2014年9月29日星期一

騎士様のお説教を頂戴しました

ノエルは即座に私の存在を確認すると、ぐっと唇を引き結んで真剣な表情を見せた。……真剣というか、むしろそれを通り越して睨みつけられている心地だ。怖い。

「まあ、ノエル。どうしてここへ?」巨根
「あなたが市井の娘を部屋に呼ばれたと聞いて、急いで参りました」

 ノエルは私から視線を外し、驚いて立ち上がったアルディナ様へと向き直った。
 そのまま彼女の側へ真っ直ぐ歩み寄る。

「何故こんなことをなさったのです。どこの誰とも知れぬ一介の娘を、まさかご自身の私室へ招き入れるとは」
「ご、ごめんなさい。私、どうしてもハルカさんとお話ししてみたくて」
 身を竦めるアルディナ様に、ノエルは厳しい表情を崩さない。
「一体何故、彼女と?」
「それは……」
 アルディナ様は黙り込んでしまった。
 どうやらうちの弁当を食べていたというのは、ノエルには内緒にしていたらしい。そうだよな、ノエルって結構な堅物だから、知っていたら絶対に許していなかっただろう。それに、彼を怒らせると怖いというのは、私もよく知っている。

 若干空気になったような気持ちで、私は大人しく席についていた。
 巫女様と騎士様が立っているからには、もちろん私も立ち上がるべきなのだろうが、今下手に動いて二人の意識をこちらに向けてしまうのは勘弁願いたいところだ。このままアルディナ様とノエルの間で話がまとまってくれればいいな、という微かな期待から、私は路傍の石にでもなったつもりで息を殺していた。

「……ごめんなさい。私、彼女の働く定食屋さんのお食事を、頂いたことがあるの」
 誤魔化しきれそうにないと腹をくくったらしいアルディナ様は、しょげかえりながらも白状した。まるで飼い主に怒られている子犬のようだ。
「彼女の定食屋の?」
「ええ。最近、兵の訓練場まで配達に来てくれている定食屋さんで……」
「それは知っています」
 すっぱりとノエルに切り捨てられ、アルディナ様はますますしゅんと頭を下げた。何だかその姿が憐憫を誘いつつも可愛らしい。こう、ぐっと胸にくるものがある。

「ノエル様、わたくしが独断でお弁当をお持ちしたのですわ」
 見かねたらしいソティーニさんが、石像であることを止め、助け船を出した。
「アルディナ様が仰ったことではありませんの。責任はわたくしにございます」
「ま、待って。違うわ。私がソティーニにお願いしたのよ。今日、ハルカさんをここへ呼んでほしいと頼んだのも私。だからソティーニもハルカさんも、何も悪くないの」
「アルディナ様、そのようなことを仰らないでください。言い出したのはわたくしです」

「誰が悪い悪くないの話をしているのではありません」
 ノエルはぴしゃりと言い捨てた。
 可憐な女性相手に、どこまでも容赦がない。相変わらずである。

「私が申し上げているのは、アルディナ様にもっと巫女としての自覚をお持ち頂きたいということです。確かにこの娘は、裏表のないごく普通の定食屋の店員にしか見えません。しかし、もしかしたら悪意を持ってあなたに近づこうとしているのかもしれない。我々護衛は、そういう最悪の場合まで想定して、あなたの側にお仕えしているのです。それを独断で、このような」狼一号
「……そうね、本当にごめんなさい。でも本当にハルカさんは悪くないのよ。怒るのならば、私に対してだけにして」

 アルディナ様は、私を庇いつつも、素直に謝った。
 だが。

 ちょっと言いすぎではなかろうか。
 私は気配を消しつつも、ノエルに対してふつふつと怒りが湧きあがるのを感じた。

 アルディナ様だって普通の女の子なのだ。
 時には、私みたいな同年代の普通の女子と気兼ねなくおしゃべりしたい時だってあるだろう。でも、そんなささやかな思いが巫女の身には過ぎた希望だと知り、納得しているからこそ、こうしてたった一度だけ、小さな冒険をしてみたのではないか。
 それを、頭ごなしにしかりつけるだなんて。
 しかも人目を気にしているからか、すっかり他人行儀な物言いだ。
 ノエルにはアルディナ様に対する思いやりというやつが足りない。

「――あのっ」

 ついに私は我慢ならずに声をあげてしまった。
 皆の視線が一斉に私へ集まる。
 特にノエルの視線などは、それだけで私を射殺せそうな勢いであった。

「……ええと。そこまで強く言わなくても、いいんじゃないかなと……思ったり……致しまして」
 お前は黙っていろと雄弁に語るノエルの視線に怖気づき、私は何とも情けない声で申し開きをしてしまった。
 しかし、どんなに怒っていてもノエルはノエルだ。まさか殺されはしないだろうと思い直し、私は改めてアルディナ様を真っ直ぐ見据えた。

「私は、今日、アルディナ様とお話ができてとても嬉しかったです。アルディナ様のこと、ずっと雲の上の人だと思ってましたけど、そうじゃなくて、普通の優しい一人の女の人なんだって実感しました。ノエル……様のお怒りも当然ですが、私は、今日の機会を感謝しています」
 平民の身で、かなり偉そうな物言いになってしまったかもしれない。だが、アルディナ様は嬉しそうににっこりと笑ってくれた。それだけで私も救われた思いになる。

 しかしノエルの怒りを解くには全くもって力不足の弁明だった。

「とにかく、彼女にはお帰り願いましょう。私が出口まで送ります」

 げっ。という言葉を、すんでのところで呑み込んだ。

「ノ、ノエル、あなたが彼女を送る必要はないわ」
「そうですわ。わたくしがハルカさんをきちんと責任を持ってお送りいたします」
 どこからどう見ても怒り心頭という様子のノエルに私を任せるわけにはいかないと考えたのだろう。アルディナ様とソティーニさんが必死に彼を止めようとしてくれた。だが、ノエルはか弱い女性二人の言葉に心動かされる紳士な男ではない。三體牛鞭

「彼女には、色々と聞きたいこともありますので。――では、ハルカとやら。行くぞ」
「……はい……」
 私は早々に観念した。

・   ・   ・   ・

「全くお前は、何を考えているんだ」

 部屋を出るなり、早速ノエルのありがたいお説教が飛んできた。
 わざわざ遠回りで居住区の出入り口へ向かっている辺り、言いたいことが山ほどあるということなのだろう。あの晩ぶりに会ったというのに、何だこの状況は。

「オルディス殿に、巫女周りは気をつけろと言われているんじゃなかったのか?」
「……私も、まさかこんなことになるとは思わなかったんだもん」
 周辺に人気(ひとけ)がないのをいいことに、私は恨みがましく呟いた。もちろん、それを聞き逃してくれるノエルではない。

「ソティーニ殿に弁当配達を頼まれたんだそうだな。彼女がアルディナ様付きの神官だと知らなかったのか」
「最初は知らなかった。知ってからは、もう手遅れだったというか」
「無理にでも知った時点で関係を断ち切るべきだったんだ。お前は、あの晩俺の言ったことを何一つ理解していない」
 ノエルの口調はひどく苛立っている。
「そこまで怒らなくても……」
「誰のせいでこんなに怒っていると思ってるんだ」
 ぐ、すみません。
「……せめてアルディナ様には当たらないであげてよ」
「あれはあれで問題がある」
 いやはや、どこまでも容赦のない男だ。

 傍から見れば国随一の美男美女カップルであろうノエルとアルディナ様だが、その実態は、躾(しつけ)にうるさいお母さんと、お母さんが怖いけれどやっぱり大好きな娘さん、という感じなのかもしれないと思った。それはきっと、二人がいい関係を築けている証拠だ。少し切なく感じてしまうのは、まあ、許してほしいところである。

「本当にお前は、放っておけない。何をしでかすか分かったものじゃないな」
 しかしノエルの言う通り、自分でもびっくりだった。まさかアルディナ様とお茶を飲むことになるなんて、今朝には思いもよらなかったのに。
 たまたま今回は大事には至らなかったが、場合によっては、アルディナ様派閥に命を狙われて呼び出されていた可能性だってある。そんなところへのこのこと出向いてしまったのは、確かに完全なる私の落ち度だ。ソティーニさんと面会室で会うくらいなら構わないと、気楽に考え過ぎてしまっていた。そこは本当に反省している。

「そういえば」
 ふと、つい今したがの、束の間のお茶会を思い出した。
「アルディナ様、ちょっと疲れてるみたいだったよ」
 何となく、ノエルには伝えておきたくなった。男宝

 しかし、疲れている、という言い方は語弊があるかもしれない。
 彼女はどこまでも美しく優しく、優雅だった。
 それこそ、街で皆が噂する、稀代の巫女「アルディナ様」そのもの。
 けれど、平民である私を密やかに私室へ招き入れ、とても楽しそうに身の上話をしてくれたという行動それ自体が、彼女の心に影を落とす“疲労”だとか“孤独”だとかを連想させずにはいられなかった。アルディナ様は、それだけ人との素朴な触れ合いに飢えているのではなかろうか。

「きっと、気軽に世間話ができるような友達が欲しいんだと思う」
「お前は辞退しておけ」
「それは分かってるよ」
 できれば、これからもアルディナ様と時々会って話相手にでもなれればいいなと思うけれど。もちろん、それは無理な話だ。彼女に近づけば近づくほどに、私の身も彼女の立場も危うくなる。
「……アルディナ様の孤独は理解しているつもりだ。だが、分かっていても、簡単にどうこうできる問題じゃない。それはお前とて経験があるだろう。時間をかけて、少しずつ王宮での暮らしに馴れていってもらうしかない」
 ノエルの言葉に、私は頷いた。
 そうか、ノエルは分かっているんだ。アルディナ様のことを、ちゃんと見ている。

「それよりも、何度も言うが、お前のことだ」
 うう、またその話に戻るのか。
 私の顔にうんざりした色が浮かんだことに気づいたのか、ノエルは瞬時に目を釣り上げた。
「どうもお前は危機感が足りないようだ。俺は本来口うるさい性質(たち)ではないんだ。面倒事は嫌いだし、首を突っ込むくらいなら放っておく。だが、お前のその呑気な様子を見ていると、とても見て見ぬ振りなどできやしない。だいたい、自分の命がかかっているという時に、お前自身がそんな呆けた態度でどうするつもりだ?」
「いや、私は私なりに危機感を……」
「持っていたら、神官の居住区などにふらふらと足を運ぶはずがないだろう」
 ぐうの音もでません。
「以前は、お前のすぐ側にいられたから俺の心労もまだ多少は和らいだ。だが、今は違う。お前がぼんやりと危険の中へ足を踏み入れているその瞬間、俺はお前の側にはいられない。だから余計に――」
「大丈夫!」
 私はノエルを遮るように声をあげた。
「ノエルから見れば危なっかしいかもしれないけど、ちゃんとするから。今日のことも、いい勉強になった。だから明日からはもっとうまく立ち回れるよ。ノエルは心配しないで」
「ハルカ」
 ノエルが諌めるように私の名前を呼んだ。
 けれど私は振り向かず、逆に廊下を行く足を速めた。

 もう居住区の入り口近くまで戻って来ている。
 ちらほらと他の神官達の姿も見え始めた。

 私は逃げたのだ。
 ノエルからのお小言なら、いくらでも聞いていられる。
 でも、優しい言葉はダメだ。あれはいけない。VVK
 うまく説明できないが、とてもいけない。

2014年9月25日星期四

微かな異変

 今年の聖遺跡は、何かが違う。

 そんな話を耳にしたのは、獅子組の教室に入り、キュリエさんとセシリーさんが挨拶を交わし合った後のことだった。SPANISCHE FLIEGE D5

「おはようございます、キュリエ」
「ああ……おはよう、セシリー。……今日も早いんだな」
「ええ、朝は強いのです」
「そうか。私は……朝は苦手だな」

 キュリエさんが席に着く。

 ぱっと見、二人の距離感は以前と変わらない。
 ベタベタと馴れ合う感じもない。
 が、その雰囲気から、二人の間にあったギスギスとした空気が大分緩和されていることがわかった。
 意外そうな顔をしたのはジークさんだけでなく、他の生徒たちもだった。
 まあ、一昨日あんな風にやり合った二人がこうして普通にコミュニケーションを取っているのを見たら、驚くのも無理はあるまい。

「意外か?」

 キュリエさんが聞いてくる。
 俺は笑って、

「確かに、意外って気持ちもありますけどね……けど何より、嬉しいです」

 と言った。
 すると、キュリエさんは、

「……よかったな」

 とだけ返した。
 表情はいつものクールなキュリエさんだ。
 けど……明らかに声の調子は柔らかい。

 と、誰かの指が俺の肩をつついた。

「おはようございます、クロヒコ」

 いつもの笑みを浮かべたセシリーさんが、横に立っていた。

「あ、おはようございます、セシリーさん。……昨日は、すみませんでした」
「いえ、お気になさらず。……というより、わたしも反省しました。学園長の言う通り、いつの間にか自分の気持ちの方が優先になって……あなたのことを、おざなりにしていたのかもしれません。それと――」

 セシリーさんが、キュリエさんを一瞥する。

「もう彼女から聞いたかもしれませんが……わたしたち、互いの間にあったわだかまりが多少、解けまして」
「らしいですね」
「一応は和解、ということになるでしょうか。協定も結びましたしね」
「協定……ですか?」
「ええ、色々と。……気になりますか?」
「そりゃあ……気にはなりますけど」
「ヒミツです」

 ヒミツらしい。
 俺は小さく笑みを作る。

「じゃあ、時が来たら教えてください。セシリーさんのタイミングでいいですから」

 虚を突かれたような顔をするセシリーさん。
 が、すぐに彼女は微笑を取り戻し、

「……なんだか少し頼もしくなったような感じがしますけど、何かありました?」

 と聞いてきた。

「まあ……強い男になれるよう、精神的にも鍛練中ってことで。……や、実際のところ、けっこう無理してますけどね」

 無理を認めつつ、苦笑する。
 ま……少しずつ、だな。

 セシリーさんが暫し、興味深げに俺を観察する。

「……なるほど。そうですね、強くあろうとするのは、よいことだと思います。……期待していいんでしょうか?」
「えーっと……期待しすぎない程度に、期待しててください」

 ぺこりと頭を下げる。

「では、期待しちゃいますね?」

 にこやかにそう言った後、セシリーさんが表情から笑みを消した。
 そして、切り出した。

「ところで……攻略班のことなのですが」
「ええ」
「聖遺跡は当初の予定通り、わたし、ジーク、ヒルギスの三人で攻略することにしました。あなたのことと聖遺跡攻略のことは、今は切り離して考えます」K-Y
「まずは、越えるべき相手を越えることを、目指すんですね?」

 力強くセシリーさんが頷く。

「はい。元から決めていたことも達成できないようでは……あなたと攻略班を組む資格もないと、思い直しまして。だからせめて、この一年は、彼らと三人で攻略するつもりです」
「そうですか……」

 彼女の表情からは、固い決意が見て取れる。
 俺は手を差し出した。

「聖遺跡攻略ではライバルとなるわけですが……お互い、がんばりましょう」

 またもやセシリーさんは呆気に取られたようだったが、すぐに吐息まじりの微笑みを浮かべると、手を握り返してくれた。

「どうやら、あなたも色々とふっ切れたみたいですね。わかりました、よき競争相手として、お互い研鑽を積みましょう。……ね、キュリエ?」

 と、キュリエさんに微笑みかけるセシリーさん。

「ああ。……ま、無理のない程度にな」

 視線は前方に固定したまま、キュリエさんは軽く手を挙げて応えた。

「それから、わたしたちのことを比べられないくらい好きだと告白してくれたクロヒコのことも……無理のない程度に、ですよね?」

 教室内が、セシリーさんの放った一言に、ざわっ、となった。

 ……あの、セシリーさん?

 キュリエさんが、呆れの息をつく。

「……おまえなぁ、今の、わざと聞こえるように言っただろ?」
「クロヒコが欲しいという気持ちは、今も変わっていませんから。ただ……今はキュリエのことも、同じくらい好きですよ?」
「フン……だから人を好きとか、そう簡単にだな……」

 キュリエさんは額をおさえながら、やれやれ、と首を振る。
 その手の下の頬は微かに、桜色に染まっている。

 …………。

 その後だった。

 ようやく教室の空気が落ち着きを見せはじめたところで――何人かの生徒が、聖遺跡の噂について話しはじめたのは。

 セシリーさんも、噂のことは知っていたらしい。
 噂を知らなかった俺とキュリエさんは、セシリーさんから説明を受けた。

 今年の聖遺跡は例年と比べ、どうも様子がおかしい。

 この噂は元々、去年と一昨年も聖遺跡に潜っている上級生たちの間で囁かれはじめたものらしい。
 よく言われることは、今のところ二つ。

 異種の出現率の高さ。
 そして、魔物の出現数の妙なばらつきである。

 これらは聖遺跡攻略において大きな壁となる。
 脅威度の高い異種との遭遇率が増え、さらに魔物の数自体が多いとなれば、攻略難度はぐんと跳ね上がってしまう。

 そのため、聖樹士の選抜試験を来年に控える三年生たちは、頭を抱えているという。
 小聖位の順位が選抜試験にも影響を及ぼすからだ。
 さらには、下級生にも噂が広がったことで、聖遺跡に行くのを躊躇する一年生もぽつぽつと増えだしたとか。

 これはあくまで噂であり、今はまだ、上級生の体感的なレベルの話らしいが……。

「まあ、わたしはその程度で聖遺跡攻略を諦めるつもりなど毛頭ありませんが……一応、頭の隅には留めておいた方がよいかもしれません」
「わかりました。ありがとうございます」

 俺が礼を言うと、セシリーさんは席に戻っていった。

 時計を見る。
 そろそろ朝の登時報告がはじまる時間だ。
 と、

「あー! 来ちまったぜ! 淀んだ空気のシケた教室に、今日も来ちまったぜ!」

 来てしまった。
 麻呂が。

「お? なんだこりゃ?」

 麻呂が、教壇の上に載っていた四角い布をつまみ上げた。
 多分ハンカチだろう。
 レースのついた淡いレモン色の、可愛らしいハンカチだ。
 落し物を親切な生徒が拾って、置いておいたのだろうか?曲美

「うぉ、きったねぇ! 年季ものかよ!? さっさと捨てちまえ、こんなもん! てか、誰のだよ! 名乗り出ろや、おらぁ!」
「……あー、それは、おれのなんだが」
「あぁ!?」

 ばっ、と麻呂が後ろを振り向く。

「げぇ!? ヨゼフ教官!」

 ごほんっ、と重々しく咳払いするヨゼフ教官。

「記念日に妻からもらった大事なものなんだが、どこかで落としてしまったらしくてな。今まで探し回っていたんだ……そうか、誰かが拾ってくれたのか。……拾ってくれた生徒には、感謝する」
「ま、待ってください、ヨゼフ教官! そ、そうだ……実は廊下で『お? なんだこりゃ? うぉ、きったねぇ! 年季ものかよ!? さっさと捨てちまえ、こんなもん! てか、誰のだよ! 名乗り出ろや、おらぁ!』などと無礼千万なことをほざいていた生徒から、おれが奪い返したんです! さっきのは、拾った時の状況を、獅子組の生徒どもに説明していて……!」
「……わかったから、返してくれるか?」
「も、もちろんです! いやぁ、教官の奥さんは、実に趣味がよろしい!」
「……わかったから、返せ」
「……ぃっす」

 …………。
 麻呂よ。
 どこに向かおうとしているんだ、おまえは……。

          *


 登時報告では、聖遺跡攻略のため、アイラさんが休みであることが伝えられた。
 昨日から、聖遺跡に潜っているらしい。

 それから、王都で起きた殺人事件の犯人は、未だ捕まっていない模様。

 そして登時報告の後の教養授業が終わると、次は戦闘授業である。

          *

 第一修練場には今日も剣を切り結ぶ音が響いていた。

 抜けるような青空の下、俺はキュリエさんと剣戟を交わし合っている。

 俺の剣を振るうスピードは昨日よりも格段に上がっていた。
 なんというか……『戦闘における勘』みたいなものが、自分の中に備わりつつある気がする。
 それに、驚くほど、身体が軽い。
 ただ――

