2015年9月22日星期二

第5列

本格的に軍備を整えるに当たって、仁は老子と相談していた。
 まずは統一党ユニファイラーの情報整理。これは支部長パーセルの知識をコピーした魔結晶マギクリスタルを老子が解析することになる。
 肝心なのは蓬莱島の強化。
「やることはたくさんあるが、どれから手を付けていけばいいかな?」精力剤
「そうですね、情報、輸送もしくは移動、それに戦力。この3つが必要だと思います。それぞれの増強手段を列挙し、優先度を付けたらいいのではないでしょうか」
 と言う老子の助言にしたがって、仁は考え込んだ。そして出した案というのは、

1。情報を強化するため、各地に密偵を放つ。
2。新しい移動手段の開発。
3。新しい兵器の開発。

 の3つである。

「密偵は、今の忍者部隊を増強する方向でいいと思うんだが」
「そうですね。私の意見を申し上げますと、御主人様マイロードの警護はしない前提で、ゴーレムではなく自動人形オートマタとし、人の間に紛れても大丈夫なように擬装するべきかと」
「うーん、それはいいな。よし、それでいこう。およそ100体作って、『第5列クインタ』としよう」
「第5列とはスパイのことでしたね。いい命名です」
 老子も賛成し、情報部隊『第5列クインタ』を作る事がまず決まった。
 一番活動しやすい成人男性型が40体、成人女性型が30体。擬装用に少年型10体、少女型10体、更に小さい礼子型10体の計100体。基本は蓬莱島隠密機動部隊SPと同じだが、魔法外皮マジカルスキンで被覆され、髪の毛を持ち、人間に近くなっている。仁が基本部分を作り、後は老子が受け持つこととなる。

 次に着手したのは移動手段だ。
「移動手段の一つとして、垂直離着陸機VTOLかヘリコプターを作りたい」
「どこにでも離着陸できる移動手段ということですね。よろしいかと思います」

 最後の兵器については情報や移動手段と連動するので急がないこととした。
 そして第5列クインタ開発に取りかかろうとした際、礼子が戻ってきたのである。

「お父さま、砦跡への拠点設置が終了しました」
「ああ、ご苦労さん、礼子」
 そして礼子は報告を始めた。

「まず、砦の残骸はそのままとしました」
 理由は、その方がうち捨てられた印象を周りに与えられそうだから。
「拠点は砦の中心部に空いた穴を更に掘り、50メートルの深さに設置。魔素通信機マナカム、転移門ワープゲートも設置済です」
 更に礼子は報告を続ける。
「居住設備として寝室、台所、トイレ。お風呂も小さいながら設置しました」
 仁が風呂好きなのを知って気を利かせたようである。
「食料庫はまだですが水の備蓄は済んでいます。10人が1週間暮らせる程度としました」
「よくやってくれた。礼子の作った拠点を標準として、これから各地に設けていくことにしよう」
 先ほどの3項目に加え、拠点の設置という項目が増えた。やはり軍事参謀が早急に必要そうである。老子といえどベースは仁の知識なのだから。

「何をおやりになってらっしゃるのですか? ごしゅじんさま」
 そこへアンがやってきた。今のところ、アンは特に決まった役割が無く、蓬莱島に来てからは暇なのだ。先ほどまではソレイユとルーナにいろいろ聞いていたらしい。
「ああ、アンか」
 仁は簡単に経緯を説明した。すると、
「少しくらいでしたら助言できるかと思います」
 と言うではないか。
「そうか、アンはあの砦で秘書みたいなこともしていたんだっけな」
「はい。残念ながら直していただいても一部の記憶が飛んでしまっていますが、できる限りお役に立ちますので廃棄しないで下さい」
「廃棄? 何でそんな話になる?」
 訝しむ仁に、アンはかつての話をする。
「あの砦で、私は旧型になりましたし、戦闘能力も低く、兵士の皆様も私の身体に飽きてしまわれました。それで故障の修理もしていただけず、朽ちるに任せて放置されたのです」
「何だって……」
 ひどい話だ、と仁は憤った。
「俺の所にいる限り、そんなことは絶対にしない。だからそんな悲しいことは忘れろ。……で、俺をサポートしてくれ」
「はい、ありがとうございます、ごしゅじんさま。精一杯尽くします」
「アン、一緒にがんばりましょう」
 礼子もアンを励ます。どういうわけか仁はアンに焼き餅を焼いた礼子を見たことがない。やはり設計基盤が先代という、同じ「血族」だからであろうか。

「よし、それじゃあ仕切り直しだ。やることはたくさんあるが、それを洗い出して順序づけしなくちゃならない」
 仁はそう言って礼子、アン、そして老子の固定端末を順に見回した。
「主に統一党ユニファイラーに対するための軍備ですよね?」
 確認の質問はアン。
「そうだ。だができれば殺人は控えたいとも思っている」
 仁がそう答えると、アンはそれを受けて発言する。
「それでしたら、最優先事項は統一党ユニファイラーの情報集めです。相手の情報を得る事こそが一番の武器になります」媚薬
 仁はそれに肯く。
「うん、やはりそうか。それには第5列クインタを作り、各地に派遣することになっている」
「そうですか。それなら次は遺跡の調査です」
 アンはそう意見を出した。
「遺跡?」
「はい。私がいた遺跡のように、まだ各地に当時の設備が残っているはずです。1部たりとも統一党ユニファイラーに過去の超知識を与えないというのも大切です」
「なるほど、ギガースのような兵器もある可能性があるってわけか」
「はい。ギガースは量産試作ですので、10機生産されたと記憶しています。そのうち3機は当時の戦争で破壊されました。残った7機のうち1機は先日破壊されたので6機が残っている可能性が高いです」
 意外とアンを交えての会議は実り多いものとなった。
 知識としては老子も同じものをもっているのだが、アンは思考回路が仁の設計ではないので、仁が見落としているようなことを指摘してくれる。

 まずは第5列クインタを作り、各地に派遣して統一党ユニファイラー及び遺跡の情報収集が最優先。その後は『垂直離着陸機VTOL』と言う運び。
 垂直離着陸機VTOL開発中にもたらされると思われる情報により、その後の方針を決めていく、ということになった。
 具体的には垂直離着陸機VTOLの試作を終えたらその量産展開は老子が受け持つ。仁は第5列クインタを完成させる。
 ほぼ同時に垂直離着陸機VTOLと第5列クインタは完成できると思われる。そして完成した垂直離着陸機VTOLを使い、第5列クインタを各地へ派遣する。
 最初に言ったことと順序が逆になるかもしれないが、これが最も効率的とアンが請け合ったのである。

 仁は垂直離着陸機VTOLの構想に入った。
「垂直離着陸機VTOLの大きな欠点として、燃費の悪さがある。詳しくいうと、静止状態ではジェットエンジンは空気を吸い込めないので、垂直離着陸や空中停止時の燃費が悪いということだ」
 仁は昔呼んだ雑誌の記事を思い出す。だが魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンには当てはまらない。
「確かヘリコプターってのはローターの速度が音速を超えるとまずいとかなんとかあったんだよな」
 これもまた雑誌の記事からなのであやふやではある。
「やっぱり垂直離着陸機VTOL系で行くか」
 そう決めると後は早い。速度、安定性、許容荷重などを考慮し、魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンの個数や取り付け方法を考えていく。
 こちらは老子との協議がメインになる。老子の持つシミュレーション能力が役立つのだ。
 結果、大型魔法型噴流推進機関マギジェットエンジン2基を主翼両端に備え、離着陸には下へ向けて使用。それとは別に推進用に2基、やや小型の魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンを使う。更に方向調整用に小型の魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンを4基、別々の方向に向けて設置。
 これにより、ホバークラフトのようなイメージで浮き上がったまま静止もでき、微速での全方向移動が可能になり、飛行時には翼端の魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンを進行方向に回転させることで速度を出せる。低速時や重量物運搬時には下方へ噴射することで揚力も稼げる。
 重心位置に浮遊用のエンジンを設置することで、姿勢の変化を最小限に抑えるつもりだ。
「よし、試作は小型の物を作ろう」
 製作に入ると仁はさらに生き生きしてくる。
 老子が素材を手配し、礼子がそれを運び、仁が加工する。ここまでは今までと同じだが、今回からアンが細部をチェックすることで、より信頼性が増すこととなる。
 多少の試行錯誤を交えながら、垂直離着陸機VTOLの試作1号機が出来上がったのはその日のお昼過ぎであった。

「よし、それではテスト飛行を行う」
 研究所前の飛行場にて。今回もテストパイロットは礼子である。
「礼子、頼むぞ」
「はい、お父さま」
 短いやり取りの後、礼子は試作垂直離着陸機VTOLに乗り込み、機関を始動させた。
 ひゅううん、という魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンの作動音。それが甲高くなり、試作機は地上を離れた。
「浮いた!」
 仁は固唾を呑んでその挙動を見守る。
 若干安定が悪そうだが、礼子は人間の数十倍の反射速度を以てそれを補正し、予定通り地上2メートルで静止して見せた。
「やった! 礼子、次は微速前進と方向転換だ!」
 魔素通信機マナカムを通じて仁は礼子に指示を出す。それを受けて礼子は試作機を更に操作していく。
 人が歩く速度よりもゆっくりと前進。10メートルほど進んだ後、礼子は試作機をバックさせた。
「うんうん、いいぞいいぞ」
 そして元の場所に戻ってきた試作機はその場所で180度ターンをした。
 更に横へ動かしたり、ゆっくりと円を描くように動かしたり、微速での操作性と挙動をじっくり確認した。
「良し礼子、今度は飛行能力だ。まず普通に飛んでみろ」
 その出来映えにとりあえず満足した仁は、次の段階、飛行機としてのテストを指示した。
 右手を軽く振って了解の合図をした礼子は、今度は垂直に上昇を始めた。5メートル、10メートル、20メートル。
 高度50メートルほどに達したところで、推進用魔法型噴流推進機関マギジェットエンジンが始動した。試作機は前方へと弾かれたように飛び出す。
 なかなかの速度である。そのまま礼子は高度を上げ、500メートルほどで主翼両端の機関を徐々に進行方向へと回転させる。
 これが難しかった。揚力が減り、推進力が増す。微妙に操縦性が変わる。礼子の反射速度がなければ無理だったかもしれない。精力剤・性欲剤
 だが礼子は危なげなく試作機を操り、補助用の魔結晶マギクリスタルにデータを蓄積させていった。
 サポートコンピュータにも匹敵するこの魔結晶マギクリスタルが、この後垂直離着陸機VTOLの操縦を格段に楽にしてくれるのである。
「成功だ!」
 細かい修正は必要だろうが、新しい翼がこの日蓬莱島に誕生した。

      

 夜、ラインハルトからの連絡があった。何事も無くトーレス川を渡ったそうで、特に異常はないということであった。

1つの大団円
「さて、最後になったが、エルザに聞きたい事がある」
「何?」
「ミーネの事なんだが」
 仁がそう言うと、エルザは勢いよく身を乗り出して、
「ミーネ! もう元気になったの!?」
 と急き込んで尋ねた。仁はその勢いに驚きつつも、
「ああ。もう意識も回復しているよ」
 そう教えるとエルザはすとん、と腰を落とし、
「よかった……」
 とぽつりと一言。
「エルザ、ミーネはお前を唆して危険な目に遭わせたとも言えるんだぞ。それでも心配なのか?」
 とはラインハルトの言葉。少し怒りが感じられるのは気のせいではないだろう。
「ん。でも、ミーネは私が危ない時に身をもって庇ってくれた。やっぱり心配」
 そうエルザが答えるとラインハルトは溜め息を吐いて、
「はあ、やっぱりな。それも血というものなのかな」
 と諦めたように呟く。それを聞きとがめたエルザが、
「ライ兄、どういう意味?」
 と尋ねる。ラインハルトは真剣な顔になって、
「ミーネはお前の実の母親だと思う」
 そう告げたのである。エルザは座布団を蹴飛ばして立ち上がる。
「ライ兄! それ、ほんと?」
「ああ。本人もそう言っていた」
 今度は仁がそう答える。
 再びエルザは座ろうとしたが座布団が跳んでいってしまっていたのでそのまま床に腰を落とし……後ろにひっくり返った。
「あぅ」
「だ、大丈夫か?」
 仁とラインハルトが心配して駆け寄った。正座が苦手なエルザとラインハルトのため、座布団を5枚重ねにしていたからその段差は大きかった。
「……お尻痛い……でも大丈夫」
 そう言ってエルザはお尻をさすりながら立ち上がり、座布団を引き寄せてそこに腰掛けた。目に涙が溜まっていたのは尻餅の痛さか、はたまた実の母親がわかった嬉しさか。
「ミーネに会いたい」
 エルザは仁の顔を見てそう言った。仁はそれを受けて考え込む。そして1つの結論を出した。
「よしわかった。エルザ、ミーネと一緒に崑崙島に住むといい。あそこなら安全だし、転移門ワープゲートで簡単に行き来出来る」
 それには礼子も賛成する。
「そうですね、この島ですといろいろ問題がありますが、元々崑崙島は蓬莱島のダミーでしたからね。いいと思います」
「あそこなら環境もいいしな。そうしてやってくれれば僕も安心だ。もうミーネを雇い直すわけにも行かないからね」
 ラインハルトも賛成したので、後ほど崑崙島に呼び寄せる事とした。
「それじゃあ、僕は一旦テルルスに帰るよ」
「うん、後の事はよろしく頼む。馬車だけはこっちで引き取るから、俺が途中で旅から抜ける事は上手く言っておいてくれ」
「もちろんさ。セルロア王国特別警戒域に入りたくないから回り道をして合流するとかなんとか言っておくよ」
 それで仁はラインハルトに魔素通信機マナカムを渡した。
 最近、魔力周波数の調節と同調に成功し、1000チャンネルくらいは混信せずに通話できるようになったのである。電波に比べたら全然大したチャンネル数ではないが、蓬莱島全メンバーをカバーできるという事は大きな意味がある。
「これで蓬莱島の老子に連絡できる。老子は俺に回す事が出来るし、俺がいない場合は老子に伝言をしておいてもらえばいい」女性用媚薬
「なあるほど、これはいい。そうだな、定期的に連絡を入れる事にするよ。夜がいいかな」
 さすがラインハルト、密に連絡を取り合っていれば合流するのも楽だろう。
「それじゃあ、俺もミーネを迎えに行くから一緒にテルルスへ行こう」
「ジン兄、ミーネをお願い」
 そういうわけで、仁とラインハルトそれに礼子は、エルザに見送られてテルルスへ跳んだ。

      

「僕はミーネに会わない方がいいだろう。よろしくと伝えておいてくれ」
「わかった」
 ラインハルトは宿へ戻り、仁はサリィ・ミレスハンの治癒院へと向かった。
「こんにちは」
 治癒院には今回、患者がいなかった。
「おお、君か。患者は大分良くなったよ。君の回復薬は凄いな」
 そう言ってサリィは仁を出迎えた。
「そうですか。それじゃあ退院させても大丈夫ですか?」
「うん? それはまあ大丈夫だろう。しかし無理はいかんぞ?」
「ええ、大丈夫ですよ。受け入れ先で養生させるつもりですから」
 仁がそう言うとサリィも安心したようで。
「そうか。それなら安心だな。あと2日もおとなしくしていれば元通りに治るだろう」
 と言った。それで仁は病室へ向かう。
「あ、ジン様」
 上体を起こそうをするミーネを仁は押し止めて、
「ミーネ、もう大分いいのかな?」
 と聞いた。ミーネは笑みを浮かべ、
「ええ、おかげさまでもう痛みはなくなりました。まだちょっと身体に力が入らないだけで、もう大丈夫ですよ」
 と言う。だが仁は、
「いや、治りかけが一番大事なんだ。今回は、寝床を移ってもらおうと思ってね」
「ここでなく、どこへ? ……もしかして?」
 ミーネの顔が期待に輝く。
「ああ、薄々わかっているのかな? エルザのいる所へさ」
「ああ、エルザ! ……で、でも、エルザは私を許してくれるでしょうか?」
 そう言って不安そうに俯くミーネ。まったく、これがあのミーネかと思う程の変わりようである。憑き物が落ちた、というのはこういう事なのかもしれない、と仁は思った。
「大丈夫さ。そして、エルザはミーネの事を実の母親だと知っているよ」
 そう仁が言ったら、ミーネは目を丸くした。
「さあ、母娘の名乗りをあげるといい。だから、行こう」
「は、はい」
 こうしてミーネは退院した。まだ足元がおぼつかないので、隠密機動部隊SPのエルムとアッシュを呼び出し、運ばせる事にした。
「先生、お世話になりました」
 仁は去り際にサリィに向かって頭を下げた。
「なんの、こちらもいろいろと助かったよ。回復薬、私も研究してみる。まずは自分の血で試してみる事にするよ」
「頑張って下さい」
 そのまま馬車の置いてある所まで行き、あたりに人がいないことを確認後乗り込む。
 馬車の転移門ワープゲートをくぐる際だけ仁がサポートし、ミーネと仁は一旦蓬莱島へと跳んだ。エルムとアッシュは馬車の警備だ。RUSH 芳香劑
 礼子も隠密機動部隊SPと共に今しばらく残り、馬車を統一党ユニファイラーの砦跡へ回し、そこに前進基地を作る準備を整えてから戻る手筈になっている。
「さあ、お父さまのためにも早く済ませてしまいましょう」
 礼子は連れてきたゴーレム馬を馬車に繋ぐとすぐに御者台に座り、馬車を猛スピードでスタートさせた。隠密機動部隊SPは姿を消したままそれに付いていく。
「お、おい、なんだ、ありゃ?」
「馬車……か? それにしちゃ速えな」
 目撃した何人かは驚いたり訝しんだりしたが、それ以上の事は何も無く、礼子は2時間で砦跡まで馬車を回したのである。

