2015年3月30日星期一

夜更けの出来事

【ヴィクトリアス】から数キロほど離れた場所にある森の中、木々が密集しているせいで葉っぱのベッドと化している登頂部にノア・ブラックは気持ち良さそうに寝息を立てていた。


 周囲はすでに日が落ち星が瞬いている。微かな風が髪を揺らし心地好い気分をノアに味わわせていた。そしてそのノアが枕代わりにしているのが、彼のパートナーである『精霊』のスーである。三便宝


 今そのスーがピクッと何かに反応したように、目を開けて周囲を警戒しだした。すると葉っぱの中からニョキッと幾つもの花が現れる。
 青い花びらをつけた柑橘系の香りを漂わせるそれが、ノアたちを囲むように次々と出現した。


 スーは寝ているノアを起こさないようにそっと立ち上がる。


「何用だ?」


 スーは怒気の混じった声音を吐く。睡眠を邪魔されたことに苛立っているのかもしれない。鋭い眼光で花々を睨みつける。


『一つだけ聞く。戻ってくる気はあるか?』


 花びらが揺れた瞬間、そんな声がスーの耳をついた。納得気に目を細めたスーは淡々とした様子で答える。


「断る」
『それは何故だ?』
「理由は一つ。貴公らに興味が失せたからだ」
『お前たちの望みを叶える手はずだったはずだが?』
「ノアは騙されたかもしれないが、我は騙されぬ。貴公らの目指すものが、我々の意図したものとはかけ離れているものだということは薄々気づいていた」
『それはお前たちの勘違いだ。こちらは仲間の願いは叶える所存だった』
「フッ、それは貴公の解釈であろう……カイナビ?」


 スーの言葉を聞いた瞬間、空気が一変して張りつめた。花から明らかな憤怒が伝わってくる。


『……再度聞く。陛下を裏切るのか?』
「これはあの者の命令か? それとも……」VIVID
『黙れっ!』


 刹那、周囲の花が弾けたと思ったら、無数の花びらが螺旋を描きながらスーとノアに襲い掛かった。その花びら一枚一枚がカッターのように鋭さを持っている。
 無防備で受ければ体中が刻まれてしまうだろう。スーがノアを守ろうと動こうとしたその時    


「ふわぁ~、もううるさいなぁ」


 いつの間にか立ち上がっていたノアが、その手に《断刀・トウバツ》を持っていた。そしてめんどくさそうに向かってくる花びらの群れに向かって一振り。
 その一振りは凄まじい風圧を生み、花びらは全て吹き飛ばされてしまう。


『ちっ、バケモノめ』


 どこからかそんな忌々しげな声が聞こえる。そしてそのまま気配は消えていった。


「スー、なんなのコレ? ちょ~ウザいんだけど?」
「さあな。どこぞの小娘が感情のまま動いたのだろう」
「……どゆこと?」
「ここも静かではなくなったということだ」
「え~それ困るんだけど」
「なら大陸を移動するか? 人間界よりもマシな場所が見つかると思うが?」
「ん~めんどくさい」
「お前を乗せて飛ぶのは我なのだが?」


 暗に疲れるのは自分だけだとスーは言いたいようだ。だから面倒も何も、どうせノアはスーの背中で眠っているだけなので、彼の言葉を否定したいのだろう。


「……あの赤いのってどこにいるのかな?」
「む? やはりあの少年のことを気に入ったようだな」
「アイツくらいだから……おれの本気受け止められんの」
「フフ、なら追うか?」
「…………やっぱ眠たいからいいや。スー、適当に飛んで」
「やれやれ、相変わらずだなお前は」


 見るからに肩を竦めるスーは溜め息混じりにそう言うと、ノアを背中に乗せて大空を翔け上がった。すでにもう夢の中に入ったノアを一瞥したスーは、眼下に向けて声を響かせる。


「カイナビよ! 二度は無いぞ! 次に我らの邪魔をすれば容赦はせん!」


 それだけ言うとスーは旋回してどこかへと去って行った。壮天根ZTG




 スーが見下ろしていた場所にある一本の大樹の陰、そこにカイナビが闇に紛れていた。


「……ちっ、クソ鳥が! 陛下を裏切ったこと、いつか後悔させてやるからな!」


 空に消えていくノアたちを射殺すような視線をぶつけるカイナビ。彼女はアヴォロスからノアたちが離散したことを聞いて、さっそく行動に移したのだ。
 もう一度戻ってくる意思があるのなら問題無いが、もし断るようなら始末しようと考えていたようだ。しかしノアの実力はある程度知ってはいたが、やはり一人では暗殺もままならないと判断できた。


 気配を消して近づいても、スーには感づかれ、攻撃に移ってもノアにあっさりと看破された。さすがは伝説の獣人なのだが、カイナビはアヴォロスのことになると熱くなり過ぎる。


 今回も彼を裏切ったことが許せず、アヴォロスの許可無しでノアたちを探し出してここまでやって来ていたのだ。
 無論そのことを追及して咎めるようなアヴォロスではないが、カイナビは今回のことをアヴォロスに報告するつもりだった。そして機会があれば、裏切り者を始末する役目をもらう算段なのだ。


 カイナビは始末できなかったことを悔やみながらも再び闇へと消えた。


 皆が寝静まった頃、【魔国・ハーオス】の王城にある魔王イヴェアムの私室では、イヴェアムがテラスへ出て空から顔を覗かせている月をその目に捉えていた。VigRx
 アヴォロスの襲撃によって破壊されたはずの王城だったが、日色があっという間に魔法で崩壊した部分を復元してくれた。何でも自分が寝る場所を確保するためにやったらしいが、皆は唖然としていたのをイヴェアムは覚えている。


 もしかしたら粉々にされた街も元通りになるのではと思って、日色に頼み込んだが、「それは戦争が終わった後だ」と却下された。
 せっかく直しても、また攻めてこられて壊されたらバカみたいだからと。全てが終わった後、気分が良かったら直してやると日色は言った。


 彼らしい理由だとイヴェアムは思ったが、本当に彼の力には頼りっぱなしである。今回、自分の判断の甘さで多くを失い、多くを傷つけた。
 それでも彼の力で多くを取り戻すことができる。それはイヴェアムにとって喜ばしいことだが、やはりよく考えるととても異常なことだとも思えた。


(どうしてヒイロにそんな力があるのかしら……?)


 イヴェアムはその考えをすぐさま首を振って捨てる。


(いけないわね。アヴォロスに言われたことに囚われてるわ)


 アヴォロスから聞かされたこの世界の真実。そして日色という存在の意味。それが本当に真実なのかどうか、確かめる術はイヴェアムには無い。
 だが心の奥底では、それが事実なのだろうと確信めいたものがあった。


(ヒイロの力は確かに強過ぎるけど……それでも彼は私たちの救世主だもの)


 感謝こそすれ、恐れを抱くなどイヴェアムには有り得ない。だが他の者たちはどうなのだろうかとふと考える。
 致命傷の傷だった兵士たち。それを短時間で治癒させた魔法。マリオネにしても同様だ。失った足を甦らせる魔法など聞いたこと無い。そして王城の復活。
 見る者が見れば、やはりそれは異質で畏怖されるものなのかもしれない。VVK


「強過ぎる力は争いを生む……か」


 アヴォロスの言うことを真に受けているわけではない。しかしそれでも、人の心が流されやすく脆いものだということは理解できる。まだ短い人生経験だが、その中でもいろんな人の心に触れてきた。


 魔王という立場にあり、凡そ負の感情を大いに感じてきた。権力や身分、金や魔法など、やはりそこには差別が存在する。
 そして人はそれを守ろうと躍起になり、自分とはかけ離れた存在に恐怖を抱いてきた。だからこそ、今まで人は人同士で争ってきたのだ。


 『人間族ヒュマス』は強い力を持つ『魔族イビラ』を恐れて、『獣人族ガブラス』はかつて支配されてきた恐怖から逃れるために『人間族ヒュマス』を逆に滅ぼそうとし、『魔族イビラ』はそのプライドと力の強さから、自分たちこそが世界を総べる存在だと争ってきた。


 それが始まり。そしてそれぞれの思いは交錯し、どんどん歪みは大きくなり、憎しみと痛みが広がっていき、争いの絶えない世界になってきた。
 それが人の弱さ。心の弱さである。人は安心したいのだ。そしてその安心は、優位に立っている時しか得られないと、人は勘違いを起こした。
 だからこそ、自分たちより上に存在を邪魔に思い、存在ごと消そうとしたのだ。


(これも世界の異物による意志というものなの?)


 イヴェアムは再度首を振ってふぅっと息を吐く。そしてふと、そこから見える王城の建物の屋根に人影が見えた。


「……ヒイロ?」


 目を細めなくても、月明かりに映し出された人物がイヴェアムにはすぐに特定することができた。MaxMan

2015年3月27日星期五

シャイターン城の復活

 アヴォロスは魔神の翼をはためかせながら上空へとゆっくり昇っていく。眼下に広がる戦禍を冷ややかに見下ろしていると、アヴォロスがその身体を沈み込ませている魔神の顔を部分に水溜まりが生まれ、そこから優花が出現する。Motivator


「陛下、そろそろ準備が整ったとのことです」
「……そうか。いよいよだな。カイナビに始動しろと命じろ。余もすぐに向かう」
「はっ!」


 水溜まりに消える優花。アヴォロスの視線が真っ直ぐにある場所へと注がれる。


「さあ、余興もそろそろ終わりにしよう」


 すると、結界に覆われていた【シャイターン城】がゴゴゴゴゴゴゴと地響きを立てながら微かに揺れ始める。アヴォロスが見ていたのは城だったのだ。


 ゆっくりと、だが確実に【シャイターン城】が独りでに動いていく。そのまま大地から離れると、結界の覆われたまま天へと浮き上がっていく。


「何だとっ!?」


 その光景を見ていたレオウードがまず叫ぶ。日色の攻撃により、一度は地上に落とされた城が、再び宙を浮かび始めるのだから驚かずにはいられない。
 レオウードだけでなく、他の者たちも次々と城を注視し始める。


「くっ! もう復元したというのか!?」


 今度はイヴェアム。マリオネとともに、目の前にいるヴァルキリアたちと戦っていたが、あの悍ましい力を宿す城の復活に目を奪われてしまっている。


「どうやら計画は次の段階へと移行するようです」蒼蝿水(FLY D5原液)


 冷淡に言葉を吐くのはヴァルキリアシリーズであり、イヴェアムとともに暮らしてきたはずの05号である。彼女は他のヴァルキリアたちとともにその場から離れて行く。


「ま、待てキリアッ!」


 イヴェアムの叫びも虚しく、05号の足を止めることは叶わず、ヴァルキリアたちは地上に現れた優花の作り出す水溜まりに身体を沈み込ませていく。


 05号たちだけではなく、リリィンとシウバを同時に相手をしていたペビンも空飛ぶ城を見て微かに笑みを浮かべる。


「おや、もうそのような時間ですか。仕方ありませんね」
「何を言っている貴様!」


 六枚羽を背中に宿し、城と同じように宙に浮かんでいるペビンに対してリリィンが怒鳴るが、ペビンはそのままリリィンとシウバを一瞥すると城へと飛んでいく。


「逃がすものか!」


 リリィンもまた背中から黒い翼を生やして追随する。


「おやおや、そういえばあなたも飛べるのでしたね」


 ペビンは一つも驚いていない様子で言葉を口にして、一度歩みを止める。


「言っただろ。貴様は絶対許さんと」
「しつこい方ですね。ですがあなたにはもう飽きました」


 そう言って後ろ手に組んでいた両手を前に差し出してくる。リリィンは彼の両手に掴まれているものを見てギョッとしたが、すぐにスッと浮遊感が失われて落下していく。


 彼の手に握られていたのは黒い翼。リリィンは落下しながらも自分の背中に意識を向ける。何故か翼が八分ほど切り取られた様子を呈していた。北冬虫夏草


「なっ!?」


 翼を失ったリリィンは飛行することは無論できない。


「お嬢様ぁぁぁっ!」


 落下してくるリリィンをシウバが見事に受け止める。だがリリィンは驚愕したままの表情を、いまだに空中で見下ろしてきているペビンを見る。


「ではこれで、またいずれどこかでお会いできれば」


 手を振るとそのまま踵を返して【シャイターン城】へ戻っていく。その間に手に持った翼を投げ捨てると、その翼が粒子状になって消え失せる。
 すると驚くことに、リリィンの切り取られた翼が、元の無傷の状態へと戻った。


「お嬢様、これは一体……」
「さあな、ただ奴が別格だということだけはハッキリした」
「まさかお嬢様のように幻術を?」
「いや、ワタシもそう思ったが、感覚的に違った。あの時、間違いなくワタシの翼は奪われていた」
「では何故戻ったのでしょうか?」


 リリィンにも答えが見出せないのか、城の結界に入り込んだペビンの後ろ姿を睨みつけながら首を左右に振る。


「とにかくあの城が甦った以上、ここの戦場をさっさと終わらせなければ危険だ」
「ですが、大分数を減らせたとはいえ、まだ多くの敵が残存しています。どうされますか?」levitra
「フン、そのようなもの!」


 リリィンが再び戻った翼で空を飛びながら戦場が最も苛烈な場所まで向かう。


「リリィン殿!?」


 イヴェアムが突然現れたリリィンに声をかけるが、反応は返さずに静かに目を閉じて大地に立つリリィン。
 そんな無防備を晒す彼女に向かって黒衣が突撃してくる。


「危ないっ!」


 イヴェアムが助けに向かおうとするが、突如として彼女から放たれた莫大な魔力により足を止めてしまう。まるで津波のように流れ出る魔力が、周囲の者たちを包んでいく。


 そして次々と彼女の魔力に触れた者たちが膝を折り倒れていく。だがそれは黒衣や《醜悪な人形アグリィ・ドール》などの敵として認知されている者たちだけ。


「す……凄い……!」


 イヴェアムは咄嗟にそのような言葉を漏らす。敵が集まっている中心に向かい、目を閉じて突っ立っているという常軌を逸した行いに、イヴェアムだけでなく、その様子を見た全員がリリィンの正気を疑ったが、彼女から発せられた魔力により敵が倒れたことによって、その畏怖とも感じられる魔法の効果に、誰もが呆気に取られていた。


