2015年6月6日星期六

迫り来る嵐の予感

 ふと日差しを遮る影が手元にかかったことに気付いて、エルネスティ・エチェバルリアは窓から空を見上げた。
 そこでは、ここしばらくは気持ち良いを通り越して恨めしいくらいに青色しかなかった空を、白から灰へとグラデーションを描く雲が徐々に侵食している。
 薄い雲に遮られ、直射日光による突き刺すような暑さが和らいだことに、彼は少し感謝していた。三体牛鞭
 それだけで気温がいきなり下がるわけではないが、それでも日光がないだけで大分とましだ。
 彼は手元のノートを見やり、肩の凝りと共に酷使され疲労した思考をほぐしていた。

「(ここ最近暑かったしなぁ。このまま考え続けるとまず脳味噌が物理的に煮えそうだ。少し休もか……)」

 空の果てまで視線を向ければ、そこには上空に見えるそれよりも黒く、暗く分厚い雲が見える。
 紗を引いたような薄い雲から、あの暗幕のように重い雲に変わるまでそう時間は必要ないだろう。
 暑さがやわらぐことには賛成するが、あまり雨が激しく降るのも厄介だなぁ、とエルはぼんやりと考えていた。

「エルネスティ君」

 気が抜けていたからか、茫漠たる思考に陥りつつあったエルを横から呼びかける声が引き戻す。
 彼が慌てて振り向くと、そこには少し硬い表情の教師が立っていた。

「授業中に余所見をするのは、感心しないね」
「すいません」

 誤魔化すように愛想笑いを浮かべながら、エルはしっかりと黒板へと向き直る。
 教室では教師による授業が再開され、チョークで文字を書く軽快な音と、フレメヴィーラの歴史の説明が彼の耳に届きはじめた。
 周囲のクラスメイト達は珍しそうに一瞬だけエルに視線を送ったものの、すぐに板書に追いつくべく手元へと顔の向きを変える。
 教室の雰囲気はすぐにいつものそれに戻っていた。

「(危ない危ない、疲れたからと言って気を抜いたらあかんね。それとも暑さのせいか)」

 エルも手元のノートへと視線を戻す。他の生徒達が至極真面目に授業を受ける中、だが極めて残念なことにエルのノートには黒板に書かれていない別の内容――具体的には奇妙な形状をした幻晶騎士シルエットナイトの姿が書かれ、それに数々の説明や走り書きが添えられていた。

「(さてテレスターレも完成見えてきたし、漸く土台が固まったってトコか。
 国王陛下の度肝をブチ抜くためにも最低でも後一つ、このビックリでドッキリなギミックを組み込んでおきたいところやけど。
 ……問題は阿呆ほどお金かかるんやなぁこれ。その上作るにしても親方達は疲労困憊やし。
 急いても仕方ない、準備はしておくにせよしばらくは暇潰しにモートルビートのほうを……)」

 明らかに授業とは関係ないことを考えつつ、しかし念の入ったことに時折黒板へと視線を向けペンを動かすエルは、周囲からは普通に授業を受けているように見える。
 そもそも普通10歳の子供はそんな熟練の擬装を施しはしないだろう。それは嫌な意味で彼の中に蓄積された経験の賜物であった。
 当然その授業態度に不審を覚える者はおらず、授業は静かに進むばかりだ。いや、正確にはそれを悟りうる者も居るには居たが。

「(うーん、幻晶甲冑の動かし方にも大分と慣れてきたしな。次は俺の機体にもワイヤーアンカーつけてもらうか。
 アレ面白そうだよなぁー。動かすの結構面倒っつってたけど)」
「(今日はエル君も連れて食べ歩きしようそうしよう! あんまり根を詰めても逆効果だしね!)」

 その二人とも別の方向に授業態度を間違っているのでさして問題にはならなかった。
 余談ではあるがこの有様でも全員、魔法や体術以外の授業についてもちゃんとした成績を上げていることを、ここで補足しておく。新一粒神

 

 ここ最近の暑さにより、鍛冶場を擁する工房の内部はさながらサウナのようになっていた。
 生徒たちも空気を循環させたり、風を送り込んだりと様々な対策を講じてはいるが焼け石に水なのが現状だ。

