2014年6月18日星期三

平穏の影

初火の月の13日、あの忌々しい使徒との遭遇から一週間が経過している。
 私達は無事にスパーダへの入国を許され、現在は冒険者御用達の宿を借りて平穏な休日を送っている。
 と言っても、ガラハド山脈を越えてスパーダ入りするまでには3日ほどかかっているし、到着したらしたで、ダイダロスの状況やアルザス防衛戦のことに関して報告したりなどで、それなりに慌しかった、何もせずにゆっくり休めるのは今日からだ。精力剤
 報告の際には冒険者ギルドを通して行われ、特に問題なくスムーズに行われた。
 軍に拘束され尋問という最悪の状況も予想していたものの、それは杞憂で済んでよかった、スパーダについて早々、加護全開で大暴れするのは出来るだけ避けたい。
 ギルドといえば、そもそも私達の戦いは緊急クエストの受注という形で行われたものだ。
 冒険者の生き残りは僅か四名、守るべき避難民にも全滅と呼べるほどの死者を出し、実質的にはクエスト失敗、大失敗である。
 だが、向こうもそれなりに情状酌量してくれたのか、僅かばかりの褒賞金が支払われた。
 別にお金のために戦ったわけではないけれど、クロノの苦労を思えばあまりに少なすぎる金額に、思わず妖精女王のお世話になるところだった。
 兎にも角にも、こうして戦いの後始末は終わった。
 得られるものは無かったが、私の望み通りクロノと無事にスパーダへ逃げることが出来たので、一安心。
 しかしながら、あの錬金術師だけがちゃっかり生き残ってしまったのは予想外だった。
 その他大勢に紛れて死んでいればいいものを、よりによってアイツが助かってしまうとは……全く、女の情念とは恐ろしいものだ、ランク4の腕前ともなれば、使徒を前にしても守り通すだけのパワーがあるのだから。
 スース、彼女の思いは他でもない、私が一番良く分かっている為に、余計な事をしたと非難するつもりは無い、できない。
 私も半分は妖精、純情可憐な恋心はとても好ましく思える、敬意を払っても良い。
 だが、シモンが生き残って不愉快と思ってしまうのとは、話が別である。
 あの軟弱を絵に書いたような男は、この私に初めて嫉妬を覚えさせたのだ、嫌いこそすれども好ましく思うはずが無い。
 いや、この際私の瑣末な愚痴は置いておこう、さし当たって問題となっているのはそんな事ではないのだから。
 最も重要な懸案事項、それはクロノの心情だ。
 私にとって避難民がどれだけ犠牲になろうが、知ったことではない、その数なんて他人がプレイするボードゲームのスコアほどにも興味が無い。
 共に戦った冒険者については、その活躍は評価するし、多少は好ましく思っていたが、それでも泣いて悲しむほどの事ではない、精々が優秀な駒を失って残念に思う程度のこと。
 だが、心優しいクロノはそういうワケにはいかない、駒を失っただけと割り切ることなど出来ない。
 イルズ村の一件で分かっていたが、クロノはとにかく誰かの犠牲を嫌う、それが例え自分の責任でなかったとしても、どうしようもなく嘆き、悲しみ、思い悩んでしまうのだ。
 二度目の敗北、それもイルズ村の時とは比べ物にならないほどの被害を出した今回の戦いに、クロノは酷くショックを受けてしまっている。
 このままでは拙い、今回ばかりはクロノの心も折れかかってしまっている、なんとか元気付けなければならない。
 幸いにも、時間はある。
 これからゆっくりと、クロノの傷ついた心を優しく慰めてあげればよいのだ、そう、他でもない、この私がね。
「……ふふふ」
「おやリリィさん、何か悪巧みですか?」
 円形のテーブルを囲むように席へ付いているフィオナから声をかけられ、思考の海を泳いでいた意識を現実へと引き上げる。
「人聞きの悪い事、言わないでちょうだい」
「すみません、どう見ても悪い笑いだったので、つい」
 歯に衣に着せるという事を知らない女だとつくづく思ってしまう。
 だが、こんな事で一々苛立っていたらこの天然魔女と付き合ってはいけない、間の抜けた失礼な発言も、もう聞きなれたものだ。
「クロノさん、中々来ないですね」
 素直にもう待ちきれませんと言えばいいのに、妙なところで律儀である。
 すでに朝食が準備されたテーブルを前にお預けをくらうなんて、この食い意地の張った魔女にとっては拷問に等しいはず。
 それでも文句を言わずに我慢するとは、不器用なりに努力しているということか。
「クロノは疲れているの、大人しく待っていなさい。
 けれど、貴女はクロノと比べて随分と平気な顔をしているわね、血の通った人間なら、もう少し落ち込むものかと思ったのだけれど」
 少しばかり意地の悪い質問。
 フィオナは私と同じように、どうにもこの大きすぎる犠牲に対してショックを受けていないようである。
 その事が、少しばかり気にかかる。
 この女は、一体何をその胸のうちに秘めているのかしら?
