2015年6月30日星期二

倒したあとはおいしくいただきます

みなでドラゴンの側に集まる。改めて近くで見るとでかい。この人たち、よくこんなのを肉弾戦で倒したな。

「よくやったぞ、マサル!」「すごいよ、マサルさん!」「エリザベスもよくがんばったな」房事の神油

 合流したおれたち2人をみんなで歓迎してくれる。

「ふふふん。わたしの考えた作戦のおかげね!」

 エリザベスはふんぞりかえっている。だが、そもそもあの自称、最強魔法で落とせていれば、ここまで苦労しなかったんじゃなかろうか。確かに強力な魔法だったけどさ。おれも最初の一撃外しちゃったから人のことは言えないけど。

 おれ的には一番の殊勲者はあの盾の人だと思う。このドラゴンの攻撃を3度も正面から受けるとか、半端じゃない。盾の人はと探すと、いた。ドラゴンをぺたぺたと触っている。全身鎧で顔もわからないが、立って動いてるから元気なのか?だが、左手の大盾は変形し、鎧は煤で真っ黒だ。

「あの、傷は大丈夫ですか?」

「ああ、ポーションは飲んだし、回復魔法も自分で少し使えるから、歩けるくらいには回復したよ。もう1戦やれって言われたらなんとかできるかな」

 いやいや、無理しないで!

「魔力に余裕があるから、回復魔法かけますよ」

「お、そうか?助かるよ。正直立ってるだけでも結構つらくってなー」

 やっぱりやせ我慢か。【ヒール】【ヒール】【ヒール】これくらいで大丈夫だろうか?ついでに浄化もかけて鎧をきれいにする。煤が取れて見えた鎧もところどころへこんでぼろぼろだった。

「おお、だいぶよくなった。鎧もきれいにしてくれてありがとう」

 まだ完治してないのかよ!あわてて【ヒール】【ヒール】【ヒール】追加で3回かける。

「うん、もう大丈夫だ。ありがとう。やっぱり治癒術師がいるといいね」

「わたしだって魔力が残っていればそれくらいできるわよ」と、エリザベス。

「エリザベスは2人も抱えてフライを使ってたから仕方ないよ。おれとかほら、上のほうで一発撃っただけで、魔力あんまり使ってなかったし」と、フォローしておく。

「そうよね!ドラゴンを倒せたのもわたしのおかげなんだから!」

 すぐに機嫌のよくなるエリザベス。ちょろい。

「ほかにも、怪我してる人いたらなおしますよー」

 数人怪我人はいたが、盾の人ほど重傷者はいなかったので、さくさく治療していく。死人がでなかったのは奇跡的だな。あの最後のブレス、まともに食らっていたら果たして生き延びられただろうか。たぶんブレスで死ななくても気を失って墜落死してたな。

「軍曹どの、ブレスは連続で吐けないと聞いたのですが、最後のあれは……」

「うむ、そうだな。たぶん、かなり無理をして撃ったんだろう。あのブレスはだいぶ弱かった気がする。それに、あのあとは一度もブレスを吐かなかった。地面に落ちたダメージのせいの可能性もあるが」中絶薬ru486

 なるほど。最後っ屁ってやつか。本当に死ななくてよかった……。今更ながらいかにぎりぎりの生還だったか理解できて、震えてきた。

「それと、このドラゴン。もしかして上位種かもしれないな」

「きっとそうよ!わたしのメガサンダーを食らって耐えるなんてありえないわ!」

 サンダー系の魔法には電撃による麻痺効果もある。本来なら短時間、確実に行動が止まるはずなのだ。

「上位種というのは?」

「文字通り、通常のドラゴンの上位にあたる種だ。より強く、賢明で、狡猾だ。わたしはそう多くのドラゴンと戦ったことがあるわけではないが」

「そうだな。可能性はある。我々がこのサイズでこれほど手こずるはずもない」と、これは暁の戦斧のリーダーだ。名前は忘れた。たしか鮮血のって通り名だった。20人も一気に覚えられないし。盾の人の名前はあとでエリザベスに訊いてみよう。

「帰ってからギルドで調べてもらわないとな。マサル、こいつを運べるか?」

 うん、とうなずいてドラゴンを収納する。どんなにでかくても1枠で収まる。相変わらずチートだ。このサイズが入るなら家とか運べるかな?そこらへんのでかい木はどうだろう。収納。だめか。地面に根が生えてるからかな。家も無理そうだ。さすがにそこまでチートじゃないか。エリザベスがこちらをじーっと見てる。なんだろう。また機嫌が悪くなったのか?

「やっぱりずるいわ。ねえ、それどうやってやってるのよ。ケチケチしないでわたしにも教えなさいよ!」

 むう。本職の魔法使いが見るとやはり違和感があるのか?ここはうまくごまかさないと。

「地道にやるんじゃなかったのか?」

「うぐ。地道にもやるわよ!でもなにかヒントでもちょうだいよ!」

「うーん、前にも言ったけど、普通にやってるだけで特に何にもしてないんだけどなー。そういう才能?向き不向きがあるんだよ。ほら、おれもエリザベスみたいなすごいサンダーとか使えないし。あれはすごかったな!あんなの見たの初めてだよ。おれのほうが風魔法を教えてもらいたいくらいだ」

「う、そ、そう?それほど言うなら教えてあげてもいいけど」

 適当に言ってみたが相変わらずちょろいな。なんか風魔法を習う流れになってしまったが、まあいいか。水も練習中だし、風もこれで覚えられたらあとは土でコンプリートだ!

「ぜひ!お願いします。エリザベス先生。いや、師匠!」華佗生精丸

「いいわ。たっぷり教えてあげる!わたしは厳しいわよ!」

「はい、師匠!」

 エリザベスはご機嫌だ。にっこにこしている。おれも気分がよくなった。美少女に色々教えてもらえる。しかも無料で!きっとアンジェラみたいにナイフで迫ったりはしないだろう。勢いだけで決まったが、これはいい具合に話がまとまったな!

 
 宵闇の翼の人たちもやってきた。

「巣と周辺を見てきましたけど、何もありませんね」

「お宝期待してたんだがなあ」

 ドラゴンは巣に宝物を溜め込む習性があるらしい。

「作ったばかりの巣だ。これから集めるところだったんだろう」

 お宝ってどんなのか聞いてみた。

「そりゃあ、金銀宝石がざっくざくだよ。あいつら光物が大好きだからな。すごいのになると国が買えるほど溜め込んでるらしいぜ。いやー残念だな」



 キャンプへの帰り、エリザベスがぺらぺらと風魔法について講釈をたれるのを聞く。さすがは本職の魔法使いだけあって、役に立ちそうな知識も披露してくれる。だが、キャンプ地に着く頃にはなんだが元気がなくなってきた。ちょっと足元が怪しい。

「ああ、体力が切れたんだな。今日はでかい魔法もつかったもんな」と、暁の戦斧のリーダーの人が話しかけてきた。斧を装備した鮮血のなんちゃらさんだ。

「ほら、エリー。ちゃんと歩きな。それともおぶっていくか?」

「ナーニアがいい……」

 はいはいといいつつ、女戦士の人がエリザベスをひょいっとお姫様抱っこするとスタスタ歩いていった。あの女の人はナーニアっていうのか。

「君は元気だね。エリザベスは魔法を使いすぎるといつもああでね」

「おれも魔力使い切ったらあんな感じですよ。すっごい疲れるんですよね。今日は割と魔力に余裕あったんで」威哥十鞭王

「それにしても、今日はマサル君のおかげでずいぶん助かったよ。礼をいっておく」

「いやいや、魔法一発当てただけですから」

「でもあれのおかげで地面に落ちて、もうふらふらだったからね。楽に倒せたよ」

「あれもだめだったらどうするつもりだったんですか?」

「そうだね。降りてくるたびに翼を攻撃してなんとか叩き落すってところかな」

「無茶じゃないですかね」

 盾の人が死んじゃうよ!

「倒せないとは思わないけど、何人か死んだだろうね。だからね、今日は本当にありがとう。エリザベスが助かったのは君のおかげだよ」

「いえ、そんなことは。エリザベスの考えた作戦、そのままやっただけですし」

「まあ感謝してることはわかってよ。それはそうとマサル君、ソロなんだって?どこかのパーティーに入る予定はないのかい?アリブールとは親しくしてるみたいだけど」

「いまんとこ予定はないですねー」

「じゃあうちなんかどうだい?エリザベスも気にいったみたいだし。ちょうど魔法使いを探しているところでね」

 暁の戦斧に入ればどれほど報酬が稼げるか。Bランクともなれば有名人。もてもてである。と暁のリーダーの人は力説する。もう数回、大きな依頼をこなしたらAランク昇格もあるかもしれないそうだ。

 でも暁の受ける依頼って、きっと今日みたいなのだよな。毎回こんなのやってたらそのうち死ぬ。エリザベスも躊躇なくドラゴンに突っ込んでいったし、この人たち、命が惜しくはないんだろうか。やはり命を大事にの方針は守るべきだろう。

「おれにはちょっと荷が重いですかね。今日だって死にそうな目にあったし、当分は危険な依頼はやりたくないなと」

「そうかい?気が変わったらいつでも知らせてよ。マサル君ならやっていけると私は思ってるよ」



キャンプにつくと、ラザードさんに呼ばれた。

「マサル、ドラゴンだしてくれよ」

 何するんです?と聞きながら開けた場所にドラゴンを出す。福潤宝

「もちろんドラゴンステーキだ!ドラゴンを倒したらやっぱりこれがないとな!」
「いやいや、ドラゴンの肉はやはりシチューが絶品で」
「食べるの初めてなんですよ、楽しみだなあ」

 わいわい言いながらドラゴンの一部を切り取っていく。ドラゴンステーキか。某ゲームだと定番だったな。ちょっと楽しみだ。どんな味がするんだろう。

「味もさることながら、強いモンスターの肉を食べると、その強さを体に取り入れられるという説があってな。ドラゴンの肉は最高級品だな」と軍曹どのが解説してくれる。

「実際のところはわからんが、信じている人も多い」

 ステータスを見ればわかるだろう。食べたあと確認してみよう。

 料理が開始され、誰かが酒を出してきた。殴り合い寸前まで議論が白熱した結果、ドラゴン肉はステーキとシチュー両方作ることにしたようだ。まだ危険な森の中だと思うんだけど、酒盛りとかしてていいのか。

「ドラゴンの巣があったからな。この近くにはめぼしいのはもうおらんだろう。午前中の調査でも何もいなかった。それに宵闇の翼が見張りをかって出てくれてな」

 多少はめを外すのはかまわんだろうと、軍曹どの。そういえば宵闇の姿が見えない。なるほど、ドラゴン戦でいいとこがなかった分、働いてるのか。そういうことならと、アイテムからお酒を取り出し振舞う。軍曹どのにもお酒をすすめるが、丁重に断られた。まだ任務中だということなのだろう。さすがだ。

 ドラゴンステーキが焼けるのを待っていると、最初に焼けた肉を差し出された。少し離れたところではエリザベスも肉をもらってる。殊勲者の魔法使い2人に最初にってことだろうか。美味しそうな匂いがする。エリザベスを見ると幸せそうな顔をして食べていた。それを確認しておれも食べる。塩と何かのスパイスで軽く味付けされた、ドラゴンの肉はとても美味しかった。鶏肉に近いだろうか。やわらかくてジューシー、滋味あふれる味は、いままで経験のしたことのない味だ。最高級地鶏とか神戸牛とかって食べたことないけど、こんな感じなのかな。

 その夜はステーキもシチューもたっぷりと堪能して酒を飲んで寝た。ステータスを見たが、ドラゴンステーキで特にステータスがあがるってこともなかった。三體牛寶

2015年6月28日星期日

王都クリストフィア、散策

坂を下り終えると、小さな門が見えてきた。
 門の脇にはそれぞれ衛兵が二人立っている。

「ここが、聖ルノウスレッド大通り北口でございますっ」狼一号

 ミアさんがご当地観光ガイドさながらに、大通りを手で示した。
 と、衛兵が一人こっちを見る。
 おっかなびっくり衛兵さんをちら見しつつ、俺はミアさんに尋ねた。

「ふ、普通に通れるんですよね?」

 この世界に来てから、今のところ俺は『衛兵』というものにいい思い出がない。
 不審者と断ずるやいなや『懲罰房』とか言い出す衛兵は、特に嫌いだ。

「はい、もちろんですっ」

 衛兵は一度こちらに視線を向けたが、すぐに興味なさげな顔になって、大あくびをした。
 ふぅ、よかった。

 こうして俺たちは問題なく門を潜った。
 大通りに入ってしばらく歩くと、人の賑わいがにわかに増した。

「おぉ」

 大通りは目に見えて活気があった。
 さすがは国の中心といったところか。
 道には露店が立ち並び、食べ物やら装飾品やらを並べている。
 まだ朝方ということもあってか、露店の準備をしている人の姿もちらほら見える。
 それら様子は、眺めているだけでも目に楽しい。
 こっちの世界に来てからというもの、目にする何もかもが新鮮に映る。

「それでですね、クロヒコ様」
「はい?」

 ミアさんがエプロンドレスのポケットから、何か小さな袋を取り出した。

「どうでしょう? お召し物を一揃い、お買いになるというのは?」

 俺は自分の服を見る。
 そういえば、いまだに俺は前の世界の服を着ている。
 しかも、洗ってないし。
 ん?
 まさか、

「に、においますか!?」

 俺が聞くと、ミアさんは慌てたように両手を振った。

「いえいえ、そんなことございません! ですが――」
「『ですが』……?」
「実は、マキナ様からこのお金でクロヒコ様の服を買うよう、言いつけられているのです」
「え?」
「マキナ様がお部屋を出られる時、わたくしにそう言い添え、これを渡されました」

 ミアさんが掌の上の袋を揺らす。
 ジャリジャリ、と音が鳴った。

「お金?」
「はい、しかも金貨でございます」
「金貨……」

 この国の通貨については何もわからないが、きっとかなりの価値に違いない。
 なんたって、金貨だし。
 にしても、ああマキナさん!
 そんなにも俺のことを気にかけてくれているんですね!
 もう、ツンデレなんだから!

「マキナ様としては、その、今のお姿ですとクロヒコ様があまりにもみすぼらしいとのことで……」
「みすぼらしい!」

 ひどい!
 確かに服は上下と靴下と靴。
 ぜんぶ合わせて一万円いくかいかないかだけど!勃動力三體牛鞭
 山登りとか地べたに昏倒とかして、汚れてはいるけど!

