2015年9月20日星期日

 昼食として、味噌汁以外にはパンとスープ、焼き魚、サラダ、フルーツが出された。
「それほど贅沢はしていないのですよ」
 エカルト・テクレスも仁たちと同じ物を食べている。
 ゆっくりと昼食を摂った後、今度は冷たいテエエが出された。それを飲みながら、話が再開される。
「さて、皆さんは何か要望があるとか?」新一粒神
「ええ、そうなんですよ」
 エカルトの雰囲気に流され、切り出せなかった話がようやく出来ることになった。
「猫を見せていただきたくて」
「ほう、猫をご存じですか。これは嬉しい」
 微笑んだエカルトは侍女の1人に目配せをした。その侍女は急いで部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。腕の中に白猫を抱いて。
「これが私の飼い猫のうちの1匹、『アクア』ですよ」
 仁が蓬莱島で作ったゴーレムメイドと同じ名だった。その理由は猫を見てすぐにわかる。
「綺麗な目をしているでしょう?」
 瞳の色が水色をしていたのである。
「エルザの目に良く似てるなあ」
 ラインハルトのセリフに、エルザは猫の顔を覗き込む。
「……似てる」
 エルザに覗き込まれたアクアは『にゃあ』と一声鳴いた。
「お抱きになりますか?」
 エカルトがそう言うと、侍女はエルザに向かってアクアを差し出した。
 おずおずと手を差し伸べ、エルザはアクアを受け取った。生き物の重みと温もりが伝わってくる。
「……可愛い」
 アクアはおとなしい猫らしく、初めてのエルザに抱かれていても嫌がる素振りを見せなかった。それどころかエルザに頬ずりをしてくるほどの懐きよう。
「はは、懐かれてますね。その猫はうちで一番おとなしくて人懐こい猫なんですよ」
 飼い猫を気に入ってもらえたのが嬉しいのか、にこにこ顔でエカルトは言った。
「わたくしにも抱かせてくださいまし」
 ベルチェがエルザのそばへ寄った。
「うん」
 受け取ったアクアを胸に抱き、ベルチェはご満悦。
「うふふ、可愛いですわ。早くラインハルト様との赤ちゃんも抱いてみたいですわね」
 などと呟き、直後に赤面する一幕も。
「どれどれ、……ふうん」
 サキもおっかなびっくり抱いてみて、その感触に頬を緩めたり。
 ステアリーナ、ヴィヴィアンと順にアクアを抱いて、いよいよ仁の番になった。
 ふーっ、と爪を立てられる……こともなく、仁はアクアを抱くことが出来た。そして。
「『知識転写トランスインフォ』レベル3・マイルド」
 エカルトに聞こえないよう小さな声で詠唱し、ポケットに忍ばせた魔結晶マギクリスタルに行動パターンを転写するのであった。
 マイルドのオプションを付けたのは驚かせて引っ掻かれることを避けるためだ。
 レベル2で十分なところをレベル3にしたのは、人間と違い、転写内容が混在していることを考慮し、幾分多めに、という配慮である。
 最後にアクアを抱いたのはラインハルト。
 ふしゃーっ! と、毛を逆立てられる……こともなく、アクアはラインハルトの腕の中。
「ふん、温かいな」
 アゴの下を撫でてやると喉をごろごろ鳴らすアクア。
 全員、まあアクアに嫌われることはなかったようだ。