 どくんっ。

 そう。
 これだ。

 火花を散らしそうな勢いでキュリエさんと剣を打ち合いながら、俺は、自分の内から『這い出てくるもの』を、意識する。sex drops 小情人

 主に、戦闘行為をする際に湧き上がってくる、この感覚。
 が、この感覚に身を委ねると――意識を、持っていかれてしまう。

 模擬試合の時も、昨日の戦闘授業の時も、そうだった。
 聖遺跡でゴブリンと戦った時も、この感覚が全身に満ちかけた。

 気づきかけては、いたのかもしれない。
 クラリスさんから、禁呪王の物語を聞いた時――

 禁呪王が『獣』になったという物語の後半部分を聞いた、その時から。

 昨日……寝る前、ずっとベッドの中で考えていた。
 禁呪が『禁呪』たる所以について。

 ……まだ確信にまでは至っていない。
 自分の中にある、憶測という名の霧を完全に振り払うには、まだ足りない。

 が、

 頭に響く声。
 もっていかれる意識。
 そして……俺の中にある、予兆めいた感覚。

 そこまでいけば、おのずと見えてくるものがある。

 異変――というべきもの。

 キュリエさんが指摘した、俺の身体の変化。
 なんの剣術の心得もない俺が、実力者たちから褒められた理由。

 …………。
 目を、逸らしていたのかもしれない。
 思考が『仮説』に辿りついた時、怖くなって、思わず目を逸らしてしまったのかもしれない。

 でも……強くなると、決めたんだ。

 だから、今はもう、目を逸らすわけにはいかない。

 昨日、クラリスさんと禁呪のデメリットについて話した時、俺は『デメリットだという実感がないのかもしれない』と言った。
 ならば――

 その通りに、してやる。

 この力を、俺にとっての、『メリット』にしてやる。
 今朝、キュリエさんに言ったことは本気だ。
 そして、もし将来、実際に第6院の人間と戦うことになったら――この力は絶対、武器になる。

 この力はおそらく、一時的、あるいは継続的に身体能力や感覚を高める、いわゆるブーストみたいなものなんだろう。
 その代わり、ブースト中は、何か『危ういもの』と意識が繋がってしまう……。

 だが俺は、この力を、使う。
 使いこなして、みせる。
 なんとしてでも。

 なんと、してでもだ。

 さらに斬撃の速度を上昇させる。
 それに合わせて、キュリエさんも速度を上げてくる。VVK
 

2014年9月23日星期二

創部

朝は五時に起床。そこから顔を洗って歯を磨いた後は朝食の支度を進める。白米に味噌汁、あとは秋刀魚の塩焼き。自家製の野菜ジュースも胃袋に流し込む。
 そして、一息ついた所で時計を確認する。曲美
 現在時刻は六時。
 俺はフッと笑みを浮かべるとTVをつけて録画番組を再生する。
「ふふふ……」
 思わず笑みがこぼれてしまう。すると、俺の視線の先――TV画面の中に可愛い美少女キャラが現れてアニソンがリビングの中に響き渡る。
「キタああああああああああああああ! うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 TVに映っているのは年齢は十八歳なのだが見た目が小学校低学年ぐらい。つまり幼女キャラの女の子が可愛い笑顔を振りまいていた。
「りんごちゃああああああああああん! 可愛いよおおおおおおおおおおおおおお!」
 俺のテンションは最初からクライマックスだぜ!
『おい! 朝っぱらからうっせえぞ!』
 隣の部屋から壁ドンしてくるのはつい先日引っ越してきたばかりの住居人さんである。
「あァ⁉ 文句あんのか⁉」
『すんませんっした!』
 まったく。人の幼女TIMEを邪魔するとは許せんやつだ。俺の朝の至福の時だというのに。
「ハァハァ。りんごちゃん可愛いよぉ……」
 今季人気アニメ『ふるーつがーるず!』という日常萌えアニメだが、唯一の欠点はこの作品には幼女キャラがこのりんごちゃんしかいない。
 だが、たった一人しかいない幼女キャラだからこそ、その価値はより深まる。
 そにりんごちゃんは赤髪というアニメ作品の中では可愛い子が多いカラーの髪色をしている(俺主観)。
 幼女。赤髪。
 この二つの要素があれば無敵だ。このアニメは今季一の人気をとることが出来るだろう。
 にしても『鬼の海斗』とも呼ばれている(不本意ながら)この俺が朝から萌え幼女アニメを見ているということを知られればどんな反応をされるか。
「本当に失敗だったなぁ……高校デビュー」
 アニメが終わると同時にため息をつく。
 なめられてはいけないと思って色々と春休みにイメチェンを施して「よーし、これでアニオタの友達を作るぞー!」と思っていたけれど、このビジュアルのせいで他人からは恐れられてアニオタからは敬遠され、そのせいで別のお友達に目をつけられて喧嘩の日々。
 姉ちゃん直伝の喧嘩テクのおかげで返り討ち。返り討ち。返り討ち。そしてまたリベンジと称して喧嘩。
 完全に、高校デビュー失敗である。

 ☆

 至福の幼女TIMEが終わると俺は家を出る。
 しばらく歩き、学園にたどり着くと周囲の生徒が俺を見て、
「でたぞ……鬼の海斗だ」
「近づくと殺されるぞ……」
「昨日は二百人が病院送りにされたらしいぜ……」
 桁が一つ違う。二百じゃなくて二十だ。
 少しげんなりとしながら門を潜ると同時に「うーっす」という気軽な声と共に肩を叩かれる。隣に駆け寄ってきたのは篠原しのはら正人まさとという学園に入ってから出来た俺の唯一の友人である。
 これがなかなかの事情通であり、よくある学園もののギャルゲーに出てくるような主人公の友人キャラのような立ち位置の奴だ。
「って誰がギャルゲに出てくる主人公の友人キャラだ! そこはせめて主人公にしろ!」
 ギャーギャーと一人で喚く正人をよそに俺はイヤホンを耳につけて携帯音楽プレーヤーで音楽(※アニソン)を再生する。
「にしても、昨日はかなり派手に暴れたらしいな」
「まあな。アニ○イトで予約してた『美幼女ようちえん』のイベントチケット付き初回限定盤BD第一巻を取りに行くのと一番くじをしに行こうとしたら絡まれてな。めんどくさいからぶっ潰した。一番くじのラストワン賞が何とか確保できてよかったぜ」
「ひゃー。怖い怖い」
「あのな、俺はただ絡まれただけだ。正当防衛だ。そこんとこを覚えとけよ」
「正当防衛で二十人以上を病院送りってのはやりすぎじゃね? 全治一カ月らしいぜ」
「いや、あそこまでギタギタのメタメタにぶちのめせば当分は襲ってこないかなと」
「本当に、相変わらずだな。つーか、こんなところでアニソンなんか聞いてて大丈夫なのか? お前が萌えアニメ&幼女大好きのロリコンだと知れたら色々とやばいんじゃないか。お前を恐れて喧嘩を控えている奴らが一気にに襲い掛かってきそうだぜ」
「その時はまた返り討ちにするまでだ」
 ぐっと拳を握りしめる俺の耳には以前として幼女キャラが歌うアニソンが流れていたのだが、それを引き裂くようにわっとさきほど潜った校門がやけに盛り上がっていた。
「おっ。お姫様のお出ましだ」
 正人が目をキラキラと輝かせながら解説する。
 その人物は学園のアイドルと称されている天美加奈あまみかなと呼ばれる美少女だ。
 正直いって、学園のアイドルなんて称号が漫画やアニメ、ギャルゲーの中いがいにも存在したことが驚きなのだが、まあ実際にそういわれても仕方がないと思う。
 金髪碧眼に整った顔立ち。豊満な胸。抜群のスタイル。
 その美貌は多くの者たちを魅了し、実際に俺でさえも素直に可愛いと思う。
 まあ、俺の琴線は二次元美少女or幼女なので微塵も興味はないが。
「おお~。相変わらずのナイスバディだな。しかも綺麗! 可愛い! 成績優秀! スポーツ万能! もう完璧だな!」
「本当に、ギャルゲーにいくらでも出てきそうな設定だな」
「設定いうなよ。つーか、お前は物事を二次元基準で考えるのを止めろ!」
「は? なにいってるんだお前は。理想の女性は二次元の中にのみ存在するんだぜ?」
 女なんて陰湿でチャラチャラしててすぐ人のことを馬鹿にして調子のいい時だけ男のくせにとか何とか言うんだ。三次元の女なんて最低の生物だね。ただし幼女は別。
「ていうかお前……本当に存在そのものがギャップの塊だな。喧嘩で無双してて鬼の海斗とまで称されているのにその実態が萌えアニメ、幼女、二次元美少女大好きの変態だなんてな」K-Y Jelly潤滑剤
「変態? 違うな。紳士といえ。紳士と」
「紳士へんたい」
「ぶん殴るぞ」
 そんなバカなやり取りをしていると件の天美がスタスタと近くを歩くのが見えた。それに伴ってギャラリーの視線も移動し、俺を捉えてビクッと震える。
 ……いったい何だ、この扱いの差は。
 いや、まあ、俺が高校デビュー失敗しちゃったのがそもそもの原因なんだけど。
 周囲に目をむけるのがそろそろ精神的にしんどくなってきたので何となく天美に視線を移すと、ふいに視線があった。

 あくまでも偶然なのだろう。天美は俺と視線が合うと周囲の人間に気付かれない程度にほんの僅か、一瞬だけ笑みを浮かべた。なるほど。確かにこの笑みにやられた男は数多いのだろう。
 まあ、相手が幼女じゃないので俺は別に何とも思わなかったが。やっぱり幼女がナンバーワン!
 天美が学園の校舎内に入っていくとすぐに外の生徒たちの熱い視線はいったんの収束を迎えた。
「うおー。やっぱり可愛いよなぁ。さすがリアル学園のアイドル!」
「まあ可愛いといえば可愛いな。確かに、この学園のやつらが夢中になるのも解るよ」
「おおっ! ついに海斗にも現実に目をむける時が来たか! うんうん。俺は友として嬉しいぞ!」
「でも二次元でもなければ幼女でもないからなぁ。あれで幼女だったらなぁ。金髪碧眼幼女なんて最高じゃねーか」
「こ、これが変態という名の紳士か……!」
 ほっとけ。

 ☆

 とりあえず。
 俺はこの学園の一年四組に所属している。夏休み前を迎えようとしている我がクラスだが、テストに向けて真面目に勉学に勤しんでいる。当然、その中にも俺はいるわけで、ちゃんと机の上に教科書ノートを開いて勉強していたりする。
 たった二ヶ月程度で高校デビューに大成功し過ぎたことから俺は周囲から恐れられているものの、あくまでもそれは俺の外見(と外での行動)の話だ。
 家ではちゃんと家事はこなすし、予習も復習もするし、萌えアニメも見るし、幼女の画像を見てハァハァもする。至って普通の健全な高校生である。
 今は高校入学後一ヶ月、嵐のように続いていた喧嘩も殆ど止んでいる(昨日は絡まれたが)。
 俺があまりにも勝ちすぎて無敵だのなんだのと噂に尾ひれがついてしまった為にここら一帯の不良たちから恐れられているからである。とはいえ、俺が実は萌えアニメ大好きで幼女を心の底から愛しているロリコン紳士だと知られれば間違いなく噂によって誇張されたイメージは崩壊。
 再び萌えアニメ視聴時間も削られる地獄の日々が始まることになる。
(それだけは絶対に阻止せねば……!)
 つまり、イメージさえ保てばいいのだ。
 こうして授業中に真面目に勉強していることでイメージが崩壊する恐れがあると一度、正人から指摘されたことがある。
 ……悲しい事に、な。

 授業中は先生も含めて、誰も俺に視線を合わせようとしないんだ……。

 ひたすら一心不乱に先生の授業を聞いている。この一年四組の成績が学年トップであることに少なくとも俺は一役買っていると思う。
 ま、まあ、おかげで俺は勉強に集中できるというわけだ。
 正人は同じクラスだがあいつも何気に真面目な所があるからな……。普通に勉強してるし。授業が一段落し、今度はクラスの誰かが指名されて教科書の音読が始まった。指定されたところを見ていると少し長かったので暇になった俺は(昨日の内にこのページは予習済み)ふと教室の中の視線を移す。
 天美加奈。
 俺の席は教室の一番後ろの窓際。対する天美はそこから離れた位置にある。だが、その存在感は圧倒的でこのクラスの中でもかなり目立っていた。
 まあ、確かに可愛いっちゃあ可愛いな。
 良い所のお嬢様で言葉遣いも丁寧だし、それを自慢する事もない。むしろ女子たちにも普通に人気があり、憧れの女の子、といったところだろうか。
 まあ、俺のような最底辺の人間には一生、縁の無いような子だな。
 ――と、再び教科書に視線を戻そうとしたときだった。

 あの天美と再び視線があった。チラリと、わざわざ頭をこっそりと斜め後ろに向けて。視線が、あったのだ。
「……?」
 珍しい事もあるもんだな。というか、正人なら喜びそうな状況だ。
 天美はまた周囲に気付かれないように微笑むと、何事も無かったかのように授業に集中した。

 ――――今思うと、これは一種の前触れだったのかもしれない。

 これから起こるであろう出来事の。福源春

 放課後になると、生徒たちがいっせいに下校する。
 部活動のある者たちは部活動へ、という流れだがこんな俺がどこかの部活動に所属できるはずもなく、当然ながら帰宅部である。
 まあ、別に帰宅部でもいいと思ってる。帰りはアニソンを聞きながらアニメショップへと寄って幼女キャラのグッズを買ってラノベを買って家に帰ると朝に観きれなかった録画したアニメをじっくりと堪能してから家事やって夕食を作ってあとは予習復習やって、風呂入ってラノベ読んでから寝る。
 今の俺の生活を知れば姉ちゃんも泣いて喜んでくれるだろう。
 と、下校途中、近くに大型家電量販店の前を通り、今日は確か新作のガ○プラの発売日だと思い出した俺は足を踏み入れた。模型コーナーはこの時間帯は空いており、殆ど人のいない模型コーナーの中をアニソンを聞きながら進んでいくと、さっそく今日入荷された新作ガン○ラを発見。
「あったあった」
 さっそく手に取ってみると、ふいに誰かの手と触れあった。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ……」
 相手は女子だった。声からして同年代だと思う。この時はガ○プラに視線が集中していたから顔を知らずにふいに触れてしまった手にげんなりとして、おいおいどこのラブコメだよと思った。
 うん、ていうかこういうイベントは普通、図書館とかで発生するもんだよね?
 何が悲しくて大型家電量販店の、それも模型コーナーで、それもそれもガトリングガンやらミサイルやら積んでるロマン溢れるガン○ラの箱をとろうとして手が触れなきゃならないんだ。
 いったい誰がこんな古き良きラブコメのテンプレを台無しにしたのはと顔を確かめる。これで幼女じゃなかったら更にダメージはデカい。
 ――――美少女だった。
 紛れもない、美少女だった。
 強いて言えば幼女じゃないのが欠点だろうか。
 だがこの殆ど欠点のない美少女に、俺は見覚えがあった。

「……天美加奈?」
「か、海斗くん?」

 そう。
 そこにいたのは我が学園のアイドル、天美加奈だったのだ。

 さて。
 これはいったいどういうことだろうか。
 わからん。さっぱりわからん。
 近所の大型家電量販店で学園のアイドルと格闘武器を一切搭載していないグゥレイトなロマンガ○ダムのガンプラ前でばったりと遭遇。
 ……うん。まあ、あるあ……ねーよ!
 だがこれは一大事である。
 正人いがいの人間にこの俺がオタク(ガチの人に比べればまだまだニワカかもしれんが)であることがバレれば俺のイメージダウンに繋がる。それはつまり他の不良たちへの牽制効果が消滅してあの地獄の日々に戻ることになる。
 そう、萌えロリ幼女アニメも満足に視聴できず、ひたすらTVのHDDに未視聴アニメが溜まり、積みゲー、積みプラが溜まっていくというあの地獄の日々が……!
 いやおちつけ黒野海斗。お前はやれば出来る子だ。
 ここからの選択肢を慎重に選べばこの場をどうにかしてやり過ごせるはずだ!
 こんな年増の女子相手を捌くぐらいわけないぜ!
 俺はギロリと殺気を含めた鋭い視線を目の前のか弱き美少女へと向けて、地獄の底から聞こえてきそうなドスのきいた声を出す。levitra
「あ? なんだテメェ。気安く触れてんじゃねェよ」
 決まった。
 この一言でどんな不良も退けてきた姉ちゃん直伝の威嚇攻撃。これでさっきのやり取りをなかったことに……。
「何を言っているのですか? このガン○ラに先に触れていたのは私です。触れてきたのはそっちですよ?」
 なん……だと……?
 バカな。俺のドスをきかせた必殺ボイスが効いていないだと?
 くそっ。この年増め。
「ていうか海斗くんもガ○プラに興味があったんですね? てっきり萌えアニメしか興味がないと思っていましたよ」
「ッ!」
 ば、バカな……! この俺が萌えロリ幼女アニメ好きだということを知っているだと⁉ こ、これなら確かに先程の威嚇が効いていないのもわかる。だってそれはつまり中身のないハリボテのようなものだからだ。
 内面が解ってしまえばギャップという恐ろしい現象で俺の怖さ(?)も激減してしまう。
「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
「て、てめぇ……何故、それを……」
「いや、昨日普通にアニ○イトに入ってくるのを見かけたのでこっそり観察してました」
 …………………………………………はぁ⁉
 見られていた⁉ 俺がア○メイトに入る瞬間を⁉ バカな。俺はわざわざ学園の連中がこないような自宅からも遠いところのアニメショップに通ってるんだぞ⁉ なのに、目撃されていた、だとぉ⁉
「にしても本当に意外でした。まさか『鬼の海斗』ともあろう方が萌えロリ幼女アニメ好きだったとは夢にも思いませんでした」
 そういって、天美はにっこりと微笑んだ。
 さようなら天国の生活。
 こんにちは地獄の生活。
「へ、へへ……こっちも意外だったぜ。まさか学園のアイドル天美加奈ともあろうお方がロボオタだったとはな」
 もはやノックアウト寸前のボクサーと化した俺はやけくそとばかりにテキトーな事を言ってみる。すると天美はうぐっという反応を見せ、
「な、なぜそれを⁉ なぜ私がこういったロマン機体にハァハァしたり自宅では趣味でプラモ製作&改造してネットではカリスマモデラーと言われ、更に朝夕晩と毎日かかさずロボアニメ三昧で合体シーンや換装シーンや発進シーンに萌えたり燃えたりするということを、なぜ知っているんですか⁉」

 あれ。今こいつなんていった?
「え? なにお前、こういうロマン機体にハァハァ出来たり自宅では趣味でプラモ製作&改造してネットではカリスマモデラーと言われ、更に朝夕晩と毎日かかさずロボアニメ三昧で合体シーンや換装シーンや発進シーンに萌えたり燃えたりしてるの?」
「なんのことですか?」
「おいコラとぼけんなこのBBAババア」
 ダラダラと天美の顔には大量の汗が流れ落ちている。冷や汗ってレベルじゃねーぞ。
 あくまでもシラをきるきかコイツ。
 それにしても仮にロボオタだったとして、雰囲気からして宇宙世紀信者っぽいなぁ。
「あなた今、私の事を宇宙世紀信者だと思ったでしょう」
「何故バレた⁉」
 エスパーか! いや、こいつガチモンのニュータ○プじゃね?
「バカにしないでください。私は宇宙世紀信者ではありません強いて言えばガン○ム信者です。ガノタです。宇宙世紀以外はガ○ダムじゃねぇとか言い出して可能性を否定するような連中と一緒にしないでください。そもそも私は全てのガン○ム作品を視聴し、全ての作品を愛しています」
「あ、そーっすか」
 自分で自分のことをガノタという辺りかなり痛い子だぞこいつ。
 オタクという生き物はこうやって他人に知識を披露するのが大好きな生き物だからな。この辺りで中断しておかないとどれだけの時間ここに拘束されるかわからん。Motivat

2014年9月22日星期一

可哀想な牛さん達

「断ってよかったんですか?」

 ユウとロプス達との話し合いで、未だ喧騒残る冒険者ギルドのロビーでコレットが心配そうに問いかける。

「いいんですよ。三体牛鞭
そうだ忘れないうちにこちらを預かって下さい」

 ユウはそう言うとコレットに硬貨を30枚渡す。

「ユユ、ユ、ユウさんっこれ白金貨じゃないですか!」

 コレットが驚くのも当然で白金貨を見るのも触るのも一般人であればまずないからだ。白金貨は1枚で1,000,000マドカ、コレットには報酬として預入の1%である300,000マドカが支払われる。
 この金額はコレットの2ヶ月分の給与と同額。周りの受付嬢が嫉妬の混じった目で羨ましそうにコレットを見詰めるのも当然だった。

「今回は取り敢えずその金額を預けます。あとこれもよかったら皆さんでどうぞ」

 アイテムポーチから大量のホットケーキを取り出すとカウンターの上に置く。ホットケーキからは湯気が立ち上り、甘い匂いが辺りに充満する。その様子を受付の仕事をしながら、チラチラ盗み見していた受付嬢達が歓喜する。

「ほら以前、コレットさんが他の受付嬢さん達もホットケーキを食べたがっていたと、言っていたじゃないですか。今回は多めに作ってきたので皆さんで食べて下さい」

「わ~良い匂いです。ありがとうございます」 

「本当に良い匂いね」

 コレットは背後からの聞き覚えのある声に全身が固まる。恐る恐る後ろを見るとそこには冒険者ギルド2F受付担当のエッダが立っていた。周りの1F受付嬢達が口々に不味いだの秘密がと慌てふためく。

