サトゥーです。ホラー映画は苦手なサトゥーです。
お化けや幽霊は平気なのですが、恐怖に引きつる登場人物達の顔が怖いのです。
突然湧いた敵、それはさっきの梟のいた方向だ。陰茎増大丸
そこには梟の背後に伸びる影から、湧き上がってくる黒いローブの人影。フードが付いた袖口の長いローブのせいで顔が見えない。
「迎えに来たのだよ、ミーア」
横にいたミーアがビクッと震える。
「……嫌」
猫背気味のこの男が魔術士で間違いないだろう。さっきの梟が男の肩に留まる。ペットか使い魔か?
オレは横にいたミーアを背後に庇い、ステータスを確認する。名前はゼン、レベルが41と高い。スキル――「不明」。
嫌な予感がする、アリサや勇者の同類か?
オレはその事に動揺しながらステータスの続きを読む――なんだと?! そこにはスキル「不明」に匹敵しそうな情報が載っていた。
ミーアがオレの後ろで震えている。
詳細も大体把握した。こいつに無双されるとオレ以外は危険だ。慎重に対処しよう。無理っぽいが、可能なら話し合いで解決したい所だ。
「はじめまして、魔術士殿。オレは商人のサトゥー」
「商人風情に用は無いのだよ」
魔術士は自己紹介をする気は無い様だ。
商人を下に見ているのか、コミュ力りょくが低いのか、どちらもだろう。
「そっちに無くても、オレはこの娘を保護しているんだ。怪しい人間には渡せないよ」
「ふむ、手練てだれの傭兵に守られて気が大きくなっているようだが、我に歯向かうなら血祭りにあげるのも吝かではないのだよ?」
魔術士が猫背のまま杖をこちらに突き出してくる。
「ダメよ! ご主人さま、そいつは強すぎるわ」
後ろからアリサが警告する。
「我は偉大なる夜の王。身の程を知るのは良いが、ゴミにそいつ呼ばわりされる謂れは無いのだよ」
まずい、魔術士の注意がアリサに向いた。
「■■■■ ■――」
魔術士はそう言うとアリサに向かって呪文を唱え始める。
ミーアの側を離れたくないが、そうも言ってられない。オレはダッシュで魔術士に肉薄し、鳩尾に当身を突き入れる。
だが、その突きは魔術士の詠唱を止める事が出来なかった。オレの突きは魔術士のローブを貫通したが、何の手ごたえも無い。こいつのユニークスキルなのか?VIVID
XXL
「――影鞭シャドー・ウィップ」
魔術士の呪文が完成し、足元の影が鞭のように伸び上がりアリサに向かって槍のように突き進む。これが影鞭か。
オレはバックステップで魔術士から距離を開け、アリサと影鞭の間に割り込む。
体全体で影鞭の進路を塞ぐ。影鞭はオレの体に巻きつき、そのときピリっとした小さな痛みを感じる。
>「影魔法スキルを得た」
>「影耐性スキルを得た」
影耐性って何だよ。
ああ、ひさびさに理系の血が幻想ファンタジーを否定する。
だが、そんな葛藤より実利だ。
体感的には、耐性系の有無は気休め程度の差しかない気がするが、それでも今はミーアを守る可能性を少しでも引き上げよう。
影耐性にポイントを割り振って有効化アクティベートする。
「ふむ、信じられない体術なのだよ。君は本当に商人なのかね?」
「友人はオレの事を身軽な商人さんと呼ぶよ」
オレ達が会話する背後から、アリサの小さな呟きが聞こえる。
「ダメだわ、やっぱり・・・・効かない」
魔術士が呪文を唱える隙に、アリサが無詠唱で反撃したのかアリサの魔力が減っている。レジストでもされたのか、魔術士には何の変化も無い。
「身を呈して我の攻撃から女を守るとは、天晴れなのだよ」
「感心したなら身を引いてくれないか?」
「それとこれとは話が違うのだよ。ミーアは我の目的に必要なのだ」
オレはようやく影鞭の束縛から脱出した。この影鞭、巻きついていてもピリピリするだけで大したダメージが無いんだが、実体が無いかのように手ごたえが無くて、なかなか剥がせなかった。そのくせ束縛ができる不思議ファンタジー物質だ。
「あんたの目的は何だ?」
「君に語る意味は無いな。ミーアを助けたいなら勇者でも連れてくるのだな」
「勇者に恨みでもあるのか?」
その言葉に魔術士は答えず、天を仰いで哄笑する。
哄笑に呼応するように足元の影から無数の影鞭が起き上がる。さっきの呪文の効果がまだ残っているのか。
手を拱こまねいていてはミーアを攫われてしまう。物理攻撃が無理なら魔法攻撃だ。
オレはポケットから魔法短銃を両手に取り出し、威力の目盛りをMAXに切り替える。
こいつのレベルなら、この位の攻撃で死なないだろう。男根増長素
「的外れにも程があるのだよ」
魔術士のその言葉と同時に影鞭がオレとミーアに向かって伸びてくる。
魔法短銃で影鞭を迎撃する。2丁拳銃とか、どこか厨二っぽいのが嫌だ。
いける。
ミーアに向かう影鞭を全て迎撃し、自分に来る影鞭は巻きつくに任せる。さすがに全部落とせなかった。
「なかなか、良い武器なのだよ」
「そうかい? ミーアを置いて行ってくれるなら1丁やるけど、どうだい?」
オレは魔術士に取引を持ちかけながら、体を拘束する影鞭を魔法短銃で潰していく。
後ろからミーアの短い悲鳴が聞こえた。
首だけで振り向くと、ミーアの足元から生えた影鞭がミーアを拘束してる。
魔術士から更に影鞭が伸びて、オレを拘束してくる。
魔術士は新しい魔法を唱え始める。
この上、変な魔法を使われては堪らない、魔法銃を魔術士に打ち込む。ヤツの体力は減るが、次の弾を撃つ前に回復してしまう。やつのユニークスキルは無敵とかなのか?
オレは狙いを杖に変更し、魔力の弾丸を撃ち込む。
「助けるのです!」「助ける~?」
ポチとタマが影鞭を何とかしようと飛びつくが、影鞭をすり抜けてしまうみたいだ。すり抜けつつも影鞭でダメージを受けてしまったらしく、2人は悲鳴を上げて飛びのいた。
リザとアリサは、物陰からこちらを窺っている這いよる影シャドウストーカーを牽制している。
撃ち込んだ弾はすべて魔術士の足元から湧きあがる影鞭に防がれてしまった。
そして、ついに魔術士の魔法「影渡りシャドー・ポータル」が発動する。
ミーアの体が影に沈んでいく。
オレは魔術士を撃つのを諦め、影鞭の拘束を力ずくで引き伸ばして沈むミーアの上半身を抱きとめる。
「この娘は返して貰ったのだよ。不用意に殺されては困るので言っておくが、無理に引き抜けばミーアの命は無いのだよ」
魔術士の体も影に沈んでいく。相変わらず顔は見えない。
「我のような超越者に敵わぬのは、世の理不尽な理ことわりと思い諦めるのだよ。死を恐れぬなら我の迷路メイズを訪れるがいい、知恵と勇気とやらを振り絞って突破してみせるのを期待しているのだよ」
魔術士は哄笑しながら影に沈んで消える。ミーアが沈むのを最後まで見届けないのは余裕なのか油断なのか。DEVELOPPE SEX(ディベロップセックス)
オレの体もわずかに影に引きずり込まれそうになるが、レジストしてるのか1センチ以上は沈まない。
影がミーアを引きずり込む力が強い。俺が引っ張る力のほうが強そうだが、じりじりとミーアの体力が減ってる。これ以上力を入れて引っ張ったらミーアの体が千切れそうだ。
オレは決断する。
「アリサ! 朝になったら、なんでも屋の店長を頼れ」
そう一言声を掛けて、ミーアと一緒に自ら影に沈みこむ。
アリサ達なら這いよる影シャドウストーカーくらいなんとか出来るはずだ。できれば怪我をせずに勝って欲しい。
あの店長は頼りないが同族の危機だし、ナディーさんなら上手く手配してくれるはずだ。
沈み込んだ先は漆黒の空間だった。
音も無く光も無く、まさに影の中といった感じだ。もちろん空気も無い。
さすがに少し苦しい。影鞭の攻撃より体力が減るのが早い。それでも自然治癒のせいか一定時間で戻っていく。ひょっとしたら、窒息死とかが出来ない体になっているのかもしれない。
空気があっても、こんな場所に長くいたら気が狂う人もいそうだ。
少し酸欠で、思考に集中できない。
そうミーアだ。
自分の体も見えない状態なので当然のようにミーアも見えない。
ストレージから光粒ライト・ドロップを取り出して魔力を注ぐ。
自分の体くらいは見えるようになるかと思ったが全然だめだった。レーダーにも自分しか映っていない。
久々に「全マップ探査」を使う。残念だがレーダーの表示はそのままだ。本当にオレしか居ないのかもしれないな。
マップを開いて見る。
そこには、こう書かれていた――「マップの存在しないエリアです」
「ゲームか!」
オレは吼えた。
そして、その声に呼応するかのように、音も無く影の空間は砕け、ガラスの様な破片となって消えていく。
そこは謁見の間という記号を集めたような場所だった。縦長の部屋だ。学校の体育館を縦に半分に切ったような広さだ。石造りの床、壁際には丸く太い柱が並び、柱に付けられた蜀台からはLED光のような魔法の光が部屋を照らしている。一段高い奥には玉座があり、その奥には虹色に明滅する直径2メートルほどの球体が膝くらいの高さに浮いている。VigRx
Oil
玉座には眠らされたミーアがいる。その横にはミーアを介抱する見知らぬ金髪美女がいる。顔はミーアそっくりだが、けしからん巨乳だ。いや、今はそんな事はどうでもいい。
オレが駆け寄るより早く、玉座の横の譜面台のような装置に指を走らせていた魔法使いがこちらに気がつく。
「バカな!」
男は驚きながらも、譜面台を操作する手を緩めない。
「そう、バカな! なのだよ。どうやって我の影の牢獄から抜け出した! あれは貴様のような低レベルの輩に、どうこうできる代物では無いはずなのだよ」
驚きたいのか、自慢したいのか、馬鹿にしたいのか、ハッキリしてくれ。
さっきの影空間の影響なのか、足元がややふらつく。
「オレには光の護符があるからな。影魔法は効かないんだよ」
しまった、本当の事を言う気はなかったが、誤魔化すにしても内容が適当すぎる。詐術スキルが暴走したのか?
「そうか、ズルは許容できないのだよ。この部屋には迷路メイズを攻略したものだけが、訪れる事ができる、そう言う決まりなのだ」
魔術士はそこで言葉を切って、自分の言葉に数度頷く。
「そして、ここまで訪れる事のできた勇者こそ、不死の王たるこの我を討滅する資格があるのだよ」
こいつは、何を言っている?
迷路を攻略して、自分を殺して欲しいのか?
それに最初は夜の王って言ってなかったか? 自分の呼称の固まらないやつだ。
だが、そんな事より、こいつの言い分に少し頭にきた。そんな理由でうちの娘達やミーアに迷惑をかけたのか?
「死にたいなら自殺しろ。他人を巻き込むな」
「ふははは、神から受けた祝福があるかぎり、我は不死身なのだよ」
不快だが、こいつのバカ話がもう少し続けば足も回復する。
だが、相手もそこまで付き合ってくれないようだ。
「では、主の間から退場して貰おう」
玉座の横手にある扉が開いて――巨根
2015年9月14日星期一
2015年9月11日星期五
探索
サトゥーです。迷宮探索ゲームだと補給も無しに踏破したりしていますが、現実だと水や食料をどうするかという問題が付きまといそうです。異世界だと飲料水は魔法で解決しそうですけどね。
32匹いた迷宮蟻メイズ・アントも、あと10匹ほどだ。途中、ナナが捌ききれなくて、ポチやタマが複数のアリに囲まれそうになっていたが、アリサやミーアが後ろから魔法で援護して事なきを得た。金裝牛鞭
「タマ! 左に壁を作ったから右からやりなさい。フォークを持つほうが右よ!」
「あい~」
特にアリサの「隔絶壁デラシネーター」という魔法が活躍していた。これの上位にある「迷路ラビリンス」という魔法だと隔絶壁の迷路を作り出して敵を閉じ込めたり任意に解放したりできるらしい。消費魔力が多いらしいのだが、後続のアリが追いついてきたら使ってみると言っていた。
先ほど窮地を助けた女性探索者パーティーの面々も、まだ傍にいる。彼女達は、加勢が不要だとわかった後も、前衛陣の戦いを食い入るように観戦していた。たまに漏れる賞賛の言葉からして、見惚れているのだろう。
アリの群れの本体は、あと10分ほどはたどり着きそうも無いが、この回廊に隣接する魔物用の通路を進むアリの小集団が、近くまで接近している。20匹ちょいの群れだ。
「かさかさ~?」
「壁のっ、向こうからっ、音がするのです!」
タマとポチが戦いながら、壁の向こうから這い寄るアリの気配を感じたようだ。あんなに激しく戦いながら、良く判るものだ。
「サトゥー、標識碑」
ミーアが段上から指差す方を見ると青と赤で点滅していて紫っぽく見える。向こうの通路の敵にも反応するのだろうか?
「貴族さま、あれは湧穴ができる前兆だ。あそこから魔物が出てくるよ」
女性探索者パーティーのリーダーからも、そう警告が入る。
リザ達が戦う主戦場では無く、オレ達の背後にある標識碑の辺りだ。一見石壁に見える通路の壁が粘膜のように薄くなったように見えたあと小さな通路ができる。
さて、こちらはオレが始末するか。妖精剣を抜いて壁から湧き出るアリを一刀の元に真っ二つにしていく。魔核コアまで真っ二つにしないようにだけ注意した。
女性探索者達がいる場所の後ろにも、小さな湧穴ができて1匹のアリが身を捩って這い出てきた。気がついて無さそうなので、警告してやる。
「そこの君、後ろだ」
「えっ? こっちにも湧穴か! ジェナ、やるよ」
「はいっ。貴方達は離れていなさい」
ジェナの言葉の指示に従って、運搬人姉妹が後ろに下がる。
この女性探索者パーティー「麗しの翼」の2人は、リーダーのイルナがレベル8、美人さんのジェナがレベル6だ。這い出てきたアリは、レベル5なので余裕で勝てるだろう。
そう思っていたのだが、なかなか苦戦しているようだ。
2人は盾でアリ爪を避けながら短槍を突き出しているのだが、アリの外殻に弾かれてしまって、まともにダメージを入れられないようだ。ポチやタマみたいに甲殻の隙間に突き入れればいいのに。
アリが美人さんに蟻酸攻撃をしようとするそぶりを見せたので、足元に転がっている屍骸から爪を一本拾い上げて、アリの首に投げつけて妨害した。
鞄から取り出したトングで、屍骸から魔核コアを回収して小袋に収納する。
リザたちの方も、もうすぐ戦いが終わりそうだ。魔核コアの回収を終えて、女性探索者達を振り返ると、まだ一進一退の攻防をしていたので、おせっかいかもしれないと思いつつも、一声掛けてアリの首を切断して戦いを終わらせた。レベル30の魔剣使いなら、これくらいは普通のはずだ。
彼女達のお礼の言葉に軽く手を振って答え、戦いを終えたリザ達の所に向かう。
「マスター、素材の回収を行いますか?」
「魔核コアだけでいいよ。アリの甲殻は柔らかいから使い道が無いしね」
「ご主人さま、甲殻は鎧や盾の材料になるはずです。爪は少し湾曲しているので槍よりは短剣や草刈り鎌などにするのが良いと思われます」
リザの故郷では、アリの魔物は道具の素材に重宝していたらしい。
普通の鉄剣でも割れてしまうくらい弱いのだが、木片を使った鎧で代用するくらいだから装備品の素材が足りていないようだし、アリの素材でも地上に持ち帰った方がいいのだろうか?
