【ヴィクトリアス】から数キロほど離れた場所にある森の中、木々が密集しているせいで葉っぱのベッドと化している登頂部にノア・ブラックは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
周囲はすでに日が落ち星が瞬いている。微かな風が髪を揺らし心地好い気分をノアに味わわせていた。そしてそのノアが枕代わりにしているのが、彼のパートナーである『精霊』のスーである。三便宝
今そのスーがピクッと何かに反応したように、目を開けて周囲を警戒しだした。すると葉っぱの中からニョキッと幾つもの花が現れる。
青い花びらをつけた柑橘系の香りを漂わせるそれが、ノアたちを囲むように次々と出現した。
スーは寝ているノアを起こさないようにそっと立ち上がる。
「何用だ?」
スーは怒気の混じった声音を吐く。睡眠を邪魔されたことに苛立っているのかもしれない。鋭い眼光で花々を睨みつける。
『一つだけ聞く。戻ってくる気はあるか?』
花びらが揺れた瞬間、そんな声がスーの耳をついた。納得気に目を細めたスーは淡々とした様子で答える。
「断る」
『それは何故だ?』
「理由は一つ。貴公らに興味が失せたからだ」
『お前たちの望みを叶える手はずだったはずだが?』
「ノアは騙されたかもしれないが、我は騙されぬ。貴公らの目指すものが、我々の意図したものとはかけ離れているものだということは薄々気づいていた」
『それはお前たちの勘違いだ。こちらは仲間の願いは叶える所存だった』
「フッ、それは貴公の解釈であろう……カイナビ?」
スーの言葉を聞いた瞬間、空気が一変して張りつめた。花から明らかな憤怒が伝わってくる。
『……再度聞く。陛下を裏切るのか?』
「これはあの者の命令か? それとも……」VIVID
『黙れっ!』
刹那、周囲の花が弾けたと思ったら、無数の花びらが螺旋を描きながらスーとノアに襲い掛かった。その花びら一枚一枚がカッターのように鋭さを持っている。
無防備で受ければ体中が刻まれてしまうだろう。スーがノアを守ろうと動こうとしたその時
「ふわぁ~、もううるさいなぁ」
いつの間にか立ち上がっていたノアが、その手に《断刀・トウバツ》を持っていた。そしてめんどくさそうに向かってくる花びらの群れに向かって一振り。
その一振りは凄まじい風圧を生み、花びらは全て吹き飛ばされてしまう。
『ちっ、バケモノめ』
どこからかそんな忌々しげな声が聞こえる。そしてそのまま気配は消えていった。
「スー、なんなのコレ? ちょ~ウザいんだけど?」
「さあな。どこぞの小娘が感情のまま動いたのだろう」
「……どゆこと?」
「ここも静かではなくなったということだ」
「え~それ困るんだけど」
「なら大陸を移動するか? 人間界よりもマシな場所が見つかると思うが?」
「ん~めんどくさい」
「お前を乗せて飛ぶのは我なのだが?」
暗に疲れるのは自分だけだとスーは言いたいようだ。だから面倒も何も、どうせノアはスーの背中で眠っているだけなので、彼の言葉を否定したいのだろう。
「……あの赤いのってどこにいるのかな?」
「む? やはりあの少年のことを気に入ったようだな」
「アイツくらいだから……おれの本気受け止められんの」
「フフ、なら追うか?」
「…………やっぱ眠たいからいいや。スー、適当に飛んで」
「やれやれ、相変わらずだなお前は」
見るからに肩を竦めるスーは溜め息混じりにそう言うと、ノアを背中に乗せて大空を翔け上がった。すでにもう夢の中に入ったノアを一瞥したスーは、眼下に向けて声を響かせる。
「カイナビよ! 二度は無いぞ! 次に我らの邪魔をすれば容赦はせん!」
それだけ言うとスーは旋回してどこかへと去って行った。壮天根ZTG
スーが見下ろしていた場所にある一本の大樹の陰、そこにカイナビが闇に紛れていた。
「……ちっ、クソ鳥が! 陛下を裏切ったこと、いつか後悔させてやるからな!」
空に消えていくノアたちを射殺すような視線をぶつけるカイナビ。彼女はアヴォロスからノアたちが離散したことを聞いて、さっそく行動に移したのだ。
もう一度戻ってくる意思があるのなら問題無いが、もし断るようなら始末しようと考えていたようだ。しかしノアの実力はある程度知ってはいたが、やはり一人では暗殺もままならないと判断できた。