「ユウさん、こういった物(・・・・・・)は普段から?」

 笑みを浮かべるエッダだったが、ユウはエッダから発せられる威圧感に戦闘中でもないのに思わず力が入る。

「はい。こういった差し入れは不味かったでしょうか」

 周りの受付嬢達が仕事を放り投げて、とんでもないやいつも感謝していると言った言葉をユウへと伝える。

「いえいえ。不味いのはこのような素晴らしい差し入れを、上司である私に黙って一部の者達(・・・・・)だけが独占していたことですわ」

 エッダはユウの両手を握り感謝の言葉を伝えると、逃げようとしていたコレットの肩に優しく手を置き、耳元で何事かを囁く。コレットは悲しそうな顔でレベッカや他の受付嬢へ視線を向けると、受付嬢達も悲しそうな顔をして頷く。
 大量のホットケーキをエッダは回収すると部屋の奥へと消えて行く。その後ろには悲しそうな顔をしたコレットさんを始め1F受付嬢達がぞろぞろと付いて行く。

「何が起こったんだ……」

「私には難しすぎてわかんないよ~」

「……欲深き者はいつも愚かな最後を迎える」

「これがウードン王国内でも1、2を争う冒険者ギルドとは情けなくなってきますね」

 ユウ達はエッダの後ろを黙って付いて行く受付嬢達が消えるまで見届けると、2Fに行きクエストを受注し妖樹園の迷宮へと向かった。
 尚、この事件により2時間ほど都市カマー冒険者ギルド1Fの運営が、完全に止まってしまったのは余談だ。

「おい、お前なんか甘い匂いをさせておらんか?」

「そんなことありませんよ。髪だけじゃなく鼻まで耄碌したんですか?」

「口の周りに食べ滓が付いとるぞ」

「あらやだ。私としたことが……まぁ冗談はここまでにして、ユウちゃんですが高位の錬金術師か時空魔法の使い手かもしれませんわ」男宝

 口元を拭いながら淡々と話すエッダとは裏腹にモーフィスの体が強張る。

「ユウちゃん?何じゃその呼び名は……いや、それよりどこからそんな突拍子もない話が出て来る」

「あら。ユウちゃんってかわいい呼び名でしょ?
 今日わかったんですがユウちゃんは、よく甘いお菓子を受付嬢に差し入れしてくれていたんですって。良い子ですわ。悪い子達はちゃんとごう――お仕置きしておきました」

 エッダの話についていけないモーフィスが何を言っているんじゃとツッコムが、エッダはあの子達は今まで隠して独占していたんですよっと話が止まらない。

「――それでですね。話が逸れてしまいましたわね。ユウちゃんの持って来るお菓子は手作りなんですって」

「話が逸れたままじゃぞ」

「今日、持って来たホットケーキという甘いパンも手作りで、アイテムポーチ(・・・・・・・)から取り出したホットケーキはまるでその場で作ったかのように出来たてでしたわ」

「おい、話が――出来たてじゃと?」

「ええ、ユウちゃんのお家から冒険者ギルドまで、どれほどの距離があるかご存知でしょう?」

 モーフィスが顎鬚を撫で始める。モーフィスが考えことをする時の癖だ。

「アイテムポーチに遅延の時空魔法が掛かっている可能性があると?ウードン王国内でアイテムポーチに遅延のスキルを付けれる錬金術師は?」

「そうですわね。居ませんわ」

 エッダから振った話であったが、居ないというエッダの返答にモーフィスはそうじゃなと頷く。
 ウードン王国内最高の錬金術師と呼び声高い『黎明のラーラン』でも創れるアイテムポーチは3級。その性能は重さ3,000キロまでの物を収納できるに留まる。ウードン王国国宝『豊潤の胃袋』と呼ばれるアイテムポーチで2級、性能は40,000キロまでの物の収納、聖ジャーダルクにある国宝『無限の聖袋』が物の状態を維持することができると噂されている。
 もし本当にユウが時空魔法の使い手であれば、戦争が起きかねないとモーフィスの頭を過るが、対応策をどうするべきか考えが纏まることがなかった。考えが纏まらないモーフィスがうんうん唸り、そんなモーフィスの頭部を横で立っているエッダが見下ろしながら微笑んでいると、ギルド長室のドアがノックされる。

「失礼致します」

 ギルド長室に入って来たのは2F受付担当のバルバラだった。その顔は不機嫌そうで苛立ちを隠していなかった。

「なんですか。その顔は」

「だってエッダさん、あいつ等ムカツクんですよ!
 権能のリーフかなんだか知らないけど、威張ってて嫌な奴等なんです!」

「入らせてもらうぜ」

「ちょっと!許可が出るまで下で待つように言ったでしょう!」

 バルバラを押し退けながら冒険者達が、ぞろぞろとギルド長室に入って来る。
 横柄な態度にバルバラは顔を真赤にし、エッダはあらあらと言いながらも目を細める。

「ふむ。何のようじゃ?」

「俺は権能のリーフ盟主カロン・バルドデッサだ。用件はエルダのことと言えばわかるよな?」

「エルダ?はて誰じゃそれは。向かいの酒場マリリンの看板娘は……エーデルか儂の秘書はエッダじゃしのぅ」

「しらばっくれんじゃねぇっ!」

 モーフィスの態度に激昂したカロンが机に向かって拳を振り下ろす。このままいけばモーフィス愛用の机は木っ端微塵になるところだが。

「あらあら。この机はギルドの備品ですわよ?もし壊したら大変(・・)なことになりますわ」 

 カロンの振り下ろされた拳をエッダが受け止める。エッダは落ちてきたコップを受け止めるかの如く、大して力を入れているとは思えない感じで拳を掌で受け止めている。
 その光景に周りのカロンの取り巻き達が動揺する。非力な女エルフがBランク冒険者で前衛職でもあるカロンの拳を受け止めたのだから無理はない。男根増長素

「てめぇ……まぁいい。俺が聞きたいことはギルドが情報を隠していたことだ!」

「ますますもってわからん」

「新しく発見された迷宮だ!お前等が何らかの情報を隠していたのはわかっているんだ。
 じゃなけりゃCランク迷宮でエルダが死ぬわけねぇっ!」

 ギルド長室を権能のリーフ達の殺気が満ちていく。殺気を向けられているモーフィスは何処吹く風で、エッダの入れた紅茶を美味そうに一口飲む。

「儂はエルダという名など初めて聞いたが、そう言えばギルドが新迷宮を発表する前にどこからか情報を仕入れた阿呆が、無謀な冒険をして死んだとは聞いたな。
 冒険者は常に死と隣り合わせ。ギルドが情報を隠していた?そのせいで死んだ?笑わせるな。
 迷宮内は自己責任、死んだのならその冒険者が弱かっただけじゃ。ギルドのせいにするなど以ての外じゃ」

「爺……俺等のバックに居るのが誰かわかっての発言だろうな」

「はて?誰じゃったかの……エッダ、知っておるか?あと儂は爺じゃない」

「存じ上げませんわね。あと爺ですよ」

 モーフィス達の舐めた態度に、青筋を浮かべたカロンの血管は千切れんばかりであったが、都市カマーでギルド長を殺せばさすがに財務大臣バリュー・ヴォルィ・ノクスの権力を持ってしても庇いきれない。カロンは一旦落ち着きを取り戻すと、周りの取り巻き達にも落ち着くように声を掛ける。

「後悔することになるぞ?」

「儂は今まで後悔など1度しかしたことはないのぅ」

「ふふ、髪の毛のことですね」

 カロンの全身は激怒のあまり激しく震えている。周りの取り巻き達も各々が武器の柄に手が掛かっていた。

「必ず後悔させてやるぞ……
 わかった話を変えよう。新迷宮の情報とユウ・サトウって冒険者の情報を教えろ。勿論、対価は支払う」

「話が変わっておらんが新迷宮の情報なら2F受付で購入するがいい。だがユウ・サトウの情報を何故、お主等が知りたがる?」

 今まで巫山戯ていたモーフィスが、態度を変化させたことにカロンは満足そうにする。

「へへ。こっちも事情は知らされていないんでな、言えることはねぇな。お前等は黙って冒険者ギルドが持っているユウ・サトウの情報を教えればいいんだよ」

 カロンの態度からモーフィスは、冒険者ギルドがギルドカードからステータスの情報を入手していることを確実に知っていると判断する。

「どうした?金なら出すって言ってるだろう。な~に、冒険者ギルドがギルドカードから冒険者の情報を集めているなんて、高位の冒険者なら誰だって知っている。
 そうだ。ついでに住んでる場所も教えて貰おうか」

 嫌らしい笑みを浮かべながら、カロンは取引に応じなければ冒険者ギルドが冒険者の情報を無断で集めていることを、暴露すると表情が物語っていた。西班牙蒼蝿水口服液+遅延増大

 ニヤニヤと笑みを浮かべながらモーフィスへ迫ってるカロンだったが、ギルド長室の隣部屋――モーフィスが仮眠する為に使用している部屋の扉が開く。

「お~お~、人が気持ち良く眠ってるのにうるせい奴等だな」

 欠伸をしながら部屋に入って来たジョゼフは、カロンの取り巻きを一人一人睨みながらゆっくりとモーフィスの元まで来る。2メートルを超える筋肉隆々のジョゼフに睨まれたカロンの取り巻き達は、先程までの殺気漲らせた態度が嘘のように目を逸らし、顔を青くしながら視線を合わせないように下を見る。まるでチンピラだ。

「あんた……ジョゼフ・ヨルムだな。豪腕の二つ名は王都まで轟いているぜ。
 俺は権能のリーフのカロン・バルドデッサ、知ってるだろう?」

 カロンは右手を差し出しながら挨拶をするが――

「知らねぇな」

「そんなわけないだろう。あんたと同じBランクの冒険者だ」

「知らないものは知らねぇな。
 でなんだ。ユウ・サトウの情報を寄越せだったか?」

「勘違いしないでくれ。対価は支払う。
 ギルドは金を俺達は情報を得る。どちらも損をしない取引だ」

 愛想笑いを浮かべながらジョゼフの肩をポンっと軽く叩く。

「こりゃ何の真似だ?喧嘩売ってんのか」

「違っ――ぐああぁぁぁあぁっ」

 ジョゼフはカロンの右手首を掴むと握り締める。ガントレットの上からにも関わらず、異様な音がギルド長室に響き渡る。

「や、やめろ!」

 カロンの取り巻きの1人が叫びながら、カロンの手首からジョゼフの手を外そうとするがびくともしない。他の取り巻き達も慌ててジョゼフの腕に群がるが結果は同じだった。

「なんだよ?お前等も俺に喧嘩売ってんのか」

「なんなんだよ!俺等が何したっていうんだ!俺達は権能のリーフだぞ。こんなことをしてどうなるかわかってるんだろうな」

 取り巻きが半ば悲鳴に近い声で罵声を浴びせるが、ジョゼフは耳をほじりながら欠伸をする始末だ。
 カロンの右手首から先は真っ青に変色しており、ダランとした手首は既に折れている。暫くすると飽きたジョゼフがカロンの手首を解放する。カロンは脂汗をかきながら慌ててギルド長室から逃げるように出て行き、取り巻き達も口汚く罵りながら出て行く。

「ジョゼフ、最初から起きてたな?」

「なんだよ。助けてやったのにお礼の1つもなしかよ。
 エッダ、なんか飲み物入れてくれよ」

「はいはい。少し待ってて下さいね」

 エッダはカロン達の醜態に満足したのか、嬉しそうに紅茶をカップへ注ぐ。

「ユウ・サトウの名前が出てきたから出て来たんじゃろうが!」

「やだやだ。年取ると卑屈になってやだね~」西班牙蒼蝿水

「ふふ、本当ですね」

「儂はまだ133歳じゃっ!」  

2014年9月18日星期四

えらいものが来ちゃったらしい

どうしてこうなった、と蓮弥は手の中のコップをなんとなく撫で回しながら思った。
 コップの中に入っているのは、元の世界で言う所の緑茶に近い味のお茶である。
 こちらの世界にも紅茶、緑茶の類は存在しているのだが、紅茶は間違いなく紅茶の味をしていたのだが、エルフの国で口にした緑茶はなんとなくであるが味が違う気がする蓮弥だった。花痴
 匂いも味も、元の世界の緑茶に似てはいるのだが、ほんのわずかにだが緑茶にはない香りと、甘味があるような気がして仕方ないのだ。
 香りの方はなんとなくではあったが、木の香りではないかと蓮弥は思っている。
 おそらくは保存方法がなんらかの木製の入れ物に入れて保管しているのだろうが、その入れ物の匂いが移ってしまったのではないか、と言う推測だ。
 嫌な匂いではないが、やはりお茶の清々しい香気を殺してしまっている感じが否めない。
 甘味に関しては、蓮弥としてはあまり信じたくないのだが、砂糖が入っているのではないかと思っている。
 元の世界でも緑茶にミルクと砂糖をぶち込んで緑茶オレ、等と言う飲み物があったと言う知識が蓮弥にはあるが、到底好みに合うものではない。
 総じて、提供されたこの飲み物は蓮弥の嗜好には合わない代物だった。
 それはまぁ仕方がない、と自分に言い聞かせる。
 提供された食べ物に、ケチを付けると言うのは、エルフと人間の嗜好の差を考えてみても実に失礼な行為に当るだろうと蓮弥は思う。
 お茶に関する考察はさておいて、蓮弥は自分が置かれている状況へと目をやる。
 膝の上で、両手でコップを持ち、ふーふー吹きながらお茶を啜っているのはフラウだ。
 肩車か膝の上で抱っこするのがほとんど定位置となってきている雰囲気があるが、実害があるわけではないので蓮弥もそこは容認している。
 蓮弥の左隣では、僧服姿のローナが、こちらもカップを両手で保持してお茶に口をつけている。
 済ました顔をしているが、時折ちらちらとフラウの方を見る目がなんとなく羨ましそうな表情に見えるのが蓮弥は気になったが、現状の把握には関係ないので見なかったことにする。
 さらにその左には、いつもの黒い上着に赤い袴で、デザイン的には巫女服のような格好をしたシオンが、コップをテーブルに置いたまま、テーブルを挟んだ反対側に向けて、威嚇するような視線を送り続けている。
 その視線の先にいるのはクロワールだ。
 こちらもコップには手をつけず、送られているシオンの視線に臆することなく睨み返している。
 二人の間に何があったのか、蓮弥には知る由もなかったが、雰囲気としては険悪であるらしいことは間違いないようであった。
 これにはワケがある。
 転送門と言うものは行って帰って一往復すると、行き先がエルフの国の場合、また様々な手続き等で二日の猶予が必要になるのだ。
 いましがた通ったばかりだから、と言うのが通用せず、手続きがまた最初からやりなおしになる為だ。
 クロワールはこれを利用して、シオン達がククリカの街に帰った後、その二日間の間に蓮弥をエルフの国の首都である皇都へ連れて行こうとしたのである。
 名目上は報酬の相談と手渡しだ。
 実態はエルフの国の奥深くまで蓮弥を誘い込んだ後に、できることならば人族の大陸には返さずに永住してもらおうという意図があった。
 これは桁外れの魔力と戦闘力を持ち合わせる蓮弥をエルフの国に引き止めておくことからくる実益もさることながら、クロワール自身が蓮弥を帰したくないと思った所に起因している。
 35番目だろうが皇帝の娘、と言う肩書きはそれなりの権力の行使を可能にするのだ。
 余談だが、エルフの国において、それなりに裕福で地位のある家柄であれば、娘や息子の数の総計が30を超えることは珍しいことではない。
 作って養えるのであれば、作ることになんの罪悪感があろうか、がエルフの価値観であり、それを可能にする若さと寿命を持ち合わせているのだから、自然な事である、とも言える。
 この世界におけるエルフの繁殖力は、それなりに逞しい。
 そうでなければ、エルフと言う一つの種族だけで一つの大陸を席巻することなどできなかっただろう。
 話は戻る。
 クロワールの計画は、なんとなくにでも意図を察した蓮弥の抵抗にあって難航していたのだが、これにとどめを刺したのがシオンだった。
 本来、二日間は戻れないはずのシオンが、翌日あっさりとエルフの国に舞い戻ってきたせいである。福源春
 流石にクロワールもこれには驚いた。
 慌てて手続きを見直させたのだが、どうやらシオンは通常の手続きをすっ飛ばしてかなり強引な手段で転送門の使用の許可をおろさせたらしい。
 できないことではない。
 できないことではなかったが、それをする為にはそれ相応の権力が求められる。
 シオンが蓮弥の所に戻る前に、蓮弥の皇都行きの言質だけでも取ってしまおうと焦ったクロワールが蓮弥を説得している最中に、シオンが乱入。
 そのまま、どういう理屈なのか事態をあっさりと把握したシオンがクロワールと口喧嘩をし始めて、事態は混乱し始めて、最終的にはにっこり笑う蓮弥の両手を駆使したアイアンクローにシオンとクロワールが一気に撃沈されて沈黙。
 人族の共通語とエルフ語の間で、通訳なしになんで口喧嘩が成立したのだろうと訝しがりながら、蓮弥はこれ以上騒ぐようなら割るからなと警告を送り、割られてはたまらないからと睨み合うだけとなったシオンとクロワール。
 ローナとフラウは我関せずを貫き、さてどうやって収拾をつけたものかと蓮弥が思案し始めた辺りでエルフの衛兵が、来客の到着と客間へご足労願いたいと言う言葉を携えて蓮弥を訪問してきた。
 そして今に至るわけだが、と蓮弥はうんざりした視線をテーブルの上座へ向ける。
 そこに座っているのは、一言で言うならば美男子であった。
 所謂イケメンと言う存在である。
 短くさらさらとした金髪は綺麗に整えられ、細く整った顔立ちは女性ならば十中八九はすれ違えば振り返って二度見することは間違いないだろう。
 身につけている萌黄色の衣装には、きらびやかではあるが嫌味にはならないくらいの装飾が施されており、細くしなやかなその手には宝石をあしらった錫杖が握られている。
 その背後には完全武装のエルフの兵士が数人、かなり緊張した面持ちで直立不動の体勢で待機しており、座っている人物が醸し出している雰囲気とあわせて、相当な地位にあるエルフなのだろうことはたやすく見当がついた。

 「なぁ……本物か、あんた?」

 本物なんだろうなぁと思いつつではあったが、一応確認のために蓮弥は尋ねてみる。
 その人物が誰であるかと言うことは事前にクロワールから説明されていたのだが、今一つ信じられないと言うか実感が沸かない。
 普通に考えて、クロワールが口にした人物は、おいそれと出歩くことなど出来ないはずだからだ。
 そんな蓮弥の疑いの視線を向けられても、上座の人物は気を悪くした様子も無く、ほんの少しだけ首をかしげてみせた。
 動作の一つ一つが妙に優雅で、蓮弥はやっぱり本物なのだろうなぁと思う。

 「本物なのか、とは?」

 尋ね返してきた声は低く通りの良い美声だ。
 女性ならば、耳元で囁かれただけで腰が抜けるかもしれないくらいに艶も含んでいる。

 「だから、目の前におわしますあんたが、35人も子供作っちゃった、人族の俺から見れば信じられない程の種馬たる、ロイシュ=パス=ティファレト皇帝陛下ご本人でしょうか、と尋ねてる」

 蓮弥の質問に、部屋の空気が凍る、ようなことはなかった。
 相変わらず兵士達は緊張した面持ちのままであったし、種馬呼ばわりされた本人は聞いているのか聞いていないのか分からないようなおっとりとした表情のままだ。
 一応、シオンとローナの表情は固くなったが、クロワールはテーブルの上に突っ伏してしまったままぴくりともしなくなっている。勃動力三体牛鞭

 「その質問にならば、否、と答えよう」

 てっきり怒り出すかと蓮弥は思っていたのだが、上座の人物はあくまで優雅にゆっくりと首を左右に振って蓮弥の質問を否定した。
 首を振る動作にまで気品が溢れてるとか、高貴な人物と言うのは恐ろしいなと思う蓮弥であったが、すぐにその首を傾げる。
 答えが否定だと言うことは、目の前の人物はクロワールから聞かされていた皇帝陛下本人ではない、と言うことなのではないかと。

 「どういうことだ?」

 「それは、だな」

 上座の人物は言葉を続けるのに少しためを作ってから。

 「私は第12代皇帝であるロイシュ=パス=ティファレトであることは相違ない」

 「ふむ?」

 「だが、人族の貴殿からすれば信じられぬ話ではあろうが、私が成した子の数は、認知していない隠し子も含めれば全部で100を超える。35と言うのは私の正室との間の子の数であり、私の子全てとなればそれは間違いであるが故に、否と答えた」

 「おいこら駄目親父? 認知してやれよ……」

 「父様っ!?」

 流石に聞きとがめて低い声を出した蓮弥の言葉に、どうやら初耳だったらしいクロワールの悲鳴が重なる。
 人数に驚いたのか、皇帝陛下のぶっちゃけ具合に驚いたのか、ローナは椅子の上からずり落ち、エルフ語のわからないシオンは何が起こったのかわからず目をぱちくりとさせている。
 一人、フラウだけが蓮弥の膝の上で、いまだお茶の入ったコップをふーふーと冷ましている。