 訪問の目的も終え、思わぬ収穫もあった。
 時刻は午後2時。話題も途切れ、そろそろお暇しようかと思った、そんな矢先。

 急に屋敷内が慌ただしくなったかと思うと、広間の扉が大きな音を立てて開けられた。
「旦那様! 一大事です!」
「これ! お客様がいらしてるのだぞ!」
 血相を変えた職人風の男が駆け込んできて大声を上げ、エカルトはそれを窘めた。
「は、申し訳もございません! ですが、ですが、『船』が!」
「……事故でも起こったというのか?」
 狼狽えて言葉がすぐに出て来ない職人を見かねて、エカルトは冗談交じりの推測を述べた。だが、それは不幸にして的中する。
「は、その通りです!」
「……なんだと? もっと詳しく話せ!」」
 顔色を変えたエカルトは、仁たちが傍にいることを忘れたように職人に問いただした。
「足場が崩れて、10人が下敷きに!」
「何!?」
 椅子を蹴るようにして立ち上がったエカルトは、仁たちに向かって一言。
「中座することをお許しください。何か不都合が起きましたようです。本日は有意義なお時間をありがとうございました」
 軽く礼をし、急いで部屋を出ようとした、その背中に仁が声を掛けた。
「待って下さい! 我々に何か出来ることは?」
 崩れたとか下敷きとか、どう考えても人命に関わる事故が起きているとしか思えない。
 そしてそれを無視していられるほど仁は冷たくはなかった。それは仲間たちも同じ。
「……怪我をした人がいるなら、治します」美人豹
「そうですよ、ここまでお話は聞こえていました。出来るだけのお手伝いをさせて下さい」
 エルザも、サキも、ラインハルトも、ベルチェも。そしてステアリーナとヴィヴィアンも。
「人命に関わることならここで躊躇していてはいけませんわ。苦情でしたらあとで伺います。まずは救助が先決ですわよ!」
 そこまで言われて、エカルトは心を決めたようだ。
「わかりました、皆さん、お供と共においでください!」
 そして今度こそ、部屋を出るために走り出した。仁たちもあとに続く。
 屋敷の裏手の方へと向かって続く長い廊下を駆け抜け、更に渡り廊下を通って、やって来たのは巨大なドック。そこから悲鳴が聞こえている。
 庭を横切ってドック内に入ると、そこは阿鼻叫喚の様相を呈していた。
 ドックの中央には建造中と思われる巨大な木造船があり、その周囲に木で足場が組まれているのだが、その足場が半分崩壊し、人夫たちがその下敷きになったらしい。
 船の建造材も半ば崩れて落下し掛かっており、下手をすると二次災害が起きそうである。
 無事だった者たちも軽い怪我をしている者が多い。
 何体かある作業用ゴーレムも、この事故で足場の下敷きになったらしく、動作不良を起こしていた。
「これは酷い……」
 現場を一目見て、仁はその惨状に顔を顰めた。エルザやサキも息を呑んでいる。ベルチェは唇を噛みしめ、ラインハルトの腕をぎゅっと掴んでいたし、ステアリーナとヴィヴィアンは互いの腕を知らず知らずに強く握りあっていた。
「無事だった者は足場を片付けろ! 下敷きになった者を助けるんだ!」
 エカルトはそう叫ぶと、自ら崩れた足場をどけようと手を伸ばした、その時である。
 残っていた足場が崩れ、落下してきた。
「危ない!」
 黒騎士シュバルツリッターが飛び出した。その頑丈な背で落下してくる桁材を受け止める。
「あ、ああ……」
 エカルトは青ざめていた。もし黒騎士シュバルツリッターが庇ってくれなければ、直撃を受けていただろうから。
「エカルトさん、全員退避させて下さい。ここは我々が引き受けます」
 仁の言葉に、若干躊躇いを見せたエカルトだったが、
「人間がいない方が捗りますから!」
 続くその言葉に、ここは仁たちに任せようと頷いた。
「総員、ドック外に退避!」
 雇い主の言葉に、人夫を初め、技術者たちも退避した、エカルトを除いて。
「エカルトさん?」
 不審げな仁にエカルトはまだ少し青い顔で、だが毅然と言い放つ。
「雇い主として、依頼主として、私は最後まで見届けます」
 その心根に仁は一つ頷き、
「みんな! 怪我人を助けるぞ!」
 と仲間たちに声を掛けたのであった。