 ほぼすべての敵が倒れた瞬間、クラッと目を閉じたままのリリィンが前のめりに倒れそうになる。そこへシウバが現れ彼女を支えることに成功。K-Y Jelly潤滑剤


 リリィンの全身からは信じられないくらい汗が流れ出ており、顔色も青くなっている。常人の何十倍もの魔力を一気に放出したのだから当然こうなることは明白。
 しかし彼女のお蔭でアヴォロスと【シャイターン城】に集中することができるようになったのも事実。


「お嬢様……お疲れ様でございました」


 慈愛に溢れる笑みを浮かべてシウバは彼女の額の汗をハンカチで拭う。


 これを好機と見たイヴェアムは、リリィンの行為を無駄にはできないと悟り、再び【シャイターン城】を落とすべく皆に攻撃の指示を出す。


「いいか! 絶対にあの城を落とすのだっ!」


 何故ならあの城には恐ろしい兵器が積み込まれている。《シャイターン砲》。その威力は【ヴィクトリアス】を瞬時に壊滅させるほどのもの。


 この戦場に撃たれれば一溜まりもない。是が非でも、あの攻撃を放たせてはならないと、この場にいる全員の心が一つになっている。


 だがそこへ最大の障害がやってくる。上空から大きな影。それを見たイヴェアムが悔しげに言葉を吐く。


「……アヴォロス……!」


 いつの間にかこの場に舞い戻ってきていた魔神。だが少し気になることもあった。それは魔神の身体からアヴォロスが出て、顔の上に立っているのだ。一体化が解かれている。


 そして魔神の開かれていた六つの瞳も、四つまで減っている。するとアヴォロスが魔神の頭から翼を広げて飛び上がり、【シャイターン城】へと入っていく。アヴォロスというコントローラーを失ったせいか、そのままの状態で地面へと落下してくる魔神。


「皆の者ぉっ! 衝撃に備えろっ!」


 レオウードが叫ぶ。このまま魔神が落下してくれば、かなりの衝撃が周囲を破壊するのは明らか。全員がその場から離れて防御態勢を取る。


 案の定、魔神は落下の衝撃で大地を揺らし巨大なクレーターを生み出す。しかし予測も立てられていたお蔭で、それによる人的被害はさほど見当たらなかった。
 魔神はアヴォロスと一体化する前と同じく、眠ったように身体を動かさない。


「一体アヴォロスは何をしようとしてるのだ……?」天天素


 イヴェアムの疑問は寂しく風に流れていくだけだった。

2015年3月24日星期二

姿を消した英雄

イヴェアムに執務室にある書簡を持ってきてくれと頼まれたアクウィナスは、彼女の頼みに些かの疑問を感じていた。


 それは彼女が書簡の話をして、テッケイルがアクウィナスの代わりに取りに行くと言った時の彼女の言葉だ。蔵秘回春丹


『ううん、アクウィナスにしか場所は分からないと思うから』


 イヴェアムはそう言った。だがそんな書簡を書いていることは、アクウィナスにとっても初耳であり、保管されている場所も予想はできるといった程度のもの。


 しかも場所といっても、机の引き出しにあるということは大体予想できる。誰でもだ。アクウィナスだけというわけではない。テッケイルだって執務室に入ったことがあるのだから。


 何故彼女はそんな支離滅裂な言動をしたのか意味不明ではあったが、頼まれた以上は仕方ないと思いこうして執務室までやってきたのだ。


 しかし不思議なことに、机に設置されてある引き出しを全部開けて確かめても、そのような書簡など一つも見当たらなかった。


「……どういうことだ?」


 室内を見回しても、書簡を保管できるようなものはない。第一秘密文書でもないのだから、厳重に保管されているわけもなく、引き出しに入っているはずだったのだ。
 だがどれだけ探しても発見することができない。


「まさか陛下の勘違いではないのか?」


 もしかしたらこの執務室ではなく、彼女の自室に置いてあるのかもしれない。それなら勝手に入るわけにはいかない。許可が必要だ。


「仕方ないな。一度戻るか」


 イヴェアムの自室にあるのなら、彼女自身に取ってきてもらうしかないだろうと思いつつ会議室へと向かった。
 部屋に入ると何故か日色の姿が無かった。


「む? 陛下、ヒイロはどうした?」
「あ、ごめんなさいアクウィナス。実は書簡のことだけど、自分で持ってたのを忘れていたの」
「は?」
「勘違いしてしまっていたわ。本当にごめんなさい」
「……ならそれをヒイロに渡したのか?」
「ええ、ヒイロなら書簡を持って出て行ったわ」
「まあ、問題がなければそれでいい。なら会議の続きを始めるか」
「そうね、始めましょう」


 アクウィナスは席に着き、今後の『神族ゴドス』の動きに関して話し始めた。その場にいる者全員の眼の奥にどんよりとした光が燻っていることなどまったく気づかなかった。

 ミュア・カストレイアが《一天突破の儀》を終えて戻って来たのは、現実時間で三日が経った後だった。男用99神油


「ミュアちゃんっ!?」
「ミュアッ!?」


 空間の亀裂からミュアが出てくると、真っ先にミミルとアノールドが駆け寄ってきた。


「ミミルちゃん! おじさん!」


 二人の抱擁を受け止めて帰還の喜びを味わう。


「心配したぞミュア!」
「ごめんね、おじさん。黙っていなくなっちゃって」
「そうですよ、ミュアちゃん! 本当に心が押し潰されそうでした!」
「ミミルちゃんもごめん。でも、帰ってきたよ」
「ああ、よく帰ってきたな。さすがはミュアだぜ!」


 アノールドがもう一度力一杯抱きしめる。


「ん~ちょっと苦しいよ、おじさん」
「ああ、悪い悪い。つい嬉しくなってな。どこも痛くねえか? 大丈夫なのか?」
「うん。大変だったけどね」


 ミュアはクルリと身体の向きを変えると、スーと対面し、彼に向かって頭を下げる。


「ありがとうございました。お蔭で強くなれたと思います」
「良い顔になった。乗り越えたのだな」
「はい!」
「フッ、まさかノアと同じ三日でクリアするとはな。さすがは『銀竜』といったところか」


 彼の言葉で三日も過ぎていたことに驚きがあったが、褒められたことがやはり嬉しかった。


「本当にありがとうございました!」
「礼などいい。我はただ道を示しただけだ。選んだのはお前自身。そして乗り越えたのもお前だ。得た力でこれから先、お前がどのような道を行くのか、楽しみに拝見させてもらおう」


 ミュアはもう一度頭を下げると、アノールドの顔を見つめる。


「おじさん、試練でね、お父さんとお母さんに会ったよ」
「……へ? ギンにか? ど、どういうことだ?」
「うん、詳しくはあとでお話するね。ところでヒイロさんは? まだ世界を飛び回っているとか?」


 その瞬間、その場にいる者たちの表情に陰りが帯びる。


「……? おじさん? ミュアちゃん?」


 そこへミミルが《ボンドリング》を見せる。


「実はですね、何度もヒイロさまに呼びかけているのですが、一向に連絡が取れないのです」
「……連絡が取れない? 《ボンドリング》でも?」男根増長素
「はい……」


 それはおかしな話だった。《ボンドリング》は、同じものを身に着けている者が、どれだけ遠く離れていても心の中で会話ができる代物。


 それは日色が元の世界に戻っても会話できたことで証明されている。この世界にいるのなら、確実にコンタクトは取れるはずなのだ。


「他国にも連絡を取ってみたんだがな」
「お師匠様……」


 ララシークが白衣の左手をポケットに突っ込み、右手に持った酒を呑みながら答える。


「ジュドム、レオウード、イヴェアム。それぞれの王に確認してみたが、すでにヒイロは国を出たって言った。つまりここに向かっていたはずだ」
「な、ならどうしてまだ帰ってきてないんですか? 王たちに確かめたのはいつですか?」
「昨日だ。二日も帰ってこねえから、一応ミミル様に連絡を取ってもらったんだが反応がない。だから王たちにも連絡を取ってみたが……」
「つまり二十四時間、ヒイロさんの行方が分からない?」
「そういうこった」
「そんな……」


 自分が試練を乗り越えたことを、彼にも伝えたかった。そして褒めてほしかった。よくやったなと頭を撫でてほしかった。
 それなのに彼がいない……。しかも行方不明状態。


「何か手掛かりは無いんですか?」
「あったとしても、俺たちはこっから動くわけにはいかねえ。それに今、ウイたちが探し回ってくれてる」
「ウイさんたちが?」
「ああ、ヒイロに送られてきたんだ。リリィンとシウバ、ウイとクゼル、そしてシャモエとミカヅキだ。シャモエとミカヅキは、ドウルの手伝いをしてるが、他の連中はヒイロの手掛かりを探し回ってる」
「……ニッキちゃんは?」
「アイツもな。一応止めたんだが、聞かなくてよ。真っ先に飛び出しちまった」
「そんな!? ニッキちゃんは《不明の領域者レベル・エラー》の因子を持ってないんじゃないの? 危険だよ!」
「そう言ったんだがな。気がつけばいなくなってた。まあ、傍には『精霊』のヒメもいるから迷ったりすることはないだろうけどさ」
「そうだ! テンさんならすぐにヒイロさんのとこへ転移できるでしょ!」
「それが……なぁ」


 アノールドたちの視線がテーブルへと向く。そこには見覚えのある武器が置いてあった。


「それってヒイロさんの!?」


 そう、《絶刀・ザンゲキ》である。


「《ボンドリング》が反応しなくなって、王たちに確認を取ったあと、ここへテンがその刀を持って現れたんだ」男宝
「テ、テンさんが?」
「ああ、刀は【魔国・ハーオス】からかなり離れた草原に落ちてたそうだ」
「どうしてそんなところに?」
「さあな。アイツなら転移してすぐにここへ来れたはずなのに、何でそこに刀だけがあったのかまったく分からねえ。考えられるのは、そこを通過している時に何者かに襲われた……ってとこだろうが」


 日色がそう簡単に捕らえられるわけがない。彼は言ってみれば世界最強の力を持っている存在なのだから。


「ただ、そこには戦闘の跡とかも一切なかったらしい。テンは今頃、その周辺を探してると思うが、帰ってこねえところを見ると、まだ見つかってねえみてえなんだ」
「あ~あ、せっかくアレも完成したってのによぉ。主役がいなきゃ、動かせねえじゃねえか」


 ララシークの舌打ちが、静寂が広がっている室内に響く。


「ヒイロさんに……何があったの……?」


 誰にも分からない呟きをミュアは漏らす。空気が重く誰も口を開かない。


 そんな中、一人の人物が空気を割る。


「ふわぁ~…………ん? あれ? みんなどうしたの?」


 暢気に寝ていたノアが、まだ寝足りなさそうな表情で首を傾げている。


「はぁ。お前はいい加減に空気を読む修練が必要だな」
「はい? ねえスー」
「何だ?」
「お腹減ったんだけど」


 大きなスーの溜め息が零れ出る。


「おいノア。お前のお気に入りであるヒイロ・オカムラが消息を絶ったぞ?」
「…………えっ!? もしかして一人だけで『神族ゴドス』んとこに行ったの? ズルいよ! おれだって戦いたいのに!」
「それならばまだ良かったのだが、事態はお前が思っているより困窮を極めているようだぞ」
「……? どういうこと?」


 スーが今までの話を掻い摘んで彼に教えた。三体牛鞭


「ふぅん、大丈夫でしょ?」
「え? ど、どうして大丈夫なんて分かるんですか?」


 ミュアがノアの言葉に喰いつく。


「だってさぁ、あのヒイロだよ? おれと対等に戦えるアイツが、誰かにやられるわけないし。やるならおれがやるし。だからそのうちひょっこり出てくるんじゃないの? ねえスー、そんなしょうもないことよりお腹減ったってば」
「分かった分かった。なら厨房に行くぞ」
「ほいほ~い」


 ノアは愉快気にスーと一緒に部屋から出て行く。


「すまんかったのう、ミュア。あやつは昔から空気を読めん奴なんじゃて」


 ドゥラキンの謝罪。


「い、いいえ。でも少し元気が出ました」
「ほ? それまた何でじゃて?」
「確かにノアさんの言葉は軽いように感じられましたけど、あれってヒイロさんを信じてるってことじゃないですか」


 ミュアの言葉にミミルたちもハッとなり目を見開く。


「ずっと傍にいたわたしたちよりも、誰よりもノアさんはヒイロさんの強さを信じているんです。何か悔しいです……ノアさんに負けた感じで」
「ミ、ミミルも……悔しいです。ヒイロさまへの想いが負けたようで」
「うん。だから信じようよミミルちゃん! きっとヒイロさんは無事。ノアさんの言う通り、そのうち何事もなかった感じで戻ってくるはずだから!」
「はい! ヒイロさまは誰よりも逞しく、誰よりもお強い方です。必ずまた、ミミルたちのもとへと帰ってきてくれるはずですね!」


 二人の言葉に、周りの大人たちも幾分と表情がスッキリしているように見える。


「だな。師匠、こうなったらアイツが帰って来るまで、アレを強化させましょう!」
「変にやる気じゃねえか、アノールド」
「俺だってあのバカを信じてますから!」
「なるほど。どいつもこいつも、アイツに首ったけってわけか。いいだろう、やれることはやり尽くしてやる。行くぞ、バカ弟子」
「はい!」


 アノールドとララシークが地下空洞へと向かった。少し活気づいた様子に、ミュアはホッと肩を撫で下ろしていた。


(ヒイロさん、信じて待っていますから。必ず無事に帰ってきてください)SEX DROPS

2015年3月23日星期一

どっちを選ぶ?