 「駄目親父とは心外な。全て私の裁量の内で不自由なく育てていると言うに」

 「甲斐性はすごいなおい……けど、皇位継承権とかどうするんだよそれ……」

 椅子からずり落ちたローナが椅子に戻ろうとして、ずり落ちた時に結構際どい所まであらわになった太ももや、揺れる胸元に皇帝陛下の背後の兵士の何人かが、ガン見と言っていい視線を向けているのを、ここまで改革派の波が届いているのかと慄きながら蓮弥が尋ねる。

 「心配には及ばぬ。私の治世はあと300年は続くであろうから、その間にどうとでもなる」

 「滅びろ、エルフ……」

 「レンヤさん……お気持ちは分かりますが、一応私の国でもありますので……」

 初めて聞いた現実から受けたショックから立ち直れていないらしいクロワールが、それでもなんとか声を搾り出す様子に、なんとなく同情が沸いた蓮弥はそれ以上の追求は避けることにした。

 「して、レンヤと言ったか。この度、魔物の軍による襲撃からこの街を守ってもらったこと。まずは礼を言わねばなるまい。貴殿のおかげで私の国民や兵士が多数死なずに済んだ。この通り、礼を申す」蒼蝿水

 皇帝が蓮弥に頭を下げるのを見て、エルフ達の間にどよめきが起きた。
 それを蓮弥は嫌そうに手を振りながら。

 「止めてくれ、こっちにはこっちの思惑があってやったことだ」

 「何を望む、と尋ねてみるが?」

 顔を上げながら尋ねられた蓮弥は、指折り数えながら思いつくままに言ってみる。

 「えーとだな。醤油と味噌の安定供給とか、なんか珍しい食べ物がいいな。人族の大陸じゃ手に入りづらいものなんか最高だ。アロスって作物があるなら、そいつも欲しいし、それと金属、貴金属の類はもらえるものならもらえるだけ欲しいね。なんかあるんだろ? 珍しい金属とか箔の付いた材料とか? あのエルフの固有魔術と言うのもいいな。教えてくれるなら教わりたい。それと家が一軒ほしいな、小さいのでいいから。別に住む気はないんだが、拠点は沢山あるに越したことはないしな。領地とかくれるならもらわないこともないぞ? 爵位とかはいらないから、徴税権だけくれ。それからー……」

 「流石に欲張りすぎでしょー……」

 蓮弥が何を言っているのか、ローナに通訳してもらっていたシオンが呆れて呟く。

 「皇帝陛下が何が欲しいってわざわざ尋ねてきたから言ったまでだぞ? 望むだけならタダだろうに」

 当然だろうと蓮弥は悪びれた様子も無い。
 蓮弥の要求を黙って聞いていた皇帝は、テーブルの上に身を乗り出し、肘をついて指を組むと、蓮弥をじっと見つめながら口を開いた。

 「この身は皇帝の位にあるが故に、貴殿の望み、今の所全て叶えてやれなくはない」

 「もったいぶった言い方だな。素直に望みすぎた馬鹿め、と言えばいいものを」

 「いや、街一つとそこの住民に兵士の命全ての価値を考えれば、領地はちと行きすぎた気もするが、それ以外はそうでもない。ああ、固有魔術の習得は諦めた方が良い。あれはエルフと言う種族であることが前提条件となるが故に」

 「じゃあ領地以外はくれるって言うのか?」

 いくらなんでも気前が良すぎやしないだろうかと思う蓮弥。
 その蓮弥の言葉に皇帝は頭を振った。

 「一つ、私の提示する条件を飲んでもらえるのであれば。領地も下賜しよう。どうだ?」

 皇帝は蓮弥の目をじっと見つめながら、にやりと口の端を歪めて見せた。SEX DROPS

2014年9月17日星期三

ちょっと息抜きらしい

ちょっと話がある、とクロワールが蓮弥の執務室に呼ばれたのは、とある日の昼下がりの事であった。
 呼出し、と言う行為にクロワールはあまり良い印象を持っていない。
 大体そう言った方法で声がかかる場合と言うのは、待っているのが何らかのトラブルである確率が非常に高いからである。曲美
 これはエルフの国に居た頃の経験からくる話であったが、きっと人族の大陸においてもあまり状況は変わらないのではないかとクロワールは思っていた。
 トラブルの種と言うのはきっと全世界共通なのだと。
 それでも蓮弥からの呼び出しである以上は、無視することができない。
 立場的には伯爵からの正式な召集である上に、蓮弥は人族の大陸におけるクロワールの身元保証人でもあり、さらに保護者でもある。
 加えて、クロワール自身にとっては想い人でもあり、恩人でもあった。
 なんとかエルフの国に引き込めないものかと思ったこともあるのだが、どうしても父親である皇帝への蓮弥の印象が最悪に近かった為に断念。
 後に蓮弥がトライデン公国の貴族に取り立てられてしまったので、そちら方面の道はほぼ絶望的になった。
 代わりに蓮弥が貴族となり、複数の女性を妻として迎え入れてもなんら問題の無い立場になったので、もう自分が蓮弥側に引き込まれてしまった方が楽だろうなと思っている。
 父である皇帝にもその辺りのことはそこはかとなく手紙等で伝えてはいるのだが、特に目立った反応が返ってきたためしがなく、比較的どうでもいいと思われているのかなと思い始めていた。
 それはともかくとしても呼び出しには応じなければいけないのだからとクロワールは最近お気に入りになった紺色のスカートに白のシャツ、紺色の上着を羽織って黒のニーソックスに銀色のパンプスと言った格好に着替えて蓮弥の執務室へと向う。
 ちなみに、クロワールが身につけている服は全てフラウの手製によるものだった。
 どうもエルフであるクロワールは、人族の職人が作る丈夫さ優先でどこか野暮ったい服装を身につけることに抵抗があった。
 その点、フラウが作り出す服は薄手でも丈夫であり、さらにデザインが既存のものとはまるで違う。
 材質がいまひとつ不明と言う所にそこはかとなく不安を覚えなくもなかったのだが、どうしても見栄えと着心地といった点において優れている為に、クロワールは衣服の全てをフラウに依存していた。
 余談ではあるが、クロワールが身につけているインナーも全てフラウの手製である。
 但しこちらについてはそのデザインと機能性をクロワールは重宝していたのだが、偶然彼女のインナーを目にしたローナとシオンが顔を背けて顔色を真っ赤にしたことからどんなデザインであったのかは推して知るべしであろう。
 蓮弥の執務室の前へと到着したクロワールは一つ息を整えてからドアをノックする。
 間髪入れずして「どうぞ」と言う答えがあったので、ノブを回してドアを開けて中へ入ると、どこか不機嫌そうな顔をした蓮弥が執務室の机に座っているのがまず目に入ってくる。
 これはやはりトラブルの種らしいと、内心溜息をつきつつクロワールは優雅に一礼し、蓮弥が座っている机へと近づいた。

 「お呼びと伺いました」

 「まぁね。取りあえず……あぁすまん、椅子を用意していなかった」

 元々蓮弥がデスクワークをする為の部屋であるので、来客を迎えるような調度は用意されていない。
 クロワールを立たせたまま話をすることを良しとしなかった蓮弥であるが、お気になさらずと言うクロワールに蓮弥は机の上をとんとんと人差し指で叩きつつ。

 「ここに座る?」

 「机の上にですか? お行儀が悪いですよ?」

 「気にするような奴はここには居ないしな。それにエルフの姫君を机に座らせて、仕事をする貴族なんて俺くらいだろうから、なんとなく優越感が沸くかもしれない」

 たぶん、冗談で言っているのだろうが、どこまで冗談でどこまでが実感なのか分かりづらい蓮弥の表情に、クロワールは少しだけ考えるフリをしてから、ひょいと机の縁に腰掛けた。
 ちょうど蓮弥の右斜め前に背中を向ける形で座ったクロワールであったが、その姿を見ながら蓮弥はこっそりと思う。
 意外とこれは良い景色かもしれない、と。
 机の上にちょこんとお尻が乗っかり、そこからすらりした背中が見え、最後に肩越しに振り返るようにしてこちらを見て微笑を浮かべているクロワールの顔がある。K-Y Jelly潤滑剤
 仕事はまるで捗りそうに無いが、気持ちは非常に安らぐ気がする蓮弥であった。
 そんな蓮弥の視線を知ってか知らずか、いたずらっぽく笑ったクロワールはこのままだとあまり話が進まない気がして、取りあえずは呼ばれた用事の方を片付けてしまおうと蓮弥に話しかける。

 「それでレンヤ、本日のご用向きは?」

 「あ? あぁそうだった。ちょっと見てもらいたいものが届いてね」

 言われてようやく思い出したかのように、蓮弥が机の下からよっこいしょと取り出したのは、一目見た感じでは一抱えもあるような巻紙だった。
 取り出されたものの正体が分からずに、頭の上に疑問符を浮かべるクロワールの目の前で蓮弥は取り出したその巻紙の一部を机の上に広げる。
 そこには細かくびっしりと文字が書き連ねられていた。

 「お手紙でしょうか?」

 「エルフ語のな。お前さんの父親の、あの皇帝陛下からの手紙だ。今朝届いた」

 答えた蓮弥の顔は、嫌そうと言うよりは意味不明なものを見る訝しげな表情だ。

 「俺もエルフ語は読めるわけだから、最初から読んで見たんだが……全く意味が分からない」

 「と、言いますと?」

 「まぁ実物を読んでもらった方が早いだろうな」

 「私が目を通しても良いものなのでしょうか?」

 エルフの国の皇帝陛下から、トライデン公国の伯爵への一応親書である。
 おいそれと他人の目に触れさせて良いものとは到底思えないクロワールだが、蓮弥はあっさりと頷いた。

 「あぁ、そもそもエルフの国の皇帝陛下が、人族の国の貴族に直接親書を送ってくる方がおかしい。どうせクロワールに見せることを見越した手紙だろ」

 クロワールは机の上に腰掛けたまま、手紙を手繰り寄せて中身へ目を落とす。
 そこに書かれているのは他愛ない文面であった。
 時節の挨拶に始まって、エルフの国の様子やら田畑の作物の出来具合の話。
 そこから何故だか皇帝自身の近況報告に始まって、多数いる皇后の名前から性格、最近こり始めた趣味の話へと移り、その各皇后が生んだ子供の名前から名前の由来へと話が続いていく。

 「正直言って、あの皇帝がよこした手紙だ。ただの手紙だとは思っていないんだが……中身があまりにも俺と関係なさすぎる」

 「レンヤは、これなんだと思いました?」

 「婉曲な嫌がらせ」

 はっきりと答えた蓮弥の言葉に、クロワールは苦笑する。
 それは確かにこれはあの皇帝陛下の嫌がらせだろうと思ったからだった。
 何かしら蓮弥に伝えたい為に書いた手紙なのであれば、解読するのが難しすぎる代物で蓮弥は頭を悩ませることになり、何も伝えたいことが無いのだとしても今度はその意図を図りかねて蓮弥は頭を悩ませることになる。
 どちらのせよ、蓮弥はこの手紙について否応無く考えなくてはならない事態に陥るというわけだった。

 「手紙くらい素直に書けないのか、あの皇帝は……」

 「こう言ういたずらは、エルフが好む所ではありますね。レンヤはこれを読んでどう思いました?」

 笑いながら問いかけてきたクロワールの質問の意味が分からずに、蓮弥は首を傾げる。

 「率直に、思った事を教えてください」

 「……皇帝陛下が書いたにしては、どうにも中身が平凡だし、言い回しも普通だ。ただ……所々、意味不明な単語があるのが気になった」福源春

 書き間違えなのかと蓮弥は思っていたのだが、蓮弥の異世界言語の技能で翻訳できない単語が結構な数混じっていたのだ。
 それは蓮弥の理解できる言葉に変換されずに、エルフ語の文字の羅列として蓮弥の目には見える。

 「これは、エルフの国の勇者が選定されたので、人族の勇者との面会を希望したい。ついては日時の打ち合わせを行いたく、外交官をそちらへ送りたいのだが都合の悪い日はあるだろうか、と書いてありますね」

 長い手紙を巻き取りつつ目を通していたクロワールが言うと、蓮弥が驚いた顔でクロワールを見た。
 当然であるが、蓮弥が見た手紙の中身にはそんな一文は全く書かれていない。

 「他にも色々……私の近況はどうだろうかとか書いてありますが、まぁ伝えたい中身は勇者関連のことだけだと思いますよ?」

 「どこに書いてあるんだよ、そんな話?」

 文章の量が膨大すぎて見落としただろうかと思う蓮弥に、クロワールは全く方向の違う質問をぶつけてきた。

 「そうですね。レンヤはこの手紙を、エルフ語の文字として見ることはできるんですか?」

 言われて蓮弥は意識を人族の言語へと切り替える。
 途端にそれまでは意味の分かる文面だったものが、全てエルフ語の文字の連なりへと変化した。

 「見れるみたいだな」

 「そうですか。それで、意味の分からない単語がどれか分かりますか?」

 尋ねられて、改めて手紙の上の文章に目を落としてみる蓮弥ではあるが、その状態ではワケの分からない記号の羅列にしか見えず、どこがどの単語であるのかさっぱり分からない。

 「……いや、この状態では全く分からない」

 「なるほど、父様はレンヤの技能を御存知だったのかもしれませんね。この手紙、ちょっと落書きしても良いですか?」

 机の上にある羽ペンと、インク壺を自分の近くに引き寄せつつ許可を求めたクロワールに蓮弥は頷く。
 蓮弥の許可を確認してからクロワールは手紙の上に膨大な数並んでいるエルフ文字の一部に丸を付け始めた。

 「普通、手紙を書くときは筆記体で書くものなのですが、これは態々ブロック体で書かれています。そしてレンヤが読めなかった意味不明な単語と言うのは単語のうちの一文字が違う文字に置き換えられているから、意味が通らなくなっているんです」

 「ふむ?」

 説明しながらクロワールは次々に手紙の上に丸を描いていく。
 ある程度丸の数が揃った所で、今度はその丸を順番に線で繋いでいくクロワール。

 「暗号の手法としては……わざと間違った字を書いてその位置に意味を持たせると言うのは、使い古された手ですね」

 繋がった線を蓮弥がエルフ語に意識を切り替えて目にすれば、その線は「ユウシャ」と言う単語となって目に飛び込んできた。
 つまりあの皇帝は、この暗号を仕込むためにわざわざ長々とした文面を考えたらしかった。levitra
 一抱えもあるような巻紙は、この方法だと一文字を暗号化する為に相当な量の文面が必要となり、そのせいでダミーの手紙が長くなりすぎた結果であるらしい。
 どっと疲れが押し寄せてくるような気がして、蓮弥は机の上に突っ伏した。

 「何考えてんだ……」

 「そうですね、なんとなくは分かりますけども」

 疲れきった声を出す蓮弥とは対照的に、クロワールはどこか嬉しそうな声でそう言った。

 「分かるのか? このくだらない悪戯の意図が?」

 「ええ。第一には勇者の選定が終わったことを、今の所人族の勇者を擁しているレンヤに伝えたいということなのでしょうが……たぶん、父様はレンヤにはこの手紙が読めないだろうと思って、書いたと思うんですよ」

 「そこに嫌がらせ以外の意図があるとでも?」

 「はい、だってレンヤが読めなければ、誰かに相談しようとしますでしょう?」

 にこにこと笑顔のクロワールは自分の推理を披露する。

 「エルフの国の皇帝からの親書ですから、その辺の誰かに相談するわけにもいかず、自然と私に相談するだろうことは予想するに容易いことですよね」

 「そりゃ、俺の近くにいるエルフはクロワールくらいなのだから、順当にいけばクロワールに相談することになるだろうな」

 「しかも中身の分からない親書です。余人には見せられないでしょう?」

 中身に何が書いてあるのかも分からない状態で、もし他の人族に見せてはいけないような内容の手紙だったりすれば、非常に不味いことになるのは当然だ。
 もっともそんな危ない内容の手紙を、他国の貴族に直接送りつけるような事は通常ありえない話なのだが、あの皇帝ならばやりかねないと言う危うさが今のエルフの国の皇帝にはあった。
 一度、実物を見ているだけに、さらにその考えは強いものになってしまっている。

 「言いたい所が分からないな?」

 「この手紙を送れば、レンヤは私に相談する以外なく、しかも中身が分からないので他の誰かを同席させることもできない。つまりはですね」

 笑顔のままクロワールがほんの少しだけ声を潜めた。
 その笑顔のどこかに、何か黒いものが潜んでいた気がして椅子の上で蓮弥が僅かに身を引いてしまう。

 「余人を交えず二人きりになれる、と言うことを見越して送られてきたんですよ、この手紙」

 クロワールの言葉に、蓮弥は沈黙してしまう。
 その沈黙をクロワールがどう取ったのか、蓮弥には分からなかったがクロワールは上機嫌で先を続けた。

 「気を遣うくらいの考えが父様にもあったのは驚きです。本当は私がもうちょっと色々考えたり、試行錯誤したりして時間を引き延ばすだろうと思って書いたんでしょうけれども、レンヤが困ってるみたいでしたので、さくっと解いてみました」

 「あー……そうだな、気遣いには感謝する」

 「そういうわけですから、レンヤもその辺は汲み取ってくれると嬉しいです」

 はっきり言い切られてしまって、蓮弥はそっと視線をクロワールから外した。
 何故だか、直視できなかったのだが、そんな蓮弥の仕草にクロワールは嬉しそうな気配を強くする。

 「誰か呼ばないと、ここは茶も出ないんだぞ?」

 「構いません。……もうしばらくこのままで」

 請われて蓮弥は深く溜息をつき、椅子に深く腰掛けて天井を仰ぐ。
 お茶もお菓子も出ないような状態で、ただ二人だけでいることに何の面白みがあるのやら、と潤いの無い考えが蓮弥の頭の中を巡っているが、机の上に腰掛けたまま嬉しそうに笑っているクロワールを見れば、それだけのことでも嬉しがっているのだから、このままでもいいかと思ってしまう。
 重要な話があるから、と執務室には誰も来ないように言い含めてあるので、蓮弥が誰かを呼ぶまでは誰も執務室を訪れることはない。Motivat
 こうしてクロワールは、蓮弥の傍にいる限りはあまり享受する事の無い、とても静かで落ち着いた時間を堪能するのであった。

