りりりり、と虫の音が近く遠くに聞こえてきます。地面を覆う草を踏みながら一歩、また一歩と進む。そして行き止まりまで来ると、その場にしゃがみ込みました。
「あんまり身を乗り出すなよ」
ここは丘の上、私はその端っこにいて、すぐ先は崖となっています。夜狼神
どのくらい高いのかしらと下を覗き込んでいると咎められてしまいました。ちらりと見えたけれど、落ちたら一巻の終わりになりそうな高低差でした。
下を向けば恐ろしいですが、空を見上げれば満天の星空でとても綺麗。
オズと話をしようと宿の外に出ると、木々の間からヒョコリと顔を出したルーク様が町外れのここまで連れてきて下さったのです。
なんでもトモヨから聞いたのだそうで。
大事は告白は、話し終えた後に飛び降りられるよう高い場所でしなければならないと。
どうして飛び降りる必要があるのかしら、さっぱりだわ。
異世界には理解しがたい慣わしがあるものなのね。トモヨはたまに私達には意味の解らない単語を口走ったりするし。
「寒くないか」
「少し。でも大丈夫よ」
私は立ち上がって、少し後ろにいたオズの傍まで戻った。すると彼はそっと背に腕を回して私を胸元に閉じ込めた。大人しくオズの胸に頭を預ける。
「呼び出したりしてごめんなさい。自分でもどうして急に話す気になったのか、不思議なのだけれど。貴方に伝えておきたいと思ったの」
嘘。不思議な事なんて一つもないのに。すらすらと嘘を吐き出した自分に呆れる。
オズには気づかれたくなくて顔を合わせ無いようにする。
彼に全てを話そうと思った理由は実に単純なもので。ただ単に、彼を私に縛り付けてしまおうとしただけなのです。
イーノック達と楽しげに話すオズや、トモヨに優しげに接するオズなんて見てしまったから。私が知らなかった彼を目の当たりにして内心で焦った。いえ、嫉妬した。
これまでだって、ずっと一緒にいたわけではないのだから、私が見た事のない一面があるのだろうとは漠然と理解していましたが、私の前で見せない面なので私はいつまで経っても知らないままだったから、何も思わなかった。
だけどこの目で見てしまったら、途轍もなく嫌だった。嫌だと思う自分もまた堪らなく嫌で。
トモヨハーレムだなんて茶化していたけれど、今更になって怖くなった。今は私が欲しいと言ってくれていても、それはいつまで続くの? トモヨはいつもすぐそこにいるのよ、そちらに目を向けやしないと言い切れないじゃない。
だから、胸の内に沈めていたものをオズに晒して、彼を私に縛り付けようなんて、浅ましい考えに囚われた。
ぎゅっと一度彼に縋りついて、すぐに身体を離した。
「知っていると思うけれど、私は順序立てて話すのが苦手なの。だから分らなければ分らないと言って。……でも、でもね、否定だけは……しないで」
オズにとっては突拍子もない、現実味の少ない話だけど。信じるのは難しいでしょう。それでも冗談や作り話だと思われたくはない。
オズが頷くのを見て、少し勇気をもらって口を開いた。
どこから話をすればいいかしら。
「この前オズに言われて、初めて旅が終わった後の事を考えてみたの。……何も想像出来なかったわ。公爵家に戻っているのか、まだ一人で旅を続けるのか、オズの隣にいるのか。どれも全然思い浮かべられなくて」
お父様が画策しているという私と王子との結婚は非現実的過ぎたから想像できないのかと思った。だけど、なら他にどんな未来が私にあるのだろうと考えてみたら、何一つ見つけられなかったのです。
それがどうしてなのかは思い当たるものがありました。
「オズは以前、私が死に急いでいるように見えるって言ったわね。でもそうじゃないのよ。私はね、最初から自分の生に無頓着なだけだった、それだけよ。ずっとずっと、貴方と出会ったような子供のころから。
自分が生きている事に意味を見出している人が、一体この世にどれだけいるのかしらないけれど、そう多くないと思うの。それでもみんなが死に怯え必死で生きている。私にはそれが不思議でならなかったわ。
