってしまった事に、苦い思いを感じつつも、すぐさま体勢を立て直す。


「実力行使する前に先に言葉で言え。……気が向けば応じてやる」

そういって、慌てて距離を取り直した私の膝の上に、ホムラ様は瓶を投げて寄越す。

言葉で言った所で返してなどもらえないと思いこんでいた私は、その意外な行動に、思わず瓶とホムラ様の顔を何度も見比べてしまった。


「……それを返して欲しかったんじゃないのか?」

あまりにも訝しげな顔をしていたせいか、少しムッとしながらホムラ様が私を睨む。

「そ、そうですけど。いいんですか?」

「あぁ。元々お前の物だろう。そんな事より、本当にそれは危険物ではないのか?」

後ろに手をつきながら振りかえったホムラ様が、私の手の中の物を顎で指し示す。


何でこんなにあっさり返してくれたのかはわからないけれど、ひとまず身を守れる物が戻ってきた事にホッとして、ギュッと瓶を握りしめる。


「これ自体には危険性はありませんよ。ただの揮発性の高い強力な睡眠薬ですから。朝までぐっすり眠らせる事が出来るだけで、体に害のあるものではありません。短剣も、刃は完璧に潰してありますので、打撲位はさせられますが、大怪我をさせる事はまず出来ません。特に女性の腕力では防御や脅しには使えますが、攻撃性はほぼ皆無です」

「そういえば、確かにあの短剣には刃がついていなかったな。つまり、防衛の為のみの武器って事か?ここが王宮だから敢えてそうしていると?」三體牛寶

体を起して、ベッドの下、ホムラ様の丁度足下にあたる位置に落ちていた短剣を拾いながら、ホムラ様が訊ねてくる。

「……それにしては、随分使い込まれているようだが?」

拾い上げた短剣を改めて眺め、指先で潰された刃をなぞった後、不思議そうに首を傾げるホムラ様。


彼が不思議に思うのも仕方ない事だ。

それは、私が芸妓を始めた頃から使っている年期物。


もし、王宮に入る際の防衛手段の一つとして用意した物であれば、必然的に新しい物になるし、例え、使い古された短剣を再利用して作った物だったとしても、刃を潰す為に鉄を打ち直した部分には、手を入れたばかりである名残りがあるはずだ。

素人目なら、もしかしたらその違いは判断出来ないかもしれないけど、ホムラ様の口調は明らかにその事を確信している。

きっとその可能性も含めて、使い古された物だと判断したんだろう。


「それは、普段から私が身を守る為に使っている物です。ついでに言えば、この薬もです。私が住んでいる、色街という場所は危険も多い場所なので」

「……何だと?」

興味深げに短剣を月明かりを使って観察していたホムラ様の顔が、急に険しい物へと変わった。

グッと寄せられた眉間には深い皺が寄り、その目は明らかに不快気な色を含む。



「お前は色を売らない芸妓なのだろう?」

不機嫌さを隠さないホムラ様の、地を這うような重低音の問い掛けに、思わず苦笑しながら、肯定するように頷く。


「はい。しかし、色を売らないからこそ、無理矢理力づくでも散らそうという者もおりますので」

一瞬、嫌味半分で「貴方のような」という言葉を付けようかと思ったけれど、やめた。

ホムラ様の瞳には、おそらく私に向けたものではないであろう怒りが浮かんでおり、とても嫌味を言える雰囲気ではなかったし、何より、今まで本当に実力行使してきた最低男達と彼とでは、少し違ったから。