「み、みすぼらしい、かぁ……」
「も、申し訳ございませんクロヒコ様! マキナ様のお言葉とはいえ、みすぼらしいだなんて……!」
「いえ、いいんです……それが紛うことなき真実ですから」
「き、気を取り直して服店へ参りましょう! ね?」

 励まされつつ、俺は彼女に連れられて服店へ行った。
 そこで綿製の服を上下買い揃え、店の中で着替えた。
 これはいわゆる平服――普段着ってやつだろう。
 ミアさんは、

「わ! 大変素朴で、素敵ですよ!」

 と言ってくれたが、まあ『素朴』という単語をあえて称賛ワードとしてわざわざ使わなくてはならないくらいには、地味な服装というわけである。
 ついでに革製の靴も買ってもらった。
 靴下(ソックス?)もあったので、それも買ってもらう。
 ミアさんはもう少し高いものをと勧めてくれたが、根が貧乏性なせいか、俺は安そうな服をチョイス。
 ま、自分のお金じゃないしな。
 それに、いつかこのお金もちゃんとマキナさんに返そう。
 あと、今まで着ていた服を入れる麻袋も買ってもらった。

 こうして大通りに出てもすっかり違和感のなくなった俺は、みすぼらしいと苦言を呈された服の入った麻袋を肩にかけ、ミアさんと一緒に街を歩きはじめた。
 歩きながらミアさんは色んなことを話してくれた。
 といっても、どこにどんな店があるかだとか、どの店のどんな食べ物がおいしいんだとか、そんな話題が中心だった。
 多分、この世界や国のことをあまり一気に話しすぎても俺がついていけないだろうと、気を遣ってくれたのだろう。
 なんとなく、その気遣いは伝わってきた。
 そして俺にこの街のことを少しでも好きになってもらいたい……そんな感じだった。
 でも、退屈はしなかった。
 むしろ嬉しかった。
 一生懸命に身振り手振りを交えながら説明してくれるミアさんを見ているだけで、そしてこうして一緒に街の中を歩いているだけで、楽しかったから。
 まあ、彼女の話の内容におけるお勉強的な部分は、通貨と距離の単位、あとは時間のことくらいだろうか。
 すっごく大雑把に現代日本の単位に変換してしまうと、こんな感じ。

   通貨(1枚あたり)

 ドラシル白銀貨=100000円
 金貨=10000円
 銀貨=1000円
 銅貨=10円
 角貨=1円

   長さの単位

 1ミル=1ミリ
 1セイン=1センチ
 1ラータル=1メートル
 1ロタ=1キロ

 通貨のドラシル白銀貨とやらは、ほとんど流通していないものとのこと。
 記念硬貨みたいなものなのだろう。
 正確を期すなら『約』とか『大体』とか『くらい』とかつけるべきなのかもしれないが、めんどうなので、俺判断でつけずに脳内変換することにした。
 ちなみに物価云々まではわからないが、まあ銀貨が一枚あればどうにか二週間くらいは食っていけるらしいので、物価は日本よりは安いって感じか。紅蜘蛛
 うーむ、いつも思うが、ファンタジーの単位ってやつは面倒なものである。

 で、時間については、わかったのは一つだけ。
 どうやら王都では、一時間ごとに大時計塔にある鐘が鳴るようにできているらしい。
 学園の近くで目を覚ました時に聞いた鐘の音は、どうやらその鐘の音だったようだ。
 一応、壁掛け時計なんかはあるみたいだけど。
 学園長室にもあったし。

 俺の頭にきっちり入ったのは、まあせいぜいこのくらいである。
 一気に覚えると、頭がパンクするし。
 受験勉強で一夜漬けとか無理だったタイプです、はい。
 ……ま、そのわりに一夜漬けしまくった記憶がありますが。

 まあ、そんなこんなで、適度にローカルな街の話題を楽しみつつ、俺はミアさんに連れられ、街を見て回った。
 それから俺たちは、昼食がてら、露店で果物と肉の燻製、チーズの燻製を買って食べた。
 なんでも、チーズはルノウスレッドの名物でもあるらしい。
 そのチーズはというと、名物の冠に恥じぬ素晴らしい味であった。
 つーか、うますぎだろ!
 ファンタジーの飯って実際どうなのよ!? と危惧していたが、どうやらこの世界は『あたり』らしい。
 ……一応言っておくと、腹があたる方ではない。



 うーん。
 にしても、食文化もそうだけど、この世界の文明発達度合いってのがまだいまいち掴めてないんだよな……。
 トイレは現代に近かったし、学園の制服にしても、さすがに中世ヨーロッパ風では通らない代物だった。
 のわりには、この世界は、なんとなーく西洋系のRPGみたいな感じがある。
 それに、学園の廊下や学園長室にあった光る水晶みたいなやつについても、わかってないんだよな……。

 そのへん、ミアさんに聞いとくべきなのかもな……。
 …………。
 ま、そのうちでいっか。
 どうせ俺、ファンタジー世界の知識とか、それと比較した中世や近世のヨーロッパの文化とかに詳しいわけじゃないから、大した考察もできないし。
 今は、美少女ケモノ耳メイドと一緒にデート気分で街を散策中!
 これで十分じゃないか!

          *

 俺は空を見上げる。



 すでに、空は茜色に染まっていた。

「ミアさん……」
「はい……」
「夕方、ですね」
「はい、そうですね……」鹿茸腎宝

 俺たちは今日一日、街の噴水広場に行ったり、街の巨大な図書館を眺めたり、聖神ルノウスレッド様とやらの像を眺めたり……まあ、なんというか、普通に遊び歩いて過ごした。
 あ、ちなみに石像のルノウスレッド様、美人でしたよ?



 うん。
 そもそも今日はマキナさんのはからいで、この世界についてミアさんに色々と御教授願うはずだったのだが……。
 まあ、この世界に関する一般常識として頭に入れたのは、通貨と長さの単位、あと時間の話くらい?

「……も、申し訳ありません、クロヒコ様」
「え?」
「わたくし、もっとこの国や世間のことについてクロヒコ様に教えてさしあげなくてはならなかったのに、途中から、ただのお気楽な散歩になってしまっていたような気がします……」
「いやいや、ミアさんのせいじゃないですよ」

 俺だって、全力で楽しんでたし。
 くだらないことを、べらべらしゃべりながら。

「その……」
「?」

 ミアさんが両手の指先を、つんつん、と合わせている。
 微かに頬が上気しているようにも見えたが、あるいは、単に夕日のせいでそう見えただけかもしれない。
 まるで弁解でもするみたいに、ミアさんが言った。

「く、クロヒコ様のとても楽しそうなお姿を見ていたら、あのですね、なんだか、こっちも楽しくなってきてしまいまして、つい、わたくしも本分を忘れてしまったというか、その……」

 ミアさんが、ばっ、と頭を下げた。

「申し訳ございません! クロヒコ様はもっとこの国や世間について知りたかったのに、わたくし、関係のない話ばかりしてしまって! あまつさえ、まるでクロヒコ様に責任を押しつけるような物言い……どうか、お許しください!」
「い、いえ、そんな、気にしないでくださいよ! むしろ俺の方こそ、すみません!」
「え?」

 ミアさんが顔を上げる。

「や、俺が無邪気に楽しんでたせいで、ミアさんも堅苦しい話とか切り出しづらかったんじゃないかな、って……」
「クロヒコ様……」
「まあその、なんだ……」

 俺は面映ゆい気持ちになりながら、ぽりぽりと頬をかいて苦笑した。紅蜘蛛(媚薬催情粉)

「まだ時間、残ってますよね?」
「は、はい、残っております、けど……そうですね、あと、鐘の音が三回鳴るまでは――」

 弓者の刻とやらが9時ってことは、つまり今は午後の6時くらいってことか。

「ってことは、まだ二、三時間はあるってことですよね?」
「はい……」
「じゃ、どっかで夕食がてら教えてくださいよ、この世界のこととか、国のこと」
「は、はい!」
「とはいえ、今の俺はごはんをおごってもらう立場なんですけどね……ははは……」
「そこはお任せください! お詫びというわけではありませんが、本日の夕食は、わたくしの自腹でごちそういたします! いえ、是非ともさせてください!」

 にわかに元気づいたミアさんが、ぽふっ、と自分の胸を叩く。
 柔らかそうな胸がむにゅんとへこむ。



 素晴らしい。
 …………。
 じゃなくて。

「じゃ、ごちそうになろうかな」

 こういう時は、下手に断らない方が失礼にならない。
 まあ、何かをごちそうになる際の『ここは私が』『いえいえそんな』『いえいえどうか私に』『いえいえ悪いですよ』『いえいえ今日は私が』『では次は私が』という日本人的応酬も、美徳ではあるんだろうけれど。
 ……ある意味、悪癖な気もするけど。

 そんなわけで、俺はミアさんに連れられて酒場に行くことになった。
 そこは、街をぶらぶら歩いている時、料理がおいしいとミアさんが言っていた店だった。
 酒場か。
 ファンタジーなら定番だよな。
 …………。
 そういえば、異世界だから別に気にすることないのかもしれないけど、身体年齢的には未成年なわけだから、一応お酒は遠慮すべきだろうか?



 いや、そもそも俺、前の世界で生活してた頃から、アルコール駄目なんだった……。D10 媚薬 催情剤

2015年6月24日星期三

CLEAR(double)

「ブーアギータ、ロロトノカーン」

 残る七罪終牙に仮面の男が呼びかける。

「ここにいる第6院、我らが主であられる終末女帝の後の脅威となるやもしれん。命を賭してでも、噛み砕け」VIVID

 ブーアギータと呼ばれた男がランスの突端を滑らせ、キュリエさんで留める。
 ヒビガミは動かない。
 ブーアギータの動作を見て、次の動きをキャンセルしたようにも映る。

「これより殺人を行う。貫き、砕き、解、体っ!」

 放たれた矢さながら、ブーアギータが突貫する。
 無表情だった彼の顔は戦闘態勢に移行するやいなや、憤怒に染まった。
 煌めくランスの先端がキュリエさんに襲いかかった。
 一瞬、俺は禁呪詠唱を開始しようかと思った。
 だけど、

「少しは、動けよ」

 すぐに必要がないとわかった。
 ブーアギータのランスが貫いたのはキュリエさんではなく、虚空。
 殺貫対象とすれ違ったブーアギータが噴き上げるは、斬剣による鮮血。
 ふわりと風に靡く、長い銀髪。

「ぬ……ぐ、ぅ……っ!?」

 リヴェルゲイトの刃がすれ違いざま、彼の胸下から肩口までを無残に切り裂いたのだ。
 ブーアギータはランスの柄を握り締めたまま前のめりに地を滑り、動作と生命活動を停止した。

「四凶災やノイズと比べたら、止まって見える」

 仮面の男が嘆息。

「ロロトノカーン。あっちの男をやれ」
「ぶっ、ぶぅぅぅうううううう! でぇぎればぁ! お、女の方がよがっだなぁぁああああっ! ぶっぶぅ!」

 ロロトノカーンと呼ばれた小男がロキアへ突進。

「お、お、おぉぉおおおお!? じじ、じっでるぞぉおまえぇぇええええ!? じゅうまづぎょぉ三大ぞじぎぃ! 愚じゃのおーごぐぅぅのぉぉぉ、ま、まま、まままま『魔王』ロぎアぁぁああああ! ぶぶぶぶ、ぶぶっ、ぶっ、ぶっぶぶぶぶぶぅっ!」

 ロロトノカーンが唾液を撒き散らしながら前傾姿勢で駆け、斧を振りかぶる。

「さすがにオレのこたぁ知ってるか。クク、にしても七罪終牙とやらよぉ? ちぃと頭が高くねぇか? 余は終末郷にその名を轟かせる――かの『魔王』なるぞ?」

 受けて立つとばかりに、ロキアも疾駆。

「は、はえぇぇええええ!? ずげぇはえぇぇ! なんだぁ、ぞの反応ぞくどはぁ!?」

 蛙よろしくロキアに飛びかかるロロトノカーンだが、白と黒の二剣で、身体の前面を激しく一方的に切り裂かれる。

「ぶ、ごぉぉおおおお!? いでぇ! い、でぇええええ! だんがよぉ、み、みぢ、づれぇ……みぢづれだ、だ、だぁぁああああぁぁぁぁああああああああ――――っ!」

 ロロトノカーンの斧の内部がマグマのごとく赤い光を放ち、さらにその光量が急速に増していく。
 刹那、斧を中心としてロキアの手前で爆発が起きた。
 しかしロキアの身を案じる気配を見せる同郷者は皆無。
 白煙が散り、薄くなっていく。
 煙が晴れてロキアの姿が目視できるほどになる。
 爆発で削り抉れた肉はすでに、再生を始めていた。

「このオレの特性も知らずに自爆たぁな。暗殺が得意だと嘯く割にゃあ、事前の情報収集がまるで足りてねぇじゃねぇか。まったく、笑わせやがるぜ。人間の能力を拡張するのはいつの時代も情報なんだぜ? そいつを怠ったら人の力は活かせねぇ――っつ……クソったれ」

 ロキアが表情を微かに歪め、再生中の肩を手でおさえた。
 つい忘れがちになってしまうが、あの再生は消耗もするし、痛みも伴う。
 おそらく忘れがちになってしまうのは、ロキアが痛がったり苦しんだりする素振りを普段ほとんど見せないからだろう。

 残る仮面の男が、二度目の嘆息。

「役立たず共め。失望の、極み。七罪終牙も落ちたものだ。仕方あるまい。やはりここは我が『暴剣』が一手に引き受けねばならぬか……されど、目的の罪人の処刑は達成したも同然。この女を処刑した後は……そうだな、最低でも一人か二人は連帯罪ということで、この場で処すとしよう」

 仮面の男が刺さったままの剣でノイズの傷を、ぐりっ、と抉る。VigRx

「ちょっ――ったぁい! っつ、もう……趣味悪いわね、あんた」
「罪を悔いる痛みは存分に与えた。あとは、無残な死だ」
「う、うふふ、うふふふふ、うふふふふふふふふぅ! あは、あはははははは! あーはっはっはっはっ!」

 突然ノイズが壊れたみたいに笑い出した。

「恐怖で気でも触れたか……所詮、小物よな」
「清ぉ〜らかなるぅ〜風の精ぃぃ〜踊りぃ〜風を切りぃ〜またぁ〜踊りぃ〜狂い〜っ」
「詩、か? なるほど、死にゆく己への最期の詩というわけか。なんとも惨めなものだ」
「その〜風はぁ〜誰の目にも〜そよ風のごとくぅ〜映りぃ〜っ!」
「憐れな末路よ。しかしこれこそ、終末女帝の名を騙るということの結果だ。今さら悔いても、時すでに遅し」
「けぇぇれ〜どもぉ〜そのぉ風の色は〜っ――――殺戮の色を、持っていた」

 あの詩――いや、あれは詩ではない。
 あれは確か、ノイズが俺と最後の詠唱の撃ち合いで、口にしていた――

 仮面の男が刃を引き抜き、ノイズの首筋に刃を当てた。

「さあ、処刑の時間だ」


「『風色、嘆き』」


「何?」

 その時、超音波にも似た音が響いたかと思うと、鋭い刃同がの擦れ合う音を思わせる音を纏う風の刃が、グルーザイアを切り裂いた。

「ぐあぁぁああああ――――っ!」

 風の鎌で全身をズタズタにされ、グルーザイアが絶叫。
 ノイズは手並み鮮やかにグルーザイアの剣を奪い取ると、すかさず突きを放った。
 その突きによって紅い仮面は左右真っ二つに分かたれ、グルーザイアは、そのまま己の剣の刃に額を貫かれた。
 深手ゆえか。
 さしものノイズも少々しんどそうに見える。
 荒く短い呼吸を繰り返すノイズ。
 呪文対象に接していたため、彼女の頬や体にも何本もの裂傷が走っていた。
 けれど、風の鎌で切り裂かれている間もノイズは微動だにしなかった。
 まばたき一つ、しなかった。

「この、ノイズ・ディース……自分の行動の結果を悔いたことなんざ、一度も、ねーわよ……うふふ……あまり、馬鹿にしないでちょうだいな」

 急に前屈みになったかと思うと、ノイズが激しく嘔吐した。
 うげぇぇぇっ、と多量の血を吐き出すノイズ。
 吐き出された血の中に、何か交っている……二本の、小瓶……?

