風になぶられるがままに立ち尽くし、じっと森を見つめる。
他に音を立てるものが無い環境では、森の葉鳴りの音が妙に耳について気分もざわめく。蟻力神
時たま聞こえる悲鳴は、おそらくはまだ森の中に残っている冒険者達が、何かに出会ってどうにかされている事の証左なのだろうが、蓮弥は彼らの末路については考えないようにしていた。
風向きが変わる。
森の方向から吹き付けてくる風には、森の木々の匂いに混じって、腐臭と鉄錆の匂いが混じっていた。
気分の悪くなる匂いだ、と蓮弥は顔をしかめる。
なまじ気分が落ち着く効果があると言われている森の木々の匂いに混じってしまっているので、嫌な匂いが際立って強く感じられてしまう。
嫌な臭いを嗅ぎたくないだけだから、とどこか自分自身をごまかすように考えながら、蓮弥はとんと一つ足踏みをする。
無詠唱で魔力を目一杯拡大されて起動した<送風>の魔術は、森から来る風に対抗するように蓮弥の背後から吹きつけると、臭いも風も一緒くたに押し流して森の方向へと押しやる。
これで嫌な臭いに悩まされることはなくなると、蓮弥は一つ息を吐く。
実際に意図していることは違う。
シオンは最後までそれに気づかなかったようだが、蓮弥一人で森の一部分を監視した所で、他の場所から抜ける魔物まで抑えきることができるわけがない。
普通気がつきそうなものだが、蓮弥一人を置いていくという罪悪感にでも苛まれていたのか、シオンはそれに全く気がつく素振りが無かった。
ローナに関しては蓮弥は良く分からなかった。
気がついていて口にしなかったのか、或いはローナにとってはどうでもいいことだったのか、もしくはその両方なのか、どちらでもないのか。
考えてみても答えが出ないので、蓮弥はその考えを止めた。
とにかく、広域にわたる範囲を一人でカバーできるわけがない。
それは現実の問題だ。
だとすれば、どうすればこの森の中にいる得体の知れない魔物達が森から抜けて近隣の街等に行かないようにすればいいのか。
その答えは蓮弥にとっては簡単だった。
確実にとは言えなかったが、それでも森を抜けようとするかもしれない魔物達を自分のいる場所へと誘導する方法。
風に乗せて自分の匂いを森の中へと運んでやり、魔物たちにここにも一人、人間がいますよと教えてやればいいのだ。
森の中で出会った魔物は、人の腹を借りたり、逃げる人間を追ったりと、積極的に人を襲っていた。
人を襲う習性のある魔物であるならば、森の中にいる冒険者達を狩り尽した後、次に狙うのはほぼ間違いなく一番近いところにいる人間であろう。
その人間がわざわざ自分がここにいることを森の中へと伝えているのだ。
これは一種の挑発とも取れる。
「なんとも……やっぱり俺も馬鹿だね」
自嘲して呟く。
シオン達はきっと、一刻も早く街に戻ろうとして、休みなく走るか歩き続けるかすることだろうと蓮弥は思っていた。三便宝カプセル
持って来た荷物は邪魔だとばかりに、武装以外は全て置いていってしまっている。
勿体無いからと蓮弥は、二人の姿が遠くなってから、全て自分のインベントリに収納した。
中身は見ていない。
きっと見てはいけないものとかも入ってるはずだからだ。
そんな状態での移動であるから、早ければ一時間ちょっと、遅くでも二時間以内に街に帰り着くだろうと言うのが蓮弥の予想だ。
そこからギルドに駆け込んで、職員を叩き起こして幹部連中に報告を上げて、調査隊はそれなりに技能のある人物を選ばなくてはならないから、後発になるとしても、そこそこ戦える冒険者を集めて討伐隊を組んでこちらへ向う。
一体何時間くらいかかるか考え出すと、蓮弥は気が重くなるのを感じた。