      

 仁はミーネを連れて蓬莱島に戻る。ミーネは初めて経験する転移門ワープゲートに目を白黒させて驚いていた。
 研究所から外へ出て、館に。もう外は薄暗かった。
 と、館の前に人影が1つ。もちろんエルザである。
 それに気付いたミーネはびくっと身体を震わせ、そこに立ちすくんだまま声も出ないようだ。
 エルザもミーネを見つめたまま立ち尽くしている。
 仁はそっとその場を離れた。
「かあ……さま」
 最初に動いたのはエルザだった。
 一歩、また一歩、ゆっくりと歩み、ミーネへと近づいていく。
 一方ミーネは少し狼狽し、後じさりまでしかかっている。
「母さま!」
 ついにエルザは駆け出した。そして勢いよくミーネに飛び付き、抱きしめる。
 初めのうちこそどうしていいかわからないように両腕を宙にさまよわせていたミーネであったが、やがてその両腕はエルザをしっかりと抱きしめる。
「エルザ!」
「母……さま」
 2人とも泣いていた。
「……こんな身近に本当の母さまがいたなんて。私は独りじゃなかった」
「ごめんなさい、悪い母親で……謝って許して貰えるとは思わないけど」
「ううん、ううん……もう、いいの」
 2人はあたりが真っ暗になるまでそこでそうしていたが、病み上がりのミーネを心配した仁がついに声を掛け、やっと2人は離れたのである。

      

 この後2人はもう一度転移門ワープゲートをくぐって崑崙島の館へ。
 ここでは5色メイドゴーレムのアメズ、アクア、トパズ、ペリド、ルビーのそれぞれ100番たちに世話を任せる。
 エルザは前に来て知っているが、ミーネは多少、いやかなり引き攣った顔をしていた。
「それじゃあ、何かあったら魔素通信機マナカムで連絡をくれ。お母さんを大事にな」
「ん、いろいろありがとう」
「ジン様、何から何までありがとうございました」
「ミーネ、早く身体を治しなよ」
 そして仁は蓬莱島へと戻ることにする。
「母親、か。エルザ、よかったな」
 ふと独り言がこぼれる。
 転移門ワープゲートに向かう途中、ふと空を見上げると満天の星空であった。
 そして蓬莱島に戻った仁はいよいよ本格的に動き出すことになる。カナダ 芳香劑

2015年9月20日星期日

 昼食として、味噌汁以外にはパンとスープ、焼き魚、サラダ、フルーツが出された。
「それほど贅沢はしていないのですよ」
 エカルト・テクレスも仁たちと同じ物を食べている。
 ゆっくりと昼食を摂った後、今度は冷たいテエエが出された。それを飲みながら、話が再開される。
「さて、皆さんは何か要望があるとか?」新一粒神
「ええ、そうなんですよ」
 エカルトの雰囲気に流され、切り出せなかった話がようやく出来ることになった。
「猫を見せていただきたくて」
「ほう、猫をご存じですか。これは嬉しい」
 微笑んだエカルトは侍女の1人に目配せをした。その侍女は急いで部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。腕の中に白猫を抱いて。
「これが私の飼い猫のうちの1匹、『アクア』ですよ」
 仁が蓬莱島で作ったゴーレムメイドと同じ名だった。その理由は猫を見てすぐにわかる。
「綺麗な目をしているでしょう?」
 瞳の色が水色をしていたのである。
「エルザの目に良く似てるなあ」
 ラインハルトのセリフに、エルザは猫の顔を覗き込む。
「……似てる」
 エルザに覗き込まれたアクアは『にゃあ』と一声鳴いた。
「お抱きになりますか?」
 エカルトがそう言うと、侍女はエルザに向かってアクアを差し出した。
 おずおずと手を差し伸べ、エルザはアクアを受け取った。生き物の重みと温もりが伝わってくる。
「……可愛い」
 アクアはおとなしい猫らしく、初めてのエルザに抱かれていても嫌がる素振りを見せなかった。それどころかエルザに頬ずりをしてくるほどの懐きよう。
「はは、懐かれてますね。その猫はうちで一番おとなしくて人懐こい猫なんですよ」
 飼い猫を気に入ってもらえたのが嬉しいのか、にこにこ顔でエカルトは言った。
「わたくしにも抱かせてくださいまし」
 ベルチェがエルザのそばへ寄った。
「うん」
 受け取ったアクアを胸に抱き、ベルチェはご満悦。
「うふふ、可愛いですわ。早くラインハルト様との赤ちゃんも抱いてみたいですわね」
 などと呟き、直後に赤面する一幕も。
「どれどれ、……ふうん」
 サキもおっかなびっくり抱いてみて、その感触に頬を緩めたり。
 ステアリーナ、ヴィヴィアンと順にアクアを抱いて、いよいよ仁の番になった。
 ふーっ、と爪を立てられる……こともなく、仁はアクアを抱くことが出来た。そして。
「『知識転写トランスインフォ』レベル3・マイルド」
 エカルトに聞こえないよう小さな声で詠唱し、ポケットに忍ばせた魔結晶マギクリスタルに行動パターンを転写するのであった。
 マイルドのオプションを付けたのは驚かせて引っ掻かれることを避けるためだ。
 レベル2で十分なところをレベル3にしたのは、人間と違い、転写内容が混在していることを考慮し、幾分多めに、という配慮である。
 最後にアクアを抱いたのはラインハルト。
 ふしゃーっ! と、毛を逆立てられる……こともなく、アクアはラインハルトの腕の中。
「ふん、温かいな」
 アゴの下を撫でてやると喉をごろごろ鳴らすアクア。
 全員、まあアクアに嫌われることはなかったようだ。

 訪問の目的も終え、思わぬ収穫もあった。
 時刻は午後2時。話題も途切れ、そろそろお暇しようかと思った、そんな矢先。

 急に屋敷内が慌ただしくなったかと思うと、広間の扉が大きな音を立てて開けられた。
「旦那様! 一大事です!」
「これ! お客様がいらしてるのだぞ!」
 血相を変えた職人風の男が駆け込んできて大声を上げ、エカルトはそれを窘めた。
「は、申し訳もございません! ですが、ですが、『船』が!」
「……事故でも起こったというのか?」
 狼狽えて言葉がすぐに出て来ない職人を見かねて、エカルトは冗談交じりの推測を述べた。だが、それは不幸にして的中する。
「は、その通りです!」
「……なんだと? もっと詳しく話せ!」」
 顔色を変えたエカルトは、仁たちが傍にいることを忘れたように職人に問いただした。
「足場が崩れて、10人が下敷きに!」
「何!?」
 椅子を蹴るようにして立ち上がったエカルトは、仁たちに向かって一言。
「中座することをお許しください。何か不都合が起きましたようです。本日は有意義なお時間をありがとうございました」
 軽く礼をし、急いで部屋を出ようとした、その背中に仁が声を掛けた。
「待って下さい! 我々に何か出来ることは?」
 崩れたとか下敷きとか、どう考えても人命に関わる事故が起きているとしか思えない。
 そしてそれを無視していられるほど仁は冷たくはなかった。それは仲間たちも同じ。
「……怪我をした人がいるなら、治します」美人豹
「そうですよ、ここまでお話は聞こえていました。出来るだけのお手伝いをさせて下さい」
 エルザも、サキも、ラインハルトも、ベルチェも。そしてステアリーナとヴィヴィアンも。
「人命に関わることならここで躊躇していてはいけませんわ。苦情でしたらあとで伺います。まずは救助が先決ですわよ!」
 そこまで言われて、エカルトは心を決めたようだ。
「わかりました、皆さん、お供と共においでください!」
 そして今度こそ、部屋を出るために走り出した。仁たちもあとに続く。
 屋敷の裏手の方へと向かって続く長い廊下を駆け抜け、更に渡り廊下を通って、やって来たのは巨大なドック。そこから悲鳴が聞こえている。
 庭を横切ってドック内に入ると、そこは阿鼻叫喚の様相を呈していた。
 ドックの中央には建造中と思われる巨大な木造船があり、その周囲に木で足場が組まれているのだが、その足場が半分崩壊し、人夫たちがその下敷きになったらしい。
 船の建造材も半ば崩れて落下し掛かっており、下手をすると二次災害が起きそうである。
 無事だった者たちも軽い怪我をしている者が多い。
 何体かある作業用ゴーレムも、この事故で足場の下敷きになったらしく、動作不良を起こしていた。
「これは酷い……」
 現場を一目見て、仁はその惨状に顔を顰めた。エルザやサキも息を呑んでいる。ベルチェは唇を噛みしめ、ラインハルトの腕をぎゅっと掴んでいたし、ステアリーナとヴィヴィアンは互いの腕を知らず知らずに強く握りあっていた。
「無事だった者は足場を片付けろ! 下敷きになった者を助けるんだ!」
 エカルトはそう叫ぶと、自ら崩れた足場をどけようと手を伸ばした、その時である。
 残っていた足場が崩れ、落下してきた。
「危ない!」
 黒騎士シュバルツリッターが飛び出した。その頑丈な背で落下してくる桁材を受け止める。
「あ、ああ……」
 エカルトは青ざめていた。もし黒騎士シュバルツリッターが庇ってくれなければ、直撃を受けていただろうから。
「エカルトさん、全員退避させて下さい。ここは我々が引き受けます」
 仁の言葉に、若干躊躇いを見せたエカルトだったが、
「人間がいない方が捗りますから!」
 続くその言葉に、ここは仁たちに任せようと頷いた。
「総員、ドック外に退避!」
 雇い主の言葉に、人夫を初め、技術者たちも退避した、エカルトを除いて。
「エカルトさん?」
 不審げな仁にエカルトはまだ少し青い顔で、だが毅然と言い放つ。
「雇い主として、依頼主として、私は最後まで見届けます」
 その心根に仁は一つ頷き、
「みんな! 怪我人を助けるぞ!」
 と仲間たちに声を掛けたのであった。

テクレス家
 仁たちはすぐに中へ通された。
 案内されたのは立派な広間。そこには大勢の侍女・使用人がいて、大きなテーブルの向こう端に真っ白な頭をした壮年の男が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの家の主あるじ、エカルト・テクレスでございます」
 金持ちにありがちな高慢さはなく、商人らしく腰の低い人物だった。すっかり白くなった頭、茶色の目。体つきはがっしりしている。
「ヴィヴィアン殿とは面識がありますが、他の方々は初めてですな」
「ジンです」
「エルザです」
「サキです」
 仁たちも自己紹介していく。ラインハルトとベルチェが名乗り終えると、エカルトは全員に椅子を勧めた。礼子やエドガーたちはその後方に立つことになる。
 黒っぽい重厚な木で作られたテーブルに着く一同。即座に侍女が飲み物を運んできた。よく冷えたカヒィである。
「どうですかな? 当家自慢の冷やしカヒィです」
 ちょっと自慢げなエカルトだが、冷蔵庫の存在を知っている仁たちはさほど感銘を受けなかった。美味しかったことには違いないのだが。
 そんな様子を目ざとく見て取ったエカルトは、ちょっと残念そうな顔をした。
「ふむ、お客人方には冷やした飲み物は珍しくもなかったですか。いや、さすがですな」
 素直に負けを認めるエカルト。
「ええ、『冷蔵庫』というものを知ってますから」
 そんな仁の言葉にエカルトは食い付いた。
「『冷蔵庫』? それは何ですかな?」
「冷蔵庫、というのはその名の通り、冷やして貯蔵する魔導具です。エゲレア王国のブルーランドが発祥の地ですよ」
「何と! ……ううむ、ファントル町までは行ったのに、ブルーランドまで足を伸ばさなかったのが失敗でしたか!」
 いかにも悔しそうなエカルト。だがじきに立ち直る。
「……いやいや、やはりお客人方はいろいろ珍しいことを知っておいでだ。これは嬉しいですな。他には何か珍しい道具や魔導具をご存じですかな?」
 このあたりはさすが大商人、と言えばいいのだろうか。陰茎増大丸
「そうですね、エゲレア王国へは船でおいでですか?」
 今度口を開いたのはラインハルトである。
「ええ、もちろん。街道を使うよりずっと楽ですからな」
 今のところ、海上交通の規制はないのだという。元々セルロア王国は内陸の国だったためだ。
 クゥプのあるコーリン地方は元々コーリン王国、セルロア王国中枢部からは1段も2段も下に見られている。
 逆にそれ故、取り締まりに関しては緩い部分もあって、こうした海上貿易が発展途上にあるのだ。
「エリアス王国のポトロックをご存じですか?」
「ポトロックですか? いえ、話には聞いておりますが、まだ行ったことは」
「それはもったいない。マルシアという優秀な造船工シップライトがいるんですよ」
 今年の初めころ、ポトロックで行われたゴーレム艇競技で仁と組んだのがマルシアである。
 ラインハルトはエルザと共に参加して、仁・マルシア組が優勝、ラインハルト・エルザ組が2位、という成績を収めた。
 その時から、仁、マルシア、ラインハルト、エルザは友人になったのである。
 そういうわけで、外交官をやっていただけあってラインハルトはさりげなくマルシアの宣伝をしていた。
「ほうほう、なるほど……」
 こうやって商売の切っ掛けを掴んだりしているのであろう。エカルトは上機嫌だ。
 それからも当たり障りのない範囲でいろいろと話を聞かせた仁たちであった。

「おお、そろそろお昼ですな。食事の仕度をさせましょう」
 エカルトが手を叩くと、侍女たちが手際よく食器を並べていった。それが終わると使用人が大きな鍋を持って来た。
「さて、冷やした飲み物は珍しくもなかったかもしれませんが、これはいかがですかな?」
 スープ皿に注がれたのは茶色いスープ。具は何も入っていない。
 だが仁はその香りに覚えがあった。
「……味噌汁?」
「ほう? ジン殿はご存じなので? これはビンペイと言いまして、とある伝手で入手した食材なんですよ。ジン殿はミソ、と呼ばれましたな。なるほど、その方が呼びやすいですな」
 驚いた顔のエカルト。だが仁は返事をするどころではない。
「味見をしても?」
「ええ、どうぞ。皆さんもお試しください」
 その言葉が終わるか終わらないうちに、仁はスープ皿を手にし、味噌汁と思われる液体をすすった。はっきり言ってマナー違反であるが、今の仁にそんなことを気にする余裕は無かった。
「……」
「いかがですかな?」
 エルザやラインハルトたちも『味噌汁』らしきスープを、スプーンで掬って口に運び味わう。
「……少し塩辛い、かな?」
「いや、これは、なかなか」
「う、うん、まあ、珍しい味……といいますか」
「具を入れるともっと美味しくなりそうですわね」
 それぞれ、半ば取り繕ったような感想を述べていく。が。
「……不味い」
 仁だけは違った。
「ジ、ジン!?」
 珍しくはっきりものを言う仁に驚くラインハルト。
「……出汁が利いてない。塩辛すぎる。煮込みすぎて香りが飛んでいる」
 味噌汁に恋い焦がれていただけあって、仁の批評は超辛口であった。
「……もしよろしかったら、俺に作らせてもらえませんか?」
「ほう? どうぞどうぞ。是非!」
 仁の言葉に気を悪くすることもなく、いや、むしろどんなものを作ってくれるのかと期待した顔でエカルトは頷いた。使用人に命じ、厨房へと案内させる。
「ジン様、わたくしもお手伝い致しますわ!」
 ファミリーの味担当、ベルチェが急いで後を追った。礼子とネオンは言うまでもなく一緒である。