「その中にヒビガミ用の隠れた手練れ連中の情報と、さっきもう話したから意味なくなったけど、キュリエ用の……あの女の居場所を記した紙が、入ってるわ」

 言い終えたノイズが、仰向けに倒れる。
 血の水たまりから小瓶を拾い上げるヒビガミ。
 一本目の中身を確認した後、残りをキュリエさんに投げて渡してから、ヒビガミがノイズを見下ろす。

「他のカスどもに比べれば、あの仮面はいくらかマシな力量だったようだが……しかし、まさか己が倒すとはな。やはり己はなかなに大した女だぜ、『無形遊戯』」
「だ、から……あんたに、褒められても……嬉しくない、てぇの……けど、まさか終末郷から暗殺者が差し向けられてたとはねぇ……ま、敗北者であるあたしにはお似合いの死に様、か」

 キュリエさんとロキアも近づいてきて、ノイズのかたわらに立った。
 ロキアは爆発でボロボロになった上着を脱ぎ、上半身裸になっている。

「あんな連中に背後を取られるたぁ、テメェも焼きが回ったもんだな」
「そうかしら? 気配を絶つことに関してはすごい技術だったけど……ヒビガミの言ったように、身の程さえ弁えてれば多少は舞台映えしたと思うわよ? 惜しい人材だったわ」

 ロキアやノイズは七罪終牙が弱かったみたいに話すが、しかし、彼らがひどく弱かったのかというと俺にはそうは思えない。
 動きも洗練されていると感じたし、戦闘の経験が豊富なのも伝わってきた。
 決して、弱い相手ではなかった。
 彼らが弱く映ってしまったのは、強さの基準がおかしくなってしまっているせいだと思う。
 四凶災、ノイズ……それから、ヒビガミのせいで。VVK

 現実は、舞台の脚本ように必ずしも釣り合う強さの者同士を段階的に引き合わせてくれるわけではない、ということなのかもしれない。

「ノイズ」

 キュリエさんが複雑そうに、ノイズに話しかけた。

「なぜ、おまえはそうなってしまった? あの女の……タソガレの、せいなのか」

 ノイズが天を仰ぎ見た。
 すると彼女は、とても哀しげな顔で語り出した。

「ええ、そうかもしれないわね……タソガレが、あたしをこんな風にしてしまったのかも。あのね、キュリエ……あたし、本当はこんな風にはなりたくなかったのよ? だけどね、とても辛かったの。逃げたかったの……だからこそ誰よりも、強くなりたかった……自分の理不尽で不幸な境遇を、書き換え、たかった……寂しくて……孤独で……だけ、ど――」

 突然、ノイズの微笑が凶悪なものへと一変した。

「――なぁんて、うっ、そぉっ! ぐっ――げほっ! ごほっ! う、うふふふ……残念ながら今のはぜぇんぶ、嘘よ。あたしってば、なぁんにもないのよね……同情を誘うような過去とか、憐れんでもらえるような生い立ちとか、そういうのが、まるで皆無なの」

 歓喜を滲ませ、目と歯を剥くノイズ。

「楽しい人生だったわ。ヒビガミとかロキアとかヴァラガとかクソムカつく連中はいたけど、でも、悲観に暮れることなどまるでなかった。舞台で踊る人間たちの悲喜交々をひたすら楽しむだけの、ただただ、楽しいだけの人生……面白そうな役者たちを巻き込んで、時には使い捨て……あたしは自分の欲望を満し続けるだけのそんな素晴らしい人生を、謳歌してきたわ! あたしは目的を達成するためならば手段は選ばなかった! やりたいようにやりたいことをして楽しくがむしゃらに生きた! 行動の結果もすべて受け入れてきた! もし生まれ変わったとしてもあたしは、また『あたし』になりたい! この思うままに振る舞うあたしが――あたしは、大好きだわ!」

 げぶっ、と口から血を溢れさせるノイズ。

「ま……人生を賭けた舞台だけ完全に失敗するっていう間抜けを、最後にやらかしたけどね……ふふ」

 正しく性根が、腐っている。

 ヒビガミがノイズを評した言葉だ。
 なんとなくだけどあの言葉の意味がわかったような気がした。

 基本、ノイズは自己弁護をしない。
 自己を正当化することもなく、己の邪悪な本質を受け入れている。
 邪悪を邪悪として為している。
 為すことの正当性を相手に押しつけることはなく。
 いや、元より正当性があるとすら思っていないのだ。
 また彼女は目的を果たすために自己犠牲すらも厭わない。
 仮に行動の結果によって悪い目が出ようとも最終的な結果は潔く受け入れる。
 そんな彼女の望むものはいつもとても、歪んでいて。
 ノイズ・ディースはいわば『真っ当な邪悪』と呼ぶべき存在なのかもしれない。
 ふと、俺はそんなことを思った。

「存在が他者の迷惑にしかならない者は、紛うことなき、邪悪よ」

 上体を起こし、後ずさりを始めるノイズ。

「だから万に一つでも傷だらけのあたしに感情移入なんかしちゃぁ、駄目よ? 決して手を差し伸べようだなんて思っちゃ駄目。邪悪は邪悪として最後は断罪されてしかるべきものなの。い〜い? この舞台を成立させるためにあたしはこの学園の生徒を殺してること、忘れないでね? 他にもゴーレムの犠牲になった者だっている。だから――あたしを決して、許すな。いいわね? 邪悪は邪悪でしかない。悪を為す者は悪を為す者でしかない。犯した過去の罪が消えることもない。悪行は、善行で償えなどしない。悪罪は、悪罪」
「フハハハ、つくづくひねくれた女だよな、テメェもよ」

 ロキアが雨に濡れた地面を蹴り上げ、泥をノイズに飛ばした。三便宝

「よぅ、ノイズ……テメェ、ほんとは七罪終牙の存在に気づいてたんじゃねぇか?」
「さあ、どうかしら?」
「クク、つーかよ? だったら6院の人間なんざただ一人の例外もなく、邪悪そのものじゃねぇか。自分だけが邪悪だと思ってんじゃねぇぞ、この自意識過剰女が」
「……あんた、ほんといい死に方しないわよ」
「ハッハッハーっ! むしろ死ねるもんなら一度くれぇ、死んでみてぇもんだがなぁ?」

 むくれ顔になるノイズ。

「正直こいつだけは、一泡吹かせてから死にたかったかも」
「ノイズ」

 キュリエさんが一歩、前に出た。

「興味本位で一つ、おまえに聞きたいことがある」
「あら……なぁに、キュリエ? あなたならなんだって応えてあげるわよ? 正直、死に際の人間がベラベラ喋るのって劇的には美しくないけど……ま、いいわ」
「なぜおまえは、この学園を舞台に選んだ?」

 それはノイズと戦う前にヒビガミやロキアも気にしていたことだった。

「そんなことが気になっていたのぉ? ふふ、それは簡単な話よ」

 ノイズが微笑む。

「教える者がいて、学ぶ者がいる……けれどその学ぶ者たちは、教える者にとって意外と御しがたく……どこかに似てると思わない?」

 キュリエさんの顔に理解が走る。

「6院、か」
「タソガレが言ってたわ。『人は年をとればとるほど自然、郷愁を追い求めてしまう生き物なんだよ。印象深い過去というものは、人の心を呼び寄せる不思議な引力を持っているからね』って。けどそれなら、郷愁って呪縛と同義よね」
「……なぜ、ルノウスレッドを選んだ?」
「帝国の分都市には気に障る『蛇』がいるし、ルーヴェルアルガンにはタソガレがいたからねぇ。ま、結果的にはヒビガミにロキア、さらには禁呪使いと、ここが最悪の舞台になっちゃったわけだけど」
「ほれみろ。やっぱクソみてぇな理由だったじゃねぇか」

 ロキアが唾棄する調子でヒビガミに話を振る。

「まあ、理解の及ぶ理由ではあるがな。単純すぎて、逆に思い至らなかったが」
「むしろオレぁこの女が郷愁なんて甘ぇ感情を持ってたことの方が、驚きだったぜ」

 カカッ、と嗤うヒビガミ。

「いわゆる過去に縛られる、というやつだな。郷愁ってやつぁ時たま人を狂わせる魔性の果実にもなる。人は過去からは逃れられんものだ。『現在だけ』の人間など、存在しねぇからな」
「はっ、そもそも過去なんてもんに引っ張られてる時点で心が甘ぇんだよ。過去への感傷なんてもんはな、賢いやつだけが持ってればいいんだ。オレみてぇな愚者には、必要ねぇ代物だぜ」
「ならばおれにも不要なもの、か」

 言い終えると、七罪終牙から奪った剣の先をヒビガミがノイズの顎に添えた。

「まだ己が生命を保っていられるのは例の薬の影響だろう。だが、薬の効果が切れてくるにつれ地獄の苦しみが滲み出てくるはずだ」
「……でしょうね」
「どうする? 死を望むならば、ここでひと思いに殺してやってもかまわんぞ? 己はサガラの力を引き出すのに一役買ったからな。苦しまず死にたいと己が望むならば、苦しまぬような殺し方で命を絶ってやる」
「ふふ……ご厚情痛み入るけど、それだとあたしの死に逃げみたいじゃない? 別にいいわよ、あたしは負けたんだから。無様にのた打ち回って死ぬのがお似合いだわ。い〜い? 普通ね、劇的には『悪役』ってのはしっかり苦しんでから死ぬべき存在なの。あたしの場合は後悔が微塵もないんだから、せめてもがき苦しむ姿くらいは見せてしかるべきでしょ?」頂点3000

 ノイズが片腕で身体を支え、俺を見る。

「禁呪ちゃん……あなたのことは嫌いだけど、気迫と戦い方に関しては素直に見事だったと言っておくわ。ここにいる6院の連中が目をかけてるのも、わかる気がする……ふふふ……勝てるといいわね、ヒビガミに」

 次にノイズはキュリエさんを見る。

「こうしてあたしたちに交じっているあなたを見ると……やっぱりあなただけ邪悪じゃないのよね……けれど自然とあたしたち邪悪の中に、溶け込むこともできて……ああ、ゆえに――」

 ノイズの髪の発光が弱まっていく。

「あなたはとても、美しい」

 次の瞬間、だった。

 ヒビガミが剣を振りかぶったかと思うと、まばたきをするかしないかの間に、鋭く風を切り裂く音が走り去る。
 一拍遅れて、ノイズの首から血泉が噴き出た。

「もし己が見苦しく足掻いたり、このまま一撃で楽にしてくれなどとほざいたなら、そのまま放っておくつもりだったが――」

 ヒビガミが懐から布切れを取り出し、剣の刃を拭く。

「その潔さには、敬意を表そう」

 ヒビガミは膝を突くと、前のめりに倒れかけたノイズの死体を支えた。

「ここにいる連中はおそらく、首を縦には振らんだろうが……己も見事な戦いぶりだったぜ、『無形遊戯』。まあ――」

 ヒビガミはノイズの死体を地面に横たえた。

「おれなんぞに賞賛されてもやはり己は、喜ばんのだろうがな」

 ノイズが、消えた。

 まだ空は明るいまま。
 時刻に不釣り合いな真夜中の太陽を覆い隠す雲も、残っている。
 術者が命を失おうとも、ノイズの固有術式の効果はまだ消えないらしい。
 雑音の、残響。

 ただ、空の明るさは少し陰ってきている。
 しばらく経てばそのうち効果も、切れるのだろう。

 その時、雲間から時刻にそぐわぬ光が差した。
 淡い光がノイズの顔を照らし出す。


 その表情はまるで、死に怯える恐怖の表情を『無理にでも作ろう』として、失敗したみたいにも見えた。


「ちっ、演じ切るなら最後まできっちり演じ切ろってんだ、このひねくれ役者が」

 面白くなさそうに悪態をつくロキア。
 彼は地面に唾を吐き、言った。


「つくづく最後まで役不足な女だったよな、テメェもよ」


 ロキアの表情は、俺の位置からでは見えなかった。印度 神油

2015年6月22日星期一

前夜の花火

学園はちょっとした騒ぎになっていた。
 理由はもちろん突如現れた氷のオブジェだ。
 巴がルトの様子を見に行くと言うので、澪と識も行かせて時間稼ぎをお願いした。
 のんびりと騒ぎの中に合流してくれれば、それだけで十分だと思っている。
 僕はエリスとアクアがこの術を使った理由を聞いておくために内部に入り込んでいた。
 学生も騒いでいるのがわかる。D10 媚薬 催情剤
 でもまあ、こっち側には特に害のある術じゃない。
 会っても面倒くさそうなのでエリスに念話で現在位置を確認、すぐに彼女達と合流した。

「で、どうしてこんな術まで使って学生寮を隔離したの?」

「若、それは反則だ……」

 お疲れ、と一言労ってから声を掛けたというのに、約一名駄目な娘がいた。
 エリスは膝を丸めて座り込み、屋根を人差し指でぐりぐりやっている。
 質問に答える気配は無く、恨めしそうに僕を見上げていた。

「わ、若様。以前も思ったのですが、一体どうやって内部に入っておいでに?」

 アクアは疲労が色濃く残る表情に、更に気疲れと驚きを浮かべている。
 エリスとは対照的に背に定規でもあてているみたいに、綺麗な姿勢で直立していた。
 キャンプを経てかなり真面目な性格になった彼女にはエリスのフォローはきついかもしれないな。
 もう一人、誰かを付けて三人にするべきかもしれない。
 この二人と組むとなると、かなり人選が難しそうだけどね。
 コンビでのスタンドプレーが結構強烈だから森鬼でも浮いている所があるし。
 悩ましい。

「入った方法? それなら多分エリスが気付いてるよ。復活するまでちょっとかかりそうだから、アクアに聞いてもいい?」

「は、はあ。何でしょう?」

「これを学生寮に使ったなら何で二人は中にいるの?」

「う」

 アクアはバツの悪そうな顔で呻くと黙ってしまった。
 思惑があった訳じゃなくて、アクシデントでもあったのか。
 エリスといれば、事欠かないだろうなあ。

「……エリスか」

「い、いえ! 私がつい後先考えずに」

「エリスの暴走に突っ込んだと」

「あう……はい、そんな感じです」

「幸い内側には、出られない以外の問題も無いからな。まあ、ご苦労様。それで何か報告が必要な事はある?」

 そう、内側には害はそれほど無い。
 でもこの術は防御結界なのにコキュートスなんて物騒なネーミングをされている。
 確か氷の地獄の名前だ。
 エリスが知っていて名づけたのかはわからないけど、ただの守りの結界には不似合い。
 外から不用意に近づくと、その意味が簡単にわかる。
 まあ学園は魔術の研究も最先端だからそんな真似をする馬鹿はいないだろうけど……氷漬けにされる。
 いや、あれは氷漬けと言っていいのかどうか。
 シャーベット的と言うか……。
 近づいたハイランドオークの腕が一瞬で半ばまで真っ白になったんだよな。
 彼は咄嗟の判断で肘上辺りで自分の腕を切断したからそれで済んだんだけど、落ちた腕はダイヤモンドダストみたいにキラキラした塵になって崩れてしまった。
 おっかない術だ。

「いえ、特にご報告するような事は何も」

「ううん、あるよ」

「!?」

 エリスが唐突に話に加わってきた。
 立ち直ったか。

「まず立て」

「ふう、失敗は成功の母。次こそもっと頑張る」

「そうだな。で、エリス。報告する事があるって?」

 一々突っ込んでいると話が始まりもしないので、急ぎの時はそもそも突っ込まない事にしてる。
 やや不満げな顔をしたものの、エリスは頷いた。

「多分首謀者っぽいのが豪勢な家が集まっている辺りにいると思う」

「……へぇ?」

「変異体の動きが時折組織的になるから少し気になって網を張ってみたの」

「……エリス、私は何も聞いていないんだが?」魔鬼天使性欲粉(Muira Puama)強力催情

「アクアはその時も私の分の仕事を頑張ってくれた。感謝」

「う、ぐぅ」

「続けて」

「はい。多分特殊な道具か何かを使って不完全だけど変異体を統率している。そんな感じ」

「統率……」

「向こうに変異体が集まっていってる感じ。お金持ちが大変だね」

 向こう、と言ってエリスが指差した方向は富裕層が多く住む場所。
 学園が今一番力を入れている区画だな。
 巴は何故かそこにはあまり力を入れていなかった。
 手っ取り早く街の支持を集めるなら彼らに気に入られるのが一番だと思うけど、どうなんだろうな。
 詳しくは本人に聞けば良いか。
 変異体の統率ってのは新しい情報だ。
 そっちも合わせて確認しておこう。
 しかしエリス、情報収集能力が何気に高い。
 しかも更に向上している気がする。

「ありがとうエリス。助かるよ」

「勿体無いお言葉。これも若の大事な生徒が学園長の手に落ちない為の緊急措置、苦にもならない。という事でアクアの結界暴発を許してあげて欲しい」

 ……ありがとうと言えばこれだ。
 エリスは本当に掴めない。

「別に僕は怒ってないよ。何なら二人共ここから出る? 連れて行ってあげるよ」

「い、今はいい。生徒達が心配だし解けるまでここにいようかと……」

 外にはモンドがいるからか。
 でも外に出れば、巴が多分森鬼にご褒美を何かあげている訳だから楽しくもある筈だけど。
 ……まあいいか。
 僕も若干疲れたしエリスがここにいたいと言うなら触れないでおこう。

「そう。ならそれで良いよ。じゃあ僕は外に戻るから」

「ご苦労様でした、若。出来れば師匠によろしく言って下さい」

「断る」

「む、無体な……」

 アクアとエリスを置いて結界から出た。
 巴達と合流して学園長と会って、それからどうするかな……。

「ライドウ殿、今お戻りですか」

 ん。
 結界からやや離れた所。
 中庭のシェルター付近で声を掛けられた。
 おや、意外な人物。

[彩律様。私の気のせいかもしれませんが、少しお疲れでは? 大丈夫ですか?]