「肉~?」
「焼肉祭りしないのです?」
「やめておきましょう。アリの肉は苦いばかりで美味しくありません。子供が食べると食中毒をおこす事もありますから」三體牛寶
食中毒は怖いね。
残念そうなポチとタマには悪いが、後でストレージに保管してある食事を出してあげるから、今は焼き菓子と水で我慢して貰おう。
「貴族さま、これを」
「それは君達が倒したものだろう? お礼ならさっきの言葉で充分だよ」
女性探索者のイルナが、アリから取り出したらしき魔核コアを差し出してきたが、その手をそっと押し返す。
「それよりも、早く逃げた方がいい。仲間が魔法で、こちらに接近する迷宮蟻の大群を捉えている。もう四半時もしないうちに、ここに現れるぞ」
「貴族さまは、逃げないの、ですか?」
「適当に足止めしてから逃げるよ」
だから、早く逃げてくれると助かると言外に訴えた。ようやく女性探索者達が重い腰を上げて、逃げ始めてくれた。運搬人姉が背負った蟻蜜の壷が眼に入った。案外、アリ達は、あれを追いかけていたりして。
さて、それよりも、次の戦闘準備だ。
みんなを集合させて「魔力譲渡トランスファー」で魔力を補充してやる。魔力回復薬よりは、手っ取り早いし、何より無料だしね。
ついでに「柔洗浄ソフト・ウォッシュ」と「乾燥ドライ」で、アリの返り血を綺麗に落としてやる。
「じゃあ、ここから向こうの角までの範囲に『迷路ラビリンス』を張るね」
「まった、通行できないけど攻撃できるような壁は作れないか?」
「ん~、『隔絶檻デラシネート・ジェイル』っていうのもあるけど、向こうの攻撃も通り抜けるから、遠隔攻撃技のある敵には向かないわよ?」
「問題ないよ、最初に皆で軟散弾ソフト・ショットガンを撃つ間だから、向こうの酸攻撃は、ミーアの『水膜ウォーター・スクリーン』で防いで貰うよ」
「おっけー」
「ん」
打ち合わせが終わり、アリサの「隔絶檻デラシネート・ジェイル」の魔法で格子が生み出される。僅かに発光しているので、格子の形状が見える。突きや射撃なら通り抜けるが、斬撃だと格子に当たって止まりそうだ。
オレは念の為、「自在盾フレキシブル・シールド」を準備しておく。格子越しの酸攻撃をミーアが防ぎきれなかった時の保険だ。
「来たのです」
「そういんはいちにつけ~?」
アリの屍骸を積み重ねて、上に布を掛けた即席の防壁の陰から、皆で魔散弾銃を構える。
曲がり角のさきから姿を見せたアリの大群が、硬質な足音を響かせながら突進してくる。魔法の格子があるとは言っても、なかなかの迫力だ。ミーアとルルは怖いのか、オレの左右から身を寄せてくる。不安を払拭するために、2人の頭を撫でてやる。
「マダだよ」
アリの先頭が、隔絶檻に激突して、体液を撒き散らしている。先頭の数匹は後ろから激突してきた仲間の重みに耐えられず、体力を大きく減らしているようだ。格子のまえでわしゃわしゃと蠢く黒い虫が、なかなか視覚に優しくない。
5分ほど経過したあたりで、この回廊のアリが前方の空間に集まりきった。
「撃て!」
「らじゃ~」「なのです!」
オレの号令にあわせて7つの銃口から、無数の軟散弾がアリに降り注ぐ。皆の銃口をこっそり「理力の手マジック・ハンド」で角度を調整して、なるべく多くの敵にあたるように調整した。
「ナナ、ポチ、タマ、銃を置きなさい。接近戦の準備です」
射撃を終え、アリサの「迷路ラビリンス」が発動する。
その後は、前衛陣がアリを倒すのにあわせて、次の魔物をアリサが供給するという、実にお手軽な手順で、魔物を殲滅していく。偶にナナやポチがアリの攻撃を受けていたが、鎧やマントに阻まれてダメージを受けたりはしていないようだ。
前衛だけでなく、後衛も忙しそうだ。アリサは、迷路の管理が大変みたいだ。迷宮の一角に敵が集まり過ぎないように、迷路内の経路を調整している。ミーアは敵が多い時に「霧縛バインド・ミスト」でフォローしたり、「盲目の霧ブラインド・ミスト」でアリの命中率を下げたりと頑張っている。
オレも見ているだけだと暇なので、みんなが倒したアリを「理力の手マジック・ハンド」で壁際に寄せていく。
ルルは最初に散弾を撃ってからはする事がないようで、オレが壁に寄せたアリから魔核コアを回収している。服や髪が汚れないように、手袋だけでなくエプロンと頭巾を付けて作業している。口内の蟻酸腺を傷つけて、火傷しない様に注意しておいた。
討伐数が半分を超えたあたりで、前衛陣の疲労が濃くなって来たので、小休止をさせた方がいいかな?福潤宝
「アリサ、前衛を休ませたい。迷路を維持するコストは足りる?」
「おっけー、注意力散漫になったら危ないしね。迷路を固定状態にすれば魔力消費が抑えられるから、後はMP回復薬を使えば大丈夫よ」
「よし、それなら今戦っている敵が終わったら小休止しよう」
「ほ~い」
ポチやタマは「まだまだ~」「やれるのです!」と血気盛んだったが、目に見えてフラフラだったので、水を飲ませて塩気の多いハムを挟んだマヨタップリのサンドイッチを食べさせる。
みな若いだけあって、食後に30分だけ休憩と仮眠を取らせたら別人のように回復していた。アリサにMP回復薬1本分の魔力を、「魔力譲渡トランスファー」で回復してやって後半戦を始める。
こちらに来なかったアリが、第一区画で暴れまわっていたようだが、さっきの女性探索者パーティーは無事に迷宮の外に出れたようだ。
アリを殲滅し終わるなり、ポチとタマがスタミナ切れでパタリと倒れたりしたが、2人とも何かをやりきった充実した顔をしていたので良しとしよう。
リザとナナも疲労困憊だったので、アリサ達が陣取っていた高台にキャンプを仮設して休憩を取る事にした。よっぽど疲れたのか泥のように眠る皆を寝かしつけ、ルルと2人で夜番をする。
それにしても、今日一日で皆レベルアップした。
やはり迷宮は効率が良い。
サトゥーです。夢中になっている内に時間を忘れる事は良くあります。MMOのバージョンアップの時など、週末2日分の食料を買い込んで来て、寝る間も惜しんでゲームに没頭したものです。
「ナナ! しばらく耐えなさい。ポチ、タマ、魔刃を! 一気に方を付けます」
「この蔦め! 植物なのか動物なのかハッキリしろと訴えます!」
「魔刃~」「ご~なのです!」
ナナの挑発に、蔦をタコの足の様に這って駆け寄ってきた棘蔦足ソーン・フットが、ナナの体に蔦を絡める。「鋭刃シャープ・エッジ」の理術で強化された魔剣が素早く蔦を切断するので、胴体には蔦が巻きつく隙が無い。まったく、そこは、もう少しエロく行って欲しい。
そんなオレの心の声を他所に、魔刃を生み出したポチとタマの魔剣が、巨大な棘が付いた主蔦を切り裂く。
棘蔦足ソーン・フットの頭にあたるコブの部分に、アリサの「空間切断ディメンジョン・カッター」が突き刺さり、コブを半ばまで切断した。
横にいるルルの持つ魔力砲から発射された大口径の魔力弾が、半ば千切れていた棘蔦足ソーン・フットのコブを完全に吹き飛ばす。
そこにミーアの「水裂きウォーター・シュレッド」が効果を発揮し、棘蔦足ソーン・フットの体表を流れる体液を利用して、ヤツの表皮をズタズタにする。
最後に魔刃で、棘蔦足ソーン・フットの足のような蔦を切り裂いていたリザが、螺旋槍撃を叩き込んで止めを刺した。
「大勝利~?」「なのです!」
魔物を倒して勝ち鬨をあげる皆の怪我を、生活魔法で清潔にしてから「治癒アクア・ヒール」で一気に癒す。戦闘中の怪我はミーアに任せてあるが、戦闘後のケアはオレが担当している。
今回戦っていた棘蔦足ソーン・フットはレベル30もあったが、安定して倒せるようになって来た。
ここは植物系の魔物が溢れる1の4の9の17区画。通る経路によって同じ区画でも入れる場所が変わる事から、こういう名前になっているらしい。長いので以後17区画と言おう。ここはどの部屋も、天井から垂れ下がる植物の根が発光していて明るい。前に気になって、その植物の根を切ってみたら、光ファイバーのような断面になっていた。きっと根や茎が天然の光ファイバーのようになっていて外光を取り込んでいるのだろう。挺三天
そのせいか、この区画には植物型の魔物が多い。さっきの歩き回る蔦の魔物や、ドリアンサイズのドングリを大砲のように打ち出してくる巨木の魔物、親指位の粒をマシンガンの様に連射する歩くトウモロコシの魔物、スライムのような粘液の触手を繰り出して捕食して来ようとする食虫植物型の魔物など様々なバリエーションの敵が襲ってきていた。どれもレベル20~30の範囲だ。
興味深い魔物に「歩竹ウギ」という竹で出来た鹿みたいなのがいた。この魔物の竹のような本体から取れる繊維を加工すると、抹茶のような色をしたウギ砂糖が抽出できる。さらに角に生えた葉は、ポーション用の安定剤の材料だ。この歩竹ウギと先程も狩っていた棘蔦足ソーン・フットの蔦が、中級ポーションの材料になる。蔦は数日経つと腐敗して毒性を持ち始めるので、エルフの錬金術の資料にも現地で調合するようにと注意書きしてあった。
ときおり、デミゴブリンや草食系の魔物が姿を見せていたが、レベルの低い雑魚は邪魔なので、オレが誘導矢リモート・アローで始末している。
ひとつ手前の9区画が、罠天国の上に、毒や疫病、麻痺攻撃の得意な小虫系やスライム系の敵ばかりだったせいもあって、この区画にはオレ達以外誰もいない。あまり過去の探索者も来なかったのか、標識碑の数が他の区画の2割ほどしか無かった。
「うっしゃー! やったね! さっきのでレベル27よ!」
「にゃはは~?」
「やったのです!」
「慢心は禁物ですよ。ご主人さまがいてくれてこその成果です」
「肯定。マスター感謝です」
「もちろん、感謝してるってば。狩ってる間は他の敵が来ないし、小休止の後にすぐに手頃な敵がやって来るし、効率厨も真っ青な段取りだもんね」
アリサの微妙に失礼な賞賛を聞き流す。
最初にアリを始末した1の4区画だと、敵が弱すぎて皆の訓練にならないので、少し足を伸ばしてみた。この17区画の敵が適度に強かったお陰で、効率的なレベルアップと訓練になったようだ。懸念していたアリサのスタミナ不足だが、本人によると魔法使い系のステータスに極振りしていたのが原因だったらしい。レベルアップ時に調整させる事で、問題ない水準まで上げさせる事でなんとかなった。能力値の上昇まで、任意に割り振れるのはなかなか羨ましい。
この場所は昼夜がある上に、地面に土がむき出しになっているので、地下という気がしない。しかも、水源があり、高い天井付近には通風孔まであったので、煮炊きしても空気が濁る事がなかった。キャンプ狩りには、この上ない良ポイントと言えるだろう。
むき出しの地面だと土魔法で魔物を簡単に分断できるので、皆と戦う敵を1匹に限定できるように操作するのが楽だった。アリサの空間魔法で分断しなかったのは、格上の敵と戦っている最中に攻撃用の空間魔法を操るのが大変そうだったからだ。
「そういえば、けっこうな日数が経過していますが、まだ街に戻らなくて大丈夫でしょうか?」
「食料も水もたっぷりあるから大丈夫じゃない?」
すでに4日経過している。一日2~3レベルしか上がっていないが、突入から10レベル以上アップしているから充分な成果だろう。
特にルルが生活魔法と術理魔法のスキルを、ミーアが精霊魔法スキルを取得したのが大きい。
アリサも空間魔法がスキルレベル8になった時点で、火魔法スキルを取得していた。なんでもスキルレベル9以上に上げるポイントが大きすぎて心が折れそうになったので浮気したらしい。現状でも上級魔法が使えるので、戦闘での効率がいい火魔法を選んだそうだ。
アリサ曰く、火魔法の身体強化は体脂肪を燃焼させてエネルギーを生み出すから、ダイエットに良いそうだ。エルフ達に教えて貰ったと自慢していた。
オレが解析した限りでは、普通に魔力が燃料になっていたので、体脂肪云々はエルフ達の冗談のはずだ。あまりに嬉しそうだったので言いそびれたが、アリサが暴食を始める前に教えてやらねば。
この広間の敵を全滅させたので、オレ達は夕食の為に、この4日間拠点にしているログハウスへと向かった。
樹木系の魔物の素材で作ったログハウスで、初めはリビング兼寝室があっただけだったのを、日々少しずつ増築&改良していったものだ。今では、リビング兼食堂と寝室、キッチン、風呂場、工作室を備えた別荘といった風情の拠点となっている。
別荘の前庭には、土が付いたままだったトマトや薬草を植えてみた。今度来る時は、花や豆、芋類も持って来て植えてみよう。
この広間を拠点に据えたのは、水場や風穴があった事と、湧穴ができるような魔物の通路が近傍にない事だ。広間から外に出るための通路も3本あるが、それぞれの通路の両端に、魔法鍵を組み込んだ扉を設置して、さらに三重の罠を仕掛けておいた。タマでさえ途中で罠解除を投げ出したので、防犯には充分だろう。出入りが面倒だと困るので、解錠用の認証魔法具と合言葉で開くようにしてある。扉の支柱には、非実体系の魔物の侵入を防ぐために、簡易版の結界柱を組み込んでみた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
「ただいま」
オレ達は、口々にそういいながらログハウスに入る。このログハウスには、カカシ・シリーズと同じ監視機構を組み込んであり、侵入者を発見すると「信号シグナル」で警報を送ってくれる。迷宮内はマナが濃いようで、クラゲの触手繊維を利用したマナ収集器を作る事で監視機構や警報に必要な魔力を捻出できた。
先ほどの扉や罠で充分だとは思うが、念の為だ。
「お湯沸いたわよ」
「ああ、すぐ行く」
アリサが呼びに来たので、この別荘の守護者用に作成していた青銅製の自動甲冑リビングアーマーをシートの上に置いて風呂に向かった。
最近の湯沸しは、火魔法を覚えたアリサがやっている。最初の内は火力調整を間違えて風呂場を半焼させていたが、今では安定して沸かせるようになった。
「みんな待ってるんだから、早く脱ぐ脱ぐぅ~」
脱衣所まで作るのが面倒だったので、リビングで服を脱ぐ必要がある。もたもたしていると、アリサの魔手に捕まってしまうので、早着替えでタオルを腰に巻いたスタイルに変身して風呂場に入る。
総檜のような趣の木製の浴槽の前には、皆がアリサ同様の浴衣一枚で待っていた。先に入ればいいのにと思わなくも無いが、リザとナナが「一番風呂はご主人さま(マスター)のもの」と言って譲らなかったので、オレが最初に入る習慣ができてしまった。
リザとナナに左右から掛け湯をして貰ってから、湯船に足を入れる。ゆっくりと浴槽の縁に背を預け、丁度いい湯加減のお湯に心身をリラックスさせる。
ここの水場は、精霊が多い。魔物の餌にするためなのか、単に地脈の噴出し口なのかは判っていない。湯に浸かっているだけで、マッサージされたように体が楽になるのは、案外、精霊達が揉み解してくれているのかも。
体が温まったところで、アリサ以外の年少組の頭と背中を洗ってやる。前はアリサやルルも洗ってやっていたんだが、ルルは湯あたりを起しそうなぐらい真っ赤になるし、アリサも興奮しすぎて鼻血を出して目を回していたので自分でさせている。
じゃんけんで一番手を勝ち取ったミーアが、シャンプーハットを被って待機していたので、素早く洗髪用の石鹸で泡立てていく。この洗髪用石鹸は、エルフの里の錬金術のツーヤ氏にレシピを教えて貰ったやつだ。元の世界のシャンプーほどでは無いが、普通の石鹸より泡立ちも良く頭皮に優しい逸品だ。シャンプーハットはポチ用に作ったのだが、なぜか今ではミーアとナナのお気に入りになっている。
順番に幼女達の髪を洗った後、湯冷めした体を、ポチ達と百まで数えて温めなおしてから風呂から出た。湯に浸かってほんのり透けるナナの浴衣に目を奪われないようにするのが、なかなか大変だった。
「明日の朝に、一端、地上に戻ろうと思う」
「え~、30レベルまで上げてから戻りましょうよ」
「そうしてやりたいのは、山々なんだが、宿を5泊で契約しているから明日までに戻らないと馬車や馬が売られちゃうんだよ」
不平が出たのはアリサだけ、だったので戻る理由を告げて説得した。馬車はともかく、馬が売られたらかわいそうだ。馬も長旅を共にした仲間だしね。
「それに刻印板を設置しておけば、すぐに戻ってこれるだろう?」
その一言が決め手だったようで、アリサの説得に成功した。
帰る前に、地上へ持ち帰る戦利品の選別だ。
魔核コアのうち、この17区画で手に入れた大量にある真っ赤な大型魔核コアは予備の魔法の鞄ホールディング・バッグに入れてログハウスに置いていく事にした。アリや雑魚の小さく白っぽい魔核コアは、水増し薬作りの時に大量に消費したが、まだ百個以上残っている。この魔核コアだけを小袋に入れて持ち帰ろう。
魔物の素材は、何も持っていないとかえって疑惑の視線を集めそうなので、無難に迷宮蟻の胸殻と背甲を各10枚と蟻の爪10本、あとは迷宮蛙の肉を持ち帰る事にした。どれもギルドの買取表にあったものだ。
ちょっと思いついて、買取表に無い黄奇蜥蜴の肉も持って行く事にした。へんな触手のある黄色いイグアナみたいなトカゲだったが、焼くと脂肪分の少ない鶏肉のような味がして旨かった。
1の4区画で見つけた隠し部屋まで、「帰還転移リターン」の魔法で戻る。もちろん、部屋に魔物や探索者がいないかは、事前に「遠見クレアボヤンス」の魔法で確認した。転移先の状態を確認するには、マップで調べるよりもこちらの方が手軽なので最近多用している。
第1区画に戻る手前の十字路付近で、オレ達を囲むように接近する合計30人ほどの迷賊を発見したので、視界に入るはるか手前に「誘導気絶弾リモート・スタン」の3連射で始末しておいた。死にはしないだろうが、1人あたり2~5発ほど叩き込んだので、しばらく悶絶している事だろう。
途中に適当な小回廊を迂回する事で、悶絶した迷賊に遭遇エンカウントする事もなく、無事に迷宮から脱出する事ができた。
オレ達は迷宮の外で驚きを以って迎えられたのだが、その驚きはアリサの期待とは少しベクトルが違ったようだ。MaxMan
32匹いた迷宮蟻メイズ・アントも、あと10匹ほどだ。途中、ナナが捌ききれなくて、ポチやタマが複数のアリに囲まれそうになっていたが、アリサやミーアが後ろから魔法で援護して事なきを得た。金裝牛鞭
「タマ! 左に壁を作ったから右からやりなさい。フォークを持つほうが右よ!」
「あい~」
特にアリサの「隔絶壁デラシネーター」という魔法が活躍していた。これの上位にある「迷路ラビリンス」という魔法だと隔絶壁の迷路を作り出して敵を閉じ込めたり任意に解放したりできるらしい。消費魔力が多いらしいのだが、後続のアリが追いついてきたら使ってみると言っていた。
先ほど窮地を助けた女性探索者パーティーの面々も、まだ傍にいる。彼女達は、加勢が不要だとわかった後も、前衛陣の戦いを食い入るように観戦していた。たまに漏れる賞賛の言葉からして、見惚れているのだろう。
アリの群れの本体は、あと10分ほどはたどり着きそうも無いが、この回廊に隣接する魔物用の通路を進むアリの小集団が、近くまで接近している。20匹ちょいの群れだ。
「かさかさ~?」
「壁のっ、向こうからっ、音がするのです!」
タマとポチが戦いながら、壁の向こうから這い寄るアリの気配を感じたようだ。あんなに激しく戦いながら、良く判るものだ。
「サトゥー、標識碑」
ミーアが段上から指差す方を見ると青と赤で点滅していて紫っぽく見える。向こうの通路の敵にも反応するのだろうか?
「貴族さま、あれは湧穴ができる前兆だ。あそこから魔物が出てくるよ」
女性探索者パーティーのリーダーからも、そう警告が入る。
リザ達が戦う主戦場では無く、オレ達の背後にある標識碑の辺りだ。一見石壁に見える通路の壁が粘膜のように薄くなったように見えたあと小さな通路ができる。
さて、こちらはオレが始末するか。妖精剣を抜いて壁から湧き出るアリを一刀の元に真っ二つにしていく。魔核コアまで真っ二つにしないようにだけ注意した。
女性探索者達がいる場所の後ろにも、小さな湧穴ができて1匹のアリが身を捩って這い出てきた。気がついて無さそうなので、警告してやる。
「そこの君、後ろだ」
「えっ? こっちにも湧穴か! ジェナ、やるよ」
「はいっ。貴方達は離れていなさい」
ジェナの言葉の指示に従って、運搬人姉妹が後ろに下がる。
この女性探索者パーティー「麗しの翼」の2人は、リーダーのイルナがレベル8、美人さんのジェナがレベル6だ。這い出てきたアリは、レベル5なので余裕で勝てるだろう。
そう思っていたのだが、なかなか苦戦しているようだ。
2人は盾でアリ爪を避けながら短槍を突き出しているのだが、アリの外殻に弾かれてしまって、まともにダメージを入れられないようだ。ポチやタマみたいに甲殻の隙間に突き入れればいいのに。
アリが美人さんに蟻酸攻撃をしようとするそぶりを見せたので、足元に転がっている屍骸から爪を一本拾い上げて、アリの首に投げつけて妨害した。
鞄から取り出したトングで、屍骸から魔核コアを回収して小袋に収納する。
リザたちの方も、もうすぐ戦いが終わりそうだ。魔核コアの回収を終えて、女性探索者達を振り返ると、まだ一進一退の攻防をしていたので、おせっかいかもしれないと思いつつも、一声掛けてアリの首を切断して戦いを終わらせた。レベル30の魔剣使いなら、これくらいは普通のはずだ。
彼女達のお礼の言葉に軽く手を振って答え、戦いを終えたリザ達の所に向かう。
「マスター、素材の回収を行いますか?」
「魔核コアだけでいいよ。アリの甲殻は柔らかいから使い道が無いしね」
「ご主人さま、甲殻は鎧や盾の材料になるはずです。爪は少し湾曲しているので槍よりは短剣や草刈り鎌などにするのが良いと思われます」
リザの故郷では、アリの魔物は道具の素材に重宝していたらしい。
普通の鉄剣でも割れてしまうくらい弱いのだが、木片を使った鎧で代用するくらいだから装備品の素材が足りていないようだし、アリの素材でも地上に持ち帰った方がいいのだろうか?