テクレス家
 仁たちはすぐに中へ通された。
 案内されたのは立派な広間。そこには大勢の侍女・使用人がいて、大きなテーブルの向こう端に真っ白な頭をした壮年の男が立っていた。
「ようこそいらっしゃいました。私がこの家の主あるじ、エカルト・テクレスでございます」
 金持ちにありがちな高慢さはなく、商人らしく腰の低い人物だった。すっかり白くなった頭、茶色の目。体つきはがっしりしている。
「ヴィヴィアン殿とは面識がありますが、他の方々は初めてですな」
「ジンです」
「エルザです」
「サキです」
 仁たちも自己紹介していく。ラインハルトとベルチェが名乗り終えると、エカルトは全員に椅子を勧めた。礼子やエドガーたちはその後方に立つことになる。
 黒っぽい重厚な木で作られたテーブルに着く一同。即座に侍女が飲み物を運んできた。よく冷えたカヒィである。
「どうですかな? 当家自慢の冷やしカヒィです」
 ちょっと自慢げなエカルトだが、冷蔵庫の存在を知っている仁たちはさほど感銘を受けなかった。美味しかったことには違いないのだが。
 そんな様子を目ざとく見て取ったエカルトは、ちょっと残念そうな顔をした。
「ふむ、お客人方には冷やした飲み物は珍しくもなかったですか。いや、さすがですな」
 素直に負けを認めるエカルト。
「ええ、『冷蔵庫』というものを知ってますから」
 そんな仁の言葉にエカルトは食い付いた。
「『冷蔵庫』? それは何ですかな?」
「冷蔵庫、というのはその名の通り、冷やして貯蔵する魔導具です。エゲレア王国のブルーランドが発祥の地ですよ」
「何と! ……ううむ、ファントル町までは行ったのに、ブルーランドまで足を伸ばさなかったのが失敗でしたか!」
 いかにも悔しそうなエカルト。だがじきに立ち直る。
「……いやいや、やはりお客人方はいろいろ珍しいことを知っておいでだ。これは嬉しいですな。他には何か珍しい道具や魔導具をご存じですかな?」
 このあたりはさすが大商人、と言えばいいのだろうか。陰茎増大丸
「そうですね、エゲレア王国へは船でおいでですか?」
 今度口を開いたのはラインハルトである。
「ええ、もちろん。街道を使うよりずっと楽ですからな」
 今のところ、海上交通の規制はないのだという。元々セルロア王国は内陸の国だったためだ。
 クゥプのあるコーリン地方は元々コーリン王国、セルロア王国中枢部からは1段も2段も下に見られている。
 逆にそれ故、取り締まりに関しては緩い部分もあって、こうした海上貿易が発展途上にあるのだ。
「エリアス王国のポトロックをご存じですか?」
「ポトロックですか? いえ、話には聞いておりますが、まだ行ったことは」
「それはもったいない。マルシアという優秀な造船工シップライトがいるんですよ」
 今年の初めころ、ポトロックで行われたゴーレム艇競技で仁と組んだのがマルシアである。
 ラインハルトはエルザと共に参加して、仁・マルシア組が優勝、ラインハルト・エルザ組が2位、という成績を収めた。
 その時から、仁、マルシア、ラインハルト、エルザは友人になったのである。
 そういうわけで、外交官をやっていただけあってラインハルトはさりげなくマルシアの宣伝をしていた。
「ほうほう、なるほど……」
 こうやって商売の切っ掛けを掴んだりしているのであろう。エカルトは上機嫌だ。
 それからも当たり障りのない範囲でいろいろと話を聞かせた仁たちであった。

「おお、そろそろお昼ですな。食事の仕度をさせましょう」
 エカルトが手を叩くと、侍女たちが手際よく食器を並べていった。それが終わると使用人が大きな鍋を持って来た。
「さて、冷やした飲み物は珍しくもなかったかもしれませんが、これはいかがですかな?」
 スープ皿に注がれたのは茶色いスープ。具は何も入っていない。
 だが仁はその香りに覚えがあった。
「……味噌汁?」
「ほう? ジン殿はご存じなので? これはビンペイと言いまして、とある伝手で入手した食材なんですよ。ジン殿はミソ、と呼ばれましたな。なるほど、その方が呼びやすいですな」
 驚いた顔のエカルト。だが仁は返事をするどころではない。
「味見をしても?」
「ええ、どうぞ。皆さんもお試しください」
 その言葉が終わるか終わらないうちに、仁はスープ皿を手にし、味噌汁と思われる液体をすすった。はっきり言ってマナー違反であるが、今の仁にそんなことを気にする余裕は無かった。
「……」
「いかがですかな?」
 エルザやラインハルトたちも『味噌汁』らしきスープを、スプーンで掬って口に運び味わう。
「……少し塩辛い、かな?」
「いや、これは、なかなか」
「う、うん、まあ、珍しい味……といいますか」
「具を入れるともっと美味しくなりそうですわね」
 それぞれ、半ば取り繕ったような感想を述べていく。が。
「……不味い」
 仁だけは違った。
「ジ、ジン!?」
 珍しくはっきりものを言う仁に驚くラインハルト。
「……出汁が利いてない。塩辛すぎる。煮込みすぎて香りが飛んでいる」
 味噌汁に恋い焦がれていただけあって、仁の批評は超辛口であった。
「……もしよろしかったら、俺に作らせてもらえませんか?」
「ほう? どうぞどうぞ。是非!」
 仁の言葉に気を悪くすることもなく、いや、むしろどんなものを作ってくれるのかと期待した顔でエカルトは頷いた。使用人に命じ、厨房へと案内させる。
「ジン様、わたくしもお手伝い致しますわ!」
 ファミリーの味担当、ベルチェが急いで後を追った。礼子とネオンは言うまでもなく一緒である。

