2015年9月2日星期三

殿下と騎士と贈り物

「今年もこの時がやってきたか……」


 アルフォンソ・ヨハネス・イル・デ・サヴィアーはこの国の王太子である。
 濃い緋色の髪に、金にも見える鮮やかな琥珀色の瞳。王家の紋章である“月喰らう狼”に相応しい精悍な整った面差しは、自然と滲み出る高貴さによってさらに近づきがたくなっていた。SLEEK 情愛芳香劑 RUSH 正品
 執務室の窓際に一人佇む姿は一幅の絵のように美しく、見る者がいないのが惜しいほどだ。いつもは自信に満ちている若い王太子が今はわずかに眉宇を寄せて憂いを漂わせているため、そこはかとない色香が漂ってさえいた。
 執務室の静寂を、無造作なノックが破る。
 艶やかな鳶色の長髪に、目尻の下がった甘い美貌、清廉なはずの騎士服を軽く着崩した青年は、この絵のような一室に入り込んでも違和感はない。

「アルー、王宮騎士団の来年の予算のことで、相談なんだけどさぁ」
「後にしろ、ラウレンツ。私は忙しい」

 侍従を通しもせず、王太子の執務室にずかずかと入ってきたラウレンツを、アルフォンソは見もしないで切って捨てた。
 それでも、生まれた時からの付き合いである乳兄弟は気にも留めない。

「いやいや、一人で枯れた庭を見てたそがれてる場合じゃないって。財務長官が今年は早く提出しろってうるさくてさ。去年、騎士一人につき可愛い侍女二人つけるならこの程度の予算になりますって出したのを根に持ってるんだよ、あのオッサン。あんなの冗談にきまってるのに」
「だ・ま・れ。後にしろと言ったのが聞こえなかったのか?」

 アルフォンソは痺れを切らしたように振り返り、じろりと鋭い眼光を向ける。

「だいたい、あれはお前が全面的に悪い。あのふざけた試算表を、完璧に書式を整えて提出するなど手が込み過ぎて嫌味だ。あれで別に正式書類があるとは思わないだろう」
「すっごい時間かかったんだよねぇ、あれ。ちょっとしたお茶目ってやつ?」
「二通り予算を作るほど暇があるお前と違って、私は忙しい」

 アルフォンソは窓際から離れ、重厚な執務机の前の椅子にどっかりと座った。
 机の上に広がったものを見て、ラウレンツは生ぬるい目付きになる。

「一応聞くけど、何で忙しいって? 騎士団の予算編成より重要なことだよね?」
「無論。―――来月はフィリィの誕生日だ。もう時間がない」

 広い机の上には、若い娘が好みそうな小物から家宝級の宝石類まで、様々な商品を掲載した冊子が何冊も広がっている。
 中には“若い女性へのプレゼントに大変好まれています”という煽り文句がある商品に丸印がついていたりするので、何をしていたかは明白だ。
 整った顔に苦悩を滲ませた主君を、ラウレンツは鼻で笑う。

「こんなところで悩んでる前に、本人に向かって愛称で呼べるぐらい仲良くなって、誕生日に欲しい物を聞けばいいのに。裏では勝手に愛称で呼んでるくせにさ」
「……う、うるさい。別に呼ぶ機会がないだけで、私達は愛称で呼び合える関係だ。なにしろ、六歳の時からの付き合いなのだからな」
「フィリアちゃんは『殿下』って呼んでるよね」
「フィリィは奥ゆかしいのだ。私の身分をはばかって、控えているだけだ」

 そう、ラ・ローヴェ公爵令嬢であるフィリアは幼い頃から利発で、白薔薇のような華やかで可憐な美貌の令嬢であるにもかかわらず、非常に控え目な少女だった。何しろ、両親が友人同士であり、幼い頃から一番王太子に近い場所にいるにもかかわらず、決してその立場を誇示しようとはしない。
 そもそも次の誕生日には十八歳になろうかというのに、貴族の社交場にめったに姿を見せないのだ。ゆえにその身分にも関わらずあまり噂にも上らず、王太子が昔からこの令嬢に思いを寄せていることを知っているのは、ごく一部の人間だけだった。
 その一人であるラウレンツは、自分が仕えるべき主君を憐れみの目で見る。

