ちょっと話がある、とクロワールが蓮弥の執務室に呼ばれたのは、とある日の昼下がりの事であった。
呼出し、と言う行為にクロワールはあまり良い印象を持っていない。
大体そう言った方法で声がかかる場合と言うのは、待っているのが何らかのトラブルである確率が非常に高いからである。曲美
これはエルフの国に居た頃の経験からくる話であったが、きっと人族の大陸においてもあまり状況は変わらないのではないかとクロワールは思っていた。
トラブルの種と言うのはきっと全世界共通なのだと。
それでも蓮弥からの呼び出しである以上は、無視することができない。
立場的には伯爵からの正式な召集である上に、蓮弥は人族の大陸におけるクロワールの身元保証人でもあり、さらに保護者でもある。
加えて、クロワール自身にとっては想い人でもあり、恩人でもあった。
なんとかエルフの国に引き込めないものかと思ったこともあるのだが、どうしても父親である皇帝への蓮弥の印象が最悪に近かった為に断念。
後に蓮弥がトライデン公国の貴族に取り立てられてしまったので、そちら方面の道はほぼ絶望的になった。
代わりに蓮弥が貴族となり、複数の女性を妻として迎え入れてもなんら問題の無い立場になったので、もう自分が蓮弥側に引き込まれてしまった方が楽だろうなと思っている。
父である皇帝にもその辺りのことはそこはかとなく手紙等で伝えてはいるのだが、特に目立った反応が返ってきたためしがなく、比較的どうでもいいと思われているのかなと思い始めていた。
それはともかくとしても呼び出しには応じなければいけないのだからとクロワールは最近お気に入りになった紺色のスカートに白のシャツ、紺色の上着を羽織って黒のニーソックスに銀色のパンプスと言った格好に着替えて蓮弥の執務室へと向う。
ちなみに、クロワールが身につけている服は全てフラウの手製によるものだった。
どうもエルフであるクロワールは、人族の職人が作る丈夫さ優先でどこか野暮ったい服装を身につけることに抵抗があった。
その点、フラウが作り出す服は薄手でも丈夫であり、さらにデザインが既存のものとはまるで違う。
材質がいまひとつ不明と言う所にそこはかとなく不安を覚えなくもなかったのだが、どうしても見栄えと着心地といった点において優れている為に、クロワールは衣服の全てをフラウに依存していた。
余談ではあるが、クロワールが身につけているインナーも全てフラウの手製である。
但しこちらについてはそのデザインと機能性をクロワールは重宝していたのだが、偶然彼女のインナーを目にしたローナとシオンが顔を背けて顔色を真っ赤にしたことからどんなデザインであったのかは推して知るべしであろう。
蓮弥の執務室の前へと到着したクロワールは一つ息を整えてからドアをノックする。
間髪入れずして「どうぞ」と言う答えがあったので、ノブを回してドアを開けて中へ入ると、どこか不機嫌そうな顔をした蓮弥が執務室の机に座っているのがまず目に入ってくる。
これはやはりトラブルの種らしいと、内心溜息をつきつつクロワールは優雅に一礼し、蓮弥が座っている机へと近づいた。
「お呼びと伺いました」
「まぁね。取りあえず……あぁすまん、椅子を用意していなかった」
元々蓮弥がデスクワークをする為の部屋であるので、来客を迎えるような調度は用意されていない。
クロワールを立たせたまま話をすることを良しとしなかった蓮弥であるが、お気になさらずと言うクロワールに蓮弥は机の上をとんとんと人差し指で叩きつつ。
「ここに座る?」
「机の上にですか? お行儀が悪いですよ?」
「気にするような奴はここには居ないしな。それにエルフの姫君を机に座らせて、仕事をする貴族なんて俺くらいだろうから、なんとなく優越感が沸くかもしれない」
たぶん、冗談で言っているのだろうが、どこまで冗談でどこまでが実感なのか分かりづらい蓮弥の表情に、クロワールは少しだけ考えるフリをしてから、ひょいと机の縁に腰掛けた。
ちょうど蓮弥の右斜め前に背中を向ける形で座ったクロワールであったが、その姿を見ながら蓮弥はこっそりと思う。
意外とこれは良い景色かもしれない、と。
机の上にちょこんとお尻が乗っかり、そこからすらりした背中が見え、最後に肩越しに振り返るようにしてこちらを見て微笑を浮かべているクロワールの顔がある。K-Y
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仕事はまるで捗りそうに無いが、気持ちは非常に安らぐ気がする蓮弥であった。
そんな蓮弥の視線を知ってか知らずか、いたずらっぽく笑ったクロワールはこのままだとあまり話が進まない気がして、取りあえずは呼ばれた用事の方を片付けてしまおうと蓮弥に話しかける。
「それでレンヤ、本日のご用向きは?」