「……これが『味噌』か……」
 厨房で料理長に見せられた味噌はかなり発酵が進んでいた。味噌は醤油と違い、加熱処理をしていないから貯蔵法によっては発酵が進んでしまうのである。
「うん、それでもこれならまだ大丈夫だな」
 指にとってちょっと舐めてみた仁は、十分使えると判断した。
「まずは出汁だが……」
 鰹節や昆布がないので、煮干しということになるが、ここにはその煮干しすらない。
 何か代用品はないかと厨房を見渡した仁はあるものに目を留めた。絶對高潮
「干物……か」
 魚の保存方法の1つ、干物。取れたての魚を開き、内臓を取り除いて塩水で洗う。それを天日に当てて干す。ごくごく簡単に言うとこれが干物の作り方である。
 天日に干すことでタンパク質がアミノ酸に分解され旨味が増す……という理屈はさておき、魚系の出汁を取るため、仁が目を付けたのは干物であった。
「あとは具だな……」
 魚系の出汁を取ったなら、具は植物系が好ましい。ワカメのような海草がいいのだが、海藻を食べる習慣はこの地にはなかったようだ。
「となると……」
 豆腐はないし、当然油揚げもない。
「ん?」
 仁は、茄子に良く似た野菜を見つけた。
「よし、茄子の味噌汁だ」
 紫色の皮を手早く剥く仁。
「ジン様、お手伝いいたしますわ」
 全員分作ると言うことでベルチェも手伝うことに。仁はその間に出汁を取ることにした。
 刻んだ茄子は数分水に漬け、アクを抜く。
 その間に、鍋に沸かしたお湯に干物を丸ごと入れ、しばらく沸騰させたら干物を取り出し、ベルチェが刻んだ茄子を入れ、煮る。
 多少色が黒っぽくなるのは気にしない。2分ほど煮たら味噌を投入、沸騰する直前に火を止めるのがコツだ。
「味噌を入れて煮立たせると香りが飛んでしまうんだよ」
 横で見ていたベルチェと料理長に説明する仁。
「さあ、食べてみてくれ」
 ネオンが鍋を運んでいき、新しいスープ皿に侍女が注いで回った。
 いただきます、と言ってエルザが真っ先に味を見、
「……美味しい……!」
 ラインハルトやサキ、ステアリーナ、ヴィヴィアンも一口飲んで味の違いに驚く。
 そして誰より驚いたのはエカルトだったろう。
「なんと、なんと……! これほどの味になるとは!」
「出汁を使うこと、煮立たせないこと。これだけでも違いますよ」
 猫舌の仁とベルチェはゆっくりと味噌汁を味わっていた。今度の味は仁もまあまあ満足である。
「これはこの地方の名物料理に出来ますな!」
 これもまた商売に結びつけるあたり、強したたかなエカルトであった。

昔話
「え?」
 仁の呟きを耳にしたサキが聞き返した。
「ジン、今、何て?」
「……レナード王国での話さ。どうして月に行く転移魔法陣なんてものがあるのか、って考えたらな……」
 月が宇宙船だったとしたら、かなり筋が通った話になる、と仁は言った。
「なるほどね」
 どうして戻ってくる者が誰もいないかはわからないが、少なくとも、月へ行くなんていう魔法陣が存在したその理由としては納得できる話である。
「まあ、検証はできないんだけどな……」
「……どういうことなんです?」
 経緯を知らないヴィヴィアンが首を傾げる。
「あのね、この前、レナード王国に行ってきたのだけれど……」
 そんな彼女に、ステアリーナが説明をしてあげるのだった。

「ふうん、そんなことがあったのね。ありがとう。すごくためになったわ」
 柔らかく微笑むヴィヴィアン。そして一同を見渡す。
「まだ聞きたい話ってあるかしら?」
 その質問に仁は即座に要望を口にした。
「……魔族について、何か伝承は無いんですか?」
 魔族についての情報はあまりにも少ない。この機会にできる限りの情報を得たいと考えていた。
「魔族、ね。そうね……断片的な幾つか、なら」
 ヴィヴィアンは少し考えたあと、また語り出した。

      

 魔族が現れたのは魔導大戦の更に数百年前。
 北にある大陸から南下してきた。
 人類もそれより遙か以前に北を目指していたが、その人々がどうなったかはわからない。
 魔族は人類を遙かに上回る強大な魔力を持ち、魔法技術にも長けていた。
 最初から敵対的だったわけではなく、人類からは食料などを、魔族からは技術を。
 そんな関係が築かれ、2種族は共存できるかと思われた。

 しかし、ある時決定的な齟齬が生じる。Xing霸 性霸2000
 それが何かは伝わっていないが、人類と魔族を敵対させる何かだったことは間違いない。
 以降、2種族の仲は険悪となり、やがて魔族は北へと退いていった。

      