母様に芸妓として店に出る前に自分の身は自分で守れるようにしておかなくてはいけないと言われ、護身術を含む、様々な身を守る術を習った。

そのお陰で、今まで幾度となく不届き者に襲われ掛けた事はあっても、この身を汚された事はない。

でも、例え防衛手段はあったとしても、あの時の恐怖というものは想像を絶するものがある。

骨が軋む程に掴まれる腕や足。

肌を這い回る舌と唇。

普段、どんなに表面上は見目が良い男であっても、力ずくでも行為に及ぼうとするあの時だけは、その瞳に狂気を宿した醜悪な顔になる。福潤宝

その唇に、まるで免罪符のように愛の言葉をのせてはいても、私の心は一切見ず、私の悲鳴には一切耳を貸さない。

私に苦痛を与えようとも、一切躊躇いはしないのだ。

それは、私という1人の人を相手にしているのではなく、まるで自分の所有物である人形を好き勝手に弄り倒して、傷つけて陶酔に浸っているかのような行為。

対処する事には慣れても、その恐怖だけには決して慣れる事はない。


けれど、ホムラ様は、無理矢理その行為に及ぶような素振りは見せても、本気で私を傷つける気はないよな気がするんだよね。

本気で痛みを訴えれば一応力を抜いてくれるし、さっきみたいに暴れれば必要に応じて押さえつける事はしても、傷つけはしないように注意を払ってくれているのがわかる。

そういえば、初めて会った時に、私の髪を抜いた時も慌てて謝ってくれてたっけ。

そこには、少なくとも、あの男達のような狂気も、人を人とも思わないような姿勢も見られない。

もちろん、だからと言って彼の言動に全く問題ないとは少しも思ってはいないけれど、それも、少なくともあいつ等よりは幾分ましな気がする。


「ならば、いっその事、こんな生ぬるい武器ではなく、本物を使えばいいだろ?」

手にした短剣を忌々しげに睨みつけるホムラ様。

まるで、その鈍い光を映す刀身に、今まで私を襲おうとした下衆達が映っているかのようだ。


正直、私も何度もそう思った事がある。

まだそういった事への対応の仕方に慣れていなかった頃は特にだ。

それ位、怖かったし、腹が立った。

ここで、本物の剣を抜いて攻撃出来れば、少なくとも目の前の男に関しては、その時のような恐怖を味わう事も、不快感に煩わされる事もなくなると何度思った事か。


でも……

「私は一流の芸妓です。どんな時であろうと、お客様に怪我を負わせる訳にはいきません。……それに、私共の店にいらっしゃるのは、身分的にも一流のお方のみです。平民……それも、色街に住人である私がもし万が一にでも怪我を負わせたとなれば、事情がどうあれ、大きな責めを負わされる事は免れません。私だけならともかく、一歩間違えれば店にも多大な迷惑を掛ける事になるのです」

「相手が先に襲ってきたというのにか?」

「例えそうだとしても、対等な身分でない私達が、相手を傷つけてしまえば、公衆の面前であった等、余程の証拠がない限り、言い訳にはなりません。立場の弱い者というのは、誰か守って下さる存在がない限り、その発言に力を持たせる事が難しいのです」


何度、理不尽に傷つけられる仲間を見てきただろうか?

何度、理不尽に頭を下げさせられる事があっただろうか?挺三天

私のように、そんな中でも身を守る方法を得たものは、むしろ幸せな方だろう。

中には、ろくに身を守る術すら持たず、傷つけられ、嘆き、苦しみ、激しい怒りの中で絶望していく者だっているのだから。


「……理不尽だな。腹が立っただろう?辛かった……だろう?」

ホムラ様の瞳が私を捉える。

まるで、自分が傷つけられでもしたかのように、痛みに耐える表情をする彼に、過去の古傷が呼びさまされる。

「腹が立たなかったとも、辛くなかったとも、私には言えません。でも、だからこそ、私達は皆で寄り添い合い、助け合い、身を守る術を学びながら生きてきました」

ニッコリと笑ったつもりだったのに、気付けば眉尻は下がり、唇が震えていた。

「相手の方を傷つける事は出来ませんが、こういった薬を使って誰か店の者が来るまで凌げば、後は何とかなります。世間体というものがありますから、相手の方も下手な騒ぎ方は出来ませんし、うちの店のように高級店になれば、店自体に様々な顧客の方の庇護があります。状況によっては、お店にはもちろんの事、色街全体に出入り禁止にする事も可能です」