「……これが『味噌』か……」
 厨房で料理長に見せられた味噌はかなり発酵が進んでいた。味噌は醤油と違い、加熱処理をしていないから貯蔵法によっては発酵が進んでしまうのである。
「うん、それでもこれならまだ大丈夫だな」
 指にとってちょっと舐めてみた仁は、十分使えると判断した。
「まずは出汁だが……」
 鰹節や昆布がないので、煮干しということになるが、ここにはその煮干しすらない。
 何か代用品はないかと厨房を見渡した仁はあるものに目を留めた。絶對高潮
「干物……か」
 魚の保存方法の1つ、干物。取れたての魚を開き、内臓を取り除いて塩水で洗う。それを天日に当てて干す。ごくごく簡単に言うとこれが干物の作り方である。
 天日に干すことでタンパク質がアミノ酸に分解され旨味が増す……という理屈はさておき、魚系の出汁を取るため、仁が目を付けたのは干物であった。
「あとは具だな……」
 魚系の出汁を取ったなら、具は植物系が好ましい。ワカメのような海草がいいのだが、海藻を食べる習慣はこの地にはなかったようだ。
「となると……」
 豆腐はないし、当然油揚げもない。
「ん?」
 仁は、茄子に良く似た野菜を見つけた。
「よし、茄子の味噌汁だ」
 紫色の皮を手早く剥く仁。
「ジン様、お手伝いいたしますわ」
 全員分作ると言うことでベルチェも手伝うことに。仁はその間に出汁を取ることにした。
 刻んだ茄子は数分水に漬け、アクを抜く。
 その間に、鍋に沸かしたお湯に干物を丸ごと入れ、しばらく沸騰させたら干物を取り出し、ベルチェが刻んだ茄子を入れ、煮る。
 多少色が黒っぽくなるのは気にしない。2分ほど煮たら味噌を投入、沸騰する直前に火を止めるのがコツだ。
「味噌を入れて煮立たせると香りが飛んでしまうんだよ」
 横で見ていたベルチェと料理長に説明する仁。
「さあ、食べてみてくれ」
 ネオンが鍋を運んでいき、新しいスープ皿に侍女が注いで回った。
 いただきます、と言ってエルザが真っ先に味を見、
「……美味しい……!」
 ラインハルトやサキ、ステアリーナ、ヴィヴィアンも一口飲んで味の違いに驚く。
 そして誰より驚いたのはエカルトだったろう。
「なんと、なんと……! これほどの味になるとは!」
「出汁を使うこと、煮立たせないこと。これだけでも違いますよ」
 猫舌の仁とベルチェはゆっくりと味噌汁を味わっていた。今度の味は仁もまあまあ満足である。
「これはこの地方の名物料理に出来ますな!」
 これもまた商売に結びつけるあたり、強したたかなエカルトであった。

昔話
「え?」
 仁の呟きを耳にしたサキが聞き返した。
「ジン、今、何て?」
「……レナード王国での話さ。どうして月に行く転移魔法陣なんてものがあるのか、って考えたらな……」
 月が宇宙船だったとしたら、かなり筋が通った話になる、と仁は言った。
「なるほどね」
 どうして戻ってくる者が誰もいないかはわからないが、少なくとも、月へ行くなんていう魔法陣が存在したその理由としては納得できる話である。
「まあ、検証はできないんだけどな……」
「……どういうことなんです?」
 経緯を知らないヴィヴィアンが首を傾げる。
「あのね、この前、レナード王国に行ってきたのだけれど……」
 そんな彼女に、ステアリーナが説明をしてあげるのだった。

「ふうん、そんなことがあったのね。ありがとう。すごくためになったわ」
 柔らかく微笑むヴィヴィアン。そして一同を見渡す。
「まだ聞きたい話ってあるかしら?」
 その質問に仁は即座に要望を口にした。
「……魔族について、何か伝承は無いんですか?」
 魔族についての情報はあまりにも少ない。この機会にできる限りの情報を得たいと考えていた。
「魔族、ね。そうね……断片的な幾つか、なら」
 ヴィヴィアンは少し考えたあと、また語り出した。

      

 魔族が現れたのは魔導大戦の更に数百年前。
 北にある大陸から南下してきた。
 人類もそれより遙か以前に北を目指していたが、その人々がどうなったかはわからない。
 魔族は人類を遙かに上回る強大な魔力を持ち、魔法技術にも長けていた。
 最初から敵対的だったわけではなく、人類からは食料などを、魔族からは技術を。
 そんな関係が築かれ、2種族は共存できるかと思われた。

 しかし、ある時決定的な齟齬が生じる。Xing霸 性霸2000
 それが何かは伝わっていないが、人類と魔族を敵対させる何かだったことは間違いない。
 以降、2種族の仲は険悪となり、やがて魔族は北へと退いていった。

      

「……これだけなのよ」
 申し訳なさそうな顔のヴィヴィアン。
「それがおそらく1000年以上前の話。そして300年前の魔導大戦まで、魔族は人類と関わりを持たなかったようね」
「いえ、ありがとうございました」
 仁は頭を下げた。
 やはり、魔族の棲む大陸は北にあるがため、食料の自給が難しいようだ。
 その一方で、魔法技術は進んでおり、魔力に関しても人類を凌いでいる。
「……あ、の、魔導大戦について、何か伝えられています、か?」
 おずおずと、エルザがヴィヴィアンに問いかけた。
 それは仁も聞いてみたいと思っていたこと。特に魔素暴走エーテル・スタンピードの情報がなにか得られないか、と期待している。
「魔導大戦、ね……」
 ヴィヴィアンは三度みたび話し始めた。

      

 300年と少し前、魔族が再び南下してきた。
 理由は不明。
 今回の魔族はやたらと好戦的であった。北部の町は壊滅させられ、住民は皆殺しの憂き目にあった。
 個別に対抗していた国々は、ディナール王国の主導で一つにまとまり、対抗する。
 それでも人類不利で進んでいた戦争末期。
『魔素暴走エーテル・スタンピード』により、攻め込んできた魔族のほとんどを滅ぼすことに成功。
 しかし人類側魔導士の6割も同時に死亡。
 未曾有の大惨事を以て魔導大戦は終わりを告げた。

      

「……これくらいしか伝わっていないのよ」
 民間に伝わっている内容と変わらなかった。
「魔素暴走エーテル・スタンピードについて他に何かわかりませんか?」
 気になる事項である。
「いいえ、何も。そもそも、『語り部』は庶民のためか、戦争の詳細は何も知らされていないの。知っていた魔導士たちもほとんどいなくなっちゃったし、ね」
「そうですか……残念です」
 やはり当時の記録を探すしかないようだ。だが、それは第5列クインタたちがこれまで尽力してもなお、見つけることができないでいた。

「ありがとうございました」
 仁は礼を言い、頭を下げた。他のメンバーたちも同様。
「ヴィー、ありがとうね。疲れたでしょう。これを飲んでみて?」
 蓬莱島特産のペルシカジュースを差し出すステアリーナ。魔法瓶で冷やしてあるものだ。
「ありがと。……おいしい!」
 とろりとしたジュース、濃厚な甘味。喉に良さそうだ。そして豊富な自由魔力素エーテルは、飲んだ者に活力を与える。
「ああ、喉が楽になったわ」
「喉は大事にしないとね」
 ステアリーナとヴィヴィアンは微笑み合った。

「さて、と。それじゃあ、猫を見に行きましょうか」
 時刻はかれこれ8時といったところ。もうここクゥプでは問題にならない時刻である。
 猫の動作を知るというもう一つの目的を果たしに行くことにする一同。
「何か手土産がいるかな?」
 日本人らしい仁の気遣いに、ヴィヴィアンは笑って答える。
「国外からのお客の話を聞くのが好きだ、って言ったでしょ。皆さんが行けばそれだけで喜ぶわよ。安心してちょうだい」
 そして自ら案内に立つ。
 玄関のドアに鍵を掛け、一同は路地を辿り、大通りに出た。
 先程とはうって変わって大勢の人が歩いている。魚を積んだ荷車も行き交っていた。生活感溢れる光景である。
 荷車の邪魔にならないよう、端によって歩く。仁は、なんとなく元居た日本の道路を思い出していた。
 大通りを10分ほど歩くと、付近は屋敷町といった雰囲気が漂い出す。
 そして更に10分、一同は立派な門構えの屋敷に辿り着いた。
「ここがテクレス家よ」
 敷地の広さは100メートル四方くらいだろうか、こんな辺境としては破格の大きさである。
 しかも、使われている石材がほとんど風化していない。定期的に整備している証拠である。
 大きな門の右側には門番が立っていた。
「おはようございます」
 ヴィヴィアンは門番に挨拶した。
「おはようございます。おお、これはヴィヴィアン様、本日はどのようなご用件で?」
「外国からのお客様をご案内してきたの。エカルト様はご在宅かしら?」
 門番とヴィヴィアンは知り合いらしく、親しげな口調で会話していた。
「はい、おられますよ。そうですか、外国からの……」
 門番は仁たち一行を眺めやると、にっこりと笑った。
「ようこそいらっしゃいました。ただいま主人に取り次ぎますから、少々お待ち下さい」
 門番は鈴を鳴らして使い走りの小僧を呼ぶと、何ごとかを告げ、それを受けて小僧は屋敷へと走り去っていった。九州神龍

2015年9月17日星期四

マルシアと……

 1月21日。
 ごたごたも終わり、一息ついた仁は、エルザ、礼子を伴ってポトロックを訪れた。
 公にではないので、海蝕洞窟にある転移門ワープゲートを使ってである。

「ああ、潮の香りも蓬莱島とは違うな」
「ん、わかる」
 人々の生活があるからか、ポトロックの潮風には活気がある。悪くいうと少々魚臭い。
 ゆっくり歩いてマルシアの工房へ向かう仁たち。蓬莱島より更に南にあるポトロックの風は暖かい。威哥王三鞭粒
「あ、ジンさん!」
 工房前の道を掃除していたジェレミーが、仁たちに気が付いた。
「やあ、おはよう」
「お、おはようございます!」
 箒を手にしたまま、ジェレミーは店に駆け込んだ。
 僅かな時間の後、マルシアとロドリゴが飛び出してくる。
「ジン! エルザ! レーコちゃん!」
「ジン殿! エルザ殿!」
 まだ1ヵ月は経っていないが、年が明けたことで、一同は改めて挨拶を交わす。『今年もよろしく』、と。

 そして、仁は、マルシア工房が突き当たっている壁についての相談を受けた。
 すなわち、駆動機構である。
「大型化するとベルトが保たない、か」
「そうなんだよ、ジン」
 マルシアが遭難した際のも、負荷が掛かってベルトが切れ、一時的に立ち往生したことも一因である。
「……わかった。そうすると、『崑崙島』からの購入、という形でいいかな?」
 仁が提案する。
「ああ、そういえば、『崑崙君』とかになったんだって?」
 思い出したようにマルシアが言う。
「何になろうが、ジンはジンだよな?」
 そんなマルシアの言葉に仁は大きく頷く。
「もちろんさ。これまで通りに接してくれればいい」
 仁の言葉にマルシアもほっと小さく息をついて微笑んだ。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。で。何を売ってくれるんだ?」
「チェーンとスプロケット(チェーン用歯車)、だな」
「?」

 ベルト駆動では、摩擦力を使っている関係上、大きな力が掛かった場合には滑りを起こし、効率が落ちる。
 一方、歯車装置は、距離の離れた2つの軸を駆動するには、重さの点で少々不利。また、精密さが要求される歯車を作れるのは今のところ仁だけだ。
 その仁も、歯車開発時には非常に苦労していたのだから。
 一方、チェーン……正式にはローラーチェーンは、異民族、ミツホ国で自転車に使われており、この世界に現存する技術製品である。
 魔法工学師マギクラフト・マイスターである仁が再現することができても不思議ではない。

 仁は簡単な絵を描いてマルシアに説明した。
「ふうん、こんなものがあるのか……」
「こんな物を作れるのはジン殿くらいですな」
 マルシアとロドリゴは感心したのである。
「これなら、かなり大きな力が加わっても切れたり滑ったりはしない。それに前後のスプロケットの径を変えることで減速し、回転力を増やす事もできる」
 その説明にマルシアは顔を輝かせた。
「うんうん、いいな、それ! 『噴射式推進器ジェットスラスター』なんてのもあるけど、うちの工房はやっぱり水車駆動で行きたいよ!」
「と、なると、規格を決めた方がいいな」
 全部を自分の工房で作るのではなく、一部を外注する際には当然のことである。
 仁はマルシアとロドリゴから話を聞き、駆動用水車の大きさを決め、それに必要なスプロケットの径を決めた。
 必然的にチェーンの長さも一定範囲で決まってくる。
「うんうん、やっぱりこれだよ! ジンと打ち合わせしていると、打てば響くというか、痒いところに手が届くというか、こちらの要望をすぐに汲んでくれるからね!」
 そっちが異常であることに気が付いていないあたり、マルシアもかなり仁に毒されてきているようだ。
 ロドリゴは何も言わず、そんな娘を微笑みながら見つめている。
 エルザは、初めて見るローラーチェーンという構造に興味津々。
 ジェレミーとバッカルスは尊敬の眼差しで仁たちを見つめていた。

 チェーンとスプロケット、1セットで小が2万トール、中が3万トール、大が4万トールという契約も交わす。
 ただし、今のマルシア工房には予算がないので、後払いとなる。
「それじゃあ、明日にでも小を2セット、中を2セット届けるよ」
「よ、よろしく頼むよ」
 今日の明日、で準備できるということに若干の驚きを覚えつつも、マルシアは頷いた。

 それからは雑談めいた話になり、いつしか泳ぎに行こうかという話が出ていた。
「私は留守番しているからみんなで行ってくるといい」
「父さん、いいのかい?」
「ああ、いいとも。行っておいで」MMC BOKIN V8
「私も留守番しています」
 ロドリゴとアローが留守番をしているということで、仁は礼子に水着を取りに行かせた。
 5分ほどで戻って来た礼子を見てマルシアは、
「……どこまで取りに行ってきたかは聞かない方がいいんだろうね」
 と、半ば悟ったような顔をしていた。

 マルシアの家で着替える仁たち。
「わあ、エルザさん、その水着ってあの時の!」
 ジェレミーが歓声を上げた。
 そう、エルザは昨年のゴーレム艇競技に着ていた水着。マルシアも同様だ。
 そう言うジェレミーも、同じようなデザインのワンピース水着。色はオレンジ。
「あれから、このデザインが流行ってるんですよ」
「ふ、ふうん」
 張本人のジンは黙って頷いておいた。

 ここポルトア町にも海水浴場はある。
 なので、3分ほど歩けば砂浜に出られた。まだ人は少ないようだ。
「あー、泳ぐのも久しぶりだ」
 そんなことを言う仁。年末にラインハルトたちと来た時も泳いだことを忘れているようだ。
「そういえば、今年のレースってどうなってるんだ?」
 ぷかぷか浮かびながら仁が尋ねると、マルシアが残念そうな顔で答える。
「うん、もちろんあるよ。あたしは参加しないんだけどね」
「そうなのか」
「残念だけど、店が忙しすぎてさ。その代わり、リーチェのバックアップをすることになってる」
「リーチェって……ああ、去年はバレンティノのチームだったあの子か」
 小柄だがプロポーションがいい子だったよな、と仁が思いだしているその横では、何となく勘付いたのか、エルザが睨んでいた。
「そうそう。今年も同じ規定なんでね。うちの工房で彼女の船を手掛けたんだよ」
 シグナスの発展型の双胴船を造ったというマルシア。もう引き渡し済みで、リーチェは練習に明け暮れているらしい。
「でもな……アローほどの性能を持つゴーレムを誰も作れないんだよ。……『魔法工学師マギクラフト・マイスター』、ジンに匹敵する魔法工作士マギクラフトマンがいるわけないから当たり前っちゃ当たり前なんだろうけどね」
 マルシアは笑って、あの時、そんな仁を見つけられた自分は幸運だった、と言った。
「そうだな……あれがあったから、俺もエルザやラインハルトと出会えたんだしな」
 それを聞いていたエルザは少し頬を赤らめていたが、仁は気が付いていない。