2014年9月15日星期一

身を挺して

時が経つのって早いね。それに、慣れって怖い。
 カイザーコングである、サリア(この名前で呼ぶ気はさらさら無いが)に連行されてから早1週間が経過してしまった。
 ……なんかもう、ゴリラでもいいんじゃないだろうかと思いつつある自分に驚きとドン引き。流石にゴリラはマズイだろ。だって種族全然違うじゃん。精力剤
 でも、あのクソゴリラの家事スキルと言えば、人間の一般女性より高いのではないだろうか?と思う程の凄さ。もうビックリだ。
 そして、最近にクソゴリラの毛を触らっせてもらったけど、これがまた何とも言えない気持ちよさ。尻尾もサラサラフワフワと言う凄まじい手触りなのだよ!
 第一、散々俺が罵り続けている訳だけれども、元々は俺が相手の事をどうこう言える立場では無いんだよね。だってイジメられっ子だもん。今でこそ痩せたけど、地球にいた頃は、デブ・キモい・不細工・汚い・臭い……もう最悪じゃないか。下手すればゴリラよりひどい。いや、絶対酷い。
 そんな事を思いつつも、何気に食事なんかも美味しいモノが何時も食べられるこの状況に満足しつつ、脱出しなきゃなぁ、なんて考えている今日この頃だ。
「誠一、ハイ」
「ん、有り難う」
 俺はクソゴリラから朝食を受け取る。……うわぁ、新婚みたいだ。本格的にヤバいぞ。
 自分の精神状態や状況に軽く引きつつも、朝食を受け取り食べる。
 ……相変わらず美味いんですけど。ゴリラじゃなければ、そりゃあいいお嫁さんだろうにね。
「ソンナ……照レル」
「心読んでんじゃねぇよ」
 コイツが時々怖い。何で心読まれてるんだよ。
 カイザーコングの……というより目の前のクソゴリラの最近発覚しつつある新たな特性にドン引きしていると、クソゴリラは何かを思い出したような仕草をした。
「ソウ言エバ、今日、探索ノ日」
「……探索?」
 思わずそう訊いてしまう。
「ソウ。私、クレバーモンキー達引キ連レテ、『進化ノ実』、探シテル」
「!?」
 進化の実だと!?
 俺は、クソゴリラの口から飛び出した言葉に目を見開くほど驚いた。
「誠一、進化ノ実、知ッテル?」
「…………」
 どうしよう……ここは正直に知ってると言えば良いんだろうか。それより、知らない事にして情報を聞き出せたりしないだろうか……。
 少し考えてた俺だったが、知らない事にする。
「……いや、知らないな」
 そう言うと、カイザーコングが一つ頷いた。
「ソウ。ナラ、教エテアゲル。『進化ノ実』、凄イ。ソノ種族、頂点ニナレル。様々ナ点、優レタ状態デ生マレ変ワレル」
 ……つまり、進化の実を食べて、進化すれば、その種族で優秀な状態になれる、と?
 ……い、意味が分からん。
 え、それじゃあ何?俺の場合は人間で一番強くなれるとか?頭が良くなるとか?見た目が良くなるとか?
 ……強さは比較する人間がいないし、第一レベル1のままだし……。頭は物覚えが良いような気がしないでもないけど、素頭の方は変わった気がしない。相変わらず馬鹿だな!見た目に至ってはステータスの魅力が空欄じゃねぇかッ!……生活魔法の『ウォッシュ』を使ったのにね。もう死んでしまいたい。
 ちなみに、服もクソゴリラが用意してくれた無駄に素材の良い服を着ているから綺麗だし、汚くなってもクソゴリラが洗ってくれる。
 下着も、少し違う素材で作っているらしく、もっと肌触りが心地いいモノで、更に『ビヨン樹じゅ』と呼ばれる木の蔓が伸縮性抜群で、丈夫な素材と言う事で、所謂ゴムの代わりとして俺のパンツなんかに用いられてたりする。俺の以前来ていた服やパンツなどの下着は、クソゴリラがなにやら必死に求めてきたので生活魔法の『ファイア』で燃やしてやった。
 まあそんな事はどうでもいいわけで、これらの結果から普通に考えると……。
 ……駄目だ、意味分からねぇよ。進化が体感できてないんですけど!?……体の激痛以外。もう嫌だっ!
 そんな風に思っていると、クソゴリラは続ける。
「私、少シ前マデ、話セナカッタ。人間ノ本、読ンダケド理解出来ナカッタ。デモ、アル時見ツケタ進化ノ実。ソレ食ベテ、何時モノヨウニ狩リシテタラ、マタ人間ノ本読ンデタ時ニ言葉ガ覚エラレタ」
 あっれぇ?なんかクソゴリラの方には結構効果が出てないか?言葉が理解できるレベルまでとか結構……いや、かなり凄いぞ?
 それに、俺のようにレベルが上がっていないんだとすれば、進化の実を食べた時は既にレベルが700だったのだろう。なんか≪状態≫進化×1って表示されてたし。強いな……。
「他ニモ、見タ目、変ワッタ。強ク、ナッタ。後……」
「悪い、もっとスラスラとしゃべってくれない?」
 なんか見ててじれったい……。てかイライラするのは何故だ?……そうか、ゴリラだからだな!……違うか。
「ゴメンネ。デモ、私ノ口、話ス機能、元々ナイ。鳴キ声ハ出セテモ、言葉、違ウ。ダカラ、スラスラ、話セナイ。本当ハ、モットお話、シタインダケド……」
「俺は結構です」
 そもそもの話題がねぇよ。何話せって言うんだよ。
「チナミニ、進化ノ実、10個以上ハ、食ベラレナイ。ソレ以上食ベルト、体ガ進化ニ追イツカナイ。ダカラ、死ヌ」
「怖いよっ!?」
 マジで!?10個以上食べたら死ぬの!?あぶねぇ……見つけたら採っておいて、食べようとか思ってたぞ……!という事は、俺はこれ以上進化の実は食べられないという事だな。……残念。
 思わぬ情報を手に入れられた事で、俺は少し安心した。進化の実って凄いんだなぁ……。
「私、既ニ10個食ベタ。ダカラ、マタ集メテ、私ノ夫ニ相応シイ存在ニ、アゲルツモリダッタ。一度、クレバーモンキーガ見ツケタ。ケド、何者カニ、奪ワレタラシイ」
 ……あ、あれ?何だか嫌な予感が……。
「ダカラ、マタ探シテ、誠一ニアゲル。ツイデニ、奪ッタ奴、殺ス」
「スミマセンデシタあああああああっ!」
 俺は全力で土下座した。
「本当にスミマセンデシタっ!盗んだの俺っス!お腹空いてて、食べましたッ!」
 プライドなんざクソ喰らえ!生き残ったヤツこそ正義なんだよ!弱肉強食舐めんなっ!
 俺は土下座の体勢を維持し、恐る恐る顔を上げると、特に表情が変化した様子の無いクソゴリラの顔があった。
「ナンダ、誠一ダッタノ。ナラ、許ス」
「そ、それじゃあ……!」媚薬
「デモ、結婚。コレ、絶対ニナッタ」
「いやあああああああああああっ!」
 そうだよね……そうですよね!?だって自分の旦那さんにする存在にあげる筈だった物、俺が食べたんだもの!やっちゃったよ!?もう引き返せねぇよ!
 こ、これは本格的に逃げる必要があるぞ……!
 幸い、クソゴリラは進化の実を探しに行くらしい。
 その隙に、俺はこの地獄から逃げ出す……!
 ……少し、あの食事が食べられなくなるのが寂しいだなんて……お、思ってないからな!?
 俺がそんな事を思い、項垂れていると、クソゴリラは意外な反応を示してきた。
「誠一……私ノ事、嫌イ?」
「え?」
 何時ものように、ウザい反応を返してきたのではなく、とても不安そうな反応を返してきたのだ。急にどうした……。
 俺がそんなクソゴリラの様子に戸惑っていると、クソゴリラは言う。
「私、誠一、好キ」
「……」
 何度目の告白だろうね。
「デモ、誠一、私ノ事、嫌イ?」
 本当に悲しそうにそう訊いてくるクソゴリラ。
 ……これ、なんて答えればいいの?いきなり難易度高くなったよ!?
 ただ、ここまで真剣に、そして悲しそうに聞いてくるのだから、俺も真面目に答えるのが人間として正しい事だろう。
「……嫌いじゃねぇよ。むしろ好きだな」
 そう、これが俺の本心である。
 だが勘違いしないで欲しい。あくまで、俺の『好き』は、ゴリラとして好きという事だ。ゴリラとして好きって言うのもおかしな話だけどさ……。
 掃除、洗濯、料理、裁縫、そして何故か俺に対して一途な事。これだけ聞けば、非の打ちどころのない存在に聞こえる。
 でも……でもゴリラなんだよッ!
 なんでゴリラなの!?ゴリラじゃなければ全然俺イイよ!?元々相手の容姿なんて選べる立場じゃないんだから!
 そんな俺でも、違う種族……それもゴリラだよ!?色々無理があり過ぎる……!人間なら、どれだけブサイクでも我慢できる。……こうして聞くと非常に上から目線に聞こえるが、望みが無くても美少女や美人とは結婚したいんだよ!悪いか!?……悲しき男の性だな。
 勝手に一人で落ち込んでいると、俺の答えを訊いたクソゴリラが、何時もの調子に戻った。
「ソウ。ナラ、今スグ結婚」
「……やっぱり前言撤回していいか?」
 調子が戻ったら戻ったでウザい。何なんだろうね。
「ムゥ……。誠一、照レ屋サン」
「本格的に死んでください」
 ヤベェ、凄くウザい。ぶん殴りてぇ……!でも返り討ちが目に見えるのが本当に悲しいね。
「マアイイ。私、ソレジャア進化ノ実、探シテクル」
「どうぞ、行ってらっしゃい」
 俺は必死に笑みがこぼれそうになるのを我慢した。
 ここで笑ったら、確実に不審がられる……!
 というより、まだ進化の実探しに行くんだ……理由は分からないけど。
「ツイデニ、今日ノ獲物モ狩ッテ来ル」
「え?」
 俺はここである違和感に気付いた。
 獲物を狩って来るという事は、魔物を殺すという事だ。つまり、進化するんじゃないだろうか?
「クソゴリラ。今までの飯とかって全部お前が狩ってきたモノなのか?」
「違ウ。クレバーモンキー、狩ラセタ。ソレ食ベテル」
 クレバーモンキーよ。とことん利用されてんじゃねぇか……!
「進化の実食べてたら、魔物倒した瞬間に進化するんじゃないのか?」
 俺がそう訊くと、クソゴリラは首を横に振った。
「ソウ。デモ違ウ。魔物ヲ狩ッテモ、自分ヨリレベル低イト、意味無イ」
「あー……」
 つまり、今まで俺が簡単に進化していたのは、自分よりレベルが上の存在を狩り続けたからか。
「私ヨリ強イ魔物、最近遭ワナイ。昔、殆ドノ魔物、魔王軍ニ連レテ行カレタ。私、戦争ニ興味無イ。ダカラ、隠レテタ」
 こんなところで魔王の存在登場ですか……。しかも、昔と言っても100年前とかそんな話しじゃないだろうから、意外と最近かもしれない。
「一応イルケド、近ヅカナイ・・・・・カラ大丈夫」
「近づく?」
 クソゴリラの言葉に思わず首を捻る。
 しかし、クソゴリラは俺の言葉が聞こえなかったらしく、詳しい事は話さなかった。
「ソンナ事ヨリ、私、誠一ニ質問、アル」
「へ?」
「誠一、人間。どうしてこんなところに?」
 そりゃそうだ。こんな場所に、人間がいる事は普通おかしいよね。
「まあ……色々あったんだよ。……あ!」
 そう言って、俺はある事を思い出した。
「霊薬作るの忘れてたっ!」
 そう、アクロウルフに邪魔され、クソゴリラに連行されと、色々あり過ぎてすっかり忘れていたが、元々俺は『霊薬』を作りたかったんじゃないか!
 俺が本来しようと思っていた事を思い出し、どうしようかと思っていると、クソゴリラは首を傾げる。
「霊薬?アンナノ、イルノ?」
「まあ、人間にとっては凄いモノだからな」
 だって、死人が蘇るんだぜ?ヤバいよね。
「でも、霊薬を作るための『ヒートロック』と肝心の『反魂草はんこんそう』を持ってないから……」
「私、持ッテルヨ」
「へぇ、そいつは凄いね。……はい?」
「私、持ッテル」
「マジで!?」
 思わず大きな声でそう言うと、クソゴリラは近くの茂みに移動し、なにやらガサゴソと探っていると、やがて何かを持って戻ってきた。
「コレ。コッチガ、ヒートロック。コッチハ、反魂草ト、ソノ種」
「種?」
 クソゴリラから渡されたのは、真っ赤な色をした石と、白と緑のコントラストの草、そして何の変哲もない種だった。性欲剤
「種、育テ方分カラナイ。霊薬、作ッテモ、私、効カナイ。ダカラ、アゲル」
「マジ!?」
 再びクソゴリラの言葉に驚き、俺は一応渡された物を鑑定してみる。

『ヒートロック』……特殊な効果を持つ熱を生み出す鉱物。軽く衝撃を与え、放置すれば、最高温度120℃もの熱を発する。使い捨てでなく、一定時間経過すれば、自然と熱は収まり、何度でも使用可能。その効果には、死者を蘇らせるために必要なモノも含まれており、水などに浸けると、その水は体に非常にいいモノへと変化する。
『反魂草』……死者を冥界から呼び戻す効果があるとされる草。ただし、これ単体では効果は無く、ヒートロックを浸けた水に溶かし、混ぜることで効果を発揮する。
『反魂草の種子』……埋めれば、反魂草が生えてくる。ただし、水やりなどをする際には、ヒートロックを浸けた水を使用し、土にもヒートロックを混ぜた事のある物を使用する必要がある。

「……」
 や、ヤベェ……やっぱり死者を蘇らせるだけあって、効果が凄まじい。
 というより、ヒートロックの活用の幅が広すぎる。活躍し過ぎだろ……。
 だが、クソゴリラはこんな凄いモノをくれると言った。……なら、もらうよ。だってくれるって言ったんだもの。
「じ、じゃあ有り難く貰うわ」
「ウン。ソノ代ワリ、私ト結婚」
「やっぱ返すわ」
「……冗談」
 少し間があったよ!?あながち冗談じゃ無かったって事だろ!?ゆ、油断も隙もねぇ……!
 驚く俺をよそに、クソゴリラは森の方に体を向けた。
「ジャ、私、訊キタカッタ事、分カッタ。狩リ、行ッテクル」
「うん!行ってらっしゃい!」
 俺は実に元気よく、笑顔でそう言ってやった。
 これで、俺も自由になれる……!やはり、ゴリラと言うだけあって、俺が逃げ出す事など頭にないのだろう。フフフ……この地獄ともおさらばしてやるぜ!
 思わぬ収穫として、霊薬の素材まで手に入ったしな!
「ウ、ウン。行ッテクルネ」
「今のどこに頬を赤く染める要素があったんだ!?」
 俺が笑顔で送り出そうとすると、何故かクソゴリラは顔を赤くした。気持ち悪いわっ!せめて……せめて人間であってほしかった……!
 俺はクソゴリラが茂みの奥へと進んで行くのを見送る。
 よし……行くぞ……行くぞ……。
 クソゴリラがどんどん見えなくなっていくと同時に、俺はすぐに移動の準備をする。
 行先は取りあえず、クレバーモンキー、アクロウルフの二つの地図情報でも分からなかった、黒塗りになっているところだ。
 そして、とうとうクソゴリラの姿が見えなくなり
「エスケープっ!」
 意味も無くそんな事を叫び、俺は早速駆けだした。
 はははは!俺の勝ちだ!1週間……耐え抜いたんだ!
 何度逃げようとしても、クソゴリラがどこに行くのにも付いて来て……軽く諦めかけてた上に、ちょっとクソゴリラとの生活も楽しいかも……なんて思い始めていたが……。
 やっと……やっと解放されるのだっ!
「ははははは!素晴らしい!自由って何て素晴らしんだっ!」
 うん、我ながら壊れてると思う。テンションがカオスだな。
 軽やかな足取りで、ひたすら森を駆けていると、俺は突然背中にゾクリとする何かを感じた。
「!?」
 俺は急いで後ろを振り向くと
「待ッテ!誠一!」
「ぎゃあああああああ!追ってきたあああああああ!」
 あのクソゴリラが凄まじいスピードで追いかけてきていた!
 嘘だろ!?探索とやらに行ったんじゃねぇのかよ!?てかゴリラが全力疾走してくるとか軽くホラーなんですけど!?何故かアスリート走りだし!
 てか何で本当に俺を追いかけてきてるんだ!?探索どうした!?
 そんな事を俺が思っていると、クソゴリラが叫ぶ。
「駄目!ソノ方向ハ……!」
「何だかよく分かんねぇけど、俺はやっと自由になれたんだ!この自由をもう逃さんぞおおおおお!」
 もうここまで来たんだ!後には引けねぇ……。第一、戻ったとしたら、逃げ出した事の言い訳とかどうするんだって話だしな。
 俺は少しでもクソゴリラと距離を開くため、スキルの『刹那』を連続で発動させることにした。
「『刹那』!『刹那』!『刹那』!『刹那』!」
「!」
 みるみるとクソゴリラとの距離が開いていく。流石、スキルだな!
 こうして、俺はスキルをフル活用することで、クソゴリラとの距離を引き離しまくっていると、やがて目の前に洞窟が現れた。
「なんだ?」
 徐々に近づく洞窟に、俺は首を傾げる。
 こんな場所に、洞窟があったのか……。
 もう既に、俺の頭の中にインプットされている地図では、黒塗りの場所まで来ていた。
「……なんか、妙な威圧感があるような……」
 足を止めることなく、洞窟に近づいていた俺だが、その洞窟から放たれている、妙な雰囲気を俺は何故か敏感に察知していた。
「…………まあ、この洞窟以外隠れられそうな場所も無さそうだし…………」
 洞窟に隠れている方が簡単にバレそうな気もするが、何故だか洞窟の周辺には、木々が一本も生えていない。女性用媚薬
 最初から、洞窟以外に隠れる選択肢が無かった。
「……行くか」
 俺は洞窟に行く事に決めた。それ以外選択肢が無いというのもあるが、純粋に俺が洞窟の中が気になったという事もある。
 それに、洞窟に入ったら、意外と入り組んでて、見つかりにくくなるかもしれないし。
 俺はスピードを落とす事なく洞窟に突入した。
 地球にいた頃の俺なら、ここまでのスピードで長時間走るなんて無理だった。だが、この世界に来てから、進化したおかげか、こんな事ではちっとも疲れない。うーん……異世界人は皆体力が多いんだろうか?俺が進化して疲れにくくなった位だし、元からこっちにいる人が体力が多いと言われても納得しそう。
 洞窟に入り、ひたすら走り続けた俺だったが……
「……どうしよう。全然曲がり道とか無いんですけど」
 ひたすら一直線の道が続くだけだった。
 それに、何故か奥に進むにつれて、炎の灯った松明たいまつや、豪華な装飾らしきものがちらほらと壁に埋め込まれている。
 …………。
「え、何?ここって一体何なの!?」
 なんか急に不安になってきたぞ!?だ、誰か住んでんのかなぁ!?
 だが、今引き返せば確実にクソゴリラに捕まるだろう。……何をさせられるか……。
 と、とことん奥まで行くしかないようだ……。
 俺は、再び覚悟を決め、奥へと続く一本道を駆け抜ける。
 そして
「これは……」
 俺の目の前には、豪華な装飾が施された黒色の鉄製……だと思われる扉があった。
 あれからひたすら走った訳だが、特に魔物も出る事も無く、この場所まで辿り着いていた。
 真ん中には、深紅の宝玉が埋め込まれ、禍々しい雰囲気がその扉から放たれている。
「い、一体……」
 思わずその扉から放たれる雰囲気に後ずさる。
「……」
 これは……というより、ここまで来たら……入るしか、無いよな?
 俺は意を決し、その禍々しい雰囲気を放つ、漆黒の扉を開いた。
「……」
 中に足を踏み入れると、暗かった部屋の周りに備え付けられた松明に一気に明かりがともる。
「……」
 それでも、薄暗いのは変わらなく、不気味で尚且つべったりと纏わりつくような不快な雰囲気は和らがない。
 視線を周りに忙しなくさまよわせている時だった。
『初だな。人間が我の部屋を訪れるのは……』
「!?」
 突然聞こえてきた声に、俺は思いっきり反応し、声の方向へと視線を向けた。
「なっ」
 そこにいたのは、漆黒のローブに、同じく喪服を思わせる黒色に、矛盾した豪華さを醸し出す服に身を包んだ骸骨だった。
『我の部屋へ辿り着けたという事は……それなりに強者だと認識してよいな?』
「……いいえ、ケフィアです」
『…………』
 沈黙が痛い……!
 だって仕方ないだろ!?混乱してるんだもの!何なの!?この骸骨!てか何でしゃべれんの!?骸骨って声帯無いだろ!?
 驚きながらも俺は、密かに相手にばれないように、目の前の骸骨を鑑定してみた。

『暗黒貴族ゼアノスLv:1』

「へ?」
 俺は表示されたレベルを見て、思わずそんな気の抜けた声が出た。
 レベル……1?俺と、同じ……?
 恐らく、相当間抜けな顔をしていた筈の俺を見て、目の前の骸骨……ゼアノスはなにやら得心がいったような雰囲気を出す。
『成程……貴様、我の強さを見抜こうとしたな?』
「なっ!?」
 バレてる!?何で!?
 驚く俺をよそに、ゼアノスは言葉を続ける。
『我の実力を知ろうとするなど、愚の骨頂。我の力は、目に見えるモノでは無い。まして、我は貴様を騙して・・・いる』
「だ、騙す……?」
 何とかそう言葉を絞り出した瞬間だった。中絶薬

2014年9月12日星期五

智樹、降臨

帝国に裏切られました。
 ファンタジー世界における雪国の大都市。
 僕は帝都の外観に実は相当期待していた。
 どんな幻想的な都市なんだろうな、ってね。
 例えば、スチームパンクな蒸気がそこかしこから吹き出るような都市とか。
 例えば、解けない氷を削りだした建築物が点在する陽光に煌く都市とか。田七人参
 全くそんなことはなかった。
 立派だけど、まあ城塞都市というか、そんな感じ。
 これなら最初に訪れた大きめの街、ロビンの方が雪国情緒があったなあ。
 帝都ルイナスを一望できる転移陣の施設。
 ルイナスまでは後一回の転移を残しているけど、ロビンからついてきてくれた案内役の人が帝都を是非ご覧下さいと、ここで時間をとってくれた。
 高い山の中腹らしいこの場所から、見下ろす先にある大きな都市。
 周りは白一色だというのに、その街の中はロッツガルドと同じような普通の様子。
 雪は積もっていない。
 そういう所に魔術を使っているのかもしれないな。
 期待していたのとはおおいに違ったよ……。
 歪な円形に広がる帝都は、三つの外壁によって外周から中枢にかけて区切られている都市だった。
 中央にはここからでもそれとわかる城があるからあそこが皇帝のいる場所なんだろう。
 帝国には住まう人に等級をつけるらしいから、あの外壁は住まう人の違いを表しているのかもしれない。
 身分社会か。
 ヒューマンと亜人の間に当然のように存在するんだから、ヒューマン同士にも存在していて不思議はまったくない。
 一回肌で感じておけるのは貴重な機会かもしれない。

「帝都はいかがですかな若?」

「もっとこう、雪とか氷っぽいイメージだった」

「儂もです。何と言うか風情のない街ですなあ」

「期待とは違うね。今回は二日程度の滞在だし、色々見て回るほどの時間はなさそうだからこうして全体を見せてもらえるのは嬉しいけど。街の雰囲気なんかは識に調査でもしてもらおうかな」