「私の心など、リリィさんならテレパシーですぐ分かるのでは無いですか」
「それほど防御プロテクトをかけておいてよくもそんなことが言えるわね」
 フィオナの本心、深層意識には、私の精神感応テレパシー能力では破れないほど堅い精神防壁マインド・プロテクトで守られている。媚薬
 読み取れるのは表層意識のみ、隠すつもりの無い本心は表れるが、本気で悟られたくないと思っている秘密にまでは届かない。
「心に壁をつくるのは、魔女にとっては当たり前のことですから」
「だからこそこうして聞いているの、それで、どうなのよ?」
「どう、と言われましても……」
 一見して変わらぬ無表情に見えるが、僅かばかり戸惑いの感情が心の表面に波立つのを感じた。
「……私も、ショックを受けていますよ、ただ、自分以上に落ち込んでいる人を目の前にすると、かえって冷静になってしまいます」
「なるほど、それは確かにそうかもね」
 一般的な人の心理状態としては、納得のゆく回答である。
 自分が怒ろうとした時、代わりに友人が激怒してくれたら、自分の怒りの矛先が収まってしまうのと似たような状況だ。
 けれど、本当にそんな理由で納得できていたら、
「だから、今はクロノさんの方が、心配です」
 そんな思い詰めた表情にはならないでしょう、フィオナ?
「そうね、私も心配しているの、早く元気付けてあげなくちゃね」
 本心が読めない以上、これは予測の域を出ないが、フィオナは本当に今回の犠牲にショックを受けていないのだろう。
 私と同じかといえば、そうではない、彼女は‘ショックを受けなかった’という事に対してショックを受けているのだ。
 真っ当な人であるならば、クロノのように嘆き悲しむのが当然の反応、けれど、自分はそうならなかった、守るべき民が死んでも、共に戦った仲間が死んでも、それほど心は揺れなかった。
 全く、中途半端にモラルを持っていると面倒なものね、どうして人は一番大切なモノを守る為に、その他全てを犠牲にすることを躊躇するのだろう。
 彼らの感情、普通の感情というのは、理解は出来るが、私には永遠に納得できそうもないわね。
「あ、クロノさん来ましたよ」
 少しだけ嬉しそうなフィオナの声、そんなに朝食が食べられるのが嬉しいのだろうか、いや、嬉しいのだろうなこの食いしん坊は。
「おはようございます、クロノさん」
「ああ、おはよう、悪いな、待っててくれたのか――」
 フィオナと挨拶を交わして現れたクロノは、一見すると普段と変わらない様子。
 ただ、あの戦いで失ったモノは、クロノの外見に大きな変化をもたらしてしまっている。
 黒魔法使いとしてのトレードマークでもあった黒ローブ『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』はその身に纏うことは無く、今は清潔な白いシャツと、ボロくなってしまった黒革のパンツ姿と、一般人とそう変わらぬラフな装い。
 クロノの引き締まった鋼のような筋肉がついた逞しい肉体と、首から下げるアイアンプレートのギルドカードが無ければ、冒険者だとは分からないだろう。
 だが一番目を惹くのは、クロノの左目を覆う眼帯。
 第八使徒アイによる最後の攻撃で、クロノは左目を失ってしまった、今その眼窩にあるのは己の黒色魔力を固めた『肉体補填』の代用品、自前の義眼、勿論それに視力などは無い。
 失った部位を復元する高度な治癒魔法は存在こそするものの、クロノは目を失ったことをそれほど気にしていないようで、今すぐどうにかしたいと思っているようではなさそうだった。
 私としては、痛々しい包帯こそとれてはいるが、医療用の白い眼帯を装着したクロノの姿には、やはり傷ついた彼として認識してしまい、胸が張り裂けそうなほど悲しくなってしまう。
 ごめんなさいクロノ、私が癒してあげられなくて、妖精の霊薬なんかじゃ、眼球を復元することはできない……悔いているのは、己の力不足だ。
「どうしたリリィ、もしかして体調でも悪いのか?」