 冬とはいえ、南国の空は青く、風は既に春の香りがしていた。

セルロア王国では
 ある日のセルロア王国。
「何? 『崑崙君』だと?」
「はい」
 セルロア王国国王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアは鼻で笑った。
「ふん、取るに足らない離島の所有を主張しているのか。構わん、許可してやれ」
「よろしいので?」
「当たり前だ。我がセルロア王国が、そんな吹けば飛ぶような島を気にする価値もない」
 この日のリシャールは機嫌が良かった。
 というのも、昨日、『セルロア式熱気球』による国内地図ができあがってきたのである。
「ふむ、アスール湖はこのような形をしているのだな。で、ナウダリア川がこう流れ、アスール川とトーレス川はここで合流し、我が首都エサイアは……」
 その地図には、当然ながらエゲレア王国、ショウロ皇国、フランツ王国、クライン王国などの一部も描かれていた。
「ここに砦が……ふふふ、これがあれば戦術も立てやすくなるというものよ」
 完成したばかりの地図を前に、ご機嫌なリシャール・ヴァロア・ド・セルロアであった。

 またある日。
「我が君、お呼びでございましょうか」
 リシャールの前に跪いているのは食糧庁長官のクヌート・アモント。官吏としての身分は中の下くらいであるが、昨今の食糧不足のため、呼び出される頻度は増えていた。
「クヌート、食糧の確保はどうなっておる?」
「は、我が君。先日出していただきましたお触れにより、各地方官に臨時の徴税を命じました。間もなく首都エサイア住民全部に行き渡る量の小麦が届く手筈であります」
「うむ、よくやった」
「ありがたきお言葉」
 クヌート・アモントは、国王の勅許を得て、特にコーリン地方に8公2民という重税を課していた。収穫の8割を国に召し上げられてしまうことになる。
 元々コーリン地方は、かつてコーリン王国と呼ばれていた。それを、200年前に侵略同然のやり方で併合したのである。
 ゆえに、コーリン地方は王国の中では1段低く見られていたのである。
 同様に、東部のリーバス地方も、100年前にリーバス王国が併呑されてできたのであるが、こちらは遊牧民が多い地方のため、税も羊毛が主であり、食糧調達には適していなかったのである。
 が、甘やかしてはならぬとばかりに、その羊毛も例年の4割増しで取りたてられており、住民の不平不満は募っていた。

 そしてまたある日。
「我が君、エカルトの大型船、接収完了しました」
「ふむ、続けろ」
「はっ。試験航行を終えて戻ってきたところを捕まえ、船の譲渡を求めたところ、『快く』譲って貰えたとのことです。その際、無償では我が君の威信に傷が付くので、なんと1万トールを下げ渡したとのこと」
「ふふ、なかなかやるではないか」天天素
「はっ。更には、船を建造したドックと工員、それに船の乗員の大半もそのままこちらのものにしたそうであります」
「よくやった。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉」

 またまたある日。
「何、レナード王国跡でゴーレムが多数発見されただと?」
「はい。エゲレア王国に潜り込ませた間諜から連絡が入りました」
「ふむう……。まだそんな遺跡もあったのか。彼の国に占有させるのは癪だな。我が国からも兵を出せ」
「はっ」

      

「……もうおしまいだ……」
 セルロア王国南端、クゥプの町で、1人の男が頽くずおれていた。
 彼の名はエカルト・テクレス。
 クゥプの町で、隆盛を極めた『元』大商人である。
 だが、彼が情熱と財産を注ぎ込んで建造した大型船、『ブリジット』を、国に召し上げられたのである。
 同時に、それを建造したドックを含む家屋敷と使用人たちをも。
 払われたのは1万トール(約10万円)のみ。
 船員たちも、派遣された兵隊を恐れ、大半がそのまま船と共に国に仕えることとなったのである。
 反論は許されなかった。500を超す兵士を前に、一介の商人が何を口にできるというのか。
「エカルト様、元気を出して下さい」
 意気消沈するエカルトを慰めたのは彼お抱えの魔法工作士マギクラフトマン、アルタフ。しかしその実は仁が作った第5列クインタ、レグルス50である。
「奥様、お坊ちゃまも」
 エカルトの妻、ポーレットと息子ミッシェルに付いているのはアルタフの妻、ギェナー。その正体は第5列クインタのデネブ30であった。
 今や、没落したエカルト一家に付いているのは彼等、第5列クインタだけ。
「……ありがとう。君たちはなぜ出て行かないんだね……?」
 力なく礼を言うエカルトに、アルタフは微笑みながら答えた。
「我々はセルロア王国の者ではないですからね。この国に未練も何もありませんし」
「そうだ、ショウロ皇国へ行きませんか?」
 ギェナーが後を続けた。
「ショウロ皇国……?」
「ええ。ヴィヴィアンさんやステアリーナさんも亡命してますよ」
「亡命、か……」
「あの国なら知り合いもいます。いつまでもここにいても仕方ないでしょう?」
「……」
 アルタフたちの言う通り、最早この国に未練はなかった。彼の生まれもここクゥプではなく、内陸部のワトスであったので、土地にも未練はない。
「あなた」
 ポーレットに声を掛けられ、エカルトはゆっくりと立ち上がった。
「……そう、だな。まだ私にはお前たちがいる。別の国で親子3人、何とか食べていければ、それでいいな」

 アルタフとギェナーはゴーレムを1体連れており、それが一行の荷物を運んでくれたので、道中は楽なものであった。
 このゴーレムの正体も、もちろん仁の作った職人スミスゴーレム、スミス40である。

 彼等は海岸沿いに西へ。5日掛けて160キロを踏破し、イゾルという町に辿り着いた。
 町の西を流れるボーダー川の向こうはショウロ皇国である。
 が、対岸には町も村もなかった。
 30キロほど北にキインという村があるのだが、それ以前にまず問題は川をどうやって渡るかである。
 無断越境は重罪である。川沿いには国境警備兵が巡回していて、見つかれば即逮捕。セルロア王国の法では終身労役となる。
「夜中に渡ってしまいましょう」
 簡単に言うアルタフに、エカルトは不安げに頷くしかなかった。ポーレットも不安げな顔。
「大丈夫です、いざとなったら我々が盾になりますから」
 ギェナーはそう言ってエカルト一家の不安を慰めるのであった。
 そしてその言葉通り、アルタフが『ちょいっと』作った筏で、一行は無事ボーダー川を渡河。
『不思議なことに』渡り終えるまで、国境警備兵の巡回はなかったのであった。

      

『エカルト一家が亡命ですか』
 蓬莱島では、第5列クインタであるアルタフとギェナーから定期的に連絡を受けており、老君は既に計画を練り上げていた。痩身の語(第三代)
『セルロア王家には反省してもらいましょう。尤も、あの傲慢な王家はこのくらいでは何も感じないでしょうが、『蟻ありの一穴いっけつ』というものを教えてやりましょう』
 別名『千丈の堤も蟻の一穴より』。堅固に作った堤防も、蟻が空けた小さな穴が原因となって崩れ去ることもある、ということわざである。
 ステアリーナ、ヴィヴィアンに続き、エカルト・テクレス。
 人材の流出が国家にとってどれだけの損失であるか、現セルロア国王、リシャール・ヴァロア・ド・セルロアにゆっくりと思い知らせてやろうと、老君は考えていたのである。

      

 3458年、1月19日。
「セルロア王国からの亡命者ですって?」
 ロイザートの女皇帝の下へ、ワス湖畔、シモスの町から知らせが届いた。
「はい、『ベルンシュタイン』と同等の大型船を開発した商人だそうです」
「ジン君に名前を聞いたことがあるわ。優秀な商人だって話よ。ロイザートに招きなさい」

 エカルト一行は無事ショウロ皇国に辿り着くことができた。
 そして、ステアリーナ、ヴィヴィアンに続き、ショウロ皇国在住の外国人登録者第3号、4号、5号となったのである。

その後……
 フリッツらが、逃げ出した馬をなんとか呼び集めた時には、デウス・エクス・マキナとレイはどこにも見あたらなかった。
「マキナ……いったい何者なんだ」
 一行がようやく落ち着きを取り戻したのは午後2時、もう大きく移動できる時刻ではない。
 だが、岩狼ロックウルフや牙猪サーベルボアが出没し、化け物に襲われたこの場所に長くとどまりたい者は誰もいないのも事実。
「少し移動するぞ!」
 クライン王国調査隊隊長のベルナルドとエゲレア王国調査隊隊長のブルーノは、憔悴しきっていたため、やむなくフリッツが一行を率いることになった。
 最もダメージを受けた『ゴリアス4』はなんとか歩くことだけはできそうなので、可能な限り歩かせることにした。
 その日は10キロほど移動した場所にテントを張り、休息。
 誰も彼も疲れてはいたが、フリッツは率先して夜警を買って出たのである。

「……フリッツ様、お疲れでは?」
 もうすぐ交代の時刻となる深夜少し前、交代要員のシンシアがやって来た。
「……このくらい、何でもない」
「ですが、かなり顔色がお悪いようですが」
「……そうか? 暗いからだろう」
「少し早いですが交代いたします。お休み下さい」
「……すまない。そうさせてもらう」
 心配そうなシンシアの言に、フリッツは一つ頷くと、自分のテントへと戻ったのである。
 その背中を見つめながら、シンシアは小さく溜め息をついたのであった。

      

「ジン兄、ありがとう」
 蓬莱島司令室で魔導投影窓マジックスクリーンを見つめていたエルザが、ほっと息を吐き出した後、呟くように言った。
 実の兄フリッツが危ないところを、デウス・エクス・マキナが救ったところを見ていたのだ。
「うん、間に合って良かったな」
 仁が頷いた。
『御主人様マイロード、マキナ及びレイ、帰還しました』
「ああ、ご苦労だった」
 司令室にマキナとレイが現れた。
 今回のマキナは老君が操作していたのだ。そしてレイはというと。
「お父さま、ただ今帰りました」
 礼子が中に入って操作していたのである。
「お帰り。どうだった、『レイ』の具合は?」
「はい……申し上げ難いのですが……あまり良くないです」
「そうか、やっぱりな……」
『レイ』の正体は礼子。両腕には『延長エクステンションの籠手ガントレット』、両脚には『延長シークレットの靴ブーツ』を履き、フルフェイスの兜を被り、鎧に身を包んだ状態である。
 こうして体格を20センチほど誤魔化していたのだが、これで動きやすかったらその方がおかしいというものだ。
「だけど正体を知られずに行動できるんだから我慢してくれ。次回はもう少しましな物にするから」
「はい、期待しています」
 全部、仁が間に合わせで用意した物だ。調査隊の危機を知り、およそ5分で全部作り上げ、マキナとレイを『転送機』で現場へ送り込んだ。
 そしてなんとかフリッツの危機に間に合ったというわけだ。
 帰りは、少し離れたところに転移門ワープゲート搭載の『ペリカン1』を送り込み、蓬莱島へ戻ってきた、とこういう手順である。K-Y Jelly潤滑剤
「老君、アン、それで、あの怪物については何かわかったか?」
『はい。魔導大戦時の遺物……失敗作なのは間違いないでしょうね』
「『ギガース』の亜種のようなものか」
 仁の呟きにアンが同意する。
「私もそう考えます。『ギガース』と同様、作ってはみたが使い勝手が悪すぎた、廃棄するのは惜しい、なら使い途が見つかるまで保管しておこう、と、こういう背景ではないかと」
 色々な可能性を検討してみた結果、そういう結論に達したということである。
 石のように見えたものが特殊な『魔力核コア』だったのだろう。
 仁もその可能性が高そうだ、と頷いたのである。
「だけど跡形もなくしちまったな」
「はい、あの場合は仕方ないかと」
 工学魔法『加熱ヒート』に見せかけてあるが、その実は『超冷却アブソリュートゼロ』と対極をなす、『超過熱オーバーヒート』。原子がプラズマ状態になるまで対象物の温度を上げてしまう魔法だ。
 このため、対象がどんな物質だろうと、後腐れ無く無害になってしまうのである。

「……旧レナード王国にはまだそういう遺物が眠っている可能性もありますね」
 アンが付け加えた。
「そうだな。老君、今回の遺跡について、何かまだ残っている可能性もあるから追調査しておいてくれ」
『わかりました。今回の出来事を踏まえて、既知の遺跡も調査するように致します』

 第5列クインタを使い、旧レナード王国の遺跡調査を進めている老君であるが、住民に知られている遺跡は後回しにし、未知の遺跡の探索を優先していたのである。
 そのため今回のような事が起きてしまい、老君もやり方を改めようというのだ。
「任せる」
 仁は頷いた。更にアンが助言を口にする。
「ごしゅじんさま、それに加え、セルロア王国の動向にも注意した方がいいと思います。あの国にも遺物は沢山あるはずですから、それらを研究していて事故を起こさないという保証はありませんし」
「わかった。老君、セルロア王国での第5列クインタに伝えておいてくれ。必要なら数を増やしてもいい」
『わかりました』
 そして仁は、気になっている事を尋ねた。
「ああ、あと、グロリアはどうなっている?」
『はい。応急手当のあと、熱気球で最寄りの町へ運んだあとは追跡トレースしておりません。調べますか?』
「そうだな……緊急性がなければ慌てなくていいか。命に別状はなさそうなんだろう?」
 それに関しても楽観的な回答が返ってくる。
『はい。腐食液による火傷のようなものですから、上級治癒魔法で治ると思われます』
「それなら、いつでも見舞いに行けるように、居場所だけは把握しておいてくれ」
『そのように取りはからいます』

      

 一晩を過ごした調査隊は、予定通りに南北に別れることになる。
 クライン王国調査隊は南へ、つまりエゲレア王国へ。
 エゲレア王国調査隊は北へ、つまりクライン王国へと。
 それぞれ首都まで行き、各王に謁見する予定である。
「フリッツ殿、お世話になった。またいつか、会えるといいな」
「貴殿たちのおかげで、クライン王国への道が拓けた。感謝する」
「元気でな。また会おう」

 その後は大きな事件もなく、エゲレア王国調査隊は北上。
 そしてクライン王国調査隊も、2日後の1月18日、国境を越え、ヨークジャム鉱山を経てライトン村に至ったのである。
「これで役目も終わりか……」
 独り呟くフリッツ。
 クライン王国調査隊に協力するという役目も、無事とはいえないが終わったのである。
「……フリッツ様、本当にお疲れ様でした」
「ああ、シンシア殿か。貴女方も慣れない遠征で大変だったろう」
「……はい、それはもう。1泊程度の遠征しかしたことがなかったですから。グロリア副隊長と違って」
 グロリアの名が出ると、フリッツは僅かに顔を顰しかめた。
「グロリア殿か。そういえば、この剣も返さないといけないな」
 フリッツの腰には2振りのショートソードが提げられていた。1振りは自分のもの、もう1振りはグロリアの剣である。
「グロリア殿はどこで治癒を受けているんだろうな?」
「……気になります?」
 少し寂しそうにシンシアが尋ねた。
「うん、やはり気になるかな」
「……そうですか……」
 俯くシンシア。そんな彼女を見咎め、フリッツが訝しげに尋ねた。
「ん? どうかしたのか? 元気がないようだが」
 シンシアは苦笑しながら返答する。
「……ほんと、気が利くんだか利かないんだかわからない人ですね」
「え?」
「いえ、何でもないですよ。副隊長ですけど、おそらくグロゥリの町に搬送されたと思います。そしてそこから首都アスントへ行ったのではないかと思います」
「ふむ、そうか。どのみち王都へは行かねばならないからな。その時に剣を返し、見舞いもできるだろう」
「……でしたら、もうしばらくご一緒できますね」
 その言葉を口にする時のシンシアは幾分嬉しそうであった。
「ああ、そうだな。もう『調査隊』ではないが、アスントまでよろしく頼む」
「こちらこそ」
 あと少し、2国混成の部隊は共に歩を進めるようだ。

 季節は寒さの続く1月。まだ春の足音は聞こえてこない。levitra

2015年9月14日星期一

影と魔術士

サトゥーです。ホラー映画は苦手なサトゥーです。

 お化けや幽霊は平気なのですが、恐怖に引きつる登場人物達の顔が怖いのです。

 突然湧いた敵、それはさっきの梟のいた方向だ。陰茎増大丸
 そこには梟の背後に伸びる影から、湧き上がってくる黒いローブの人影。フードが付いた袖口の長いローブのせいで顔が見えない。

「迎えに来たのだよ、ミーア」

 横にいたミーアがビクッと震える。

「……嫌」

 猫背気味のこの男が魔術士で間違いないだろう。さっきの梟が男の肩に留まる。ペットか使い魔か?