「肉~?」
「焼肉祭りしないのです?」
「やめておきましょう。アリの肉は苦いばかりで美味しくありません。子供が食べると食中毒をおこす事もありますから」三體牛寶
食中毒は怖いね。
残念そうなポチとタマには悪いが、後でストレージに保管してある食事を出してあげるから、今は焼き菓子と水で我慢して貰おう。
「貴族さま、これを」
「それは君達が倒したものだろう? お礼ならさっきの言葉で充分だよ」
女性探索者のイルナが、アリから取り出したらしき魔核コアを差し出してきたが、その手をそっと押し返す。
「それよりも、早く逃げた方がいい。仲間が魔法で、こちらに接近する迷宮蟻の大群を捉えている。もう四半時もしないうちに、ここに現れるぞ」
「貴族さまは、逃げないの、ですか?」
「適当に足止めしてから逃げるよ」
だから、早く逃げてくれると助かると言外に訴えた。ようやく女性探索者達が重い腰を上げて、逃げ始めてくれた。運搬人姉が背負った蟻蜜の壷が眼に入った。案外、アリ達は、あれを追いかけていたりして。
さて、それよりも、次の戦闘準備だ。
みんなを集合させて「魔力譲渡トランスファー」で魔力を補充してやる。魔力回復薬よりは、手っ取り早いし、何より無料だしね。
ついでに「柔洗浄ソフト・ウォッシュ」と「乾燥ドライ」で、アリの返り血を綺麗に落としてやる。
「じゃあ、ここから向こうの角までの範囲に『迷路ラビリンス』を張るね」
「まった、通行できないけど攻撃できるような壁は作れないか?」
「ん~、『隔絶檻デラシネート・ジェイル』っていうのもあるけど、向こうの攻撃も通り抜けるから、遠隔攻撃技のある敵には向かないわよ?」
「問題ないよ、最初に皆で軟散弾ソフト・ショットガンを撃つ間だから、向こうの酸攻撃は、ミーアの『水膜ウォーター・スクリーン』で防いで貰うよ」
「おっけー」
「ん」
打ち合わせが終わり、アリサの「隔絶檻デラシネート・ジェイル」の魔法で格子が生み出される。僅かに発光しているので、格子の形状が見える。突きや射撃なら通り抜けるが、斬撃だと格子に当たって止まりそうだ。
オレは念の為、「自在盾フレキシブル・シールド」を準備しておく。格子越しの酸攻撃をミーアが防ぎきれなかった時の保険だ。
「来たのです」
「そういんはいちにつけ~?」
アリの屍骸を積み重ねて、上に布を掛けた即席の防壁の陰から、皆で魔散弾銃を構える。
曲がり角のさきから姿を見せたアリの大群が、硬質な足音を響かせながら突進してくる。魔法の格子があるとは言っても、なかなかの迫力だ。ミーアとルルは怖いのか、オレの左右から身を寄せてくる。不安を払拭するために、2人の頭を撫でてやる。
「マダだよ」
アリの先頭が、隔絶檻に激突して、体液を撒き散らしている。先頭の数匹は後ろから激突してきた仲間の重みに耐えられず、体力を大きく減らしているようだ。格子のまえでわしゃわしゃと蠢く黒い虫が、なかなか視覚に優しくない。
5分ほど経過したあたりで、この回廊のアリが前方の空間に集まりきった。
「撃て!」
「らじゃ~」「なのです!」
オレの号令にあわせて7つの銃口から、無数の軟散弾がアリに降り注ぐ。皆の銃口をこっそり「理力の手マジック・ハンド」で角度を調整して、なるべく多くの敵にあたるように調整した。
「ナナ、ポチ、タマ、銃を置きなさい。接近戦の準備です」
射撃を終え、アリサの「迷路ラビリンス」が発動する。
その後は、前衛陣がアリを倒すのにあわせて、次の魔物をアリサが供給するという、実にお手軽な手順で、魔物を殲滅していく。偶にナナやポチがアリの攻撃を受けていたが、鎧やマントに阻まれてダメージを受けたりはしていないようだ。
前衛だけでなく、後衛も忙しそうだ。アリサは、迷路の管理が大変みたいだ。迷宮の一角に敵が集まり過ぎないように、迷路内の経路を調整している。ミーアは敵が多い時に「霧縛バインド・ミスト」でフォローしたり、「盲目の霧ブラインド・ミスト」でアリの命中率を下げたりと頑張っている。
オレも見ているだけだと暇なので、みんなが倒したアリを「理力の手マジック・ハンド」で壁際に寄せていく。
ルルは最初に散弾を撃ってからはする事がないようで、オレが壁に寄せたアリから魔核コアを回収している。服や髪が汚れないように、手袋だけでなくエプロンと頭巾を付けて作業している。口内の蟻酸腺を傷つけて、火傷しない様に注意しておいた。
討伐数が半分を超えたあたりで、前衛陣の疲労が濃くなって来たので、小休止をさせた方がいいかな?福潤宝
「アリサ、前衛を休ませたい。迷路を維持するコストは足りる?」
「おっけー、注意力散漫になったら危ないしね。迷路を固定状態にすれば魔力消費が抑えられるから、後はMP回復薬を使えば大丈夫よ」
「よし、それなら今戦っている敵が終わったら小休止しよう」
「ほ~い」
ポチやタマは「まだまだ~」「やれるのです!」と血気盛んだったが、目に見えてフラフラだったので、水を飲ませて塩気の多いハムを挟んだマヨタップリのサンドイッチを食べさせる。
みな若いだけあって、食後に30分だけ休憩と仮眠を取らせたら別人のように回復していた。アリサにMP回復薬1本分の魔力を、「魔力譲渡トランスファー」で回復してやって後半戦を始める。
こちらに来なかったアリが、第一区画で暴れまわっていたようだが、さっきの女性探索者パーティーは無事に迷宮の外に出れたようだ。
アリを殲滅し終わるなり、ポチとタマがスタミナ切れでパタリと倒れたりしたが、2人とも何かをやりきった充実した顔をしていたので良しとしよう。
リザとナナも疲労困憊だったので、アリサ達が陣取っていた高台にキャンプを仮設して休憩を取る事にした。よっぽど疲れたのか泥のように眠る皆を寝かしつけ、ルルと2人で夜番をする。
それにしても、今日一日で皆レベルアップした。
やはり迷宮は効率が良い。
サトゥーです。夢中になっている内に時間を忘れる事は良くあります。MMOのバージョンアップの時など、週末2日分の食料を買い込んで来て、寝る間も惜しんでゲームに没頭したものです。
「ナナ! しばらく耐えなさい。ポチ、タマ、魔刃を! 一気に方を付けます」
「この蔦め! 植物なのか動物なのかハッキリしろと訴えます!」
「魔刃~」「ご~なのです!」
ナナの挑発に、蔦をタコの足の様に這って駆け寄ってきた棘蔦足ソーン・フットが、ナナの体に蔦を絡める。「鋭刃シャープ・エッジ」の理術で強化された魔剣が素早く蔦を切断するので、胴体には蔦が巻きつく隙が無い。まったく、そこは、もう少しエロく行って欲しい。
そんなオレの心の声を他所に、魔刃を生み出したポチとタマの魔剣が、巨大な棘が付いた主蔦を切り裂く。
棘蔦足ソーン・フットの頭にあたるコブの部分に、アリサの「空間切断ディメンジョン・カッター」が突き刺さり、コブを半ばまで切断した。
横にいるルルの持つ魔力砲から発射された大口径の魔力弾が、半ば千切れていた棘蔦足ソーン・フットのコブを完全に吹き飛ばす。
そこにミーアの「水裂きウォーター・シュレッド」が効果を発揮し、棘蔦足ソーン・フットの体表を流れる体液を利用して、ヤツの表皮をズタズタにする。
最後に魔刃で、棘蔦足ソーン・フットの足のような蔦を切り裂いていたリザが、螺旋槍撃を叩き込んで止めを刺した。
「大勝利~?」「なのです!」
魔物を倒して勝ち鬨をあげる皆の怪我を、生活魔法で清潔にしてから「治癒アクア・ヒール」で一気に癒す。戦闘中の怪我はミーアに任せてあるが、戦闘後のケアはオレが担当している。
今回戦っていた棘蔦足ソーン・フットはレベル30もあったが、安定して倒せるようになって来た。
ここは植物系の魔物が溢れる1の4の9の17区画。通る経路によって同じ区画でも入れる場所が変わる事から、こういう名前になっているらしい。長いので以後17区画と言おう。ここはどの部屋も、天井から垂れ下がる植物の根が発光していて明るい。前に気になって、その植物の根を切ってみたら、光ファイバーのような断面になっていた。きっと根や茎が天然の光ファイバーのようになっていて外光を取り込んでいるのだろう。挺三天
そのせいか、この区画には植物型の魔物が多い。さっきの歩き回る蔦の魔物や、ドリアンサイズのドングリを大砲のように打ち出してくる巨木の魔物、親指位の粒をマシンガンの様に連射する歩くトウモロコシの魔物、スライムのような粘液の触手を繰り出して捕食して来ようとする食虫植物型の魔物など様々なバリエーションの敵が襲ってきていた。どれもレベル20~30の範囲だ。
興味深い魔物に「歩竹ウギ」という竹で出来た鹿みたいなのがいた。この魔物の竹のような本体から取れる繊維を加工すると、抹茶のような色をしたウギ砂糖が抽出できる。さらに角に生えた葉は、ポーション用の安定剤の材料だ。この歩竹ウギと先程も狩っていた棘蔦足ソーン・フットの蔦が、中級ポーションの材料になる。蔦は数日経つと腐敗して毒性を持ち始めるので、エルフの錬金術の資料にも現地で調合するようにと注意書きしてあった。
ときおり、デミゴブリンや草食系の魔物が姿を見せていたが、レベルの低い雑魚は邪魔なので、オレが誘導矢リモート・アローで始末している。
ひとつ手前の9区画が、罠天国の上に、毒や疫病、麻痺攻撃の得意な小虫系やスライム系の敵ばかりだったせいもあって、この区画にはオレ達以外誰もいない。あまり過去の探索者も来なかったのか、標識碑の数が他の区画の2割ほどしか無かった。
「うっしゃー! やったね! さっきのでレベル27よ!」
「にゃはは~?」
「やったのです!」
「慢心は禁物ですよ。ご主人さまがいてくれてこその成果です」
「肯定。マスター感謝です」
「もちろん、感謝してるってば。狩ってる間は他の敵が来ないし、小休止の後にすぐに手頃な敵がやって来るし、効率厨も真っ青な段取りだもんね」
アリサの微妙に失礼な賞賛を聞き流す。
最初にアリを始末した1の4区画だと、敵が弱すぎて皆の訓練にならないので、少し足を伸ばしてみた。この17区画の敵が適度に強かったお陰で、効率的なレベルアップと訓練になったようだ。懸念していたアリサのスタミナ不足だが、本人によると魔法使い系のステータスに極振りしていたのが原因だったらしい。レベルアップ時に調整させる事で、問題ない水準まで上げさせる事でなんとかなった。能力値の上昇まで、任意に割り振れるのはなかなか羨ましい。
この場所は昼夜がある上に、地面に土がむき出しになっているので、地下という気がしない。しかも、水源があり、高い天井付近には通風孔まであったので、煮炊きしても空気が濁る事がなかった。キャンプ狩りには、この上ない良ポイントと言えるだろう。
むき出しの地面だと土魔法で魔物を簡単に分断できるので、皆と戦う敵を1匹に限定できるように操作するのが楽だった。アリサの空間魔法で分断しなかったのは、格上の敵と戦っている最中に攻撃用の空間魔法を操るのが大変そうだったからだ。
「そういえば、けっこうな日数が経過していますが、まだ街に戻らなくて大丈夫でしょうか?」
「食料も水もたっぷりあるから大丈夫じゃない?」
すでに4日経過している。一日2~3レベルしか上がっていないが、突入から10レベル以上アップしているから充分な成果だろう。
特にルルが生活魔法と術理魔法のスキルを、ミーアが精霊魔法スキルを取得したのが大きい。
アリサも空間魔法がスキルレベル8になった時点で、火魔法スキルを取得していた。なんでもスキルレベル9以上に上げるポイントが大きすぎて心が折れそうになったので浮気したらしい。現状でも上級魔法が使えるので、戦闘での効率がいい火魔法を選んだそうだ。
アリサ曰く、火魔法の身体強化は体脂肪を燃焼させてエネルギーを生み出すから、ダイエットに良いそうだ。エルフ達に教えて貰ったと自慢していた。
オレが解析した限りでは、普通に魔力が燃料になっていたので、体脂肪云々はエルフ達の冗談のはずだ。あまりに嬉しそうだったので言いそびれたが、アリサが暴食を始める前に教えてやらねば。
この広間の敵を全滅させたので、オレ達は夕食の為に、この4日間拠点にしているログハウスへと向かった。
樹木系の魔物の素材で作ったログハウスで、初めはリビング兼寝室があっただけだったのを、日々少しずつ増築&改良していったものだ。今では、リビング兼食堂と寝室、キッチン、風呂場、工作室を備えた別荘といった風情の拠点となっている。
別荘の前庭には、土が付いたままだったトマトや薬草を植えてみた。今度来る時は、花や豆、芋類も持って来て植えてみよう。
この広間を拠点に据えたのは、水場や風穴があった事と、湧穴ができるような魔物の通路が近傍にない事だ。広間から外に出るための通路も3本あるが、それぞれの通路の両端に、魔法鍵を組み込んだ扉を設置して、さらに三重の罠を仕掛けておいた。タマでさえ途中で罠解除を投げ出したので、防犯には充分だろう。出入りが面倒だと困るので、解錠用の認証魔法具と合言葉で開くようにしてある。扉の支柱には、非実体系の魔物の侵入を防ぐために、簡易版の結界柱を組み込んでみた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
「ただいま」
オレ達は、口々にそういいながらログハウスに入る。このログハウスには、カカシ・シリーズと同じ監視機構を組み込んであり、侵入者を発見すると「信号シグナル」で警報を送ってくれる。迷宮内はマナが濃いようで、クラゲの触手繊維を利用したマナ収集器を作る事で監視機構や警報に必要な魔力を捻出できた。
先ほどの扉や罠で充分だとは思うが、念の為だ。
「お湯沸いたわよ」
「ああ、すぐ行く」
アリサが呼びに来たので、この別荘の守護者用に作成していた青銅製の自動甲冑リビングアーマーをシートの上に置いて風呂に向かった。
最近の湯沸しは、火魔法を覚えたアリサがやっている。最初の内は火力調整を間違えて風呂場を半焼させていたが、今では安定して沸かせるようになった。
「みんな待ってるんだから、早く脱ぐ脱ぐぅ~」
脱衣所まで作るのが面倒だったので、リビングで服を脱ぐ必要がある。もたもたしていると、アリサの魔手に捕まってしまうので、早着替えでタオルを腰に巻いたスタイルに変身して風呂場に入る。
総檜のような趣の木製の浴槽の前には、皆がアリサ同様の浴衣一枚で待っていた。先に入ればいいのにと思わなくも無いが、リザとナナが「一番風呂はご主人さま(マスター)のもの」と言って譲らなかったので、オレが最初に入る習慣ができてしまった。
リザとナナに左右から掛け湯をして貰ってから、湯船に足を入れる。ゆっくりと浴槽の縁に背を預け、丁度いい湯加減のお湯に心身をリラックスさせる。
ここの水場は、精霊が多い。魔物の餌にするためなのか、単に地脈の噴出し口なのかは判っていない。湯に浸かっているだけで、マッサージされたように体が楽になるのは、案外、精霊達が揉み解してくれているのかも。
体が温まったところで、アリサ以外の年少組の頭と背中を洗ってやる。前はアリサやルルも洗ってやっていたんだが、ルルは湯あたりを起しそうなぐらい真っ赤になるし、アリサも興奮しすぎて鼻血を出して目を回していたので自分でさせている。
じゃんけんで一番手を勝ち取ったミーアが、シャンプーハットを被って待機していたので、素早く洗髪用の石鹸で泡立てていく。この洗髪用石鹸は、エルフの里の錬金術のツーヤ氏にレシピを教えて貰ったやつだ。元の世界のシャンプーほどでは無いが、普通の石鹸より泡立ちも良く頭皮に優しい逸品だ。シャンプーハットはポチ用に作ったのだが、なぜか今ではミーアとナナのお気に入りになっている。
順番に幼女達の髪を洗った後、湯冷めした体を、ポチ達と百まで数えて温めなおしてから風呂から出た。湯に浸かってほんのり透けるナナの浴衣に目を奪われないようにするのが、なかなか大変だった。
「明日の朝に、一端、地上に戻ろうと思う」
「え~、30レベルまで上げてから戻りましょうよ」
「そうしてやりたいのは、山々なんだが、宿を5泊で契約しているから明日までに戻らないと馬車や馬が売られちゃうんだよ」
不平が出たのはアリサだけ、だったので戻る理由を告げて説得した。馬車はともかく、馬が売られたらかわいそうだ。馬も長旅を共にした仲間だしね。
「それに刻印板を設置しておけば、すぐに戻ってこれるだろう?」
その一言が決め手だったようで、アリサの説得に成功した。
帰る前に、地上へ持ち帰る戦利品の選別だ。
魔核コアのうち、この17区画で手に入れた大量にある真っ赤な大型魔核コアは予備の魔法の鞄ホールディング・バッグに入れてログハウスに置いていく事にした。アリや雑魚の小さく白っぽい魔核コアは、水増し薬作りの時に大量に消費したが、まだ百個以上残っている。この魔核コアだけを小袋に入れて持ち帰ろう。
魔物の素材は、何も持っていないとかえって疑惑の視線を集めそうなので、無難に迷宮蟻の胸殻と背甲を各10枚と蟻の爪10本、あとは迷宮蛙の肉を持ち帰る事にした。どれもギルドの買取表にあったものだ。
ちょっと思いついて、買取表に無い黄奇蜥蜴の肉も持って行く事にした。へんな触手のある黄色いイグアナみたいなトカゲだったが、焼くと脂肪分の少ない鶏肉のような味がして旨かった。
1の4区画で見つけた隠し部屋まで、「帰還転移リターン」の魔法で戻る。もちろん、部屋に魔物や探索者がいないかは、事前に「遠見クレアボヤンス」の魔法で確認した。転移先の状態を確認するには、マップで調べるよりもこちらの方が手軽なので最近多用している。
第1区画に戻る手前の十字路付近で、オレ達を囲むように接近する合計30人ほどの迷賊を発見したので、視界に入るはるか手前に「誘導気絶弾リモート・スタン」の3連射で始末しておいた。死にはしないだろうが、1人あたり2~5発ほど叩き込んだので、しばらく悶絶している事だろう。
途中に適当な小回廊を迂回する事で、悶絶した迷賊に遭遇エンカウントする事もなく、無事に迷宮から脱出する事ができた。
オレ達は迷宮の外で驚きを以って迎えられたのだが、その驚きはアリサの期待とは少しベクトルが違ったようだ。MaxMan
2015年9月9日星期三
竜生で一番長い日
太陽の下、私は翼を拡げる。
身体を風の精霊が撫でていく。
昼間に空を自由に飛び回る事がこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
棲家にいた頃も、飛べるのは夜だけだった。
星空の下も悪い訳ではないけれど。アフリカ蟻
ーーーやっぱり太陽の下がいい。
今や私を追いかける人間達は遥か後方だ。
もう人間の目視では私の姿を捉える事など出来ないだろう。
気分が高揚してくる。
だが、空を飛んで興奮ハイ状態になっている場合ではない。
さて、これからどうしよう。私は頭を巡らせる。
・・・正直ぶっちゃけノープランである。
そして兄とルークは仲良くやっているだろうか。
・・・どうしよう。まったく自信が無い。想像もつかない。
相当な無茶振りをした自覚があるのだ。人間を深く憎悪している兄に、彼ルークをたった一人で相対させるなど。
あの時は他に方法が無いと無理を通してしまったのだが。
今考えると不安で堪らない。
うっかりルークが兄に殺されたりなんかしてたら。考えて震え上がる。なんてことだ、笑えない。
なんだかもう現実逃避で、いっそ地平線の彼方まで飛んでいってしまいたい様な気分になる。
・・・いや、しないけど。
さて、人間達に見付からないように何処かで着陸しなければ。
今回の事で、いかに人間達かれらが竜を求めているかがよく分かった。
今の便利な生活が、いつか終わりがくることを受け入れられないのだろう。
竜片が尽きかけていることに気付いていながら、見て見ないふりをしているのだ。何処かに不安を感じながらも。
だからこそ、そんな中突如現れた竜にこんなにも熱狂したのではないだろうか。
ーーー前世の世界でも、何度も限りがあると言われていたものがあった。
枯渇すると、何度も警告をされているものがあった。
だが、それに対して私が何かをしたという記憶はまるで無い。
・・・きっとそういうものなのだろう。無くなるまで、失うまで。
本当の意味で気付く事など出来ないのだ。
『・・・ユフィ。無事か?』
そんな事をつらつらと考えながら飛んでいたら、兄から思念が届いて、私は精霊達に耳を澄ませる。
『・・・今、お前の言っていた人間と共にいる。』
・・・少々思念が苦々しい。だが、ルークの生存を確認して私はホッと胸を撫で下ろす。
さすがはルーク。ありがとうルーク。君の対竜能力の高さに私は涙を禁じ得ない。
『ーーーそう。良かったわ。私は無事よ。お兄様は大丈夫なの?怪我の具合は?』
私も思念を送り返す。