「……お恥ずかしい。貴方の方が何倍も疲れている筈なのに」

[学園長も我々も全力で事件の解決に動いております。もう少しだけご辛抱下さい]

「勿論です。いけませんね、私の様な者は外部との連絡を断たれてしまうだけでおたおたしてしまって……」

[当然のお気持ちかと]

 当たり障りなく応対していた、はず。
 なのに、いきなり彩律さんの目が鋭くなった。
 射抜かれるような嫌な感じが放たれる。

「ライドウ殿。いえ、ライドウ様。この事件、学園の手でない別の力によって解決に向かっている事はわかっております。どなたが後ろで手を引いているか、その程度の事は私も、おそらくリリ皇女なども察している事でしょう。リミアの王とてその目は節穴ではありませんし。例外はアイオンの目、この地にいるレンブラント商会は既に貴方に取り込まれ見る事をやめているようですが」

 偉い人には僕らが暗躍しているのはやっぱりわかっちゃってるのか。
 邪魔しないようにはお願いしておいた方がいいのか?
 下手に僕が応対するとまた問題が増えそうなのが、なあ。

「クズノハ商会の力、その一端のみとは言え理解しました。ライドウ様が賢人様であったとしても、如何にこれほどの実力者を集め組織を作られたのか、私には想像もつきません。時に方々に宿ると言われる超常の力に貴方も目覚めているのか、それとも稀有な商才とカリスマをお持ちなのか」

[私を買い被り過ぎです。私は賢人様などではありませんし、恵まれた立場にいるのは単に幸運なだけとしか言いようがありません]

「……今は、それを明らかにしようとは思っておりません。この後冒険者ギルドの長、ファルス殿からの提案でクズノハ商会について諸々を話しあう場が設けられますがそこでもローレル連邦はライドウ様、クズノハ商会を肯定的に受け入れようと考えています」

[ありがとうございます]

 おや、有難い申し出だ。
 用事がそれを教えてくれる事だけなら最高なんだけどな。
 目つき怖いままだし、それは無いってわかる。

「ライドウ様、これはリミア、グリトニア、ローレルの意思としてお聞きください」

 一歩近づいてきた彩律さんが大国の名前を並べた。
 き、脅迫に聞こえる。蒼蝿水(FLY D5原液)

「この事件、解決に向けてクズノハ商会が担っている役割は非常に大きく、この上でこのような事を頼むのは申し訳無いと思っています」

[お続け下さい]

「出来る限り早急に念話の回復をお願いしたいのです。もしもそれが出来たなら是非お礼をしたい、と考えております。勿論この件でクズノハ商会の名前は出さないと約束します」

 念話の復旧か。
 なるほど。
 やろうと思えばすぐにでも出来るけど、巴の考えを聞いてやって大丈夫か確認しないとまずいな。
 やれたらやっときます、が無難だね。

[お約束は出来ませんが、出来るだけ早く復旧に努めます]

「そう、ですか。いえ、ありがとうございますライドウ様。皆様にもそのようにお伝えしておきます。長々とお引き止めして申し訳ありませんでした」

 彩律さんが深く頭を下げた。
 つられて僕もその場で頭を下げる。
 彼女は上品な足取りで遠巻きに見えるお付きの人がいる所に戻っていった。
 僕と会うって事で人払いをしてくれていたのか。
 ふむ、念話を復旧させると、各国の援助物資が今どこにいるのかもわかるもんな。
 便利だし、連絡手段が回復すれば避難所のストレスの緩和にも役立つだろう。
 やりたいんだけど、と一言添えて巴に話してみるか。
 エリスとは違う意味で疲れる会話。
 ご飯食べて弓引いて疲れてぶっ倒れて寝ての繰り返しが理想の僕には、根本的に向かない世界だ。
 貸しだ借りだと面倒な駆け引きがあっちこっちでされてるんだろうと思うと頭が痛くなる。
 やれやれ。
 巴や識がいてくれて本当に良かった。

「とんでもない結界だねえ。あの亜人の娘でこれかい。正直、お前達とは戦いたくないね」

「いやいや魔術のたぐいで万色殿を驚かせる事が出来るとは、実に愉快じゃな、ふふふ」

「ここまで強固で攻撃的な結界は初めて見たよ。力技で一日……解析しようと思ったら三日は欲しいね。まったく、彼の近くは退屈しない」

「なんじゃ、破るつもりでおるのか」

「まさか。興味はあるけど、何日ももたないなら解析しきれない。かといって力技で壊そうとすれば本来の姿に戻らないといけない。こんな事で竜の姿で大暴れしたら変異体騒ぎが霞むし、なによりお前達の印象も薄くなっちゃうじゃないか。やめとくよ、真君の邪魔はしないさ」

「……ふ、儂らは竜殺しの称号でも構わぬがな。手が出せなくなると言う意味ではそちらの方が箔がつきそうじゃし」

「勘弁して欲しいね。で? 明日で終わりかい?」

 巴とルトが話していた。
 誰に聞かれる心配も無いのか、偽名もなく、また策を隠そうともしない様子だった。

「その予定じゃ。援助物資が届いた少し後に、面倒な始末だけつけておけば、終いじゃろう」

「面倒ね。それ、真君には?」

「今の若に知らせれば、良くない曲がり方をするやもしれん。どうしたものか……無難じゃがお知らせせずこちらで始末することにした」

「なるほどね」

「面倒な事じゃよ。こそこそ動いとるのが魔族ではなかった、じゃからなあ。魔将、ロナか。どう転んでもある程度の結果は欲しかったのかもしれぬが。若がもう少しすれてからでないと、あの手の輩は毒にしかならぬな」美人豹
「真君は確か彼女に手勢を引けと言ったんだっけ?」

「うむ。魔族を、なのか部下を、なのか。言葉は詳しく聞いておらんが、確かな。若にはその辺りは曖昧に全て含んでおるから意味があまりない部分なんじゃろう。対してロナはそれを言質にしようとする」

「そういう意味では真君って澪ちゃんと似てるねえ。人が良いというか無用心というか」

 ルトは面白そうに真を思い浮かべる。
 難しく、複雑に言葉の持つ意味をやりとりするのではない。
 お願いを受け入れてもらえたのなら、相手はこちらの味方であると素直に思ってしまうタイプ。
 非常に扱いやすい人種でもあるが、危うくもある。
 極端に走りやすいからだ。
 ただ、そこまでを全て理解した上で、ルトは真を面白いと思う。
 これ以上ない程に“引っ掻き回してくれそう”な存在に映るからだった。

「ひたすらに体を鍛えて弓をひいて、それを生活の中心にしてきた方じゃからな。広い社会の持つ悪意に鈍感じゃ」

「だから、真君に悪い影響がありそうな富裕層は後回しにしてるわけ?」

「いや、それは単純に儂の意向じゃな。あそこの連中が減れば多少は復興もスムーズじゃろう? それに機に乗じて暴れる程の不満なら、少しは発散させてやらねば後に残る」

「それであの亜人の行為を見て見ぬ振りか」

「魔族に青い肌以外の協力者がいる、若に見せるには少し早いと思っただけじゃよ。澪が今夜始末する」

「おお、こわ。彼女には弁明させてあげたり、匿ったりしないんだ?」

「無駄にヒューマンを憎んでおる者など、いてもさして使えると思えぬ。儂は別に亜人の保護者をやっておる訳じゃない、若もな」

 巴が淡々と真の知らない事情を口にしていく。
 森鬼エリスが気付いた事、変異体の不自然な動き。
 それらは巴の目にも映っていた。
 彼女もまた、変異体に干渉する存在を掴んでいる。
 そして、それが恐らくは魔族と協力関係にある者だと目星もつけていた。
 彼女、とルトが話した様に性別もわかっているようだ。
 調べればもっと詳しい事もわかるのだろうし、もしかしたら二人は既に知っているかもしれない。
 しかしそこに触れようとは、巴もルトも思わなかったようだ。
 今の真の考えや立ち位置を考え、巴は主に知らせずにこちらを終わらせる気でいる。
 真が自分にこの騒動での立ち回りを預けてくれた事を、巴は密かに感謝していた。

「それに……少し待て」

 巴がルトに何事かを付け加えようとして、自らその口を閉じた。
 念話。
 ルトは察したのか、邪魔をせず静かに巴の表情を観察する。
 一瞬彼女が顔をしかめた。
 良くない内容なのかと、ルトの興味が向く。
 ただその後は済ました表情に戻って念話を続け、数分後静かに息を吐いた。
 念話が終わったようだ。

「誰から?」

「若じゃよ」

「真君! へえ、何だって? 結界の中で何かあったの?」

「遠慮の無い奴。なに、大した事はない。ただ若があの亜人の尻尾に触れそうになっただけじゃ」

「ふうん、彼も気づいたんだ」

「いやエリスが何か言ったようじゃ。まったく余計な事をする娘じゃな」

「僕は少し興味があるけどね。アレを作った亜人に」

「それに、念話の復旧をしたいが良いかと聞かれた」

「聞くんだ? 主人なんだから、念話復旧するからよろしく、位でいいのにね。任せるって言ったからお前に遠慮してるのかな?」

「かもしれんな。もう別に問題は無いし、構いませんと答えておいたが」

「え?」

 巴の何気ない言葉にルトがまずそうな顔をして疑問を口にした。紅蜘蛛(媚薬催情粉)

「なんじゃ? 念話の復旧、何か問題があるのか? 多分直に綺麗な花火が見られるぞ、若の手製じゃ」

「あ、いや……。そか、今か……」

「儂にばかり話させておいて、ルト、貴様何か隠しておるな?」

「隠すって程じゃないよ。聞かれなかっただけでさ。ふむ……」

「困ってはおらんのか。しかしまずそうな顔もした。そして今は面白そうじゃ。ルト、何を隠しておる」

「多分、念話が復旧したらすぐにわかるよ。しかし巴」

「む?」

「運命ってあるのかもしれないね。何ともまあ、実に不思議だ」

 ルトが神妙な面持ちで呟く。
 何度も頷いては沈黙のまま納得していた。
 自分の世界に入った隣のルトに向け溜息を放つ巴。
 そして今真が今いる筈の場所に目を移す。
 ゆっくりと空に視線を上げてその時を待った。

「ルト、若じゃ」

「うん?」

 巴の言葉と空を指す指に上を見たルトが、月に似た柔らかな黄色みを帯びた光球が打ち上がるのを見た。
 その光は街を照らす様にしばらく空に留まる。
 そして炸裂した。
 凄まじい数の糸になって街のみならず一帯に降り注いだ。
 あるものは鋭角的に何度も曲がり、あるものは直線のまま。
 防ぐ間もなく、それはルトや巴の身も貫く。

「っ!?」

「一発か。若はつくづく一芸を極めるタイプじゃ」

 腕を交差させていたルトがその手をどけた。

「今のは、もしかして魔族の仕込んだアレを?」

「うむ。別に破壊しなくとも機能が停止すれば良いんじゃからな。破壊力を持たせぬでも方法はある。若もそうしたんじゃな」

「……全部かい」

「どうじゃろうか。次弾が無いようじゃから、多分これで全部なんじゃないかの」

「魔族はこの準備に数ヶ月を掛けていたんだけどねえ」

「ご苦労な事じゃな」

 二人は空を見上げたまましばらくそうしていた。

「エリス。若様はどうやってこの中に来られたんだ?」

「つ」

「つ?」

「土の竜と書く反則を使った」

「竜を召喚したのか!?」

「もっと酷いモノ。穴掘りはある意味最強だと証明してくれた。もぐら~」

「……か、完全なる隔離とか何とか言ってなかったかエリス」

「その手は想像してなかった。結構下に深く掘ったみたいだ。もぐら~」

「……二度と手伝わん。この術は今日で死んだ」

「泣ける」

 真が念話の妨害をしていた装置の除去に使った術。
 花火のように夜空に上がったそれを結界に阻まれて見る事も出来ず。
 アクアとエリスは打ちひしがれていた。Love juice 情愛芳香劑 RUSH

2015年6月9日星期二

保険

日が完全に沈みきった夜、ウッドキャッスルで国王に現状を報告し終える。
 オレ、シア、リースは王座ではなく、客間で王と対峙していた。誰にも漏らせない話だからだ。

 オレ達の話を聞き終えた国王が最終判断を下す。勃動力三體牛鞭

「申し訳ないが、この国から出て行ってくれないか」

(やっぱり、予想通りか)

 オレ達の読み通り、国王は国外退去を命じてきた。
 もちろん、リースが反対の意を唱える。

「待ってください父様! 大蠍ジャイアント・スコーピオンを討伐し力を示せば私達の好きにしていいというお話でした。一国の王である父様が約束を違えるつもりですか!?」
「一度交わした条件を違えるのは心苦しいが、その通りだ」
「ッ――」

 国王は迷わず断言する。
 改めてオレ達に向き直ると、悲しげな瞳で切々と語る。

「娘のララが姿を消し、妻は病床に伏せている。その上、まだ子供のルナを失うなど――考えただけで狂いそうだ。一国の王としてではなく、1人の父として願おう。どうかこの国から出て行ってくれないか。私はまだルナを、娘を失いたくなどないのだ」

 もしスノーやクリスに子供が出来て、その娘が誘拐されたとしたら――オレ自身考えただけで狂いそうになる。絶対に誘拐した奴らを皆殺しにするが、それ以上に我が子の無事だけを必死に願うだろう。

「――分かりました。自分達は今夜にでもこの国を出ます」
「本当にすまない……」

 国王は1人の父親として頭を下げる。



「予想した通りとはいえ本当に申し訳ありません」

 国王が護衛者と共に退出し、客間にはオレとリース、シアだけが残される。
 リースは改めて深々と頭を下げた。

「国王の気持ちも分かるよ。気にしてないから、リースも頭をあげてくれ。……それより今後の事だけど、本当に2人だけで大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。私達にはリュートさんが制作してくださった汎用機関銃ジェネラル・パーパス・マシンガン、PKMがありますから、皆様が戻ってくるまでの時間ぐらいは稼いでみせます」
「ボクも頑張って姫様をお守りします!」

