―――やられたわ。
シエナの森のエルフ、ファルダニアは敗北を認めざるを得なかった。
「どうだい?うまかっただろ?」
忌々しい声…人間の男の声が聞こえる。
目の前には、黒い鉄の皿…つい先ほどファルダニアが食べつくした料理が乗っていた皿が置かれている。Motivat
エルフは一般に、動物から得られる食物を食べない。
清められた清浄なる森の民エルフにとって、森に住む獣は大切な『友人』であるし、何より動物の匂いは強すぎる。
エルフにとっては動物の肉などは非常に匂う。
故に、エルフは狩りをしない。
エルフ自慢の弓の技はあくまで森に土足で踏み入る外敵と戦うための技に過ぎない。
エルフの出生率が低く、絶対数が少ないためと言うこともあったが、エルフが暮らす森はどこも木々や草花の恵みだけで充分暮らしていける場所ばかりなのだ。
幼い頃から人里で暮らしている連中や人の世界へと冒険に繰り出すような変わり者、あるいは忌まわしい『混ざり物』ならば肉や魚を好むこともあるが、ファルダニアのような『正当な』エルフならばそんなものは食べない。
だからこそ、ファルダニアは半ば見下すように注文を出し…男はたやすく答えて見せた。
肉も魚も乳も卵も使わない美味しい料理。
そんなものをこんな、繊細さの欠片も無いような野蛮な人間の男が作れるとは思っても見なかった。
もし、それで出てきたのがファルダニアが普段口にしているようなもの…
新鮮な生の野菜や野草を盛り合わせたサラダの類や野菜と茸を煮込んだスープの類であればここまで驚きはしなかったであろう。
精々が人間もなかなかやるじゃない、程度で済んだはずだ。
だが、違った。男が作りもって来たのは、ファルダニアの想像だにしなかった料理だった。
(くやしい!…けど)
流石に最後の一口まで全部食べつくして『おいしくなかった』が通用しないのは、ファルダニアにも分かっている。
ファルダニアは唇をかみ締めながら、こうなった経緯を思い出す。
(最初の間違いは…そう、ここに入ったことだわ)
まずはそこからである。
ことの起こりは、森に茸狩りに出ていたファルダニアが、不思議な魔力の流れを感じ取ったことだった。
「…何かしら?これ…移送系の魔法?」
ピクリと長い耳を動かしファルダニアは異変を察知した。
森の、特に魔力が溜まりやすい一角に、魔力が集まっている。
このままだと何か…転送の魔法陣のようなものが発生しているはずだ。
ファルダニアの魔法の知識がそう告げていた。
エルフは魔法に長けた種族である。
人間の中にあれば優秀な、と称される魔術師の魔法程度なら、50歳に満たぬエルフの子供でも使いこなすし、エルフの長い寿命の中で研究されてきた魔法の技術は、人間やドワーフのそれとは比べ物にならないほど発達している。
それ故に魔力にも敏感で、それが強い魔法ならば発動前に察知することもできるのだが…
「…この魔力からすると、村の誰かが使った魔法ではないわね…とりあえず、行ってみましょう」
エルフの森であるシエナの森で怪しげな…強力な魔法が使われたとあっては無視するわけにもいかない。
ファルダニアは魔法が使われたとおぼしき場所に、愛用している弓を持って赴いた。
(あった…どうやらアーティファクトの類の魔法のようね…)
ほどなくして、魔法の発生場所に着いたファルダニアは、正確にそれがなんであるかを察した。
森の木の洞に取り付けられた、猫の絵とファルダニアの知識には無い文字で書かれた黒い扉。
古代…エルフが魔法の起源種として最も栄えていた時代に作られたアーティファクト。
それが魔法の発生源だ。
(…これだけ強い魔法だと、飛ばされる先は、多分異世界だわ)
ファルダニアはエルフの森でも若いが優秀な魔術師である。
その知識により、魔法の正体を正確に察する。
何日かの間隔で上下する魔力が最も高まった日にのみ発動する魔法のようだ。
この魔力の強さから察するに、この世界のあちこちに似たような扉が現れているはずだ。
「…まずは、調べてみましょう」
近くの木に、転移魔法の目印をつける。
これで異世界からでも、扉が繋がっている今日ならば無理やりこの場所に転移できるはずだ。levitra
そして準備を整えたところで、扉を開く。
チリンチリンと、魔法の発生源から音が響く。そして。
「ムニエルをくれい!それと酒だ!酒をたっぷりとよこせ!」
「いつもの」
「…オムライス。オオモリ。モチカエリ、オムレツ、3コ」
「店主、エビフライを2人前頼む!」
「あの…チョコレイト・パフェを1つ、お願い致します…」
そこに広がっていたのは、店だった。
店の中に置かれたテーブルと、椅子。
その椅子に座った客が思い思いに料理を注文していた。
「いらっしゃいませ。空いてる席にお座り下さい」
恐らくはこの店の店主が、ファルダニアに言う。
それを胡散臭そうに見ながら、ファルダニアは好奇心に任せて空いているテーブルの席についた。
「くそう!まだまだワシの酒ではかなわんわい!」
いかにも金物臭そうなドワーフ族が、魚の肉を肴に酒を一気に飲み干してため息を吐き出す。
「うむ。ドヨウにはやはりこれだな」