「承りました。空いた時間に街の様子を見回っておきます」

「よろしく。僕はこれのお届けをしないといけないからさ」

 自分で背負っている大きい布袋を見る。
 ランサーの卵らしい。
 これをグロントという上位竜の所に預けてこないといけない。
 案内についてはリリ皇女にルトから話をしておいてくれている。
 ルト、あいつ本当に謎な人脈を持ってるよな。
 まごうことなき変態だけど、細やかな配慮は素直に有り難い。

「っと。案内の人を待たせすぎても悪いね。それじゃあ、行こうか」

「はい」

「そうですね」

 巴と識に声をかけ、頷くのを確認する。
 こちらを遠くから見ている案内役の人に手を振って戻る。
 後は転移を一回、それから帝都の中で何度か審査を受けて皇女の所へ。
 そこで勇者と皇女に会うと。
 帝国の勇者、岩橋智樹か。
 僕の二個下だけど、勇者として戦場では大活躍の人だとか。
 なら。
 帝都から少し離れた場所に見えるクレーターのような跡は彼の仕業だろうか。
 聞けそうならそれも聞いてみようか。
 楽しみ半分不安半分。
 泰然とする従者二人を頼もしく思いながら、僕は転移陣に乗った。

「では、ライドウ様はこちらのお部屋でお待ち下さいませ。そちらのお二人は我々とご一緒に」

「……わかりました。巴、識。また後で」

 二人は城内に入ってからの案内に連れられて奥へ消えていく。
 残る僕は扉を開けて待つ、僕についてくれているであろう人に従って左手の部屋に入る。
 ご挨拶をするのに代表の僕と他を分けるのが普通らしく、別に交渉ごとなどがあるわけではないらしい。
 交渉関係で僕だけ隔離されても、持ち帰らせてくださいの結論以外は言わないように決めているのであまり意味はないしね。
 じゃなきゃ、何の為に巴と識を連れてきたんだって話になる。
 しかし、隔離されるのなら僕じゃなくて巴かと思ってたんだけど少し意外だったな。
 待つ間に通された部屋を見渡す。
 流石は大国の都、それも皇帝もいらっしゃるお城だけはある。
 僕はともかく、ザラさんやレンブラントさんとこの応接室よりも更に豪華。
 キラキラしている訳じゃなく、しっとりと落ち着いた雰囲気の気品や贅沢さを感じさせる部屋で、何が言いたいかというと、僕は落ち着かない。
 深く沈むソファで出されたお茶を飲みながら、腰の辺りがどうもこうふわふわする。
 ん、人の気配だ。
 二人。
 少し後ろに更に三人。
 五人?
 多いな。
 既に部屋の外には二名が警備で待機しているし、室内にもお茶を入れてくれるメイドさんがいるのに。
 まあ、立って待つのがいいだろうね。
 僕が動いたことにメイドさんが顔を上げるも、ついで扉が開き僕が感じた通り五人が部屋に入ってくるのを見ると、一歩下がって元の場所に戻った。

「よく来てくれましたライドウ殿。ロッツガルドでは大変世話になりました。改めて御礼を言わせてくださいませ」威哥十鞭王

 最初に口を開いたのはリリ皇女。
 この中では唯一の顔を知っている人だ。

「この度はお招き下さってありがとうございます、リリ皇女。恥ずかしながら、この深い雪の中でもこれだけ大きな街を繁栄させる帝国のお力を肌で感じまして、私どもなど場違いではないかと思っておりました。ロッツガルドでお会いした方とこうして再会できて少し安心しております」

「帝都をお褒め頂いて嬉しいわ。残念ながら短い滞在となってしまったけれど楽しんで頂けるようエスコートしますね、と思っていたのだけど。貴方の顔を見たら是非、お帰りの時には我が国に店舗を出したいと思って欲しいと欲が出てきてしまいました。よろしくご検討下さいね」

 あれ。
 ロッツガルドで会った時よりも全体的に物腰や雰囲気が柔らかい感じだな。
 自分の国だから?
 だけど交渉なんてないからと言いながら、何か言葉の端々が既にもう社交辞令じゃなくなってる気がする。
 何より口元は穏やかなのに目の奥は笑ってないし。
 やっぱ苦手だな。
 で、横にいるのが多分勇者か。
 皇女の横に並ぶんだから、間違いないよな。
 日本人ってことだけど、オッドアイとでもいうのか瞳の色が違うし髪の色もナチュラルな銀。
 容姿を弄ってるのかな。
 それとも元々ハーフかクォーター?
 二個下だって先輩からも聞いたけど身長は確実に百八十超えてるよな。
 この世界のヒューマンに混ざっていてもあまり違和感を感じない美男子だ。
 なるほどねー、こういうのがあの女神の好みなのか。

「ああ、そうね。再会を喜んでばかりではいけないわね。ライドウ殿、紹介するわ。こちらの方が帝国に尽力して下さっている勇者智樹様です」

 やっぱり。

「貴方が勇者様ですか。はじめまして、クズノハ商会の代表でライドウと申します。お会いできて光栄です」

「岩橋、智樹だ」

 挨拶すると智樹君は僕をまじまじと見てきた。

「何か?」

「何か、じゃねえよ。あんた、日本人だろ? ヒューマンの顔じゃないし亜人でもなさそうだ。それにライドウなんて偽名まるわかりの名前を名乗ってりゃな」

 ……。
 一撃でばれました。
 はぁ……。
 そりゃね、僕はぱっとしない顔だ。
 ライドウなんてのも、わかる人ならわかる名前だとは思うよ?
 んー、でも即座に特定されるか。
 この子結構ゲーマーなのかね。
 先輩は別にライドウの名前には反応しなかったし。

「あ、ははは。まあ色々ありまして今はここで商売などしております」

「本名は?」

「と、智樹様? どういうことでしょう?」

 リリ皇女が僕をチラリと見た後で智樹に向けて尋ねる。
 僕と智樹の間に何かしらの関係がありそうだとわかって少なからず動揺しているようだ。

「こいつ、ライドウって名乗ってるけど。俺と同じ異世界人だ。顔立ちでほぼ日本人確定。つまり俺と同じ国の人間って訳」

「智樹様と同じ……勇者!?」

「かどうかはわからねえ。女神から三人目がいるなんて聞いたこともない。それに、こいつ自身偽名を名乗って商売なんてしてるみたいだし。なぁ、あんた。名前教えてくれよ」

「深澄真。僕は高校二年の時にこっちに来たんだ。君の二個上になるね」

「何で俺の年を知ってる?」

「響先輩に聞いた。ここに来る前にロッツガルドに先輩が来てね」

 なんだこいつ。
 僕は年上だって話しているのに、いつまでタメ口聞く気でいるんだろ?
 上下関係とか知らん、ってタイプの子なのか?老虎油

「先輩? じゃあお前、響と同じ中津原高校とかってとこの生徒だったのか」

 響!?
 先輩まで呼び捨てか!?
 凄い、まるで理解できない存在がいるぞ。
 言葉遣いに物申したいけど、皇女もいるし、多分勇者の仲間か知り合いであろう人も後ろに三人いるしなあ。
 ここで言うのは少しまずそうな気がする。

「ああ、そうなるね」

「……ふぅん。あんま面白くないな、それ」

 はあ!?
 どういう意味かはともかく、それは口に出すか!?
 面白くないってなんだよ!

「あの、智樹様。この場は挨拶のみですのでこの者たちの紹介をして、後のことは後ほど……」

 皇女が僕と智樹君の話が長くなるかもしれないと思ったのか話を切ってくれる。
 しかし、自分は誰とでも対等って思っているタイプの中学生だったんだろうか、この智樹君は。
 うーん。
 年齢が上だからってことに拘ろうとする僕の方が古いのかなあ。
 一個上ってだけで敬語が当たり前だったんだけどなあ。
 弓道部でもそうだったし。

「いや、リリ。こいつが日本人なら少し俺に話をさせてくれ。その方が早いと思う」

「……ですがそれは。この方々は私がお招きした客人でもありますし、別件で頼まれていることもございますから」

「悪い。それは後にしてくれ。二人部下が来ているんだからそっちに伝言しておけばいいだろ」

 おいおい!
 お前が決めるなって。
 なんだこの俺様至上主義な子。
 リリ皇女が言ってる別件はグロントの所への道案内と転移陣の使用許可だろうから僕に直接関係するんですけどね!?
 ああ、もう。
 この際説教してやろうか?

「……ライドウ殿」

「はっ」

 皇女は僕をライドウと呼んだ。
 真とも深澄とも呼ばなかった。

「ファルス殿から預かった件についてなのですが。実際に行かれるのはあのお二人のどちらの方でしょうか? 私から詳細をお伝えしておこうかと思いますが」

 ……えー。
 そこで皇女が折れるの?
 周囲のメイドさんとか皇女の後ろの三人組とかは智樹君の魅了の力にやられているのかピンクの雰囲気で話にならない感じだし、頼れるのは支配下になさそうな皇女だけだったのに……。
 にしても、思ったよりも魅了の力って気分悪い。
 きっつい香水をつけた人たちで満載のエレベーターにでもいる感じ。

「あ……それなんですが。私が向かおうと思っておりますのでお話は私が」

「……ライドウ殿が? 失礼ですが、グロントの領域は一筋縄では……と、そうでしたね。智樹様と同じ異世界の方ならば確かに考えられないことではありませんね。わかりました、しばらく我々は席を外しましょう」

「リリ。席を外すのはリリだけにしてくれ。他の女にはここにいてもらいたいんだ」

「では、私は少し失礼します。お連れの方ともお話がありますのでそちらに行って参ります」麻黄

「ああ」

「あ、はい」

 うっわ、本当に皇女が出て行ったよ。
 智樹君、帝国の勇者ってこの国でどんだけ権力があるんだ?
 勇者ってそんなに絶対的な存在な訳?

「さて、と」

 智樹君は僕の向かいのソファに豪快に身を投げて寛いだ姿勢で座った。
 彼の言葉通り、メイドさんと意匠をこらしたドレスを身に纏った三人の娘さんは室内にいる。
 特に三人の娘さんについてはどこかトロンとした表情で智樹君の後ろに控えている。
 みんな色っぽいけど、さっきも感じたように魅了の力が鼻について何か気持ち悪い。

「まさか日本人の男に会うとは思わんかったわ。あ、座れよ」

「……」

 促されて僕も座る。
 なんていうか、誰に対してもこういう奴か。

「さ、腹割って話そうぜ? とりあえず、俺は今回のお前らに対して一つだけ絶対に要求したいことがあるんだ。先に言ってもいいか?」

「良いけど。僕は智樹君より二つ上なんだけどさ。先輩に敬語使ったりしないの?」

「は? 先に生まれただけの初対面の奴になんでそんなことを? 俺、人によって態度変える方が失礼だと思う人だし」

 先に生まれたことも。
 初対面であることも。
 ……僕にとっては十分敬語で接する条件に入るんだけど。
 響先輩。
 こんな奴なら予め言っておいてくださいよ。
 そうすれば僕も諦めをつけてこれたのに。
 ……多分。

「……あ、そう」

「大体敬語がどうとか言うなら勇者の俺に対して、まず商人でしかないあんたが敬語使わないとダメでしょ。同じ日本人で年下だからって態度を変えたあんたに他人の事なんて言えないんだろ? 先輩後輩以前に立場って重要なんだからさ」

「……」

 ……こいつ、マジか。
 なるほどなあ、巴が嫌うのもなんとなくわかるわ。
 言ってる事の一つ一つはともかく、全部自分に都合よく解釈しようとしているのがわかる。
 ダブルスタンダードどころかトリプルだろうがフォースだろうが平気でやりそうだ。

「まあ、それはもう追求しないでやるよ。お互い気楽に話そうぜ。で、あ、そうだ。俺のあんたらへの要求なんだけどさ」

 あれ、僕が失礼なことを言った感じになってる。
 なにこの流れ。
 僕らの他に四人の人がいるっていうのに、誰も彼に突っ込まないのも異様だし。

「……聞くよ」

 何とか気を取り直してそれだけ言う。

「巴、俺にくれよ」

 あ?
 このバカ、何を?
 たったこれだけを考えるのにしばらくの沈黙を必要とした。
 だって頭が真っ白になったから。
 その前のことを本気で忘れかけた。
 思考が吹き飛ぶって本当にあるんだなあ、って思ったね。D9 催情剤

「は?」

 僕が聞き返す声が部屋に響いたのは、それからさらに少し後のことだった。

2014年9月10日星期三

腰を落ちつけて飛び回る

普段の商人ギルドの集まりとは違う、物凄く濃い時間が終わった。
 最初から結論ありきの議論じゃないから話題もその是非も多彩で……簡単にまとめると僕は真っ白になっている。中絶薬
 そう、今までのどんな戦いよりも疲れる時間だったと断言できる。
 半ば放心状態で手にしたメモを見ると、そこには僕が必死で書き留(と)めた本日の皆様のお話がびっしりと埋まっていた。

「流石は……ツィーゲで名前を売り出してる人達だけのことはあるよ。凄かったな……」

 まあ、彩律さんほか数名は外部の人もいたか。
 一応外見の特徴と自己紹介の内容もメモしてある。
 初対面の人も多かったから、この辺りは早めに頭に入れておかないとな。
 それにしても……アイオンの革命にツィーゲの独立か。
 次から次へと、よくも色々とおきてくれるもんだ。
 しかも最近関わる事件はどれもスケールが大きい。

「ま、突拍子もない事だけど成功の見込みがあるのは何となくわかった。今日のとこはそれでよしとしよ。ただいまー」

「若! お帰りなさいませ!」

 レンブラントさんの店舗に間借りしている我がクズノハ商会の一号店に戻る。
 相変わらず盛況で嬉しい限りだ。
 店内に常駐している四人の店員から口々におかえりの声。
 皆大声で若とか言っちゃうからお客さんからも強烈な視線を向けられ、目が合ったお客さん方に笑顔で会釈しながらカウンターの奥に向かう。
 バックヤード部分から事務所へ行くと、そこには事務仕事に精を出す森鬼とゴルゴンの姿があった。
 店舗の規模が小さいから事務内容も小さいかっていうと、必ずしもそうじゃないんだよな。
 現に二人とも忙しそうだ。

「若様、お帰りなさいませ!」

「ただいま。構わなくていいから仕事続けてて」

 僕を見て作業を止めて挨拶してくれたけど、邪魔したくなかったから仕事に戻ってもらう。
 とはいえ余り使えてない席に着いた僕に、ゴルゴンの方が飲み物を持ってきてくれた。
 結局来ただけで気を遣わせちゃうな。
 上手い事やりたいんだけど中々できないもんだ。

「ありがと」

「いえ、私達も丁度お茶を飲もうかと思っていたところでしたから」

「にしても繁盛してるね。ツィーゲが急成長し出してからお客さんの数も売り上げも右肩上がりだって報告だけど、最近の現場は君から見てどんな感じ?」

「それはもう。数字でご報告させて頂いている以上にやり甲斐のある毎日です。店頭でお買い物をされるお客様の他にも予約や注文をされる方も多くいらっしゃいますから、日に扱う在庫の拡張と職人の増員を求めている状況ですね」

 流通量と職人の増員か。
 確かに何度か僕のとこに上がってきてた。
 何度応じてもすぐにまた同じ要望が来るから、最近は様子見ということで保留していた。
 ただ久々にツィーゲの街を歩いてみて、ちょっと考えも変わってきてる。
 クズノハ商会だけがやたらと売り上げ規模を上げて増益してるわけじゃなく、街全体がとんでもない速度で発展している中での出来事なんだと実感できた。
 比喩じゃなく来る度に街の姿が変わる状態で、今のツィーゲは凄まじい活気に溢れてる。
 それに……やり甲斐のある毎日、か。
 彼女の表情を見る限り、皮肉や悪意を込めた言葉じゃない。
 忙しいと言われるより嬉しかった。

「……職人の増員だけで人手は追いつく? 店の中はこのままで回せそうなの?」

「特にお客様が多い日などは私達もお店に出ていますから、現状人員という面では増やして頂くほどではありませんが……もしかして」

「ん。考えてみるよ」

「ありがとうございます!」

 ロッツガルドは店舗やお客さんの様子もこまめに確認してたけど、ツィーゲは結構任せきりだった部分がある。
 これは反省しないと。

「どの程度増やせるかは未定だけど、現状の確認と聞き取りもしたいから……誰か一人報告書を持って夕食後にでも僕のところに来てもらえる?」

「わ、わかりました!」

 識と相談して、ロッツガルドの日報も参考にして、となるとこの場で詳細まで決めない方が多分正解だろう。
 この先何度となくレンブラントさん主催の寄り合いに参加していく事を考えると、そろそろもう一段階大きく売り上げを上げてもいい頃だとも思う。
 箔がついてきた、って意味でも。
 飲食店でもないのに昼夜とも一般人と冒険者が集まる店というのは実際珍しい。
 そんな立場のまま、クズノハ商会はここまでやってこれた。
 レンブラント商会を訪れる人をお客さんにできる利点があるにしても中々大したものじゃないだろうか。

「さて、と。もうひと頑張りよろしくね。ちょっと寄っただけだから僕はこれで戻るよ。報告の件、よろしく」

「お疲れ様でした!!」

 軽く見たところ亜人の店員だからと軽視されるような空気も店内にはなかった。
 ただレンブラントさんは、そろそろヒューマンの雇用も考えた方がいいと提案してくれている。
 そっちも考えないとまずい時期だろう。
 万が一の憂いを無くす為だとも言っていたけど、もしツィーゲでヒューマンを雇用するとなると……。RU486
 何らかの対策の為だけに雇うなら、レンブラントさんとこから誰か出向してもらうというのもありかな。
 ヒューマンであればいいと言うなら、案山子の如く立っていてもらうだけでもいいわけで、はっきり言えばそれが理想かもしれない。
 有能である必要もなければ有能になってもらう必要もない。
 これまで通りの方針なら亜空で十分鍛えてから店に入れられるんだし、一から店でヒューマンを雇って育てる仕組みを作るのは必要とも思えない。
 この世界派遣社員みたいなものもないからその辺は難しいんだ。
 ロッツガルドのクズノハでやってる学生の一時雇用、要はアルバイトだってかなり珍しがられてる。
 向こうは復興の途中ってこともあって、そういったものに結構寛容だったから反発も思ったよりなかったから助かった。
 実際使うのが講義で見知った一部の学生だというのものも、アルバイトを導入するのをスムーズにしてくれていた。
 ……。
 やっぱり一個考え出すと考えがあっちこっちに分散して自分の中でどんどん難しく感じられてくる。
 もっと簡単に考えればいいって言われもするし、僕の良くない癖だな。
 とりあえずさっきの集まりの内容を整理しておかないとまずいから亜空に戻ろう。

 夕食を終え、僕の部屋に従者四人が一同に集まっていた。

「ミリオノ商会にエレオール商会ですか。確かに今ツィーゲでかなり勢いをつけてきている商会です。どちらもクズノハ商会がツィーゲに出来てからそれまでの中堅どころから頭ひとつ抜けて急成長してきたところだと記憶しています」

「ふーん、そっか。僕からしたら初対面だったけどやっぱ凄い人達か。どっちの代表さんもこっちと仲良くしてくれる感じでかなり好印象だったよ。ミリオノ商会は荒野方面の素材の問屋さん、エレオール商会は土地建物売買が専門だって。うちと競合するようなところじゃないのは嬉しいね。純粋に友人付き合いができそう」

 素材の方は、特に巴と澪は無関係じゃない。
 実際ミリオノ商会の代表さんからは巴と澪、それに僕にまで荒野の素材流通についてお礼を言われた。
 でも素材の買取所から素材を買い取るのがミリオノ商会な訳で、直接の接点は多分無いんじゃないかな。
 律儀な人だと思った。
 エレオール商会にしても、確か今もなんだかんだで持ってる店舗用の土地は商人ギルドの紹介で地主さんから譲ってもらったものだからそこは経由してない筈だしさ。
 そして流石は識だ。
 どっちの商会の事もばっちり知ってた。

「む……エレオール商会……確か……」

 巴が記憶を探るように考え込んでいる。
 ああ、確か土地を買った時に直接動いてくれたのは巴だった。

「知ってる商会?」

「……あ。はい、以前に土地を買った時の地主が懇意にしているのが確かそんな名前の商会、だったような」

「地主さんが懇意にしてるって、それうちとはあんま関係ないじゃん」

「……ですな。まあ土地を持っている事でも特に問題は起きていませんし、世話になったこともないかと」

「それだけか?」

 なんとなくそれ以上の関わりがありそうな気がして聞いてみる。

「恐らく。今思い出せるのはその程度ですな」

 が、答えは曖昧な否定。

「一応エレオール商会からは土地の購入を薦められたんだよ。今持ってる土地に隣接する土地なんだけどさ。これだけ順調に商売をしているなら近々店舗を建てられるでしょうからご参考までに、だってさ」

 実に商売上手だ。
 確かにいつまでも間借りしているのはレンブラントさんにも迷惑がかかるだろうし、その為の土地はもう持ってるし。
 これが離れた場所にある土地なら即答でごめんなさいだけど、今持ってる土地の隣となると店の用地をそのまま増やせる事になる。
 中々店を建てないで放置してるから周辺の土地も買うかもしれないと見込まれたんだろうか。
 都合よく偶然隣も持ってた、とはちょっと考えられないから。
 当時そこも店だったし、持ち主がいなくなってからも何故か更地にしてあるのも不自然と言えば不自然だ。
 財布が狙われている気がする。
 代表からもらった、土地情報が書かれた紙を巴に渡してやる。
 ツィーゲの土地は高い。
 ただ高いのはわかるけど、それがどの程度かの基準が僕にはない。
 曖昧に知ってるだけだ。
 駅前は高いとか、田舎は安いとか、そんな程度の感覚的なものでしかない。
 だから判断は巴と識に見てもらって意見を聞いてからの方がいい。
 だって、今日の話の何割が実際に実現するのかは別にして、エレオール商会は街の外壁の拡張、つまりツィーゲの土地を増やそうと考えていた。
 ということは最低でも増えた土地を買う現金を必要としている。
 もしかしたら土地を増やす決定の為の運動費用やズバッといえば賄賂、それに外壁を作り直す工事費などでも彼の出費はあるかもしれない。
 となると、この土地が僕をカモにした超ぼったくり価格になっている可能性も十分ある。

「これは……」

「ふむ……」

 紙に目を通した二人はどちらも一瞬目を大きく見開いた。
 驚いた?
 となると……かなり高いか、逆にかなり安い?