――さて、どうしたもんか。
 ラナ村とやらに辿り着き、何か手がかりはないかと探し始めてしばらく。
 小さな宿や酒場で話を聞いたりしたのだが、特に有力な情報は無かった。

 だが、村に入って二分で幼女……いや二刻ほど歩き回った頃に村外れで泣いている女の子を発見したのだ。VIVID XXL
 尋常ではない雰囲気だったため、最低限の事情だけ聞いて現場に駆けつけたところが狙ったようなタイミングだったわけである。
 つい調子に乗って恥ずかしい台詞を口走ってしまったが、場の雰囲気というやつだ。

「よくも……よくも僕の腕をぉぉぉぉ」

 黒ずくめの服装に顔を隠している男……この村に来たのは無駄足ではなかったようだ。
 声からすると領主館を襲撃したあいつら本人じゃない。別の奴か。
 ともあれ詳しい事情は分からないので、こいつは直ぐに黙らせるべきだな。

 残った左腕にナイフを構えた相手へと、俺は容赦無く追撃を開始する。
 ナイフを弾き飛ばし、怯んだ瞬間に軸足となっていた膝部分へと剣の背を叩きつける。

「ぐ……ぁ、お前一体――」

 立つことが困難となった相手が倒れ込むと同時に《地縛錠(アースバインド)》を発動させた。
 これは捕縛用に開発した土魔法であるが、文字通り相手を土の鎖で縛りつけておくものだ。
 素早い相手を捕えることは困難だが、捕えてしまえばちょっとやそっとでは抜け出せない。
 イメージしたのはドラム缶へコンクリ詰めにされる可哀想な人達。
 ……ちょっと怖い魔法である。

 なおも騒ごうとする男を肉体言語で大人しくさせた後、俺は満身創痍の少年に治癒魔法を施して事情を聞くことにした。
 ちなみに捕えた男の方も右手首の出血だけは止めてやった。後で色々と情報を訊き出す必要もあるので、死なれたら困る。

 ――ふむ……ロイの話だと、まだこいつらの仲間が一人いるらしい。

「じゃあ、まずはそっちを片づけないとな。にしても……下手に助けようとしたら子供達に何されるか分かんないな……」

 相手は一人、か。
 それなら、ほんのちょっと油断させれば何とかなるか。

「ロイ君、ちょっと手伝ってくれないか?」
「え、お……ボクで何かお手伝いできることがあれば」
「よし。じゃあ、そこに転がっている奴の服を……脱がそう」
「は、はい……でもどうするんですか?」
「まあ……ものすごーく古典的な手だけど、ね」



「――本当に、ありがとうございました。何とお礼を言ってよいか」

 俺に礼の言葉を述べたのはエレノアさんである。孤児院の子供達の面倒をみている女性だそうだ。
 結果として、俺の試みはとても上手くいったといえる。
 奪い取った覆面や黒マントで変装して油断させる――声や雰囲気、仕草ですぐにバレてしまうだろうとは思ったが、一定距離まで近づいてしまえば後は楽勝だった。
 ボッコボコにした後、もう一人も下種野郎と仲良く《地縛錠(アースバインド)》でぐるぐる巻きにさせてもらっている。CROWN 3000

「お兄ちゃん、ホントにありがとう。あの……あたしにできることなら何でもしますから」
「それならミニィが笑えばいいんだよ。あん時のセイジさんの言葉、格好良かったなぁ。えっと……依頼報酬はぷらいすれす……? ミニィのえがおが――」

 やめろぉぉぉぉぉぉっ! エレノアさんみたいな大人の美人さんがいる場所で繰り返すんじゃないよ、この子は。

「ロイ君。あれはあの場の雰囲気というかね……」
「こう、ですか?」

 ミニィがよく分からないままに、俺の前でとびっきりの笑顔を披露してくれる。
 あ……うん。これが報酬で結構でございます。

 とまあそんなやり取りも楽しいのだが、そろそろ真面目な話をしなければなるまい。
 エレノアさんに真剣な顔で向き直ると、あちらも軽く頷いて子供達に寝室へ行っておくように促してくれた。

「子供に聞かせるような話では、ないのでしょう?」
「そうですね」

 俺はある程度こちらの事情を話した後、エレノアさんからも襲撃された件についてを訊く。
 ……なるほど。推測するに、この人達は誰かを脅迫するために人質にされたっぽいな。
 隊長と思われる奴が領主館で遭遇したアイツだったとすると、脅迫されたのはやっぱり……

「あの、エレノアさんはロギンスっていう人物を知ってますか?」
「ロギンス……いえ、知り合いにそんな名前の人はおりませんが」

 あれ、違うのか?

「じゃあ、子供達の関係者でそんな名前の人とか?」
「いえ、ここの子供達に身寄りは居ないはずですし……」

 どういうことだってばよ。いや待て。

「この孤児院に行商人が訪れたことは? 花と一緒にお金が届いたり……」
「ええ、それならあります。決まった時期に孤児院へ寄付と一緒に花を添えて行商人の方が」
「送り主って分かりますか」
「それが……全く心当たりも無く」
「ちょっと見せてもらっても?」

 その言葉に、エレノアさんが棚にしまってあった袋を持って来てくれる。
 そこには俺の期待通り、萎れかけてはいるがフィリアの花が添えてあった。

「これってやっぱり、ロギンスさんがフィリアの花を――?」

 俺の独り言に対し、エレノアさんが何かを思い出したように反応する。

「そうだったわ。これフィリアの花よっ……懐かしいなぁ、姉さんがハシャいでたっけ」
「エレノアさんのお姉さん……ですか?」
「本当の姉ではないのですが、この孤児院で一緒に育ったもので姉のように慕っていたんですよ」
「……お名前は?」
「――フィリア姉さんです。メルベイルの領主様と結婚したんですがもう十年以上前に亡くなりました。ああ、もしかしたらこの寄付金は亡き姉と関係のあったどなたかが送ってくれていたのかもしれませんね」

 マジか!? フィリアさんってここの孤児院出身だったの?
 館に居たお喋りメイドさん曰く、フィリアさんも元々はメイドだったって話してたから奉公先で見初められたってことか。魔鬼天使性欲粉

 ……え、でもなんでそれでロギンスさんが孤児院に寄付を送るわけ?
 仮にこの寄付を送ってたのが本当にロギンスさんだったとして、フィリアさんとロギンスさんってどういう関係よ。
 フィリアさんを姉のように慕っていたエレノアさんが人質にされて脅迫……? それって成り立つの?
 え……ちょっ……いや、まさか。
 俺ってば、随分と下世話な想像を頭の中で考えてしまっているのだが。

 ――もしや二人はそういう関係だったのか?

 だとすれば、それとなく辻褄が合いそうな気はしないでもない。仕える資格が無いとか言ってた意味深な言葉も分かるような気がするぞ。

 許されざる恋をした二人。
 執事として愛した女性の娘を見守ることを決意。
 そして愛した女性が育った孤児院へと寄付を。
 確かに、アルベルトさんに仕える資格という意味ではちょっとこれは……無いな。

 ――って、馬鹿か俺はっ!
 さすがに色々と強引過ぎるだろ。それだと襲撃してきたセルディオがロギンスさんと知り合いっぽかったのが説明できないし。昼ドラじゃねぇんだよ。
 思いきりテーブルに頭を打ちつけた俺を見て、エレノアさんが驚きの声を上げた。

「すいません。ちょっと妄想癖がありまして、気にしないでください」

 改めて思考を再開するが、結局真相なんてものは本人から聞かないと分からないし、そこは重要ではない。
 重要なのはロギンスさんが脅迫されていたであろう可能性が高いこと、そして人質となっていた人達を解放することができたこと……この二点だ。
 それ以上のことはここで考えるべきではないし、情報不足だろう。



 さて――エレノアさんからの話で分かったのはそんなところなわけで。
 次は最も重要な……マリータがどこに連れて行かれたのか、だ。
 ここに居ないのだから、どこか別の場所に監禁されているんだろう。

 尋問するため、俺は土の鎖でぐるぐる巻きにしている二人に近づく。
 そもそも、こいつらがペラペラと喋ってくれれば何も問題は無いのだ。ロギンスさんのことについても確信が持てる。
 が、さっきも少し話をしようとしたのだが、一向に何も話そうとしやがらない。
 黙秘権を行使してそれっきりだ。
 こんな生意気な犯人へは拷問するなり首を斬り落とすなり然るべき処置が適当なのだろうが、生憎と俺は拷問なんてしたことはない。それなりの訓練を積んでるだろう奴らの口を割らせることは難しそうだ。
 せっかくの手がかりを殺すのは問題外。
 大人しくメルベイルに連行するしかないか……

「何か話す気になりました? そうすれば切断された手首をくっつける……努力ぐらいはしてあげますけど」

 さすがに千切れた手首が治癒魔法でくっつくかは分からないが、やってみる価値はありそうだ。

「……お前が斬り落としたんだろうが」
「そう言われちゃうとそうなんですけどね」

 ……人間を斬ったのは初めてだ。思い出すと少しばかり気持ち悪い感覚が手を伝ってくるような錯覚に襲われる。
 だがあの状況だと四の五の言っている余裕は無かったし、後悔や罪悪感はあまり無い。

 他に何か利用できるものはないかと、覆面を剥いである二人へと意識を集中させることにする。それぞれ適当な武芸スキルを所持しているが、興味を惹くのは目つきの悪い男――下種野郎が所持している《モンスターテイムLv2(14/50)》だ。
 是非とも盗っておきたいが、緊迫した状況のため残り回数は温存しておくべきだろうか。

 しかし魔物が仲間になるとか、これはもうワクワクである。魔族のアルバが従えていたグリフォンなんかも格好良かったし。
 将来的には仲間にした魔物を盗賊の神技を駆使することで強化し、最強のモンスター軍団で世界を我が手に――D8媚薬
 待った……それはもはや魔王じゃないか。いかんいかん。
 今はそんな妄想をしてる場合じゃない。
 いや……待てよ。そういえば――

「ロイ君から聞きましたけど……あなたロイ君達に嘘ついたそうですね。逃げろって言った後に殺そうとしたとか」

 下種野郎の横で、もう一人の男がわずかに身じろぎした。

「まあ別にそれ自体は追及しませんよ。用済みになった皆を秘密裏に始末しろとか隊長さんに言われたのかもしれないですし……そうじゃないかもしれない。ところでそういった連絡ってどのようにやり取りしてたんですかね? エレノアさんの話だと時折大型の鳥みたいなのが飛んで来てたらしいですけど」
「……あいつから辿ろうとしても無駄だ。あいつは僕の言うことしか聞かない」

 おお、良い反応するじゃないか。

「ロイ君のことをペットの餌にしてやるとか言ったそうですね。もしかしてペットってその鳥のことですか?」
「だったら何だ」
「今ここへ呼んでくれませんか?」
「断る。大方あいつを利用して僕から情報を訊き出すつもりだろうが――」
「誓ってそのペットさんに手荒な真似はしませんよ。まあ襲ってきたら話は別ですけど」

 言って、俺は鞘から剣を抜いて下種野郎の喉元へと突きつける。

「それに――あなたから情報を訊き出すつもりならあなた自身を拷問しますよ。俺は拷問なんてしたことないので手元が狂う可能性は大ですが。正直なところ二人も要らないんですよね。メルベイルに連行するのも手間ですし……ここで数を減らすのも一興です」
「……いいだろう。どうせ無駄だからな」

 できるだけ感情を込めずに淡々と告げるなど、拙いなりに頑張ったつもりである。
 が、何より相手が折れたのはペットが自分にしか懐かないと信じているからだろう。
 それにしても子供達が寝室へ引っ込んでいて幸いだった。こんな酷いことをしてる現場は知り合いや子供に見られたくない。
 エレノアさんは今の光景を見ていたわけだが、彼女ならこれが俺の精一杯の演技だと理解してくれ――

「セイジさん……割りと怖い人なんですね」

 はい、誤解されました~。



 拘束している二人を孤児院の外へと引っ張り出し、下種野郎にペットとやらを呼ばせることに。
 しばらく経った後――夜の闇の中から風切り音が響き、やや大きめの鳥が降り立った。
《ブラッドレーベン》――鳥のようだが、闇に溶けるような黒い羽に嘴の内部にはギザギザの鋭い歯が見え隠れしている。思った通り魔物の一種だ。
 大したスキルは持ってないが、そこは問題ではない。

 黒鳥が縛られている下種野郎の肩へと飛び乗ったところで俺は手を近づけてみる。
 途端、グギャアという鳴き声を上げて指を喰い千切られそうになった。

「くひゃはは。だから言ったろ。僕の言うことしか聞かないんだ」

 なるほどね。いやはやモンスターテイムってのは凄いもんだ。

 ――良いものを視させてもらったよ。

 さて、物は試しだ。アリ王 蟻王 ANT KING
 俺は下種野郎の右手首を掴み取る。

「なんのつもりだ」
「……いえ、我ながら遠慮なく斬ったものだなぁと」

 愛想笑いを浮かべつつ、俺は身体を伝わってくる充足感を味わった。
 成功である。
《モンスターテイム》――特定の魔物と意思の疎通が可能になる、か……ワクワクするが今は落ち着け俺。

 このスキルがどのように実感できるのか不明だったが、すぐに効果は表れた。
 下種野郎の肩に乗っている黒鳥が急に戸惑い出した――いや、それを外見から感じ取ることはできないが、戸惑っているのが俺に伝わって来るのだ。

 外見的に焦りが見られたのは、下種野郎の方である。

「なん……だ。そんな馬鹿なっ! 何か言ってくれ。どうしたんだよ!?」

 スキルを失って意思疎通が不可能になったのだろう。必死に呼びかけても何も感じることができなくなったことで軽くパニック状態だ。

「随分と大きな口を叩いてましたけど――」

 革袋から干し肉を取り出し、黒鳥に向かって優しく手招きする。
 ――微かな逡巡の後、翼をはためかせて黒鳥は静かに俺の肩へと舞い降りた。
 さすがに、これはダリオさんの特製干し肉のおかげではなくスキルの恩恵だと思いたい。でないとダリオさんが最強じゃんか。

「――どうやら、こいつは俺を選んだようですよ」
「ふっ……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! そいつは僕のだ。なんでお前なんかにっ!」

 俺が黒鳥の頭を撫でてやるのを見て、下種野郎が発狂したように喚く。
 ちょっと悪い気もするが……悪人に人権は必要無いという考え方に概ね賛成であるからして、無視することに努める。
 五月蝿いので《地縛錠(アースバインド)》を強めにかけ直して圧迫してやるとクタリと大人しくなった。

 ともあれ、これで黒鳥に案内させてマリータが監禁されてる場所へ辿り着けるってわけだ。成功するか不安だったが上手くいって良かった。
 しかし……さすがに俺一人で特攻をかけるというのは無理があるか。
 こいつらも引き渡す必要があるし、一度メルベイルに戻ってアルベルトさんに協力を願おう。

 ――捕えた二人は村で借りた馬に乗せて運ぶこととして、エレノアさん達に別れを告げてすぐさま村を出ることにした。

「孤児院が襲撃された件についてはアルベルトさんに報告しておきますね。あと……今回の件が落ち着くまでは安全な場所に避難した方がいいかもしれませんよ。まだ安心はできないですから」
「……そうですね。セイジさんもお気をつけて。助けていただき本当にありがとうございました」

 俺はルークの背に跨り、肩に黒鳥を乗せた状態で手綱を握る。
 ルークが「クォォ」と鳴き声を上げたため、耳を傾けてみると……やはり何を言いたいのかが伝わってきた。
 対話しようという意思を持つ魔物となら、話すことができるのだろうか……?