黄金色の酒と、豚の揚げ物を食べながら、痩せた人間の老人が頷く。
「…ム。オカワリ」
片言の言葉で、赤いものがかかった卵料理を再び注文しているのは、全身に傷が刻まれた、湿地帯に住まうと言うリザードマンの戦士。
「うむ!タルタルソースも良いがトンカツソースもあう!やはりシュライプは偉大だ!」
騒ぎながら海の生き物らしきものを食べているのは人間族の男。
「………」
黙々と真剣に、黒いものがかかった、牛の乳らしきものを材料にした謎の物体を食べているのに至っては、きらびやかなドレスを着た、明らかに育ちが良さそうな人間の娘である。
(さてと…困ったわね)
そんな状況の中、ファルダニアは困っていた。
正直、どれもおいしそうに見えないのだ。
先ほど持って来てもらったメニュー。
それに書かれたものは、どれも見たことも聞いたことも無い料理ばかりだった。
だが、店の客が食べているものを見れば分かる…ここの料理は、ファルダニアの、エルフの口には合わない。
(なんで人間の作る料理ってこう…野蛮なのかしら)
そう、この店の料理はどれも獣や魚、乳や卵といったものが入っているのだ。
森で暮らす正当なエルフにとって、それらは『食材』とは言えない。
ようするに食べられないのだ。
(パンとか…スープもダメね)
その忌避感は強い上に、エルフの感覚は鋭い。
僅かにでも獣や魚、乳や卵が混じっていれば、見抜いてしまうし、そうすると食べられない。
「お客さん。ご注文は決まりましたか?」
店主がファルダニアに話しかける。
ファルダニアはため息を1つ吐き出し、いじわるを言う。
「そうね…肉も魚も乳も卵も入っていない料理があるなら、それをちょうだい。
ないなら特に何もいらない。すぐに出て行くわ」
あるわけが無い。そう思っていたので立ち上がりかけながら言う。だが。
「はい、ご注文ありがとうございます。じゃあちょいと待っててください」
男は1つ頷くと、さっさと厨房へ行ってしまおうとする。
「ちょっと!」
それを見て、ファルダニアは慌てて立ち上がり店主を呼び止める。
「…なんです?」
「言っとくけど、私は隠し味とか、少しでも混じってたら食べられないわよ?
それでも作れるっていうの?」
「大丈夫ですよ。ちょいとスープは…
みそ汁もダメみたいですが、他はちゃんとお出しできますんで」
「…そう。ならいいわ」
そうまで言われては引き下がるしかない。
ファルダニアは黙って再び席に着く。
(一体、何を出すつもりなのかしら?福源春
人間にそんな料理が簡単に作れるとも思えないんだけど。
サラダとか、スープの類?
でもスープは出せないみたいなことを言ってたわね…)
もし、変なごまかしをしたら、すぐにでも席を立つ決意を固めながら。
そして、暫く後。
「お待たせしました」
その料理が、ポンとファルダニアの前に置かれる。
「なにこれ?」
それを見て、ファルダニアは思わず声を上げた。
八つ切りにしたダンシャクの実を植物の油で揚げて塩を振りかけたもの。
甘くなるよう茹で上げた、鮮やかなオレンジ色のカリュート。
濃い緑の葉野菜。
そして、それらを乗せた、熱く熱せられた黒い鉄の皿の上にどんと置かれ、ジュウジュウと音を立てる料理。
それは、ファルダニアの知識には無い料理だった。
「豆腐ステーキです。味付けはおろしポン酢…
うちのは出汁は昆布だけなんで多分お嬢さんでも食べられると思います。
これでもお嬢さんみたいな若い娘さんからよく頼まれる料理でしてね。
たまに出るんですよ。
それとパンはダメっぽいんでライスもって来ました。
ま、豆腐ステーキにはこっちのが合うと思いますよ。そいじゃあごゆっくり」
ファルダニアの呟きに答えるように言うと、店主は新たな客の注文を取りに行ってしまう。
(…確かに獣の匂いはしないけど…)
ファルダニアは料理から漂う香りからそう判断する。
果物の爽やかさと、新鮮な植物の油で焼かれた芳しい香りの中には、獣の匂いは無い。
確かにこの『トーフステーキ』はファルダニアの注文通り、肉も魚も卵も乳も使われていないようだ。
(けど、問題は、味よ)
これでもファルダニアはシエナの森の中では料理上手で知られている。
幾らファルダニアの出した無茶苦茶な条件は満たしているとはいえ、不味かったら話にならない。
「それじゃあ…」
ごくりと唾を飲み、ファルダニアはフォークとナイフを取る。
付け合せも気にはなるが、まずはメインをとばかりに、皿の上に乗ったそれにナイフを入れる。
それは、まるで抵抗を感じさせない柔らかさでもって切り分けられた。
(…良く分からないわね。店主は『トーフ』とか言ってたけど)
一口大の四角に切り分けられたトーフをフォークに刺してしげしげと眺める。
軽く焦げ目がつく程度まで焼かれた、生成り色の正体不明の物体…少なくとも嫌な匂いはしない。
新雪のような野菜の摩り下ろしと茶色いソースが掛けられたそれは、ファルダニアの知識に無い食べ物だった。
(とにかく…食べてみるしかないわね)
不味いにしても、一口も食べないわけには行かない。
意を決してファルダニアはそれを…食べた。
(なにこれ!?)