「まぁ、妄想だけは自由だし」
「お前、たいがい無礼だが、その前にお前こそ『フィリアちゃん』などとふざけた呼び方をするな」

 聞き流したように見えたが実は引っかかっていたらしいアルフォンソは、不快そうに机を指で叩く。

「あれは将来王太子妃になるのだから、軽々しい扱いをしてもらっては困る。レディ・フィリアか、ラ・ローヴェ公爵令嬢と呼べ」
「婚約どころか恋人でもないアルに言われる理由はないよー。だって俺、フィリアちゃん本人に許可もらってるし」
「なんだとっ?」

 自分ですら何カ月も話どころか顔も見ていないのに、と顔色を変えるアルフォンソに、ラウレンツは実にいい笑顔を向けた。

「一月ぐらい前かな。親父の名代でラ・ローヴェ公爵に会いにいって、閣下が約束の時間に遅れるとかで、その間相手してもらってたんだ。いやぁ、可愛いかったな、フィリアちゃん」
「私は聞いてない!」
「そりゃ実家の用事だし、アルに報告するまでもないよね?」
「くっ……」

 ラウレンツの言い分は正しいが、絶対に一番効果的な場面で言うタイミングを狙っていただけだ。

「俺、ちゃんと喋ったの初めてだったけどさ、いいよねフィリアちゃん。美人なのはもちろんだけど、そのへんのお嬢さんみたいに騒がしくなして、落ち着いてしっとりしててさ。何より巨乳だし。同い年に興味なかったけど、いっちゃおうかなぁ」
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「でもさぁ、俺とフィリアちゃんはお互いに婚約者もいない独身で、俺は一応伯爵家の長男だけど弟がいるから公爵家に婿入りするのも問題ないし、アルよりずっと似合いで好条件な相手だと思うけどな」

 アルフォンソは怒りのあまり声も出ないようで、拳を握りしめている。
 確かに、ラウレンツの言う事が正しい。アルフォンソの場合、結婚するには必ず相手が王家に輿入れしなければならない。フィリアは身分的な問題はないが一人娘で、王太子妃になった場合に公爵家の家督をどうするかという問題が発生する。
 それだけでなく、あの娘を溺愛している公爵が、王家とはいえ娘を家から出すかどうか。

「……だがっ、お前のように節操のない男は、フィリィに相応しくないし公も認めぬ」
「それってアルに言われたくないなぁ。フィリアちゃんの手も握れないくせに、性欲処理だけはきっちりやってるんだから」

 もはや返す言葉もなく、沈黙するしかない。
 好きな相手フィリアの前に出ると、なぜか持ち前の傲慢さに磨きがかかって彼女を臣下のように扱ってしまうアルフォンソ。互いの幼少期を知っているせいもあって、淑女扱いをするのが気恥ずかしく、ましてや口説くような真似ができるはずもない。
 ただ女の扱いを知らないわけではなく、むしろその身分と美貌もあってどんな女性でも思い通りにできるアルフォンソは、思春期から相手に不自由したことがない。
 王太子と言う立場がら大っぴらな遊びはしていないし、近くにラウレンツという名うての女たらしがいるせいで目立たないが、十八歳の青年らしい欲求はきちんと発散しているのである。
 問題のない相手を選んでいるが、面倒になりそうな時はラウレンツが引き受けて相手をしているので、その手の事は筒抜けだし、この点に関してはアルフォンソは強く出られない。
 主君を言い込めて満足したらしいラウレンツは、ようやく本題に戻った。