『ああ、問題ない。・・・心配をかけたな』
そう兄が返事を寄越し、私は心底安堵する。どうやら最悪の事態は脱したようだ。
あとは私が無事彼らと合流できれば完璧なのだが。
『お兄様、ルークと仲良くしてる?』
私は思わず気になっていた事を聞いてみた。
・・・返答は無かった。そうか、ダメか。
しばらくの沈黙の後、兄から再度思念が入る。
『・・・その人間から伝言だ。日没になってから闇に紛れて何処かに降りて、人間型でなんらかの交通機関によってベルフィスの町の方向に戻れ、だそうだ。』
・・・ざっくりである。ルークも如何せんどうにもし難いのだろう。蔵八宝
だが、逆に元の場所に戻るというのは良い考えかもしれない。
竜狩人や軍隊も私を追い、こぞってあの街を出て行っただろうし。
取りあえず日没までの時間稼ぎをすべく、私はなるべく高度で四方八方を適当に飛びまくった。
そして飛びながらベルフィスの街へ戻る方法を考える。
・・・何らかの交通機関とは一体何があるのだろう。
乗り合いの四輪車なんかは見た事があるが。それはベルフィスの街へ向かうだろうか。
頭がぐるぐる空回る。ああ、己の無計画さが呪わしい。
しばらくそんな風にふらふらと飛んでいると、ふいに遠い地上を走る一台の四輪車を私の目が捕らえた。
その窓から身を乗り出して風景を見ている美しい女性に、私は見覚えがあった。
ーーーどうやら神は私を見捨てなかったらしい。
『・・・セレスさんだ・・・!!!』
未だ元気そうな彼女を見て、私は泣き出しそうになった。
彼らの向かう先を遠く先回りして着陸し、人間型になると、竜型時に爪に引っ掛けて運んでいた鞄から服を取り出し身に纏った。
そして荒野を真っ直ぐ走る道の横で彼らの到着を待つ。
しばらく待つと、ジグさんとセレスさんの車が近付いて来た。
私は道に飛び出して手を振る。
するとそれを見たセレスさんとジグさんも驚いて車を止め、中から飛び出して来た。
彼女のその滑らかな歩行に私は顔が綻ぶ。
「・・・!ユフィ?ユフィなの・・!?」
私を確認すると、セレスさんの顔がみるみる笑顔になる。
「セレスさん・・・!」
数カ月ぶりに会う彼女は、想像していたよりもずっと元気そうだった。
私も思わず笑顔になる。
「まぁ、ユフィ・・・!会いたかったわ・・・!」
そう言って本当に嬉しそうに抱き締めてくれるセレスさんに、私も抱き付いた。
ジグさんも嬉しそうに笑ってくれる。
そして町から遠い荒野の真ん中で、独りぽつんと立っていた明らかに怪しい私を、何も聞かずに車の中に招いてくれた。
「・・・色々あって、ルークとはぐれてしまったので、近くの街まで送ってもらえませんか?」
彼らにそうお願いをしてみる。とりあえずどこかの街出られれば、某かの交通手段があるだろう。
ーーーだが。
「そんな水臭い事言わないで!どうせなら、目的地まで送るわ!」
と、セレスさんが真剣に言ってくれる。
私は驚いて首を横に振った。
そんな迷惑はかけられない。そう断ったのだが。
「君には返しきれない恩がある。ーーーそんなことお安い御用だ。是非送らせて欲しい」
急ぐ旅でもないしな。そう言ってジグさんも笑ってくれた。
そしてあれよあれよとベルフィスの街が目的地である事を吐かされ、四輪車は方向転換をする。
「本当にありがとうございます・・・!」
有り難くてたまらない。
私が深く頭を下げ礼を言えば、逆に少しでも恩が返せて嬉しいと二人は言ってくれた。
ここからならベルフィスの街まで四輪車で7時間位だという。
どうやら適当にジグザグ飛んで来たせいで、思ったよりベルフィスの街から離れなかったらしい。
私は急いで兄へ思念を飛ばした。韓国痩身一号
知人に拾ってもらった事。おかげで真っ直ぐにベルフィスの街に向かえること。大体7時間くらいでそちらに到着できること。
『ーーーその人間達は大丈夫なのか?』
不安そうな思念が兄から戻ってくる。
だが、私は笑って返事を返した。
『人間全てが、悪い訳ではないのよ。お兄様』
すると、『・・・そうか』、とだけ兄から返事が来た。
非難めいた言葉が返ってくると思っていた私は少し驚いた。
セレスさんとのガールズトークのおかげで7時間のドライブはあっという間だった。
久々の女性同士の会話はやはり楽しい。
だが、道の途中、この地方の領主の命によって検問が行われていたのにはヒヤリとした。
私は内心震え上がったのだが、セレスさんが私を『妹』だ、と言い張りなんとか事無きを得た。
本当に妹のようなものだと思ってるからいいのよ、と悪戯ぽく片目をつぶった彼女は最高だった。
「・・・竜を捕まえるのですって。馬鹿みたいだわ」
検問所を通り過ぎた後、セレスさんがぽつりと呟く。その言葉に私は目を見開いた。
「今更最後の一匹を捕まえた所でなんだというの。焼け石に水だわ。どうせごく一部の上流階級だけがその恩恵に与るのでしょう?・・・ならば自由に空を飛ばせてやれば良いのに」
そして彼女は嬉しそうに言った。今日の朝、空を飛ぶ竜を見たのだと。それがとても美しかったのだと。
ーーー兄だ、と私は思う。
あぁ、早く兄に会いたいな。話を聞き、兄の姿を思い浮かべれば郷愁が胸を締め付ける。
こんなにも長い時間兄と離れたのは初めてだったのだ。
夜遅く、ジグさんの四輪車は無事ベルフィスの街に到着した。
彼らはルークの元まで送ると言ってくれたが、丁重に断った。
もう二度と会えないかもしれない。そう思うと別れがたいが、セレスさんとジグさんの貴重な時間をこれ以上邪魔する訳にもいかない。
・・・それに、なによりも兄の気配を感じて。すぐにでもそこに行きたくて。
丁寧にお礼を言ってセレスさんとしっかり抱き締め合い、別れを惜しんだ後、すっかり暗くなった街を、私は兄とルークに向かって走り出した。
◆
「お嬢さん。ちょっと良いかい?」
だが、私が深夜の街中を一心に走っていると、突然見知らぬ男に声をかけられる。
そして、あっという間に数人の男達に囲まれた。
・・・竜狩人だ。彼らの風貌で私は判断する。
まだ街の中に残っていたなんて。思わず舌打ちしそうになるのを必死に堪える。
「・・・何か用?私急いでいるんだけど?」
内心の動揺を隠しつつ、私はそっけなく言う。
「悪いがちょっと付き合ってくれないか?近くで白竜が見付かった事はお嬢さんも知ってるだろ?それでこの辺で銀の髪をしてる奴等にはみんなギルドで検査を受けてもらってるんだ」
白竜の人間型は銀髪と決まっているからな、と彼らは笑う。
バクバクと心臓が打ち鳴らされる。何て事だろう、ここまで来て・・・!
銀の髪の人間はそう多くない。だから総浚いと言う訳か・・・!
帽子でも被っておけば良かったと私は後悔する。
「まあ、竜ってのは大層な美形揃いだそうだから、お嬢さんが竜ってことはなさそうだけどな」壮天根
可愛いけど美女って感じじゃないよなぁと男共はゲラゲラ笑い合う。
悪かったな!!だったら見逃せよ・・・!!と色々傷付きながら私は思った。ーーーその時。
「ユフィ!何処だ!?」
少々離れた場所からのルークの声に私は顔をあげる。
人間を遥かに越える聴力がその音を拾う。
ーーーああ、会いたかった。・・・でも、怖い。
安堵と恐怖が同時にやって来る。
何かが喉をつまらせて「ここよ」と声を上げることができない。
すると、目の前の男が私の腕を掴んだ。
「きゃあ!」
驚いて私は短い悲鳴を上げた。
「俺らだって手荒な真似はしたくねえんだよ。・・・ギルドに来てもらって軽く検査と質問に答えてもらうだけでいいからさ」
だからそれが大問題なんだよ!と私は心の中で叫んだ。
やっちまうか・・・やっちまうしかないのか・・・!
手荒な真似をしようと、私が思わず拳を握りしめた時。
慣れた気配を背中に感じた。
それが彼だとすぐに分かる。だってこの一年間ずっと一緒にいたのだ。
「・・・俺の彼女に何か?」
走って来たのだろう、息を切らせながらルークが私の肩を抱き寄せ、目の前の竜狩人達を睨め付けた。
彼に自然に触れられて、私は心臓が高鳴る。
「ルーク・・・」
不安げに名を呼んで彼を見上げれば、彼は私を安心させるようにいつもの笑顔を見せてくれた。
もう二度とその笑顔が見れないと思っていた私は、思わず涙ぐむ。
私がルークにしがみつくと、目の前の男達は「・・・なんだ、あんたの恋人か。悪かったな」と大人しく引き下がって去っていった。
きっと竜狩人に抱きつくアホな竜などいないと判断したのだろう。・・・ここにいるが。
きっと見た目のレベルが竜じゃないと言うのも大きいのだろう。・・・竜なんだが。
彼らが見えなくなると、ルークは私を離し、両肩をがしっと掴んで私を確認するように上から下までをじっくり眺めた。
「ル・・・ルーク?どうしたの?」
鬼気迫るようなその様子に私は不安になって聞いた。
「・・・ユフィ、どこにも怪我は無い?」
確かめるように言われ、その雰囲気に飲まれた私はコクコクと頷いた。
「あああ〜!!良かったぁぁぁ・・・!!」
すると彼がそんな事を吐き出すように言い、脱力してしゃがみ込んだ。
な・・・何だと言うのだろう。
「だ、大丈夫だよ・・・?私は人間よりずっと丈夫だし」
そんなに心配させてしまったのかと、私はあわあわと我が身の丈夫さをアピールする。
するとルークは笑って立ち上がると私の頭を撫でた。
「ーーー行こうか。お兄さんが四輪車で待ってるよ」左旋肉碱
そう言って、そしてこちらに向かって差し出された手に私は自分の手を重ねる。
私の正体を知った今も、こうして彼が何も変わらず接してくれる事に涙が溢れた。
「・・・ありがとう、ルーク」
震える声でそう言えば、彼は私の手をギュッと握ってくれた。
ふたりで町外れに止めたという四輪車に向かう。
話を聞けばルークは思いの外、兄と上手くやっているらしい。
本当に凄いよ・・・!アンタの竜コミュニケーション能力・・・!
さすがはコアな竜オタクである。私は感動した。
そう言えば私もあっという間に彼のペースに巻き込まれて一緒に旅をする事になったんだった。
きっと兄も巻き込まれてしまったのだろう。
1年前の事を思い出して私は笑ってしまった。
「・・・しっかしユフィのお兄さんって、色々天然だよね」
とルークに笑いながら言われ、私は背中に冷や汗をかく。
何を言ったんだ、そして何をしたんだ、兄よ・・・!
「そう言えばユフィのお兄さんの名前、なんていうの?」
聞いても教えてくれないんだよねえ、とルークはちょっと不満そうに言った。
あら、名乗りもしやがりませんでしたか。兄よ。
まあ、彼の状況では致し方あるまい。
「・・・アルフレート、よ。母はアルフって呼んでいたわ」
「へえ、光アルフかぁ。・・・良い名前だね。」
「・・・本人と名前との乖離が激しいとか思ってない?」
そう言って私が笑えばルークも笑った。
どっちかというと、根暗なイメージだもんなあ。兄。
ルークとそんな話をしながら歩いていくと見慣れた四輪車が視界に入った。
・・・そこにある、世界中の誰よりも近しく慕わしい気配も。
私は居ても立ってもいられなくなり、走り出した。
そして四輪車のドアを開けた瞬間。中に引き込まれ、強く抱き締められる。
ーーーその匂いも温もりも。
私は、自分の半身に邂逅したような充足感に満たされる。
そこは懐かしくて、世界中のどこよりも私が安心できる場所。
誰よりも深く私を愛し、何よりも私を慈しんでくれる場所。
「ユフィ・・・ユフィ・・ユーフェミア・・・!」
私の首筋にその麗しい顔を埋めて、兄が呻くように私の名前を連呼する。
私も兄の背に腕を回す。そして傷を負ったその背中をそっと撫でた。
・・・これまでの竜生で、最も長かった一日がようやく終わろうとしていた。漢方薬
身体を風の精霊が撫でていく。
昼間に空を自由に飛び回る事がこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
棲家にいた頃も、飛べるのは夜だけだった。
星空の下も悪い訳ではないけれど。アフリカ蟻
ーーーやっぱり太陽の下がいい。
今や私を追いかける人間達は遥か後方だ。
もう人間の目視では私の姿を捉える事など出来ないだろう。
気分が高揚してくる。
だが、空を飛んで興奮ハイ状態になっている場合ではない。
さて、これからどうしよう。私は頭を巡らせる。
・・・正直ぶっちゃけノープランである。
そして兄とルークは仲良くやっているだろうか。
・・・どうしよう。まったく自信が無い。想像もつかない。
相当な無茶振りをした自覚があるのだ。人間を深く憎悪している兄に、彼ルークをたった一人で相対させるなど。
あの時は他に方法が無いと無理を通してしまったのだが。
今考えると不安で堪らない。
うっかりルークが兄に殺されたりなんかしてたら。考えて震え上がる。なんてことだ、笑えない。
なんだかもう現実逃避で、いっそ地平線の彼方まで飛んでいってしまいたい様な気分になる。
・・・いや、しないけど。
さて、人間達に見付からないように何処かで着陸しなければ。
今回の事で、いかに人間達かれらが竜を求めているかがよく分かった。
今の便利な生活が、いつか終わりがくることを受け入れられないのだろう。
竜片が尽きかけていることに気付いていながら、見て見ないふりをしているのだ。何処かに不安を感じながらも。
だからこそ、そんな中突如現れた竜にこんなにも熱狂したのではないだろうか。
ーーー前世の世界でも、何度も限りがあると言われていたものがあった。
枯渇すると、何度も警告をされているものがあった。
だが、それに対して私が何かをしたという記憶はまるで無い。
・・・きっとそういうものなのだろう。無くなるまで、失うまで。
本当の意味で気付く事など出来ないのだ。
『・・・ユフィ。無事か?』
そんな事をつらつらと考えながら飛んでいたら、兄から思念が届いて、私は精霊達に耳を澄ませる。
『・・・今、お前の言っていた人間と共にいる。』
・・・少々思念が苦々しい。だが、ルークの生存を確認して私はホッと胸を撫で下ろす。
さすがはルーク。ありがとうルーク。君の対竜能力の高さに私は涙を禁じ得ない。
『ーーーそう。良かったわ。私は無事よ。お兄様は大丈夫なの?怪我の具合は?』
私も思念を送り返す。
『ああ、問題ない。・・・心配をかけたな』
そう兄が返事を寄越し、私は心底安堵する。どうやら最悪の事態は脱したようだ。
あとは私が無事彼らと合流できれば完璧なのだが。
『お兄様、ルークと仲良くしてる?』
私は思わず気になっていた事を聞いてみた。
・・・返答は無かった。そうか、ダメか。
しばらくの沈黙の後、兄から再度思念が入る。
『・・・その人間から伝言だ。日没になってから闇に紛れて何処かに降りて、人間型でなんらかの交通機関によってベルフィスの町の方向に戻れ、だそうだ。』
・・・ざっくりである。ルークも如何せんどうにもし難いのだろう。蔵八宝
だが、逆に元の場所に戻るというのは良い考えかもしれない。
竜狩人や軍隊も私を追い、こぞってあの街を出て行っただろうし。
取りあえず日没までの時間稼ぎをすべく、私はなるべく高度で四方八方を適当に飛びまくった。
そして飛びながらベルフィスの街へ戻る方法を考える。
・・・何らかの交通機関とは一体何があるのだろう。
乗り合いの四輪車なんかは見た事があるが。それはベルフィスの街へ向かうだろうか。
頭がぐるぐる空回る。ああ、己の無計画さが呪わしい。
しばらくそんな風にふらふらと飛んでいると、ふいに遠い地上を走る一台の四輪車を私の目が捕らえた。
その窓から身を乗り出して風景を見ている美しい女性に、私は見覚えがあった。
ーーーどうやら神は私を見捨てなかったらしい。
『・・・セレスさんだ・・・!!!』
未だ元気そうな彼女を見て、私は泣き出しそうになった。
彼らの向かう先を遠く先回りして着陸し、人間型になると、竜型時に爪に引っ掛けて運んでいた鞄から服を取り出し身に纏った。
そして荒野を真っ直ぐ走る道の横で彼らの到着を待つ。
しばらく待つと、ジグさんとセレスさんの車が近付いて来た。
私は道に飛び出して手を振る。
するとそれを見たセレスさんとジグさんも驚いて車を止め、中から飛び出して来た。
彼女のその滑らかな歩行に私は顔が綻ぶ。
「・・・!ユフィ?ユフィなの・・!?」
私を確認すると、セレスさんの顔がみるみる笑顔になる。
「セレスさん・・・!」
数カ月ぶりに会う彼女は、想像していたよりもずっと元気そうだった。
私も思わず笑顔になる。
「まぁ、ユフィ・・・!会いたかったわ・・・!」
そう言って本当に嬉しそうに抱き締めてくれるセレスさんに、私も抱き付いた。
ジグさんも嬉しそうに笑ってくれる。
そして町から遠い荒野の真ん中で、独りぽつんと立っていた明らかに怪しい私を、何も聞かずに車の中に招いてくれた。
「・・・色々あって、ルークとはぐれてしまったので、近くの街まで送ってもらえませんか?」
彼らにそうお願いをしてみる。とりあえずどこかの街出られれば、某かの交通手段があるだろう。
ーーーだが。
「そんな水臭い事言わないで!どうせなら、目的地まで送るわ!」
と、セレスさんが真剣に言ってくれる。
私は驚いて首を横に振った。
そんな迷惑はかけられない。そう断ったのだが。
「君には返しきれない恩がある。ーーーそんなことお安い御用だ。是非送らせて欲しい」
急ぐ旅でもないしな。そう言ってジグさんも笑ってくれた。
そしてあれよあれよとベルフィスの街が目的地である事を吐かされ、四輪車は方向転換をする。
「本当にありがとうございます・・・!」
有り難くてたまらない。
私が深く頭を下げ礼を言えば、逆に少しでも恩が返せて嬉しいと二人は言ってくれた。
ここからならベルフィスの街まで四輪車で7時間位だという。
どうやら適当にジグザグ飛んで来たせいで、思ったよりベルフィスの街から離れなかったらしい。
私は急いで兄へ思念を飛ばした。韓国痩身一号
知人に拾ってもらった事。おかげで真っ直ぐにベルフィスの街に向かえること。大体7時間くらいでそちらに到着できること。
『ーーーその人間達は大丈夫なのか?』
不安そうな思念が兄から戻ってくる。
だが、私は笑って返事を返した。
『人間全てが、悪い訳ではないのよ。お兄様』
すると、『・・・そうか』、とだけ兄から返事が来た。
非難めいた言葉が返ってくると思っていた私は少し驚いた。
セレスさんとのガールズトークのおかげで7時間のドライブはあっという間だった。
久々の女性同士の会話はやはり楽しい。
だが、道の途中、この地方の領主の命によって検問が行われていたのにはヒヤリとした。
私は内心震え上がったのだが、セレスさんが私を『妹』だ、と言い張りなんとか事無きを得た。
本当に妹のようなものだと思ってるからいいのよ、と悪戯ぽく片目をつぶった彼女は最高だった。
「・・・竜を捕まえるのですって。馬鹿みたいだわ」
検問所を通り過ぎた後、セレスさんがぽつりと呟く。その言葉に私は目を見開いた。
「今更最後の一匹を捕まえた所でなんだというの。焼け石に水だわ。どうせごく一部の上流階級だけがその恩恵に与るのでしょう?・・・ならば自由に空を飛ばせてやれば良いのに」
そして彼女は嬉しそうに言った。今日の朝、空を飛ぶ竜を見たのだと。それがとても美しかったのだと。
ーーー兄だ、と私は思う。
あぁ、早く兄に会いたいな。話を聞き、兄の姿を思い浮かべれば郷愁が胸を締め付ける。
こんなにも長い時間兄と離れたのは初めてだったのだ。
夜遅く、ジグさんの四輪車は無事ベルフィスの街に到着した。
彼らはルークの元まで送ると言ってくれたが、丁重に断った。
もう二度と会えないかもしれない。そう思うと別れがたいが、セレスさんとジグさんの貴重な時間をこれ以上邪魔する訳にもいかない。
・・・それに、なによりも兄の気配を感じて。すぐにでもそこに行きたくて。
丁寧にお礼を言ってセレスさんとしっかり抱き締め合い、別れを惜しんだ後、すっかり暗くなった街を、私は兄とルークに向かって走り出した。
◆
「お嬢さん。ちょっと良いかい?」
だが、私が深夜の街中を一心に走っていると、突然見知らぬ男に声をかけられる。
そして、あっという間に数人の男達に囲まれた。
・・・竜狩人だ。彼らの風貌で私は判断する。
まだ街の中に残っていたなんて。思わず舌打ちしそうになるのを必死に堪える。
「・・・何か用?私急いでいるんだけど?」
内心の動揺を隠しつつ、私はそっけなく言う。
「悪いがちょっと付き合ってくれないか?近くで白竜が見付かった事はお嬢さんも知ってるだろ?それでこの辺で銀の髪をしてる奴等にはみんなギルドで検査を受けてもらってるんだ」
白竜の人間型は銀髪と決まっているからな、と彼らは笑う。
バクバクと心臓が打ち鳴らされる。何て事だろう、ここまで来て・・・!
