今年の聖遺跡は、何かが違う。
そんな話を耳にしたのは、獅子組の教室に入り、キュリエさんとセシリーさんが挨拶を交わし合った後のことだった。SPANISCHE
FLIEGE D5
「おはようございます、キュリエ」
「ああ……おはよう、セシリー。……今日も早いんだな」
「ええ、朝は強いのです」
「そうか。私は……朝は苦手だな」
キュリエさんが席に着く。
ぱっと見、二人の距離感は以前と変わらない。
ベタベタと馴れ合う感じもない。
が、その雰囲気から、二人の間にあったギスギスとした空気が大分緩和されていることがわかった。
意外そうな顔をしたのはジークさんだけでなく、他の生徒たちもだった。
まあ、一昨日あんな風にやり合った二人がこうして普通にコミュニケーションを取っているのを見たら、驚くのも無理はあるまい。
「意外か?」
キュリエさんが聞いてくる。
俺は笑って、
「確かに、意外って気持ちもありますけどね……けど何より、嬉しいです」
と言った。
すると、キュリエさんは、
「……よかったな」
とだけ返した。
表情はいつものクールなキュリエさんだ。
けど……明らかに声の調子は柔らかい。
と、誰かの指が俺の肩をつついた。
「おはようございます、クロヒコ」
いつもの笑みを浮かべたセシリーさんが、横に立っていた。
「あ、おはようございます、セシリーさん。……昨日は、すみませんでした」
「いえ、お気になさらず。……というより、わたしも反省しました。学園長の言う通り、いつの間にか自分の気持ちの方が優先になって……あなたのことを、おざなりにしていたのかもしれません。それと――」
セシリーさんが、キュリエさんを一瞥する。
「もう彼女から聞いたかもしれませんが……わたしたち、互いの間にあったわだかまりが多少、解けまして」
「らしいですね」
「一応は和解、ということになるでしょうか。協定も結びましたしね」
「協定……ですか?」
「ええ、色々と。……気になりますか?」
「そりゃあ……気にはなりますけど」
「ヒミツです」
ヒミツらしい。
俺は小さく笑みを作る。
「じゃあ、時が来たら教えてください。セシリーさんのタイミングでいいですから」
虚を突かれたような顔をするセシリーさん。
が、すぐに彼女は微笑を取り戻し、
「……なんだか少し頼もしくなったような感じがしますけど、何かありました?」
と聞いてきた。
「まあ……強い男になれるよう、精神的にも鍛練中ってことで。……や、実際のところ、けっこう無理してますけどね」
無理を認めつつ、苦笑する。
ま……少しずつ、だな。
セシリーさんが暫し、興味深げに俺を観察する。
「……なるほど。そうですね、強くあろうとするのは、よいことだと思います。……期待していいんでしょうか?」
「えーっと……期待しすぎない程度に、期待しててください」
ぺこりと頭を下げる。
「では、期待しちゃいますね?」
にこやかにそう言った後、セシリーさんが表情から笑みを消した。
そして、切り出した。
「ところで……攻略班のことなのですが」
「ええ」
「聖遺跡は当初の予定通り、わたし、ジーク、ヒルギスの三人で攻略することにしました。あなたのことと聖遺跡攻略のことは、今は切り離して考えます」K-Y
「まずは、越えるべき相手を越えることを、目指すんですね?」
力強くセシリーさんが頷く。
「はい。元から決めていたことも達成できないようでは……あなたと攻略班を組む資格もないと、思い直しまして。だからせめて、この一年は、彼らと三人で攻略するつもりです」
「そうですか……」
彼女の表情からは、固い決意が見て取れる。
俺は手を差し出した。
「聖遺跡攻略ではライバルとなるわけですが……お互い、がんばりましょう」
またもやセシリーさんは呆気に取られたようだったが、すぐに吐息まじりの微笑みを浮かべると、手を握り返してくれた。
「どうやら、あなたも色々とふっ切れたみたいですね。わかりました、よき競争相手として、お互い研鑽を積みましょう。……ね、キュリエ?」
と、キュリエさんに微笑みかけるセシリーさん。
「ああ。……ま、無理のない程度にな」
視線は前方に固定したまま、キュリエさんは軽く手を挙げて応えた。
「それから、わたしたちのことを比べられないくらい好きだと告白してくれたクロヒコのことも……無理のない程度に、ですよね?」
教室内が、セシリーさんの放った一言に、ざわっ、となった。
……あの、セシリーさん?