「ううん、大丈夫だよ」
 クロノの優しい気遣いの言葉に、私は穏やかな微笑を浮かべて返答する。
 うん、私は大丈夫なの、大丈夫じゃないのは、クロノの方なんだよ。性欲剤
 どうして、そんなに平気な顔でいられるの? 私はクロノの深い苦悩を知っている。
 けれど、こうして日常生活を送っている間は、普段と変わらず、私を気遣い、微笑み、優しくしてくれる。
 無理しなくてもいいのに、一日中部屋に、ベッドに篭って泣いて、喚いて、私に当たってもいいんだよ。
 私がお世話してあげるから、面倒を見てあげるから。
 だから、私を心配させない為に、平気なフリをするなんて止めて――でも、そんな無理を押してでも私のことを思ってくれるクロノの気持ちは、たまらなく心地よい、抗いがたい快楽となって、私の心を甘く苦しめる。
 ダメなのに、元気付けるのは、慰めるのは私の役目なのに、クロノがそんな風だと、何もせずにただただ甘えていたくなってしまうのだ。
 クロノの優しさに溺れるのはいけない、私は彼の役に立たなくちゃならない、だって私は、相棒パートナーなんだから、今は、まだ。

クロノ、リリィ、フィオナの冒険者パーティ『エレメントマスター』は、宿泊している『猫の尻尾亭』で、少し遅めの朝食をとっていた。
 このスタッフ全員が猫獣人ワーキャットで構成されるユニークな宿は、宿泊施設としては中の下と低ランク冒険者向けであることに加え、入れ替わりの激しい外から流れてくる冒険者の利用が多く、クロノ達の身の丈にあった相応しい宿である。
 豪華ではないが、量だけはある料理を食べながら、三人は特に決まっていない本日の予定を話し合う。
「今日はどうする? ギルドに行ってクエストでも見て来るか?」
 表向きは平静を装っているクロノは、冒険者としてあるべき行動を考え、そんな提案をする。
「無理しなくてもいいんだよクロノ、もう少し休んでいても……」
 幼い姿ながら、今は大人の意識を戻しているリリィは、クロノを気遣う発言。
「いや、大丈夫だ、それにお金もそこまで余裕があるわけじゃないしな」
 緊急クエストの報奨金は、一人当たり10ゴールド、より正確に言うならスパーダの貨幣単位である10万クランが支払われた。
 ダイダロスではシルバーとゴールドがそのまま単位だったが、スパーダを含むパンドラ大陸中部の都市国家群では『クラン』という通貨単位で流通している。
 1クラン=1シルバーと分かりやすい、ちょっと頭の足りない冒険者でもすぐに理解できる通貨価値だ。
「30万クランあれば、生活するだけならしばらくやっていけるのではないですか?」
 この宿は一泊3000クラン、単純計算で100日は滞在できる。
 それなりに飲み食いその他に出費しても、少なくても一ヶ月以上は生活していけるだろうことは、クロノでもすぐ理解できた。
「そうね、貴女の食費が抑えられれば‘かなり長く’生活していける金額ね」
「私に死ねというのですかリリィさん」
 フィオナの前にはクロノとリリィが消費した倍以上の皿がすでに重ねられている。
 久しぶりにフィオナの本領発揮を見た気がしたのだった。
「生活費に全部使うわけにはいかないでしょう、私達は冒険者なんだし、そうね、色々と消費しちゃったから、今日は装備を整えるために買い物に行かない?」
 料理を追加注文し、現在進行形で食費を圧迫しているフィオナを放っておいて、リリィはそんな提案をする。
「買い物か、確かに色々と……」
 考えてみれば、クロノが一連の戦いで失ったモノはあまりに多すぎた。
 愛用の黒ローブ『悪魔の抱擁バフォメット・エンブレス』に始まり、黒色魔力のみの扱いに長けた珍しいタクト『ブラックバリスタ・レプリカ』、魔剣ソードアーツ用の剣、各種ポーション、等等。
 結局、手元に残っているのは、矢が貫通し穴が空いただけですんだ『呪怨鉈「腹裂」』とキプロスから鹵獲した『聖銀剣ミスリルソード』の二つのみ。
 およそ戦いに必要な全ての装備は、綺麗サッパリ使いきって、もしくは壊れてしまったのだった。