銀の髪の人間はそう多くない。だから総浚いと言う訳か・・・!
帽子でも被っておけば良かったと私は後悔する。
「まあ、竜ってのは大層な美形揃いだそうだから、お嬢さんが竜ってことはなさそうだけどな」壮天根
可愛いけど美女って感じじゃないよなぁと男共はゲラゲラ笑い合う。
悪かったな!!だったら見逃せよ・・・!!と色々傷付きながら私は思った。ーーーその時。
「ユフィ!何処だ!?」
少々離れた場所からのルークの声に私は顔をあげる。
人間を遥かに越える聴力がその音を拾う。
ーーーああ、会いたかった。・・・でも、怖い。
安堵と恐怖が同時にやって来る。
何かが喉をつまらせて「ここよ」と声を上げることができない。
すると、目の前の男が私の腕を掴んだ。
「きゃあ!」
驚いて私は短い悲鳴を上げた。
「俺らだって手荒な真似はしたくねえんだよ。・・・ギルドに来てもらって軽く検査と質問に答えてもらうだけでいいからさ」
だからそれが大問題なんだよ!と私は心の中で叫んだ。
やっちまうか・・・やっちまうしかないのか・・・!
手荒な真似をしようと、私が思わず拳を握りしめた時。
慣れた気配を背中に感じた。
それが彼だとすぐに分かる。だってこの一年間ずっと一緒にいたのだ。
「・・・俺の彼女に何か?」
走って来たのだろう、息を切らせながらルークが私の肩を抱き寄せ、目の前の竜狩人達を睨め付けた。
彼に自然に触れられて、私は心臓が高鳴る。
「ルーク・・・」
不安げに名を呼んで彼を見上げれば、彼は私を安心させるようにいつもの笑顔を見せてくれた。
もう二度とその笑顔が見れないと思っていた私は、思わず涙ぐむ。
私がルークにしがみつくと、目の前の男達は「・・・なんだ、あんたの恋人か。悪かったな」と大人しく引き下がって去っていった。
きっと竜狩人に抱きつくアホな竜などいないと判断したのだろう。・・・ここにいるが。
きっと見た目のレベルが竜じゃないと言うのも大きいのだろう。・・・竜なんだが。
彼らが見えなくなると、ルークは私を離し、両肩をがしっと掴んで私を確認するように上から下までをじっくり眺めた。
「ル・・・ルーク?どうしたの?」
鬼気迫るようなその様子に私は不安になって聞いた。
「・・・ユフィ、どこにも怪我は無い?」
確かめるように言われ、その雰囲気に飲まれた私はコクコクと頷いた。
「あああ〜!!良かったぁぁぁ・・・!!」
すると彼がそんな事を吐き出すように言い、脱力してしゃがみ込んだ。
な・・・何だと言うのだろう。
「だ、大丈夫だよ・・・?私は人間よりずっと丈夫だし」
そんなに心配させてしまったのかと、私はあわあわと我が身の丈夫さをアピールする。
するとルークは笑って立ち上がると私の頭を撫でた。
「ーーー行こうか。お兄さんが四輪車で待ってるよ」左旋肉碱
そう言って、そしてこちらに向かって差し出された手に私は自分の手を重ねる。
私の正体を知った今も、こうして彼が何も変わらず接してくれる事に涙が溢れた。
「・・・ありがとう、ルーク」
震える声でそう言えば、彼は私の手をギュッと握ってくれた。
ふたりで町外れに止めたという四輪車に向かう。
話を聞けばルークは思いの外、兄と上手くやっているらしい。
本当に凄いよ・・・!アンタの竜コミュニケーション能力・・・!
さすがはコアな竜オタクである。私は感動した。
そう言えば私もあっという間に彼のペースに巻き込まれて一緒に旅をする事になったんだった。
きっと兄も巻き込まれてしまったのだろう。
1年前の事を思い出して私は笑ってしまった。
「・・・しっかしユフィのお兄さんって、色々天然だよね」
とルークに笑いながら言われ、私は背中に冷や汗をかく。
何を言ったんだ、そして何をしたんだ、兄よ・・・!
「そう言えばユフィのお兄さんの名前、なんていうの?」
聞いても教えてくれないんだよねえ、とルークはちょっと不満そうに言った。
あら、名乗りもしやがりませんでしたか。兄よ。
まあ、彼の状況では致し方あるまい。
「・・・アルフレート、よ。母はアルフって呼んでいたわ」
「へえ、光アルフかぁ。・・・良い名前だね。」
「・・・本人と名前との乖離が激しいとか思ってない?」
そう言って私が笑えばルークも笑った。
どっちかというと、根暗なイメージだもんなあ。兄。
ルークとそんな話をしながら歩いていくと見慣れた四輪車が視界に入った。
・・・そこにある、世界中の誰よりも近しく慕わしい気配も。
私は居ても立ってもいられなくなり、走り出した。
そして四輪車のドアを開けた瞬間。中に引き込まれ、強く抱き締められる。
ーーーその匂いも温もりも。
私は、自分の半身に邂逅したような充足感に満たされる。
そこは懐かしくて、世界中のどこよりも私が安心できる場所。
誰よりも深く私を愛し、何よりも私を慈しんでくれる場所。
「ユフィ・・・ユフィ・・ユーフェミア・・・!」
私の首筋にその麗しい顔を埋めて、兄が呻くように私の名前を連呼する。
私も兄の背に腕を回す。そして傷を負ったその背中をそっと撫でた。
・・・これまでの竜生で、最も長かった一日がようやく終わろうとしていた。漢方薬
2015年9月6日星期日
彼の求婚
「娘を呼んでまいりますので少々お待ちください」
そう言い残し、宰相は屋敷へと入って行った。
彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。印度神油
「リディ!リディ!!」
宰相が呼ぶその名前は彼女の愛称なのだろう。自分も是非呼びたいものだと思う。
彼女の名前を聞き、待ちきれなくなってしまった私は宰相の後を追うことにした。
ゆっくりと歩いていくと召使たちが私の姿を見て、次々と頭を下げる。
すでに宰相から話を聞いているのだろう。よくしつけられた召使の態度に、流石だなと感心した。
そうして玄関ホールに入り、辺りを見回す。
私の正面に宰相の後ろ姿が見えた。そちらへ歩みを進める。
と、ふいに視線を感じ、自然と顔をそちらへ向けた。
――――ああ、彼女だ。
目が合ったのは、まさしく今朝逃げられてしまった彼女だった。
紫色の目を大きく見開き、信じられないという表情をしている。
彼女の姿を目にすると同時に、私の中で愛しさが膨れ上がった。
歓びに口元が緩む。
仮面越しではない彼女の姿に心が満たされた。
無粋な仮面を取った彼女は昨夜みたままに美しく、あっという間に私の心を奪っていく。
嗚呼、今すぐ彼女を抱きしめたい。
宰相が私を来た事を彼女に告げてくれるが、それも耳には入っていなかった。
ただ彼女を陶然とみつめていた。
「……王太子殿下?」
彼女の紡ぐ声に我に返る。話しかけられたことは嬉しいが、呼ばれた名称には眉がよった。
無粋だな、と暗然とする。
そんな誰もが呼ぶ名称ではなく、私の名前を呼んでほしい。
ずっとそう願っているというのに。
柔らかな甘い声で『フリード』と、愛しい彼女にだけ呼ばれたいのだ。
我慢できなくなった私は、即座にその思いを実行に移した。
彼女の前に移動し、愛を乞うように跪く。何の躊躇いもなかった。
「初めまして、愛しい姫。私の名は、フリードリヒ・ファン・デ・ラ・ヴィルヘルム。今回貴女とこうして婚約の運びに至ったことをとても嬉しく思います。一度お顔を拝見したいと思い、こうして先触れもなく来てしまいましたが、ご迷惑でしたか?」
そうだ、私はこうしたかったのだ。
彼女に求婚し、会心の笑みを浮かべる。
すでに私たちは婚約者だという立場ではあるが、彼女は私がこの婚姻に対しどう思っているのか分からないはずだ。
私の明確な意思を理解してもらう為にも、宰相のいるこの場での求婚は意味があるものだと思えた。
実際宰相は、私の本気を目の当たりにして目頭を熱くさせていた。
彼女はまさか私がそうでるとは思っていなかったのだろう。
私を見つめたまま石のように固まってしまっていた。
そんな娘を父親が咎めるように急かす。
父親の責めるような視線に負け、彼女はものすごく不本意そうに私に応えた。
「……そんな、迷惑だなんて。恐れ多い事です、王太子殿下。私はリディアナ・フォン・ヴィヴォワールと申します」
宰相、協力に感謝する!!
例え不本意だろうが、彼女から求婚の承諾を得た事が嬉しくて仕方ない。
渋々差し出してきた手をとり、そのすべすべとした甲にキスをした。
これで婚約は完璧に成立した――――!!
喜悦の表情で、私はさらに自分の望みを告げる。
「ありがとう。私の事はフリードと呼んで下さい。リディアナ姫。貴女の事はリディと呼んでも?」
「どうぞ、殿下のお好きに」
彼女からは、名前で呼ぶものかという気迫が伝わってくる。
それに気づけども、可愛らしい抵抗にしか思えず、正直笑みしか浮かばない。
少なくとも、彼女をリディと愛称で呼ぶ許可は取った。
今はそれだけでも構わない。男宝(ナンパオ)
「照れているのですか?愛しいリディ。今はいいですが、そのうちフリードとその可愛らしい声で呼んで下さいね」
私のお願いに震える彼女にもう一度微笑みかけ、宰相に声を掛けた。
「宰相、私はリディと二人だけで話がしたいのだけどいいかな?」
その言葉に目の前のリディが強く反応するも、宰相は私の目をみて頷いた。
先ほどの求婚によって、彼の私に対する信頼はかなり高まったようだ。
二人きりにして欲しいという望みをあっさりと許可してくれた。
「勿論ですとも。では、どちらにご案内いたしましょう?我が屋敷の応接室などでしたら、殿下もご不快な思いをされないかと存じますが」
「私はリディの部屋をみてみたいな」
急な展開について行けず、目を白黒させるリディを放って宰相と話をつける。
やはり、事前に根回しをしておいて正解だった。
彼の協力なしにはこの展開には到底持ち込めなかっただろう。
「左様ですか。殿下のお心のままに。……ではリディ。くれぐれも王太子殿下に失礼のないようにな」
「……はい、お父様」
がっくりと肩を落とす彼女に、笑いが込み上げる。
嫌々部屋へと案内する彼女の後に続き、その背中を追った。
小さなため息が聞こえる。
そんな彼女の様子に、つい声を掛けてしまった。
「ため息なんてついてどうしました?リディ。貴女の美しい顔にそんな憂いの表情なんて似合いません。どうか笑ってください」
「殿下……」
複雑な顔をして私をみるリディは、何でもありませんと首を振った。
……しかし先ほどから不思議で仕方ないのだが、彼女は全く私に気が付いていないようだ。
下手をすれば玄関で会った時にでも反応されるかもしれないと思っていたのだが、ここまで気づかれないと逆に感心する。
髪の色は仕方ないにしても、声は変えていない。
あれだけ長い時間、話しをし、共に過ごしたのだ。気づく可能性は十分あると思うのだが、それだけ彼女が混乱しているということなのかもしれない。
彼女が自分に興味がないからというありえそうな理由には気づかないことにして、私は再び彼女の姿を追った。
自分の部屋へと案内してくれた彼女は私を通すと、マナーを守って部屋のドアを少し開けたままにした。
今さらとこちらとしては思わなくもないが、彼女は気づいていないのだ。
婚約者が相手とはいえ未婚の女性としては当然の配慮だろう。
だがそんなリディを見て、やはり彼女に欠けているのは『男女の作法』のみなのだと確信した。
「私の部屋です。特に面白いものなどございませんが……」
彼女の部屋は、二間続きだった。
案内してくれたこの部屋が生活空間で、奥の部屋が寝室なのだろう。
大きめのソファに座り彼女と二人向かい合う。
彼女がこの空間で生活しているのだと思えば、何もかも新鮮に思えた。
「リディがここで生活していると思うだけでも、私には興味深いです」
「……そうですか」
正直な感想を述べたのだが、あまり本気には取ってもらえなかったようだ。
改めて彼女を観察する。
印象的なアメジストの瞳に、艶やかな茶色い髪の毛。
しゃんと背筋を伸ばした姿は見惚れるほどに美しく私を惹きつけて離さない。
惚れ直すと同時に、昨夜の彼女の痴態を思い出して下半身が熱をもった。
慌てて思考を切り替える。房中油濕巾
それでも彼女から目が離せない。
恋とはこういうものかと思いつつ、お茶の用意にやってきた召使が頭を下げて出ていくまでの間、彼女が無言なのをいいことにうっとりと見つめ続けた。
だが、幸せな時間は長くは続かなかった。
召使が出ていくなり突然彼女が思いつめた顔で立ち上がったのだ。
「で……殿下!!」
「何ですか?リディ」
どもりながらも私を呼ぶリディに、微笑みながら返事をする。
ああ、どんな表情でも可愛い。
叶う事なら、早くフリードと呼んでくれないだろうか。
「わ……私、殿下に大事なお話があります!!」
彼女を見つめ笑みを浮かべていると、彼女は唐突にそう述べた。
話の内容は予測済みだ。どうぞと、話の続きを促した。
何せこれを防ぐために、わざわざ宰相とともにやってきたのだから。
彼女は真剣な顔をすると、自分に気合を入れるように口を開いた。
彼女にとっては一生の問題なのだろう。
必死さが伝わってくるが、こちらも当然逃がす気はない。
「わ、私、殿下とは結婚できません!!」
……分かっていても、聞きたくない言葉だ。
……うん、でもごめんね。
それはできないんだ。諦めて?
彼の反撃
言葉を発した後、答えない私に耐え切れなくなったリディは俯いた。
彼女の心の内が手に取るようにわかる。私がどう言うのか不安で仕方がないのだろう。
様子を窺っているのが丸わかりの態度に、どうしようかなとわざとワンテンポ置く。
「……理由を聞いても?」
彼女に最早逃げ道などないことは分かっている。
その余裕から微笑みを保ったまま、理由を問うた。
そうすればあからさまにほっとした表情をし、神妙に膝をつく。
何をする気なのは大体予想はつくが、とりあえずはリディの好きなようにさせてあげよう。
そう思い、彼女の話を聞くことにする。
悲壮感を漂わせながらも父親は悪くないから責めないでほしいと、自分が全ての責を負うと言うリディに、そこまで思いつめる必要はないのにと思う。
もし、と考える。婚約者が彼女ではなく別の女性だったとして。同じことをしてきた場合私はどうするだろうか。
意に沿わない婚約を回避できたと喜ぶか、それともよくも馬鹿にしてくれたなと激昂するか……。
結論は簡単だった。何とも思わない。
昨日の夕食の内容よりもあっさり忘れてしまうだろう。そんな自分が簡単に想像できる。
当然、責を負わせるなんてそんな面倒なこともするはずがない。
だが、リディとなれば話は別だ。そんな結末許せるはずがなかった。
いや、違うな。そんな状況に陥らせない、が正解だ。
「仰々しい話ですが、いいでしょう。これから先は、リディと私だけの話という事にします」
「ありがとうございます」
「それで?結婚できないとはどういうことです?」
内心は綺麗に隠して、リディに問う。
まずは彼女に全て胸の内を吐いてもらって、話はそれからだ。
「お恥ずかしい話なのですが、私は殿下と結婚できる資格を有しておりません」
「資格?貴女は筆頭公爵令嬢で、年も若く美しい。何よりこの私が貴女を欲している。何も問題はないように思いますが?」
「お戯れを、殿下。私にそのような価値などございません。殿下には大変申し訳ないのですが、私……その……」
一生懸命私に伝えようとしたリディが、急に言い淀んだ。
『処女ではない』とは流石に言い辛かったのだろう。大胆な行動の割に、些細な事を躊躇する彼女が可愛いと思った。
そんなリディに微笑みながらも、手助けをしてやる。樂翻天
「……もしかして、貴女は処女おとめではない。そう言っていますか?」
そう確認するように言えば、物凄い勢いでこくこくと頷いてきた。
ああ、もう分かっているからそんな可愛い仕草で私を煽らないでくれるかな。
「そうです。言い訳にしかなりませんが、本当は本日中にでも父が帰宅した折に、その話をしようと思っておりました。殿下と婚姻を結ぶ資格もない私が、殿下にお名前を名乗らせてしまうなどという失態。本当に申し開きようもございません。お叱りは幾重にもお受けいたします」
一通り彼女の言い分を聞いて、つい『危なかった』と声が漏れた。
一日でも遅れていたら、間違いなく面倒な事になっていた。
だが、間に合ったのだからもういい。
おそらく、彼女の策はここまでだ。
私は十分待った。
……もう、捕まえてしまってもいいよね?