 2人は力強く拳を握り断言する。
 ウッドキャッスルにルナ誘拐を報告する前に、オレ達は屋敷の居間で今後の方針をすでに話し終えていた。

 思わず、その時の話し合いを思い出してしまう――

「どうか我が祖国と妹――どちらもお救いください」

 リースは真っ直ぐな瞳でかなり無茶な要求をしてきた。
 オレは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「祖国とルナどっちも救え、か……。リースも可愛い顔をして無茶言うよな」
「か、可愛いですか!?」

 なぜかリースはオレの『可愛い顔』という言葉に反応して、頬を真っ赤に染める。
 彼女はすぐに咳払いをして気持ちを落ち着けると、微笑む。

「私の信頼するリュートさん……仲間達なら、我が祖国と妹ぐらい同時に救ってくださると信じていますから」

 そう言われると弱い。
 周りを見渡すと、スノー達も微苦笑を浮かべていた。
 彼女達の答えもどうやらオレと同じようだ。

「分かった。リースのため、大切な仲間の祖国と妹どちらも救うため最善を尽くそう」
「わたしも頑張るよ!」
『私も、大切な友達のルナちゃんを誘拐した方々は許せません。鉄槌を下します!』
「リュート様に牙を向けた代償をしっかりと支払わすべきですわ!」

「皆様、本当にありがとうございます……ッ」

 リースは深々と頭を下げる。
 そしてすぐさまオレ達は実務的な話に移った。

「まずは状況を整理しよう」

 オレの提案に皆が頷く。

「記録帳に記された結界石が破壊される日については、詳細な日は分かっていないが、早くて数日中だ。これに間違いはないな?」福源春
「はい、その通りです」

 リースが頷く。

「次にルナの件だが、本当に誘拐されたと思うか?」
「ほぼ確実だと思うよ。だって、この髪の毛から、ルナちゃんの匂いがするもん」

 スノーが髪を鼻に近づけ匂いを嗅ぎ断言する。
 一級ふごふごニストが言うならまず間違いなく、この切られた髪はルナの物だろう。

「ならルナが誘拐されたとして……彼女なら自力で戻って来る可能性があるんじゃないか?」
「さすがにそれは楽観的すぎるとボクは思います。ルナ様は魔術師の才もあり、毎回ボク達を出し抜き城を抜け出しています。ですが誘拐相手も必死で逃がさないよう監禁していると思います。さすがに自力で脱出を期待するのは酷かと」

 だよな。シアの言う取りだ。さすがに自力での脱出を期待するのは甘過ぎる。

「じゃぁ、オレ達が指示に従い国を出れば人質を解放すると思うか?」

 この問いに皆が黙り込む。
 安易に『解放される』とは言えない。

 前世の世界でも『テロには屈しない』と某超大国が標榜していた。犯人側の要求を受け入れたからと言って、ルナが解放されると考えるのは甘過ぎる。
 楽観視して、捜索せず傍観して最悪の結末を迎える可能性はある。

「なら、ルナ誘拐を国王に話したらどうなると思う?」
「間違いなく、リュートさん達の国外退去を命じると思います」

 リースが再度断言した。

 つまり――
 ①記録帳のXデイは近日起きる。
 ②ルナの自力脱出は不可能。秘密裏に捜索すべし。
 ③国王からの国外退去命令はほぼ確実。

 この状況でオレ達のすべきことは……
 腕を組み考え込む。

「――まず国王に報告しよう。そして国外退去を命じられたら大人しく従うしかないだろうな。無理に反目してルナの捜査も、結界石破壊後に協力体勢を取れないのは厄介だ。だから念のためリースには現時点で完成しているPKM等装備一式を渡しておく」
『リースお姉ちゃん、シアさんだけで倒させるつもりですか?』
「あくまで念のためだよ」

 クリスの心配をやんわりと否定する。

「そしてルナの捜索に関してだが……」

 皆の視線がオレに集まる。
 オレならなんとかしてくれると視線で訴えかけてくるのだ。

 下手に国の兵が動いたら、誘拐犯達がびびってルナを口封じに殺すかもしれない。
 また何もせず放置していたら国外に連れ出され、二度と表に出てこない可能性もある。
 自力脱出の目もほぼ無し。

 彼女を救い出すことは出来るのは事情を把握しているオレ達だけだ。

 だがどうやって少数でルナが監禁、捕まっている場所を特定する?

「――1つだけ彼女の居場所を特定する方法がある」
「本当ですか!?」

 一番初めに姉であるリースが食いつく。

「可能性は高いと思うけど、絶対では無い。でも、恐らくこの方法しかないと思う……」

 オレは皆に思いついた方法を話す。

「なるほど……確かにそれが一番ルナ様を見付け出す可能性が高いですね。さすが若様、こんな方法を思いつくなんてさすがです」
「本当に上手く行くか現時点では分からないけどな」

 シアが納得し、称賛してくる。情愛芳香劑 ROCKER ROOM RUSH
 オレは軽く受け流した。

「とりあえず一通りの方針は決まったな。それじゃまずリースには作業部屋にある装備一式を精霊の加護で収納してもらう。シアも来てくれ、汎用機関銃ジェネラル・パーパス・マシンガンPKMの使い方を教えるから」

 リース、シアが返事をする。

「スノー、クリス、メイヤは念のためいつでも国外退去出来るように荷物を積んでおいてくれ。メイヤが主導で保険で作っておいたアレも積んでおいてくれ」
「分かりましたわ! リュート様の一番弟子であるメイヤ・ドラグーンにお任せください!」

 メイヤはオレに頼られて嬉しいのか、喜々として張り切る。

「それじゃ時間も無いし、手早く動こう」

 オレの合図に皆、それぞれの役割を果たすため動き出す。

 意識が現実へと戻る。

 打ち合わせは既に済んでいる。後はその通りに動くだけだ。

 客間で向かい合っていたリース、その背後にメイドとして立つシアに声をかける。

「それじゃオレはスノー達の所へ戻るよ」
「妹を……ルナをどうか助けてください」
「ああ、任せろ。ルナもオレ達にとっては大切な仲間だ。絶対に助け出してやる」
「ありがとうございます、リュート様。では、これを」

 目元を拭うリースから、ルナのハンカチを預かる。

 そしてオレは立ち上がり、客間を後にした。

要求
「リューとん!」
「おわ!」

 昼食後、腹ごなしに1人頼まれた買い物をしていると背後から突然、勢いよく腕を絡まされる。
 危なく買った荷物を落としそうになった。

 腕に突然抱きついてきたのは、ハイエルフ王国エノールの第3王女、ルナ・エノール・メメアだ。
 彼女は何時ものツインテールをほどき、耳が縮み、瞳が緑ではなくなるペンダントをぶら下げている。

 ルナは王女とは思えないほど気さくに話しかけてきた。

「こんな所で会うなんて偶然だね、りゅーとん」
「突然抱きつくなよ、危ないだろ」

 相手は王女だが、人の嫁を誘惑する少女(見た目だけ)ゆえに言葉遣いを気にするつもりはない。オレの指摘に彼女は頬を膨らませる。

「もうリューとんまでお姉ちゃんみたいなこと言う。つまんないの」
「だったら、言われないように気を付けろ。それといい加減、腕を放してくれないか?」
「リューとんはこんな所で何してるの?」

 彼女はオレの言葉を無視して、さらに腕に力を入れる。
 荷物を持っているため、無理矢理振りほどく訳にもいかない。
 オレは溜息をつきつつ答えた。

「買い物だよ。屋敷に篭もってばかりだと気が滅入るだろ。そういうルナは――って聞くまでもないか」
「ふふん、分かってるじゃない」

 彼女の目的は、屋敷に居るクリスと今日のオヤツだろう。
 クリスも彼女を歓迎している手前、断るのも難しい。
 折角、こっちで出来た友達だ。
 無下にする訳にはいかない。

「そういえば前から聞きたかったんだけど、ルナはどうやってあの湖を渡っているんだ。専用の船でも持っているのか?」
「まさか、船なんかでちんたら渡っていたらすぐに見付かっちゃうよ」
「じゃぁどうやって?」
「あっ、串焼きだ。美味しそう」

 屋台の間を歩いていたオレ達だったが、腕を組むルナが足を止めたため必然的に動けなくなる。

「お昼は食べたけど、ああいうのは別腹だし、たまに食べたくなるんだよね」
「……おっちゃん、串焼き1つ頼む」
「毎度!」

 オレは銅貨2枚で串焼きを1本買いルナに渡した。
 彼女は塩、香辛料を塗し焼いた串焼きにかぶりつく。CROWN 3000

「う~ん、美味しい♪ どうしてこういう食べ物って、城うちで食べるご飯より美味しいんだろ」
「喜んで貰えて嬉しいよ(棒)。んで、どうやってあの湖を渡ってるんだ?」
「レクシに渡ってもらってるんだよ。ボートよりずっと速いから便利だよ」

 レクシって彼女が背に乗っていたサーベルウルフのことか。
 あの巨体なら確かに背に乗り、犬かきさせればボートより速いだろうな。
 てか、酷使されてるなレクシも……。

 オレは一度だけ見たサーベルウルフを思い出し涙する。

「リューとんはまだ買い物するの?」
「ああ、後2件ほど頼まれた品物があるから」
「そっか。それじゃ先に屋敷へ行ってよ」

 ルナは串焼きを食べきると、オレの腕から手を解く。

「それじゃお屋敷で待ってるからね、お兄ちゃん♪ 串焼きご馳走様!」

 誰がお兄ちゃんだ。
 ルナはクリスのマネをすると、雑踏へと消える。
 なんだかんだ言って、ルナは愛嬌があるせいか憎めない。これも人徳と言うのだろうか?

 オレはルナと別れて改めて、頼まれた買い物を済ませに向かう。

 そして――これがこの日、最後に確認されたルナの姿だった。

「ただいまー」

 買ってきた品物を冷蔵庫にしまい居間へ顔を出す。
 冷蔵庫は前世で言うところの古いタイプで、一番上に氷の塊を置いて箱内部全体を冷やしている。
 氷はスノーに出して貰っているため、わざわざ高いお金を出して買う必要がない。

「ご苦労様、リュートくん。ごめんね買い物に行かせちゃって」
「オレが気分転換したくって行ったんだから、気にする必要はないよ」

 オレは居間をぐるりと見渡す。
 部屋にはスノーとクリスがオセロをしている最中だった。

「ルナはまだ来てないのか?」
「ルナちゃん? ううん、来てないよ」
「屋台の辺りで彼女に会って、今日も屋敷に来るって言ってたんだけど」

 どこかで道草でも食ってるのか?

『今日もルナちゃんが来てくれるなんて嬉しいです』
「よかったな、クリス」

 オレは妻の頭を撫でると、彼女は嬉しそうにはにかむ。
 本当に可愛いよな。

「あぁ、ずるいよリュートくん! わたしも撫で撫でして」
「はいはい、分かってるよ」

 ギューと抱きついてくるスノーの頭を同じように撫でる。彼女は忙しそうに鼻を動かし、オレの匂いを嗅ぎながら幸せそうな声を出す。

「『ふがふが』しながら頭撫でてもらうなんて、最高に幸せだよぉ」
『お兄ちゃん、私もお願いします!』
「おう、任せておけ」

 クリスはミニ黒板を前に出し主張する。
 オレは2人を抱えソファーに腰を下ろし、膝の上に座らせる。勃動力三体牛鞭
 左右に妻達をはべらせる。

 両膝にかかる重さ。
 まったく重く感じない。むしろいつまでも膝の上に乗っていて欲しいぐらいだ。これが幸せな重さなのだろう。

「…………」

 何気なく右腕でスノーの胸を揉み、左腕でクリスのスカートを捲り太股を触る。

「もうリュートくんのえっち」
『まだ明るいのにおいたしちゃ駄目ですよ』

 2人とも注意してくるが嫌がる素振りは見せない。もちろん本気で嫌がるなら手は止めるが、これぐらいなら夫婦のスキンシップに収まるだろう。
 一通りいちゃつき、切りのいい所でオレはメイヤの待つ作業部屋へと戻った。



 ――作業に集中していると、部屋の扉がノックされる。

 返事をして扉が開くとスノーが顔を出す。
 オヤツタイムの知らせだと思ったが、今回は少々様子がおかしい。
 彼女は不安そうな顔をしていた。

「どうした、なにかあったのか?」
「うん、ちょっと。今リースちゃんとシアさんが来てるんだけど……2人ともちょっといいかな?」

 オレとメイヤは顔を見合わせ、ただ事ではない空気を感じて作業の手を止める。
 スノーの後に付いて居間へ顔を出すと、リースが病人のような青い顔でソファーに座っていた。シアは彼女を気遣うように隣席し、背中を察すっている。

「何かあったのか?」
「リュートくん、これ読んで」

 スノーから1通の手紙を渡される。
 無地の封筒で、宛名も何も書かれていない。
 手紙の内容はというと――『クリスは預かった。無事、返して欲しくば速やかにエノールを出ろ』。
 手紙と一緒に金色の長い髪が入っていた。

 思わずシアと一緒にリースを慰めるクリスに目を向ける。

「……なんだこれ? 悪戯にしては随分質が悪いな」

 クリスは目の前に居る。
 目の前に居る彼女が偽物なんていう可能性も皆無。なぜなら今日、クリスは一度も家を出ていない。偽物と入れ替わるタイミングなど無いのだ。

 この手紙と髪を見て、リースは気分を悪くしたのか?
 だが、彼女がその程度で青ざめるほど神経が細い筈がない。
 オレが状況の把握に戸惑っていると、リース本人が告げる。

「その髪はルナの物です……」
「ルナの?」
「恐らく、ルナはクリスさんと勘違いされて誘拐されたのです……」
「えっ、はぁ!?」

 あまりに突飛な話に変な声が出る。
 スノーが順を追って説明してくれた。

「ルナちゃんがいつものようにお城を抜け出したから、リースちゃんとシアさんが屋敷うちに迎えに来たんだけど、今日はまだ来てないって教えてあげたの」
「ボク達が尋ねたときポストに入っていた手紙を、クリス奥様が開けたらさっきの手紙と髪の毛が入ってて……」
「リュートくん買い物から帰って来た時、話してたでしょ? 外でルナちゃんに会ったって。わたし、その話を思い出して『ピン!』と来たの。もしかしたらルナちゃんは、クリスちゃんと勘違いされて誘拐されたんじゃないかって」

 言われて納得する。
 確かにクリスとルナの背丈は同じ、髪は金色でロング。オレと仲良く腕を組み一緒に買い物をしていた。別れ際、クリスみたいに『お兄ちゃん』とも呼ばれた。
 別れた後、屋敷に遊びに来ると言ったのに未だ姿を現さない。
 状況を照らし合わせれば確かに符合する。夜狼神

2015年6月6日星期六

迫り来る嵐の予感

 ふと日差しを遮る影が手元にかかったことに気付いて、エルネスティ・エチェバルリアは窓から空を見上げた。
 そこでは、ここしばらくは気持ち良いを通り越して恨めしいくらいに青色しかなかった空を、白から灰へとグラデーションを描く雲が徐々に侵食している。
 薄い雲に遮られ、直射日光による突き刺すような暑さが和らいだことに、彼は少し感謝していた。三体牛鞭
 それだけで気温がいきなり下がるわけではないが、それでも日光がないだけで大分とましだ。
 彼は手元のノートを見やり、肩の凝りと共に酷使され疲労した思考をほぐしていた。