淡々と説明しているつもりなのに、私の声は何処か擦れて弱々しい。

本来であれば、色街の裏事情など、お客様には滅多に話さないというのに、ホムラ様相手には、何故かスルスルと言葉が漏れていた。

きっと、あの目がいけなかったのだ。

表面上の同情ではなく、私の……私達の痛みをそのまま受け止めたかのような、あの目が。


「お前は……そんな状況に身を置かせた奴を恨んでいるだろう?」

ホムラ様の手が、ベッドに毛先を広がらせていた私の髪を掬い上げる。

私は特に抵抗する事もなく、その光景をただただ眺めていた。


「私が母様を恨む事など何1つありません。母様はこの世界で生き抜く術を私に与えて下さいました。私に芸妓としての誇りを与えて下さいました。私がいつでも羽ばたけるだけの自由を守って下さいました。決して優しいだけの人ではありませんが、私は母様がとても大切で……大好きですわ」

偽りない本当の気持ち。

でも、それを口にするのは、何処か気恥しいものがあって、ほんの少しだけ頬に熱が宿るのを感じた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH

けれど、そんな私を見たホムラ様は、私の髪に触れる指先にグッと力を込めた。


「……そうではなく!」

彼の指の中で握り締められた私の髪に痛みはない。

けれど、苦痛に満ちた彼の声が……表情が……何故か私の胸をギュッと締め付けた。


「……ホムラ様?」

何故彼がそんな顔をするのか、その意味がわからず、困惑しながら彼の名を呼ぶと、彼はハッとした顔で、険しくなっていた表情を緩めた。


「すまん」

一瞬だけ私の髪に口付けた彼は、指の力を抜き、それを放した。

サラサラと再びベッドに落ちる私の髪を目で追い、見つめ続ける彼。

その謝罪の言葉は一体、何に向けてのものだったのだろう?


「……出来る事なら、もっと早くにお前を見つけ、そこから連れ出したかった」

ボソリッと呟くように告げられたその言葉は、彼に似合わず、何処か落ち込んでいるような雰囲気を漂わせている。

……この人は、一体、何を言っているのだろうか?

まるで、私を連れ出す事が当たり前のような、私が嫌な思いをしてきた事が自分の罪でもあるかのような口ぶりだ。


「何をらしくない事を仰っているのですか?それに、私はあの場所での生活が存外嫌いではないのですよ。辛い事はあっても、日々は充実しておりますし、大切な人に囲まれて、それなりに幸せに過ごしております」

「……だから、そこから出る気はなかったと?」

何故か落ち込んだ様子のホムラ様を励まそうと、わざと明るい口調で話すと、私の髪を見つめ俯きがちだった彼がピクリッと反応し、顔を上げ、私に探るような、そして何処か責めるような視線を向けてきた。

その射抜くような視線に、私の心臓がキュッと竦み上がる。


……な、何なのこの人。

情緒不安定なの!?

背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、視線を逸らしたら負けとばかりに、私はその視線を正面から受け止める事しか出来なかった。MaxMan

2015年8月3日星期一

事件の背後で蠢く者

 サトゥーです。人が二人いると争いが起きると何かの本で読んだ事があります。争いを避けられないのなら、せめて人死にがでないような方法を選んで欲しいものです。


「こんばんわ、陛下へーか。王都が騒がしいけど何かあったの?」蟻力神

 オレは夜も更けた頃に、ナナシの格好で王城に訪れていた。

「これはナナシ様、もうお気付きでしたか。お恥ずかしい話ですが、ビスタール公爵領で叛乱が発生いたしまして――」

 ああ、そっちの件を忘れてた。
 そういえば飛空艇を狙った相手って公爵の身内だったっけ。

 陛下の話によると、飛空艇襲撃事件の発生直後に緊急用の通信魔法道具でビスタール公爵領に連絡を取ったそうなのだが、まったく応答がなかったらしい。
 そこで、近隣の貴族達に調査を依頼したところ、ビスタール公爵の嫡男がビスタール公国の樹立を宣言して、調査に向かった貴族達を領外へ追い返したそうだ。