「気にする必要はありません、全く問題ありませんから」
「は?」
にっこり笑い、そう言い切るとリディの目が点になった。
予想外だったのだろう。必死になって如何に処女性が大事かを訴えてくる。
うん、まあそれはそうなんだけどね。結果として貴女の処女は私が貰ったのだし、儀式は完了しているから何も問題ないんだよ。
言葉にはせず苦笑しながら、リディの言葉を聞いた。
「殿下!!」
泣きそうな顔で声を荒げるが、私は引かない。
「婚約は解消しません」
「だから、何故です!!私は処女おとめではないと言っているのです。王族との結婚は処女おとめであることが何よりも求められます。私よりも貴方の方がよっぽど分かっているはずでしょう!?」
リディの強い言葉に思わず吹き出す。
ああ、彼女だなあと怒られながらも思ってしまった。彼女のこういうはっきりとしたところがたまらない。
「ふふっ……」
「何がおかしいのですか!!」
「ごめんごめん」
怒りに打ち震えるリディに謝って立ち上がる。
もう、限界だ。
今度こそ、彼女を手に入れる。そして二度と逃がさない。
自然な動作で彼女の方へと移動する。
警戒しつつも、此方の様子をうかがうだけのリディを立ち上がらせた。
そしてそのまま抱きしめる。
「殿下!?」
「あー、ようやく捕まえた」
「は?」
今朝方ぶりの彼女の柔らかい感触に息を吐く。
腕の中で暴れるリディの抵抗を封じ込め、抱きしめる力を強くした。
彼女の甘い匂いに心が歓喜に打ち震える。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃないか。責任は取るって何度も言ったでしょう?……貴女の処女おとめは間違いなく私が貰ったのだから何も問題はないよ。そのことは誰よりも私が一番よく知ってる。誰にも文句は言わせない」プロコミルスプレーprocomil spray
そろそろ私の正体に気づいてもらうため、わざと普段の口調に戻せばみるみるリディは青ざめていった。
……分かってくれただろうか。
それでも駄目押しとばかりに彼女の耳元で囁いた。
「酷いよ。目が覚めたら、求婚して城に連れて帰ろうと思っていたのに。さっさと私を置いて帰ってしまうんだもの。抱きしめていたはずの貴女は何故か枕に変わっているし……ねえ?ダイアナ」
腕の中で完全に固まってしまったリディの反応を楽しみつつ、私は言葉を続ける。
「あなたを探すのは大変だったよ。だって何も教えてくれないのだからね」
「……ア……ポロ?」
ようやく昨日自分を抱いた男が誰なのか分かったのだろう。
恐る恐る尋ねてくる彼女に正解だよといい、腕に力を込めた。
それでもまだ信じられないという顔をしている彼女に、1つずつネタ晴らしをしていく。
その度にショックを受けていくリディを宥めるように、小さなキスをいくつも落とした。
「ちょ……やめ……」
「つれないなあ。昨日はあんなに情熱的に愛し合ったっていうのに。ねえ、どうして貴女みたいな人があんな夜会に来たの?」
予測はつくが一応彼女の供述も聞こうと、この機会に尋ねておく。
暴れる彼女の可愛い抵抗は封じておく。
悔しさに顔を歪めながら私を睨みつけたリディは、被っていた猫を取り払った。
「……貴方と結婚したくないから、手っ取り早く処女喪失しようと思っただけです!!それで後腐れなさそうな遊び人の噂を思い出したから……」
「やっぱりそれが目的か。……それであんな風に誘いに乗ってきたんだね。まあ目的は私だったみたいだから今回は許してあげるけど。……二度は許さないよ?」
思った通りの理由に、だけど彼女の口からでた言葉に怒りが込み上げる。
今回は私が相手だったからよかったものの、やはり別の誰かという可能性だってあったわけだ。自分以外の男とだなんて思う事すら許せそうもない。
嫉妬に焼き切れそうな思いでリディを見ると、気まずげに視線を逸らされた。
「……私とあなたの関係はあれで終わりです。二度なんてありません」
「やだなあ。私たちは正式な婚約者じゃないか」
「だからそれは解消すると!!」
リディがそう言葉にした瞬間、自分でもわかるくらい酷く残忍な気分になった。
馬鹿な事をいう彼女をどう懲らしめてやろうか。そんな想いが頭の中を支配する。
「……同意しないよ。当たり前じゃないか。夜会で一目ぼれした彼女が、自分が探し求めていた理想そのものだったんだよ。しかもすでに自分の婚約者。こんなおいしい状況、私が見逃すはずがない。……絶対に逃がさない」
そう宣言して、彼女を捉える。
「理想って何」と尋ねるリディには答えない。
『男女の作法』という言葉さえ知らない彼女が知る必要はない。
さらりと話題を変える。
「でもさ、筆頭公爵令嬢の貴女と、王太子である私が今まで一度も会ったことがないだなんておかしな話だよね……」
どうせ彼女が一枚噛んでいたんだろうと思い話題を振ってみた。
「宰相は貴女と私を会わせたかったみたいだし、実際何度もセッティングはされた。なのに今まで一度も実行されたことはなかった。どういうことかな?」
そう聞けば、リディはもうどうでもいいと苦々しげに口を開いた。
「……父が私の夫に殿下を望んでいたことは知っています。私にできる、ありとあらゆる手段を使って逃げました」
「じゃあ、病弱という話も嘘?」
「病気なんてほとんどかかったことがありません」
どうやら、全て彼女の策略だったらしい。
しかしそこまでされると、本気でへこむ。
思わず天を仰ぎながらつぶやいた。
「参った、私はそこまで嫌われていたの?」早漏克星
そう言い残し、宰相は屋敷へと入って行った。
彼女の名を呼ぶ声が聞こえる。印度神油
「リディ!リディ!!」
宰相が呼ぶその名前は彼女の愛称なのだろう。自分も是非呼びたいものだと思う。
彼女の名前を聞き、待ちきれなくなってしまった私は宰相の後を追うことにした。
ゆっくりと歩いていくと召使たちが私の姿を見て、次々と頭を下げる。
すでに宰相から話を聞いているのだろう。よくしつけられた召使の態度に、流石だなと感心した。
そうして玄関ホールに入り、辺りを見回す。
私の正面に宰相の後ろ姿が見えた。そちらへ歩みを進める。
と、ふいに視線を感じ、自然と顔をそちらへ向けた。
――――ああ、彼女だ。
目が合ったのは、まさしく今朝逃げられてしまった彼女だった。
紫色の目を大きく見開き、信じられないという表情をしている。
彼女の姿を目にすると同時に、私の中で愛しさが膨れ上がった。
歓びに口元が緩む。
仮面越しではない彼女の姿に心が満たされた。
無粋な仮面を取った彼女は昨夜みたままに美しく、あっという間に私の心を奪っていく。
嗚呼、今すぐ彼女を抱きしめたい。
宰相が私を来た事を彼女に告げてくれるが、それも耳には入っていなかった。
ただ彼女を陶然とみつめていた。
「……王太子殿下?」
彼女の紡ぐ声に我に返る。話しかけられたことは嬉しいが、呼ばれた名称には眉がよった。
無粋だな、と暗然とする。
そんな誰もが呼ぶ名称ではなく、私の名前を呼んでほしい。
ずっとそう願っているというのに。
柔らかな甘い声で『フリード』と、愛しい彼女にだけ呼ばれたいのだ。
我慢できなくなった私は、即座にその思いを実行に移した。
彼女の前に移動し、愛を乞うように跪く。何の躊躇いもなかった。
「初めまして、愛しい姫。私の名は、フリードリヒ・ファン・デ・ラ・ヴィルヘルム。今回貴女とこうして婚約の運びに至ったことをとても嬉しく思います。一度お顔を拝見したいと思い、こうして先触れもなく来てしまいましたが、ご迷惑でしたか?」
そうだ、私はこうしたかったのだ。
彼女に求婚し、会心の笑みを浮かべる。
すでに私たちは婚約者だという立場ではあるが、彼女は私がこの婚姻に対しどう思っているのか分からないはずだ。
私の明確な意思を理解してもらう為にも、宰相のいるこの場での求婚は意味があるものだと思えた。
実際宰相は、私の本気を目の当たりにして目頭を熱くさせていた。
彼女はまさか私がそうでるとは思っていなかったのだろう。
私を見つめたまま石のように固まってしまっていた。
そんな娘を父親が咎めるように急かす。
父親の責めるような視線に負け、彼女はものすごく不本意そうに私に応えた。
「……そんな、迷惑だなんて。恐れ多い事です、王太子殿下。私はリディアナ・フォン・ヴィヴォワールと申します」
宰相、協力に感謝する!!
例え不本意だろうが、彼女から求婚の承諾を得た事が嬉しくて仕方ない。
渋々差し出してきた手をとり、そのすべすべとした甲にキスをした。
これで婚約は完璧に成立した――――!!
喜悦の表情で、私はさらに自分の望みを告げる。
「ありがとう。私の事はフリードと呼んで下さい。リディアナ姫。貴女の事はリディと呼んでも?」
「どうぞ、殿下のお好きに」
彼女からは、名前で呼ぶものかという気迫が伝わってくる。
それに気づけども、可愛らしい抵抗にしか思えず、正直笑みしか浮かばない。
少なくとも、彼女をリディと愛称で呼ぶ許可は取った。
今はそれだけでも構わない。男宝(ナンパオ)
「照れているのですか?愛しいリディ。今はいいですが、そのうちフリードとその可愛らしい声で呼んで下さいね」
私のお願いに震える彼女にもう一度微笑みかけ、宰相に声を掛けた。
「宰相、私はリディと二人だけで話がしたいのだけどいいかな?」
その言葉に目の前のリディが強く反応するも、宰相は私の目をみて頷いた。
先ほどの求婚によって、彼の私に対する信頼はかなり高まったようだ。
二人きりにして欲しいという望みをあっさりと許可してくれた。
「勿論ですとも。では、どちらにご案内いたしましょう?我が屋敷の応接室などでしたら、殿下もご不快な思いをされないかと存じますが」
「私はリディの部屋をみてみたいな」
急な展開について行けず、目を白黒させるリディを放って宰相と話をつける。
やはり、事前に根回しをしておいて正解だった。
彼の協力なしにはこの展開には到底持ち込めなかっただろう。
「左様ですか。殿下のお心のままに。……ではリディ。くれぐれも王太子殿下に失礼のないようにな」
「……はい、お父様」
がっくりと肩を落とす彼女に、笑いが込み上げる。
嫌々部屋へと案内する彼女の後に続き、その背中を追った。
小さなため息が聞こえる。
そんな彼女の様子に、つい声を掛けてしまった。
「ため息なんてついてどうしました?リディ。貴女の美しい顔にそんな憂いの表情なんて似合いません。どうか笑ってください」
「殿下……」
複雑な顔をして私をみるリディは、何でもありませんと首を振った。
……しかし先ほどから不思議で仕方ないのだが、彼女は全く私に気が付いていないようだ。
下手をすれば玄関で会った時にでも反応されるかもしれないと思っていたのだが、ここまで気づかれないと逆に感心する。
髪の色は仕方ないにしても、声は変えていない。
あれだけ長い時間、話しをし、共に過ごしたのだ。気づく可能性は十分あると思うのだが、それだけ彼女が混乱しているということなのかもしれない。
彼女が自分に興味がないからというありえそうな理由には気づかないことにして、私は再び彼女の姿を追った。
自分の部屋へと案内してくれた彼女は私を通すと、マナーを守って部屋のドアを少し開けたままにした。
今さらとこちらとしては思わなくもないが、彼女は気づいていないのだ。
婚約者が相手とはいえ未婚の女性としては当然の配慮だろう。
だがそんなリディを見て、やはり彼女に欠けているのは『男女の作法』のみなのだと確信した。
「私の部屋です。特に面白いものなどございませんが……」
彼女の部屋は、二間続きだった。
案内してくれたこの部屋が生活空間で、奥の部屋が寝室なのだろう。
大きめのソファに座り彼女と二人向かい合う。
彼女がこの空間で生活しているのだと思えば、何もかも新鮮に思えた。
「リディがここで生活していると思うだけでも、私には興味深いです」
「……そうですか」
正直な感想を述べたのだが、あまり本気には取ってもらえなかったようだ。
改めて彼女を観察する。
印象的なアメジストの瞳に、艶やかな茶色い髪の毛。
しゃんと背筋を伸ばした姿は見惚れるほどに美しく私を惹きつけて離さない。
惚れ直すと同時に、昨夜の彼女の痴態を思い出して下半身が熱をもった。
慌てて思考を切り替える。房中油濕巾
それでも彼女から目が離せない。
恋とはこういうものかと思いつつ、お茶の用意にやってきた召使が頭を下げて出ていくまでの間、彼女が無言なのをいいことにうっとりと見つめ続けた。
だが、幸せな時間は長くは続かなかった。
召使が出ていくなり突然彼女が思いつめた顔で立ち上がったのだ。
「で……殿下!!」
「何ですか?リディ」
どもりながらも私を呼ぶリディに、微笑みながら返事をする。
ああ、どんな表情でも可愛い。
叶う事なら、早くフリードと呼んでくれないだろうか。
「わ……私、殿下に大事なお話があります!!」
彼女を見つめ笑みを浮かべていると、彼女は唐突にそう述べた。
話の内容は予測済みだ。どうぞと、話の続きを促した。
何せこれを防ぐために、わざわざ宰相とともにやってきたのだから。
彼女は真剣な顔をすると、自分に気合を入れるように口を開いた。
彼女にとっては一生の問題なのだろう。
必死さが伝わってくるが、こちらも当然逃がす気はない。
「わ、私、殿下とは結婚できません!!」
……分かっていても、聞きたくない言葉だ。
……うん、でもごめんね。
それはできないんだ。諦めて?
彼の反撃
言葉を発した後、答えない私に耐え切れなくなったリディは俯いた。
彼女の心の内が手に取るようにわかる。私がどう言うのか不安で仕方がないのだろう。
様子を窺っているのが丸わかりの態度に、どうしようかなとわざとワンテンポ置く。
「……理由を聞いても?」
彼女に最早逃げ道などないことは分かっている。
その余裕から微笑みを保ったまま、理由を問うた。
そうすればあからさまにほっとした表情をし、神妙に膝をつく。
何をする気なのは大体予想はつくが、とりあえずはリディの好きなようにさせてあげよう。
そう思い、彼女の話を聞くことにする。
悲壮感を漂わせながらも父親は悪くないから責めないでほしいと、自分が全ての責を負うと言うリディに、そこまで思いつめる必要はないのにと思う。
もし、と考える。婚約者が彼女ではなく別の女性だったとして。同じことをしてきた場合私はどうするだろうか。
意に沿わない婚約を回避できたと喜ぶか、それともよくも馬鹿にしてくれたなと激昂するか……。
結論は簡単だった。何とも思わない。
昨日の夕食の内容よりもあっさり忘れてしまうだろう。そんな自分が簡単に想像できる。
当然、責を負わせるなんてそんな面倒なこともするはずがない。
だが、リディとなれば話は別だ。そんな結末許せるはずがなかった。
いや、違うな。そんな状況に陥らせない、が正解だ。
「仰々しい話ですが、いいでしょう。これから先は、リディと私だけの話という事にします」
「ありがとうございます」
「それで?結婚できないとはどういうことです?」
内心は綺麗に隠して、リディに問う。
まずは彼女に全て胸の内を吐いてもらって、話はそれからだ。
「お恥ずかしい話なのですが、私は殿下と結婚できる資格を有しておりません」
「資格?貴女は筆頭公爵令嬢で、年も若く美しい。何よりこの私が貴女を欲している。何も問題はないように思いますが?」
「お戯れを、殿下。私にそのような価値などございません。殿下には大変申し訳ないのですが、私……その……」
一生懸命私に伝えようとしたリディが、急に言い淀んだ。
『処女ではない』とは流石に言い辛かったのだろう。大胆な行動の割に、些細な事を躊躇する彼女が可愛いと思った。
そんなリディに微笑みながらも、手助けをしてやる。樂翻天
「……もしかして、貴女は処女おとめではない。そう言っていますか?」
そう確認するように言えば、物凄い勢いでこくこくと頷いてきた。
ああ、もう分かっているからそんな可愛い仕草で私を煽らないでくれるかな。
「そうです。言い訳にしかなりませんが、本当は本日中にでも父が帰宅した折に、その話をしようと思っておりました。殿下と婚姻を結ぶ資格もない私が、殿下にお名前を名乗らせてしまうなどという失態。本当に申し開きようもございません。お叱りは幾重にもお受けいたします」
一通り彼女の言い分を聞いて、つい『危なかった』と声が漏れた。
一日でも遅れていたら、間違いなく面倒な事になっていた。
だが、間に合ったのだからもういい。
おそらく、彼女の策はここまでだ。
私は十分待った。
……もう、捕まえてしまってもいいよね?