余程ギルドの幹部連中が馬鹿ではない限り、とりあえずにでも先発隊を出すだろうから、人と資材を揃えて出発するまでに3、4時間。
きちんと急がなくてはならないことが伝わっていれば、移動には馬か馬車を使うだろうから、こちらに到着するのが街を出発してからおよそ一時間。
その他諸々、なんやかやあると考えて余裕を見れば、大体八時間程監視を続ければお役ごめんになるのではないか、と言うのが蓮弥の希望的観測だ。
物事と言うものは、常にすんなりと事が運ぶわけではない。
無駄な軋轢や責任の擦り付け合い、頭の固い幹部がシオン達の言い分に耳を貸さない可能性。
時間的にまだ夜も明けない時間になるだろうから、人が集まらなかったり、資材が入手できなかったりと言う問題が発生することを予想することは難しいことではない。
そもそも、結構な数の冒険者がこの森で魔物の被害にあっている状況で、討伐隊を編成出来る程の人数が町に残っているのか、と言う心配も残る。
「なんとなくだが……討伐隊編成は早い気もしてるんだけどな」
ぼそりと呟いて天を仰ぐ。
そもそも、森に行って手当たり次第に魔物を狩ってきたら、狩ってきた分だけお金をお支払い致しますよ、等という依頼が妙なのだと蓮弥は思っていた。
普通に依頼を出すならば、ゴブリンが増えすぎてきたようなので間引きをしてこい、とかオークに近隣の村の女性が多数誘拐されたので、オークを減らして女性を救助してこい、と言うのが普通だ。
なんでもいいからとにかく狩って来い、と言うのは依頼の形としてはおかしい。
魔石の在庫が切迫しているとか、あまり強い魔物も出ない森なので、初心者達への救済措置と言う可能性も無いわけではなかったが、蓮弥はそう言った話やうわさを耳にしていない。
酷く穿った見方をするならば、これはそう言ったおかしい依頼に気がつかない不注意な冒険者達を撒き餌にした大規模な釣りではないのか、と言う疑いがあるのだ。
無論、推測の域を出ない話ではあったし、フォレストオクトパスにばかり気を取られて、蓮弥がこの可能性に気がついたのは森の中で正体不明の魔物に襲われた後なので、正しく後の祭り状態ではあるのだが。
もしもこの推測が正しければ、討伐隊の編成も調査隊の編成も、既に終わっている可能性がある。
ついでに言えば、シオン達よりも先に報告がギルドに上がっている場合もある。
エサで魚を釣り上げるならば、当然エサには針と糸がついているはずだからだ。
「針役はなんかエサごと食いちぎられた気配だけどなー……」
撒き餌役の冒険者達に混じって、おそらくは本命の針役のパーティがいたのかもしれない。
しかし、森の中から聞こえてくる音は、時間の経過と共に少なくなっていき、やがて全く聞こえなくなり、蓮弥達の他に森の外に出てくるようなパーティの姿も見受けられない。五便宝
「もし、この推測が当っているなら、企画者の思う通りに進んでいるのが癪だな」
なにかこう一発、相手の度肝を抜くような結末に持っていってやりたいと思う気持ちが蓮弥の中に沸き起こる。
いわばいたずら心と言うやつであろう。
ただ、何をどうしてやったらそんな結果が引き起こせるかと言う考えは浮かんではこない。
自分の持っている魔術が火や氷ならば、有り余っているらしい魔力を全てつぎ込んで森ごと灰にしてやったり凍らせてやるのに自分と相性のいい風ではせいぜいが木立を吹き飛ばすくらいで、それでもまぁいいような気もするのだが、どうにも派手さに欠ける、と思った蓮弥は、ふと空を仰いだまま一つの考えに行き着く。
この世界は、お盆の上にのった箱庭のような状態であると言う話は、こちらの世界に来る前にあの幼女から聞いていた。
お盆の下は虚無であり、何もないと。
では翻ってお盆の上はどうなっているのだろう?