 そういった訳でいっそ中にいるよりましとばかりに、親方ダーヴィドは工房の軒先の日陰で休憩していた。
 吹きつける風すら生ぬるいうんざりするような状況を、同じく生ぬるい茶を啜すすり誤魔化す。
 元々ドワーフ族は北方の出身である上、彼のその生まれに恥じない濃い髭は見るからに暑苦しい以外の表現が浮かばない有様であり、本人の負担はいかほどのものか。
 強い日差しにより明確なコントラストがついた地面は、明るい部分に出たら焼け死んでしまいそうな錯覚を与えていた。
 その灼けつくような大地に徐々に薄い影が滲みだしてきたのを見て取って、親方が思わず万歳しそうになったのもむべなるかな。

「おーう、雲が出てきやがった。漸くこのクソみてぇな暑さと少しでもおさらばできる」
「テレスターレの試験中にも、もう少し曇ってほしかったがね」

 その時を思い出したのだろう、隣でテーブルを囲んでいるエドガーはうんざりとした表情を隠しもしていない。
 共に席に着くディートリヒは聞きたくないとばかりに首を振り、ヘルヴィは苦笑を返す。
 照りつける日差しに炙られながら幻晶騎士で試験を行った記憶は、彼ら騎操士ナイトランナーにとって少なからず嫌な記憶として残っていた。

「あれはねぇ……おかげで変な意味での耐久試験にもなったけどさ。
 あ、セット。次で上がりね」

 言いつつ、ヘルヴィがディートリヒから受け取ったカードと、手に持つカードから絵柄の合ったものを開いて場に出した。彼女の手の中に残るカードは1枚である。
 カードゲームに参加する残る2人のプレイヤーが、それまでとは別の意味で顔を顰しかめていた。

 いくら工房内部がサウナ状態とは言え、つい先日までの嵐のような日々を思うと、何故彼らがこうも暢気にカードゲームに興じていられるのかと疑問を抱いてしまうところだが、これには理由がある。
 この環境下で新型の完成から打ち上げまで辿り着いた鍛冶師達だが、その後反動でぶっ倒れてしまい、大半が休みを取っているのだ。
 組みあがったばかりの新型機を整備担当の人間がいない状態で動かすわけにも行かず、騎操士達もこうして無聊を慰めている。
 鍛冶師の中でも親方――というか鋼の肉体を持つドワーフ族は暑さにだれつつもまだ元気だったが、さすがに1人でできることには限りがあり、中途半端にそれに付き合っているのだった。

「この調子だと、残る機体の修復と既存機の改修はいつ終わることやら」
「あん? まぁ、そのうち進めらぁ。今は俺達ぁ休暇中よ」

 エドガーの言葉に、親方はどこか投げやりな調子で答える。その間にもヘルヴィが1抜けを決め、エドガーとディートリヒが決戦に挑んでいた。

「そういえば我がグゥエールは未だに屑鉄の範囲すら脱していないのだが?」
「おぉう、そうだったな。まぁ営業再開したら来てくれや」
「いつからうちの整備班は独立したんだい……?」
「たったいまからだ」
「…………」

 これ以上親方にぼやいたところで仕方がない、そんな感想を抱きつつもエドガーとの決戦に敗北したディートリヒが机に突っ伏した。

「一先ずディーは勝者のために食べ物を買ってきてもらおうか」
「そうねぇ、まぁ安いパイでいいよ」
「俺は肉がつまみてぇな、肉入りのやつにしろ」RUSH情愛芳香劑 ECSTASY POP
「くぅ……仕方ない、待っていろ   って親方はカードに参加していないだろう!」
「ケチケチすんな。日頃お世話になってる代ってぇもんよ」

 ディートリヒの表情がめまぐるしく3回転ほどしたが、とうとう諦めたのか彼はそのままとぼとぼと食堂へと向かった。
 勝者の余裕でそれを見送る3人。哀愁漂う彼の姿が視界から消えた辺りで、親方が何かに思い至る。

「この程度で言うのもなんだが、アイツも丸くなったもんだな。
 前は負けたらガタガタぬかすから、そもカードになんざ呼べなかっただろう」

 相変わらず髭に埋もれてわかり難いが、親方は苦笑を浮かべている。
 整備班、騎操士を問わずディートリヒの神経質さ、気難しさは有名だった。
 実力こそあれ付き合いやすいタイプではなかったはずだが、ここ最近はそれが薄れだしていることに、共に行動する機会の多い彼らは気付いている。

「陸皇亀ベヘモス事件の後から、ディーは変わった。概ね、良い方向にな」
「ふーん。そういえば、実は新型の試験で一番熱心だったのって、あいつじゃない?」

 ヘルヴィには思い至る節がある。操縦経験の長さならば試験騎操士から担当していた彼女が一番であろうが、ディートリヒがそれに次ぐ勢いで新型機を動かしていた事を。
 彼女の言葉にエドガーは神妙な表情で頷いた。