「あ? あぁそうだった。ちょっと見てもらいたいものが届いてね」
言われてようやく思い出したかのように、蓮弥が机の下からよっこいしょと取り出したのは、一目見た感じでは一抱えもあるような巻紙だった。
取り出されたものの正体が分からずに、頭の上に疑問符を浮かべるクロワールの目の前で蓮弥は取り出したその巻紙の一部を机の上に広げる。
そこには細かくびっしりと文字が書き連ねられていた。
「お手紙でしょうか?」
「エルフ語のな。お前さんの父親の、あの皇帝陛下からの手紙だ。今朝届いた」
答えた蓮弥の顔は、嫌そうと言うよりは意味不明なものを見る訝しげな表情だ。
「俺もエルフ語は読めるわけだから、最初から読んで見たんだが……全く意味が分からない」
「と、言いますと?」
「まぁ実物を読んでもらった方が早いだろうな」
「私が目を通しても良いものなのでしょうか?」
エルフの国の皇帝陛下から、トライデン公国の伯爵への一応親書である。
おいそれと他人の目に触れさせて良いものとは到底思えないクロワールだが、蓮弥はあっさりと頷いた。
「あぁ、そもそもエルフの国の皇帝陛下が、人族の国の貴族に直接親書を送ってくる方がおかしい。どうせクロワールに見せることを見越した手紙だろ」
クロワールは机の上に腰掛けたまま、手紙を手繰り寄せて中身へ目を落とす。
そこに書かれているのは他愛ない文面であった。
時節の挨拶に始まって、エルフの国の様子やら田畑の作物の出来具合の話。
そこから何故だか皇帝自身の近況報告に始まって、多数いる皇后の名前から性格、最近こり始めた趣味の話へと移り、その各皇后が生んだ子供の名前から名前の由来へと話が続いていく。
「正直言って、あの皇帝がよこした手紙だ。ただの手紙だとは思っていないんだが……中身があまりにも俺と関係なさすぎる」
「レンヤは、これなんだと思いました?」
「婉曲な嫌がらせ」
はっきりと答えた蓮弥の言葉に、クロワールは苦笑する。
それは確かにこれはあの皇帝陛下の嫌がらせだろうと思ったからだった。
何かしら蓮弥に伝えたい為に書いた手紙なのであれば、解読するのが難しすぎる代物で蓮弥は頭を悩ませることになり、何も伝えたいことが無いのだとしても今度はその意図を図りかねて蓮弥は頭を悩ませることになる。
どちらのせよ、蓮弥はこの手紙について否応無く考えなくてはならない事態に陥るというわけだった。
「手紙くらい素直に書けないのか、あの皇帝は……」
「こう言ういたずらは、エルフが好む所ではありますね。レンヤはこれを読んでどう思いました?」
笑いながら問いかけてきたクロワールの質問の意味が分からずに、蓮弥は首を傾げる。
「率直に、思った事を教えてください」
「……皇帝陛下が書いたにしては、どうにも中身が平凡だし、言い回しも普通だ。ただ……所々、意味不明な単語があるのが気になった」福源春
書き間違えなのかと蓮弥は思っていたのだが、蓮弥の異世界言語の技能で翻訳できない単語が結構な数混じっていたのだ。
それは蓮弥の理解できる言葉に変換されずに、エルフ語の文字の羅列として蓮弥の目には見える。
「これは、エルフの国の勇者が選定されたので、人族の勇者との面会を希望したい。ついては日時の打ち合わせを行いたく、外交官をそちらへ送りたいのだが都合の悪い日はあるだろうか、と書いてありますね」
長い手紙を巻き取りつつ目を通していたクロワールが言うと、蓮弥が驚いた顔でクロワールを見た。
当然であるが、蓮弥が見た手紙の中身にはそんな一文は全く書かれていない。
「他にも色々……私の近況はどうだろうかとか書いてありますが、まぁ伝えたい中身は勇者関連のことだけだと思いますよ?」
「どこに書いてあるんだよ、そんな話?」
文章の量が膨大すぎて見落としただろうかと思う蓮弥に、クロワールは全く方向の違う質問をぶつけてきた。
「そうですね。レンヤはこの手紙を、エルフ語の文字として見ることはできるんですか?」
言われて蓮弥は意識を人族の言語へと切り替える。
途端にそれまでは意味の分かる文面だったものが、全てエルフ語の文字の連なりへと変化した。
「見れるみたいだな」
「そうですか。それで、意味の分からない単語がどれか分かりますか?」
尋ねられて、改めて手紙の上の文章に目を落としてみる蓮弥ではあるが、その状態ではワケの分からない記号の羅列にしか見えず、どこがどの単語であるのかさっぱり分からない。
「……いや、この状態では全く分からない」
「なるほど、父様はレンヤの技能を御存知だったのかもしれませんね。この手紙、ちょっと落書きしても良いですか?」
机の上にある羽ペンと、インク壺を自分の近くに引き寄せつつ許可を求めたクロワールに蓮弥は頷く。
蓮弥の許可を確認してからクロワールは手紙の上に膨大な数並んでいるエルフ文字の一部に丸を付け始めた。
