コツンコツン
遠くから足音が響いてくる。
紅く輝く双眸を持った、小さな白い影がやってくる――
「……うおっ!?」
やべぇ、今一瞬気を失ってなかったか!?
素早く立ち上がり周囲を見渡す。精力剤
誰の気配も感じない。
この耳に聞こえてくるのは、白い少女が奏でる足音では無く、すぐ横を流れる河の音だ。
「ど、どうなったんだっけ……」
俺は螺旋階段の下った底にあった井戸へ迷わず飛び込んだ。
井戸の底から、水が流れる音が聞こえてきたから、地下を流れる水脈があるのだと思い、どこか外へ通じていると思ったからだ。
そしてその目論見は見事成功、俺はこうして地面へ立っている。
ただし、あの地下水脈が俺を閉じ込める深い地の底へ続いていたのかもしれないし、実際飛び込めば真っ暗だし、水はめっちゃ冷たいしで、流されながら恐怖と不安で挫けそうにもなった。
運よく、暗い地下(洞窟というべきか)そこから日の当たる外へ水脈は続いていたようで、どうにか川岸に上がったところでちょっと気絶してしまったみたいだ。
「ああ、外だ」
天を仰げば真上に照る太陽、横には俺が流れてきた河があり、周囲は木々が生い茂り、そのさらに向こうには聳え立つ山々が見える。
そんな、完璧大自然な緑の中に、俺はいる。
「やった、俺はついに自由――」
ガサリ、と近くの茂みが音を立てた。
一瞬で俺の心臓の鼓動が高鳴り、嫌な汗が全身から噴出す。
脳裏に浮かび上がるのは、無表情な白いサリエルの顔。
「……」
現れたのは、鹿によく似た動物だった。
河へ水を飲みに来たのだろうか、よく見れば、奥のほうにも何体かいるようだ。
ところで‘鹿によく似た’とわざわざ言うのは、鹿ではない確信が俺にはあるからだ。
その鹿モドキは立派な角が三本も生えている上に緑色。あんなファンタジックな角を生やした鹿は、俺の世界にはいない。
いや、この世界で進化したらああいう鹿も生まれるのかもしれない、なんてったって火を噴くドラゴンが実在する魔法の世界だからなここは。
そもそもダーウィンの進化論はこの世界で通用するんだろうか?
「いやいや、そんなことより、今はもっと遠くへ逃げた方が良さそうだ」
多少の疲労感はあるが、サリエルに受けた傷は治りつつあり、行動するのに問題は無い。
今はこの改造されてやたら頑丈になった体がありがたい。
しかし、そんな体を持つ俺でも手も足もでない、モンスター以上の化物が存在するのだ。
もしかすれば、この世界にはあんなヤツラがごろごろいるのかもしれない、だとすれば、自分の力を過信するのは危険。
あんなのが束で脱走した俺の捜索に来られれば、完全にお終いだ。
どこが安全で、どこまで逃げればいいのか分からないが、兎に角あの施設からはひたすら遠くへ行くべきだ。
「行くか」
取り立てて道しるべの無い俺は、とりあえずこの河を下流へ向かっていくことに決めた。
今もサリエルに追われているかもしれない、という恐怖心が、体力の続く限り俺の足を進ませる。
俺は三日三晩一睡もせずにひたすら山やら森やらを歩き続けた。
足を止めるのは、便所と河の水を飲む時だけだ。
腹を壊すかもしれない、と思ったが、河は底が透けて見えるほど綺麗なものであり、なにより、これまで糞不味いゲロスープしか口にしなかった俺にとって、自然の清流はあまりに美味すぎた。
結局、腹は壊さなかったが、飲みすぎて胃袋がタプタプになるという弊害はあった。
そして、時たま遭遇する犬だか狼だかみたいなモンスターは散弾とライフルで追い返し、深追いはしなかった。
そして四日目の晩ついに、
「……灯りだ」
前方に、人が住んでいると思しき灯りを見た。
その灯をみながら、喜び勇んで真っ直ぐ走っていく。
が、その途中で俺は思った。
「待て、あのマスク共に通じるヤツラがいるかもしれないな」
若しくは研究者が、最悪サリエル本人がいる可能性も否定できない。