「――え? ……いやそういうわけじゃなくて――これは必要だったからで――いつも感謝してるよホントに――うん……うん」

 ちょっと驚きだ。唐伯虎

「ルーク、お前……メスだったんだ――……」

2015年3月19日星期四

また一歩強くなる

制裁を終え、スッキリした俺は通路から広間へ戻った。
 ちなみにゴラオンはボロ雑巾の様にして放置して来たが、もはやあいつに戦闘をする体力も意志すらも無い。驚異的な回復力も完全に消え、トラウマをしっかりと植え込んでやったので襲われる心配は無いだろう。たとえ回復しても襲えれば……だがな。精力剤

 広間に戻ってすぐに人質にされた貴族を発見した。未だに気絶しているが、確かハルトとメルルーサだったか? 二人以外の反応が無いが、連れていた仲間は犠牲となったのだろう。何にしろ、殺人鬼と遭遇して生き延びたのは運が良かったと言える。
 『サーチ』で調べてみればこちらに向かう数十の反応を捉えたので、おそらくヴィル先生が手配した警備隊に違いない。彼等によって救助されるだろうから、壁際に並べておいた。

 更に倒した三人の様子も確認しておいた。
 金狼とドワーフはすでに事切れていたが、罪悪感など微塵も湧かない。散々人を殺してきたんだ、殺されて当然だしこれも因果応報である。
 人を殺したならば、自分も殺される覚悟を持っておけ……と、前世の弟子達に言ったが、今の弟子達にはまだ言っていない。目の前で堂々と殺したし、近々伝えなければなるまい。
 人族の男だけは生きていたが、こいつは警備隊に連行してもらって色々吐いてもらおう。実はゴラオンだが……拷問をやり過ぎてしまってまともに証言出来るか怪しいのだ。こいつに代わりを務めてもらおうと思う。
 縛る物を探せば男から血染めのロープが見つかったので、大きく弓なりにそらしたポーズで硬く縛っておいた。奴らが遊び道具として使ってた物で自分が縛られるはめになるとは、何て間抜けな話だろうか。

 残りの死体や後の処置は全て丸投げしよう。
 やれる事を終え、俺は弟子達の元へ向かった。

「シリウス様!」
「シリウスさん!」

 弟子達の元へ戻ればエミリアとリースが迎えてくれたが、レウスは意識を失っているようで倒れたままだ。

「血が付いていますよ! どこか怪我をしたんですか?」
「これは奴らの返り血だよ。俺に怪我はないから安心してくれ」
「終ったのですか?」
「ああ、全部終ったぞ。ところでレウスは大丈夫か?」
「先ほどまで起きていたのですが、安心して意識を失っただけです。ここで出来る応急処置は済みましたので、後はゆっくりと休ませれば大丈夫かと」

 レウスに触れて『スキャン』を使えば、罅割れた肋骨が大分修復されていた。短時間かつ少ない魔力でここまでやれるとは、彼女の治療に関する才能は本当に素晴らしい。

「そうか。疲れているところ悪いが急いで迷宮を出よう。リースは歩けるか?」
「大丈夫です、歩くぐらいなら出来ます」
「よし。エミリア、負ぶってあげるからローブを返してくれ」
「……もう少しだけ」
「いやいや、いいから返しなさい。返り血の付いたこの服じゃ帰れないだろうが」
「……はい」

 何でそんな残念そうに返すのか? 走り回って埃とかくっ付いたローブなんて汚いだけだろうに。

 レウスを胸元で抱え、エミリアは『ストリング』で支えながら背負い俺達は歩き出した。俺が来た道から帰ると、こちらに向かっている警備員に鉢合わせするので別の道を選ぶ。

「シリウスさん、貴族のお二人は?」
「もうすぐ警備員の人達が来るから安心しなさい。俺達は見つかる前に逃げるべきだ」
「逃げるって、私たちも保護してもらった方が」
「奴らをどう倒したか説明するのがちょっとね。俺達は殺人鬼と出会い、ボロボロになりながらも逃げた。そして殺人鬼は何者かにやられた……それでいいんだよ」

 殺人鬼を倒したなんて広まれば面倒な事になるのは確実だ。俺達が黙っていれば証拠も無いし、自然と闇に隠れてしまうだろう。
 あ、でも縛った男がいたな。ゴラオンは放っておいても大丈夫だが、あいつが何か余計な事を自供するかもしれない。
 でもまあ……いいか。子供が大人四人相手に勝ったなんて信じられないだろうし、あいつも子供相手に負けたなんてプライドが邪魔して言わないだろう。それでも自供したら白を切ればいい。


 しばらく俺達は無言で歩き続けた。ゆっくりであるがリースは確かな足取りで歩いているし、背中のエミリアが時折俺の後頭部に頬を擦り付けてくるのでくすぐったい。
 そして五階まで戻った所で、リースが申し訳無さそうに口を開いた。

「あの……重くありませんか? 私も少し楽になったので、エミリアに肩を貸すくらいなら出来ますよ」
「そうだな、確かに重い。だがこれは命の重さなんだ。二人が生きている証拠だから、しっかり感じていたいんだ」

 今日は久しぶりに切れてしまった。
 俺が切れた時は相手の命を奪う事であり、すでに慣れてはいるが気分が良いものではない。そんな時に弟子達と触れ合うと落ち着くのだ。こうやって手や背中から弟子達の鼓動を感じると、生きていて良かったと安心できる。
 そしてエミリアよ、感極まったのかは知らんが肩を噛むのを止めなさい。その行動に困っているとリースが裾を引っ張ってきたので振り向けば、思いつめた表情のリースがこちらを見つめていた。

「どうして……どうして、そんなに強くいられるんですか? 人を殺してしまったのに」
「わかったのか?」
「水の精霊が教えてくれたんです。あの狼の人とドワーフの人はもう……助からないって」
「……そうか。人を殺した俺が怖いか?」
「……わからないんです。シリウスさんは私達を守る為に戦ったのに、感謝するべきなのに……どうしたらいいのか」

 引っ張っていた袖を強く握り、リースは酷く葛藤していた。
 掛けるべき言葉を考えていると、エミリアが手を伸ばしてリースの肩に手を置いた。

「ねえリース、深く考える必要は無いの。貴方はシリウス様と一緒なのよ?」
「一緒!? そんなわけ無い! 私は自分や皆が殺されそうになっても、人を殺せない臆病者なんだよ!」

 そして彼女は吐き出すように状況を語った。
 戦うと言いながら、ゴラオンを前に躊躇してしまった事。
 それが原因でエミリアを傷つけてしまった事。
 懺悔するように捲くし立て、彼女は荒い息をついていた。

「だから……私はシリウスさんと一緒なんかじゃない。ただの……臆病者だから」
「だったらリースは何で逃げなかったの? 私達と戦うって何で言ってくれたの?」
「それは、貴方とレウス君が大切で、その……家族みたいだから」
「シリウス様、もし強敵に出会って私達が逃げてほしいと言ったら、どうしますか?」
「逃げるわけないだろう。一緒に戦うに決まっている」媚薬
「ほら一緒。シリウス様はリースの先を歩いているだけで、根本は一緒なんだよ」
「でも……」
「あのなリース、臆病者でいいんだよ。俺は結果的にそうなっただけで、そもそも人を簡単に殺しちゃ困る」

 将来、リースが笑いながら人を殺すようになったら、俺は途方も無くへこむだろう。
 彼女は人を癒して笑顔でいるのが一番似合う女の子だ。俺達の中で一番まともな常識人だし、変わってほしくない。

「俺はあいつらの命よりお前達が大事なだけだ。そしてあいつらは人の命を奪うのを楽しむ殺人鬼だったから、躊躇なく殺しただけに過ぎない。それでも、こんな俺を許せないなら弟子を辞めても構わないぞ。俺に止める権利はないからな」
「それは……嫌……です。皆の隣は居心地が良すぎて離れたく……ない。だけど……またあんな事があったら、私は迷いなく出来るかな……って」

 そうか、俺が怖いとかそうじゃなく、彼女はきっと不甲斐なかった自分が許せないのだ。人を殺しても、迷い無く進む俺が眩しく見えて仕方ないのかもしれない。

「リース、君は俺じゃない。俺の真似をしてもしょうがないんだ。リースにはリースの道がある。そうだろう?」
「っ!? ですが、私はどうすれば?」
「それは俺や他人が決めるものじゃない。だから悩め。他人に相談してもいいが、答えは絶対自分で見つけるんだ。そうすれば後悔しても、真っ直ぐ歩いていける」
「……出来るでしょうか?」
「ああ、リースなら出来るさ。それにお前にはエミリアや俺達がいるんだ。間違っていたら、違うぞっていくらでも言ってやるさ」
「……ありがとう」

 リースは俺の肩に頭を押しつけて静かに涙した。
 本当なら胸とか貸してやるべきだろうが、二人を抱えた状態じゃあ無理だ。早いところ迷宮を出たいところだが、彼女が落ち着くまで待機するしかないか。

「ひりうふふぁま、ふぁふがふぇす!」
「エミリアよ、肩に噛み付きながら喋るのは止めなさい」
「ぐすっ……ふふ、甘えたいんですよ、きっと」

 今度から背負うのをやめよう。いつか肩が食い千切られそうだ。




 ようやく迷宮を出れば、迷宮前は人でごった返していた。
 そのほとんどが武装した警備員で、入口全てに進入禁止のロープが張られ、間違って入らないように数人が見張っていた。
 当然、そんな中で俺達が迷宮から出てくれば目立つ。しかも怪我人を抱えているのだから、一体何事かと思うだろう。

「シリウス君!」

 全員の視線を集める中、人混みからマグナ先生が飛び出し俺の前へやってきた。

「無事ー……ではなさそうですね。状況を説明していただけますか?」
「その前にレウスとエミリアをお願いします。応急処置はしましたが、怪我をしていますので」
「わかりました、すぐに学校の治療室に運びましょう。そこの君、担架を用意してください」

 マグナ先生の指示で持ってきた担架にレウスを乗せ、続いてエミリアも乗せようと背中から降ろそうとするが、彼女は俺の首にしがみついて降りるのを拒否した。

「エミリア、降りなさい」
「もう少しだけ」
「駄目だ。お前は怪我人なんだ、ちゃんとした治療を受けてきなさい」
「でも……」
「聞き分けの悪い子は嫌いだぞ」
「降ります!」
「こら、ゆっくり降りなさい」

 慌てて降りようとするので、頭を揺らさないように降ろすのも一苦労だった。担架に乗せると切なそうな目を向けてきたので、頭を撫でてやりつつ言った。

「後でお見舞いに行くからな。ゆっくり休んでいるんだぞ」
「はい」
「リース、ここは俺が説明するから君も一緒に行ってほしい。君だって疲れているだろう?」
「わかりました。何だかあの子見ていないと不安ですし」

 リースは苦笑しつつ、学校の治療室に運ばれる二人について行った。
 ふう、これで一安心だな。安堵の息を吐きながら二人を見送っていると、マグナ先生が笑いながら隣に立った。

「エミリア君のあんな甘えた表情を見たのは初めてですね」
「見なかった事にしてやってください」
「子供らしくとても良い表情でしたけどね。それで、説明をお願いしてもよろしいですか?」
「わかりました。あの後私はすぐに迷宮へ飛び込み、そして九階へ辿り着いた時に鮮血のドラゴンと出会いました」

 マグナ先生には、戻ってくる前に考えていた嘘の説明をした。
 鮮血のドラゴンに出会ったが、すでに彼等は無力化されていて、九階には激しい戦闘の跡が残っていた。
 調べている内に生きていた弟子達を発見し、怪我の治療の為に急いで戻ってきた……と言う内容だ。

「無力化……ですか。何が起こったのか彼女達は知っているのですか?」
「鮮血のドラゴン達と遭遇し戦ったそうですが、全員やられて気絶してしまったそうです。そして気がついたら無力化されていたと」
「ふむ、原因はわからずですか。警備隊に続いて調査隊も送りますので、その調査待ちですね。他に何か伝えることはありますか?」
「貴族のハルトとメルルーサも無事でしたが、従者の人達は……」
「そう……ですか。二人が無事なのは喜ばしい事なのでしょうが、犠牲となった生徒は非常に残念です。申し訳ありませんが、学校に戻ったらヴィル先生にも報告してもらえませんか? おそらく私の職員室にいる筈です」
「今の話をヴィル先生にすればいいんですね?」
「はい。本当なら私が行きたいところですが、ここの調査がありますので離れられません。ですので、現場を見たシリウス君に直接説明してもらいたいのです」
「わかりました、俺も聞きたい事があるので言ってきます」
「ええ、よろしくお願いします」

 調査隊に指示を飛ばし始めたマグナ先生を背に、俺は弟子達を追う様に学校へ向かって走った。性欲剤


 学校へ戻った俺はすぐにマグナ先生の職員室へ向かった。
 部屋の前に立ちノックしようとするが、する前に扉が開かれヴィル先生が出迎えてくれた。中に招き入れたヴィル先生は自らお茶の準備を始め、ソファーに座る俺の前に置いた。

「マグナ先生程ではありませんが、私も少しは嗜んでいるのですよ。どうでしょうか?」

 少し蒸らしが足りないが、茶葉の味が染み込んでいて美味しかった。それに色々あって喉が渇いていたから丁度良かった。

「……はい、美味しいですよ。それで、私がここへ来たのは迷宮で起こった事の説明ですね?」
「よろしくお願いします」

 それからマグナ先生に話した内容をヴィル先生にも話した。
 だが彼に対してはレウスとエミリアの傷や、鮮血のドラゴン達の生き残りについて詳しく説明しておいた。
 一通り説明を終えると、ヴィル先生はこちらが何か言う前に頭を下げてきたのだ。

「まずは謝罪をしましょう。先ほど調べた結果、今回の殺人鬼達を手引きしたのはグレゴリと判明しました。我々、学校の先生によって貴方の弟子達を傷つけてしまい、大変申し訳ない」
「……そのグレゴリはどこへ?」
「学校に姿は無く、すでに彼の家にも警備隊を送っております。捕まるのも時間の問題ですので、私達にお任せください」
「任せて……いいんですね?」
「この様な事を仕出かしましたが、腐っても上位貴族なのです。貴方が下手に手を出せば庇いきれない可能性もあるので……堪えてください」
「わかりました」

 終ったらすぐにでもグレゴリの職員室へ突撃しようと思っていたが、そこまで言われたら仕方あるまい。手を下すのはやめておこう。
 初めてみるヴィル先生の怒りの表情も、俺が止めようと思った一つの要因だ。