「気にする必要はありません、全く問題ありませんから」
「は?」
にっこり笑い、そう言い切るとリディの目が点になった。
予想外だったのだろう。必死になって如何に処女性が大事かを訴えてくる。
うん、まあそれはそうなんだけどね。結果として貴女の処女は私が貰ったのだし、儀式は完了しているから何も問題ないんだよ。
言葉にはせず苦笑しながら、リディの言葉を聞いた。
「殿下!!」
泣きそうな顔で声を荒げるが、私は引かない。
「婚約は解消しません」
「だから、何故です!!私は処女おとめではないと言っているのです。王族との結婚は処女おとめであることが何よりも求められます。私よりも貴方の方がよっぽど分かっているはずでしょう!?」
リディの強い言葉に思わず吹き出す。
ああ、彼女だなあと怒られながらも思ってしまった。彼女のこういうはっきりとしたところがたまらない。
「ふふっ……」
「何がおかしいのですか!!」
「ごめんごめん」
怒りに打ち震えるリディに謝って立ち上がる。
もう、限界だ。
今度こそ、彼女を手に入れる。そして二度と逃がさない。
自然な動作で彼女の方へと移動する。
警戒しつつも、此方の様子をうかがうだけのリディを立ち上がらせた。
そしてそのまま抱きしめる。
「殿下!?」
「あー、ようやく捕まえた」
「は?」
今朝方ぶりの彼女の柔らかい感触に息を吐く。
腕の中で暴れるリディの抵抗を封じ込め、抱きしめる力を強くした。
彼女の甘い匂いに心が歓喜に打ち震える。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃないか。責任は取るって何度も言ったでしょう?……貴女の処女おとめは間違いなく私が貰ったのだから何も問題はないよ。そのことは誰よりも私が一番よく知ってる。誰にも文句は言わせない」プロコミルスプレーprocomil spray
そろそろ私の正体に気づいてもらうため、わざと普段の口調に戻せばみるみるリディは青ざめていった。
……分かってくれただろうか。
それでも駄目押しとばかりに彼女の耳元で囁いた。
「酷いよ。目が覚めたら、求婚して城に連れて帰ろうと思っていたのに。さっさと私を置いて帰ってしまうんだもの。抱きしめていたはずの貴女は何故か枕に変わっているし……ねえ?ダイアナ」
腕の中で完全に固まってしまったリディの反応を楽しみつつ、私は言葉を続ける。
「あなたを探すのは大変だったよ。だって何も教えてくれないのだからね」
「……ア……ポロ?」
ようやく昨日自分を抱いた男が誰なのか分かったのだろう。
恐る恐る尋ねてくる彼女に正解だよといい、腕に力を込めた。
それでもまだ信じられないという顔をしている彼女に、1つずつネタ晴らしをしていく。
その度にショックを受けていくリディを宥めるように、小さなキスをいくつも落とした。
「ちょ……やめ……」
「つれないなあ。昨日はあんなに情熱的に愛し合ったっていうのに。ねえ、どうして貴女みたいな人があんな夜会に来たの?」
予測はつくが一応彼女の供述も聞こうと、この機会に尋ねておく。
暴れる彼女の可愛い抵抗は封じておく。
悔しさに顔を歪めながら私を睨みつけたリディは、被っていた猫を取り払った。
「……貴方と結婚したくないから、手っ取り早く処女喪失しようと思っただけです!!それで後腐れなさそうな遊び人の噂を思い出したから……」
「やっぱりそれが目的か。……それであんな風に誘いに乗ってきたんだね。まあ目的は私だったみたいだから今回は許してあげるけど。……二度は許さないよ?」
思った通りの理由に、だけど彼女の口からでた言葉に怒りが込み上げる。
今回は私が相手だったからよかったものの、やはり別の誰かという可能性だってあったわけだ。自分以外の男とだなんて思う事すら許せそうもない。
嫉妬に焼き切れそうな思いでリディを見ると、気まずげに視線を逸らされた。
「……私とあなたの関係はあれで終わりです。二度なんてありません」
「やだなあ。私たちは正式な婚約者じゃないか」
「だからそれは解消すると!!」
リディがそう言葉にした瞬間、自分でもわかるくらい酷く残忍な気分になった。
馬鹿な事をいう彼女をどう懲らしめてやろうか。そんな想いが頭の中を支配する。
「……同意しないよ。当たり前じゃないか。夜会で一目ぼれした彼女が、自分が探し求めていた理想そのものだったんだよ。しかもすでに自分の婚約者。こんなおいしい状況、私が見逃すはずがない。……絶対に逃がさない」
そう宣言して、彼女を捉える。
「理想って何」と尋ねるリディには答えない。
『男女の作法』という言葉さえ知らない彼女が知る必要はない。
さらりと話題を変える。
「でもさ、筆頭公爵令嬢の貴女と、王太子である私が今まで一度も会ったことがないだなんておかしな話だよね……」
どうせ彼女が一枚噛んでいたんだろうと思い話題を振ってみた。
「宰相は貴女と私を会わせたかったみたいだし、実際何度もセッティングはされた。なのに今まで一度も実行されたことはなかった。どういうことかな?」
そう聞けば、リディはもうどうでもいいと苦々しげに口を開いた。
「……父が私の夫に殿下を望んでいたことは知っています。私にできる、ありとあらゆる手段を使って逃げました」
「じゃあ、病弱という話も嘘?」
「病気なんてほとんどかかったことがありません」
どうやら、全て彼女の策略だったらしい。
しかしそこまでされると、本気でへこむ。
思わず天を仰ぎながらつぶやいた。
「参った、私はそこまで嫌われていたの?」早漏克星
2015年9月2日星期三
殿下と騎士と贈り物
「今年もこの時がやってきたか……」
アルフォンソ・ヨハネス・イル・デ・サヴィアーはこの国の王太子である。
濃い緋色の髪に、金にも見える鮮やかな琥珀色の瞳。王家の紋章である“月喰らう狼”に相応しい精悍な整った面差しは、自然と滲み出る高貴さによってさらに近づきがたくなっていた。SLEEK 情愛芳香劑 RUSH 正品
執務室の窓際に一人佇む姿は一幅の絵のように美しく、見る者がいないのが惜しいほどだ。いつもは自信に満ちている若い王太子が今はわずかに眉宇を寄せて憂いを漂わせているため、そこはかとない色香が漂ってさえいた。
執務室の静寂を、無造作なノックが破る。
艶やかな鳶色の長髪に、目尻の下がった甘い美貌、清廉なはずの騎士服を軽く着崩した青年は、この絵のような一室に入り込んでも違和感はない。
「アルー、王宮騎士団の来年の予算のことで、相談なんだけどさぁ」
「後にしろ、ラウレンツ。私は忙しい」
侍従を通しもせず、王太子の執務室にずかずかと入ってきたラウレンツを、アルフォンソは見もしないで切って捨てた。
それでも、生まれた時からの付き合いである乳兄弟は気にも留めない。
「いやいや、一人で枯れた庭を見てたそがれてる場合じゃないって。財務長官が今年は早く提出しろってうるさくてさ。去年、騎士一人につき可愛い侍女二人つけるならこの程度の予算になりますって出したのを根に持ってるんだよ、あのオッサン。あんなの冗談にきまってるのに」
「だ・ま・れ。後にしろと言ったのが聞こえなかったのか?」
アルフォンソは痺れを切らしたように振り返り、じろりと鋭い眼光を向ける。
「だいたい、あれはお前が全面的に悪い。あのふざけた試算表を、完璧に書式を整えて提出するなど手が込み過ぎて嫌味だ。あれで別に正式書類があるとは思わないだろう」
「すっごい時間かかったんだよねぇ、あれ。ちょっとしたお茶目ってやつ?」
「二通り予算を作るほど暇があるお前と違って、私は忙しい」
アルフォンソは窓際から離れ、重厚な執務机の前の椅子にどっかりと座った。
机の上に広がったものを見て、ラウレンツは生ぬるい目付きになる。
「一応聞くけど、何で忙しいって? 騎士団の予算編成より重要なことだよね?」
「無論。―――来月はフィリィの誕生日だ。もう時間がない」
広い机の上には、若い娘が好みそうな小物から家宝級の宝石類まで、様々な商品を掲載した冊子が何冊も広がっている。
中には“若い女性へのプレゼントに大変好まれています”という煽り文句がある商品に丸印がついていたりするので、何をしていたかは明白だ。
整った顔に苦悩を滲ませた主君を、ラウレンツは鼻で笑う。
「こんなところで悩んでる前に、本人に向かって愛称で呼べるぐらい仲良くなって、誕生日に欲しい物を聞けばいいのに。裏では勝手に愛称で呼んでるくせにさ」
「……う、うるさい。別に呼ぶ機会がないだけで、私達は愛称で呼び合える関係だ。なにしろ、六歳の時からの付き合いなのだからな」
「フィリアちゃんは『殿下』って呼んでるよね」
「フィリィは奥ゆかしいのだ。私の身分をはばかって、控えているだけだ」
そう、ラ・ローヴェ公爵令嬢であるフィリアは幼い頃から利発で、白薔薇のような華やかで可憐な美貌の令嬢であるにもかかわらず、非常に控え目な少女だった。何しろ、両親が友人同士であり、幼い頃から一番王太子に近い場所にいるにもかかわらず、決してその立場を誇示しようとはしない。
そもそも次の誕生日には十八歳になろうかというのに、貴族の社交場にめったに姿を見せないのだ。ゆえにその身分にも関わらずあまり噂にも上らず、王太子が昔からこの令嬢に思いを寄せていることを知っているのは、ごく一部の人間だけだった。
その一人であるラウレンツは、自分が仕えるべき主君を憐れみの目で見る。
「まぁ、妄想だけは自由だし」
「お前、たいがい無礼だが、その前にお前こそ『フィリアちゃん』などとふざけた呼び方をするな」
聞き流したように見えたが実は引っかかっていたらしいアルフォンソは、不快そうに机を指で叩く。
「あれは将来王太子妃になるのだから、軽々しい扱いをしてもらっては困る。レディ・フィリアか、ラ・ローヴェ公爵令嬢と呼べ」
「婚約どころか恋人でもないアルに言われる理由はないよー。だって俺、フィリアちゃん本人に許可もらってるし」
「なんだとっ?」
自分ですら何カ月も話どころか顔も見ていないのに、と顔色を変えるアルフォンソに、ラウレンツは実にいい笑顔を向けた。
「一月ぐらい前かな。親父の名代でラ・ローヴェ公爵に会いにいって、閣下が約束の時間に遅れるとかで、その間相手してもらってたんだ。いやぁ、可愛いかったな、フィリアちゃん」
「私は聞いてない!」
「そりゃ実家の用事だし、アルに報告するまでもないよね?」
「くっ……」
ラウレンツの言い分は正しいが、絶対に一番効果的な場面で言うタイミングを狙っていただけだ。
「俺、ちゃんと喋ったの初めてだったけどさ、いいよねフィリアちゃん。美人なのはもちろんだけど、そのへんのお嬢さんみたいに騒がしくなして、落ち着いてしっとりしててさ。何より巨乳だし。同い年に興味なかったけど、いっちゃおうかなぁ」
「ふざけるな。絶対にフィリィに近づくことは許さぬ!」魔鬼天使性欲粉(Muira Puama)強力催情
「でもさぁ、俺とフィリアちゃんはお互いに婚約者もいない独身で、俺は一応伯爵家の長男だけど弟がいるから公爵家に婿入りするのも問題ないし、アルよりずっと似合いで好条件な相手だと思うけどな」
アルフォンソは怒りのあまり声も出ないようで、拳を握りしめている。
確かに、ラウレンツの言う事が正しい。アルフォンソの場合、結婚するには必ず相手が王家に輿入れしなければならない。フィリアは身分的な問題はないが一人娘で、王太子妃になった場合に公爵家の家督をどうするかという問題が発生する。
それだけでなく、あの娘を溺愛している公爵が、王家とはいえ娘を家から出すかどうか。
「……だがっ、お前のように節操のない男は、フィリィに相応しくないし公も認めぬ」
「それってアルに言われたくないなぁ。フィリアちゃんの手も握れないくせに、性欲処理だけはきっちりやってるんだから」
もはや返す言葉もなく、沈黙するしかない。
好きな相手フィリアの前に出ると、なぜか持ち前の傲慢さに磨きがかかって彼女を臣下のように扱ってしまうアルフォンソ。互いの幼少期を知っているせいもあって、淑女扱いをするのが気恥ずかしく、ましてや口説くような真似ができるはずもない。
ただ女の扱いを知らないわけではなく、むしろその身分と美貌もあってどんな女性でも思い通りにできるアルフォンソは、思春期から相手に不自由したことがない。
王太子と言う立場がら大っぴらな遊びはしていないし、近くにラウレンツという名うての女たらしがいるせいで目立たないが、十八歳の青年らしい欲求はきちんと発散しているのである。
問題のない相手を選んでいるが、面倒になりそうな時はラウレンツが引き受けて相手をしているので、その手の事は筒抜けだし、この点に関してはアルフォンソは強く出られない。
主君を言い込めて満足したらしいラウレンツは、ようやく本題に戻った。
「ところで、プレゼントだけどさ」
ラウレンツが『王都の令嬢の間で大人気!』と書かれたアクセサリーが紹介された冊子を手に取り、ぱらぱらとめくる。
「この前思ったんだけど、フィリアちゃんってちょっと変わってるよね。こういう普通のお嬢様が喜びそうなものって、あんまり喜ばないんじゃないかなぁ」
「いや、だがいつも流行にのったものを身につけているし、部屋も若い娘らしいもので溢れているからな。当然、こういったものは好きなはずだ」
お前は知らないだろうが、とちょっと優越感を滲ませるアルフォンソ。
ラウレンツは気にした様子もなく、次々と冊子をめくりながら首を傾げる。
「でも、あれって公爵の趣味でしょ。毎日のように服やら靴やら届いて困るって言ってたし。彼女の部屋が少女趣味全開なのもそのせいらしいよ」
「……なんだと。何故私が知らないことをお前が知っているのだ」
「そりゃ、フィリアちゃんとおしゃべりしたからね」
話が弾んだよ、とおざなりに返すラウレンツに、アルフォンソはショックを受けて固まっている。
十年来の付き合いである自分も知らないことを、たった一月前に一度話しただけのラウレンツが知っていたのだから、愕然とするのも当然だ。
今度は特に意図したわけでもなく主君をどん底にヘコませた臣下は、全く気にとめていない。
「うちの母親に聞いたら、どうも公爵自らデザインの指示をすることもあるみたいで、ここ数年は、フィリアちゃんのために公爵が作ったドレスの形がその年の若いお嬢さん方の流行りになってるみたいだよ」
「……初耳だ」
「俺としては、アルが知らないのが驚きだよ。うちの母親より、王妃様のほうがよっぽどその辺の事情は詳しいのに」
公爵とアルフォンソの父である国王は友人だが、母である王妃はフィリアの生母の親友だった。亡き友の忘れ形見を気にかけている王妃なら、もちろんそのことは知っているだろう。
「毎年この時期になるとプレゼントに悩んで大騒ぎしてるくせに、王妃殿下から教えてもらわなかったわけ?」
「母に助けを乞うわけにはいかぬ。私がフィリィに贈るのだから、私が考えたものでなければ」
「……まったく、へんなところで頭が固いんだから。てゆうか、フィリアちゃんに関してだけは思考が斜め上にいくのか」
「いい加減無礼だぞ、ラウ」
「はいはい、大変ご無礼を仕つかまつりましたー」
同い年だが年下をいなすようなラウレンツ。
どんなに軽口を叩いていてもアルフォンソは絶対的な主君であり、普段の彼ははそれに相応しい鋭気溢れる青年であるのだが、フィリアに関することでは同年代の青年と同じかそれよりはるかに使えなくなるので、扱いが軽い。
「真面目な話、女性にプレゼントを贈るのに情報収集は欠かせないよ。趣味を把握していても、似たような物をすでに持ってるかもしれないし、それってもらって一番微妙なパターンでしょ」
「それは最もだが…」
「本当は相手の侍女あたりに探りを入れられるといいんだけど、公爵家の使用人は守りが堅いので有名だし。やっぱり王妃様に相談したら?」
「恐らく母は無理だ。フィリィのことでは邪魔も協力もしないと明言されている」
「あぁ、王妃様なら言いそう。好きな女ぐらい自分で口説き落とせ、って?」
まさしくその通りだ。
アルフォンソの母である現王妃を一言で言うなら「男前」で、政治に関しては廷臣たちから王と同様の信頼を置かれており、社交界では名だたる紳士貴公子を押さえて淑女たちから断トツの人気を誇っている。
息子に対しても父王以上に厳しく教育しており、こと「男らしくない」と「紳士らしからぬ」行為に対しては鉄拳制裁が飛んでくる。RUSH PUSH 芳香劑
アルフォンソとフィリアが他に釣り合う相手も見当たらないのに婚約すらしていないのは、公爵の妨害以上に王妃の意向があるからだ。王家の威を振るえば例え公爵家とて従わざるを得ないのに、アルフォンソの力でフィリアの同意を取り付けるまでは婚約はならん、というわけだ。
「……流行りのものがだめなら、ますます打つ手がない。今年は絶対に失敗できないのだが」
「十八だもんね、俺たち」
十八歳といえば、正式に成人と認められる年齢だ。
未成年は親の後見がなければ婚約も婚姻も無効になるが、十八歳になってしまえば必要はない。教会に駆け込みさえすれば自分の意志で結婚できる年になったというわけだ。
立場上フィリアが家の事情を無視して結婚するなどあり得ないが、成人したということは縁談も今以上に増えるだろうし、彼女にいい寄る男も増えるだろう。幼なじみとはいえ、何ら進展していないアルフォンソが気合を入れるのも無理はない。
「王妃様がだめなら……そうだ!」
「なんだ?」
「アル、ルカ・デ・ラ・ローヴェとは面識がある?」
「フィリィの弟だろう、後妻の連れ子の。一度挨拶を受けたことはある」
天使のような白金髪の少年の顔は、さほど苦労しなくても思い出せた。
「フィリアちゃんに聞いたけど、弟君は難しい年頃らしくて、最近は口もきいれくれないんだってさ。昔はけっこう仲良しだったのに」
「それがどうした?」
「だから、弟君ならお姉さんの情報を横流ししてくれるんじゃないかな、って」
「口もきいていないのだろう? そんな状態で情報があるとも思えないが」
「でも、こうして部屋で悩んでいるよりは建設的じゃない?」
渋るアルフォンソに、ラウレンツは笑顔で一冊の冊子を突き付けた。
「少なくとも、アルの趣味で選ぶよりは絶対いいものが選べるって保障するよ」
開いたページには『大人になる大切な彼女へ…』という表題と、レースやシフォンで造られた華やかで扇情的な下着の数々の写真。
そこには二重丸がついていた。
「こんなものを恋人でもないお嬢さんに贈ったら、間違いなく二度口をきいてもらえないよ?」
「…………うむ、やむをえん」
うすうす自覚はあったのか、アルフォンソはルカに会いに行くことを了承した。
公爵家の人間に知られずにルカに会う事は、案外簡単だった。
ルカは今年から、王立学舎の高等学術院に在籍していたのだ。アルフォンソの祖先である三代目王グレゴリオ一世の肝いりで設立したという学舎は、王城のほど近い場所にあった。
そういった由来を持つ学舎ゆえに王族との繋がりも深く、学舎には立派な貴賓室があった。
お忍びで学舎を訪れたアルフォンソとラウレンツが通されたのも、その中の一室だ。
「失礼いたします。ルカ・デ・ラ・ローヴェ、参りました」
「どうぞ、入って」
ラウレンツの許可を待って扉が開くと、十四、五歳ぐらいの少年が姿を見せた。
その年頃の少年としては細身だろうか。光を弾くプラチナブロンドが白い小さな顔を縁どっていて、教会の天使像に命が吹き込まれたかのような端正さだった。
優雅に一礼した小さな紳士に、ラウレンツが朗らかに声をかける。
「殿下の御前だけど、今回は非公式のことだから楽にして。座っていいよ」
「恐れ入ります」
言葉ほど恐縮した様子も見せず、ルカは向かいに腰を下ろした。二人掛けの長椅子に座っているので、少年の華奢さが際立つ。両膝の上に置いた手は黒い手袋に包まれており、それが異様といえば異様だ。