「……これだけなのよ」
 申し訳なさそうな顔のヴィヴィアン。
「それがおそらく1000年以上前の話。そして300年前の魔導大戦まで、魔族は人類と関わりを持たなかったようね」
「いえ、ありがとうございました」
 仁は頭を下げた。
 やはり、魔族の棲む大陸は北にあるがため、食料の自給が難しいようだ。
 その一方で、魔法技術は進んでおり、魔力に関しても人類を凌いでいる。
「……あ、の、魔導大戦について、何か伝えられています、か?」
 おずおずと、エルザがヴィヴィアンに問いかけた。
 それは仁も聞いてみたいと思っていたこと。特に魔素暴走エーテル・スタンピードの情報がなにか得られないか、と期待している。
「魔導大戦、ね……」
 ヴィヴィアンは三度みたび話し始めた。

      

 300年と少し前、魔族が再び南下してきた。
 理由は不明。
 今回の魔族はやたらと好戦的であった。北部の町は壊滅させられ、住民は皆殺しの憂き目にあった。
 個別に対抗していた国々は、ディナール王国の主導で一つにまとまり、対抗する。
 それでも人類不利で進んでいた戦争末期。
『魔素暴走エーテル・スタンピード』により、攻め込んできた魔族のほとんどを滅ぼすことに成功。
 しかし人類側魔導士の6割も同時に死亡。
 未曾有の大惨事を以て魔導大戦は終わりを告げた。

      

「……これくらいしか伝わっていないのよ」
 民間に伝わっている内容と変わらなかった。
「魔素暴走エーテル・スタンピードについて他に何かわかりませんか?」
 気になる事項である。
「いいえ、何も。そもそも、『語り部』は庶民のためか、戦争の詳細は何も知らされていないの。知っていた魔導士たちもほとんどいなくなっちゃったし、ね」
「そうですか……残念です」
 やはり当時の記録を探すしかないようだ。だが、それは第5列クインタたちがこれまで尽力してもなお、見つけることができないでいた。

「ありがとうございました」
 仁は礼を言い、頭を下げた。他のメンバーたちも同様。
「ヴィー、ありがとうね。疲れたでしょう。これを飲んでみて?」
 蓬莱島特産のペルシカジュースを差し出すステアリーナ。魔法瓶で冷やしてあるものだ。
「ありがと。……おいしい!」
 とろりとしたジュース、濃厚な甘味。喉に良さそうだ。そして豊富な自由魔力素エーテルは、飲んだ者に活力を与える。
「ああ、喉が楽になったわ」
「喉は大事にしないとね」
 ステアリーナとヴィヴィアンは微笑み合った。

「さて、と。それじゃあ、猫を見に行きましょうか」
 時刻はかれこれ8時といったところ。もうここクゥプでは問題にならない時刻である。
 猫の動作を知るというもう一つの目的を果たしに行くことにする一同。
「何か手土産がいるかな?」
 日本人らしい仁の気遣いに、ヴィヴィアンは笑って答える。
「国外からのお客の話を聞くのが好きだ、って言ったでしょ。皆さんが行けばそれだけで喜ぶわよ。安心してちょうだい」
 そして自ら案内に立つ。
 玄関のドアに鍵を掛け、一同は路地を辿り、大通りに出た。
 先程とはうって変わって大勢の人が歩いている。魚を積んだ荷車も行き交っていた。生活感溢れる光景である。
 荷車の邪魔にならないよう、端によって歩く。仁は、なんとなく元居た日本の道路を思い出していた。
 大通りを10分ほど歩くと、付近は屋敷町といった雰囲気が漂い出す。
 そして更に10分、一同は立派な門構えの屋敷に辿り着いた。
「ここがテクレス家よ」
 敷地の広さは100メートル四方くらいだろうか、こんな辺境としては破格の大きさである。
 しかも、使われている石材がほとんど風化していない。定期的に整備している証拠である。
 大きな門の右側には門番が立っていた。
「おはようございます」
 ヴィヴィアンは門番に挨拶した。
「おはようございます。おお、これはヴィヴィアン様、本日はどのようなご用件で?」
「外国からのお客様をご案内してきたの。エカルト様はご在宅かしら?」
 門番とヴィヴィアンは知り合いらしく、親しげな口調で会話していた。
「はい、おられますよ。そうですか、外国からの……」
 門番は仁たち一行を眺めやると、にっこりと笑った。
「ようこそいらっしゃいました。ただいま主人に取り次ぎますから、少々お待ち下さい」
 門番は鈴を鳴らして使い走りの小僧を呼ぶと、何ごとかを告げ、それを受けて小僧は屋敷へと走り去っていった。九州神龍

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