 オレは横にいたミーアを背後に庇い、ステータスを確認する。名前はゼン、レベルが41と高い。スキル――「不明」。

 嫌な予感がする、アリサや勇者の同類か?
 オレはその事に動揺しながらステータスの続きを読む――なんだと?! そこにはスキル「不明」に匹敵しそうな情報が載っていた。

 ミーアがオレの後ろで震えている。
 詳細も大体把握した。こいつに無双されるとオレ以外は危険だ。慎重に対処しよう。無理っぽいが、可能なら話し合いで解決したい所だ。

「はじめまして、魔術士殿。オレは商人のサトゥー」
「商人風情に用は無いのだよ」

 魔術士は自己紹介をする気は無い様だ。
 商人を下に見ているのか、コミュ力りょくが低いのか、どちらもだろう。

「そっちに無くても、オレはこの娘を保護しているんだ。怪しい人間には渡せないよ」
「ふむ、手練てだれの傭兵に守られて気が大きくなっているようだが、我に歯向かうなら血祭りにあげるのも吝かではないのだよ?」

 魔術士が猫背のまま杖をこちらに突き出してくる。

「ダメよ! ご主人さま、そいつは強すぎるわ」

 後ろからアリサが警告する。

「我は偉大なる夜の王。身の程を知るのは良いが、ゴミにそいつ呼ばわりされる謂れは無いのだよ」

 まずい、魔術士の注意がアリサに向いた。

「■■■■ ■――」

 魔術士はそう言うとアリサに向かって呪文を唱え始める。

 ミーアの側を離れたくないが、そうも言ってられない。オレはダッシュで魔術士に肉薄し、鳩尾に当身を突き入れる。
 だが、その突きは魔術士の詠唱を止める事が出来なかった。オレの突きは魔術士のローブを貫通したが、何の手ごたえも無い。こいつのユニークスキルなのか?VIVID XXL

「――影鞭シャドー・ウィップ」

 魔術士の呪文が完成し、足元の影が鞭のように伸び上がりアリサに向かって槍のように突き進む。これが影鞭か。
 オレはバックステップで魔術士から距離を開け、アリサと影鞭の間に割り込む。

 体全体で影鞭の進路を塞ぐ。影鞭はオレの体に巻きつき、そのときピリっとした小さな痛みを感じる。

>「影魔法スキルを得た」
>「影耐性スキルを得た」

 影耐性って何だよ。
 ああ、ひさびさに理系の血が幻想ファンタジーを否定する。

 だが、そんな葛藤より実利だ。
 体感的には、耐性系の有無は気休め程度の差しかない気がするが、それでも今はミーアを守る可能性を少しでも引き上げよう。
 影耐性にポイントを割り振って有効化アクティベートする。





「ふむ、信じられない体術なのだよ。君は本当に商人なのかね?」
「友人はオレの事を身軽な商人さんと呼ぶよ」

 オレ達が会話する背後から、アリサの小さな呟きが聞こえる。

「ダメだわ、やっぱり・・・・効かない」

 魔術士が呪文を唱える隙に、アリサが無詠唱で反撃したのかアリサの魔力が減っている。レジストでもされたのか、魔術士には何の変化も無い。

「身を呈して我の攻撃から女を守るとは、天晴れなのだよ」
「感心したなら身を引いてくれないか?」
「それとこれとは話が違うのだよ。ミーアは我の目的に必要なのだ」

 オレはようやく影鞭の束縛から脱出した。この影鞭、巻きついていてもピリピリするだけで大したダメージが無いんだが、実体が無いかのように手ごたえが無くて、なかなか剥がせなかった。そのくせ束縛ができる不思議ファンタジー物質だ。

「あんたの目的は何だ?」
「君に語る意味は無いな。ミーアを助けたいなら勇者でも連れてくるのだな」
「勇者に恨みでもあるのか?」

 その言葉に魔術士は答えず、天を仰いで哄笑する。
 哄笑に呼応するように足元の影から無数の影鞭が起き上がる。さっきの呪文の効果がまだ残っているのか。

 手を拱こまねいていてはミーアを攫われてしまう。物理攻撃が無理なら魔法攻撃だ。
 オレはポケットから魔法短銃を両手に取り出し、威力の目盛りをMAXに切り替える。
 こいつのレベルなら、この位の攻撃で死なないだろう。男根増長素

「的外れにも程があるのだよ」

 魔術士のその言葉と同時に影鞭がオレとミーアに向かって伸びてくる。
 魔法短銃で影鞭を迎撃する。2丁拳銃とか、どこか厨二っぽいのが嫌だ。

 いける。
 ミーアに向かう影鞭を全て迎撃し、自分に来る影鞭は巻きつくに任せる。さすがに全部落とせなかった。

「なかなか、良い武器なのだよ」
「そうかい? ミーアを置いて行ってくれるなら1丁やるけど、どうだい?」

 オレは魔術士に取引を持ちかけながら、体を拘束する影鞭を魔法短銃で潰していく。
 後ろからミーアの短い悲鳴が聞こえた。

 首だけで振り向くと、ミーアの足元から生えた影鞭がミーアを拘束してる。
 魔術士から更に影鞭が伸びて、オレを拘束してくる。
 魔術士は新しい魔法を唱え始める。

 この上、変な魔法を使われては堪らない、魔法銃を魔術士に打ち込む。ヤツの体力は減るが、次の弾を撃つ前に回復してしまう。やつのユニークスキルは無敵とかなのか?
 オレは狙いを杖に変更し、魔力の弾丸を撃ち込む。

「助けるのです!」「助ける~?」

 ポチとタマが影鞭を何とかしようと飛びつくが、影鞭をすり抜けてしまうみたいだ。すり抜けつつも影鞭でダメージを受けてしまったらしく、2人は悲鳴を上げて飛びのいた。
 リザとアリサは、物陰からこちらを窺っている這いよる影シャドウストーカーを牽制している。

 撃ち込んだ弾はすべて魔術士の足元から湧きあがる影鞭に防がれてしまった。
 そして、ついに魔術士の魔法「影渡りシャドー・ポータル」が発動する。

 ミーアの体が影に沈んでいく。
 オレは魔術士を撃つのを諦め、影鞭の拘束を力ずくで引き伸ばして沈むミーアの上半身を抱きとめる。

「この娘は返して貰ったのだよ。不用意に殺されては困るので言っておくが、無理に引き抜けばミーアの命は無いのだよ」

 魔術士の体も影に沈んでいく。相変わらず顔は見えない。

「我のような超越者に敵わぬのは、世の理不尽な理ことわりと思い諦めるのだよ。死を恐れぬなら我の迷路メイズを訪れるがいい、知恵と勇気とやらを振り絞って突破してみせるのを期待しているのだよ」

 魔術士は哄笑しながら影に沈んで消える。ミーアが沈むのを最後まで見届けないのは余裕なのか油断なのか。DEVELOPPE SEX(ディベロップセックス)

 オレの体もわずかに影に引きずり込まれそうになるが、レジストしてるのか1センチ以上は沈まない。
 影がミーアを引きずり込む力が強い。俺が引っ張る力のほうが強そうだが、じりじりとミーアの体力が減ってる。これ以上力を入れて引っ張ったらミーアの体が千切れそうだ。

 オレは決断する。

「アリサ! 朝になったら、なんでも屋の店長を頼れ」

 そう一言声を掛けて、ミーアと一緒に自ら影に沈みこむ。

 アリサ達なら這いよる影シャドウストーカーくらいなんとか出来るはずだ。できれば怪我をせずに勝って欲しい。
 あの店長は頼りないが同族の危機だし、ナディーさんなら上手く手配してくれるはずだ。





 沈み込んだ先は漆黒の空間だった。
 音も無く光も無く、まさに影の中といった感じだ。もちろん空気も無い。
 さすがに少し苦しい。影鞭の攻撃より体力が減るのが早い。それでも自然治癒のせいか一定時間で戻っていく。ひょっとしたら、窒息死とかが出来ない体になっているのかもしれない。

 空気があっても、こんな場所に長くいたら気が狂う人もいそうだ。

 少し酸欠で、思考に集中できない。

 そうミーアだ。
 自分の体も見えない状態なので当然のようにミーアも見えない。

 ストレージから光粒ライト・ドロップを取り出して魔力を注ぐ。
 自分の体くらいは見えるようになるかと思ったが全然だめだった。レーダーにも自分しか映っていない。
 久々に「全マップ探査」を使う。残念だがレーダーの表示はそのままだ。本当にオレしか居ないのかもしれないな。

 マップを開いて見る。
 そこには、こう書かれていた――「マップの存在しないエリアです」

「ゲームか!」

 オレは吼えた。

 そして、その声に呼応するかのように、音も無く影の空間は砕け、ガラスの様な破片となって消えていく。

 そこは謁見の間という記号を集めたような場所だった。縦長の部屋だ。学校の体育館を縦に半分に切ったような広さだ。石造りの床、壁際には丸く太い柱が並び、柱に付けられた蜀台からはLED光のような魔法の光が部屋を照らしている。一段高い奥には玉座があり、その奥には虹色に明滅する直径2メートルほどの球体が膝くらいの高さに浮いている。VigRx Oil

 玉座には眠らされたミーアがいる。その横にはミーアを介抱する見知らぬ金髪美女がいる。顔はミーアそっくりだが、けしからん巨乳だ。いや、今はそんな事はどうでもいい。

 オレが駆け寄るより早く、玉座の横の譜面台のような装置に指を走らせていた魔法使いがこちらに気がつく。

「バカな!」

 男は驚きながらも、譜面台を操作する手を緩めない。

「そう、バカな! なのだよ。どうやって我の影の牢獄から抜け出した! あれは貴様のような低レベルの輩に、どうこうできる代物では無いはずなのだよ」

 驚きたいのか、自慢したいのか、馬鹿にしたいのか、ハッキリしてくれ。
 さっきの影空間の影響なのか、足元がややふらつく。

「オレには光の護符があるからな。影魔法は効かないんだよ」

 しまった、本当の事を言う気はなかったが、誤魔化すにしても内容が適当すぎる。詐術スキルが暴走したのか?

「そうか、ズルは許容できないのだよ。この部屋には迷路メイズを攻略したものだけが、訪れる事ができる、そう言う決まりなのだ」

 魔術士はそこで言葉を切って、自分の言葉に数度頷く。

「そして、ここまで訪れる事のできた勇者こそ、不死の王たるこの我を討滅する資格があるのだよ」

 こいつは、何を言っている?
 迷路を攻略して、自分を殺して欲しいのか?
 それに最初は夜の王って言ってなかったか? 自分の呼称の固まらないやつだ。

 だが、そんな事より、こいつの言い分に少し頭にきた。そんな理由でうちの娘達やミーアに迷惑をかけたのか?

「死にたいなら自殺しろ。他人を巻き込むな」
「ふははは、神から受けた祝福があるかぎり、我は不死身なのだよ」

 不快だが、こいつのバカ話がもう少し続けば足も回復する。
 だが、相手もそこまで付き合ってくれないようだ。

「では、主の間から退場して貰おう」

 玉座の横手にある扉が開いて――巨根

2015年9月11日星期五

探索

サトゥーです。迷宮探索ゲームだと補給も無しに踏破したりしていますが、現実だと水や食料をどうするかという問題が付きまといそうです。異世界だと飲料水は魔法で解決しそうですけどね。

 32匹いた迷宮蟻メイズ・アントも、あと10匹ほどだ。途中、ナナが捌ききれなくて、ポチやタマが複数のアリに囲まれそうになっていたが、アリサやミーアが後ろから魔法で援護して事なきを得た。金裝牛鞭

「タマ! 左に壁を作ったから右からやりなさい。フォークを持つほうが右よ!」
「あい~」

 特にアリサの「隔絶壁デラシネーター」という魔法が活躍していた。これの上位にある「迷路ラビリンス」という魔法だと隔絶壁の迷路を作り出して敵を閉じ込めたり任意に解放したりできるらしい。消費魔力が多いらしいのだが、後続のアリが追いついてきたら使ってみると言っていた。

 先ほど窮地を助けた女性探索者パーティーの面々も、まだ傍にいる。彼女達は、加勢が不要だとわかった後も、前衛陣の戦いを食い入るように観戦していた。たまに漏れる賞賛の言葉からして、見惚れているのだろう。

 アリの群れの本体は、あと10分ほどはたどり着きそうも無いが、この回廊に隣接する魔物用の通路を進むアリの小集団が、近くまで接近している。20匹ちょいの群れだ。

「かさかさ~?」
「壁のっ、向こうからっ、音がするのです!」

 タマとポチが戦いながら、壁の向こうから這い寄るアリの気配を感じたようだ。あんなに激しく戦いながら、良く判るものだ。

「サトゥー、標識碑」

 ミーアが段上から指差す方を見ると青と赤で点滅していて紫っぽく見える。向こうの通路の敵にも反応するのだろうか?

「貴族さま、あれは湧穴ができる前兆だ。あそこから魔物が出てくるよ」

 女性探索者パーティーのリーダーからも、そう警告が入る。

 リザ達が戦う主戦場では無く、オレ達の背後にある標識碑の辺りだ。一見石壁に見える通路の壁が粘膜のように薄くなったように見えたあと小さな通路ができる。

 さて、こちらはオレが始末するか。妖精剣を抜いて壁から湧き出るアリを一刀の元に真っ二つにしていく。魔核コアまで真っ二つにしないようにだけ注意した。

 女性探索者達がいる場所の後ろにも、小さな湧穴ができて1匹のアリが身を捩って這い出てきた。気がついて無さそうなので、警告してやる。

「そこの君、後ろだ」
「えっ? こっちにも湧穴か! ジェナ、やるよ」
「はいっ。貴方達は離れていなさい」

 ジェナの言葉の指示に従って、運搬人姉妹が後ろに下がる。
 この女性探索者パーティー「麗しの翼」の2人は、リーダーのイルナがレベル8、美人さんのジェナがレベル6だ。這い出てきたアリは、レベル5なので余裕で勝てるだろう。

 そう思っていたのだが、なかなか苦戦しているようだ。
 2人は盾でアリ爪を避けながら短槍を突き出しているのだが、アリの外殻に弾かれてしまって、まともにダメージを入れられないようだ。ポチやタマみたいに甲殻の隙間に突き入れればいいのに。

 アリが美人さんに蟻酸攻撃をしようとするそぶりを見せたので、足元に転がっている屍骸から爪を一本拾い上げて、アリの首に投げつけて妨害した。

 鞄から取り出したトングで、屍骸から魔核コアを回収して小袋に収納する。

 リザたちの方も、もうすぐ戦いが終わりそうだ。魔核コアの回収を終えて、女性探索者達を振り返ると、まだ一進一退の攻防をしていたので、おせっかいかもしれないと思いつつも、一声掛けてアリの首を切断して戦いを終わらせた。レベル30の魔剣使いなら、これくらいは普通のはずだ。

 彼女達のお礼の言葉に軽く手を振って答え、戦いを終えたリザ達の所に向かう。

「マスター、素材の回収を行いますか?」
「魔核コアだけでいいよ。アリの甲殻は柔らかいから使い道が無いしね」
「ご主人さま、甲殻は鎧や盾の材料になるはずです。爪は少し湾曲しているので槍よりは短剣や草刈り鎌などにするのが良いと思われます」

 リザの故郷では、アリの魔物は道具の素材に重宝していたらしい。
 普通の鉄剣でも割れてしまうくらい弱いのだが、木片を使った鎧で代用するくらいだから装備品の素材が足りていないようだし、アリの素材でも地上に持ち帰った方がいいのだろうか?