私にはお兄様がいる。優秀な跡取りがいて家は安泰。それにアルもいるから万が一お兄様に何かあっても問題ないわ。私があの家に必要とされる理由は少ない。すぐ死んでしまっても、誰かの迷惑になりにくい。なら私は何故生きているのかしら? 子供のころからちょっと疑問だった。
ああ、別に毎日がつまらなかったとか、そんな事は無いのよ。兄弟がいてオズがいて、とても楽しかったわ。それとこれとは別なの。
そんな私の前にジェイドが現れた。嬉しかった。奇跡だとすら思ったわ。あの子は私を選んで、私しかダメだと言ってくれた。私にだけ心を開き、いつだって私だけを求めて寄添ってくれた。他の巫女がそうだったように、いえそれ以上に私はジェイドにのめり込んだわ。私の方がよっぽどあの子に依存していた。
……だけど、そんな私のせいでジェイドは消えてしまった」
喉の奥が熱くてつっかえて、言葉が出なくなってしまいました。自分の身体を守るように腕を抱く。オズが一歩近づこうとしたけれど、私は避けるように後ろに下がった。
ちゃんと一人で立って話し終えたいと思ったから。樂翻天
「死のうとは思わなかったけど、きっとあの頃の私は生きている自覚も殆どなかったのでしょうね。ただ毎日呪ったわ。ジェイドが消えた原因になる者全て。私も国王も魔王も……貴方も。ジェイドが消えたなら、他も全部無くなってしまえばいいとそんな考えばかりが浮かんできて。
そんな時にトモヨが異世界からやってきて巫女となった。耐えられなかったわ、だってそうでしょう? 私のジェイドはいないのに、あの人にはウィスプもいて、オズ達に守られているなんて……許せるはずがないじゃない。
貴方達が魔王討伐の旅に出た時には神殿に入って祈ったわ。失敗しろ、精霊なんて消えればいい、魔王に殺されてしまえ! あの時の私は魔王よりよっぽどこの世界を憎んでいたと思うわよ。
だからかしらね。シメオンが私の元にやって来たのは。彼は何も言わずに私に手を差し伸べて……私は躊躇いもせず彼の手を取ったの」
「リア……?」
私の話が段々と現実とずれていっているのを察したオズが、戸惑いがちに尋ねてきた。だけど私は頭を振って遮る。
「ジェイドの影響で他人の魔力をこの身に蓄えられるようになっていたらしくって、魔王に惜しみなく与えられた魔力を持って……屋敷に戻り大魔法を放ったわ。エルクンドが神殿でやったように。その足で城へと向かって、誰もまさかの事態に対応しきれない隙に破壊しつくし、国王や重臣の方々を魔王に引き渡した。勿論、お父様もいたわ」
「リア!」
「お願い、聞いて」
手の先が冷たい。さっきからずっと身体が震えている。足にも力がはいらなくて立っているのもやっとの状態です。それでも、全部話してしまいたい。それは今じゃなきゃいけないような気がするのです。
「王都崩壊の知らせを受けてか、トモヨやオズ達が急遽戻って来て私の前に現れた。可笑しかったわ、この上なくね。どうして私が魔王と一緒にいるのかと驚愕に満ちた表情に笑いが止まらなかった。
血塗れの私を見て事態を把握した貴方達は、私に刃を向けた……当然よね。そして私達は戦って最後はこの心臓をオズの槍で貫かれた。『お前だけは絶対に許さない』って言ってね。人生最後に訊いた言葉がこれだなんて、酷いと思わない?」
そっと左胸の上へ手を添える。痛まないはずの痛みを未だに持ち続ける心臓がある場所。
眉間に皺を寄せて険しい表情で一心にこちらを見ているオズに苦笑を返す。
「リア、俺にはお前が何を言っているのか分らない。リアはここに居るだろう? 俺は……お前を手にかけたりしていない」
「そうね。私は生きているわ」
だからそんなに苦しそうな顔をしないでもらいたいわ。今のオズには一切記憶にない、夢ですらないもう一つの私の人生。もう過去なのか未来なのかも分らない。
「けれどそういう道に進む未来も確かにあったのよ」
「リアが魔族になって、俺が殺す未来か?」
「ええ」
オズは深く息を吐き出すと、グシャグシャと綺麗な銀色の髪を片手で掻いた。一気に突拍子の無い話をしたから混乱するのも仕方がありません。
「……だから、ずっと言っていたのか」
闇堕ちしたくない。だって魔族になってしまったら、オズは簡単に敵となって私を殺すのでしょう?