俺はこの世界については、モンスターがいることと魔法があることくらいしか知らない。
世間の常識を知らない上に、このボロボロの貫頭衣姿は確実に怪しまれる。
怪しまれるってことは目立つってことだ、逃亡する身としてはそれだけは絶対に避けたい。
そしてさらに悪い想像だが、俺が指名手配されている可能性もありうる。
実験体としての俺の存在は、マスク共の中でどういう位置づけにあるのかは分からないが、国を挙げての大規模プロジェクトとかそういうのだった場合、広範囲に渡って俺を捜索してくるだろう。媚薬
つまりこの世界の人間に、不用意に接触するのは危険だということだ。
そこまで思い至った時、街は目前に迫っていたが、人恋しさを我慢しつつ、俺は息を潜めて街へ潜入することにした。
ここは、灰色の石壁に囲まれた、潮風漂う港町だ。
門に立って街へ出入りする人々を監視する兵士に見つからないよう、注意深くぐるっと一周見て回って分かったことだ。
それと、どうやらこの世界の文明は中世レベルだというのも判明した。
石壁だけなら文化財として残しているだけなのかもしれない、しかし、ここの石壁は現役で使用されている。
他にも、アスファルトで舗装されていない道、槍を携えた鎧姿の兵士、夜の明かりは篝火とランプ、などなど、俺の知る現代的な物は何一つ見つからない。
あの実験施設にいたころから、電気設備も無く、銃ではなく剣や弓で武装したモンスターを見て、現代では無さそうとは思っていたが、こうして一般的(と思われる)街を見れば、その時の予想が正しかったのだと思い知らされる。
「本当に異世界だな、ここは……」
軽く絶望してしまいそうだが、心に大きな不安を抱いて思い悩めるほど今の俺は暇では無い。
元の世界に帰る方法を模索するのは、もっと遠くへ逃げて落ち着いてからにしよう。
再び考えを目の前の街へと戻す。
ここが港町というのは、俺にとっては好都合かもしれない。
陸路を行くより、船で海路を行った方が、遥かに速く、より遠くへ行くことが出来るのだ。
少なくとも、飛行機は無いだろうと予想されるこの世界において、船が最長最速の移動手段だろう。
もっとも、ワープやテレポートの魔法装置が無ければの話だ。
兎に角ここから遠くへ行きたいという目的しか無い俺にとって、船というのは魅力的な存在だ。
ここは是が非でも、できるだけ遠くへ行く船に乗りたいものだ。
勿論、人と会うわけにも行かない上に、無一文な俺は正規の手段で乗船する気はさらさら無い。
要するに、密航だ。
「よし、目的は決まった、そんじゃ街へ行くとするか」
周囲に人の目がない事を確認して、俺は石壁へと手をかける。
垂直に、かつ精密に組み上げられた石壁に、手をかけ、足をかけるほどの凹凸は無い。
なので、ここは頼りになる黒魔法の出番だ。
手足の先に、黒色魔力を鋭く物質化させる。
頑張れば竜の鱗だって貫く硬さを再現できるのだ、石壁にさっくり切り込める刃を作ることも十分可能だ。
そうして初めての壁登りにチャレンジ。
指先と一体化した鋭い爪は、ダンボールにカッターを突き刺すくらいの感覚で、石壁に食い込む。
垂直の壁を直接指を刺すことで、手をかけるところを作っていくのだ。
足先も同じ要領で、壁に突き刺し、しっかりと固定する。
壁の高さはおよそ5メートルといったところか、命綱の無いウォールクライミングだが、俺の体なら天辺から落下してもなんとも無いだろう、下は柔らかい土の地面だしな。
そして、段々と壁登りの要領を掴んでいった俺は順調に壁を登っていく。
「おお、今の俺って忍者みたいじゃね?」
そして、すっかり夜の闇に溶け込む忍の者気分になった俺は、あっという間に壁を登りきる。
壁の上で仁王立ちしたら、流石に誰かに見られそうな気がしたので、這い蹲ったまま街の内部を眺める。
「おお、予想はしてたが、やっぱすげぇな……」