「ところで、プレゼントだけどさ」

 ラウレンツが『王都の令嬢の間で大人気!』と書かれたアクセサリーが紹介された冊子を手に取り、ぱらぱらとめくる。

「この前思ったんだけど、フィリアちゃんってちょっと変わってるよね。こういう普通のお嬢様が喜びそうなものって、あんまり喜ばないんじゃないかなぁ」
「いや、だがいつも流行にのったものを身につけているし、部屋も若い娘らしいもので溢れているからな。当然、こういったものは好きなはずだ」

 お前は知らないだろうが、とちょっと優越感を滲ませるアルフォンソ。
 ラウレンツは気にした様子もなく、次々と冊子をめくりながら首を傾げる。

「でも、あれって公爵の趣味でしょ。毎日のように服やら靴やら届いて困るって言ってたし。彼女の部屋が少女趣味全開なのもそのせいらしいよ」
「……なんだと。何故私が知らないことをお前が知っているのだ」
「そりゃ、フィリアちゃんとおしゃべりしたからね」

 話が弾んだよ、とおざなりに返すラウレンツに、アルフォンソはショックを受けて固まっている。
 十年来の付き合いである自分も知らないことを、たった一月前に一度話しただけのラウレンツが知っていたのだから、愕然とするのも当然だ。
 今度は特に意図したわけでもなく主君をどん底にヘコませた臣下は、全く気にとめていない。

「うちの母親に聞いたら、どうも公爵自らデザインの指示をすることもあるみたいで、ここ数年は、フィリアちゃんのために公爵が作ったドレスの形がその年の若いお嬢さん方の流行りになってるみたいだよ」
「……初耳だ」
「俺としては、アルが知らないのが驚きだよ。うちの母親より、王妃様のほうがよっぽどその辺の事情は詳しいのに」

 公爵とアルフォンソの父である国王は友人だが、母である王妃はフィリアの生母の親友だった。亡き友の忘れ形見を気にかけている王妃なら、もちろんそのことは知っているだろう。

「毎年この時期になるとプレゼントに悩んで大騒ぎしてるくせに、王妃殿下から教えてもらわなかったわけ?」
「母に助けを乞うわけにはいかぬ。私がフィリィに贈るのだから、私が考えたものでなければ」
「……まったく、へんなところで頭が固いんだから。てゆうか、フィリアちゃんに関してだけは思考が斜め上にいくのか」
「いい加減無礼だぞ、ラウ」
「はいはい、大変ご無礼を仕つかまつりましたー」

 同い年だが年下をいなすようなラウレンツ。
 どんなに軽口を叩いていてもアルフォンソは絶対的な主君であり、普段の彼ははそれに相応しい鋭気溢れる青年であるのだが、フィリアに関することでは同年代の青年と同じかそれよりはるかに使えなくなるので、扱いが軽い。

「真面目な話、女性にプレゼントを贈るのに情報収集は欠かせないよ。趣味を把握していても、似たような物をすでに持ってるかもしれないし、それってもらって一番微妙なパターンでしょ」
「それは最もだが…」
「本当は相手の侍女あたりに探りを入れられるといいんだけど、公爵家の使用人は守りが堅いので有名だし。やっぱり王妃様に相談したら?」
「恐らく母は無理だ。フィリィのことでは邪魔も協力もしないと明言されている」
「あぁ、王妃様なら言いそう。好きな女ぐらい自分で口説き落とせ、って?」

 まさしくその通りだ。
 アルフォンソの母である現王妃を一言で言うなら「男前」で、政治に関しては廷臣たちから王と同様の信頼を置かれており、社交界では名だたる紳士貴公子を押さえて淑女たちから断トツの人気を誇っている。
 息子に対しても父王以上に厳しく教育しており、こと「男らしくない」と「紳士らしからぬ」行為に対しては鉄拳制裁が飛んでくる。RUSH PUSH 芳香劑
 アルフォンソとフィリアが他に釣り合う相手も見当たらないのに婚約すらしていないのは、公爵の妨害以上に王妃の意向があるからだ。王家の威を振るえば例え公爵家とて従わざるを得ないのに、アルフォンソの力でフィリアの同意を取り付けるまでは婚約はならん、というわけだ。