「(ここ最近暑かったしなぁ。このまま考え続けるとまず脳味噌が物理的に煮えそうだ。少し休もか……)」

 空の果てまで視線を向ければ、そこには上空に見えるそれよりも黒く、暗く分厚い雲が見える。
 紗を引いたような薄い雲から、あの暗幕のように重い雲に変わるまでそう時間は必要ないだろう。
 暑さがやわらぐことには賛成するが、あまり雨が激しく降るのも厄介だなぁ、とエルはぼんやりと考えていた。

「エルネスティ君」

 気が抜けていたからか、茫漠たる思考に陥りつつあったエルを横から呼びかける声が引き戻す。
 彼が慌てて振り向くと、そこには少し硬い表情の教師が立っていた。

「授業中に余所見をするのは、感心しないね」
「すいません」

 誤魔化すように愛想笑いを浮かべながら、エルはしっかりと黒板へと向き直る。
 教室では教師による授業が再開され、チョークで文字を書く軽快な音と、フレメヴィーラの歴史の説明が彼の耳に届きはじめた。
 周囲のクラスメイト達は珍しそうに一瞬だけエルに視線を送ったものの、すぐに板書に追いつくべく手元へと顔の向きを変える。
 教室の雰囲気はすぐにいつものそれに戻っていた。

「(危ない危ない、疲れたからと言って気を抜いたらあかんね。それとも暑さのせいか)」

 エルも手元のノートへと視線を戻す。他の生徒達が至極真面目に授業を受ける中、だが極めて残念なことにエルのノートには黒板に書かれていない別の内容――具体的には奇妙な形状をした幻晶騎士シルエットナイトの姿が書かれ、それに数々の説明や走り書きが添えられていた。

「(さてテレスターレも完成見えてきたし、漸く土台が固まったってトコか。
 国王陛下の度肝をブチ抜くためにも最低でも後一つ、このビックリでドッキリなギミックを組み込んでおきたいところやけど。
 ……問題は阿呆ほどお金かかるんやなぁこれ。その上作るにしても親方達は疲労困憊やし。
 急いても仕方ない、準備はしておくにせよしばらくは暇潰しにモートルビートのほうを……)」

 明らかに授業とは関係ないことを考えつつ、しかし念の入ったことに時折黒板へと視線を向けペンを動かすエルは、周囲からは普通に授業を受けているように見える。
 そもそも普通10歳の子供はそんな熟練の擬装を施しはしないだろう。それは嫌な意味で彼の中に蓄積された経験の賜物であった。
 当然その授業態度に不審を覚える者はおらず、授業は静かに進むばかりだ。いや、正確にはそれを悟りうる者も居るには居たが。

「(うーん、幻晶甲冑の動かし方にも大分と慣れてきたしな。次は俺の機体にもワイヤーアンカーつけてもらうか。
 アレ面白そうだよなぁー。動かすの結構面倒っつってたけど)」
「(今日はエル君も連れて食べ歩きしようそうしよう! あんまり根を詰めても逆効果だしね!)」

 その二人とも別の方向に授業態度を間違っているのでさして問題にはならなかった。
 余談ではあるがこの有様でも全員、魔法や体術以外の授業についてもちゃんとした成績を上げていることを、ここで補足しておく。新一粒神

 

 ここ最近の暑さにより、鍛冶場を擁する工房の内部はさながらサウナのようになっていた。
 生徒たちも空気を循環させたり、風を送り込んだりと様々な対策を講じてはいるが焼け石に水なのが現状だ。

 そういった訳でいっそ中にいるよりましとばかりに、親方ダーヴィドは工房の軒先の日陰で休憩していた。
 吹きつける風すら生ぬるいうんざりするような状況を、同じく生ぬるい茶を啜すすり誤魔化す。
 元々ドワーフ族は北方の出身である上、彼のその生まれに恥じない濃い髭は見るからに暑苦しい以外の表現が浮かばない有様であり、本人の負担はいかほどのものか。
 強い日差しにより明確なコントラストがついた地面は、明るい部分に出たら焼け死んでしまいそうな錯覚を与えていた。
 その灼けつくような大地に徐々に薄い影が滲みだしてきたのを見て取って、親方が思わず万歳しそうになったのもむべなるかな。

「おーう、雲が出てきやがった。漸くこのクソみてぇな暑さと少しでもおさらばできる」
「テレスターレの試験中にも、もう少し曇ってほしかったがね」

 その時を思い出したのだろう、隣でテーブルを囲んでいるエドガーはうんざりとした表情を隠しもしていない。
 共に席に着くディートリヒは聞きたくないとばかりに首を振り、ヘルヴィは苦笑を返す。
 照りつける日差しに炙られながら幻晶騎士で試験を行った記憶は、彼ら騎操士ナイトランナーにとって少なからず嫌な記憶として残っていた。

「あれはねぇ……おかげで変な意味での耐久試験にもなったけどさ。
 あ、セット。次で上がりね」

 言いつつ、ヘルヴィがディートリヒから受け取ったカードと、手に持つカードから絵柄の合ったものを開いて場に出した。彼女の手の中に残るカードは1枚である。
 カードゲームに参加する残る2人のプレイヤーが、それまでとは別の意味で顔を顰しかめていた。

 いくら工房内部がサウナ状態とは言え、つい先日までの嵐のような日々を思うと、何故彼らがこうも暢気にカードゲームに興じていられるのかと疑問を抱いてしまうところだが、これには理由がある。
 この環境下で新型の完成から打ち上げまで辿り着いた鍛冶師達だが、その後反動でぶっ倒れてしまい、大半が休みを取っているのだ。
 組みあがったばかりの新型機を整備担当の人間がいない状態で動かすわけにも行かず、騎操士達もこうして無聊を慰めている。
 鍛冶師の中でも親方――というか鋼の肉体を持つドワーフ族は暑さにだれつつもまだ元気だったが、さすがに1人でできることには限りがあり、中途半端にそれに付き合っているのだった。

「この調子だと、残る機体の修復と既存機の改修はいつ終わることやら」
「あん? まぁ、そのうち進めらぁ。今は俺達ぁ休暇中よ」

 エドガーの言葉に、親方はどこか投げやりな調子で答える。その間にもヘルヴィが1抜けを決め、エドガーとディートリヒが決戦に挑んでいた。

「そういえば我がグゥエールは未だに屑鉄の範囲すら脱していないのだが?」
「おぉう、そうだったな。まぁ営業再開したら来てくれや」
「いつからうちの整備班は独立したんだい……?」
「たったいまからだ」
「…………」

 これ以上親方にぼやいたところで仕方がない、そんな感想を抱きつつもエドガーとの決戦に敗北したディートリヒが机に突っ伏した。

「一先ずディーは勝者のために食べ物を買ってきてもらおうか」
「そうねぇ、まぁ安いパイでいいよ」
「俺は肉がつまみてぇな、肉入りのやつにしろ」RUSH情愛芳香劑 ECSTASY POP
「くぅ……仕方ない、待っていろ   って親方はカードに参加していないだろう!」
「ケチケチすんな。日頃お世話になってる代ってぇもんよ」

 ディートリヒの表情がめまぐるしく3回転ほどしたが、とうとう諦めたのか彼はそのままとぼとぼと食堂へと向かった。
 勝者の余裕でそれを見送る3人。哀愁漂う彼の姿が視界から消えた辺りで、親方が何かに思い至る。

「この程度で言うのもなんだが、アイツも丸くなったもんだな。
 前は負けたらガタガタぬかすから、そもカードになんざ呼べなかっただろう」

 相変わらず髭に埋もれてわかり難いが、親方は苦笑を浮かべている。
 整備班、騎操士を問わずディートリヒの神経質さ、気難しさは有名だった。
 実力こそあれ付き合いやすいタイプではなかったはずだが、ここ最近はそれが薄れだしていることに、共に行動する機会の多い彼らは気付いている。

「陸皇亀ベヘモス事件の後から、ディーは変わった。概ね、良い方向にな」
「ふーん。そういえば、実は新型の試験で一番熱心だったのって、あいつじゃない?」

 ヘルヴィには思い至る節がある。操縦経験の長さならば試験騎操士から担当していた彼女が一番であろうが、ディートリヒがそれに次ぐ勢いで新型機を動かしていた事を。
 彼女の言葉にエドガーは神妙な表情で頷いた。

「ああ、恐らくは、あれを見たからだろうな」
「? 何を?」
「……エルネスティ、だ。ディーは、あの時唯一その操縦を、直接見ている」

 エドガーの視線が細められる。そこには確かに、彼の騎操士としての矜持と熱意が垣間見える。
 偶然とは言え、師団級魔獣を相手取れるだけの技量を真後ろから見た、友人への僅かな嫉妬。その友人がそれ以来明らかに実力を伸ばしていることに対する、素直な賞賛。
 エドガーの気質は良くも悪くもまっすぐだ。
 間近でそんな努力を見せられれば彼自身も負けじと奮起するであろうことを、それなりに付き合いの長いヘルヴィは知悉ちしつしていた。

「ふーん、あの子のねぇ。小さい上にすばしっこいから、頑張らないとすぐに背中を見失っちゃうわよ」

 やや癖っ気の強い短めの髪の下から、愉快そうに細められた瞳がエドガーをからかう。
 エドガーは一瞬キョトン、とした表情を見せるが、それはすぐに不敵な笑顔へと戻った。

「そう易々と見失う気はないさ」
「おう、それで思い出したぜ。そういや銀色坊主エルネスティにゃ相談してぇ事があったんだ」

 唐突に親方が手を打った。

「どうしたんだ?」
「いや、新型作ったのはいいんだけどよ、これからどうすんだよと思ってな」
「? 学園の機体の改修を進めるんじゃ、ないのか?」
「そいつはまぁ学園長の許可があるからかまわねぇけど。……まさかここだけの代物にゃあ、すまいよ」
「あっ」

 ぼやけ始めた地面のコントラストの境界を目で追いながら呟く親方に対し、エドガーとヘルヴィが声を上げて顔を見合わせていた。

 

 日が傾き始める頃、ライヒアラ騎操士学園の周囲には今日も今日とて露店が立つ。
 そして授業の終わりと共に生徒達が歩く姿がちらほらと見られるようになる。

「おう嬢ちゃん、今日はでっかい鎧はもってこねぇのかい?」
「うん、今日は食べ歩きよ! というわけでケーキ三つ!」
「あいよっ。何を挟むね?」
「えーっとね……」

 大分と雲の面積が増えた空模様により、日光に炙られる事はないが、それとは別に徐々に蒸し暑さを感じ始めている。蟻力神
 テンションは最高潮と言った感じで露店の主人に注文するアディはともかく、エルとキッドは全身からだるさを放っていた。

「良く冷えたお菓子が、欲しいですね……」
「無茶言うなよ……そんなのあったら皆群がるぜ。絶対」
「むしろ果物を直接食べるだけでも、ちょっとは涼しくなるような」
「諦めろ、もうパンに挟まってる」

 弾けるような笑みと共に振り返った彼女の手には、焼き立てでほっこりと湯気を立てるパンケーキが乗っている。
 時間的にもおやつとしては丁度いいだろう。しかしまだまだ気温の高い昼下がり、できれば熱くない食べ物がいいなぁと思いつつも嬉しそうな彼女の姿の前に諦めるエルであった。

 
 その後あちこちの露店を巡り、いい加減満腹かという所で彼らは工房へと立ち寄っていた。
 特に理由があっての行動ではなったが、彼らは偶然にもそこで珍しい光景と出会う。

「……何をやっているのですか?」
「んむ? 見ての通りクッケレンじゃ。いやダーヴィド君はこれで中々、手ごわいの」

 工房の軒先では、ライヒアラ騎操士学園の学園長であるラウリと親方が、地球で言うチェスに似たボードゲームで勝負していた。
 盤面は恐ろしいほどにラウリの優勢、親方の駒は何かのいじめかと言うほど追い込まれている。

「俺はむしろここからどう盛り返せばいいか、思いつきすらしねぇんだがよ……。
 もう少し手加減してもいいんじゃないか?」
「ほっほっほ、仮にも教育者として、先達が手を抜くのはいかんのう」
「遊戯あそびだぞこれ……」

 莞爾かんじと笑うラウリと対照的に、親方は頬杖がなければ今にも崩れ落ちそうだ。
 彼は悔しさと呆れを半ばに混ぜたような空気を滲ませながら、余った駒をつまんでコツコツとテーブルを叩いている。

「はぁ、いえ、ゲームはいいのですけど、なぜお祖父様がこちらにいらっしゃるのかと……」
「んむ? あぁ、少しエルとダーヴィド君と相談したいことがあってのぅ。
 呼び出してもよかったんじゃが、どうせこちらに集まるかと思っての」

 意外と適当な祖父の考えに、エルが軽くずっこける。
 そして暇つぶしの相手として熨された親方が深い溜息をついていたが、そんなものは些細な問題として流された。

「さて話というのは他でもない。ダーヴィド君も悩んでおるようじゃったが……新型機の今後についてじゃ」

 一通り親方の陣地を蹂躙し、王手に至ったラウリがご満悦の様子で話を始めた。
 エル達も適当に近く椅子を用意するが、出し抜けに飛び出した言葉に首をかしげる。

「テレスターレの今後について、ですか」
「うむ、正直わしはもう少し、こう……じゃな、大幅でも改良の範疇に留まると思っておった。
 それにしては時間がかかっとるなんぞ思っておったが……蓋を開ければ別物になっておるのでのぅ」
「紛うことなく新型機ですから」

 上機嫌に応じるエルの言葉に、ラウリは困ったように眉尻を下げる。

「全く以って、初手から新型機の完成に至るとは予想外じゃよ。
 ここまで作り上げたからには、これは陛下にお見せするつもりなのかの?」

 ラウリの言葉は問いかけと言うよりも確認の響きを帯びている。威哥王
 なぜなら、ラウリにとって既存機を凌駕する性能を持つ新型機は、国王との約束にある“最高の機体”の条件を満たして余りあるからだ。
 ならば新型機を国王へ報告し、然るべき報酬を受け取ろうと考えるのは自然な流れだった。
 しかし彼の予想に反し、エルは少しも悩むことなく首を横に振る。

「ほう? そのために頑張っていたのかと思っておったが……違ったかの?」

 目を丸くしたラウリが、工房の暗がりの奥にあるテレスターレへチラリと振り返る。

「陛下にお見せするものは、また別に……あのお願いに意味があると、認めてもらえるようなものを考えています。
 それに陛下は“最高”を所望されたのです、お受けしたからにはこちらも人事を尽くさないと」
「おめぇの人事はまだ尽くされてなかったのかよっ!?」

 言い切ったエルの言葉に、親方が椅子ごと倒れそうになりながら慌てて突っ込みを入れる。
 これまでの常識を見事に突き抜けておきながら、それが序の口に過ぎないなどと果たして誰が想像しようか。
 少なくともそれはラウリと親方の予想の範囲は超えていた。

「ええ、テレスターレは言わば土台……しっかりと踏み固めたのですから、上には立派な城を作らないと。
 それでこそ陛下の度肝を抜けるというものです」
「その前にわしらの度肝が潰れそうじゃよ」
「大体、坊主は本気のことしか言わねぇから怖えぇな……」

 驚愕と感心を呆れが塗りつぶしはじめたラウリだが、それは別に彼だけではなく、その場にいたほぼ全員の偽らざる心境だ。
 ラウリは一つ息をついて考えを切り替えると、ふむ、と唸って腕を組んだ。