そこでは、映画やアニメでしか見たことが無い、ヨーロッパ風の町並みが再現されていた。
視力と共に、夜目も効くようになっているので、この闇夜においても街の様子がはっきり見て取れる。
白塗りの民家が立ち並び、街の一番大きい通りは石畳で、灯りをつけた夜店が見える。
昼にはきっと荷を満載にした馬車が行き交っていることだろう。
そして、中央部に街で一番の高さを誇る尖塔を備えた教会が建つ。
そこからさらに大通りを進むと、沢山の船が停泊している港へ至る。
流石に夜だけあって、人の姿が多く見えるのは大通りだけで、住宅地などは灯りを消して静まり返っている。
「港には、壁沿いを進んだ方が良さそうだな」
おおよその街の全景を頭に入れ、ここから港までの大雑把なルートを決定すると、俺は石壁から飛び降りた。
井戸に続く螺旋階段くらいの高さならヤバいが、(目測)5メートルくらいは問題ない。
ドッと鈍い音を響かせて土の上に着地し、すぐさまその場を離れる。
最大限注意を払いながら、暗い住宅街の路地を駆け抜けていった。性欲剤
自由
地獄のような魔法世界へやってきてから、これほどまで深く眠ったのは初めての経験だった。
機動実験で同じ実験体の少年を殺して以来、ずっと自意識が戻らず淡々と身に起こる実験の日々を眺めるだけの生活が続いた。
だから、また同じように実験体の少年少女をこの手にかけても、特に何とも思わなかった。
けれど、このボンヤリした俯瞰意識も、このまま深い眠りの中で、ついには消え去り、俺が黒乃真央という個人だったという記憶も完全に無くなってしまうのだろうと思った。
それでも、もう痛いのも苦しいのも、同じ人間を殺すのも我慢の限界で、このままゆるやかに自分が消えてしまうのは寧ろ望む所であった。
もういい、俺は元いた場所には帰れない、いよいよ両親の顔すら満足に思い出せず、脳裏に蘇るのは、あの十字を背負った爺と白いマスク、それと、俺が殺したモンスターと実験体達の姿だけだ。
だから、もういいんだ、ここで俺が消えてしまえば楽になる、これ以上生にしがみつく必要性は全く無い――
そうして、薄れ行く意識の中で全てを諦めかけた直後だった。
ズズン――
そんな轟音と共に、天地が引っくり返ったような衝撃で、俺の意識は急速に覚醒していった。
「――はっ!?」
飛び起きると、何時もの如く固い床の上。
けれど、これまでにないほど俺の頭ははっきりとしていて、今まで脳内と意識を覆っていたモヤモヤみたいなのは綺麗サッパリ消え去っていた。
気分爽快、とは今みたいな状況を言うんだろうな。
自意識は久方ぶりに戻り、俺の頭は冴え、体中を血液と魔力が滞りなく循環し、力が全身に漲っている。
「ここは……実験室か」
中央の台座から俺は床へと転がり落ちたのだろう。
どういう経緯でそうなったのかは分からないが、他に二名のマスクが、さっきまでの俺と同じように地面へ転がっている。
何かの実験中に事故ったんだろうか?
俺としてはこの白マスクを助け起こす義理なんぞ無いし、その気もさらさらない。
どうしたものか、と考えつつ部屋を見渡すと、とある物が目に入った。
一度だけしか見たことの無いモノだったが、それが何なのかすぐに理解できた。
「白い、リング……」
七つの針で俺に絶対服従を強いる恐怖のアイテム。
装着されて以来、絶対に外れることのないソレが、俺の目の前にある。
自分の手でゆっくりと頭部を探る。
どれほど注意深く触っても、指先に感じるのは髪の毛と頭皮以外に無い。
「無い……リングが、無いぞ」
当然だった、目の前に置いてあるリングこそ、これまで俺の頭部に装着されたリングなのだから。
「は、はははは――」
頭からリングが外れた。
俺を束縛するモノは、最早存在しない。
気がつけば、リングは俺の手の中で粉々に砕け散っていた。
「あははははは! 俺は自由だっ!!」
そうさ、自由の身になれば、もう大人しく死んでやる必要性など無い!