「……流行りのものがだめなら、ますます打つ手がない。今年は絶対に失敗できないのだが」
「十八だもんね、俺たち」

 十八歳といえば、正式に成人と認められる年齢だ。
 未成年は親の後見がなければ婚約も婚姻も無効になるが、十八歳になってしまえば必要はない。教会に駆け込みさえすれば自分の意志で結婚できる年になったというわけだ。
 立場上フィリアが家の事情を無視して結婚するなどあり得ないが、成人したということは縁談も今以上に増えるだろうし、彼女にいい寄る男も増えるだろう。幼なじみとはいえ、何ら進展していないアルフォンソが気合を入れるのも無理はない。

「王妃様がだめなら……そうだ!」
「なんだ?」
「アル、ルカ・デ・ラ・ローヴェとは面識がある?」
「フィリィの弟だろう、後妻の連れ子の。一度挨拶を受けたことはある」

 天使のような白金髪の少年の顔は、さほど苦労しなくても思い出せた。

「フィリアちゃんに聞いたけど、弟君は難しい年頃らしくて、最近は口もきいれくれないんだってさ。昔はけっこう仲良しだったのに」
「それがどうした?」
「だから、弟君ならお姉さんの情報を横流ししてくれるんじゃないかな、って」
「口もきいていないのだろう? そんな状態で情報があるとも思えないが」
「でも、こうして部屋で悩んでいるよりは建設的じゃない?」

 渋るアルフォンソに、ラウレンツは笑顔で一冊の冊子を突き付けた。

「少なくとも、アルの趣味で選ぶよりは絶対いいものが選べるって保障するよ」

 開いたページには『大人になる大切な彼女へ…』という表題と、レースやシフォンで造られた華やかで扇情的な下着の数々の写真。
 そこには二重丸がついていた。

「こんなものを恋人でもないお嬢さんに贈ったら、間違いなく二度口をきいてもらえないよ?」
「…………うむ、やむをえん」

 うすうす自覚はあったのか、アルフォンソはルカに会いに行くことを了承した。

公爵家の人間に知られずにルカに会う事は、案外簡単だった。
 ルカは今年から、王立学舎の高等学術院に在籍していたのだ。アルフォンソの祖先である三代目王グレゴリオ一世の肝いりで設立したという学舎は、王城のほど近い場所にあった。
 そういった由来を持つ学舎ゆえに王族との繋がりも深く、学舎には立派な貴賓室があった。
 お忍びで学舎を訪れたアルフォンソとラウレンツが通されたのも、その中の一室だ。

「失礼いたします。ルカ・デ・ラ・ローヴェ、参りました」
「どうぞ、入って」

 ラウレンツの許可を待って扉が開くと、十四、五歳ぐらいの少年が姿を見せた。
 その年頃の少年としては細身だろうか。光を弾くプラチナブロンドが白い小さな顔を縁どっていて、教会の天使像に命が吹き込まれたかのような端正さだった。
 優雅に一礼した小さな紳士に、ラウレンツが朗らかに声をかける。

「殿下の御前だけど、今回は非公式のことだから楽にして。座っていいよ」
「恐れ入ります」

 言葉ほど恐縮した様子も見せず、ルカは向かいに腰を下ろした。二人掛けの長椅子に座っているので、少年の華奢さが際立つ。両膝の上に置いた手は黒い手袋に包まれており、それが異様といえば異様だ。
 十五になるのだったか、と思い出しながら、アルフォンソは軽く咳払いした。

「あー、ルカ・デ・ラ・ローヴェ」
「はい、殿下」
「お前に重要な役目を命ずる。一週間以内に、レディ・フィリアが今一番必要としているものを調査してこい」

 まるで出撃の指令書でも読み上げるように無駄に重々しく言ったアルフォンソに、ルカは大きなエメラルドグリーンの瞳をぱちくりと瞬きした。
 アルフォンソの背後では、ラウレンツが頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。