「我々も限界を超えました。その生き延びた鮮血のドラゴンの二人を尋問し、グレゴリを吊るし上げる証拠を得ねばなりません。彼はもはや先生ではなく犯罪者ですから」

 偉そうに先生していた人が、僅か一日で犯罪者へ転落か。獣人は愚かとか呟いていた本人が一番愚かだったな。

「説明ありがとうございました。何かありましたら報告しますので、今日はこの辺にしておきましょう」
「はい。弟子達の様子が気になりますので助かります」
「本当に大切にしているのですね」
「そうですね、大事な俺の弟子ですから」

 軽く笑みを向けて俺は職員室から退室した。


 治療室へ顔を出したが、エミリアとレウスはすでに処置を終えて各病室のベッドに運ばれたそうなので、俺は教えてもらった扉をノックした。

「はーい……あ、シリウスさん」

 扉を開けてくれたのはリースで、俺の姿を確認するなり笑顔を向けてくれた。

「様子を見に来たんだが、入って大丈夫かな?」
「はい、大丈夫ですよ。エミリア、シリウスさんが来たよ」
「本当ですか!?」

 声質からして、エミリアはほとんど回復したようだ。俺が部屋に入ると、ベッドに座ったエミリアが満面の笑みで迎えてくれた。

「調子はどうだ?」
「まだ少し頭がふわふわしていますが、もう大丈夫です」
「そうか。だがそういう油断が一番危ないからな、今日は大人しくここで休むんだぞ」
「そんな! 本日のダイア荘の掃除も終ってませんし、晩御飯の支度もまだー……」

 エミリアがこの世の終りみたいな顔をしているが、頭を撫でてやると少しだけ表情を和らげた。

「掃除も晩御飯も明日には出来るから、今は休みなさい。それとも……命令しないと駄目なのか?」
「……はい、わかりました」

 渋々と言った表情だがエミリアは納得してくれた。その光景を苦笑しながら眺めていたリースは、ドアを開けて部屋を出ようとしていた。

「私、レウス君を見てきますね」

 ごゆっくり……と言わんばかりの笑みでリースは部屋を出て行った。全く、空気を読むのは結構だが最後の笑みはいらんよ。女性用媚薬
 俺とエミリアは二人きりになり、すでに夕方近くなので周囲も人通りが少ない。俺はエミリアの顔を覗き込みつつもう一度頭を撫でた。

「さて……リースは行ったぞ。言いたい事があるんじゃないか?」
「…………シリウス様ぁ!」

 彼女は唐突に表情を歪ませると、俺にタックルする勢いで胸元に飛び込んできた。無理に動くなと言っているのに、仕方がない子だ。

「怖かった……怖かったです! レウスが……まるでお母さんにみたいに前に出て……また、大切な人が居なくなっちゃうって思って……ああぁぁぁ!」

 エミリアが異常に甘えていたのは、この感情を表に出さないように誤魔化していただけなのだ。
 目の前で親を失った光景は、彼女にとって未だに癒えない深い傷である。
 今回それを思い出させる状況になってしまったが、彼女は泣き叫びたくても生き延びる為に必死に耐えていた。
 レウスとリースの前で弱い自分を見せないように我慢し続け、そしてついに二人きりになったところで瓦解したのだ。

「私、シリウス様に二度と会えないと思って……でも二人を支えなきゃって! レウスが無事で良かった! リースが無事で良かった! シリウス様に……また撫でてもらえて……よかったぁ……」

 感情がだだ漏れで放つ彼女の言葉は支離滅裂だ。だがそれでいい。トラウマを刺激されようと、耐え続けた彼女の感情をしっかり受け止めてやらないとな。
 エミリアを包み込むように抱きしめ、ゆっくりと慈しむように撫でてやる。

「よく頑張ったな。二人が無事に済んだのは、エミリアが支えてくれたからだぞ」
「でも私! ずっと倒れてて! レウスが必死に戦うのを見ている事しか出来なくて!」
「それは最初に言ったようにリースを守ったからだろう? こうして皆、無事に帰って来れて俺は嬉しい」
「シリウスさまぁ……私も……です」

 数年前、エミリアの信頼を得た時の夜を思い出す。あの時彼女はただ泣きじゃくり、俺は宥めていただけだった。
 だが今は違う。
 彼女は一頻り泣いた後、涙を拭って俺を見上げてきたのだ。

「今度は……今度こそは……私が守ります。どんな事が起きても跳ね除けるように……強くなります」
「俺の従者をやりつつか? 今まで以上に大変だぞ」
「大変でも私は頑張ります。だって、何も出来ず見ているだけなんて耐えられませんから」

 ……また成長したなエミリア。その力強い眼差しがあればきっと強くなれる。将来が楽しみだ。

「よく言ったエミリア。師匠として嬉しいぞ」
「本当ですか? でしたら、一つお願いがあるんですが」
「何だ? 言ってみなさい」
「もう少しだけ……このままでいいですか?」
「仕方ないな」

 彼女の要望に答え抱きしめたままでいると、彼女は安心した表情で俺に擦り寄ってくる。
 しばらく経つと彼女は穏やかな寝息を立て始めたのでベッドに寝かしつけてやり、俺は静かに部屋を出るのだった。


「あ、シリウスさん。エミリアはどうでしたか?」

 部屋を出てすぐに、レウスの元へ行っていたリースが戻ってきた。手には外で摘んできたと思われる花を持っていて、おそらく見舞い用だろう。

「ああ、彼女はもう大丈夫だ。今は落ち着いてゆっくり寝ているよ」
「良かった。レウスも先ほど目覚めましたし、今から向かえば話が出来ますよ」
「そうだな、俺も少し話をしておこうか。ところでレウスの事を君付けで呼ばないんだな?」
「先程レウスの方から他人行儀で嫌と言われまして。私の方も切っ掛けが掴めなくて、ずっと君付けで呼んでいただけなんです。ですから、今日を切っ掛けに呼び捨てにしようと」
「それだけレウスが心を許したんだ。あいつは敵以外には人懐こそうに話すけど、心から懐いているのは数人しかいないんだ。君はその一人になったんだよ」

 レウスが心から懐いているのは、俺とエミリア、そしてノエルとディーくらいだろうな。そこへ新たにリースが加わったわけだ。
 その話を聞いたリースは笑みを浮かべて嬉しそうにしていた。中絶薬

2015年3月16日星期一

討伐相手を選ぶらしい

ギルドの掲示板には、いつも依頼を書いた紙がこれでもかと言うくらい貼り付けてある。
 ただ、そこに貼られている依頼は、酷く簡単であるか、もしくは依頼の成功失敗を問わない、適当な代物が多いことを知る者は少ない。
 本当に重要な依頼や、難しい依頼を不特定多数の冒険者の目に晒しても、良いことは無いからだ。
 そう言った物は、ギルドが目をつけた、それなりに実力の有る冒険者達にこっそりと回されるものなのだ。
 当然、そう言った依頼は完遂すれば、得られる名声やら報酬は、掲示板に貼られているような依頼とは比べ物にならない。
 とは言っても、そう言った依頼が常に存在しているわけでもないのだが。
 結局、蓮弥はリアリスからの依頼を受けることにした。
 シオン達に相談もしてみたのだが、シオンもローナも詳細は言えないが、色々と忙しく同行はできない、と言う返事だった。
 先日のエルフの国からもたらされた情報により、蓮弥がほぼ壊滅させた森に有る樹林迷宮の出入り口には常時監視の目が付き、近くには急ピッチでそこそこの規模の砦の建設が始まっている。
 兵士も常駐することとなっており、守備隊の編成が急ぎ、行われていると言う噂だ。
 流石に、エルフの国を襲ったような規模の魔物の集団を撃退できるような守備隊など置けるわけもなく、砦は守備力を重視し、非常時には即時逃げ出せるような脱出口がいくつか備え付けられるらしい。
 その関係で、ローナが忙しいのは蓮弥にもなんとなく理解ができる。
 一応僧侶を名乗っているローナであるが、実態は騎士だ。
 最前線に近いククリカの街において、一応は軍事の専門家とも言える。
 そちら方面で引っ張られているのだとしても、別段おかしいことはない。
 反対におかしいのはシオンが忙しいと言うことだった。
 忙しい理由に関して見当がつかないのだ。
 戦力として考えても、一介の剣士であり、なおかつ蓮弥と比べた場合に格段に落ちる実力しか持ち合わせてはいない。新一粒神 蔵八宝 VIVID
 守備隊関係で呼び出されているとは考えにくい。
 考えにくいが、であればなんだと問われると答える術が無い。
 何か問題があれば、そのうち話をしてくる可能性もあるかもしれない、くらいの所で蓮弥はそれについて考えることを止めている。

 「良い、依頼、無いです、ね?」

 掲示板を眺めていたクロワールが言う。
 蓮弥はクロワールを自分が出かける時には可能な限り同行させるようにしていた。
 リアリスがクロワールを見た時の反応からも分かるように、人族はとにかくエルフを見ると驚く。
 これは物珍しさからくる反応なわけだったが、それならば、珍しくない程度に姿を見られるようにしてやれば、一々驚かれることもなくなるだろうと言うのが蓮弥の考えだ。
 しかし、クロワール一人をあちこちにふらつかせるわけにもいかない。
 珍しいと言うのは、希少価値があると言い換えることも出来る。
 ククリカの街の治安状況がどの程度良好なものなのか蓮弥は知らないが、人攫いの類がいないとは言い切れない。
 そしてもしそんな犯罪者達がクロワールの存在を知った場合、一山当てようとクロワールを危険な目にあわせるようなことがあるかもしれない。
 であれば、蓮弥自身がクロワールのガードに当たれるように、自分と一緒に行動させる以外ない。

 「そりゃ、手頃な依頼が適当にごろごろしてるわけもないからなぁ」

 蓮弥がリアリスの依頼を受けることにした理由は一つある。
 それはリアリスが蓮弥に提示した報酬にあった。
 学校の教師になる前は、普通に冒険者として依頼をこなしたりしていたリアリスは、その頃に集めたものと自分の持つ現金ならば、どれでも蓮弥に譲り渡すことを提示したのだ。
 その集めたものに関しては、リアリスは几帳面な性格をしているのか、全てリストアップされていた。
 こんなものがありますよ、とリアリスは持参してきたそのリストを蓮弥に渡したのだが、そのリストを目にした蓮弥は一つ気になる記述を見つけていたのだ。
 それはこう書かれていた。

 <金属製の小箱、色は黒、形は歪で奇妙な装飾が施されている。中身は球状に見える多面体で不揃いな大きさの面を数多く備えている。色は漆黒で赤い線が所々にあり。多面体は金属製らしい帯と七本の支柱によってはこの中に吊り下げられている。用途不明>

 いやまさかね、と言うのが正直な蓮弥の感想だった。
 その記述に該当するものは、何故か知らないが蓮弥の知識の中に一つだけあった。
 見つめることで、異界の光景が心に浮かび上がり、呼んではいけないものを召喚してしまう、アレである。
 しかしこれは元の世界の知識であり、異世界に同じものがあるとは考えにくい。
 それでも、あまりにも似すぎている。
 仮に、違うものならば何の問題も無い。
 だがもし、蓮弥の知識の中にあるものと同じものなのだとしたら。
 一介の冒険者の手にあるには、非常に危険な代物である。
 だからといって、自分の手の中にあれば安全だとも言えないが、少なくともそれがなんであるのか分かっている分、取り扱いに関しては間違いが起きづらいはずだ。
 蓮弥はあまり不自然にならないように、多少の金品と、どうやら魔術工芸品らしいいくつかの品、それとその金属製の小箱を報酬として貰い受けることを条件に、リアリスに依頼を引き受けると告げたのだ。
 もちろん、首尾よく小箱を手に入れた場合、フラウと相談して絶対に人の手が触れないように封印するつもりだ。

 「それにしても、どれくらいの仕事をこなしたらリアリスのご期待に沿えるんだか、そこが良く分からないんだなぁ」

 「冒険者、として、成功した、と、言える、くらいの、お仕事?」

 「まさか、オークの巣辺りに放り込んで、オーク100匹斬りしてきましたーと言った所で笑い話にしかなりそうにないしなぁ……」

 オーク100匹斬りの単語だけ見ると、別な意味に取られるかもしれないしな、とも蓮弥は思う。
 その場合、名声とか実績云々の以前の話になってしまう。

 「基本的に、リアリス、さんに、やらせるの、ですか?」

 「いや、それは無理だろうけど、ある程度は自分で戦ってもらわないと実績ですって言い切れないだろ」

 蓮弥が探して、蓮弥が斬って、リアリスがやりました、と言う話に持っていても、蓮弥自身は全く構わないのだが、何もしていない本人は、おそらくいとも簡単にボロを出すことだろう。
 それならば、多少は自分で戦っていれば、大部分蓮弥が担当しても、私の実績ですと言いやすいだろうと蓮弥は思ったのだ。

 「俺が半殺しにして、トドメだけ刺させてもいいんだけど……それにしたって手頃な魔物って一体なんなんだろうなぁ?」

 「エルフの、話なら、できますが……人の、お話、だと、分からない、です」

 「エルフだと、何を倒すと、凄いなぁって話になるんだ?」

 「マンティコア、ですね」

 マンティコアと言うのは森に住む魔物で、食欲が旺盛な存在だ。
 こうもりの皮膜のような翼に、サソリの毒針の付いた尻尾。
 人面のライオンの身体を持つと言われており、低級ながら魔術も扱う厄介さまで持っている。
 とにかく良く食べる魔物で、獣なりエルフなり、口に入る物なら適当に際限なく食べる魔物なので、害獣扱いで見つけ次第駆逐するようにエルフの間では決められていた。
 これがまた凶暴で手に負えない性格なので、エルフの間ではこのマンティコアを単独撃破すると言うことは非常に誉れ高い行為として称えられるのだとクロワールは説明した。
 エルフ語で。
 共通語での説明は無理だと、あっさり諦めたクロワールだったが、説明が終わった後で蓮弥に弱くではあるがアイアンクローを施されて涙目になる。

 「いきなりエルフ語でまくし立てるな、馬鹿者め」

 「酷い、です。レンヤ、さん……目に、星が、飛んでます」

 「時間経過で治るから心配するな。……しかし、リアリスにマンティコア倒させて、すごいなぁってなるかな……」

 そもそも見つかるんだろうか、と言う心配もある。
 エルフの国には大きな森がいくつもあるので、マンティコア自体はそこそこの頻度で遭遇する魔物らしいが、人族の大陸が同じ状況にあるとは言えない。
 エルフの国に比べればずっと森は少ないし、そういった危険な魔物は、見つけ次第冒険者が派遣されるか、国が討伐隊を送るのが普通なので、見つかりにくい森の奥の方等に潜んでいるからだ。