「色々と、必要なモノが多いな、下手したら30万なんてすぐ飛んでしまう」
 装備の破損が無い二人に対して、クロノは少々申し訳なく感じてしまう。
「別にいいわよ、30万くらいすぐに稼げるわ」
 どうせ‘はした金’だ、とまではリリィは言わなかった。
「そうだな、頑張って稼がないとな」
 クロノは、このまま何もしないでいることに、どこか焦りを覚えていた。
 スパーダの軍事力に、国境線を守るガラハド山脈に構える難攻不落の要塞、十字軍が攻め込んできたとしても防衛できるほどの戦力があるという事は、数日前にスパーダ冒険者ギルドで事情説明した折に聞いた。女性用媚薬
 しかし、ダイダロス軍の前例がある為、いくら大丈夫だと言われても不安は拭い去ることは出来ない。
 だからと言って、一介の冒険者でしない自分に一体何ができるのか、その立場からやれることの限界も自ずと理解できてしまう。
 ランク1と最低ランクな上に余所者の冒険者、そんな自分がスパーダ軍に対して注意を促すことなど不可能、戯言以上の対応がされないだろうことは明らか。
 今回の緊急クエストの報告と、ダイダロス陥落の情報を得たスパーダの上層部が、十字軍に対する警戒を強めてくれることを祈る以外に出来ることは無い。
 それが分かっているからこそ、クロノは何も言え無いし、リリィも十字軍の対策などすでに自分達の手を離れた事柄であると思い、忘れてしまったかのように話している。
 しかしながら、クロノは十字軍の事を忘れることなど出来るはずも無いし、気にしないことも出来ない。
 現実的に自分が出来ることと言えば、十字軍がスパーダへ攻め込んできた際に、冒険者として再び戦に参加することだけである。
 それを思えば、十字軍との戦いに備えること、いや、より正確に言うならば、もう自分の無力を嘆かないよう‘強く’なっておくことが、自分の責務のようにクロノは思っていた。
「それじゃあ、今日は買い物に行こうか、早くこの街にも慣れておきたいし」
 それでも、クロノは今すぐ悲哀も後悔も振り切って、己が強くなる為にアクティブな行動が出来るかと言えば、NOと言わざるを得ない。
 人はそこまで単純なものではないのだから。
 今はやはり、リリィが考える通り、クロノには休息が必要なのであった。
「うふふ、楽しみだな、私こんな大都会に来たのって初めてだから」
 リリィは見た目相応の実に愛らしい笑顔をクロノに向ける。
「ああ、確かにスパーダは広い――」
「失礼します、お客様」
 と、その時クロノの後ろから声がかけられる。
 そこまで煩く騒いでいたわけではないのだが、と思いつつ振り替えると、そこに立っていたのはエプロン姿の小柄な猫獣人、格好といい発言といい、間違いなくこの宿の店員である。
「お客様、クロノ様、で間違いありませんね?」
「はい」
「お手紙が届いております、どうぞ」
 ありがとうと礼を言いつつ、一体誰が自分に手紙などを寄越すのか、と疑問を感じながら書面を見ると、すぐに得心がいった。
「シモンからか」
 シモンとはスパーダに到着してから、すぐに別行動となっている。
 救助に現れた部隊の隊長である姉に連れられて、その後は忙しいのか会うことが出来ないでいた。
 どうやって自分の居場所を特定したのか少々疑問に思うが、あの姉のようにスパーダのお偉いさんと関わりがあるなら、冒険者一人の消息くらい調べることは出来るのだろうと予想した。
「それで、シモンがどうしたの?」
「ん、ああ、えーっと……」
 リリィに急かされる様に促され、クロノは書面に目を走らせる。
 そこに書かれている内容を読み取ったクロノは、真剣な表情になって伝えた。中絶薬
「避難民の生き残りが、何処に居るのか分かった」
 そう、とリリィは短く返事をすると同時に、今日の買い物が中止になったことを悟るのだった。

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