 まだ何日も経っていないのに、素早い事だ。
 たぶん、調査に鳥人族とか飛行型従魔でも使ったのだろう。

 そして、それを伝えられたビスタール公爵が陛下に国軍の出動を嘆願し、常備軍のうち演習に出かける予定だった三個騎士団が派遣される事になったそうだ。
 神速の行軍で有名な第三騎士団が明日出発し、第二、第六の二つの騎士団が5日後に王都を出発する事に決まったらしい。
 鳥人族や飛竜騎士ワイバーン・ライダーの先遣隊が既に出発した後との事だ。

「ふーん、大変だね」

 オレは気のない返事を返しておく。
 悪いけど、人間同士の戦いに参加するつもりはない。

「『魔王の季節』に人族同士が争うなど、私の不徳の致すところでございます」

 そういえば、この時期に人間同士の争いはほとんど無いんだっけ。
 大陸西部でも戦争が起こりそうだって言うし、異世界でも人間は戦争好きみたいだ。

 陛下が深く頭を下げて不始末を詫びている。
 オレに詫びる必要はないんだが、オレを王祖と勘違いしている以上仕方ないか。

 レーダーに宰相の青いマーカーが見えたので、陛下に頭を上げて貰った。

 宰相から例のスライムから採取した部位の解析報告書を受け取る。
 まだ半日しか立っていないのに、もう結果が出たのか。

 ――王立研究所の人って有能だな。

 書類に軽く目を通す。
 要約によると、スライムが魔人薬の濃縮とキャリアーの二つの役割を果たしていたらしい。
 だが、所長が言っていたように、このスライムを食べた普通の生物が濃縮された魔人薬の影響で死ぬ事はあっても、魔物に変化へんげする可能性は低いと結論付けられていた。

 一応、実証実験の為に、スライムや地下道の鼠などを捕獲して、研究所の郊外実験棟で蠱毒のように捕食し合わせているそうだ。
 実験中は聖騎士団から数名ほど常駐させているらしいので、安全の方は大丈夫だろう。

 解析報告書と一緒に、所長や秘書の調書まで入っていたので、興味本位で目を通してみる。三便宝カプセル

 ……これは?

 秘書が書類を間違えたと言っていた時に余りのお粗末さに呆れたが、どうやら裏があったらしい。
 宰相さんが書類に書かれていない事も補足してくれた。

「魔王信奉者が事件の背後にいるようでございます」

 秘書の恋人だった騎士が、例の「自由の翼」の類似組織と関係を持っており、金欲しさに魔人薬を組織へ横流しする為に書類を誤魔化させたらしい。
 かなりの量の魔人薬が処分前に研究所から持ち出され、組織の手に渡ってしまったそうだ。

 貿易都市で見つかった魔人薬とかの出所が、研究所から持ち出された物だった可能性が高い。

 前に迷宮都市で聞いた話では王都に潜伏する「自由の風」は公都の「自由の翼」と異なり、魔王崇拝者というよりは「お気楽オカルト同好会」のような存在だったはず。

 ならば、公都から流れてきた「自由の翼」の残党か大陸西部に勢力を持つ「自由の光」の工作員かのいずれかが怪しいだろう。
 マップ検索で両者の所在を調べて、宰相に伝えておく。

「……所在、でございますか?」
「ああ、部下が調べてくれていたんだよ」

 今調べたと言っても信じられないだろうから、そういう事にした。
 宰相と陛下が何やら「さすがは――」とか称賛していたが、追加の情報を調べるのに集中して聞き流す。

 残党のレベルは大した事がないが、「自由の光」にはレベル40台の斥候系のスキルを持つ魔法使いがいるので注意が必要だ。
「自由の光」には他にもレベル30前後の「召喚魔法」を使う魔法使いや調教系スキルを持つ従魔士テイマーがいる。

 スキル構成的に、彼らが事件の真相を知っている可能性が高そうだ。

「――注意するのは、今言った三人だよ。特に斥候相手には通常の衛兵だけでなく、シガ八剣あたりの戦闘力の高い人間も混ぜた方がいいかな」
「御意」

 宰相がオレの忠告に深々と感謝の意を表す。

 クロで捕縛に向っても良いが、潜伏場所からして貴族の屋敷に客人として滞在していそうなので色々と面倒そうだ。後は宰相に任せよう。
 斥候系のヤツだけは逃げられそうなので、マーキングしておいた。