何度も彼に訴えた事を言っているのね。そうなるのが怖くて、否定してほしくて堪らずこぼしてしまった本音。
「信じられる?」
「正直頭がついて行かない」
そうでしょうね。ジェイドがいなくなって、精神的に不安定になった時に生み出した妄想じゃないかって私自身も幾度となく考えたりしたもの。
でも頭の中だけでの出来事にしては、心と体が覚えている感覚が生々し過ぎる。
「あのねオ――」
いつの間にか間合いを詰めていたオズが、私の頬を両手で包んだ。彼の手の温かさに、風に晒されていた頬が冷たくなっていたのだと気付きました。
先ほどから表情を曇らせているオズの顔がすぐ近くにある。
「そうやって俺は何度もお前を傷つけたんだな」
「え?」
「俺が魔族になったリアを恨んで殺した事実がリアの中にはあるんだろう。俺はそれを知らない。知りもしないでお前を恨むと、殺すと口にした」
トモヨに、手が冷たい人は心が温かいのだと聞きました。だけどオズは手も心も温かいのだと私は思うの。房事の神油
彼の手を自分のもので包み込む。
火の街を出た後の事を言っているのね。あの時に確かにオズとその話をしました。
オズは、私に止めを刺した後は、私の全てを引き受けて世界を滅ぼすとまで言ってのけた。
あの話をしたからこその妄想話を今私がしていると思わない辺り、やっぱりオズは優しいわ。信じられないのなら、普通はそう考えるでしょうに。
大事な告白の後は
「あのねオズ」
無責任な事を言ったとでも思って後悔している彼に、先ほど言いかけた言葉を再度紡ぐ。
「私はオズに刺されて、すごく安堵したのよ。もうこれで人を殺さなくても憎まずにいられるのねって。闇堕ちしてまた貴方に憎まれて敵になるのだと思ったら、怖くてどうしようもなかったわ。でもあの時オズの話を聞いて、少しだけ思い出したの。……私を許さないと言ったオズは泣いていたって」
もう息も絶え絶えだった私は、意識もおぼろげで視界も霞んでいたけれど、頬に落ちた滴は、今のオズの手と同じように温かかった。私を抱きかかえる腕は震えていて、声も擦れがちだったと、一度思い出したら鮮明に目に浮かぶ。
恨みも確かにあったと思います。だけどそれ以上に彼は悲しみが勝っていたように感じる。
それはただの私の希望ではないと、目の前にいるオズを見ていたら自信を持って言えます。
「人の敵となってしまったけれど、最後に貴方に泣いてもらえたなら、前の人生もそう悪くなかったのかもしれないなんて、最近はちょっと思うのよ。それにね、私が闇堕ちして魔族に転じてしまっても、オズが止めてくれるなら嬉しいわ。だからオズ、私の命を預かってもらえないかしら」
彼なら嫌とは言わないと分かっていて訊く私は意地が悪いのでしょうか。でもやはり本人の口から聞きたい。確認して安堵したい。
「オズ……」
「闇堕ちするのを前提で話をしないでくれ。二度も、俺にリアを」
オズは言葉を切って歯を食いしばった。もう言葉にするのも嫌だと言われているようで、なんだかくすぐったい。二度なんて、一度私を殺した記憶なんてないくせに。
身に覚えのない殺人に心を痛める必要もありませんのにね。
それに魔族を殺したって罪にならないし、王都を襲った私を倒したオズは英雄扱いされていてもおかしくありません。
本人曰く、その後世界を崩壊させるに違いないという事ですが。
「オズって、私の事好きなのね」
この話の流れで、そんな風にしみじみと思うのもおかしいけれど。今まで改めて感じた事なんてありませんでしたが、もしかしてオズは昔からずっとこうだったのかしら。
私が気付かなかっただけで、彼はこうして私を見て考えてくれていたのかもしれません。
オズは護衛として私の後ろに居て守ってくれていた。私が彼を振り返って見れば、彼の瞳は今みたいに私だけを映していたのでしょうか。私を必要としてくれていたのだったら。
「気づいてなかったのが驚きだな」
本当にその通り。私は今まで一体オズの何を見ていたのでしょう。自分の視野の狭さに嫌気が差す。小さな殻に閉じこもって周囲を見ようともしない。そんなだから道を間違える。中絶薬ru486
「好きでもない奴の為にわざわざ竜王になろうなんて思わないだろ、普通」
「……へ? な、なにそれ、え? どういう、え!?」
「覚えてないならいい」
「いえいえいえ! 良くないです!」
オズの肩を掴んでガクガクと揺さぶるのに、彼の身体は僅かにしか動かない。そしてわたしはこんなに動揺しているのに彼は眉一つ動かさない。
どういう意味なの、私の為に竜王になったって。じゃあ護衛を辞めて竜騎士になったのも、自分の夢の為に私から離れていったのだと思っていたけれど、違ったというの?
混乱する私を落ち着けようとしているのか、更に酷くさせようとしているのか、オズが額やら頬やらと至る所に唇を落とす。
その度にピクリと肩が跳ねる。顔も熱い。
「オ、オズ、今とても大切な話をしているのよ、んっ」
「俺に命を預ける、か。取りようによったら、これ以上ない愛の告白だな?」
「ふぇっ!?」
驚きすぎて変な声を出してしまいました。あ、あ、愛の告白!?
いえ確かに大切な告白をする為に呼び出して、ずっと胸の内に秘めていた想いの丈を曝け出しましたけれども!
そ、そうなの? あれってそういう風にも取れるものなの?