「肉~?」
「焼肉祭りしないのです?」
「やめておきましょう。アリの肉は苦いばかりで美味しくありません。子供が食べると食中毒をおこす事もありますから」三體牛寶

 食中毒は怖いね。
 残念そうなポチとタマには悪いが、後でストレージに保管してある食事を出してあげるから、今は焼き菓子と水で我慢して貰おう。

「貴族さま、これを」
「それは君達が倒したものだろう? お礼ならさっきの言葉で充分だよ」

 女性探索者のイルナが、アリから取り出したらしき魔核コアを差し出してきたが、その手をそっと押し返す。

「それよりも、早く逃げた方がいい。仲間が魔法で、こちらに接近する迷宮蟻の大群を捉えている。もう四半時もしないうちに、ここに現れるぞ」
「貴族さまは、逃げないの、ですか?」
「適当に足止めしてから逃げるよ」

 だから、早く逃げてくれると助かると言外に訴えた。ようやく女性探索者達が重い腰を上げて、逃げ始めてくれた。運搬人姉が背負った蟻蜜の壷が眼に入った。案外、アリ達は、あれを追いかけていたりして。

 さて、それよりも、次の戦闘準備だ。
 みんなを集合させて「魔力譲渡トランスファー」で魔力を補充してやる。魔力回復薬よりは、手っ取り早いし、何より無料だしね。

 ついでに「柔洗浄ソフト・ウォッシュ」と「乾燥ドライ」で、アリの返り血を綺麗に落としてやる。

「じゃあ、ここから向こうの角までの範囲に『迷路ラビリンス』を張るね」
「まった、通行できないけど攻撃できるような壁は作れないか?」
「ん~、『隔絶檻デラシネート・ジェイル』っていうのもあるけど、向こうの攻撃も通り抜けるから、遠隔攻撃技のある敵には向かないわよ?」
「問題ないよ、最初に皆で軟散弾ソフト・ショットガンを撃つ間だから、向こうの酸攻撃は、ミーアの『水膜ウォーター・スクリーン』で防いで貰うよ」
「おっけー」
「ん」

 打ち合わせが終わり、アリサの「隔絶檻デラシネート・ジェイル」の魔法で格子が生み出される。僅かに発光しているので、格子の形状が見える。突きや射撃なら通り抜けるが、斬撃だと格子に当たって止まりそうだ。

 オレは念の為、「自在盾フレキシブル・シールド」を準備しておく。格子越しの酸攻撃をミーアが防ぎきれなかった時の保険だ。

「来たのです」
「そういんはいちにつけ~?」

 アリの屍骸を積み重ねて、上に布を掛けた即席の防壁の陰から、皆で魔散弾銃を構える。
 曲がり角のさきから姿を見せたアリの大群が、硬質な足音を響かせながら突進してくる。魔法の格子があるとは言っても、なかなかの迫力だ。ミーアとルルは怖いのか、オレの左右から身を寄せてくる。不安を払拭するために、2人の頭を撫でてやる。

「マダだよ」

 アリの先頭が、隔絶檻に激突して、体液を撒き散らしている。先頭の数匹は後ろから激突してきた仲間の重みに耐えられず、体力を大きく減らしているようだ。格子のまえでわしゃわしゃと蠢く黒い虫が、なかなか視覚に優しくない。

 5分ほど経過したあたりで、この回廊のアリが前方の空間に集まりきった。

「撃て!」
「らじゃ~」「なのです!」

 オレの号令にあわせて7つの銃口から、無数の軟散弾がアリに降り注ぐ。皆の銃口をこっそり「理力の手マジック・ハンド」で角度を調整して、なるべく多くの敵にあたるように調整した。

「ナナ、ポチ、タマ、銃を置きなさい。接近戦の準備です」

 射撃を終え、アリサの「迷路ラビリンス」が発動する。
 その後は、前衛陣がアリを倒すのにあわせて、次の魔物をアリサが供給するという、実にお手軽な手順で、魔物を殲滅していく。偶にナナやポチがアリの攻撃を受けていたが、鎧やマントに阻まれてダメージを受けたりはしていないようだ。

 前衛だけでなく、後衛も忙しそうだ。アリサは、迷路の管理が大変みたいだ。迷宮の一角に敵が集まり過ぎないように、迷路内の経路を調整している。ミーアは敵が多い時に「霧縛バインド・ミスト」でフォローしたり、「盲目の霧ブラインド・ミスト」でアリの命中率を下げたりと頑張っている。

 オレも見ているだけだと暇なので、みんなが倒したアリを「理力の手マジック・ハンド」で壁際に寄せていく。

 ルルは最初に散弾を撃ってからはする事がないようで、オレが壁に寄せたアリから魔核コアを回収している。服や髪が汚れないように、手袋だけでなくエプロンと頭巾を付けて作業している。口内の蟻酸腺を傷つけて、火傷しない様に注意しておいた。

 討伐数が半分を超えたあたりで、前衛陣の疲労が濃くなって来たので、小休止をさせた方がいいかな?福潤宝

「アリサ、前衛を休ませたい。迷路を維持するコストは足りる?」
「おっけー、注意力散漫になったら危ないしね。迷路を固定状態にすれば魔力消費が抑えられるから、後はMP回復薬を使えば大丈夫よ」
「よし、それなら今戦っている敵が終わったら小休止しよう」
「ほ~い」

 ポチやタマは「まだまだ~」「やれるのです!」と血気盛んだったが、目に見えてフラフラだったので、水を飲ませて塩気の多いハムを挟んだマヨタップリのサンドイッチを食べさせる。

 みな若いだけあって、食後に30分だけ休憩と仮眠を取らせたら別人のように回復していた。アリサにMP回復薬1本分の魔力を、「魔力譲渡トランスファー」で回復してやって後半戦を始める。

 こちらに来なかったアリが、第一区画で暴れまわっていたようだが、さっきの女性探索者パーティーは無事に迷宮の外に出れたようだ。

 アリを殲滅し終わるなり、ポチとタマがスタミナ切れでパタリと倒れたりしたが、2人とも何かをやりきった充実した顔をしていたので良しとしよう。

 リザとナナも疲労困憊だったので、アリサ達が陣取っていた高台にキャンプを仮設して休憩を取る事にした。よっぽど疲れたのか泥のように眠る皆を寝かしつけ、ルルと2人で夜番をする。

 それにしても、今日一日で皆レベルアップした。
 やはり迷宮は効率が良い。

 サトゥーです。夢中になっている内に時間を忘れる事は良くあります。MMOのバージョンアップの時など、週末2日分の食料を買い込んで来て、寝る間も惜しんでゲームに没頭したものです。

「ナナ! しばらく耐えなさい。ポチ、タマ、魔刃を! 一気に方を付けます」
「この蔦め! 植物なのか動物なのかハッキリしろと訴えます!」
「魔刃~」「ご~なのです!」

 ナナの挑発に、蔦をタコの足の様に這って駆け寄ってきた棘蔦足ソーン・フットが、ナナの体に蔦を絡める。「鋭刃シャープ・エッジ」の理術で強化された魔剣が素早く蔦を切断するので、胴体には蔦が巻きつく隙が無い。まったく、そこは、もう少しエロく行って欲しい。

 そんなオレの心の声を他所に、魔刃を生み出したポチとタマの魔剣が、巨大な棘が付いた主蔦を切り裂く。

 棘蔦足ソーン・フットの頭にあたるコブの部分に、アリサの「空間切断ディメンジョン・カッター」が突き刺さり、コブを半ばまで切断した。

 横にいるルルの持つ魔力砲から発射された大口径の魔力弾が、半ば千切れていた棘蔦足ソーン・フットのコブを完全に吹き飛ばす。

 そこにミーアの「水裂きウォーター・シュレッド」が効果を発揮し、棘蔦足ソーン・フットの体表を流れる体液を利用して、ヤツの表皮をズタズタにする。

 最後に魔刃で、棘蔦足ソーン・フットの足のような蔦を切り裂いていたリザが、螺旋槍撃を叩き込んで止めを刺した。

「大勝利~?」「なのです!」

 魔物を倒して勝ち鬨をあげる皆の怪我を、生活魔法で清潔にしてから「治癒アクア・ヒール」で一気に癒す。戦闘中の怪我はミーアに任せてあるが、戦闘後のケアはオレが担当している。

 今回戦っていた棘蔦足ソーン・フットはレベル30もあったが、安定して倒せるようになって来た。

 ここは植物系の魔物が溢れる1の4の9の17区画。通る経路によって同じ区画でも入れる場所が変わる事から、こういう名前になっているらしい。長いので以後17区画と言おう。ここはどの部屋も、天井から垂れ下がる植物の根が発光していて明るい。前に気になって、その植物の根を切ってみたら、光ファイバーのような断面になっていた。きっと根や茎が天然の光ファイバーのようになっていて外光を取り込んでいるのだろう。挺三天

 そのせいか、この区画には植物型の魔物が多い。さっきの歩き回る蔦の魔物や、ドリアンサイズのドングリを大砲のように打ち出してくる巨木の魔物、親指位の粒をマシンガンの様に連射する歩くトウモロコシの魔物、スライムのような粘液の触手を繰り出して捕食して来ようとする食虫植物型の魔物など様々なバリエーションの敵が襲ってきていた。どれもレベル20~30の範囲だ。

 興味深い魔物に「歩竹ウギ」という竹で出来た鹿みたいなのがいた。この魔物の竹のような本体から取れる繊維を加工すると、抹茶のような色をしたウギ砂糖が抽出できる。さらに角に生えた葉は、ポーション用の安定剤の材料だ。この歩竹ウギと先程も狩っていた棘蔦足ソーン・フットの蔦が、中級ポーションの材料になる。蔦は数日経つと腐敗して毒性を持ち始めるので、エルフの錬金術の資料にも現地で調合するようにと注意書きしてあった。

 ときおり、デミゴブリンや草食系の魔物が姿を見せていたが、レベルの低い雑魚は邪魔なので、オレが誘導矢リモート・アローで始末している。

 ひとつ手前の9区画が、罠天国の上に、毒や疫病、麻痺攻撃の得意な小虫系やスライム系の敵ばかりだったせいもあって、この区画にはオレ達以外誰もいない。あまり過去の探索者も来なかったのか、標識碑の数が他の区画の2割ほどしか無かった。

「うっしゃー! やったね! さっきのでレベル27よ!」
「にゃはは~?」
「やったのです!」
「慢心は禁物ですよ。ご主人さまがいてくれてこその成果です」
「肯定。マスター感謝です」
「もちろん、感謝してるってば。狩ってる間は他の敵が来ないし、小休止の後にすぐに手頃な敵がやって来るし、効率厨も真っ青な段取りだもんね」

 アリサの微妙に失礼な賞賛を聞き流す。
 最初にアリを始末した1の4区画だと、敵が弱すぎて皆の訓練にならないので、少し足を伸ばしてみた。この17区画の敵が適度に強かったお陰で、効率的なレベルアップと訓練になったようだ。懸念していたアリサのスタミナ不足だが、本人によると魔法使い系のステータスに極振りしていたのが原因だったらしい。レベルアップ時に調整させる事で、問題ない水準まで上げさせる事でなんとかなった。能力値の上昇まで、任意に割り振れるのはなかなか羨ましい。

 この場所は昼夜がある上に、地面に土がむき出しになっているので、地下という気がしない。しかも、水源があり、高い天井付近には通風孔まであったので、煮炊きしても空気が濁る事がなかった。キャンプ狩りには、この上ない良ポイントと言えるだろう。

 むき出しの地面だと土魔法で魔物を簡単に分断できるので、皆と戦う敵を1匹に限定できるように操作するのが楽だった。アリサの空間魔法で分断しなかったのは、格上の敵と戦っている最中に攻撃用の空間魔法を操るのが大変そうだったからだ。

「そういえば、けっこうな日数が経過していますが、まだ街に戻らなくて大丈夫でしょうか?」
「食料も水もたっぷりあるから大丈夫じゃない?」

 すでに4日経過している。一日2~3レベルしか上がっていないが、突入から10レベル以上アップしているから充分な成果だろう。

 特にルルが生活魔法と術理魔法のスキルを、ミーアが精霊魔法スキルを取得したのが大きい。

 アリサも空間魔法がスキルレベル8になった時点で、火魔法スキルを取得していた。なんでもスキルレベル9以上に上げるポイントが大きすぎて心が折れそうになったので浮気したらしい。現状でも上級魔法が使えるので、戦闘での効率がいい火魔法を選んだそうだ。

 アリサ曰く、火魔法の身体強化は体脂肪を燃焼させてエネルギーを生み出すから、ダイエットに良いそうだ。エルフ達に教えて貰ったと自慢していた。

 オレが解析した限りでは、普通に魔力が燃料になっていたので、体脂肪云々はエルフ達の冗談のはずだ。あまりに嬉しそうだったので言いそびれたが、アリサが暴食を始める前に教えてやらねば。


 この広間の敵を全滅させたので、オレ達は夕食の為に、この4日間拠点にしているログハウスへと向かった。

 樹木系の魔物の素材で作ったログハウスで、初めはリビング兼寝室があっただけだったのを、日々少しずつ増築&改良していったものだ。今では、リビング兼食堂と寝室、キッチン、風呂場、工作室を備えた別荘といった風情の拠点となっている。

 別荘の前庭には、土が付いたままだったトマトや薬草を植えてみた。今度来る時は、花や豆、芋類も持って来て植えてみよう。

 この広間を拠点に据えたのは、水場や風穴があった事と、湧穴ができるような魔物の通路が近傍にない事だ。広間から外に出るための通路も3本あるが、それぞれの通路の両端に、魔法鍵を組み込んだ扉を設置して、さらに三重の罠を仕掛けておいた。タマでさえ途中で罠解除を投げ出したので、防犯には充分だろう。出入りが面倒だと困るので、解錠用の認証魔法具と合言葉で開くようにしてある。扉の支柱には、非実体系の魔物の侵入を防ぐために、簡易版の結界柱を組み込んでみた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH

「ただいま」

 オレ達は、口々にそういいながらログハウスに入る。このログハウスには、カカシ・シリーズと同じ監視機構を組み込んであり、侵入者を発見すると「信号シグナル」で警報を送ってくれる。迷宮内はマナが濃いようで、クラゲの触手繊維を利用したマナ収集器を作る事で監視機構や警報に必要な魔力を捻出できた。

 先ほどの扉や罠で充分だとは思うが、念の為だ。

「お湯沸いたわよ」
「ああ、すぐ行く」

 アリサが呼びに来たので、この別荘の守護者用に作成していた青銅製の自動甲冑リビングアーマーをシートの上に置いて風呂に向かった。

 最近の湯沸しは、火魔法を覚えたアリサがやっている。最初の内は火力調整を間違えて風呂場を半焼させていたが、今では安定して沸かせるようになった。

「みんな待ってるんだから、早く脱ぐ脱ぐぅ~」

 脱衣所まで作るのが面倒だったので、リビングで服を脱ぐ必要がある。もたもたしていると、アリサの魔手に捕まってしまうので、早着替えでタオルを腰に巻いたスタイルに変身して風呂場に入る。

 総檜のような趣の木製の浴槽の前には、皆がアリサ同様の浴衣一枚で待っていた。先に入ればいいのにと思わなくも無いが、リザとナナが「一番風呂はご主人さま(マスター)のもの」と言って譲らなかったので、オレが最初に入る習慣ができてしまった。

 リザとナナに左右から掛け湯をして貰ってから、湯船に足を入れる。ゆっくりと浴槽の縁に背を預け、丁度いい湯加減のお湯に心身をリラックスさせる。

 ここの水場は、精霊が多い。魔物の餌にするためなのか、単に地脈の噴出し口なのかは判っていない。湯に浸かっているだけで、マッサージされたように体が楽になるのは、案外、精霊達が揉み解してくれているのかも。

 体が温まったところで、アリサ以外の年少組の頭と背中を洗ってやる。前はアリサやルルも洗ってやっていたんだが、ルルは湯あたりを起しそうなぐらい真っ赤になるし、アリサも興奮しすぎて鼻血を出して目を回していたので自分でさせている。

 じゃんけんで一番手を勝ち取ったミーアが、シャンプーハットを被って待機していたので、素早く洗髪用の石鹸で泡立てていく。この洗髪用石鹸は、エルフの里の錬金術のツーヤ氏にレシピを教えて貰ったやつだ。元の世界のシャンプーほどでは無いが、普通の石鹸より泡立ちも良く頭皮に優しい逸品だ。シャンプーハットはポチ用に作ったのだが、なぜか今ではミーアとナナのお気に入りになっている。

 順番に幼女達の髪を洗った後、湯冷めした体を、ポチ達と百まで数えて温めなおしてから風呂から出た。湯に浸かってほんのり透けるナナの浴衣に目を奪われないようにするのが、なかなか大変だった。

「明日の朝に、一端、地上に戻ろうと思う」
「え~、30レベルまで上げてから戻りましょうよ」
「そうしてやりたいのは、山々なんだが、宿を5泊で契約しているから明日までに戻らないと馬車や馬が売られちゃうんだよ」

 不平が出たのはアリサだけ、だったので戻る理由を告げて説得した。馬車はともかく、馬が売られたらかわいそうだ。馬も長旅を共にした仲間だしね。

「それに刻印板を設置しておけば、すぐに戻ってこれるだろう?」

 その一言が決め手だったようで、アリサの説得に成功した。

 帰る前に、地上へ持ち帰る戦利品の選別だ。

 魔核コアのうち、この17区画で手に入れた大量にある真っ赤な大型魔核コアは予備の魔法の鞄ホールディング・バッグに入れてログハウスに置いていく事にした。アリや雑魚の小さく白っぽい魔核コアは、水増し薬作りの時に大量に消費したが、まだ百個以上残っている。この魔核コアだけを小袋に入れて持ち帰ろう。

 魔物の素材は、何も持っていないとかえって疑惑の視線を集めそうなので、無難に迷宮蟻の胸殻と背甲を各10枚と蟻の爪10本、あとは迷宮蛙の肉を持ち帰る事にした。どれもギルドの買取表にあったものだ。

 ちょっと思いついて、買取表に無い黄奇蜥蜴の肉も持って行く事にした。へんな触手のある黄色いイグアナみたいなトカゲだったが、焼くと脂肪分の少ない鶏肉のような味がして旨かった。