キュリエさんが、呆れの息をつく。
「……おまえなぁ、今の、わざと聞こえるように言っただろ?」
「クロヒコが欲しいという気持ちは、今も変わっていませんから。ただ……今はキュリエのことも、同じくらい好きですよ?」
「フン……だから人を好きとか、そう簡単にだな……」
キュリエさんは額をおさえながら、やれやれ、と首を振る。
その手の下の頬は微かに、桜色に染まっている。
…………。
その後だった。
ようやく教室の空気が落ち着きを見せはじめたところで――何人かの生徒が、聖遺跡の噂について話しはじめたのは。
セシリーさんも、噂のことは知っていたらしい。
噂を知らなかった俺とキュリエさんは、セシリーさんから説明を受けた。
今年の聖遺跡は例年と比べ、どうも様子がおかしい。
この噂は元々、去年と一昨年も聖遺跡に潜っている上級生たちの間で囁かれはじめたものらしい。
よく言われることは、今のところ二つ。
異種の出現率の高さ。
そして、魔物の出現数の妙なばらつきである。
これらは聖遺跡攻略において大きな壁となる。
脅威度の高い異種との遭遇率が増え、さらに魔物の数自体が多いとなれば、攻略難度はぐんと跳ね上がってしまう。
そのため、聖樹士の選抜試験を来年に控える三年生たちは、頭を抱えているという。
小聖位の順位が選抜試験にも影響を及ぼすからだ。
さらには、下級生にも噂が広がったことで、聖遺跡に行くのを躊躇する一年生もぽつぽつと増えだしたとか。
これはあくまで噂であり、今はまだ、上級生の体感的なレベルの話らしいが……。
「まあ、わたしはその程度で聖遺跡攻略を諦めるつもりなど毛頭ありませんが……一応、頭の隅には留めておいた方がよいかもしれません」
「わかりました。ありがとうございます」
俺が礼を言うと、セシリーさんは席に戻っていった。
時計を見る。
そろそろ朝の登時報告がはじまる時間だ。
と、
「あー! 来ちまったぜ! 淀んだ空気のシケた教室に、今日も来ちまったぜ!」
来てしまった。
麻呂が。
「お? なんだこりゃ?」
麻呂が、教壇の上に載っていた四角い布をつまみ上げた。
多分ハンカチだろう。
レースのついた淡いレモン色の、可愛らしいハンカチだ。
落し物を親切な生徒が拾って、置いておいたのだろうか?曲美
「うぉ、きったねぇ! 年季ものかよ!? さっさと捨てちまえ、こんなもん! てか、誰のだよ! 名乗り出ろや、おらぁ!」
「……あー、それは、おれのなんだが」
「あぁ!?」
ばっ、と麻呂が後ろを振り向く。
「げぇ!? ヨゼフ教官!」
ごほんっ、と重々しく咳払いするヨゼフ教官。
「記念日に妻からもらった大事なものなんだが、どこかで落としてしまったらしくてな。今まで探し回っていたんだ……そうか、誰かが拾ってくれたのか。……拾ってくれた生徒には、感謝する」
「ま、待ってください、ヨゼフ教官! そ、そうだ……実は廊下で『お? なんだこりゃ? うぉ、きったねぇ! 年季ものかよ!? さっさと捨てちまえ、こんなもん! てか、誰のだよ! 名乗り出ろや、おらぁ!』などと無礼千万なことをほざいていた生徒から、おれが奪い返したんです! さっきのは、拾った時の状況を、獅子組の生徒どもに説明していて……!」
「……わかったから、返してくれるか?」
「も、もちろんです! いやぁ、教官の奥さんは、実に趣味がよろしい!」
「……わかったから、返せ」
「……ぃっす」
…………。
麻呂よ。
どこに向かおうとしているんだ、おまえは……。
*
登時報告では、聖遺跡攻略のため、アイラさんが休みであることが伝えられた。
昨日から、聖遺跡に潜っているらしい。
それから、王都で起きた殺人事件の犯人は、未だ捕まっていない模様。
そして登時報告の後の教養授業が終わると、次は戦闘授業である。
*
第一修練場には今日も剣を切り結ぶ音が響いていた。
抜けるような青空の下、俺はキュリエさんと剣戟を交わし合っている。
俺の剣を振るうスピードは昨日よりも格段に上がっていた。
なんというか……『戦闘における勘』みたいなものが、自分の中に備わりつつある気がする。
それに、驚くほど、身体が軽い。
ただ――
どくんっ。
そう。
これだ。
火花を散らしそうな勢いでキュリエさんと剣を打ち合いながら、俺は、自分の内から『這い出てくるもの』を、意識する。sex drops
小情人
主に、戦闘行為をする際に湧き上がってくる、この感覚。
が、この感覚に身を委ねると――意識を、持っていかれてしまう。
模擬試合の時も、昨日の戦闘授業の時も、そうだった。
聖遺跡でゴブリンと戦った時も、この感覚が全身に満ちかけた。
気づきかけては、いたのかもしれない。
クラリスさんから、禁呪王の物語を聞いた時――
禁呪王が『獣』になったという物語の後半部分を聞いた、その時から。
昨日……寝る前、ずっとベッドの中で考えていた。
禁呪が『禁呪』たる所以について。
……まだ確信にまでは至っていない。
自分の中にある、憶測という名の霧を完全に振り払うには、まだ足りない。
が、
頭に響く声。
もっていかれる意識。
そして……俺の中にある、予兆めいた感覚。
そこまでいけば、おのずと見えてくるものがある。
異変――というべきもの。
キュリエさんが指摘した、俺の身体の変化。
なんの剣術の心得もない俺が、実力者たちから褒められた理由。
…………。
目を、逸らしていたのかもしれない。
思考が『仮説』に辿りついた時、怖くなって、思わず目を逸らしてしまったのかもしれない。
でも……強くなると、決めたんだ。
だから、今はもう、目を逸らすわけにはいかない。
昨日、クラリスさんと禁呪のデメリットについて話した時、俺は『デメリットだという実感がないのかもしれない』と言った。
ならば――
その通りに、してやる。
この力を、俺にとっての、『メリット』にしてやる。
今朝、キュリエさんに言ったことは本気だ。
そして、もし将来、実際に第6院の人間と戦うことになったら――この力は絶対、武器になる。
この力はおそらく、一時的、あるいは継続的に身体能力や感覚を高める、いわゆるブーストみたいなものなんだろう。
その代わり、ブースト中は、何か『危ういもの』と意識が繋がってしまう……。
だが俺は、この力を、使う。
使いこなして、みせる。
なんとしてでも。
なんと、してでもだ。
さらに斬撃の速度を上昇させる。
それに合わせて、キュリエさんも速度を上げてくる。VVK
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