俺の絶叫が気付け変わりにでもなったのか、床に倒れていたマスクが二人、壁に手を突きながら起き上がってきた。
俺は、近い方にいるマスクへと接近する。
「なに、49番――」
今がどういう状況にあるのか判っているのかいないのか、俺を見て驚きの声を上げる。
「その名前で俺を呼ぶんじゃねぇ」
左手でマスクの胸倉を掴みあげる。女性用媚薬
「ぐはっ、や、やめるんだ……49番……」
「俺の名は――」
右腕をゆっくりと振りかぶる。
体調は万全、漲るほどの黒色魔力が瞬間的に右腕へ凝集する。
「黒乃真央だっ!!」
忌々しい白マスクへ、渾身のパイルバンカーが炸裂した。
断末魔の声すら上げる間も無く、頭部を粉々に粉砕、首無し死体が出来上がる。
「なにをしている49番っ!」
もう一人のマスクが、背後から俺へ飛び掛ってくる。
例えその叫び声が無くとも、その気配は察知していたので、その対処には何の苦労も無い。
マスクが俺へ突き刺そうとしたガラス製の注射器を、左腕一本で受け止める。
「危ねぇな」
そのまま注射器を奪い取り、右手で逆手に持って構える。
「やめ――」
首元まで覆う白いマントの上から、首筋目掛けて注射器を打ち込む。
上手く血管に刺さったのかどうかは知らないが、注射器を満たす毒々しい色の薬液をそのまま注入する。
「ぐっっ、おぉおおお……」
首を押さえて、苦しみ始めたマントは、再び床へと倒れ伏す。
「ライフル」
指の先ですでに形成を完了した黒い弾丸を、額へ向けて撃つ。血と脳漿を派手に床へぶちまけて、マスクは絶命する。
あの薬液がどんな効果があるのか知らんので、一応念のためだ、俺みたく変に強くなって復活されたら困るしな。
「さて――どういうワケか分からんが、チャンスだ」
すでにリングの絶対的な拘束は存在しない。
その上、コイツラが好き勝手に散々肉体改造を施したお陰で、ドラゴンだって殺せるほどの力を持っている。
さらに、人殺しの禁忌も、知らずとは言え既に犯してしまった俺だ、憎悪する理由に事欠かないこの白いマスク共を殺すのに一切の躊躇も無い。
ここで二人のマスクをあっさり殺害できたのだ、研究者程度が束でかかってきても俺を抑えることは不可能だろう。
自業自得、俺をそこまでの化物に仕立て上げたのは、他でもないコイツラ自身だ。
自由の身となった俺に、この場を脱するのを妨げるモノは、最早存在しない。
「行くぞっ!」
自分を奮い立たせるいつもの台詞を叫んで、俺は扉をぶち破った――
「――あれほど最終洗礼処置は注意して行えと言っただろうがっ!」
会議室に怒号が響く。
「し、しかし、拘束処置は規定の通り行い、完全に無力化できていたはずです」
「薬物耐性か回復力が予想以上のものであったというのか……」
「地震の影響で、洗礼処置の途中で強制的に中断されたことにより、意識を取り戻してしまったのでしょう」
「ならば警備兵の全てを動員してさっさと取り押さえんかっ!!」
そう叫んだ司祭だったが、膨大な黒色魔力を扱う49番を、それほど数の多くない警備兵だけで捕獲することは不可能だろうと薄々感づいていた。
「申し訳ございません猊下、事態は一刻を争います、速やかに避難を――」
「落ち着きたまえ司祭殿、枢機卿である私が何ゆえ護衛の一人も連れずに来たのか、分からないのかね?」
アルス自身、49番と呼ばれる実験体が制御不能となり、数々のモンスターを単独で屠るほど危険な力をもって暴れているのは理解できている。
しかしながら、‘その程度’の力では、全く動ずるに値はしない。
「し、しかし……」
大司祭はアルスの隣に佇むサリエルへ視線を向ける。
アルスがどういう意図を持っての発言か、すでに理解は出来ている。
「これは全て我々の不手際、サリエル卿のお手を煩わせるわけには――」
「いらぬ気を回すな、サリエル卿、この場を任せてよいかな?」
コクンと小さくサリエルは頷く。
「どうやら危険な相手らしい、生け捕りにする必要は無いだろう」
もう一度小さく頷いて、軽い足取りでサリエルは会議室を出て行く。中絶薬
「では行こうか、慌てる必要は無い、十分もすれば49番とやらの首を持ってサリエル卿は戻ってくるだろうからな」
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