 1の4区画で見つけた隠し部屋まで、「帰還転移リターン」の魔法で戻る。もちろん、部屋に魔物や探索者がいないかは、事前に「遠見クレアボヤンス」の魔法で確認した。転移先の状態を確認するには、マップで調べるよりもこちらの方が手軽なので最近多用している。

 第1区画に戻る手前の十字路付近で、オレ達を囲むように接近する合計30人ほどの迷賊を発見したので、視界に入るはるか手前に「誘導気絶弾リモート・スタン」の3連射で始末しておいた。死にはしないだろうが、1人あたり2~5発ほど叩き込んだので、しばらく悶絶している事だろう。

 途中に適当な小回廊を迂回する事で、悶絶した迷賊に遭遇エンカウントする事もなく、無事に迷宮から脱出する事ができた。

 オレ達は迷宮の外で驚きを以って迎えられたのだが、その驚きはアリサの期待とは少しベクトルが違ったようだ。MaxMan

2015年9月9日星期三

竜生で一番長い日

太陽の下、私は翼を拡げる。
身体を風の精霊が撫でていく。
昼間に空を自由に飛び回る事がこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
棲家にいた頃も、飛べるのは夜だけだった。
星空の下も悪い訳ではないけれど。アフリカ蟻


ーーーやっぱり太陽の下がいい。


今や私を追いかける人間達は遥か後方だ。

もう人間の目視では私の姿を捉える事など出来ないだろう。
気分が高揚してくる。

だが、空を飛んで興奮ハイ状態になっている場合ではない。
さて、これからどうしよう。私は頭を巡らせる。


・・・正直ぶっちゃけノープランである。


そして兄とルークは仲良くやっているだろうか。

・・・どうしよう。まったく自信が無い。想像もつかない。
相当な無茶振りをした自覚があるのだ。人間を深く憎悪している兄に、彼ルークをたった一人で相対させるなど。
あの時は他に方法が無いと無理を通してしまったのだが。
今考えると不安で堪らない。
うっかりルークが兄に殺されたりなんかしてたら。考えて震え上がる。なんてことだ、笑えない。
なんだかもう現実逃避で、いっそ地平線の彼方まで飛んでいってしまいたい様な気分になる。
・・・いや、しないけど。

さて、人間達に見付からないように何処かで着陸しなければ。

今回の事で、いかに人間達かれらが竜を求めているかがよく分かった。

今の便利な生活が、いつか終わりがくることを受け入れられないのだろう。
竜片が尽きかけていることに気付いていながら、見て見ないふりをしているのだ。何処かに不安を感じながらも。

だからこそ、そんな中突如現れた竜にこんなにも熱狂したのではないだろうか。

ーーー前世の世界でも、何度も限りがあると言われていたものがあった。
枯渇すると、何度も警告をされているものがあった。

だが、それに対して私が何かをしたという記憶はまるで無い。

・・・きっとそういうものなのだろう。無くなるまで、失うまで。
本当の意味で気付く事など出来ないのだ。


『・・・ユフィ。無事か?』

そんな事をつらつらと考えながら飛んでいたら、兄から思念が届いて、私は精霊達に耳を澄ませる。

『・・・今、お前の言っていた人間と共にいる。』

・・・少々思念が苦々しい。だが、ルークの生存を確認して私はホッと胸を撫で下ろす。
さすがはルーク。ありがとうルーク。君の対竜能力の高さに私は涙を禁じ得ない。

『ーーーそう。良かったわ。私は無事よ。お兄様は大丈夫なの?怪我の具合は?』

私も思念を送り返す。

『ああ、問題ない。・・・心配をかけたな』

そう兄が返事を寄越し、私は心底安堵する。どうやら最悪の事態は脱したようだ。
あとは私が無事彼らと合流できれば完璧なのだが。

『お兄様、ルークと仲良くしてる?』

私は思わず気になっていた事を聞いてみた。
・・・返答は無かった。そうか、ダメか。

しばらくの沈黙の後、兄から再度思念が入る。

『・・・その人間から伝言だ。日没になってから闇に紛れて何処かに降りて、人間型でなんらかの交通機関によってベルフィスの町の方向に戻れ、だそうだ。』

・・・ざっくりである。ルークも如何せんどうにもし難いのだろう。蔵八宝
だが、逆に元の場所に戻るというのは良い考えかもしれない。
竜狩人や軍隊も私を追い、こぞってあの街を出て行っただろうし。

取りあえず日没までの時間稼ぎをすべく、私はなるべく高度で四方八方を適当に飛びまくった。

そして飛びながらベルフィスの街へ戻る方法を考える。

・・・何らかの交通機関とは一体何があるのだろう。
乗り合いの四輪車なんかは見た事があるが。それはベルフィスの街へ向かうだろうか。
頭がぐるぐる空回る。ああ、己の無計画さが呪わしい。

しばらくそんな風にふらふらと飛んでいると、ふいに遠い地上を走る一台の四輪車を私の目が捕らえた。
その窓から身を乗り出して風景を見ている美しい女性に、私は見覚えがあった。

ーーーどうやら神は私を見捨てなかったらしい。


『・・・セレスさんだ・・・!!!』


未だ元気そうな彼女を見て、私は泣き出しそうになった。


彼らの向かう先を遠く先回りして着陸し、人間型になると、竜型時に爪に引っ掛けて運んでいた鞄から服を取り出し身に纏った。
そして荒野を真っ直ぐ走る道の横で彼らの到着を待つ。
しばらく待つと、ジグさんとセレスさんの車が近付いて来た。
私は道に飛び出して手を振る。

するとそれを見たセレスさんとジグさんも驚いて車を止め、中から飛び出して来た。
彼女のその滑らかな歩行に私は顔が綻ぶ。

「・・・!ユフィ?ユフィなの・・!?」

私を確認すると、セレスさんの顔がみるみる笑顔になる。

「セレスさん・・・!」

数カ月ぶりに会う彼女は、想像していたよりもずっと元気そうだった。
私も思わず笑顔になる。

「まぁ、ユフィ・・・!会いたかったわ・・・!」

そう言って本当に嬉しそうに抱き締めてくれるセレスさんに、私も抱き付いた。
ジグさんも嬉しそうに笑ってくれる。

そして町から遠い荒野の真ん中で、独りぽつんと立っていた明らかに怪しい私を、何も聞かずに車の中に招いてくれた。

「・・・色々あって、ルークとはぐれてしまったので、近くの街まで送ってもらえませんか?」

彼らにそうお願いをしてみる。とりあえずどこかの街出られれば、某かの交通手段があるだろう。
ーーーだが。

「そんな水臭い事言わないで!どうせなら、目的地まで送るわ!」

と、セレスさんが真剣に言ってくれる。
私は驚いて首を横に振った。
そんな迷惑はかけられない。そう断ったのだが。

「君には返しきれない恩がある。ーーーそんなことお安い御用だ。是非送らせて欲しい」
急ぐ旅でもないしな。そう言ってジグさんも笑ってくれた。

そしてあれよあれよとベルフィスの街が目的地である事を吐かされ、四輪車は方向転換をする。

「本当にありがとうございます・・・!」

有り難くてたまらない。
私が深く頭を下げ礼を言えば、逆に少しでも恩が返せて嬉しいと二人は言ってくれた。

ここからならベルフィスの街まで四輪車で7時間位だという。

どうやら適当にジグザグ飛んで来たせいで、思ったよりベルフィスの街から離れなかったらしい。

私は急いで兄へ思念を飛ばした。韓国痩身一号
知人に拾ってもらった事。おかげで真っ直ぐにベルフィスの街に向かえること。大体7時間くらいでそちらに到着できること。

『ーーーその人間達は大丈夫なのか?』

不安そうな思念が兄から戻ってくる。
だが、私は笑って返事を返した。

『人間全てが、悪い訳ではないのよ。お兄様』

すると、『・・・そうか』、とだけ兄から返事が来た。
非難めいた言葉が返ってくると思っていた私は少し驚いた。

セレスさんとのガールズトークのおかげで7時間のドライブはあっという間だった。
久々の女性同士の会話はやはり楽しい。

だが、道の途中、この地方の領主の命によって検問が行われていたのにはヒヤリとした。
私は内心震え上がったのだが、セレスさんが私を『妹』だ、と言い張りなんとか事無きを得た。
本当に妹のようなものだと思ってるからいいのよ、と悪戯ぽく片目をつぶった彼女は最高だった。

「・・・竜を捕まえるのですって。馬鹿みたいだわ」

検問所を通り過ぎた後、セレスさんがぽつりと呟く。その言葉に私は目を見開いた。

「今更最後の一匹を捕まえた所でなんだというの。焼け石に水だわ。どうせごく一部の上流階級だけがその恩恵に与るのでしょう?・・・ならば自由に空を飛ばせてやれば良いのに」

そして彼女は嬉しそうに言った。今日の朝、空を飛ぶ竜を見たのだと。それがとても美しかったのだと。

ーーー兄だ、と私は思う。

あぁ、早く兄に会いたいな。話を聞き、兄の姿を思い浮かべれば郷愁が胸を締め付ける。
こんなにも長い時間兄と離れたのは初めてだったのだ。

夜遅く、ジグさんの四輪車は無事ベルフィスの街に到着した。

彼らはルークの元まで送ると言ってくれたが、丁重に断った。
もう二度と会えないかもしれない。そう思うと別れがたいが、セレスさんとジグさんの貴重な時間をこれ以上邪魔する訳にもいかない。

・・・それに、なによりも兄の気配を感じて。すぐにでもそこに行きたくて。

丁寧にお礼を言ってセレスさんとしっかり抱き締め合い、別れを惜しんだ後、すっかり暗くなった街を、私は兄とルークに向かって走り出した。





「お嬢さん。ちょっと良いかい?」

だが、私が深夜の街中を一心に走っていると、突然見知らぬ男に声をかけられる。
そして、あっという間に数人の男達に囲まれた。
・・・竜狩人だ。彼らの風貌で私は判断する。

まだ街の中に残っていたなんて。思わず舌打ちしそうになるのを必死に堪える。

「・・・何か用?私急いでいるんだけど?」

内心の動揺を隠しつつ、私はそっけなく言う。

「悪いがちょっと付き合ってくれないか?近くで白竜が見付かった事はお嬢さんも知ってるだろ?それでこの辺で銀の髪をしてる奴等にはみんなギルドで検査を受けてもらってるんだ」

白竜の人間型は銀髪と決まっているからな、と彼らは笑う。

バクバクと心臓が打ち鳴らされる。何て事だろう、ここまで来て・・・!
銀の髪の人間はそう多くない。だから総浚いと言う訳か・・・!
帽子でも被っておけば良かったと私は後悔する。

「まあ、竜ってのは大層な美形揃いだそうだから、お嬢さんが竜ってことはなさそうだけどな」壮天根

可愛いけど美女って感じじゃないよなぁと男共はゲラゲラ笑い合う。

悪かったな!!だったら見逃せよ・・・!!と色々傷付きながら私は思った。ーーーその時。

「ユフィ!何処だ!?」

少々離れた場所からのルークの声に私は顔をあげる。
人間を遥かに越える聴力がその音を拾う。

ーーーああ、会いたかった。・・・でも、怖い。
安堵と恐怖が同時にやって来る。
何かが喉をつまらせて「ここよ」と声を上げることができない。

すると、目の前の男が私の腕を掴んだ。

「きゃあ!」

驚いて私は短い悲鳴を上げた。

「俺らだって手荒な真似はしたくねえんだよ。・・・ギルドに来てもらって軽く検査と質問に答えてもらうだけでいいからさ」

だからそれが大問題なんだよ!と私は心の中で叫んだ。
やっちまうか・・・やっちまうしかないのか・・・!
手荒な真似をしようと、私が思わず拳を握りしめた時。

慣れた気配を背中に感じた。
それが彼だとすぐに分かる。だってこの一年間ずっと一緒にいたのだ。

「・・・俺の彼女に何か?」

走って来たのだろう、息を切らせながらルークが私の肩を抱き寄せ、目の前の竜狩人達を睨め付けた。
彼に自然に触れられて、私は心臓が高鳴る。

「ルーク・・・」

不安げに名を呼んで彼を見上げれば、彼は私を安心させるようにいつもの笑顔を見せてくれた。
もう二度とその笑顔が見れないと思っていた私は、思わず涙ぐむ。

私がルークにしがみつくと、目の前の男達は「・・・なんだ、あんたの恋人か。悪かったな」と大人しく引き下がって去っていった。

きっと竜狩人に抱きつくアホな竜などいないと判断したのだろう。・・・ここにいるが。
きっと見た目のレベルが竜じゃないと言うのも大きいのだろう。・・・竜なんだが。

彼らが見えなくなると、ルークは私を離し、両肩をがしっと掴んで私を確認するように上から下までをじっくり眺めた。

「ル・・・ルーク?どうしたの?」

鬼気迫るようなその様子に私は不安になって聞いた。

「・・・ユフィ、どこにも怪我は無い?」

確かめるように言われ、その雰囲気に飲まれた私はコクコクと頷いた。

「あああ〜!!良かったぁぁぁ・・・!!」

すると彼がそんな事を吐き出すように言い、脱力してしゃがみ込んだ。
な・・・何だと言うのだろう。

「だ、大丈夫だよ・・・?私は人間よりずっと丈夫だし」

そんなに心配させてしまったのかと、私はあわあわと我が身の丈夫さをアピールする。
するとルークは笑って立ち上がると私の頭を撫でた。

「ーーー行こうか。お兄さんが四輪車で待ってるよ」左旋肉碱

そう言って、そしてこちらに向かって差し出された手に私は自分の手を重ねる。
私の正体を知った今も、こうして彼が何も変わらず接してくれる事に涙が溢れた。

「・・・ありがとう、ルーク」

震える声でそう言えば、彼は私の手をギュッと握ってくれた。


ふたりで町外れに止めたという四輪車に向かう。
話を聞けばルークは思いの外、兄と上手くやっているらしい。

本当に凄いよ・・・!アンタの竜コミュニケーション能力・・・!
さすがはコアな竜オタクである。私は感動した。

そう言えば私もあっという間に彼のペースに巻き込まれて一緒に旅をする事になったんだった。
きっと兄も巻き込まれてしまったのだろう。

1年前の事を思い出して私は笑ってしまった。

「・・・しっかしユフィのお兄さんって、色々天然だよね」

とルークに笑いながら言われ、私は背中に冷や汗をかく。
何を言ったんだ、そして何をしたんだ、兄よ・・・!