 魔王信奉者の話で少し横道にそれたが、横流しをした騎士の出自に少し気になる点があった。
 例の「迷宮都市の魔人薬密造騒ぎ」の黒幕とされたケルテン侯爵の遠縁にあたる家の出身らしい。五便宝

 宰相によると、ケルテン侯爵は魔人薬密造騒ぎの時に「反逆」の疑いで捕縛された為、審議官による尋問が行われて魔人薬と無関係だと証明されているそうなので、注目するほどの情報でもないか。

 その時の審議官が、今回のビスタール公爵領の叛乱に関わる家の出身なのが少し気になるが、陰謀論でもあるまいし、全ての事件が関係している訳でもないはずだ。

 エチゴヤの屋敷に帰還転移後に、イタチの帝国にいる勇者ハヤトに定期連絡を取ったが、出たのは留守番役のノノという女性だった。

「――じゃ、ハヤト達は迷宮の奥に魔王を追いかけて行ったのかい?」
「そう。今度こそ、ハヤトは魔王を倒す」

 逃げる魔王っていうのも珍しい。
 今までは死に掛けても復活するような、戦闘狂の魔王ばかりだったもんね。

「そっか、優勢なら良いよ。通信機を拠点に設置しておくから、ハヤトに何かあったらいつでも連絡を送って」
「感謝する、勇者ナナシ」
「うん、じゃーねー」

 ハヤトと相性の良い魔王みたいだし、ハヤトやその仲間達なら油断なんてしないだろうから、きっと退治してくれるだろう。

 もし、王国会議の後のオークションが終わっても、魔王を捕捉できないようなら新魔法の実験名目で魔王探索だけを手伝いに行くとしよう。

 オレは「理力の手マジック・ハンド」でアンテナに相当する通信魔法道具の受信性能拡張器をエチゴヤの屋根に備え付け、通信魔法道具の本体をティファリーザの執務室の本棚に設置した。
 常時待ち受けにするには動力源が足りないので、賢者の石を使用した超小型の魔力炉を本体の裏に置いておく。

 書類から顔を上げたティファリーザが、感情の読めない透明な視線でこちらを窺っている。

「クロ様、それは何の道具でしょう?」
「ああ、今から説明する。この道具は――」

 ティファリーザに勇者ハヤトとの連絡用の魔法道具である事を説明し、その事はティファリーザと支配人以外には秘密にするように言い含めた。

 送信機能はロックして、受信時のみ通話を可能にしておく。

「向こうから何か連絡が届いたら、緊急報知用に渡してある魔法道具の三番を押して連絡しろ」
「畏まりました」

 緊急報知用の魔法道具「信号棒シグナル・ロッド」は、シグナルの魔法を利用した近距離用の信号発信用の道具だ。

 迷宮の別荘に設置した大型の物と違って信号の到達距離が短い。
 オレが王都にいないと届かない上に、地下道や禁書庫あたりだと恐らく信号が届かない。

 エチゴヤの屋敷には迷宮都市との通信用の大型の通信魔法道具もあるが、こちらは一度使うと次のリチャージが面倒なので、普段は携帯サイズの「信号棒シグナル・ロッド」を使わせている。VigRx

 翌朝、オレはオーユゴック公爵との朝食会にやってきたのだが、なぜか場所が公爵の屋敷ではなく王城の一角にある会食場だった。
 嫌な予感がしたので、公爵の現在位置をマップで調べる。