「エルがそう言うなら、そこはまぁ、よい。
 ともあれ、新たな機体まで完成させたのじゃからのぅ、何かしら国への報告は必要じゃろう」
「それは勿論ですね。では、これも陛下にご報告を?」

 エルの問いに、今度はラウリが首を横に振る。

「陛下もお忙しい身じゃからのぅ。エルとの約束であれば陛下にしか判断できぬことであろうが、これだけならばそうではなかろうよ。
 これまで通りの手順でもって連絡することになろうて」
「これまでどおりと言うと、国機研ラボか……」

 “国立機操開発研究工房”――通称“国機研ラボ”はその名の通り、国の下で幻晶騎士の技術を管理するための組織である。
 新型機の開発と言った大きな案件の他にも、新たに編み出した技術改良などは規模を問わずここに集められ、まとめられた後全国へと伝わるようになっている。
 これまでにも学園から技術改良を伝えた事もあり、鍛冶師にとっては馴染みの存在だった。

「うむ……それにしても、新たな機体を丸々持ち込むとなれば、ちと問題なんじゃがな」
「ん? ラウリじいちゃん、何がそんなに問題なんだ? 確かにこいつは強いんだろ?
 これからテレスターレをいっぱい作れば、騎士だって楽になるし、街も安全になるんだろ。
 そこまで出来上がってるんだ、国の人も喜ぶんじゃねぇの?」狼1号

2015年6月4日星期四

人馬騎士、始動

ぐおんぐおん、と音を立て工房の天井を這うレールの上をクレーンの滑車が走り回る。
 そこから鎖で吊り下げられた、鎧の一部らしき金属塊を幻晶甲冑シルエットギアに乗った鍛冶師が押し出してゆく。勢いのついた金属塊に轢かれそうになった誰かが、一揃えの罵声をあげながらも慌しく走り去っていった。HARDWARE 芳香劑 RUSH『正品』

 ライヒアラ騎操士学園にある騎操士学科の工房。
 いまや銀鳳騎士団ぎんおうきしだんの基地と化したその場所は、新型機の完成へと向けて熱気で溢れかえっていた。
 簡易な秘匿の覆いはすでに取り去られ、最新鋭の人馬型幻晶騎士シルエットナイト・ツェンドルグが工房のど真ん中を堂々と占拠している。通常の機体よりも巨大なことが災いし、完成が近づくにつれて押し込めたままの作業が困難になってきたのだ。

 巨体に比して上半身は細身で、軽量に見える。その額には突き出た一本の角が見られ、他にも伝説上の馬に関係した意匠が随所に施されていた。
 対して下半身は巨大で、重厚だ。脚部など一つ一つが幻晶騎士の胴回りほどの太さを持ち、見ただけで尋常ならざる出力のほどを知ることができよう。
 それらが接続される腰にあたる部分は、幾重にも重ねられた装甲板で覆われた巨大な塊といった見た目だ。

 実は、ツェンドルグは外見以外にも通常の幻晶騎士と異なる要素を抱えている。
 操縦席、魔力転換炉エーテルリアクタ、そして魔導演算機マギウスエンジン。それらをあわせた“心臓部”と呼ばれる部位――それらは全て、この“下半身”に搭載されているのだ。
 複座式となった操縦席、2基搭載することになった魔力転換炉、果ては容量を増やすために大型化した魔導演算機まで、もはや人型の内部に積めるものではなくなったためである。当然、ツェンドルグの大きさゆえの余裕があったからこそ成しえたことだが。
 そこで上半身と分散して積む方式にならなかったのは、主に機構の複雑化を防ぐためのものだ。結果として上半身は戦闘機能に特化しつつ、軽量なものとして仕上がっていた。

 筐体は完全に組みあがり、すでに外装アウタースキンも過半まで取り付け終わっている。さほどの時をおかずして動作試験へと入ることであろう。


 近づくことすら躊躇われそうな異様な機体を創り上げてゆく先輩たちの姿を横目に見ながら、新米鍛冶師たちは黙々と自分の作業を進めていた。
 当初は見るもの全ての珍しさに興奮し、果てはツェンドルグと対面した際には仰天のし過ぎで倒れていた彼らも、次々に課せられる訓練と作業をこなしてゆくうちにどんどんとスレ始めていた。
 最近ではさっさと幻晶甲冑の製作方法を習い覚え、自分たちが使う分は勝手に作っていたりする。慣れとは恐ろしいものである。

 彼らが作っている普及型の幻晶甲冑・モートリフトは大雑把な作りゆえ細かい作業こそ苦手だが、発する力はドワーフ族すら軽く超える。幻晶騎士の部品のような大きなものを取り扱う作業には高い適正を見せていた。
 最初は見知らぬ機械に奇異の視線を送っていた新入生たちも、しばしの時間が過ぎる頃にはその便利さにすっかりとはまっていたのだった。

 荷物を運び槌を振るい、作業に勤しむ彼らの間を縫って一人の騎操士ナイトランナーが何かを探して歩いていた。
 やや長めに広げた金髪、長身痩躯にわざわざ紅く染めた革鎧を身につけている。銀鳳騎士団2番中隊隊長ディートリヒ・クーニッツだ。
 彼は工房内を一通り見回すと、ふむ、と一息ついて近くで作業をしていた新米鍛冶師へと声をかける。PPP RAM RUSH 芳香劑

「君たち、団長エルネスティを見なかったかい?」

 ディートリヒの問いかけに、新米鍛冶師たちはそろって首を横に振った。銀鳳騎士団長、エルネスティは色々な意味で目立つ。来ればすぐに気付くはずである。

「ついでにあの双子もおらず、と。教室はもう出たようだしどこに行ったんだろうね、うちの団長様は。……何もしでかしていなければいいけどね」

 無情にも、彼の心配は的中することになる。



 人馬騎士・ツェンドルグの完成を目前にした銀鳳騎士団。鍛冶師たちはその作業にかかりきりであり、騎操士たちも自身の訓練に、後輩の指導にと多忙な日々を送っている。
 そんななか、設計を終えた騎士団長様は些か手持ち無沙汰な状況にあった。
 ここで思い出して欲しい、彼はツェンドルグの設計以外にも様々なものを作っていたということを。
 幼馴染と3人でゆっくりと作り進めてきたとある新型装置。彼はその動作試験を行うべく、こっそりと恐るべき事件を起こしていたのであった。


 晴れ渡る空と穏やかな陽射し。ピクニックに丁度良いであろうまばらな木々の合間を、重量感溢れる足音をたてて歩く巨人がいる。
 同系統でありながら周囲の深緑から浮きに浮いたヴィヴィッドなグリーンの色合い、ピンピンに突き立った刺々しい飾りをつけた鎧の形状。あまりにも怪しげな風体をしたこの巨人は実習用の幻晶騎士・ラーパラドスだ。動かしているのはエルネスティである。
 その足元をちょこちょことついて歩くのは幻晶甲冑、アーキッドとアデルトルートが動かすモートルビートだ。

 ここはライヒアラ学園街より少々の距離を離れた人気のない森の中。いくら魔獣の危険があるからといって、少々仰々しさに過ぎる装備をもって彼らは散歩を楽しんでいた。
 しばらく進むと森の中に開けた場所が見えてくる。以前は決闘級魔獣でも居たのかもしれない、ぽっかりと空いた広場がそこにあった。

 エルは抱えていた荷を降ろし、ラーパラドスに膝立ちの駐機姿勢をとらせる。キッドとアディは早速荷を広げ、中に詰め込まれた奇妙な筒状の装置をラーパラドスへと取り付けていった。
 人一人が両手で抱えるほどの太さの筒。それが数本、ラーパラドスの肩と腰周りに設置される。二人は固定器具をしっかりと組み付けたのを確認すると、操縦席に座ったエルへと手を上げた。

「エルー、取り付け終わったぜ。しかしこれはなんというかさぁ……」
「こっちも大丈夫だよー。ねぇー、なんていうかねぇ……」

 二人は作業を終えると、ラーパラドスから離れてその全身を確認していた。
 元々の無駄に刺々しい外見に、さらに謎の筒を複数生やしたラーパラドス。その姿はいっそシュールとさえいえる領域に達している。
 秘密の保持とは別の意味で、彼らはこの場所に誰もいないことを感謝していた。

「さぁてあとは仕上げを御覧じろ、少し離れていてくださいね」

 操縦席に座ったエルはそんなことを気にしていないのか、それともあえて無視しているのか。
 ともあれ彼はラーパラドスを立ち上がらせると、謎の装置を起動させていた。

 途端、“筒”の前面から大量の空気を吸い込む独特の音が響きだす。突然の奇妙な音に驚いたのか、周囲の森から鳥が一斉に逃げていった。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
 離れたところからキッドとアディが見守る中、ラーパラドスは僅かに身を沈めるとそのまま走りはじめた。結晶筋肉クリスタルティシューが躍動し、全高10mにも上る巨体が軽やかに疾走する。しばしの後にはラーパラドスは十分な速度に到達していた。
 ここからが試験の本番である。エルは不敵な笑みを浮かべると、操縦桿の周りに増設したスイッチを一斉に押し込んだ。
 瞬間、世界が切り替わる。

 “筒”の内部は漏斗を二つ合わせたような形状になっている。前半には大気を圧縮する魔法術式スクリプトが紋章術式エンブレム・グラフとして用意され、吸入・圧縮された大気が細くくびれた中央部分へと集められる。
 後半部では圧縮された大気の塊へと次なる魔法、爆炎の魔法がかけられる。さらに魔法術式には、それによって発現した爆発に指向性を持たせる部分が記述されている。
 圧縮大気推進エアロスラストを応用した圧縮大気の炸裂、さらに爆炎の魔法による爆発、二つを合わせて発生する高速の噴流を利用した反動推進器。それがこの筒――マギジェットスラスタの原理だ。

 最初に発生したのは眩い朱の光、機体背後に長く伸びる炎の尾。
 次に発生したのは劈つんざくような轟音。
 目覚めを告げられたマギジェットスラスタは全くの遅滞なく、猛然とその本性を剥き出しにした。
 すでに圧縮を経た大気の塊が連続して爆発膨張し、強烈なジェット噴流による反動がラーパラドスへと圧倒的な加速を与える。
 いやそれはすでに加速などと生易しいものではなく、“吹き飛ばした”と表現するほうが正しいような状態だった。

「お、おおおぉぉぉぉぉぉう!? フゥゥゥゥッルパァァゥワァァァァーーー!?」

 製作者であるエル自身の予測すらはるかに凌駕する激烈な推進力により、ラーパラドスが明らかに異常な加速を始める。
 エルの小柄な体へと強烈な慣性がかかり、それに対抗するために必死になるあまり彼は十分に装置を制御できていなかった。その間にもマギジェットスラスタは自身に記述された術式に忠実すぎるほどに従い、狂ったように推力を吐き出し続けてゆく。

 どこまでも続く加速の中、小さな気流の乱れが一瞬だけラーパラドスの機体を浮き上がらせた。
 少しだけ崩れた姿勢、僅かに浮き上がった体。本来ならばすぐに重力が地面へ戻してくれるはずである。しかしラーパラドスに装着された魔物は、その圧倒的な推力を以って重力に打ち勝ってしまった。

 エルは慣性の方向が僅かにずれたことに焦るが、彼の対処を待たずして機体は自由な空へと離陸を始めていた。空力的な特性など一切考慮しない、ただ爆発的な推進力のみに支えられた飛翔。
 機体が嵐にもまれる木の葉のように吹き飛びそうになるのを、エルが全力を振り絞ってなんとか制御する。ただ彼をして、空中分解しないだけで精一杯だった。
 眩い炎を引き連れて空へと向かうラーパラドスはさながら流星の逆回しである。エルの悲痛な状況とは別に、謎の感動を伴うその光景にキッドとアディはあんぐりと口を開けたまま見入っていた。

 爆発的に始まった事態はやはり突然に終了した。
 余裕のないエルに代わり、魔導演算機が自身の仕事を忠実に実行したのだ。急激な魔力マナの消費に対し、魔力貯蓄量マナ・プールが枯渇する寸前に安全装置リミッターが作動して機器への魔力供給が強制的に停止される。
 直後、ラーパラドスを持ち上げていた炎の雄叫びが唐突に停止した。同時に推進力を失った機体は、空気抵抗と重力に導かれるまま落下を始める。威猛酷哥

「ウワァァァァァァいっぱーーーっつ!?!!!」

 皮肉にもマギジェットスラスタが停止したことによって、エルは機体を制御する余裕を取り戻していた。
 勢いはともかく、高度が上がりすぎる前に推進器が止まったことは不幸中の幸いであっただろう。瀕死の機体はなんとか分解することなく地面に帰り着く。しかしそれはただ着地しただけであり、有り余る勢いはほとんど衰えてはいなかった。
 ブレーキをかける機体の両足から猛烈な火花が舞い散り、地面が鑢やすりのごとく外装アウタースキンを削り取る。
 このままではすぐに脚部が限界を迎える、そう悟ったエルはとっさに機体を前方へと投げ出した。前転の要領でラーパラドスが地面を転がる。ご自慢のトゲトゲ鎧がボキボキに折れ砕け、取り付けたマギジェットスラスタまで吹っ飛んでいたがエルにそんなことを気にする余裕はなかった。

 そのままおよそ数百mを転がったラーパラドスはようやく勢いを緩めると、大の字に倒れ伏して停止したのだった。

「…………エル君、生きてるかな?」
「はっ!? いや今のはまずいだろ! 助けに行くぞ!!」

 キッドとアディが正気を取り戻したのは、あたりが静けさを取り戻してから、しばらくしてのことだった。



「ゲホッ、ゲホ、だ、駄目です!! この装備は駄目です!! 駄目々々です!!!! 却下!! ……はしませんが作り直しです!!」

 目を回して気絶していたエルが、息を吹き返してまず言い放ったのがこれである。
 ラーパラドスは人型こそ留めていたものの、鎧のほとんどがひしゃげるわ飾りは折れるわと威圧的だった姿はもはや見る影も無い。足の装甲はガタガタに削れているし、摩擦熱で一部の部品が溶接してしまっている。これだけの事故を起こしてエルが気絶だけで済んだのは、偏に日頃の訓練と彼の能力の賜物であった。一般人は真似をしないでください。
 そんな彼であっても、さすがにここまで惨憺たる結果が出ては余裕など見せれるはずもなく。珍しく大荒れのエルを、幼馴染が慌ててなだめにかかっていた。

「しかし危なかったな。スラスタを止めるのがもう少し遅かったら星になってたぜ、エル」
「…………違います、“止まった”んです」
「え?」
「あまりにも魔力をドカ喰いしすぎて、魔力貯蓄量の大半を一気に燃やし尽くして、挙句勝手に止まったんです!! ええそうです、駄目です、完全に失敗です!!」
「え、エル君落ち着いて! はいはい、どうどう」

 半ば錯乱状態にあるエルを、アディが力づくで強制停止する。彼はしばらくもがいていたが、やがて静かになった。
 背後を振り返れば、そこには地面が抉れた跡が長く続いている。二人は改めて、エルとラーパラドスが無事であったことに長い安堵の吐息をついた。

「ねぇエル君、これはやめとかない? いくらなんでも危ないわよ」

 アディは心底心配といった表情を隠しもしていないが、残念なことに腕の中のエルが顔をあげたとき、彼の表情はいつもの――つまりは製作の熱意に燃えたものとなっていた。

「失敗は失敗で仕方ないとして……もう少し段階を経て実験しなければいけません。まずは術式の規模と出力の関係について検証が必要ですね。そして状況に合わせて変更できるように新たな制御機構も噛まさないと。魔力の消費も問題ですが、これはしばらくは出力と一緒に抑えることでもたせましょうか……いや、機体側で対策をしてしまえばなんとかなるかな?」