「そう言えばユフィのお兄さんの名前、なんていうの?」

聞いても教えてくれないんだよねえ、とルークはちょっと不満そうに言った。
あら、名乗りもしやがりませんでしたか。兄よ。
まあ、彼の状況では致し方あるまい。

「・・・アルフレート、よ。母はアルフって呼んでいたわ」

「へえ、光アルフかぁ。・・・良い名前だね。」

「・・・本人と名前との乖離が激しいとか思ってない?」

そう言って私が笑えばルークも笑った。
どっちかというと、根暗なイメージだもんなあ。兄。

ルークとそんな話をしながら歩いていくと見慣れた四輪車が視界に入った。
・・・そこにある、世界中の誰よりも近しく慕わしい気配も。

私は居ても立ってもいられなくなり、走り出した。

そして四輪車のドアを開けた瞬間。中に引き込まれ、強く抱き締められる。

ーーーその匂いも温もりも。
私は、自分の半身に邂逅したような充足感に満たされる。

そこは懐かしくて、世界中のどこよりも私が安心できる場所。
誰よりも深く私を愛し、何よりも私を慈しんでくれる場所。

「ユフィ・・・ユフィ・・ユーフェミア・・・!」

私の首筋にその麗しい顔を埋めて、兄が呻くように私の名前を連呼する。

私も兄の背に腕を回す。そして傷を負ったその背中をそっと撫でた。


・・・これまでの竜生で、最も長かった一日がようやく終わろうとしていた。漢方薬

2015年9月6日星期日

彼の求婚

「娘を呼んでまいりますので少々お待ちください」

 そう言い残し、宰相は屋敷へと入って行った。
 彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。印度神油

「リディ!リディ!!」

 宰相が呼ぶその名前は彼女の愛称なのだろう。自分も是非呼びたいものだと思う。
 彼女の名前を聞き、待ちきれなくなってしまった私は宰相の後を追うことにした。
 ゆっくりと歩いていくと召使たちが私の姿を見て、次々と頭を下げる。
 すでに宰相から話を聞いているのだろう。よくしつけられた召使の態度に、流石だなと感心した。
 そうして玄関ホールに入り、辺りを見回す。
 私の正面に宰相の後ろ姿が見えた。そちらへ歩みを進める。

 と、ふいに視線を感じ、自然と顔をそちらへ向けた。

 ――――ああ、彼女だ。

 目が合ったのは、まさしく今朝逃げられてしまった彼女だった。
 紫色の目を大きく見開き、信じられないという表情をしている。
 彼女の姿を目にすると同時に、私の中で愛しさが膨れ上がった。
 歓びに口元が緩む。
 仮面越しではない彼女の姿に心が満たされた。
 無粋な仮面を取った彼女は昨夜みたままに美しく、あっという間に私の心を奪っていく。
 嗚呼、今すぐ彼女を抱きしめたい。
 宰相が私を来た事を彼女に告げてくれるが、それも耳には入っていなかった。
 ただ彼女を陶然とみつめていた。

「……王太子殿下?」

 彼女の紡ぐ声に我に返る。話しかけられたことは嬉しいが、呼ばれた名称には眉がよった。
 無粋だな、と暗然とする。
 そんな誰もが呼ぶ名称ではなく、私の名前を呼んでほしい。
 ずっとそう願っているというのに。
 柔らかな甘い声で『フリード』と、愛しい彼女にだけ呼ばれたいのだ。

 我慢できなくなった私は、即座にその思いを実行に移した。
 彼女の前に移動し、愛を乞うように跪く。何の躊躇いもなかった。

「初めまして、愛しい姫。私の名は、フリードリヒ・ファン・デ・ラ・ヴィルヘルム。今回貴女とこうして婚約の運びに至ったことをとても嬉しく思います。一度お顔を拝見したいと思い、こうして先触れもなく来てしまいましたが、ご迷惑でしたか?」

 そうだ、私はこうしたかったのだ。
 彼女に求婚し、会心の笑みを浮かべる。
 すでに私たちは婚約者だという立場ではあるが、彼女は私がこの婚姻に対しどう思っているのか分からないはずだ。
 私の明確な意思を理解してもらう為にも、宰相のいるこの場での求婚は意味があるものだと思えた。
 実際宰相は、私の本気を目の当たりにして目頭を熱くさせていた。

 彼女はまさか私がそうでるとは思っていなかったのだろう。
 私を見つめたまま石のように固まってしまっていた。
 そんな娘を父親が咎めるように急かす。
 父親の責めるような視線に負け、彼女はものすごく不本意そうに私に応えた。

「……そんな、迷惑だなんて。恐れ多い事です、王太子殿下。私はリディアナ・フォン・ヴィヴォワールと申します」

 宰相、協力に感謝する!!

 例え不本意だろうが、彼女から求婚の承諾を得た事が嬉しくて仕方ない。
 渋々差し出してきた手をとり、そのすべすべとした甲にキスをした。

 これで婚約は完璧に成立した――――!!

 喜悦の表情で、私はさらに自分の望みを告げる。

「ありがとう。私の事はフリードと呼んで下さい。リディアナ姫。貴女の事はリディと呼んでも?」
「どうぞ、殿下のお好きに」

 彼女からは、名前で呼ぶものかという気迫が伝わってくる。
 それに気づけども、可愛らしい抵抗にしか思えず、正直笑みしか浮かばない。
 少なくとも、彼女をリディと愛称で呼ぶ許可は取った。
 今はそれだけでも構わない。男宝(ナンパオ)

「照れているのですか?愛しいリディ。今はいいですが、そのうちフリードとその可愛らしい声で呼んで下さいね」

 私のお願いに震える彼女にもう一度微笑みかけ、宰相に声を掛けた。

「宰相、私はリディと二人だけで話がしたいのだけどいいかな?」

 その言葉に目の前のリディが強く反応するも、宰相は私の目をみて頷いた。
 先ほどの求婚によって、彼の私に対する信頼はかなり高まったようだ。
 二人きりにして欲しいという望みをあっさりと許可してくれた。

「勿論ですとも。では、どちらにご案内いたしましょう?我が屋敷の応接室などでしたら、殿下もご不快な思いをされないかと存じますが」
「私はリディの部屋をみてみたいな」

 急な展開について行けず、目を白黒させるリディを放って宰相と話をつける。
 やはり、事前に根回しをしておいて正解だった。
 彼の協力なしにはこの展開には到底持ち込めなかっただろう。

「左様ですか。殿下のお心のままに。……ではリディ。くれぐれも王太子殿下に失礼のないようにな」
「……はい、お父様」

 がっくりと肩を落とす彼女に、笑いが込み上げる。
 嫌々部屋へと案内する彼女の後に続き、その背中を追った。
 小さなため息が聞こえる。
 そんな彼女の様子に、つい声を掛けてしまった。

「ため息なんてついてどうしました?リディ。貴女の美しい顔にそんな憂いの表情なんて似合いません。どうか笑ってください」
「殿下……」

 複雑な顔をして私をみるリディは、何でもありませんと首を振った。

 ……しかし先ほどから不思議で仕方ないのだが、彼女は全く私に気が付いていないようだ。
 下手をすれば玄関で会った時にでも反応されるかもしれないと思っていたのだが、ここまで気づかれないと逆に感心する。
 髪の色は仕方ないにしても、声は変えていない。
 あれだけ長い時間、話しをし、共に過ごしたのだ。気づく可能性は十分あると思うのだが、それだけ彼女が混乱しているということなのかもしれない。

 彼女が自分に興味がないからというありえそうな理由には気づかないことにして、私は再び彼女の姿を追った。


 自分の部屋へと案内してくれた彼女は私を通すと、マナーを守って部屋のドアを少し開けたままにした。
 今さらとこちらとしては思わなくもないが、彼女は気づいていないのだ。
 婚約者が相手とはいえ未婚の女性としては当然の配慮だろう。
 だがそんなリディを見て、やはり彼女に欠けているのは『男女の作法』のみなのだと確信した。

「私の部屋です。特に面白いものなどございませんが……」

 彼女の部屋は、二間続きだった。
 案内してくれたこの部屋が生活空間で、奥の部屋が寝室なのだろう。

 大きめのソファに座り彼女と二人向かい合う。
 彼女がこの空間で生活しているのだと思えば、何もかも新鮮に思えた。

「リディがここで生活していると思うだけでも、私には興味深いです」
「……そうですか」

 正直な感想を述べたのだが、あまり本気には取ってもらえなかったようだ。
 改めて彼女を観察する。

 印象的なアメジストの瞳に、艶やかな茶色い髪の毛。
 しゃんと背筋を伸ばした姿は見惚れるほどに美しく私を惹きつけて離さない。

 惚れ直すと同時に、昨夜の彼女の痴態を思い出して下半身が熱をもった。
 慌てて思考を切り替える。房中油濕巾
 それでも彼女から目が離せない。
 恋とはこういうものかと思いつつ、お茶の用意にやってきた召使が頭を下げて出ていくまでの間、彼女が無言なのをいいことにうっとりと見つめ続けた。

 だが、幸せな時間は長くは続かなかった。
 召使が出ていくなり突然彼女が思いつめた顔で立ち上がったのだ。

「で……殿下!!」
「何ですか?リディ」

 どもりながらも私を呼ぶリディに、微笑みながら返事をする。
 ああ、どんな表情でも可愛い。 
 叶う事なら、早くフリードと呼んでくれないだろうか。

「わ……私、殿下に大事なお話があります!!」

 彼女を見つめ笑みを浮かべていると、彼女は唐突にそう述べた。
 話の内容は予測済みだ。どうぞと、話の続きを促した。
 何せこれを防ぐために、わざわざ宰相とともにやってきたのだから。

 彼女は真剣な顔をすると、自分に気合を入れるように口を開いた。
 彼女にとっては一生の問題なのだろう。
 必死さが伝わってくるが、こちらも当然逃がす気はない。

「わ、私、殿下とは結婚できません!!」

 ……分かっていても、聞きたくない言葉だ。

 ……うん、でもごめんね。
 それはできないんだ。諦めて?

彼の反撃

言葉を発した後、答えない私に耐え切れなくなったリディは俯いた。
 彼女の心の内が手に取るようにわかる。私がどう言うのか不安で仕方がないのだろう。
 様子を窺っているのが丸わかりの態度に、どうしようかなとわざとワンテンポ置く。

「……理由を聞いても?」

 彼女に最早逃げ道などないことは分かっている。
 その余裕から微笑みを保ったまま、理由を問うた。
 そうすればあからさまにほっとした表情をし、神妙に膝をつく。
 何をする気なのは大体予想はつくが、とりあえずはリディの好きなようにさせてあげよう。
 そう思い、彼女の話を聞くことにする。

 悲壮感を漂わせながらも父親は悪くないから責めないでほしいと、自分が全ての責を負うと言うリディに、そこまで思いつめる必要はないのにと思う。

 もし、と考える。婚約者が彼女ではなく別の女性だったとして。同じことをしてきた場合私はどうするだろうか。
 意に沿わない婚約を回避できたと喜ぶか、それともよくも馬鹿にしてくれたなと激昂するか……。
 結論は簡単だった。何とも思わない。
 昨日の夕食の内容よりもあっさり忘れてしまうだろう。そんな自分が簡単に想像できる。
 当然、責を負わせるなんてそんな面倒なこともするはずがない。

 だが、リディとなれば話は別だ。そんな結末許せるはずがなかった。
 いや、違うな。そんな状況に陥らせない、が正解だ。

「仰々しい話ですが、いいでしょう。これから先は、リディと私だけの話という事にします」
「ありがとうございます」
「それで?結婚できないとはどういうことです?」

 内心は綺麗に隠して、リディに問う。
 まずは彼女に全て胸の内を吐いてもらって、話はそれからだ。

「お恥ずかしい話なのですが、私は殿下と結婚できる資格を有しておりません」
「資格?貴女は筆頭公爵令嬢で、年も若く美しい。何よりこの私が貴女を欲している。何も問題はないように思いますが?」
「お戯れを、殿下。私にそのような価値などございません。殿下には大変申し訳ないのですが、私……その……」

 一生懸命私に伝えようとしたリディが、急に言い淀んだ。
 『処女ではない』とは流石に言い辛かったのだろう。大胆な行動の割に、些細な事を躊躇する彼女が可愛いと思った。
 そんなリディに微笑みながらも、手助けをしてやる。樂翻天

「……もしかして、貴女は処女おとめではない。そう言っていますか?」

 そう確認するように言えば、物凄い勢いでこくこくと頷いてきた。
 ああ、もう分かっているからそんな可愛い仕草で私を煽らないでくれるかな。

「そうです。言い訳にしかなりませんが、本当は本日中にでも父が帰宅した折に、その話をしようと思っておりました。殿下と婚姻を結ぶ資格もない私が、殿下にお名前を名乗らせてしまうなどという失態。本当に申し開きようもございません。お叱りは幾重にもお受けいたします」

 一通り彼女の言い分を聞いて、つい『危なかった』と声が漏れた。
 一日でも遅れていたら、間違いなく面倒な事になっていた。

 だが、間に合ったのだからもういい。
 おそらく、彼女の策はここまでだ。

 私は十分待った。 
 ……もう、捕まえてしまってもいいよね?

「気にする必要はありません、全く問題ありませんから」
「は?」

 にっこり笑い、そう言い切るとリディの目が点になった。
 予想外だったのだろう。必死になって如何に処女性が大事かを訴えてくる。

 うん、まあそれはそうなんだけどね。結果として貴女の処女は私が貰ったのだし、儀式は完了しているから何も問題ないんだよ。

 言葉にはせず苦笑しながら、リディの言葉を聞いた。

「殿下!!」

 泣きそうな顔で声を荒げるが、私は引かない。

「婚約は解消しません」
「だから、何故です!!私は処女おとめではないと言っているのです。王族との結婚は処女おとめであることが何よりも求められます。私よりも貴方の方がよっぽど分かっているはずでしょう!?」

 リディの強い言葉に思わず吹き出す。
 ああ、彼女だなあと怒られながらも思ってしまった。彼女のこういうはっきりとしたところがたまらない。

「ふふっ……」
「何がおかしいのですか!!」
「ごめんごめん」

 怒りに打ち震えるリディに謝って立ち上がる。
 もう、限界だ。
 今度こそ、彼女を手に入れる。そして二度と逃がさない。

 自然な動作で彼女の方へと移動する。
 警戒しつつも、此方の様子をうかがうだけのリディを立ち上がらせた。
 そしてそのまま抱きしめる。

「殿下!?」
「あー、ようやく捕まえた」
「は?」

 今朝方ぶりの彼女の柔らかい感触に息を吐く。
 腕の中で暴れるリディの抵抗を封じ込め、抱きしめる力を強くした。
 彼女の甘い匂いに心が歓喜に打ち震える。

「だから、大丈夫だって言ってるじゃないか。責任は取るって何度も言ったでしょう?……貴女の処女おとめは間違いなく私が貰ったのだから何も問題はないよ。そのことは誰よりも私が一番よく知ってる。誰にも文句は言わせない」プロコミルスプレーprocomil spray

 そろそろ私の正体に気づいてもらうため、わざと普段の口調に戻せばみるみるリディは青ざめていった。
 ……分かってくれただろうか。
 それでも駄目押しとばかりに彼女の耳元で囁いた。

「酷いよ。目が覚めたら、求婚して城に連れて帰ろうと思っていたのに。さっさと私を置いて帰ってしまうんだもの。抱きしめていたはずの貴女は何故か枕に変わっているし……ねえ?ダイアナ」

 腕の中で完全に固まってしまったリディの反応を楽しみつつ、私は言葉を続ける。

「あなたを探すのは大変だったよ。だって何も教えてくれないのだからね」
「……ア……ポロ?」

 ようやく昨日自分を抱いた男が誰なのか分かったのだろう。
 恐る恐る尋ねてくる彼女に正解だよといい、腕に力を込めた。
 それでもまだ信じられないという顔をしている彼女に、1つずつネタ晴らしをしていく。
 その度にショックを受けていくリディを宥めるように、小さなキスをいくつも落とした。

「ちょ……やめ……」
「つれないなあ。昨日はあんなに情熱的に愛し合ったっていうのに。ねえ、どうして貴女みたいな人があんな夜会に来たの?」

 予測はつくが一応彼女の供述も聞こうと、この機会に尋ねておく。
 暴れる彼女の可愛い抵抗は封じておく。

 悔しさに顔を歪めながら私を睨みつけたリディは、被っていた猫を取り払った。

「……貴方と結婚したくないから、手っ取り早く処女喪失しようと思っただけです!!それで後腐れなさそうな遊び人の噂を思い出したから……」
「やっぱりそれが目的か。……それであんな風に誘いに乗ってきたんだね。まあ目的は私だったみたいだから今回は許してあげるけど。……二度は許さないよ?」

 思った通りの理由に、だけど彼女の口からでた言葉に怒りが込み上げる。
 今回は私が相手だったからよかったものの、やはり別の誰かという可能性だってあったわけだ。自分以外の男とだなんて思う事すら許せそうもない。
 嫉妬に焼き切れそうな思いでリディを見ると、気まずげに視線を逸らされた。

「……私とあなたの関係はあれで終わりです。二度なんてありません」
「やだなあ。私たちは正式な婚約者じゃないか」
「だからそれは解消すると!!」

 リディがそう言葉にした瞬間、自分でもわかるくらい酷く残忍な気分になった。
 馬鹿な事をいう彼女をどう懲らしめてやろうか。そんな想いが頭の中を支配する。

「……同意しないよ。当たり前じゃないか。夜会で一目ぼれした彼女が、自分が探し求めていた理想そのものだったんだよ。しかもすでに自分の婚約者。こんなおいしい状況、私が見逃すはずがない。……絶対に逃がさない」

 そう宣言して、彼女を捉える。
 「理想って何」と尋ねるリディには答えない。
 『男女の作法』という言葉さえ知らない彼女が知る必要はない。
 さらりと話題を変える。

「でもさ、筆頭公爵令嬢の貴女と、王太子である私が今まで一度も会ったことがないだなんておかしな話だよね……」

 どうせ彼女が一枚噛んでいたんだろうと思い話題を振ってみた。

「宰相は貴女と私を会わせたかったみたいだし、実際何度もセッティングはされた。なのに今まで一度も実行されたことはなかった。どういうことかな?」

 そう聞けば、リディはもうどうでもいいと苦々しげに口を開いた。

「……父が私の夫に殿下を望んでいたことは知っています。私にできる、ありとあらゆる手段を使って逃げました」
「じゃあ、病弱という話も嘘?」
「病気なんてほとんどかかったことがありません」

 どうやら、全て彼女の策略だったらしい。
 しかしそこまでされると、本気でへこむ。
 思わず天を仰ぎながらつぶやいた。

「参った、私はそこまで嫌われていたの?」早漏克星