「ああ、恐らくは、あれを見たからだろうな」
「? 何を?」
「……エルネスティ、だ。ディーは、あの時唯一その操縦を、直接見ている」

 エドガーの視線が細められる。そこには確かに、彼の騎操士としての矜持と熱意が垣間見える。
 偶然とは言え、師団級魔獣を相手取れるだけの技量を真後ろから見た、友人への僅かな嫉妬。その友人がそれ以来明らかに実力を伸ばしていることに対する、素直な賞賛。
 エドガーの気質は良くも悪くもまっすぐだ。
 間近でそんな努力を見せられれば彼自身も負けじと奮起するであろうことを、それなりに付き合いの長いヘルヴィは知悉ちしつしていた。

「ふーん、あの子のねぇ。小さい上にすばしっこいから、頑張らないとすぐに背中を見失っちゃうわよ」

 やや癖っ気の強い短めの髪の下から、愉快そうに細められた瞳がエドガーをからかう。
 エドガーは一瞬キョトン、とした表情を見せるが、それはすぐに不敵な笑顔へと戻った。

「そう易々と見失う気はないさ」
「おう、それで思い出したぜ。そういや銀色坊主エルネスティにゃ相談してぇ事があったんだ」

 唐突に親方が手を打った。

「どうしたんだ?」
「いや、新型作ったのはいいんだけどよ、これからどうすんだよと思ってな」
「? 学園の機体の改修を進めるんじゃ、ないのか?」
「そいつはまぁ学園長の許可があるからかまわねぇけど。……まさかここだけの代物にゃあ、すまいよ」
「あっ」

 ぼやけ始めた地面のコントラストの境界を目で追いながら呟く親方に対し、エドガーとヘルヴィが声を上げて顔を見合わせていた。

 

 日が傾き始める頃、ライヒアラ騎操士学園の周囲には今日も今日とて露店が立つ。
 そして授業の終わりと共に生徒達が歩く姿がちらほらと見られるようになる。

「おう嬢ちゃん、今日はでっかい鎧はもってこねぇのかい?」
「うん、今日は食べ歩きよ! というわけでケーキ三つ!」
「あいよっ。何を挟むね?」
「えーっとね……」

 大分と雲の面積が増えた空模様により、日光に炙られる事はないが、それとは別に徐々に蒸し暑さを感じ始めている。蟻力神
 テンションは最高潮と言った感じで露店の主人に注文するアディはともかく、エルとキッドは全身からだるさを放っていた。

「良く冷えたお菓子が、欲しいですね……」
「無茶言うなよ……そんなのあったら皆群がるぜ。絶対」
「むしろ果物を直接食べるだけでも、ちょっとは涼しくなるような」
「諦めろ、もうパンに挟まってる」

 弾けるような笑みと共に振り返った彼女の手には、焼き立てでほっこりと湯気を立てるパンケーキが乗っている。
 時間的にもおやつとしては丁度いいだろう。しかしまだまだ気温の高い昼下がり、できれば熱くない食べ物がいいなぁと思いつつも嬉しそうな彼女の姿の前に諦めるエルであった。

 
 その後あちこちの露店を巡り、いい加減満腹かという所で彼らは工房へと立ち寄っていた。
 特に理由があっての行動ではなったが、彼らは偶然にもそこで珍しい光景と出会う。

「……何をやっているのですか?」
「んむ? 見ての通りクッケレンじゃ。いやダーヴィド君はこれで中々、手ごわいの」

 工房の軒先では、ライヒアラ騎操士学園の学園長であるラウリと親方が、地球で言うチェスに似たボードゲームで勝負していた。
 盤面は恐ろしいほどにラウリの優勢、親方の駒は何かのいじめかと言うほど追い込まれている。

「俺はむしろここからどう盛り返せばいいか、思いつきすらしねぇんだがよ……。
 もう少し手加減してもいいんじゃないか?」
「ほっほっほ、仮にも教育者として、先達が手を抜くのはいかんのう」
「遊戯あそびだぞこれ……」

 莞爾かんじと笑うラウリと対照的に、親方は頬杖がなければ今にも崩れ落ちそうだ。
 彼は悔しさと呆れを半ばに混ぜたような空気を滲ませながら、余った駒をつまんでコツコツとテーブルを叩いている。