 ――やっぱりか。

 しばらくして、王城の使用人が公爵の到着を報せてくれたので、彼を出迎えるべく入り口の扉近くで待機する。

「待たせたな、ペンドラゴン卿」
「いえ、私も先ほど来たところにございます」

 恋人同士の会話か! と突っ込みたい所だが、オレの意識は公爵の後ろから来る人物に向けられている。

「貴殿がペンドラゴン卿か、若いな」

 オレは膝を突き臣下の礼で国王陛下・・・・を出迎える。
 昨晩もナナシで会った所だから、普通に王様している陛下に会うと何か変な感じだ。

 そういえば、公爵とも初めて会った時に「若い」って言われたっけ。

 国王の後から入ってきた侍従さん達が、白い箱をテーブルの上に置いて退出して行った。
 部屋の中に残ったのはオレと国王と公爵の三人だけだ。

「その箱を開けよ」

 陛下の指示で箱を開けて中に入っていた「聖剣クラウソラスの偽物」を取り出す。
 オレは「無表情」スキルを無効にして、普通に驚きの表情を出した。

「こ、これは、もしかして――」

 オレがナナシと同一人物は思われていないだろうが、これを持って来たって事は……。

「ペンドラゴン卿、この聖剣を使いたくはないか?」

 予想通りの陛下の言葉に、一呼吸溜めてから返事をする。

「こ、この剣を私に……。いいえ、私には過ぎた剣です」

 オレは悔しそうな表情を作って首を振る。
 確かにオレが使えば偽物だと見抜く人間はいなくなるだろうけど、自動的にシガ八剣入りが確定してしまいそうだからね。

「僭越ですが、シガ八剣のヘイム様やバウエン様の方が聖剣の力を十全に揮われるに違いありません」

 オレの返答に、陛下の視線が公爵の方を向く。巨人倍増

「つまらん、貴公の言っていた通りの回答か」
「今時の若者にしては少々野心が足りませんが、今回の件では適任でしょう」
「うむ、ニナやレオンも勧めておったからな」

 レオンって、確かムーノ男爵のファーストネームだっけ。
 まったく、何か企んでいたなら先に教えておいて欲しい物だ。

 朝食が始まってからようやく「今回の件」に触れる会話になった。

「シガ八剣には魅力が無いか?」
「いいえ、そんな事は――」

 その質問にハイとは答えられないでしょ。

「ニナが言うには貴殿は世界を見て回るのが目的だそうだな?」
「はい、世界は広うございますから」

 地球と違って未知の場所が山ほどあるし、この世界には旅した気分になれる「CooqleMapくーきゅるまっぷ」やロードビューとかが無い。

 何より、311レベルのお陰で安全に旅ができそうだしね。

 陛下と公爵は何やらオレを眩しそうに見つめた後、重々しく頷いた。

「貴殿がシガ八剣を望まないのは判った。候補から外すように言っておこう」

 良く判らないが、厄介ごとから逃れられたようで良かった。
 最後にさらに変な質問をされた。

「迷宮都市からの空の旅は楽しかったか?」
「はい、少々波乱万丈でしたが、地上からは見えない様々な景色が堪能できました」

 オレの答えに満足したのか、陛下が深く頷いて退出を許可してくれた。
 結局、「今回の件」が何だったのかは「王国会議を楽しみにしておれ」という不安になる回答だけで明かされなかった。

 話の流れからして、悪い話ではないだろうから王国会議を待つか……。
 意に沿わない事なら、サトゥーの人脈かナナシから働きかければ良いだろう。


 ちなみに朝食会のメニューは、ふわふわのロールパンに半熟の目玉焼きと新鮮なサラダ、それから厚切りベーコンを焼いた物だった。スープ類はなく、柑橘系のフレッシュジュースが付いていた。

 どこかのホテルみたいに何の変哲もないのに、どの料理も絶品だった。さすがは王様の料理人だけはある。
 帰ったら再現して皆にも食べさせてやろう。

 朝食後、件の横流し騎士が獄中で毒殺されたとエチゴヤ商会経由で聞かされた。

 それにしても、一連の事件を起こしている連中の目的が見えなくてモヤモヤする。
 国家転覆を目指しているにしてはお粗末だし、テロにしては狙う場所が意味不明だ。

 牢屋に、噴水に、下町に、貴族街。
 オレが見落としている何かがあるのだろうか……。中絶薬RU486