この世界にとて何千m級の山と言うのが一つや二つはあるはずだ。
山があるなら空気の層とて、それ以上の厚さがあるはずである。
さらに、こちらの世界に来てから、お湯が妙に沸くのが早いと言った覚えも無い。
つまりは元の世界並に大気圧があり、同じくらいの空気の層があると考えられるのではないか。
そしてそれは、高度があがるにつれて段々と薄くなるような元の世界と同じような構成になっているのではないだろうか。
「我が力を捧げ、大気に満ちよ……」
風属性の魔術であれば、既知の魔術の全てを網羅されている虎の巻をカリルから買ったばかりであり、その全てに目を通し終えている蓮弥である。
使用制限についても、初級の制限を解除してすぐに、無属性魔術と同じ方法で無制限まで解除してあった。
唱える魔術は風系統の上級魔術。
但し、本来は下から上へと巻き上げる効果をイメージでアレンジして上から下へと逆に叩きつけるものへと変更する。
ついでに余波で自分が被害を蒙っても面白くないので、自分の周囲に風の防御壁を展開。
これから起す現象を予想して、術式並列起動のいくつかを重複させて堅固で広い繭のような形で壁を何枚も重ねて展開させた。
壁の展開を待ってから、蓮弥は右腕を空へ突き上げ、まるで空を掴むかのように拳を握り締めて詠唱を続ける。
「風よ、渦巻きて荒れ狂い、我の望むがままに大地を叩け!」
本来の詠唱は「我の望むがままに天を穿て」なのだが、逆向きなのだからと詠唱もアレンジ。
どうせすぐに回復するのだからと防御壁を維持する魔力以外のほとんど全てを、魔術に注入。
言葉が回路を造り、そこへ魔力が流し込まれて魔術が完成する。
その瞬間、蓮弥の周囲を煙と轟音が包み込んだ。
遠く離れた場所。
蓮弥よりもずっと高い視点からそれを見るものがあれば、それは巨大な漏斗に見えたことだろう。VigRx
本来竜巻と言う自然現象は大地からものを吸い上げて空へ飛ばす現象だが、この逆さ竜巻は天空より全てのものを吸い込んで地面へと叩きつける。
竜巻と形容するよりは、海面にあるものを渦へと引きずり込んで海底へと叩きつける巨大な渦潮と形容した方が正しい代物であった。
全高20Kmに及ぶ巨大な渦潮は、遥か高みから冷気の塊を掴み取り、途中で雲などの水分を巻き込んで、それらをまとめて蓮弥の目の前の森へと轟然と降り注がせる。
「失敗したなーこれ……」
自分を包み込んでいる防御壁の外側を、轟音を立てて白い煙だか氷だか分からないものが流れていくのを、呆然と見やりながら、蓮弥はぼやいた。
高高度の上空から、たぶんそこにあるであろう冷気を引き摺り下ろすことしか考えておらず、引き摺り下ろした冷気を処理する方法をすっかり考えていなかった。
本当は下降する気流の外側に上昇する気流をつくって循環させることで、魔術の効果範囲を限定しなくてはいけなかったのだろうが、外側の気流を作っていなかった為に、叩きつけられた冷気はそのまま広がるがままに周囲を凍らせ始めていたのだ。
すぐに魔術を解除しようか、と考えた蓮弥であったが、すぐにもうやってしまったことは仕方がないと切り替えて、ゆっくりと風の漏斗を森の中央目掛けて前進させる。
漏斗が離れていくに従って、周囲を流れる風の勢いは弱くなっていく。
蓮弥はそれでも防御壁は解かない。
蓮弥が空から引き摺り下ろした冷気の温度は、どこまで元の世界の知識が通用するのか分からなかったが、計算通りであるならば、およそ-70℃であるはずだった。
引き摺り下ろしている最中に、幾分かのロスがあったとしても、人間がなんの装備もせずにそこにいればほぼ確実に絶命する温度であるのは間違いがない。
蓮弥が無事なのは、偏に多重に展開した風の防御壁でいくつかの空気の層を作り上げ、その中にいるからであり、壁を解除した途端に凍死するだろう未来が予測できた。
「この世界の人間は、ダウンバーストなんて知らないだろうけど。まぁこんな大規模かつ大被害をもたらすダウンバーストなんて元の世界でもなかったと思うが……」
たまに白い煙の切れ間からみえる森は、白一色の世界へと変貌していた。
木々も草もみな同様に凍りつき、おそらくはその中にいた動物も魔物も、何もかもが一様に白い世界に閉ざされてしまったはずだ。
「天変地異が起きました、と言い張ろう。そうしよう」
どうせ私がやりましたと正直に報告した所で、信じる者などいないだろう。
それならばいっそ、神様が気まぐれで天変地異を起したとでも言った方がまだ信憑性があるに違いないと蓮弥は事の全てを顔も見たことの無いこの世界の神様達に丸投げすることにした。
どうせまともに世界の管理もせずに、陣取りゲームで遊びほうけているのだ。
蓮弥からしてみれば、お前らの怠慢のおかげで界渡りなんぞさせられているのだから、ちょっとは泥を被れ的なものである。
「それにしても……」
魔術を解除すれば、巨大な漏斗は出現した時と同じ速度で大気に解かれて消えていく。
解かれた大気は内包していた冷気と水分を吐き出して、あたり一面に雪を降らせ始めた。
しんしんと降り積もっていく大粒の雪を見ながら、蓮弥は誰に言うともなくぼやく。
「やっぱ俺、魔術の才能ないわー……」
普通に使えば魔術師並でも、全力で使えば大災害では、使い道が無い。
見渡す限り白く染まってしまった世界をみやり、さていつになったら風の防御を解いても大丈夫になるんだろうかと考えつつ、巻き起こしてしまった大規模災害並の状況に、蓮弥は大きく深く溜息をつくのだった。巨人倍増
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