「ロッツガルドに比べたら面積を考えると異様な高値だけど、二人から見てどう?」

 別の街だから到底比べられるものじゃないのはわかってる。
 ただ同じ値段でロッツガルドなら十倍以上の広い土地を買える。
 あそこも他の街と比べると地価は高いようだけど、正直ここまで高いかって話だ。
 今持ってる土地とほぼ同じ広さなのに当時の値段の五倍だもんな。
 かなりぼったくられてるんじゃないか、とは疑ってる。
 いくら最初好印象だったからって、流石にそれで商人としてのやり口まで全部は信用できない。

「破格、ですね」

「うむ。これは先方に商売をする気がありませんな」

 え?
 巴も識も予想外の答えを返してきた。

「ってことは、この値段で安いの?」

「ええ。この見積もりをエレオール商会がこちらに提示したというのが信じられない程です」巨人倍増枸杞カプセル

「ツィーゲの土地の高騰はかなり続いておりますから、エレオール商会が買った時期にもよりますが、この値では向こうに利益はありません。土地には管理費や税もかかりますからな」

「なら……そろそろ店舗を持つ時期かなって思ってたのは事実だから、これは渡りに船ってことか」

 買っちゃうか。
 ケリュネオン関係で多少使ったものの現金は現状有り余ってる訳だしな。

「……しかしこれは、巴殿」

「むう。確かに少し不自然じゃな。若、すぐには決めず一度先方と商談の席を設けるということにしましょう。儂か識が同席できる日取りで近い内に。確認したい事がございますゆえ」

「……わかった」

「若様、ミリオノ商会というところはよく冒険者ギルドの依頼で目にしました。希少素材の確保や、量を必要とする素材関連の収集依頼を出していました。報酬や依頼の数からの想像ですけど、結構羽振りが良さそうな商会でしたわ」

「澪が覚えてるって事は相当依頼の数出してるんだ。代表が巴と澪に御礼を言ってたよ。荒野の素材の流通量が増えたのは二人のおかげだって」

 エレオール商会の代表もだけど、口が上手いんだよ。
 とにかく褒める。
 荒野の素材関連で巴と澪が一定の貢献をしたのは確かだけど、実際素材を街に持ち帰ってるのはトア達みたいな冒険者だ。
 なのにお二人のおかげ、だからなあ。
 褒め言葉を言うだけならタダか。

「最近はそれほど冒険者の面倒も見ていませんけれど……環が亜空に専念するのなら私達も余裕が出来るでしょうからまた顔を出してみましょうか」

 満更でもない顔の澪。
 効果は抜群ですか。

「暇が出来る、という程になるのはしばらく先になるじゃろうがな。いきなり中を全部任せる訳にもいくまいし」

 巴もまた冒険者の面倒を見る事自体は前向きに考えている模様。
 お前もか。
 かくいう僕もあの場では巴と澪を褒めてもらえてやっぱり嬉しかったしな……。
 新しく従者になった巫女、環が仕事を覚えてくれれば一番楽になるのは識だけど巴や澪の負担も一部は減るだろうから、実際にまた二人がツィーゲで冒険者の面倒を見るようになるかも。

「お二方が動けるよう全力で励みます」

 その環はにこやかに僕らの視線に応じた。

「そうだ。神社と街を繋ぐ門の具合は問題ないようだけど、これから管理していくのにどのくらい人手が欲しい? あそこ相当広いし神社について知ってる人材なんていないから……」

「こちらの街と神社の行き来は快適そのものですね。海の街に住まわれている方々とは工事のお話を明日からでも始める予定です。神社の仕事を手伝ってもらう人材としましては――」

 環からの報告が始まった。
 頷きながら聞いていく。
 まず今この空間に存在する訳ではないとはいえ神を奉る社なのだから、お手伝いではなく正式に神職として勤めてくれる人材が欲しいみたいだ。
 納得だ。
 これは許可。
 次に神社の知識について、僕の記憶から巴がまとめた本の一部を使いたいとのこと。
 まあこれも妥当だ。
 書庫を案内した時彼女は相当驚いていたけど、表情が読み難い環にしては珍しく明らかに興味津々といった様子で巴と話し込んでいた。
 向こうの知識を得るには本が手っ取り早いし、一応使う本の内容について僕と巴で確認すれば問題も起こらないだろう。
 この間亜空で本格的に料理人をやりたいって人も出てきたし、これまでそれぞれの種族の暮らしでは存在しなかった専門職が最近亜空内で生まれてきている。
 なんか感慨深いな……。

「真様が神社で花見の宴を催して下さったおかげで住民の皆さんからの印象は現状かなり良く、信仰の強制などを求めるものでもありませんので――」

 新しく突然に現れた神殿の存在への否定的な心情やそれに基づいた態度もないらしい。
 特に教化なんてする気もないしね。
 面倒が起きないのは良い事だ。
 識をはじめ、巴や澪からの仕事の引継ぎについても環の能力を見ながらになるけど早速始めていく予定だそうだ。
 仕事を覚えるなら少しでも早い方がいいに決まってる。
 勿論、前提として彼女がどこまで並行できるかを見極めた上でだ。
 詰め込め過ぎれば破綻するのは当たり前のこと。
 僕が身をもって何度かやらかしてる。

「といったところですね。あと、私がきちんとお役目を果たしていけるようなら商会のお仕事についても識さんのお手伝いから始められるかと――」

「それは必要ないよ。識が十分やってくれてるからね。環は亜空の中の事を中心に陸と海を問わず色んな種族と意見を交わして欲しいんだ」

 今のところ強いて言えば最初の街は巴と識、海辺に造ってる街が澪と識が主に見て回ってる状況だ。
 環には両方見れるようになって識の負担を減らして欲しいんだよね。

「わかりました。出過ぎた事を申しました、すみません」VigRx

「いや。意見をくれるのは嬉しいよ。これからもお願い。で、先に伝えておいた件だけど……識。ツィーゲの店の一日辺りの在庫、増やそうと思ってる。今のツィーゲの活気を見ると増量自体は問題ないと思うんだけど……量はどの程度が妥当かな?」

 環から識に視線を移し、同時に話題も変える。
 っと。
 識の言葉の前にドアがノックされた。

「失礼、致します」

 入室を促すと、見るからに緊張した若いエルドワが震える声と一緒に部屋に入ってきた。
 ……左手と左足が一緒に出て歩いてる。
 実際にこれを見るのは小学校の行進の練習以来だな。
 緊張でなってるのを見るのは初めてかもしれない。

「ご苦労。幾つか聞きたい事もあるでな、少し残れ」

「は、はい!!」

 報告書を受け取った巴が声を掛ける。
 ツィーゲの店の店員が一人この場に来る事はもう皆に伝えてあるからそこは問題ない。

「……そう気負うな。なんなら酒で口をしめらせておくか? 話しやすくなろう」

「大丈夫です!!」

 でもエルドワの彼が全く大丈夫に見えない。
 一応見て確認すると、巴達も皆僕と同じ事を考えているのがわかった。
 店員で、って言ったのがまずかったかな。
 押し付け合いになって罰ゲーム的な決められ方をしたとか?
 ちょくちょく店に顔を出しているようだから常勤じゃなくてもベレンさんとかを名指ししておいた方が無難だったかな。
 しかし……ここに来るのってそこまで緊張することなのか。
 このままだとまともに話を聞けるか不安な様子だったから、用意してあった飲み物の内アルコール入りの軽いものを巴が選ぶ。
 巴の手から注がれる鮮やかな緑色の液体、それを震える両手でグラスを持って受けたエルドワが、促されるまま一気にそれを飲み干した。
 ドワーフの基準からすると香りがする程度の弱いお酒だから一気飲みしてもぶっ倒れる事はなく、十分ではないにしろ結果的に彼は落ち着いてくれた、っぽい。

「それではっ、報告書の内容についてご説みぇいしゃせただだ」

 駄目だ。
 駄目そうだ。

「いや待て。報告書は実によく出来ておる。こちらから尋ねるから、お前はそれに答えてくれればよい」

 ……巴の助け舟。
 おお、参考になるな。

「確かに、よくまとめてあります。これはゴルゴンのユメミ辺りが書いたものでしょう。あれは事務もよくこなしますから」

「仰る通りです、識様!」

 ゴルゴン……。
 確かに事務所に一人いたな。
 ユメミ、ああ。
 名前で彼女の事を詳しく思い出せた。
 第三陣でツィーゲに出た娘だ。
 もうちょっと活発な感じだったけど……面影は記憶にあるゴルゴンと今更だけど一致する。
 女性なんて化粧と服と佇まいで幾らでも別人に以下略。
 回ってきた報告書に目を通す。
 ちなみに僕が見る順番は最後。
 へえ、綺麗な字で読みやすく書かれた報告書だ。
 褒めるのもわかる。
 読む人を意識しているのが僕でもはっきりわかるよ。
 色々数字の比較を出してくれてるから現状の把握や今回挙げられてる要望、その動機が大体見て取れる。
 ……これ、僕用のお手本にとっとこうかな。

「では今のクズノハ商会の客筋じゃが――」

 巴から始まった質問が、時に識からのものに変わりながら続き、エルドワもそれに答えていく。
 時間にして十五分程度が過ぎた頃。
 役目を負えたエルドワが隠し切れない疲労感を見せつつ退室していった。
 精魂尽き果てた感じだ。
 その後具体的な数値を決定して明後日からその数字でいく事に決まった。
 これでようやく本題に入れるな。

「うん、これでツィーゲの店も捗ると思う。ふぅ……じゃあアイオン王国の革命とツィーゲの動きなんだけどさ」

「レンブラントが起こるというのなら、恐らくアイオンで革命が起きるのは間違いないでしょうな」

「同感です」

「私もそう思います」

「……」

 環以外が巴に賛同する。
 事情も状況もわからないんだから、環の沈黙はまあ当然だ。

「なら、ツィーゲの独立はどう思う? クズノハ商会がある以上無関係って訳にもいかないし」

「これもあの男、レンブラントがやろうとしている以上、波乱はありましょうが成るのではないかと」

 巴は僕と大体同じことを考えていた。
 正直僕もレンブラントさんがやるって言ってる以上、結構な勝算があるんだろうと思ってる。三便宝

2014年9月3日星期三

治癒術士の見舞い

 善治郎が『森の祝福』を発病してから今日で6日。

 昨日から急きょ移動させられた、後宮の一室で、善治郎はベッドの上で寝汗をかいていた。SEX DROPS

 すでに熱は37度の中盤くらいまで下がっているし、喉の腫れも収まり食欲も戻ってきている。
 一昨日までは、鶏肉とくせのない葉野菜の細切れスープを啜るのがやっとだったが、今朝は甘じょっぱいアンをかけたマッシュポテトのような料理も食べることが出来た。善治郎にはジャガイモの親戚に感じだが、実際には蒸かしたバナナを潰した料理らしい。宮廷料理と言うより、庶民料理のたぐいなのだが、比較的胃腸に優しく、栄養価が高いため、病人食に向いているのだという。

 医者の見立てでは、一両日中には完治するだろうとのことだ。
 善治郎自身、身体が格段に楽になったという実感がある。しかし、この数ヶ月で住み慣れた本来の寝室から、電化製品が一切無い別な寝室に移され、一人新品のベッドに横たわっていては身体が休まる気がしない。

 それでも、闘病で体力の衰えた体は眠りを欲する。過ごしやすくなったとはいえ、昼間は30度を超える熱気の中、ウツラウツラと船をこぎ出していた善治郎の意識を、まどろみの中から引き戻したのは、額に乗せられた柔らかい手の平の感触と、聞き覚えのない女の声だった。

「だいぶ熱も下がっているようですね。これならば、一両日中には日常に戻れるようになるのではないでしょうか」

「……んぁ?」

 うっすらと目を開いた善治郎の視界に飛び込んできたのは、自分の額に手を乗せて、柔らかな笑みを浮かべる、上品そうな中年女性の姿だった。

「……誰?」

 半覚醒状態のまま、善治郎はポツリとそう言葉を漏らす。

 真っ直ぐな淡い栗色の長髪。目元に優しげな皺を寄せた、焦げ茶色の瞳。そして、生来のモノではなく日焼けによって色の付いた肌。
 アウラ達、カープァ王国人はラテン系と黒人のハーフのような外見なのに対し、この中年女性は、より西洋人に近い顔立ちと色彩を持っている。

 あきらかにカープァ王国の人間とは人種が違う。記憶力にはあまり自信のない善治郎だが、これだけ特徴的な人間を見かけていたら、絶対に覚えているはずだ。

 異国の中年婦人――イザベッラ王女は、善治郎の額にのせていた手を外すと、椅子から立ち上がり、ドレスの裾を摘んで優雅に礼をする。

「お初にお目にかかります、ゼンジロウ様。シャロワ・ジルベール双王国18代法王、ベネディクト4世が第3子、イザベッラにございます」

「こ、これは丁寧なご挨拶を、私は……」

 大国の王女という国賓との遭遇に、慌ててベッドから身体を起こしかける善治郎を、イザベッラ王女は慣れた手つきでそっと制すると、

「そのままで。ゼンジロウ様のお体はまだ回復してはおりません」

 そう言って、善治郎に身体を戻すように訴える。

 言われて善治郎は気がついた。

「え? あれ? そう言えば、凄く身体が楽な気がする」

 ずっと寝ていたため、身体全体に力が入りづらいような違和感は残っているが、寝る前まで全身を蝕んでいたけだるい疲れや、霧が掛かったような鈍い頭痛は綺麗さっぱり消え失せている。

 イザベッラ王女はにこやかな笑みを浮かべたまま、身体を起こしかけていた善治郎の肩に片手をそえ、ベッドへと押し戻す。

「ゼンジロウ様、起きてはなりません。身体が楽になっているのは、私が先ほど施した『体力回復』と『精神疲労除去』の効果です。『病魔快癒』を使っても良いのですが、せっかくの『森の祝福』ですからね。自力で克服しなければ祝福の効果は得られませんから、あえてそのままにしておきました」

「は、はあ……なるほど」

 言われてみれば、体力は回復しているものの、身体はまだ火照っている。病気から完全に回復したわけではないようだ。

(ああ、そう言えば、昨晩見舞いに来たとき、アウラが言ってたな。双王国の王女様がお見舞いに来るから、部屋を移ってくれって)

 一通りの事情は、前もって聞かされていた善治郎であるが、なにせ昨日までは38度を超える熱を出していた身だ。細かな説明を覚えていないのも、無理はない。

(ええと、確か身分的にはこっちが上だけど、今回『治癒』の見舞いを受けた立場だから、下手に出ても問題はないんだっけ……?)

 冷静になってみると、椅子に腰を掛けるイザベッラ王女の後ろに、アウラが立ってこちらを見守っていることに気づく。

 こちらの視線に気づいたアウラは、こくりと小さく首を縦に振った。

(あれは、あまり細かい礼儀作法は気にしなくて良いって意味かな?)

 何となく、アウラの意図を察した善治郎は少し気を楽にして、ヘッドボードに頭を乗せ、上半身を少しだけ起き上がらせた体勢で、イザベッラ王女の方に首を向ける。

「ありがとうございます、イザベッラ殿下。おかげで随分と楽になりました」

「いえ。大したこともございません。後は、安静にして滋養のある物を取れば、明日には起きられるようになっていると思いますよ」

「はい、ンッ」

 まだ微熱があるのに、寝起きのまましゃべり続けてたせいか、返事を返す善治郎の語尾が擦れ、小さく咳を漏らす。

「ゼンジロウ、ほら水だ」

 すかさず、後ろに立っていたアウラが小さな銀の吸い飲みを手に取ると、寝ているゼンジロウの口元に近づけてやる。蒼蝿水

「ああ、すまん」

 この数日で、アウラの世話になることになれてしまった善治郎は、特に恥ずかしがることもなく、アウラが手に持つ吸い飲みに口を付けて、水を飲ませてもらう。
 ぬるい湯冷ましで喉を潤した善治郎は、全身から心地よく汗が噴き出す感触を覚える。

「ふう……」

「もうよいのか?」

「うん、楽になった。ありがとう」

 ごく自然に、仲睦まじいところを見せつけられたイザベッラ王女は、口元を右手で覆い、小さな笑い声を上げる。

「お噂は聞いておりましたけど、お二人は本当に仲がよろしいのですね」

「あ……これは失礼」

「まあ、仲が悪いよりは良いだろう?」

 部外者の視線を意識した善治郎が少し恥じらうのとは対照的に、アウラはニヤリと笑い、胸を張ってそう言ってのける。

「確かに、それはその通りですわね」

 アウラの返答に、イザベッラ王女は同意を示し、コロコロと笑った。

 世間では誤解されがちだが、王族貴族の世界でも、「仲の良い夫婦」というのは決して珍しいものではない。王族の結婚は、当事者の感情よりも家のつながりや、権勢のパワーバランスが考慮されるというのは紛れもない事実だが、だからこそ当事者達は互いの関係を円満にするため、努力を重ねる。

 利害が致命的にぶつかり合わず、互いに歩み寄る心構えがあれば、結婚後に愛情を育んでいくことも、決して不可能ではない。
 だが、だからこそ、アウラと善治郎のように、婚姻から半年もしないうちに、このような息の合った仲睦まじさを見せるケースは非常に珍しい。

(よほど相性が良かったのかしら?)