「アル……なんでフィリアちゃんと前と同じような、俺様王太子仕様なわけ?」

 初対面のルカがいる前で主君を叱り飛ばすわけにはいかなかったのか、声を潜めて非難するラウレンツ。

「し、仕方ないではないか。フィリィが可愛がっている将来の義弟だ、対応には気をつけねばならんだろうっ」D10 媚薬 催情剤
「だーかーらぁ、それで偉そうになる理由がわかんないって。なんでフィリアちゃんが絡むと面白いことするかなぁ。アルの傲慢っぷりに将来の弟君が驚いてるよ?」

 まだ小さいのに可哀そうじゃないか、ラウレンツがらしくもなく気を使ったのは、自分も可愛がっている弟妹がいるせいだろう。
 ルカは年齢より華奢で表情の薄い大人しげな少年に見えて、子供は庇護対象であるというまっとうな意識を持っているラウレンツは、無駄に威圧感のあるアルフォンソに委縮していないかと、ちらりとルカを窺う。
 ルカは大人しく座ったまま、ひそひそと低く言い合う年長の青年たちを眺めていた。
 そのエメラルドを研磨したような無機質な瞳に怯えはないが、かといって子供らしい感情があまり見えず、表情も乏しいので感情が読み難い。

「えぇっと、ルカ君? 要するに、殿下は姉君の欲しがっているものをお知りになりたいんだよ」
「……姉上の。なぜですか?」
「そんなことも分からないのか、来月はフィリィの誕生日だろう」
「……フィリィ?」

ルカの眉がぴくりと動く。

「お前、フィリィの弟で同じ家で暮らしているのだろう。それぐらい知っておけ」

 そこはかとなく嫉妬と羨望が漂っているアルフォンソの発言に、ルカは動じることなく首を傾げる。

「もちろん姉の誕生日は覚えていますが、なぜ急に? 失礼ですが、僕の知る限り殿下から姉上に贈り物が届いたことはありませんが」
「なんだと? 毎年贈っているに決まっているではないか」
「いいえ、王宮からは複数届きますが、使者は王妃様の名代で陛下と殿下も連名になったカードが添えられているので、姉は王妃様からのものと認識しています」
「なにっ! それは本当か!?」

 愕然とするアルフォンソと、あっさり頷くルカ。
 毎年毎年何か月も悩みぬいて送った品が家族と連名になっていて、自分の想いが欠片も届いていないのだから、そうなっても仕方ない。

「……殿下、ご自分でカードをお書きにならなかったんですかね?」
「わ、私とフィリィの間に言葉など…」
「不要ではありませんよ。むしろ最も足りてません」

 いつもと違う丁寧な口調ながら、ラウレンツの視線は氷河よりも冷たい。
 ラウレンツの場合、例え贈り物は人に手配させても、それに添えるカードは手書きするものだ。そういう些細なことが女性には大事だと知っている。
 なぜそんな簡単なことが分からないんだ、という冷ややかな視線がアルフォンソの後頭部に突き刺さった。

「あの、要するに殿下は姉の誕生日に贈り物をしたい、ということでしょうか?」
「そ、そういうことだ。分かったなら心してかかれよ」

 気まずさをごまかすために椅子にどっかりと座り直したアルフォンソに、ルカは気にすることなく頷く。彼の方がよほど大人びている。

「かしこまりました。でもそういうことでしたら、簡単です」
「……分かるのか?」
「はい」

 ルカはにっこりと微笑んだ。彫像が急に人間になったかのように、緑の瞳がきらきら輝いている。

「姉は猫が大好きなんです」
「猫? 聞いたことがないが」
「父が猫アレルギーなので、秘密にしているんです。父が知ったら、自分の体を悪くしても姉に猫を飼ってあげるに違いないので」
「公ならそうだろうな」

 あの溺愛っぷりではやり兼ねん、と納得するアルフォンソ。

「時々猫が庭に入り込んでくるとずっと眺めていて、出ていくのをものすごく寂しそうにしているんです。ですから、本物の猫は無理でも何か姉の慰めになるような品がいいのではないかと思って」
「それはいい考えだ」