気配を消して近づいても、スーには感づかれ、攻撃に移ってもノアにあっさりと看破された。さすがは伝説の獣人なのだが、カイナビはアヴォロスのことになると熱くなり過ぎる。
今回も彼を裏切ったことが許せず、アヴォロスの許可無しでノアたちを探し出してここまでやって来ていたのだ。
無論そのことを追及して咎めるようなアヴォロスではないが、カイナビは今回のことをアヴォロスに報告するつもりだった。そして機会があれば、裏切り者を始末する役目をもらう算段なのだ。
カイナビは始末できなかったことを悔やみながらも再び闇へと消えた。
皆が寝静まった頃、【魔国・ハーオス】の王城にある魔王イヴェアムの私室では、イヴェアムがテラスへ出て空から顔を覗かせている月をその目に捉えていた。VigRx
アヴォロスの襲撃によって破壊されたはずの王城だったが、日色があっという間に魔法で崩壊した部分を復元してくれた。何でも自分が寝る場所を確保するためにやったらしいが、皆は唖然としていたのをイヴェアムは覚えている。
もしかしたら粉々にされた街も元通りになるのではと思って、日色に頼み込んだが、「それは戦争が終わった後だ」と却下された。
せっかく直しても、また攻めてこられて壊されたらバカみたいだからと。全てが終わった後、気分が良かったら直してやると日色は言った。
彼らしい理由だとイヴェアムは思ったが、本当に彼の力には頼りっぱなしである。今回、自分の判断の甘さで多くを失い、多くを傷つけた。
それでも彼の力で多くを取り戻すことができる。それはイヴェアムにとって喜ばしいことだが、やはりよく考えるととても異常なことだとも思えた。
(どうしてヒイロにそんな力があるのかしら……?)
イヴェアムはその考えをすぐさま首を振って捨てる。
(いけないわね。アヴォロスに言われたことに囚われてるわ)
アヴォロスから聞かされたこの世界の真実。そして日色という存在の意味。それが本当に真実なのかどうか、確かめる術はイヴェアムには無い。
だが心の奥底では、それが事実なのだろうと確信めいたものがあった。
(ヒイロの力は確かに強過ぎるけど……それでも彼は私たちの救世主だもの)
感謝こそすれ、恐れを抱くなどイヴェアムには有り得ない。だが他の者たちはどうなのだろうかとふと考える。
致命傷の傷だった兵士たち。それを短時間で治癒させた魔法。マリオネにしても同様だ。失った足を甦らせる魔法など聞いたこと無い。そして王城の復活。
見る者が見れば、やはりそれは異質で畏怖されるものなのかもしれない。VVK
「強過ぎる力は争いを生む……か」
アヴォロスの言うことを真に受けているわけではない。しかしそれでも、人の心が流されやすく脆いものだということは理解できる。まだ短い人生経験だが、その中でもいろんな人の心に触れてきた。
魔王という立場にあり、凡そ負の感情を大いに感じてきた。権力や身分、金や魔法など、やはりそこには差別が存在する。
そして人はそれを守ろうと躍起になり、自分とはかけ離れた存在に恐怖を抱いてきた。だからこそ、今まで人は人同士で争ってきたのだ。
『人間族ヒュマス』は強い力を持つ『魔族イビラ』を恐れて、『獣人族ガブラス』はかつて支配されてきた恐怖から逃れるために『人間族ヒュマス』を逆に滅ぼそうとし、『魔族イビラ』はそのプライドと力の強さから、自分たちこそが世界を総べる存在だと争ってきた。
それが始まり。そしてそれぞれの思いは交錯し、どんどん歪みは大きくなり、憎しみと痛みが広がっていき、争いの絶えない世界になってきた。
それが人の弱さ。心の弱さである。人は安心したいのだ。そしてその安心は、優位に立っている時しか得られないと、人は勘違いを起こした。
だからこそ、自分たちより上に存在を邪魔に思い、存在ごと消そうとしたのだ。
(これも世界の異物による意志というものなの?)
イヴェアムは再度首を振ってふぅっと息を吐く。そしてふと、そこから見える王城の建物の屋根に人影が見えた。
「……ヒイロ?」
目を細めなくても、月明かりに映し出された人物がイヴェアムにはすぐに特定することができた。MaxMan
没有评论:
发表评论