新鮮な驚きが、ファルダニアの心の中に広がった。
それは油で焼かれて香ばしい風味を持ちながらも滑らかでまろやか。
ファルダニアの知識には無い風味が口いっぱいに広がったのだ。
(…もっと小さい頃、食べたことがあるような…)
そんな、懐かしい味。
エルフであるファルダニアは知らない。K-Y
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これは…乳製品に近い味であった。
エルフにとって乳は食材ではない。例え食べてもその生臭さが先に来る。
それ故に、森のエルフが知る乳製品の味は、ただ1つ。
(そうだわ…これ、お母さんの味)
エルフにとって極めて短い数年の間だけ母から幼子に与えられる味のみである。
(これ…凄い完成度だわ)
最初の衝撃が抜けて後、ファルダニアは冷静に分析し…驚愕する。
上に掛けられたソースの凄さに気づいたのだ。
果物…それも甘みを持たない酸味が強い果物の汁と何かをあわせた、茶色い汁。
かすかにトーフと同じ風味があるように感じる茶色い汁は、それだけでもかなり美味であることを感じとる。
さらにその2つの味を調和させているのは、海の匂いを持つ汁。
(まさか人間にこんな技術があるなんて…)
その、海の匂いを持つ何かが何かは分からない。
だが、何に使われているのかは分かる。
ファルダニアがスープを作るときに入れる、干し茸。
それと同じだ。しっかり煮込むことで、汁を出してそれを混ぜ込んでいる。
そうすることにより、どちらも強い味を持つ2つを調和させている。
…ファルダニアが作る料理よりはるかに高い水準で。
(それだけでも十分美味しいのに…)
さらにそれにあわせるのは、強い匂いのハーブと、白い雪のような野菜の摩り下ろし。
辛味とかすかな苦味を持つそれに、酸味と塩味を持つソースとあわせることで、複雑な味を作り出している。
さらに強い独特の匂いがあるハーブのお陰で、後味もさっぱりとしている。
その、複雑なソースがどちらかと言えば素朴で淡白な味がするトーフに合わさることで、あっさりしながらも確かに食べているという満足感がある。
(…こんなものを…人間なんかが作れるなんて!)
衝撃を受ける。
短い寿命しか持たず、どんどん生まれてすぐ死ぬ種族。
高貴なエルフのような、素晴らしい文化とは無縁の種族。
そう、思っていた。だが、ファルダニアは聡い娘であるが故に悟った。
この料理は…今のエルフが作れる料理のはるか先にいる、優れた料理だと。
悔しさをかみ締める…トーフステーキと一緒に。
トーフステーキと一緒に食べるライスや、付け合せまで美味しいのが、また悔しい。
(このまま負けてるなんて…許せない!)
その日こそエルフの例に漏れず、やはり高かったファルダニアの誇りに火がついた瞬間であった。
翌日。
「本当に行くのかい?ファルダニア」
ファルダニアの父…未だにファルダニアとそう変わらない若々しい若者の姿を持つ、齢300歳に届かぬ父親が、不安げに尋ねる。
まだ若い大事な大事な一人娘を、エルフの守りがあるシエナの森から出すのは、本当に不安だったのだ。
「もちろん!…大丈夫よ。私はもう、大人だもの」
ファルダニアの決意は固い。
エルフとして誇りを傷つけられた以上は、この森でヌクヌクと暮らすことなどできない。
ファルダニアは…旅に出ねばならない。
若さゆえの無鉄砲により、ファルダニアは堅くそう信じ込んでいた。
「大人なもんか!まだ君は若すぎるよファルダニア!」
そんな娘に対し、妻…ファルダニアの母親を病でなくしてたったの20年しか過ぎていない父親は抗議の声を上げる。
例え肉体が育ち終わっていたとしても、精神はまだまだ未熟だ。
父親から見て、ファルダニアはまだまだ子供だった。
「もう!大丈夫だから!心配しないで!
きっとパパにも美味しいお料理を食べさせてあげるから!」
とうとう我慢の限界を越えたファルダニアがそれだけ言って半ば飛び出すように家を出る。
「あ、待って!せめて…」
父親の言葉を振り切ってそのまま魔法を使い、風のように駆ける。
あっという間にシエナの森を出て広がるのは、森の木々に遮られぬ、ただただ広い平原。
「そうよ…美味しい料理を作るの!あの異世界食堂の人間よりももっと!」
そしてファルダニアは駆け出す。誇りを取り戻すための旅に。曲美
後の世、あらゆる種族に絶賛された、肉も魚も卵も乳も使わないにも関わらず素晴らしい美味珍味を生み出すエルフ料理。
その開祖とでも言うべき伝説の料理人、御年わずか121歳の若き日の旅立ちであった。
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