 気に入ったのか今すぐにでも探しに行きかねないアルフォンソを、ラウレンツが冷静に制した。

「待ってください、殿下。ルカ君、聞いていいかな」
「はい」
「君、フィリアちゃんのことをどう思っているの?」

 ルカは、どうしてそんなことを聞くのだろうというように首を傾げたが、素直に答えた。縮陰膏
「大切な家族ですよ。幼い頃はずいぶん世話をしてもらいましたし」
「でも最近あまり話もしてないらしいけど」
「……それは、僕もものが分かる年になったということです。僕は後妻の連れ子にすぎませんし、公爵家のたった一人の直系である姉とは立場が違うことをわきまえたんですよ」

 それまで淡々と答えていたルカが、声変わりしたばかりの声に少し苦さを滲ませる。
 王太子の乳兄弟で側近、そして将来の国王の右腕となることを嘱望されているラウレンツの灰紫の瞳が、何かを測るように眇められた。
 まだ十五歳の少年に過ぎないルカは、その視線を真っ向から受け止た。

「ですが、姉が大事な存在にはかわりありません」
「そう、その大事なお姉さんの情報を、殿下とはいえよく知らない相手にやすやす渡してもいいのかな?」

 ラウレンツが引っかかったのはそこだった。
 誕生日の贈り物のためとはいえ、公爵家がフィリアの情報を可能な限り規制しているのを知らないとも思えないルカが、あっさり情報を漏らしたのが気にかかる。

「あぁ、それですか。殿下は姉に好意を持ってくださっていて、婚姻のことも考えてくださっているのでしょう?」
「むろんだ」
「でしたら、姉の幸せを願わない弟はいませんよね? それに……」

 硬質な緑の瞳が、一瞬妖しく揺らめく。

「姉上が王家に嫁いでくれたら、公爵位は僕のものですから」
「……なるほど、ね」

 幼さの残る端正な美貌に似合わぬ、何かを秘めたその目。
 ラウレンツは納得した。この少年はその目的のために王太子と側近を目の前に圧倒されもせず、瞬時に最も自分の利益になる選択を選び出したわけだ。
 可愛げは皆無だが、悪くはない。特に冷静で狡猾であるとさえいえる思考は、ラウレンツに自分と相通ずるものを感じさせ、ルカを認めさせた。

「そういうことなら、とことん協力してもらおうか」
「もちろんです。目的のために、尽力は惜しみません」

 アルフォンソに任せていたら、いつまでたってもフィリアとの進展はない。彼が的外れな行動をしてその度に大騒ぎされると、仕事は溜まる一方でラウレンツにしわ寄せがくるのだ。
 お互い利用できるものは利用するということで、存分に使える駒を手に入れたというわけだ。

「君とは仲良くやれそうだよ、ルカ君」

 当事者のアルフォンソを放置してにっこりと喰えない笑みを浮かべたラウレンツに、ルカは何も言わずに薄く口の端を上げただけだった。

 この時、ラウレンツの推測はある意味正しく、そして根本的に間違っていた。
 ルカは確かに自分の目的のためにアルフォンソに協力を約束したが、その目的は爵位ではなく、フィリアとアルフォンソを完全に引き裂くことだ。
 ルカは王太子からの依頼と言う形の命令には逆うことは得策ではないと判断し、逆に相手の懐に飛び込むことで目的を達しようとしている。
 そこを見誤ったのは完全にラウレンツの失態である。
 だが誰が、たった十五歳の少年が将来の国王とその側近を欺あざむいてもかまわないというほどの情愛を、義理の姉に向けていると知る事ができるだろうか。
 これは自分の幼さを逆手に取ったルカの勝利で、この瞬間に未来は決まったのかもしれない。

 薄く笑う緑の瞳の少年の目的を、いまはまだ誰も知らない。SPANISCHE FLIEGE

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