 「おや、にーちゃん、久しぶりだな。随分と美人さんつれてどーしたい?」

 不意にかけられた声に蓮弥は物思いから醒めて、視線を声の主に向ける。
 そこにいたのは、いかにも叩き上げと言った装備と風貌をした、中年のおっさん、ではなく冒険者であった。
 どこかで見た顔だな、と思った蓮弥はそれが以前、フォレストオクトパスの情報をくれた冒険者であることを思い出して軽く会釈する。
 蓮弥が会釈するより先に、クロワールがにっこり笑って頭を下げた。
 どうやら美人と言う単語に反応したらしい。

 「久しぶり。おっさんはあの森の討伐依頼に参加してなかったのか?」

 「しようとは思ったんだがよ。別件で仕事が入っちまってなぁ、仲間がそっち行くっていうもんだから、参加できなかったのさ。まぁ今にして思えば幸運だったな。あの依頼じゃ参加した奴らがほぼ全滅したって言うしよ」

 「そうか。そう言えばこの間の情報は助かった。確かにあのフォレストオクトパスは美味かったな」

 蓮弥の言葉に、中年の冒険者は少し驚いたような顔をする。

 「生き残ったのってお前だったのか。そりゃすげぇな」

 「幸運だったんだろうさ」

 「全くだなぁ。あの森ほとんど壊滅したって言うしよ。しかもそれが魔族の仕業なんじゃねーかって今、あの辺りに守備隊置いて砦建築してって大騒ぎみてーだしなぁ」

 魔族の仕業と言うことになってるのか、と蓮弥は初めて聞いた情報にちょっとだけ驚く。
 確かに、天災でしたでは説得力に欠けるようだし、蓮弥がやったことにされても、誰も信じないだろう。
 それならば、全部魔族のせい、としておいた方が、楽であるし、信じられやすいと言うことらしい。

 「それでにーちゃん、掲示板の前で難しい顔して一体……って隣の美人さんはエルフかよっ!?」

 ようやくクロワールの耳に気が付いたらしい冒険者が驚きで大きな声を上げた。
 クロワールの笑顔がちょっと困ったようなものへと変化し、蓮弥は一つ溜息をついて冒険者に言う。

 「あんまり大声出さないでやってくれ。怯えられたらかわいそうだろうが」

 「あ、ああ。すまねぇ。俺も長いことこの稼業やってるが、エルフなんて数えるくらいしか見たことがねぇもんでな。お嬢ちゃんも悪かった」

 「いえ、お気に、なさらず」

 「おい、にーちゃん。エルフが共通語しゃべったぞ……?」

 「目下、勉強中だ。心配するな、そのうち珍しさも薄れる」

 「信じられねぇ……明日、街の上から血の雨でも降るんじゃねぇだろうな……」

 どこか呆然と言い放つ冒険者に、蓮弥はダメ元で訪ねてみることにした。

 「ちょっとワケありで、短期間で、それなりの貴族を納得させられるような実績を上げたいって奴がいるんだが」

 「貴族ねぇ。あいつら、何かと難癖つけてきやがるから、納得させるったって難しいんじゃねぇの?」

 「そうだろう事は重々承知の上で。これを討伐すれば、貴族だって文句がつけられないだろうって魔物とかに心当たりはないか?」

 「そうさなぁ……」

 冒険者は自分のアゴに手を当てて暫く考えていたが、やがて考えがまとまったのか口を開く。

 「それだけの実績を作ろうってんなら。雑魚は話しにすらならねぇな。間違いねぇのは魔族を一匹シメちまえばこれ以上はねぇだろうが、あんなもんとヤりあってたら命がいくつあっても足りねぇしよ」

 「ふむ」

 「あとは<隠者の墳墓>がある岩山群の奥の方に生息してるらしいドラゴンくらいじゃねぇかな」

 「え? 隠者の墳墓近くって、そんな近くにドラゴンの住処があるのか?」

 隠者の墳墓がある岩山群は、一度蓮弥も行った事がある。
 距離にして20kmちょっとくらいしか街から離れていない場所だ。
 そんな近くにドラゴンの住処があって良いものなのだろうかと疑問に思う蓮弥だったが冒険者は首を左右に振って蓮弥の言葉を否定した。

 「にーちゃん、自分のいる町の周辺の地理くらいは覚えておくもんだぜ? ドラゴンの住処は岩山郡の奥の方って言ったろ? 岩山郡までは歩いて数時間ってトコだが、そこから岩山の間をさらに1日北に向かって進まねぇと到着しねぇよ。しかも途中にゃ魔物が出るから生半可なことじゃ到着しねぇし。あの辺は亜龍も出るしな」

 「亜龍?」

 「ワイバーンとか岩龍とかさ。ドラゴンよりは弱いが、それでも強敵であることには変わりねぇ」

 「そいつらでもそこそこの実績にはなるのか?」

 「そりゃ、一匹二匹じゃダメだが……数倒せばそれなりの箔は付くだろうぜ」

 「そっか。行けば大体ドラゴンに会える?」

 「まぁほぼ確実だが……にーちゃん、マジで行く気かよ?」

 呆れた顔をする冒険者に、蓮弥は笑顔で答えた。

 「あまり探さずに済む相手みたいだし、討伐無理そうなら、その亜龍辺りを数倒してお茶を濁すって手も使えそうだしな」

 「討伐、依頼は、無さそうです、が、素材で、一儲け、できそうですね」

 能天気なことを語る蓮弥に、あまり驚いていない様子のエルフ。
 普通、ドラゴンと言えば、それこそAランク以上の冒険者が徒党を組んでどうにかこうにか倒すような魔物なんだが、こいつら本当に分かっているんだろうか、と心配になる中年冒険者であった。五夜神 蔵秘雄精 強力催眠謎幻水

2015年3月13日星期五

お風呂らしい

「ほぅ?」

 「な、なんですかローナ、その視線と口調は?」

 「ほぅほぅ……なるほどなるほど」

 「いい加減にしないと……抉りますよ」

 じろりと下からねめつける様に見上げられて、ローナは慌てて目を逸らした。頂点3000
 逸らした視線の先には、一体どういうつもりでこんなものを作ったのだろうと訝しく思う程に広い湯船が、もうもうと白い湯気を上げて広がっている。
 壁も床も真っ白な大理石で出来ていると言うのに、何故か湯船だけは木製で美しい木目が風呂場全体を照らしている魔術の灯りの下に映えていた。
 木材の種類まではローナは分からなかったが、お湯に温められたそれはなんだか非常に気分の落ち着く良い匂いを発しており、この風呂場を設計した人物の趣味のよさが伺える。
 場所は獣人族の王城。
 その一角にしつらえてあった大浴場である。

 「うー……」

 傍らから上がる唸り声に再び視線をそちらへ向ければ、そこに非常に不満げな顔で立っているのはメイリアである。
 当然、風呂場なのだから全裸なのであるが、彼女は胸から下をすっぽりとタオルで覆い隠しており、見えるのは胸元から上しかない。
 このためにわざわざ、獣人族の巫女にかけあって一番大きなタオルを探してもらってきたのを、ローナはしっかりと目撃していた。
 脱衣所でちらりと見た限り、メイリアの体の凹凸は非常に控えめで慎ましやかである。
 口にすればどこかは分からなかったが、確実に抉りに来るはずなので口にはしないが、メイリアは年齢の分を考えてもやや体型が薄い。
 腰の辺りはしっかりとくびれているのを脱衣所においてローナは確認していたので、幼児体型と言うわけではないのだが、とにかく胸元と腰の辺りのボリュームに乏しいのだ。
 クロワール程ではなかったが。
 そこまで考えてからローナは思い直す。
 なんだかんだと言ってみても相手は次期大公であり、自分の上司に当る人物である。
 乏しいと言う表現は無いだろうと思ってローナは自分の頭の中から相応しそうな単語を検索し思い直す。
 メイリアの体型は華奢で儚い。
 少しはマシになっただろうかと考えて、あまり変わらないかと一つ息を吐く。
 焦る年頃でもないだろうに、とはローナは思う。
 シオンはそうでもなかったが、ある年齢になると突然育ち始める人とて少なくないのだ。

 「一体、何を食べたらそんな風になるのですか、ローナ」

 メイリアに尋ねられてローナは自分の身体を見下ろす。
 自分で言うのもどうかと思うローナではあるが、確かにそこにあるのは凹凸のくっきりと出た肢体だ。
 他人と比べてボリュームに富んでいると言う自信はあったし、かと言って太っていると言われるほどのものでもないとローナは思っている。
 所謂、出るべき所は出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいると主張しうるプロポーションだ。
 ただ、魅力的なのかと問われると、最近は少しだけ自信を失っているローナである。
 以前は自分が迫れば断れる人なんていないだろうくらいに自惚れていたのだが、迫ってみてしっかり断られると言う経験を経た今となっては、以前の自惚れが赤面してしまうほどに恥ずかしかったりする。

 「何と言われましても……取り立てて妙なものは口にしていないと思うのですが」

 むしろ、元々は騎士として働いていた身であるのでそこそこ質素な食生活をしていたのではないかとすらローナは思う。
 食事は楽しむものではなく、日々の糧以上の意味が無かったからだ。
 最近は蓮弥の影響もあり、なんだか珍しいものやら美味しいものやらばかり食べている気がする。
 ただ、そちらは極めて最近の話であり、メイリアの尋ねる所とは違う話のはずだ。

 「ぐぬぬ……」

 ぎりぎりと歯軋りの音すら聞こえてきそうなメイリアに苦笑を浮かべて、ローナは手桶にお湯を汲み、身体を流す。
 人族の国においてこの風呂と言う施設はあまり馴染みのあるものではない。
 そもそもが大量の水とそれを沸かす燃料、そしてそれだけの水と熱を保持させる風呂桶が無くては始まらないものだからだ。夜狼神
 一般的な家庭には備え付けられておらず、大概は懐に余裕のある者が半ば趣味のようにして設置するのが風呂と言うものだった。
 しかし、蓮弥と行動を共にするようになってからローナはかなりの頻度で風呂を利用するようになった。
 利用頻度が増してくると、どうやらこの風呂と言うものは身体を清潔にする為以外に、気分を楽にしてくれたり気持ちよくしてくれたりする効能があることをローナは理解し、それからは風呂のない生活と言うものが果たしてどんなものであったのかと言うことをほぼ忘れかけている状態だ。
 この風呂を利用する際にあたって、蓮弥が口を酸っぱくして注意していたのが湯船に入る前に必ず一度身体を洗い流せと言うものだった。
 確かに、汚れた身体のまま湯船に入ってしまえばそこに満たされている大量のお湯を汚す結果となり、非常に効率が悪い。
 それならば多少手間ではあってもまず大まかに汚れを落とし、きれいになった身体で湯船に入ると言うの実に合理的な方法であるとローナは思う。
 だからこそローナは、蓮弥からの言いつけをしっかりと守ってまずはきっちりと身体を洗う。

 「ローナって、洗いにくそうな体ですよね」

 タオルを巻いているままでは身体は洗えない。
 ローナが身体をお湯で洗い流している様子をじっと見ていたメイリアは、やがて諦めたように体に巻いていたタオルを脱ぎ捨てるとこちらも手桶にお湯を汲み、体へとかけ始めつつぼそりと呟いた。
 何のことだろうとローナがメイリアに目をやると、メイリアはにやっと笑みを浮かべつつ言った。

 「あっちこっち、大きかったり太かったり重かったりで谷間隙間がありますものね」

 「……メイリア様は洗いやすそうですよね。しゅっとしてつるんとしてますし」

 大きい太いを強調して、言外に何かの意味を含ませようとしているメイリアに、ローナはさらりと切り返えした。
 そんな言い方をして、何を言い返されるのか予想しなかったのだろうかと思うローナの目の前で、何か見えない刃物に胸のど真ん中を貫かれたような表情のままメイリアの体が大きく傾ぐと、次の瞬間には飛沫を上げつつ湯船の中へと倒れこんでいった。
 しばらくしてぷかりとうつ伏せに浮かび上がったメイリアの背中を見て、ローナはトドメの一撃を放つ。

 「あらメイリア様……お顔が真っ黒ですよ? あ、そちら背中で後頭部でしたか」

 ほほほほ、と笑うローナの言葉が聞こえたのか、ぷかぷか浮いていたメイリアが湯船の中でがばっと立ち上がると仁王立ちになり、笑うローナを指差して叫んだ。

 「胸デブ! 垂れろ!」

 「た、垂れろ……?」

 あまりといえばあまりな言い草に、ローナが愕然としつつ言葉を漏らした。
 その表情に多少はダメージありと見たのか、メイリアがさらに言い募る。

 「ローナなんて、胸もお尻も垂れてしまえばいいのです! いえ、その大きさならばあと10年もすれば垂れるのは確実!」

 びしりと指を突きつけて、決め付けるメイリアに流石のローナも頬が引き攣り始めた。
 いかに上司の娘とて、言って良いことと悪いことの区別はつけるべきであり、それがつかないと言うのであればお仕置きの一つや二つはもらっても当然ではないかと思い始めたのだ。

 「メイリア様? いくら私が大公陛下の部下だとて、言って良いことと悪いことがありますよ?」

 「ローナのそのボリュームからして、10年は言いすぎでしたね。……あと2、3年ってところでしょうか?」

 頬の引き攣りに加えて、ローナの額に青筋が浮かんだ。
 けれどもその表情は笑みの形を崩すことは無い。
 湯船の中で仁王立ちするメイリアに、ローナはゆっくりと湯船の中へ足を踏み入れると、さらにゆっくりと近づいていく。

 「いいでしょうメイリア様。口の利き方と言うものを教えて差し上げましょう。ついでにその平たいお胸をさらに平たく広く薄く引き伸ばして差し上げます」

 「い、言いましたね!? ならば私はその重たい胸とお尻を今すぐにでもだらしなくタレた代物に変えてあげましょう!」

 顔を真っ赤にして掴みかかってきたメイリアの両手に自分の両手を合わせてローナは湯船のど真ん中でがっちりと組み合う。
 力と重量と言う点においては圧倒的に有利なローナであったが、一瞬で押しきれるかと思いきやメイリアは地味な反撃方法を繰り出してくる。VIVID XXL