 イザベッラ王女は、穏やかの笑みの奥に鋭い観察眼を隠し、アウラと善治郎の様子を見守る。

「そういえば、ゼンジロウ様はアウラ陛下とご結婚するため、世界を超えてきたのでしたね。言ってみれば世界を超える愛、ということでしょうか?」

「えっ? あ、ああ、そうですね」

 イザベッラ王女の口から出た「世界を超えて来た」という言葉に一瞬驚いた善治郎であるが、ちょっと考えてすぐに落ち着く。

 カープァ王家の血統魔法が『時空魔法』であることは周知の事実だし、大国カープァ王国の女王にして唯一の王族となったアウラの婚姻に関しては、各国の王侯貴族が目を皿のようにして注目していたはずだ。

 そう考えれば、突如降ってわいた伴侶である善治郎の素性など、ばれていない方がおかしい。

 そんな風に納得してしまったからだろうか。善治郎は、つい口を滑らせる。

「150年前、異世界へ愛の逃避行を果たした子孫が、こうして婚姻の為に戻ってきたのですからね。そう考えれば、感慨深いモノがあります」

「なるほど……150年前にそのような事が……」

 感心したような口調でそう相づちをうつイザベッラ王女に、水差しをテーブルに戻したアウラが、冷静な口調で口を挟む。

「あくまで噂だ。150年前、記録より抹消された直系王族がいたのは事実だが、その者が異世界に逃亡したという記録も、ましてやゼンジロウがその直系である証拠もない」

「……ええ、そうですわね。失礼しました。つい、年甲斐もなく、ロマンチックな恋物語に浮かれて軽率な発言をしてしまいました。
 そもそも、治りかけとはいえ、患者と長話をすること自体あまり褒められた行為ではありませんわね。

 ゼンジロウ様、アウラ陛下。私はこの辺りで失礼します」

「ああ、そうだな。我が夫のため、貴重な力を使って頂き、礼を言う。ありがとう」

 席を立つイザベッラ王女を、アウラ自ら先導し、仮の寝室の外へと導く。

「ありがとうございました、イザベッラ殿下。おかげで楽になりました」

 善治郎は言いつけ通り、ベッドに身体を横たえたまま、立ち去る女王と王女の背中に、そう礼の言葉を投げかけたのだった。

 その日の夜。

 アウラは、腹心である、ファビオ秘書官と、筆頭宮廷魔術師エスピリディオンを、王宮奥の王家の私室に招き、秘密の会談を設けていた。勃動力三体牛鞭

 王宮の中では狭い部類に入る、その部屋を照らし出すのは、燭台の上で燃える蝋燭の炎である。
 赤い炎の灯りに照らし出されたアウラは、意匠を凝らした飾り椅子の上で足を組むと、左斜め前に立つ、ファビオ秘書官に話を振る。

「それでは、報告を聞こうか」

「はっ」

 主の言葉に中年の秘書官は、一歩前に踏み出すと、いつも通りの抑揚の無い声で話し始めた。

「イザベッラ王女の『顧客』が判明しました。コブラゴ王国の前王、ルイス2世です」

 秘書官の言葉に、女王は得心がいかないといった表情で首を傾げる。

「コブラゴ国の前王がか? 妙だな。現国王ならばともかく、前王のためにイザベッラ殿下を呼ぶほど、あの国に余裕があるとは思えぬのだが」

 コブラゴ王国は、カープァ王国と国境を接する隣国であるが、国土面積も総人口もカープァ王国の5分の1程度しかない。当然、財力もそれに比した貧弱なモノだ。
 たまたま、立地条件に恵まれたため、先の大戦を生き延びた国であり、そのような小国が、すでに玉座を退いた老人のためにイザベッラ王女を呼ぶというのは、少々腑に落ちない。

「コブラゴ王国の規模ならば、ロベルト王子かトマーゾ王子、せいぜい奮発してマッテオ法王弟が相場ではないか?」

 そう言ってアウラは、ジルベール法王家の人名を挙げる。いずれも、イザベッラ王女と比べれば、治癒魔法の魔力は一段も二段も劣る王族だが、その分彼等ならば依頼料も安くすむ。

 アウラのもっともな意見に、中年の秘書官はその鉄面皮をピクリとも動かさないまま、反論する。

「しかし、陛下が今名前を挙げられた方々は皆男性です。後宮には入ることが出来ません」

「なぜ後宮が関係する? 患者はルイス前王なのだろう?」

 首を傾げるアウラに、ファビオ秘書官は淡々とした口調のまま答える。

「はい。ですから、問題はコブラゴ王国の後宮ではありません。我がカープァ王国の後宮です」

 ファビオ秘書官の言葉に、意図するところを悟ったアウラは、椅子の上でガタリと身を動かした。

「つまり、イザベッラ殿下の狙いは、最初からうちだったと言うのか?」

「はい。これはまだ調査中ですが、どうもコブラゴ王国はアウラ陛下が推測されたように、ロベルト王子の派遣を依頼したようです。そこに、双王国の側が「料金はそのままでよいから、ロベルト王子ではなく、イザベッラ王女を」という話をねじ込んだ、というのが真相ではないかと」

「まさか、婿殿が『森の祝福』で寝込んでいることも、双王国は察知していたのか?」

 アウラの言葉に、中年の秘書官は首を横に振る。

「いいえ、それはただの偶然でしょう。むしろ、ゼンジロウ様が病床に付いている事を知っていれば、あえてイザベッラ王女を派遣する必要はありません」

 ジルベール法王家の『治癒術士』達は、医者以上に特別な存在だ。患者の診察という名目があれば、男女の垣根を越えて男でも後宮に足を踏み入れることが許される。

「なるほど、確かにな。だが、そうなると双王国は、我が婿殿を一目見るためだけに、イザベッラ殿下を安値で派遣したということになるぞ?」

「大国カープァ王国に突如として現れた、女王の伴侶。その人となりを知るためならば、さほど不自然な一手ではないのでは?」

「ふむ……」

 アウラは椅子に座って足を組んだまま、顎に手をやり考えた。

 確かに、ファビオ秘書官の言うことももっともだ。アウラの意図を全面的にくんでくれている善治郎は、ほとんど我意を表に出すことなく陰に回ってくれているが、そんな現状を知らない諸外国の人間には、カープァ王国の舵に手を添える人間が一人増えたように映ることだろう。

 女王の伴侶が並外れた野心家であれば、カープァ王国は再び南大陸に戦乱の嵐を巻き起こす可能性もある。
 そう考えれば、確かに『善治郎の人となりを知る』のは、イザベッラ王女クラスが動くに十分な重要性を持つかも知れない。福源春

「国内の顔見せが終わったと思えば、今度は国外か」

「以前の立食会は、ボロが出ても傷が最小限に治まるよう、諸外国の方は閉め出した場でしたから、その辺りは仕方がありますまい」

 暗い天井を仰ぎ見て、溜息をつくアウラに、ファビオ秘書官は冷静な口調でそう言った。

 この数ヶ月で、善治郎の「国政に極力口を出さない」という意思は、ある程度認知されていいるが、それはあくまでカープァ王国国内の話だ。諸外国の人間にまで、正しい認識が広まるのには、まだまだ時間も努力も必要だろう。

 この手の情報というのは、距離と時間が離れれば離れるほど歪みやすいという特徴もあるので、完全に正しい認識が広まる可能性は、最初から諦めた方が良いのかも知れない。

 アウラは、一,二度首を横に振ると、その話を打ち切った。

 アウラは視線を左斜め前に立つファビオ秘書官から、右斜め前に立つ紫のローブを羽織った老人へと移す。

「分かった。双王国の出方については、今後も注意しておこう。次に爺、話は聞いているな?」

 唐突に話を向けられた、紫のローブを羽織った老人――宮廷筆頭魔術師エスピリディオンは、のんびりとした口調で口を開く。

「ふむ、ゼンジロウ様の私物であるあの宝玉のことじゃな? 確かに、あれ一粒に双王国金貨50枚は破格じゃのう」

 話は、イザベッラ王女の動向から、イザベッラ王女が不可解な高値を付けた、ビー玉へと移行する。

 ファビオ秘書官に続き、エスピリディオンからも同意を得たアウラは、まずは一つ満足そうに頷くと話の続きを促す。

「あのイザベッラ王女が意味もなく、あれほど奇異な値を付けるとは考えがたい。爺、なにか心当たりは無いか?」

 女王の問いに、王国随一の魔術師は白い上げ髭をしごき、しばし沈黙を保った後、「これはかなり眉唾な話なのじゃが」と断った上で口を開いた。

「陛下は、グプタ王国の『雷壁の杖』については、どの程度の知識をお持ちかの?」

「『雷壁の杖』というのとあの、『バランゴ峠の奇跡』だろう? 1本の魔道具が、敵軍5万を半年間足止めしたという」

「はい、左様です。グプタ王国と、クシャール王国・ワルタナ王国連合軍の戦い。先の大戦初期の話ですじゃ」

 簡単に説明すれば、グプタ王国という国が、隣国二国の同時侵攻をくらい、滅亡の岐路に立たされたとき、一方の国境を『雷壁の杖』と呼ばれる魔道具一つで護りきり、その隙にもう一カ国を自力で撃退し、国を護りきったという逸話だ。

 恐らく南大陸でもっとも有名な魔道具の一つであろう。『雷』はグプタ王家の血統魔法である。

 つまり、『雷壁の杖』は、『雷』を操るグプタ王家の人間と、『付与魔法』の使い手であるシャロワ王家の人間が手を携えて作った魔道具ということになる。
 グプタ王国は、シャロワ・ジルベール双王国の属国に近い友好国なので、両王家が力を合わせて一つの魔道具を造る事自体は、特別不自然ではない。

 しかし、エスピリディオンは言う。

「問題は、杖の作製に費やされた時間ですじゃ。細かな話は今は省きますが、杖が作製された場所は、双王国の王都で間違いはありませぬ」

「まあ、それはそうだろうな。シャロワ王家の人間は、ジルベール法王家の人間と違い、よほどのことがない限り、王都から動かん」

 軽く頷き、同意を示すアウラに、エスピリディオンは大げさに頷き返し、話を続ける。

「となると、グプタ王家の人間が双王国の王都におもむき、そこで長い時間を掛けて杖を作製し、その後の杖を持ってグプタ王国へと戻ってきたと言うことになりまする。しかし、そうなると、どうしても時間が足りませぬのじゃ」

 エスピリディオンの話を聞いていた、横に立つファビオ秘書官も何かを思い出したように口を挟む。花痴

2014年9月1日星期一

東方の客人

「……それで、なぜあの黒雲は結界を通り抜けたのですかな?」

 二人の近衛騎士団の手練れが黙って部屋の中を警戒している王族専用の観覧室で、国王グリフィズ・ラント・レナードは目の前の椅子に座っている古族(エルフ)の族長ロットスに穏やかにそう尋ねた。玉露嬌 Virgin Vapour
 しかし、言葉遣いは丁寧で口調は穏やかであっても、そこに寛容の響きはあまり感じられない。
 それはつまり、古族(エルフ)の誇るはずの絶対障壁が、謎の黒雲によってすんなりとすり抜けられてしまったためであり、観客の安全を守るべく導入したはずのものが思いの外ザルだったのではないかという不安を拭えないためだ。
 特級の戦いにおいても幾度か崩壊の危機に瀕していたし、さらに言うなら一度など完全に壊れてしまっているのだから、これ以上、闘技大会を続けても大丈夫なのかどうか、ということを確認するために国王はあの黒雲が現れて直後、古族(エルフ)の責任者であるロットスを呼びつけたのだ。
 ただ、そうは言っても、断固とした非難を国王がロットスに向けないのにもそれなりに理由がある。
 ロットスは国王の言葉に口を開き、それについて語った。

「……まずは、まことに面目ないことでございまして……正直、我々の方でも今回の大会には頭を抱えております。国王陛下もご存じのことでございましょうが、この大会に絶対障壁を採用するにあたり、幾度かの試験運用を王城で行いましたが、その際、我らが絶対障壁はびくともしませんでした……宮廷魔術師長のオルガ殿の魔術ですら、耐えきったことは、陛下もその目で確かめられたことと思います」

 ロットスの言葉はまさにその通りで、国内において最強、と言われる魔術師であるオルガの魔術でもってしても絶対障壁を破壊することは出来なかった。
 低出力状態であれば、罅を入れることが出来ていたし、二度、三度と魔術を重ねれば破壊することも可能であったと思われるが、高出力状態となった絶対障壁はそんなオルガですらもどうにも出来なかったのだ。
 それなのに、今回はルルとグランの戦いによって崩壊しているし、さらにそれに加えてあの黒雲である。
 頭が痛いのはロットスのみならず、国王もだった。
 だからだろう。
 国王の口から、少しだけ皮肉めいた言葉が出たのは。

「……それは、オルガの実力が特級冒険者たちよりも遙か劣るとおっしゃりたいのですかな?」

 しかしロットスも国王の心労と心配というものを理解していた。
 もともと、古族(エルフ)は長命であり、国王は人族(ヒューマン)としては十分に成熟した壮年男性であるとは言え、ロットスから見れば未だ子供に等しい。
 ロットスは年齢から来る落ち着きでもって、国王のその皮肉をさらりと受け流し、答える。

「まさかまさか……そんなことは。あのとき、オルガ殿は一人で魔術をお使いになられましたからな。全く話が異なります」

「とおっしゃいますと、どういうことですかな?」

 国王の疑問に、ロットスは答える。

「……あのとき、絶対障壁が破壊されたのは、あくまで偶然だと申し上げております。あの試合において、ルル選手と、グラン選手は二人で、しかもおそらくお互いにそのとき出せる最高の力を振り絞ってぶつけあった結果、絶対障壁の破壊という偉業を成し遂げました。魔力……というのはおもしろいものでございまして、時に波長が合った魔力がぶつかり合ったとき、膨大なエネルギーが発生することがあるのです。ルル選手とグラン選手が絶対障壁を破壊できたのは、その偶然を引き寄せたために過ぎず、もう一度同じことを起こすことはおそらく不可能でしょうな……」

 それが言い訳なのか、それとも本当にそう理解して言っているのかを国王には判別できなかったが、一応、納得できないわけではないため、絶対結界の一度の崩壊についての追及はやめることにする。lADY Spanish
 そもそも、絶対障壁が仮になにかしら欠陥があるとして、レナード王国の結界技術はそれよりも遙かに低いのである。
 なにか必要以上に問いつめて、引き上げると言われたらそれはそれで困るのだ。
 しかし、まだ気になることはある。
 あの黒雲だ。
 それはロットスも同じだったようで、聞かれると首を傾げて話し始める。

「あの黒雲につきましては……本当に申し訳ないとしか申し上げることが出来ず……いろいろ理由は考えられるのですが、確実なことはなにも。ただ、あの黒雲を作り出して操っていた存在は、相当な手練れとしか言いようがないでしょうな。人間業ではない、と申しましょうか……」

 そんな風に話すロットスの様子は本当に困惑しているようで、嘘をついているようには見えない。
 この場で嘘をつく意味もないことを考えれば、それは真実を語っていると見るべきなのだろう。
 しかし、そうだとすれば、それは手の打ちようがないということに他ならない。
 今後どうすべきかを考えなければならないが……。
 そう思って、国王は言う。

「となると、闘技大会は中止せざるを得ないのでしょうかな……」

 無念そうにそう言った国王に、しかしロットスは首を振って答えた。

「いえ……あの黒雲を防げなかった儂がこんなことを申し上げるのもどうかとは思うのですが、その必要はないと……」

「……それはまた、なぜ?」

 国王の質問に、ロットスは少し考えてから、ゆっくりと自分に言い聞かせるかのような口調で話し始める。

「……先ほども申し上げましたが、あの黒雲を作り出した存在は、相当な手練れ。いえ……おそらくですが、災害級(クラス)の者であろう、と儂は考えております」

 災害級(クラス)、それは一部の、国家の存在すらも揺るがしかねない魔物が分類される格付けであり、転じてそれ一体で国一つを滅ぼすことも場合によっては可能とされる存在を指す言葉であった。
 歴史上も、そのように呼ばれる者は少なく、またほとんどが理性的な存在であるために現実に脅威となることはそれほど多くはなかったが、とにかく現れた場合にはもうどうにもならないとまで言われる何かである。
 ロットスは、あの黒雲を生み出した存在が、それに該当する、と言っているのだ。
 正直国王としては、自分たちの不手際を糊塗するための言い訳ではないか、と一瞬思わなかったわけでもないのだが、ロットスが続けて語ることを聞き及ぶに至って、ロットスの危惧は正しいのかもしれないと考えが変わる。

「あの黒雲が、ただ結界をすり抜けただけだったなら、正直なところ古族(エルフ)の手練れであれば決して不可能ではないことなのです。絶対障壁の仕組み、構成を知るものなら、どうやればあの壁を抜けるかも探求することは出来ますからな……。しかし、解析の結果、あの黒雲はそれだけではなく、相当な遠隔地から制御されている高度な遠隔魔術であることが分かりました。それに、現在、闘技場で戦っているあの二人の若者……ヤコウとキキョウの服装を見る限り、あの二人は東方の出身のようですし、聞こえてきた会話によれば、あの魔術はその東方の地より形成されたものらしいことも推測できます。そんなことが可能なものは……正直、手練れの魔術師の多い古族(エルフ)の中にもおりませんし、またこの大陸を探してもいるかどうか……」

 通常、遠隔魔術の可能な距離は、数十から数百メートル程度だと言われ、術者と魔術の距離が離れていくにつれ、制御は難しくなっていくと聞く。
 そのことを考えれば、数百、数千、場合によっては数万キロ離れた地点から魔術を形成することがどれだけ化け物じみたことなのかがよく分かる。
 それをあの黒雲を分析して理解したからこそ、ロットスはあれを使用している者は災害級(クラス)である、と言っているのだと国王にはやっと理解できた。
 だから国王は言った。VIVID XXL

「……つまり、またあのような事態が起こることはないから闘技大会を中止する必要はないと?」

 その言葉にロットスは頷き、

「有り体に申し上げれば、そうなります。いつどこに落ちるか分からない雷を恐れて平原を歩くのを止めることに意味がないように、あのような特殊な存在が介入してくることを考えて闘技大会を中止する必要もないと思うのです。もし、それを理由に闘技大会を中止するというのなら、これから先、永遠に闘技大会を開催することも出来なくなってしまいますしな……幸い、あの黒雲を作り出した存在はこれ以上、大会に介入する様子も見られませぬ。であれば、このまま続けてもいいのではないかと愚考しますが……」

 国王はロットスの言葉の内容をよく考え、そして確かに一理あると認める。
 あの黒雲が仮に周囲の被害を考えずに観客たちに攻撃を加えるようなことがあれば中止も仕方がないということになるだろうが、今のところそのような様子は見られないのは事実だ。
 それに、滅多にいないような災害級(クラス)の何かだというのなら、ここで闘技大会を中止するかどうかに関わらず、王都そのものに被害を及ぼすことも出来るはずで、そう考えると闘技大会を中止したからと言って何か事態が好転すると言うことにもならないだろう。
 すでに、あの黒雲の王都への進入を許しているのだから、どうしようもない。
 それに、今戦っているキキョウとヤコウの知り合いが発動させているものらしいのだから、闘技大会を続けていた方がまだいいのかもしれないとも思う。
 観客たちも、今ここで闘技大会を中止と言われても納得がいかないだろう。
 そもそもあの黒雲を危険だと考えて闘技場内にいたくないと思った者は自分で逃げるだろう。

 そう言った諸々のことを考えれば、ここで闘技大会を中止にする意味はないだろうと国王は結論した。
 そして、ロットスに言う。

「なるほど、ロットス殿のお話は理解できました……確かに、ここで中止する必要はあまりなさそうでありますな。闘技大会は、続行する方向で対処しましょう……」

「さようですか……では、このまま絶対障壁を張り続けても?」

 なんだかんだ言いながら、障壁を張る役目をおろされるのではないか、とロットスは考えていたらしく、少しほっとした様子で国王にそう尋ねた。
 国王は、確かにそんなことも考えなかったではないが、前提として、古族(エルフ)の絶対障壁がレナード王国の障壁技術よりも遙かに優れているという事実があるのであるから、古族(エルフ)を降ろす、などということはあり得ない。
 そもそもレナードの側から協力を頼んだのであり、それを納得も出来ない理由で突然降ろすという訳にもいかないだろう。
 それに、他の理由もある。
 国王は言う。

「もちろん、引き続きお願い申しあげたいと思っております。それに、先ほどのお話を聞くに、あの黒雲を作り出したのは東方の者。今闘技場で戦っておるのもまた、東方出身の者……正直なところ、なにが起こってもおかしくない、とも思っている部分はあったのです」

 国王の言葉に古族(エルフ)のロットスは頷いて答えた。

「ふむ……東方ほど得体の知れない地域はないですからな……まず、普通の方法ではその地に行くことすら出来ぬと聞きます。儂も長く生きてはおりますが、未だ東方の地を踏んだことはない。海を越えた先にある三日月大陸、さらにそれを越えたところにあるぽっかりと開いた暗き断崖の先に、一体どうやってたどり着くのかも分からぬでは……」夜狼神

 東方から人や物がやってくることは、歴史上何度もあったと聞く。
 実際、東方出身の人物に出会った者というのは少なくない数がおり、その実在に疑うべきところはない。
 けれど、東方にいこうとしても、どうしてもたどり着くことの出来ない理由があり、それが断崖、もしくは大断裂と呼ばれることの多い、海に大きく開いた深い断崖である。
 まっとうなところで言えば、浮遊魔術などを使用してどうにか越えようとしたという記録も枚挙に暇がないのだが、その誰もが、断裂の底へと落ちて二度と帰っては来なかった。
 断裂の直前までは船などで行けるので、そこまでは船で行き、断裂手前から浮遊魔術で、というのがだいたいの挑戦の計画の骨子なのだが、伝えられている限り、すべて失敗しているのでその方法では渡ることは出来ないのだろう。
 しかし、どのようにすれば断裂を渡りきれるのかは、少なくとも断裂の西にはいっさい伝わってはいない。
 それなのに、東方の者たちはよく、西方へとやってくるのだ。
 だから彼らは、東方の奇妙な客人たち、と呼ばれることも多い。
 ただ、捕らえようとしてもおそろしく強かったり、特殊な魔術を修めていることが普通で、手痛いしっぺ返しを食らうことも歴史上明らかになっているため、彼らに手出しをしようと言う者は少数である。
 彼らは特に西方の国に何かすることはない、ということも影響しているだろう。
 今回のように、闘技大会に出たり、何か新たな技術などを思いついたように伝えに来たりすることがあるくらいで、それ以外のことはあまり分かってはいない。
 そんな彼らが今、目の前にいる。
 国王としては、是非にも話を聞きたい、というのが正直なところだった。
 ただ、無理強いすると後が怖い。
 そんな気持ちをにじませて、国王は言う。

「キキョウとヤコウ、あの二人にはどのような方法で東方の断崖を越えてきたのか、聞いてみたいものだと思いますが……まぁ、無理でしょうな」

 国王の台詞に、ロットスも頷いて、

「彼らを捕らえた結果、滅びた国もあると聞きます。彼らには特になにもしない方がよいでしょうな……」

「残念だが、そうしましょうか……では、結界についてのお話はこんなところで終わりにしましょう……ところで、もしよろしければ、これから共に試合観戦をしていただけませんかな? 古族(エルフ)の長老ともなれば魔術にも相当お詳しいでしょう。 無知な私に是非、解説をお願いしたいのですが……?」

 そんな風に一緒に観戦することを提案する国王に、ロットスは微笑んで頷き、窓際にもうけられた観戦席に国王とともに腰掛けた。頂点3000