 彼の脳裏では新たな図面が出来上がりつつあるのだろう、あわや大事故を起こしかけたというのに一切躊躇しないエルの様子にキッドとアディは二人して天を仰いだ。まさに処置なしである。
 エルはしばらくはそうしてうんうんと唸っていたが、唐突にいいことを思いついたとばかりに二人へと振り返る。三体牛鞭

「ちなみに、二人も乗ってみますか?」
「乗るかっ!!」「いーや!!」

 わかりきった答えが、森の中に木霊していった。
 その後、うっかりとズタボロになったラーパラドスに乗って戻ってきたエルをみて、銀鳳騎士団の全員がすわ敵襲かと臨戦態勢と相成ったのは余談である。



 工房の一角に、いかにも急造された感じの机と椅子が設置されている。机の上にはこれまた急ぎで作られたのだろう、乱雑な字で“騎士団長”と書き殴られた立て札が置かれていた。
 その席にちょこんと腰掛けながら、エルは恐る恐るといった感じで周囲を見回した。

「……僕はここにいなくちゃいけませんか?」
「おう、すわっとれ団長様」
「ああ、君がいたほうが気が引き締まる気がするしね」
「そうだな、団長というものはもっとこう、どっしりと構えていればいいさ」

 周りを取り囲むのは言わずもがな、いつもの面々である。
 ドワーフ族の鍛冶師と十分に体を鍛えた騎操士たちだ。彼らは威圧感を放つ仁王立ちでもって物理的にエルを席に留めていた。

「みんなして非道ひどい……」
「てめぇから目ぇ離すとまた何しでかすかわかんねぇだろが!」

 恨みがましい目つきで、エルは傍らにある機体を見上げた。
 そこにあるのはボロボロになったラーパラドスの姿だ。悲惨な大事故に見舞われたラーパラドスは自力歩行こそ可能だったが、限りなく大破に近い判定を受けて現在使用を厳禁されている。主に騎士団長に対して。
 そして動作試験といいながら幻晶騎士1機を大破に追い込んだエルは騎士団のほぼ全員から“お説教”をくらい、こうして“騎士団長のお仕事”をやることと相成っているのだ。

「大丈夫ですよ、僕だってちゃんと反省しています。ほら、こうして改善案の設計だって仕上げてありますし」
「やっかましわ! それのどこが反省してるってんだ!! しばらく大人しくしとれ!!」

 当然とばかりにどこからともなく設計書を取り出したエルに、親方がひったくるようにそれを取り上げる。
 異質な才と、溢れるほどの熱意を持つ彼らの騎士団長。魔獣に突っ込み幻晶騎士に突っかかりと基本的に常識から外れた行動しか取らない上に、これまた桁外れの能力でそれを成し遂げるものだから誰も彼を止めはしなかった。
 それが失敗したときはどうなるか――当然のように大惨事を引き起こしたエルに、全員が頭を抱えたのは言うまでもない。新一粒神

2015年6月2日星期二

そして、夜来たる

 ぼくとアリスは、育芸館のロビーに戻ってきた。
 エリート・オークが倒れていた場所には、いま、青い宝石がひとつ落ちているだけだ。

 これ、ゲームでいう魔石みたいなものなんだろうか。モンスターの魔力の結晶的な、そんななにかに思える。正品 RAVE 情愛芳香劑
 ぼくは宝石を拾って、ポケットにしまった。
 それからあらためて、アリスを振りかえる。

 アリスは、またぼろぼろの姿だった。
 顔を見合わせると、アリスは少し頬を染め、微笑んだ。
 ぼくまで恥ずかしくなって、思わず照れ笑いした。

 そうして見つめあっていたのは、きっとほんの少しの間のはずだったが……。

「あーっ、アリス、カズさん!」

 バルコニーの上から、かん高い声がした。
 振り向くと、たまきがバルコニーから身を乗り出し、ぶんぶん手を振っていた。

 よくよく見れば、泣いていた。
 鼻をぐすっとすすりあげながら、両手でぼくたちに手を振り続ける。

「よかったっ、ほんとによかったわっ! すごい音が聞こえてきて、それから急に音が止んで、本当に心配だったんだから!」

 考えなしな子だなあ、とぼくは苦笑いした。
 もしぼくたちが負けて、生き残っていたのがエリート・オークだったら、どうするのだ。

 とはいえ、まあ。
 それほどぼくとアリスを心配してくれたのだろうと思うことにして、アリスとふたり、手を振り返した。

 三階に隠れていた生徒は、たまきのほかに七人もいた。全員が中等部の女子である。
 死んでいたのが女子三人に外から逃げてきた男子ふたり、オークに捕まっていた生存者が志木縁子ひとりだから、少々人数が多い気がする、と告げたところ……。

「そこの一年生ふたりは、アリスと別れたわたしがこっちに逃げてたとき、保護したのよ!」

 たまきが胸を張っていった。
 聞けば、たまきとふたりの一年生は、オークがいる危険が高い一階を無視し、近くの木を登って枝からロープを投げ、三階のひらいた窓から育芸館に侵入したのだという。
 それもこれも、三階から茶道部の生徒が顔を出し、誘導してくれたかららしいが……。
 いやはや、インディ・ジョーンズも驚きのアクロバットだった。

「女子ばっかりか」
「わたしとたまきちゃん以外は、茶道部と料理部ですよ」

 アリスがいう。彼女の指摘はもっともだった。
 考えてみれば、この育芸館という施設自体、女性向けの部屋が多い。だからこれは、当然のことなのだろう。
 うーん、下級生とはいえ男の子がいてくれると、ちから仕事とかいろいろ、頼りにできたんだけどなあ。
 あと、女性ばかりに男ひとりというのは、いろいろ辛い。
 ああいうのはフィクションのなかだと楽園なんだけど……。

 ま、ないものねだりは仕方がない。情愛芳香劑 ROCKER ROOM RUSH
 明日以降、うまく逃げ延びてくれている男子がいることを期待しよう。

 外を見れば、夕闇が迫っていた。
 まもなく真っ暗になる。
 だけど明かりを使うわけにはいかない。目立ってしまう。オークがわさわさ寄ってきては、対処ができない。

「あー、ひとまず玄関のドアを閉めて、それから……」

 ぼくは激しいめまいを覚えて、膝をついた。
 それを支えようとしたアリスも、同じく身体のちからが抜けたようにくずおれる。

「あ、あはは、カズさん、だいじょうぶですか」
「いや、アリスこそ……」

 顔を見合わせ、苦笑いする。
 お互い、どうやら緊張が抜けたとたん、これまでの疲れがどっと出てきたようだ。

「あー、カズさんとアリスは休んでなさい。後始末は、わたしらがやっておくわ」
「ごめんなさい、たまきちゃん。お願いしますね」

 少しだけ休ませてもらおう。ロビーの壁にアリスと並んで背を預け、ぼくは目を閉じる。
 たちまち、睡魔が襲ってきた。

 目を覚ますと、お葬式のときのような線香の匂いが周囲に漂っていた。
 周囲がぼんやりと明るい。ろうそくの明かりのようだ。なるほど、これくらいなら、正面玄関を閉じておけば外には漏れない、か。

「お香を焚いたのよ。臭いがひどかったから」

 すぐ近くで声がした。顔をあげると、志木縁子が、ぼくの近くに座って、じっとこちらを見ていた。
 高等部のジャージを着ている。茶道部あたりに置きっぱなしだったものだろう、とぼくはアタリをつけた。

 でも、なぜ彼女だけ?
 怪訝な顔をするぼくに、志木縁子は苦笑いする。

「アリスちゃんが、あなたを見ていてくれ、って。自分はたまきちゃんたちと、お風呂に入るからって」

 横を見れば、一緒にいたはずのアリスの姿がない。
 なるほど、と思った。それにしても、風呂は沸かせたのか。
 風呂、入りたいなあ。

「期待しているところ悪いけど、水風呂よ」

 だろうなあ。
 いや、水風呂でもいい。ありがたい。
 いまのぼくは汗と泥とオークの返り血でひどいものだ。
 全身がかゆい。水風呂でも氷風呂でも、どんと来いだった。
 氷風呂はさすがに風邪をひくかもしれないけど。PPP RAM芳香劑

「わたしは、先にお風呂をいただいたから、ヒマだったの」

 なるほど、彼女が先、というのは……。
 先刻、ぼくが彼女を発見したときの様子を思い出す。たしかに、あれを見たら、誰だってまず彼女の入浴を優先させるだろう。

 とはいえ、まあ。
 入浴する余裕がある、ということは、本当にこの育芸館は安全地帯となったのだ。
 安心したとたん、お腹が鳴った。

 志木さんがジャージのポケットからカロリーメイトを出して、ぼくに手渡す。

「料理の匂いも危険だから、こんなものしかないけど、食べて」
「いまのぼくにとっては、ごちそうだ」

 実際、カロリーメイトはおいしかった。
 あっという間に食べ終わって、指をぺろりと舐める。

「これ、誰が持っていたの?」
「この育芸館の地下には、非常食の倉庫があるの。災害用よ。ざっと点検した限りでは、十人程度なら一年くらい籠城できるわね。ほかにも缶詰とか。水も、ポリタンクとかに入っている分だけで、だいぶ長いとこ賄えるはず。あと灯油を使う発電機とかも見つけたわ。音がうるさいから、使ってないけど」

 賢明な判断だとぼくは思った。
 いや、というか、彼女の手際のよさに感動すら覚えていた。
 さきほど、あれだけひどい目にあったというのに……そのバイタリティには、目を見張るものがある。

「それと、死体はまとめて一階の奥の部屋に押し込めておいたわ。明日の朝にでも、埋葬しましょう。ほかには……ねえ、なに、わたしの顔をじろじろ見ているの」
「あ、ああ、すまない」
「ま、いいけど」

 志木さんは、後ろ髪を手櫛で梳いた。

「いっとくけど、やせ我慢よ。なにかしていないと、耐えられなかったの」
「そうか。……ごめん」
「謝らないで。あなたが助けてくれなきゃ、わたしはいまごろ、死んでいたかもしれない。それとも、まだ地獄のなかにいたかも。……だから、感謝しているわ。ありがとう」
「お礼はアリスにいってよ。ぼくは、エリート・オークがきたとき、きみを見捨てようとした」
「状況は聞いたわ。当然のことでしょう。……だいたい、それをいったら、わたしの方こそ、これまであなたのことを見捨てていた」

 そうだな、とぼくはちからなくうなずいた。
 その通りだ。結局のところ、ぼくが彼女を助けたのも、状況に流された結果にすぎない。
 彼女がぼくを見捨てていたのも、同じだ。COLT LC 正品 芳香劑
 ひとは所詮、流れのなかで最善の選択肢を選ぶ以上のことなんてできないのだろう。
 ……なんて語ってみたところで、意味はないのだけれど。

「卑屈にならないでよ。いまのあなたには、ちからがあるわ」
「魔法のこと、スキルのこと、聞いたのか」
「アリスちゃんからね。白い部屋のこととかも。信じられない話だけど、信じるしかないじゃない。わたしの傷も、アリスちゃんが治してくれたのよ」

 なるほど、手間を省いてくれたアリスには感謝の言葉しかない。

「それで、どうかしら。あなたには、わたしをこの建物の外に追い出して、オークのところに放り出すことだってできる」
「そんなこと、しないよ」
「知ってる。あなたがそんなひとだったら、まだ少しは、わたしも自分を責めずに済むんだけど」

 ああ、とぼくは納得する。
 彼女もやはり、苦しんでいたのか。
 ちからのない自分に。なにもできない自分に。

「ま、そういうわけだから、あなたがよければ、わたしを一発ぶんなぐるくらいで許してもらえる?」

 予想外に脳筋なひとだった。
 ぼくは思わず呆れ顔になる。

「殴ったりしないよ」
「んー、じゃあ、デコピンくらいで」

 志木さんは悪戯っぽく笑って、おでこを突きだしてきた。
 その肩が、震えている。
 たちどころにわかってしまう。彼女は、だいぶ無理をしている。
 それでも、明るく気丈でありたいと願っている。

 ぼくは苦笑いして、軽くデコピンした。

「痛くないわよ、こんなのじゃ」
「痛い思いは、もうたくさんだろ。ぼくも、誰かを痛めつけるのはもうたくさんだ」
「……そうね。あなた、たくさんオークを殺したんだもんね。お疲れさま」

 じつのところ、主に先頭に立って戦っていたのはアリスで、彼女こそ本当にお疲れさまなのだけれど……。
 まあ、そのあたりはいいか、と思いなおす。ぼくだって充分、疲れた。
 また寝落ちしてしまわないうちに、やるべきことをやっておこう。

「ちょっと、アラームの魔法をかけてくる」

 と急に立ち上がったところ、志木さんは「ひっ」と息を殺して、ぼくからあとずさった。

「あー、すまない」
「……ごめんなさい」

 志木さんは、身を縮めるようにして、上目遣いにぼくを見ると、皮肉に笑った。

「わたし、結構、がんばれるつもりだったんだけどな……」芳香劑 ULTRA RUSH

 ぼくはなにもいえず、彼女のところをおおまわりして、玄関をあけた。

 育芸館の外は、真っ暗だった。
 外に足を踏み出す。玄関のドアを閉じる。

 見上げれば、満天の星だった。
 周囲に明かりがなにもないのだから、当然か。
 それにしても、いつもは寮や学校付近を照らしている蛍光灯すらないというのは、なんとも新鮮だ。
 そうして見上げる空は、天の川も綺麗で……。

 そして、ぼくは気づいてしまう。
 その異質な夜空の意味を、理解してしまう。

「月が、ふたつある……」

 ぼくは呻くように呟いた。

「やっぱり、ここは、ぼくたちの世界じゃないんだな」

 異世界。
 その確証は、こんなところに存在した。
 よくよく見れば、星座の配置も違うように思える。
 ぼくは星座なんてよくわからないから、なんともいえないけれど……。
 でも、こんなかたちの星空じゃなかったことだけはたしかだ。

 どれくらい、そうしてぼうっとしていただろう。
 不意にぼくは、本来の目的を思い出した。

「そうだ、魔法で守りをかためないと」

 付与魔法のランク2に、アラート・テリトリーという魔法がある。
 ほかの付与魔法とは違い、特定の場所に設置し、指定したもの、あるいはひとが通ると、ぼくにだけ聞こえる警報を鳴らす魔法だ。
 ぼくは迷った末、子供以上のサイズの物体がこの育芸館周辺の一定ラインを越えた場合、警報が鳴ると設定した。
 この警報魔法を、四方、一定ラインに設置してまわる。育芸館のひろさ的には、ぐるりと四か所に設置すれば充分だった。
 この魔法の効果時間は十二時間、あるいはぼくが解除するまで。
 朝まで保てば、まあ問題はないだろう。

 最後にもう一度、夜空を見上げる。

「なんでぼくたちは、この世界に来てしまったんだろう」

 その問いに答えが出る日は来るのだろうか。
 かぶりを振って、育芸館に戻る。

 一階は、万が一、またオークが侵入してきた場合危険である。
 だからぼくたちは皆、三階で寝た。
 女の子たちは大部屋の和室で、ぼくはひとりで小部屋の洋室で。

 アリスが夜這いに来ないかな、とほんの少しだけ期待したけれど。
 それを待つような元気もなく、ベッドにもぐりこむやいなや、ぼくは泥のような眠りについた。
 たぶんアリスも、同じだったのだろう。前線で戦った彼女の方が、よほど疲れていたかもしれない。

 長い、長い一日が終わりを告げた。
 そして……。

 さらに長い、異世界の二日目が始まる。RUSH PUSH