 「え? あ、痛たたたっ!? メイリア様!? 足踏んでます、足!」

 組まれて押しきられる寸前に、メイリアは湯の中にあるローナの足の甲を思いっきり踏んづけたのだ。
 ちょうどメイリアの右足の親指が、ローナの左足の薬指と小指の間辺りをぐりぐりと刺激するようになっている。

 「ふふ……思った通りです。ここが痛いと言うことは……」

 「言う……事は?」

 「ローナ、貴方は肩こりが酷いと言うことです! その胸にぶら下がっている脂肪の塊のせいですね。私が治療してあげましょう! そーれぐりぐりぐり……」

 「は? 肩こり? って痛たたたっ!? 本当に痛いんですけどそれ!?」

 親指をねじ込むように足の甲を刺激されて、たまらずにローナが悲鳴を上げる。
 一応、メイリアが口にした知識は蓮弥に尋ねたものに加えてこの世界における知識も併せてのものなので、肩こり解消のツボの位置として間違っているわけではなかったが、その使用方法はかなり間違ったものだ。

 「さぁローナ。観念しなさい。所詮貴方は垂れる運命からは逃れられないのです」

 「か、関係ないですよねそれ!?」

 「あります。肩が凝ると言うことは貴女の体がその脂肪の塊の重さに順応していないと言うこと。つまり、今は良いとしても若くなくなればその塊を保持することができなくなり垂れると言うことです!」

 「ぐぅ……なんとなく正論のような……?」

 ちなみにだが、言っている本人であるメイリアもこの件に関してはなんの根拠も無く口にしている。
 要は自信を持って言い切ることで、根拠が無くても相手にもしかしたらと思わせるだけで勝ちなのだと思っているのだ。
 何に対しての勝ち負けなのかは、おそらくメイリア本人も良く分かっていないだろう。

 「し、しかしそれは、きちんと身体を鍛えて保持できる身体を造れば良いだけのこと!」

 押しきられかけたローナであったが、相変わらずぐりぐりと足の甲を抉る痛みをぐっと堪えて、がっちりと組み合っている手に力を込め始める。
 元騎士のローナと、事務系のメイリアとでは握力の差は歴然としている。
 余裕たっぷりの表情であったメイリアの顔がわずかに痛みにゆがみ始めた。
 関節やツボではなく、直接握力で持ってローナはメイリアの手を攻撃し始めたのだ。

 「翻ってメイリア様。貴女様のその華奢な体型は……どう鍛えても華奢なままなのですよ!」

 「ぐぬっ!?」

 「そこが持てる者と持たざる者との差なのですっ!」

 「あ、あの……一体なにをしてるんだ?」

 ショックを受けたメイリアに、ここぞとばかりに押し込もうとするローナ。
 湯船の中で全裸の女性二人がいがみあっていると言う、通常見られない光景におずおずと口を挟んだのは、一番最後に浴場へと足を踏み入れたシオンである。
 かけられた声に、ローナとメイリアは組み合った姿勢のまま顔だけをそちらに向けてシオンを見て、同時に顔を凍りつかせる。

 「え? 一体何がどうしたんだ?」

 ローナもメイリアも、シオンの身体つきに関しては何度か目にはしていた。
 幾分、ローナの方が最近のシオンの状態を知っているわけであるが、それとて蓮弥と行動を共にするちょっと前の話である。
 その頃のシオンの身体つきと言えば、剣士としての訓練を行っていたせいなのか、腕や足等に硬い筋肉がつき、そんなに酷くはないもののローナからしてみればごつごつとした印象を受ける身体つきをしていた。
 その後シオンは、あのキース達が行った訓練等を経ており、鎧を着た兵士等を一撃で吹き飛ばすくらいの腕力を身につけている。
 さぞや以前よりも筋肉の付き方が増しているだろうと思っていたのだが、そんなローナの予想に反して浴場に入ってきたシオンの身体つきはどこからそんな腕力が生まれてくるのだろうと疑問に思うほど細くしなやかなシルエットへと変化していた。
 腕や足についていた筋肉はその姿を消し、女性らしいまろみを帯びた曲線をこれでもかと見せ付けている。lADY Spanish
 割れかけていた腹筋も、まるでその姿を無くし、残っているの張りと艶だけだ。
 さらにローナが驚いたのはシオンの胸であり、こちらは以前見た時よりも間違いなくサイズが上がっており、剣士と言う職業柄その付近の筋肉がしっかりと鍛え上げられていることを示すかのように、ぐっとお椀型を保持している。

 「詐欺でしょうそれは……」

 全体的に女性らしい身体つきになったと言うのに、パワーだけが以前より段違いに上がっていると言う現実。
 これを詐欺と呼ばずしてなんといえばいいのかと、ローナは力なく呟いた。
 目の前で一体何がどうなったのか分からず、身体を隠すことも無くおろおろとしているシオンを見れば、確かに自分の体はボリュームと言う点だけならば勝っているが、メイリアの言う通り、いずれ垂れてしまうと言われても仕方がないのではないかとすら思い始めてしまった。
 一体蓮弥はシオンにどのような訓練を施したと言うのだろうとローナは考える。
 これは一度お願いして、自分もその訓練を受けるべきなのではないだろうかと。
 メイリアはメイリアでやはり衝撃を隠せずにいる。
 メイリアの知るシオンは、ローナよりも昔のものであったが、やはりその頃から剣士を目指していたシオンはどちらかと言えば筋肉質で、さらにその頃はそれほどメリハリのある身体をしていなかった。
 それが今目の前に立っているシオンは、最大値こそローナにひけを取ることだろうが、総合的に判断するとぶっちぎりでローナのプロポーションに対する評価値を超えてくるものを見せ付けている。
 メイリアが一番驚いたのは、気にしている胸ではなくシオンの腰つきだ。
 ぱんと張り詰めたその部分は、きっと指で摘もうにも摘むものが無い状態だとメイリアは思った。
 メイリア自身もその辺りはきゅっと締まっている自信があったが、今目の前にある自分の姉と比べてしまえば、どう見ても見劣りがする。
 そもそも自分のわき腹辺りはそこそこ摘めるものが張り付いている。
 本当にこの目の前であわあわしている女性は自分の姉なのだろうかと疑ってしまうメイリアであった。

 「メイリア? ローナ?」

 「空しいです……」

 「そうですねメイリア様……これはもう暴力ですよね……」

 空ろに呟いてぽちゃんと湯船に座り込む二人を、一体何がどうなっているのか分からずにシオンは首を傾げ、考えても理解できそうになかったので考えるのをきっぱりと諦めてから手桶にお湯を汲んで身体を流しだす。
 シオンも蓮弥から、湯船に入る時にはきっちりと身体を流してから入れと言われているクチであった。
 だからこそしっかりと身体をお湯で流し、ほんのりと上気するくらいに暖めてからゆっくりと湯船につかる。
 いつもはまとめている黒髪が、湯船の中でさっと広がる。
 本来これは良くないことであり、通常髪の長い女性は頭の上に結い上げて湯船に入るものなのだが、蓮弥はこれについては注意も何もしなかった。
 その理由について知るのは蓮弥のみである。

 「見た目ですよね」

 「見た目でしょうね」

 メイリアとローナが、気持ち良さそうに湯船で全身を伸ばすシオンを見ながら同じ事を呟く。
 一体何のことだろうかと問いただそうとして、シオンはふと天井を見上げて眉根を寄せた。

 「姉様?」

 「何か……音が聞こえないか?」

 シオンに言われてメイリアもローナも口を噤み耳をそばだててみるが、たまに天井から水滴が湯船に落ちてぽちゃんと音を立てる以外の音は二人の耳には聞こえてこなかった。

 「何か聞こえるのですか姉様?」

 「私には何も聞こえないのですが」

 「気のせい……ではないと思うんだが……今は聞こえないな」

 聞こえた音は小さな爆発音のようだったとシオンは思う。玉露嬌 Virgin Vapour
 王妃対巫女の格闘戦は終わっているはずだったのだが、それ以外にも王城の中で爆発音を響かせるような事柄等あるのだろうかと首を捻りつつ、シオンは取り敢えずは暖かな湯船を堪能するべく、さらに深く身体をお湯の中へと沈めるのであった。

2015年3月11日星期三

呪詛

「魔女が現れたそうですね」
「ええ。精霊の安全も確保しました」

 儀式場に私服姿のチェスターら、騎士団と魔術師隊が現れる。守備役の交代だ。必要なことを伝えたら俺達は中央区へ向かう。福源春
 揃って私服姿なのは人員の動きを察知されないようにという狙いがある。武器防具の類は事前に儀式場の滞在施設に運び込んであるのだ。人員も少数ながらも空中戦装備に習熟した者を厳選し、極力街中の動きが慌ただしくならないようにしているわけだ。

「これから向こうに出向くと……。相変わらず仕掛けが早いですね、大使殿は」
「相手側に情報収集の時間は与えたくないですからね」

 そう答えると、チェスターが苦笑する。

「彼女が例の精霊ですか」

 東屋で巫女達と談笑しているテフラを見やり、チェスターが尋ねてくる。

「ええ。テフラと言います。穏やかな性格ではありますが、高位精霊であることはお忘れなく。精霊との接し方については巫女達が心得ていますので、分からないことがあったら、彼女達に聞くのが良いでしょう」
「承知しました」

 俺の言葉に、チェスターを始めとした面々は神妙な面持ちで頷いた。



 中央区、ジルボルト侯爵が泊まっている宿に向かうのは、俺含めパーティーメンバーのみんなと、エルマー、それからドノヴァンだ。
 イグニスなどは否が応にも目立ってしまうため、馬車に乗り込み向かう形になる。
 戦闘になることも想定。グレイスは解放状態に。武器などの目立つ荷物は布で覆い、マルレーンのランタンによる幻影で小さな手荷物に見せかける。

「いらっしゃいませ。琴奏亭へようこそ。ご宿泊でしょうか?」

 大きな宿だ。高級宿らしく従業員も貴族家の使用人のような風格を漂わせている。中央区らしい石の建築様式だが、内装にはかなり手を加えているらしく、洋館のような雰囲気を漂わせていた。

「ジルボルト侯爵にお取次ぎを願いたいのですが。エルマーが来たとお伝えください」
「畏まりました。少々お待ちを」

 エルマーがそう伝えると、宿の従業員は一礼して客室へと向かった。
 さて。問題はここからだ。カドケウスを張りつけて調べたのだが、ジルボルト侯爵家一行はこの宿に3つの部屋を取っている。
 まず、侯爵家が一家揃って過ごすための部屋。次に身の周りのことをさせるために連れてきたのであろう、使用人達の部屋。それから魔女とその護衛が宿泊する部屋の、3室だ。

 問題はエルマーの来訪を聞かされたジルボルト侯爵がどう出るかであろう。
 つまり、どこで話をするのか。その場に魔女を立ち会わせるのか。
 カドケウスでしっかり探りを入れて、侯爵や従業員の動きをよく見て、客室から受付に戻ってくるまでの間に合わせてこちらも動かないといけない。

 もし魔女が立ち会うなどとなれば、俺達はエルマーの連れではなく、宿泊客として部屋を取る予定でいる。場合によっては深夜、みんなが寝静まってから侯爵家一家を転移魔法で連れ去り、それからゆっくりと事情を説明するなんてことまで考えているのだが。その時はまあ、非常事態ということで納得してもらうしかないだろう。勃動力三体牛鞭

 天井の暗がりから、カドケウスが客室前の監視を続ける。
 ジルボルト侯爵の部屋から従業員が出てくる。そのまま監視を続けるが、侯爵は――出てこない。これは、部屋に呼ばれる形になるか。
 ややあって、従業員が客室から戻ってくる。優雅に一礼して、言った。


「ジルボルト侯爵より、お部屋まで案内するようにと仰せつかりました。どうぞ、こちらへ」

 従業員の案内に従い、皆でジルボルト侯爵の部屋へと向かう。

「侯爵様。エルマー様をお連れしました」
「入れ」

 従業員がノックをしてそう呼びかけると、すぐに部屋の中から返答があった。さて。

「失礼します」

 エルマーに続いて、部屋の中へと入る。
 客室はかなり広い。主寝室と居間の他、部屋がいくつかあるようだが居間にいるのは侯爵だけのようだ。こちらの姿を認めると、怪訝そうな面持ちになる。

「部下共々参上しました」

 エルマーに適当な言葉を続けさせる傍ら、魔女の部屋側から聞かれないよう、風魔法で音を遮断する。

「失礼」
「……ほう。音を消したか」

 こちらのマジックサークルを見た途端、ジルボルト侯爵はテーブルの側にあった杖を手に取って身構える。侯爵自身も魔術師か。
 偽装はしていなかったとはいえ、マジックサークルから術の内容を見切るあたり、流石はシルヴァトリアの貴族というところか。

「部下云々というのは、まあ、方便です。隣の部屋には話の内容を聞かれたくはないもので」

 害意が無いことを示すために、ウロボロスをグレイスに渡して一礼する。

「どういうことかな?」

 侯爵はまだ身構えたままだ。その間にもエルマーは防音の範囲外で、任務が上手く行っていることなど、でっち上げた成果を話して聞かせている。代わりにドノヴァンが一歩前に出て、エルマーの言葉を引き継ぐ。

「私達はこちらのテオドール卿に敗れ、ヴェルドガル王国に捕えられたのです。任務に失敗し、あまつさえ隣国に助力を請うた。私共への処罰は必ずお受けします。しかしどうか、テオドール卿の話に耳を傾けて頂きたく」
「……よかろう」

 ジルボルト侯爵は頷くと、防音の範囲外に出てから言う。

「よくやったエルマー。ここでは大した褒美も渡せぬが、茶ぐらいは出そう。せめてゆっくりと寛いでいくが良い」
「ありがとうございます、ジルボルト侯爵」

 エルマーが一礼する。
 侯爵は一先ずといった様子で杖を脇に置くと、テーブルに座るように促してくる。
 さて、説得は迅速に行わなければならない。単刀直入且つ簡潔に。その上で拒絶されたら力尽くだ。納得は後からして貰う形でもいい。
 妻子や領民より王太子を取るであるとか、シルヴァトリアの忠誠からこちらの話を断った場合は――敵として身柄を押さえるだけの話だ。蒼蝿水

「危険な状況につき、過程は後から説明します。人質の一件は聞きました。月女神の祝福により呪法を弾き返すという対策を講じました。精霊テフラは儀式場で保護しております」
「な、に?」