「普通、手紙を書くときは筆記体で書くものなのですが、これは態々ブロック体で書かれています。そしてレンヤが読めなかった意味不明な単語と言うのは単語のうちの一文字が違う文字に置き換えられているから、意味が通らなくなっているんです」
「ふむ?」
説明しながらクロワールは次々に手紙の上に丸を描いていく。
ある程度丸の数が揃った所で、今度はその丸を順番に線で繋いでいくクロワール。
「暗号の手法としては……わざと間違った字を書いてその位置に意味を持たせると言うのは、使い古された手ですね」
繋がった線を蓮弥がエルフ語に意識を切り替えて目にすれば、その線は「ユウシャ」と言う単語となって目に飛び込んできた。
つまりあの皇帝は、この暗号を仕込むためにわざわざ長々とした文面を考えたらしかった。levitra
一抱えもあるような巻紙は、この方法だと一文字を暗号化する為に相当な量の文面が必要となり、そのせいでダミーの手紙が長くなりすぎた結果であるらしい。
どっと疲れが押し寄せてくるような気がして、蓮弥は机の上に突っ伏した。
「何考えてんだ……」
「そうですね、なんとなくは分かりますけども」
疲れきった声を出す蓮弥とは対照的に、クロワールはどこか嬉しそうな声でそう言った。
「分かるのか? このくだらない悪戯の意図が?」
「ええ。第一には勇者の選定が終わったことを、今の所人族の勇者を擁しているレンヤに伝えたいということなのでしょうが……たぶん、父様はレンヤにはこの手紙が読めないだろうと思って、書いたと思うんですよ」
「そこに嫌がらせ以外の意図があるとでも?」
「はい、だってレンヤが読めなければ、誰かに相談しようとしますでしょう?」
にこにこと笑顔のクロワールは自分の推理を披露する。
「エルフの国の皇帝からの親書ですから、その辺の誰かに相談するわけにもいかず、自然と私に相談するだろうことは予想するに容易いことですよね」
「そりゃ、俺の近くにいるエルフはクロワールくらいなのだから、順当にいけばクロワールに相談することになるだろうな」
「しかも中身の分からない親書です。余人には見せられないでしょう?」
中身に何が書いてあるのかも分からない状態で、もし他の人族に見せてはいけないような内容の手紙だったりすれば、非常に不味いことになるのは当然だ。
もっともそんな危ない内容の手紙を、他国の貴族に直接送りつけるような事は通常ありえない話なのだが、あの皇帝ならばやりかねないと言う危うさが今のエルフの国の皇帝にはあった。
一度、実物を見ているだけに、さらにその考えは強いものになってしまっている。
「言いたい所が分からないな?」
「この手紙を送れば、レンヤは私に相談する以外なく、しかも中身が分からないので他の誰かを同席させることもできない。つまりはですね」
笑顔のままクロワールがほんの少しだけ声を潜めた。
その笑顔のどこかに、何か黒いものが潜んでいた気がして椅子の上で蓮弥が僅かに身を引いてしまう。
「余人を交えず二人きりになれる、と言うことを見越して送られてきたんですよ、この手紙」
クロワールの言葉に、蓮弥は沈黙してしまう。
その沈黙をクロワールがどう取ったのか、蓮弥には分からなかったがクロワールは上機嫌で先を続けた。
「気を遣うくらいの考えが父様にもあったのは驚きです。本当は私がもうちょっと色々考えたり、試行錯誤したりして時間を引き延ばすだろうと思って書いたんでしょうけれども、レンヤが困ってるみたいでしたので、さくっと解いてみました」
「あー……そうだな、気遣いには感謝する」
「そういうわけですから、レンヤもその辺は汲み取ってくれると嬉しいです」
はっきり言い切られてしまって、蓮弥はそっと視線をクロワールから外した。
何故だか、直視できなかったのだが、そんな蓮弥の仕草にクロワールは嬉しそうな気配を強くする。
「誰か呼ばないと、ここは茶も出ないんだぞ?」
「構いません。……もうしばらくこのままで」
請われて蓮弥は深く溜息をつき、椅子に深く腰掛けて天井を仰ぐ。
お茶もお菓子も出ないような状態で、ただ二人だけでいることに何の面白みがあるのやら、と潤いの無い考えが蓮弥の頭の中を巡っているが、机の上に腰掛けたまま嬉しそうに笑っているクロワールを見れば、それだけのことでも嬉しがっているのだから、このままでもいいかと思ってしまう。
重要な話があるから、と執務室には誰も来ないように言い含めてあるので、蓮弥が誰かを呼ぶまでは誰も執務室を訪れることはない。Motivat
こうしてクロワールは、蓮弥の傍にいる限りはあまり享受する事の無い、とても静かで落ち着いた時間を堪能するのであった。
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