「はぁ、いえ、ゲームはいいのですけど、なぜお祖父様がこちらにいらっしゃるのかと……」
「んむ? あぁ、少しエルとダーヴィド君と相談したいことがあってのぅ。
 呼び出してもよかったんじゃが、どうせこちらに集まるかと思っての」

 意外と適当な祖父の考えに、エルが軽くずっこける。
 そして暇つぶしの相手として熨された親方が深い溜息をついていたが、そんなものは些細な問題として流された。

「さて話というのは他でもない。ダーヴィド君も悩んでおるようじゃったが……新型機の今後についてじゃ」

 一通り親方の陣地を蹂躙し、王手に至ったラウリがご満悦の様子で話を始めた。
 エル達も適当に近く椅子を用意するが、出し抜けに飛び出した言葉に首をかしげる。

「テレスターレの今後について、ですか」
「うむ、正直わしはもう少し、こう……じゃな、大幅でも改良の範疇に留まると思っておった。
 それにしては時間がかかっとるなんぞ思っておったが……蓋を開ければ別物になっておるのでのぅ」
「紛うことなく新型機ですから」

 上機嫌に応じるエルの言葉に、ラウリは困ったように眉尻を下げる。

「全く以って、初手から新型機の完成に至るとは予想外じゃよ。
 ここまで作り上げたからには、これは陛下にお見せするつもりなのかの?」

 ラウリの言葉は問いかけと言うよりも確認の響きを帯びている。威哥王
 なぜなら、ラウリにとって既存機を凌駕する性能を持つ新型機は、国王との約束にある“最高の機体”の条件を満たして余りあるからだ。
 ならば新型機を国王へ報告し、然るべき報酬を受け取ろうと考えるのは自然な流れだった。
 しかし彼の予想に反し、エルは少しも悩むことなく首を横に振る。

「ほう? そのために頑張っていたのかと思っておったが……違ったかの?」

 目を丸くしたラウリが、工房の暗がりの奥にあるテレスターレへチラリと振り返る。

「陛下にお見せするものは、また別に……あのお願いに意味があると、認めてもらえるようなものを考えています。
 それに陛下は“最高”を所望されたのです、お受けしたからにはこちらも人事を尽くさないと」
「おめぇの人事はまだ尽くされてなかったのかよっ!?」

 言い切ったエルの言葉に、親方が椅子ごと倒れそうになりながら慌てて突っ込みを入れる。
 これまでの常識を見事に突き抜けておきながら、それが序の口に過ぎないなどと果たして誰が想像しようか。
 少なくともそれはラウリと親方の予想の範囲は超えていた。

「ええ、テレスターレは言わば土台……しっかりと踏み固めたのですから、上には立派な城を作らないと。
 それでこそ陛下の度肝を抜けるというものです」
「その前にわしらの度肝が潰れそうじゃよ」
「大体、坊主は本気のことしか言わねぇから怖えぇな……」

 驚愕と感心を呆れが塗りつぶしはじめたラウリだが、それは別に彼だけではなく、その場にいたほぼ全員の偽らざる心境だ。
 ラウリは一つ息をついて考えを切り替えると、ふむ、と唸って腕を組んだ。

「エルがそう言うなら、そこはまぁ、よい。
 ともあれ、新たな機体まで完成させたのじゃからのぅ、何かしら国への報告は必要じゃろう」
「それは勿論ですね。では、これも陛下にご報告を?」

 エルの問いに、今度はラウリが首を横に振る。

「陛下もお忙しい身じゃからのぅ。エルとの約束であれば陛下にしか判断できぬことであろうが、これだけならばそうではなかろうよ。
 これまで通りの手順でもって連絡することになろうて」
「これまでどおりと言うと、国機研ラボか……」

 “国立機操開発研究工房”――通称“国機研ラボ”はその名の通り、国の下で幻晶騎士の技術を管理するための組織である。
 新型機の開発と言った大きな案件の他にも、新たに編み出した技術改良などは規模を問わずここに集められ、まとめられた後全国へと伝わるようになっている。
 これまでにも学園から技術改良を伝えた事もあり、鍛冶師にとっては馴染みの存在だった。

「うむ……それにしても、新たな機体を丸々持ち込むとなれば、ちと問題なんじゃがな」
「ん? ラウリじいちゃん、何がそんなに問題なんだ? 確かにこいつは強いんだろ?
 これからテレスターレをいっぱい作れば、騎士だって楽になるし、街も安全になるんだろ。
 そこまで出来上がってるんだ、国の人も喜ぶんじゃねぇの?」狼1号

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