 突然の話に、侯爵は目を白黒させている。

「魔女の呪法で人質に取られている奥方とお嬢様を、同様の手段にて、保護したく思います」

 俺の言葉に、ジルボルト侯爵はエルマー達に視線を移す。エルマーとドノヴァンは、真っ直ぐにジルボルト侯爵を見ながら頷いた。

「私が今の状況を変えようと願うなら、君に賭けろと。そう言う、ことか?」
「はい」

 百聞は一見に如かず。こちらの手札を見せていくべきだ。

「マルレーン、頼めるかな」

 視線を送ると彼女は頷いて、祈りの仕草を見せる。部屋にいる全員に祝福の効果が及んだ。

「こ、この祝福の強さは……? マ、マルレーン――第三王女、殿下?」

 察しはついても、まさかという思いが強いのだろう。目を見開く侯爵に、マルレーンは微笑を浮かべ、スカートの裾を摘まんで挨拶してみせる。このあたりは流石というか。王族ならではだ。マルレーンぐらいの年頃の子では、一朝一夕で身につく仕草ではない。

 まあ、祝福の強さはマルレーン自身の巫女としての能力に加えて、クラウディアが全面協力していることも理由の1つではあるのだが、そこは明かす必要もあるまい。
 侯爵は呆気にとられていたようだが頭痛を堪えるように額に手をやり、乾いた笑い声を上げてから立ち上がる。その時にはもう笑みはなく、領主としての顔がそこにはあった。

「2人は寝室にいます。どうか私達を、領民をお助け下さい。私では最早、力及ばないのです」
「お任せを」

 その言葉に頷いた。
 伯爵が隣室に声をかけると、夫人と令嬢が顔を覗かせる。

 その時だ。窓の隙間から部屋の中に風が吹き込み、カーテンが揺れる。
 そこに――見た。テラスの先。宙に浮かぶ、黒づくめの女――魔女。視線が、合う。祝福の光に包まれているこちらを見て、驚愕の表情を浮かべる。

 防音はしていたが……カモフラージュとて完璧というわけではないからな。隣室の異常を悟ったか。

「祝福だと? 覚悟の上か、侯爵ッ」

 魔女は目を見開き牙を剥いて、笑う。

「な――!?」

 ジルボルト侯爵が声を上げ、魔女の手の中にマジックサークルが輝く。見たことも無い術式。恐らくはあれが呪法――。
 こちらがマジックサークルを手の中に輝かせると、魔女は一瞬回避するかそのまま呪法を発動させるかの逡巡をしたようだ。
 だが。魔女は手を突き出し、そのまま拳を握る。それには対象の心臓を握りつぶす効果が宿っているのだろう。
 しかし――そこで魔女は愕然とした表情を浮かべた。手応えが無かったのだろう。

「お……のれッ!」

 ぎりと、歯を軋らせるように食いしばり、俺を見やる。
 そう。マルレーンが祝福を発動させてしまえば。そして、夫人や令嬢と直接顔を合わせてしまえば。それでもうこちらの勝ちだ。SEX DROPS
 祝福は祈りによりもたらされるもの。それを強固なものとするには、相手のことをより深く、具体的に知ることだ。例えば、その顔や境遇、抱える事情を知っているだとか。
 魔女の呪法に対抗しなければならない。だからこそ、直接会いに来る必要があった。

「もう1つの呪いを忘れたわけでは――」
「精霊の心配より、自分の身を案じたらどうだ?」

 魔女が何かを言いかけたが、それを遮る。俺が途中で止めなくても、そうなっていただろう。
 魔女の周囲に黒い靄が纏わりついていく。人を呪わば何とやらだ。行き場の無くなった呪詛は――術者に返る。

「ぐうっ!」

 呪詛が、魔女の身体のあちこちから侵食する。血管を黒く染めて、魔女の身体を蝕む。
 それは苦痛を与えるものであるのか、魔女は苦悶の声を上げた。恐らくは、あれが心臓に届いて握り潰されるのだろうが――。

「邪魔、だッ!」

 魔女は苛立たしげに怒鳴ると、振り払うような仕草を見せる。
 2つ分の呪詛を力尽くで体外に押し出し、それを――薙ぎ払っていた。

「……魔人」

 シーラの声。呪詛を体外に押し出したのも、薙ぎ払ったのも瘴気だ。
 驚くには、値しない。その可能性も視野に入れていたからこそ俺が出てきたのだし、ここにいる全員に祝福をかけたのもそれが理由だ。
 魔女の護衛役であった男も、主人を追ってきたらしい。空中に留まって、こちらに視線を送ってくる。魔女の瘴気に動じたところがない。奴も――魔人だと見るべきだな。

「クラウディア。準備は?」
「少しだけ時間が欲しいわ。このあたり一帯の人を生命感知で識別して、儀式場と迷宮、同時に飛ばすから」
「了解」

 要するに、あの魔人達をクラウディアの魔法完成までの間、余計な真似ができないよう抑えておけばいいというわけだ。

「テオ――お気をつけて」
「御武運を」
「もう1人の魔人は、わたくし達が受け持つわ」
「分かった。みんなも、気をつけて」

 彼女達と頷きあい、それから魔人に視線を送る。

「なるほどなるほど。我らの動きを掴んでいたというわけか? ククク。虚仮にされたものだ」

 魔女……いや、魔人は怒気を漲らせた瞳で引き裂くような笑みを浮かべ、全身から瘴気を立ち昇らせてこちらを見下ろしている。その背には、巨大な――極彩色の蝶の羽が輝いている。
 どうやらやる気らしいな。それこそこちらも望むところだ。三体牛鞭

「来い。叩き潰してやる」

 魔人に呼応するように笑って、ウロボロスを構える。魔力を高めてスパーク光を放つと、奴もまた嬉しそうに笑みを深めた。

2015年3月9日星期一

飛行船の主

「あっ。テオドール君! みんなも!」

 楽屋の様子を見に行ってみると、イルムヒルト達が手を取り合って、公演の成功を喜び合っている場面だった。イルムヒルトは俺達の姿を認めると満面の笑みを向けてくる。男宝

「うん。みんなお疲れ様。良かったよ」
「ありがとう。んー。5人では初めてだったけど、良い手応えだったわ」

 と、ユスティアが満面の笑みを浮かべた。

「シーラ、シリル、どうだった?」
「ん。楽しかった」

 感想を尋ねるとシーラは小さく笑って答える。
 シーラはいつも通りに飄々としているが、尻尾を真っ直ぐにしているあたり、内心は表面上よりもテンションが上がっているようだ。

「みんなに喜んでもらえると嬉しいよね」
「ね」

 シリルの言葉にドミニクが頷く。そんな彼女達を見て、クラウディアが穏やかに笑う。

「私が教えた曲が皆の前で披露されるというのは……何というか、不思議な感覚ね」

 迷宮村から伝わった曲だからな。

「クラウディア様の演奏も、聴きたいな」

 セラフィナが言うと、シリルも頷く。

「私も小さい頃、姫様の歌や楽器で寝かしつけてもらったことがあります」
「えっと……。そう、ね。イルムヒルト達のように大勢の人前では無理だけれど……みんなだけの場所なら良いわよ」

 クラウディアはやや頬を赤くしながら頷く。それをみんなで喜び合っている姿は微笑ましいが……着替えなどもあるので、俺はここで一度部屋を出て移動のための準備をしておくことにしよう。

 この後は予定通り温泉街に向かう。今日、招待したほとんどの面々と共に火精温泉に移動して、そこでしばらくのんびりしてからメルヴィン王やエベルバート王達と話し合いという流れになるわけだ。
 父さん達やジルボルト侯爵は会議に参加するわけではないが、温泉街への招待ということで。



 分乗して馬車で温泉街に向かう頃には完全に陽が落ちていた。温泉街は……馬車で見る限りあちこちで店舗などの建造が始まっているようだ。湯治場については、もう機能している。

 火精温泉に到着してみれば、随分と良い匂いが漂ってきた。温泉街のお披露目の時と同じように、王城から料理人が来てみんなの夕食を作ってくれているのだ。男根増長素
 前と同じように、各々のペースでゆっくり食事をできるようにということらしい。

「テオ……。この区画ごと作ったと聞いたのだが……あの外壁もか?」

 入口の前で馬車から降りたところで、父さんが尋ねてくる。

「ええ。区画ごとと言っても、一部の建物だけですが。離れたところにある湯治場や儀式場、それから外壁……後は下水の整備程度でしょうか」
「……それは、ほとんど全部って言わないかな」

 ダリルがかぶりを振る。

「……ううむ。劇場やあの公演の演出――いや、屋敷の地下を弄ってもらった時から分かっていたことだが……」

 と、父さんは唸り声を上げる。キャスリンは目を丸くし、ダリルは何やら遠い目をして笑っていた。

「……劇場であれだけ見事なものを見せられて更にこれとはな」
「中に入ったら何が出てくることやらですね」

 ジークムント老とヴァレンティナもやや引き攣ったような笑みを浮かべている。

「火精温泉も見所が多いのよ」
「ふむ。一緒に回りましょうか、ステフ」
「いいわね。でも後で会議もあるからまた日を改めて一緒に来ましょうか」
「ええ。慌ただしく回るより、ゆっくり堪能していくほうが私も好みだわ」

 と、ステファニア姫、アドリアーナ姫。2人に気合が入っているのは……ある程度予想のついたことではあるが。少し離れたところから、羽扇で口元を隠してそれを見ているローズマリーが何とも言えない。
 マルレーンはステファニア姫のテンションの上がり方に、にこにこと楽しそうにしている。

「では、いくつか説明事項を」

 まずは中に入ってもらい、火精温泉の注意事項を幾つか伝えておく。脱衣所の場所や湯浴み着の使い方、スライダーとサウナについての説明程度ではあるが。

「それでは、僕からの説明は終わります」

 説明を終えると、グレイスが話しかけてきた。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大

「では、私達もお風呂に入って来ようと思います」
「そうだね。じゃあ、上がったら休憩所に集合ということで」
「はい」

 静かにグレイスが頷く。

「カミラ様、案内いたします」
「ありがとうございます、アシュレイ様」

 カミラもアシュレイが案内するということのようだ。

「ではカミラ、また後でね」
「ええ、エリオット」

 男女に分かれて脱衣場へ。エリオットとカミラが笑顔で手を振って分かれている。
 さて。俺も話し合いが始まるまでのんびりと過ごさせてもらうとしよう。



「はぁ……」

 大浴場の浴槽に肩まで浸かり息を吐く。いい具合に身体の芯まで温めてくれる。
 みんなは……思い思いに火精温泉を楽しんでいるようだ。ダリルも国王や領主、王族が多い中で緊張しっぱなしであったようだが、ようやく浴槽で一息ついて生き返ったと言うような顔をしている。
 とはいえ、今はアルバートやエリオットも一緒ではあるのだが。アルバートについては王子であっても気さくな人物なので、そのあたりが分かるとダリルも歳が近いこともあってか、ある程度リラックスできるようになったようにも見える。

「ほう。この泡風呂の魔道具は購入できると」
「まあ、シルヴァトリアであれば同じ物を作るのは難しくないであろうがな」
「いやいや。こういった物は先駆者に敬意を示すものだ。是非購入させてもらうこととしよう」

 メルヴィン王とエベルバート王はジャグジー風呂でそんな会話を交わしている。アルバートが苦笑を浮かべた。迷宮商会もまた繁盛しそうで結構なことである。

「この湯には妙な魔力があるような気がしますね」

 と、エリオット。

「テフラ山の湯と同じ物のようですね。色々と効能があるようですよ」
「なるほど。湯治場も作ったということですが、これは確かに効きそうです」
「僕はよく儀式場の温泉に通わせて貰っているよ。少し無理をしても疲れが残らないからね」

 アルバートが笑みを浮かべる。……うん。それについては多少責任を感じるところもあるが。西班牙蒼蝿水
「ふうむ。これは良いのう」
「疲れが取れますな」

 肩に手をやりながらジークムント老が父さんとこちらに戻ってくる。どうやら打たせ湯のほうに行っていたらしい。

「おお、テオドール。楽しませてもらっておるぞ」
「気に入っていただけたら何よりです」

 2人はそのまま浴槽に浸かる。親子3代で風呂というのも何やら妙な感覚だ。大浴場の窓から見える満月を見上げながら湯を楽しむことにしよう。
 少しするとメルヴィン王とエベルバート王がジャグジーからこちらに移動してくる。

「テオドール。アルバート。少し良いかな?」
「何でしょうか?」
「うむ。風呂から出たら話し合いをするが、その前にそなた達に話せることは話してしまおうと思ってな」
「分かりました。では……」

 ジークムント老も交え、5人でみんなから少し離れた場所に移動する。

「何のお話でしょうか」
「うむ。そなたへの褒美のことでな」
「つまり……そなたの功績を鑑みると飛行船については全面協力した上でそなたに渡してしまって、その裁量で自由に使ってもらうのが良いのではないかと余らの間では考えていてな」
「なんと」

 ジークムント老が目を丸くする。アルバートは顎に手をやって思案するような仕草を見せた。
 ……褒美が飛行船。これまた豪快な話だ。
 飛行船の開発については裁量でやって良いと言われていたが、出来上がる飛行船をどういう位置付けで扱うかまでは、確かに決まっていなかったな。

「しかし褒美とは申せども、やはり魔人達のことも考えてのこととなる。転移魔法があるとはいえ、その行先がある程度の規模を持つ神殿に限られる以上、そなた達の足回りの軽さこそが何より重要となってくる」
「転移先から現場まで距離が有った際、体力や魔力を消耗するよりは飛行船を使えれば楽になるでしょうね」

 と、アルバートが言う。

「怪我人や、救助すべき重要人物がいても飛行船ならば対応もしやくすくなる……と言うのもありますか」
「確かにな。その通りだ」
「分かりました。飛行船をお預かりし、ご期待に応えられるよう尽力させていただきます」
「うむ。ここは1つ、後の世に作られる飛行船の礎となるような、すごいものを頼むぞ」

 と、メルヴィン王はにかっと歯を見せて笑うのであった。procomil spray
 ふむ。飛行船開発か。魔人戦を想定した飛行船は以前話し合ったものでいくとしても……都市間の輸送など、目的が違ってくれば当然素材やら装備やらも変わって来るはずだ。

 後に作られる飛行船の礎にということなら……今作ろうとしている一隻だけでなく、他の用途を主眼に置いた飛行船のアイデアもある程度練っておくことにしよう。何せ、相当な技術力と資源を結集しているので……どう考えてもコストを度外視しているところがあるからな。