目を白黒させていると、オズが口の端を持ち上げてニヤッと笑った。
「リアの全部、俺がもらっていいんだな。この身体も、心も全部」
「あっ」
オズの顔が近づいてきたかと思うと、項に吸い付かれた。ちりっとした小さな痛みが走る。そちらに気を取られている間に、背中にある服の合わせを緩められていて、首元から肩に掛けて肌蹴た。
このままじゃいけないと軽く彼の肩を押したけれどビクともしない。それどころか彼は、項から肩、さらに胸元にかけて次々と口づけていく。
そして左胸の少し上あたりで一際強く吸い付いた。
「オ、ズ……!」
慌てて両手で服ごと胸元を抱いて後ろに退いた。オズも今度はあっさりと離れた。
あまりの事に言葉が出て来なくて口をパクパクとさせていると、オズが面白そうに笑う。その表情がどこか甘い気がして怒る気が削がれてしまいました。
「急に何てことするのよ」
「急に? 俺はずっとこうしたかった」
「なっ」
どうして臆面もなくそういう事言うのよこの人は! やっと落ち着き始めた心臓がまた忙しく鳴り出す。もういい加減にしてほしい、この人今度は私を羞恥で殺す気だわ。
じりじりとオズから距離を取ると「あんまり後ろに下がると落ちるぞ」と釘を刺され、その場から動けなくなる。
「リアは嫌だったか?」
「嫌ではないわ。それに……好きでもない人に、こんな触らせたりしないわよ、普通」
ふい、とそっぽを向いて言うと、オズが笑った気配がした。
なによ、と視線を戻して睨む。
「笑いごとじゃないわよ。どれもこれも、オズのせいなんだから」
幼い頃から抱いていた淡い恋心なんて簡単に消し去れるはずだったのよ。なのに気が付いたら手に負えないくらい育ってしまっていたなんて。オズが昔みたいに接してくるからだわ。
オズが私を必要だとしてくれるせいで、今まで感じた事の無かった死に対する恐怖を覚えてしまった。華佗生精丸
魔物に襲われた時に迷いもせずトモヨを生かす事を優先させられたのも、シメオンに対峙した時に怖気づかなかったのも、死が恐ろしくなかったから。なのに地の神殿で地面が崩れて落ちた時に、死にたくないと初めて本気で思った。
咄嗟に手を伸ばして助けを求めた。あの時に頭に思い浮かべたのはオズだった。
怪訝そうな顔をしているオズに、にっこりと笑う。これはまだ言わないでおきましょう。またいつか、もっと私が素直になれたなら、その時にでも。
「それよりオズ、この服直してくれないかしら」
背中の留め具を外されてしまったから、私一人じゃどうにもならないのよ。
いつもは全部留めた状態でスポッと着ているから。今一度脱いでまた着直すわけにもいきませんし。
「俺にさせるのか」
「他に誰がいるのよ」
そういう事じゃない、とかブツブツ言いながらも背中を向けるとオズは自分が外した留め具をもう一度整えてくれた。
良かった、これでもう大丈夫だと振り返ろうとすると、後ろからオズに抱きしめられました。
「リア。お前が俺のものになってくれるなら、今度は闇堕ちさせない。そんな事は絶対に許さない。リアがいないのは……そんなのは耐えられない」
オズは私の髪に顔を埋めるようにしてそう吐き出した。
「リアがまた生をやり直しているのは、もしかしたら――」
その時、目が眩むような眩い光が辺りを包みました。
視界が白んで目が開けていられず、ぎゅっと瞑って手で覆う。
瞼越しに、徐々に光が無くなっていくのを感じてゆっくりと目を開けた。
するともう辺りは元の夜の静けさを取り戻していました。
「なに、今の」
「分らん」
『緊急だ。邪魔をするぞ、二人とも』
ルーク様が崖の下から羽ばたいて浮上してきました。いつも神出鬼没ですこと。
『今の光は月の神殿からだ』
「そうか。一度街へ戻る。いいな?」
『ああ。早く乗れ』
飄々としているルーク様らしくなく、どこか焦っているような雰囲気があります。端的にそれだけ言うと、高度を下げたのかルーク様の姿が消えました。
「行くぞ」
「え? ちょ、うそ」
オズに肩を抱かれて、まさかと思っている間に崖の方まで連れて行かれた。ムリムリ! と首を振ると、オズは難なく私を抱き上げると、これまたあっさりと崖から飛び降りたのです。
「きゃあっ!!」
浮遊感に襲われて咄嗟にオズの首にしがみ付く。程なくしてストンとルーク様の背中に着地したのですが……心の準備くらいさせてくれてもいいでしょうに!
えぇとなんでしたっけ。大事な告白の後は崖から飛び降りなければならない、だったわね確か。トモヨの世界だけの話だとばかり思っていたのに、まさか私まで体験する羽目になるとは。
もう私、二度と告白なんてしません。威哥十鞭王
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