十五になるのだったか、と思い出しながら、アルフォンソは軽く咳払いした。
「あー、ルカ・デ・ラ・ローヴェ」
「はい、殿下」
「お前に重要な役目を命ずる。一週間以内に、レディ・フィリアが今一番必要としているものを調査してこい」
まるで出撃の指令書でも読み上げるように無駄に重々しく言ったアルフォンソに、ルカは大きなエメラルドグリーンの瞳をぱちくりと瞬きした。
アルフォンソの背後では、ラウレンツが頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。
「アル……なんでフィリアちゃんと前と同じような、俺様王太子仕様なわけ?」
初対面のルカがいる前で主君を叱り飛ばすわけにはいかなかったのか、声を潜めて非難するラウレンツ。
「し、仕方ないではないか。フィリィが可愛がっている将来の義弟だ、対応には気をつけねばならんだろうっ」D10 媚薬 催情剤
「だーかーらぁ、それで偉そうになる理由がわかんないって。なんでフィリアちゃんが絡むと面白いことするかなぁ。アルの傲慢っぷりに将来の弟君が驚いてるよ?」
まだ小さいのに可哀そうじゃないか、ラウレンツがらしくもなく気を使ったのは、自分も可愛がっている弟妹がいるせいだろう。
ルカは年齢より華奢で表情の薄い大人しげな少年に見えて、子供は庇護対象であるというまっとうな意識を持っているラウレンツは、無駄に威圧感のあるアルフォンソに委縮していないかと、ちらりとルカを窺う。
ルカは大人しく座ったまま、ひそひそと低く言い合う年長の青年たちを眺めていた。
そのエメラルドを研磨したような無機質な瞳に怯えはないが、かといって子供らしい感情があまり見えず、表情も乏しいので感情が読み難い。
「えぇっと、ルカ君? 要するに、殿下は姉君の欲しがっているものをお知りになりたいんだよ」
「……姉上の。なぜですか?」
「そんなことも分からないのか、来月はフィリィの誕生日だろう」
「……フィリィ?」
ルカの眉がぴくりと動く。
「お前、フィリィの弟で同じ家で暮らしているのだろう。それぐらい知っておけ」
そこはかとなく嫉妬と羨望が漂っているアルフォンソの発言に、ルカは動じることなく首を傾げる。
「もちろん姉の誕生日は覚えていますが、なぜ急に? 失礼ですが、僕の知る限り殿下から姉上に贈り物が届いたことはありませんが」
「なんだと? 毎年贈っているに決まっているではないか」
「いいえ、王宮からは複数届きますが、使者は王妃様の名代で陛下と殿下も連名になったカードが添えられているので、姉は王妃様からのものと認識しています」
「なにっ! それは本当か!?」
愕然とするアルフォンソと、あっさり頷くルカ。
毎年毎年何か月も悩みぬいて送った品が家族と連名になっていて、自分の想いが欠片も届いていないのだから、そうなっても仕方ない。
「……殿下、ご自分でカードをお書きにならなかったんですかね?」
「わ、私とフィリィの間に言葉など…」
「不要ではありませんよ。むしろ最も足りてません」
いつもと違う丁寧な口調ながら、ラウレンツの視線は氷河よりも冷たい。
ラウレンツの場合、例え贈り物は人に手配させても、それに添えるカードは手書きするものだ。そういう些細なことが女性には大事だと知っている。
なぜそんな簡単なことが分からないんだ、という冷ややかな視線がアルフォンソの後頭部に突き刺さった。
「あの、要するに殿下は姉の誕生日に贈り物をしたい、ということでしょうか?」
「そ、そういうことだ。分かったなら心してかかれよ」
気まずさをごまかすために椅子にどっかりと座り直したアルフォンソに、ルカは気にすることなく頷く。彼の方がよほど大人びている。
「かしこまりました。でもそういうことでしたら、簡単です」
「……分かるのか?」
「はい」
ルカはにっこりと微笑んだ。彫像が急に人間になったかのように、緑の瞳がきらきら輝いている。
「姉は猫が大好きなんです」
「猫? 聞いたことがないが」
「父が猫アレルギーなので、秘密にしているんです。父が知ったら、自分の体を悪くしても姉に猫を飼ってあげるに違いないので」
「公ならそうだろうな」
あの溺愛っぷりではやり兼ねん、と納得するアルフォンソ。
「時々猫が庭に入り込んでくるとずっと眺めていて、出ていくのをものすごく寂しそうにしているんです。ですから、本物の猫は無理でも何か姉の慰めになるような品がいいのではないかと思って」
「それはいい考えだ」
気に入ったのか今すぐにでも探しに行きかねないアルフォンソを、ラウレンツが冷静に制した。
「待ってください、殿下。ルカ君、聞いていいかな」
「はい」
「君、フィリアちゃんのことをどう思っているの?」
ルカは、どうしてそんなことを聞くのだろうというように首を傾げたが、素直に答えた。縮陰膏
「大切な家族ですよ。幼い頃はずいぶん世話をしてもらいましたし」
「でも最近あまり話もしてないらしいけど」
「……それは、僕もものが分かる年になったということです。僕は後妻の連れ子にすぎませんし、公爵家のたった一人の直系である姉とは立場が違うことをわきまえたんですよ」
それまで淡々と答えていたルカが、声変わりしたばかりの声に少し苦さを滲ませる。
王太子の乳兄弟で側近、そして将来の国王の右腕となることを嘱望されているラウレンツの灰紫の瞳が、何かを測るように眇められた。
まだ十五歳の少年に過ぎないルカは、その視線を真っ向から受け止た。
「ですが、姉が大事な存在にはかわりありません」
「そう、その大事なお姉さんの情報を、殿下とはいえよく知らない相手にやすやす渡してもいいのかな?」
ラウレンツが引っかかったのはそこだった。
誕生日の贈り物のためとはいえ、公爵家がフィリアの情報を可能な限り規制しているのを知らないとも思えないルカが、あっさり情報を漏らしたのが気にかかる。
「あぁ、それですか。殿下は姉に好意を持ってくださっていて、婚姻のことも考えてくださっているのでしょう?」
「むろんだ」
「でしたら、姉の幸せを願わない弟はいませんよね? それに……」
硬質な緑の瞳が、一瞬妖しく揺らめく。
「姉上が王家に嫁いでくれたら、公爵位は僕のものですから」
「……なるほど、ね」
幼さの残る端正な美貌に似合わぬ、何かを秘めたその目。
ラウレンツは納得した。この少年はその目的のために王太子と側近を目の前に圧倒されもせず、瞬時に最も自分の利益になる選択を選び出したわけだ。
可愛げは皆無だが、悪くはない。特に冷静で狡猾であるとさえいえる思考は、ラウレンツに自分と相通ずるものを感じさせ、ルカを認めさせた。
「そういうことなら、とことん協力してもらおうか」
「もちろんです。目的のために、尽力は惜しみません」
アルフォンソに任せていたら、いつまでたってもフィリアとの進展はない。彼が的外れな行動をしてその度に大騒ぎされると、仕事は溜まる一方でラウレンツにしわ寄せがくるのだ。
お互い利用できるものは利用するということで、存分に使える駒を手に入れたというわけだ。
「君とは仲良くやれそうだよ、ルカ君」
当事者のアルフォンソを放置してにっこりと喰えない笑みを浮かべたラウレンツに、ルカは何も言わずに薄く口の端を上げただけだった。
この時、ラウレンツの推測はある意味正しく、そして根本的に間違っていた。
ルカは確かに自分の目的のためにアルフォンソに協力を約束したが、その目的は爵位ではなく、フィリアとアルフォンソを完全に引き裂くことだ。
ルカは王太子からの依頼と言う形の命令には逆うことは得策ではないと判断し、逆に相手の懐に飛び込むことで目的を達しようとしている。
そこを見誤ったのは完全にラウレンツの失態である。
だが誰が、たった十五歳の少年が将来の国王とその側近を欺あざむいてもかまわないというほどの情愛を、義理の姉に向けていると知る事ができるだろうか。
これは自分の幼さを逆手に取ったルカの勝利で、この瞬間に未来は決まったのかもしれない。
薄く笑う緑の瞳の少年の目的を、いまはまだ誰も知らない。SPANISCHE FLIEGE
アルフォンソ・ヨハネス・イル・デ・サヴィアーはこの国の王太子である。
濃い緋色の髪に、金にも見える鮮やかな琥珀色の瞳。王家の紋章である“月喰らう狼”に相応しい精悍な整った面差しは、自然と滲み出る高貴さによってさらに近づきがたくなっていた。SLEEK 情愛芳香劑 RUSH 正品
執務室の窓際に一人佇む姿は一幅の絵のように美しく、見る者がいないのが惜しいほどだ。いつもは自信に満ちている若い王太子が今はわずかに眉宇を寄せて憂いを漂わせているため、そこはかとない色香が漂ってさえいた。
執務室の静寂を、無造作なノックが破る。
艶やかな鳶色の長髪に、目尻の下がった甘い美貌、清廉なはずの騎士服を軽く着崩した青年は、この絵のような一室に入り込んでも違和感はない。
「アルー、王宮騎士団の来年の予算のことで、相談なんだけどさぁ」
「後にしろ、ラウレンツ。私は忙しい」
侍従を通しもせず、王太子の執務室にずかずかと入ってきたラウレンツを、アルフォンソは見もしないで切って捨てた。
それでも、生まれた時からの付き合いである乳兄弟は気にも留めない。
「いやいや、一人で枯れた庭を見てたそがれてる場合じゃないって。財務長官が今年は早く提出しろってうるさくてさ。去年、騎士一人につき可愛い侍女二人つけるならこの程度の予算になりますって出したのを根に持ってるんだよ、あのオッサン。あんなの冗談にきまってるのに」
「だ・ま・れ。後にしろと言ったのが聞こえなかったのか?」
アルフォンソは痺れを切らしたように振り返り、じろりと鋭い眼光を向ける。
「だいたい、あれはお前が全面的に悪い。あのふざけた試算表を、完璧に書式を整えて提出するなど手が込み過ぎて嫌味だ。あれで別に正式書類があるとは思わないだろう」
「すっごい時間かかったんだよねぇ、あれ。ちょっとしたお茶目ってやつ?」
「二通り予算を作るほど暇があるお前と違って、私は忙しい」
アルフォンソは窓際から離れ、重厚な執務机の前の椅子にどっかりと座った。
机の上に広がったものを見て、ラウレンツは生ぬるい目付きになる。
「一応聞くけど、何で忙しいって? 騎士団の予算編成より重要なことだよね?」
「無論。―――来月はフィリィの誕生日だ。もう時間がない」
広い机の上には、若い娘が好みそうな小物から家宝級の宝石類まで、様々な商品を掲載した冊子が何冊も広がっている。
中には“若い女性へのプレゼントに大変好まれています”という煽り文句がある商品に丸印がついていたりするので、何をしていたかは明白だ。
整った顔に苦悩を滲ませた主君を、ラウレンツは鼻で笑う。
「こんなところで悩んでる前に、本人に向かって愛称で呼べるぐらい仲良くなって、誕生日に欲しい物を聞けばいいのに。裏では勝手に愛称で呼んでるくせにさ」
「……う、うるさい。別に呼ぶ機会がないだけで、私達は愛称で呼び合える関係だ。なにしろ、六歳の時からの付き合いなのだからな」
「フィリアちゃんは『殿下』って呼んでるよね」
「フィリィは奥ゆかしいのだ。私の身分をはばかって、控えているだけだ」
そう、ラ・ローヴェ公爵令嬢であるフィリアは幼い頃から利発で、白薔薇のような華やかで可憐な美貌の令嬢であるにもかかわらず、非常に控え目な少女だった。何しろ、両親が友人同士であり、幼い頃から一番王太子に近い場所にいるにもかかわらず、決してその立場を誇示しようとはしない。
そもそも次の誕生日には十八歳になろうかというのに、貴族の社交場にめったに姿を見せないのだ。ゆえにその身分にも関わらずあまり噂にも上らず、王太子が昔からこの令嬢に思いを寄せていることを知っているのは、ごく一部の人間だけだった。
その一人であるラウレンツは、自分が仕えるべき主君を憐れみの目で見る。
「まぁ、妄想だけは自由だし」
「お前、たいがい無礼だが、その前にお前こそ『フィリアちゃん』などとふざけた呼び方をするな」
聞き流したように見えたが実は引っかかっていたらしいアルフォンソは、不快そうに机を指で叩く。
「あれは将来王太子妃になるのだから、軽々しい扱いをしてもらっては困る。レディ・フィリアか、ラ・ローヴェ公爵令嬢と呼べ」
「婚約どころか恋人でもないアルに言われる理由はないよー。だって俺、フィリアちゃん本人に許可もらってるし」
「なんだとっ?」
自分ですら何カ月も話どころか顔も見ていないのに、と顔色を変えるアルフォンソに、ラウレンツは実にいい笑顔を向けた。
「一月ぐらい前かな。親父の名代でラ・ローヴェ公爵に会いにいって、閣下が約束の時間に遅れるとかで、その間相手してもらってたんだ。いやぁ、可愛いかったな、フィリアちゃん」
「私は聞いてない!」
「そりゃ実家の用事だし、アルに報告するまでもないよね?」
「くっ……」
ラウレンツの言い分は正しいが、絶対に一番効果的な場面で言うタイミングを狙っていただけだ。
「俺、ちゃんと喋ったの初めてだったけどさ、いいよねフィリアちゃん。美人なのはもちろんだけど、そのへんのお嬢さんみたいに騒がしくなして、落ち着いてしっとりしててさ。何より巨乳だし。同い年に興味なかったけど、いっちゃおうかなぁ」
「ふざけるな。絶対にフィリィに近づくことは許さぬ!」魔鬼天使性欲粉(Muira Puama)強力催情
「でもさぁ、俺とフィリアちゃんはお互いに婚約者もいない独身で、俺は一応伯爵家の長男だけど弟がいるから公爵家に婿入りするのも問題ないし、アルよりずっと似合いで好条件な相手だと思うけどな」
アルフォンソは怒りのあまり声も出ないようで、拳を握りしめている。
確かに、ラウレンツの言う事が正しい。アルフォンソの場合、結婚するには必ず相手が王家に輿入れしなければならない。フィリアは身分的な問題はないが一人娘で、王太子妃になった場合に公爵家の家督をどうするかという問題が発生する。
それだけでなく、あの娘を溺愛している公爵が、王家とはいえ娘を家から出すかどうか。
「……だがっ、お前のように節操のない男は、フィリィに相応しくないし公も認めぬ」
「それってアルに言われたくないなぁ。フィリアちゃんの手も握れないくせに、性欲処理だけはきっちりやってるんだから」
もはや返す言葉もなく、沈黙するしかない。
好きな相手フィリアの前に出ると、なぜか持ち前の傲慢さに磨きがかかって彼女を臣下のように扱ってしまうアルフォンソ。互いの幼少期を知っているせいもあって、淑女扱いをするのが気恥ずかしく、ましてや口説くような真似ができるはずもない。
ただ女の扱いを知らないわけではなく、むしろその身分と美貌もあってどんな女性でも思い通りにできるアルフォンソは、思春期から相手に不自由したことがない。
王太子と言う立場がら大っぴらな遊びはしていないし、近くにラウレンツという名うての女たらしがいるせいで目立たないが、十八歳の青年らしい欲求はきちんと発散しているのである。
問題のない相手を選んでいるが、面倒になりそうな時はラウレンツが引き受けて相手をしているので、その手の事は筒抜けだし、この点に関してはアルフォンソは強く出られない。
主君を言い込めて満足したらしいラウレンツは、ようやく本題に戻った。
「ところで、プレゼントだけどさ」
ラウレンツが『王都の令嬢の間で大人気!』と書かれたアクセサリーが紹介された冊子を手に取り、ぱらぱらとめくる。
「この前思ったんだけど、フィリアちゃんってちょっと変わってるよね。こういう普通のお嬢様が喜びそうなものって、あんまり喜ばないんじゃないかなぁ」
「いや、だがいつも流行にのったものを身につけているし、部屋も若い娘らしいもので溢れているからな。当然、こういったものは好きなはずだ」
お前は知らないだろうが、とちょっと優越感を滲ませるアルフォンソ。
ラウレンツは気にした様子もなく、次々と冊子をめくりながら首を傾げる。
「でも、あれって公爵の趣味でしょ。毎日のように服やら靴やら届いて困るって言ってたし。彼女の部屋が少女趣味全開なのもそのせいらしいよ」
「……なんだと。何故私が知らないことをお前が知っているのだ」
「そりゃ、フィリアちゃんとおしゃべりしたからね」
話が弾んだよ、とおざなりに返すラウレンツに、アルフォンソはショックを受けて固まっている。
十年来の付き合いである自分も知らないことを、たった一月前に一度話しただけのラウレンツが知っていたのだから、愕然とするのも当然だ。
今度は特に意図したわけでもなく主君をどん底にヘコませた臣下は、全く気にとめていない。
「うちの母親に聞いたら、どうも公爵自らデザインの指示をすることもあるみたいで、ここ数年は、フィリアちゃんのために公爵が作ったドレスの形がその年の若いお嬢さん方の流行りになってるみたいだよ」
「……初耳だ」
「俺としては、アルが知らないのが驚きだよ。うちの母親より、王妃様のほうがよっぽどその辺の事情は詳しいのに」
公爵とアルフォンソの父である国王は友人だが、母である王妃はフィリアの生母の親友だった。亡き友の忘れ形見を気にかけている王妃なら、もちろんそのことは知っているだろう。
「毎年この時期になるとプレゼントに悩んで大騒ぎしてるくせに、王妃殿下から教えてもらわなかったわけ?」
「母に助けを乞うわけにはいかぬ。私がフィリィに贈るのだから、私が考えたものでなければ」
「……まったく、へんなところで頭が固いんだから。てゆうか、フィリアちゃんに関してだけは思考が斜め上にいくのか」
「いい加減無礼だぞ、ラウ」
「はいはい、大変ご無礼を仕つかまつりましたー」
同い年だが年下をいなすようなラウレンツ。
どんなに軽口を叩いていてもアルフォンソは絶対的な主君であり、普段の彼ははそれに相応しい鋭気溢れる青年であるのだが、フィリアに関することでは同年代の青年と同じかそれよりはるかに使えなくなるので、扱いが軽い。
「真面目な話、女性にプレゼントを贈るのに情報収集は欠かせないよ。趣味を把握していても、似たような物をすでに持ってるかもしれないし、それってもらって一番微妙なパターンでしょ」
「それは最もだが…」
「本当は相手の侍女あたりに探りを入れられるといいんだけど、公爵家の使用人は守りが堅いので有名だし。やっぱり王妃様に相談したら?」
「恐らく母は無理だ。フィリィのことでは邪魔も協力もしないと明言されている」
「あぁ、王妃様なら言いそう。好きな女ぐらい自分で口説き落とせ、って?」
まさしくその通りだ。
アルフォンソの母である現王妃を一言で言うなら「男前」で、政治に関しては廷臣たちから王と同様の信頼を置かれており、社交界では名だたる紳士貴公子を押さえて淑女たちから断トツの人気を誇っている。
息子に対しても父王以上に厳しく教育しており、こと「男らしくない」と「紳士らしからぬ」行為に対しては鉄拳制裁が飛んでくる。RUSH PUSH 芳香劑
アルフォンソとフィリアが他に釣り合う相手も見当たらないのに婚約すらしていないのは、公爵の妨害以上に王妃の意向があるからだ。王家の威を振るえば例え公爵家とて従わざるを得ないのに、アルフォンソの力でフィリアの同意を取り付けるまでは婚約はならん、というわけだ。
「……流行りのものがだめなら、ますます打つ手がない。今年は絶対に失敗できないのだが」
「十八だもんね、俺たち」
十八歳といえば、正式に成人と認められる年齢だ。
未成年は親の後見がなければ婚約も婚姻も無効になるが、十八歳になってしまえば必要はない。教会に駆け込みさえすれば自分の意志で結婚できる年になったというわけだ。
立場上フィリアが家の事情を無視して結婚するなどあり得ないが、成人したということは縁談も今以上に増えるだろうし、彼女にいい寄る男も増えるだろう。幼なじみとはいえ、何ら進展していないアルフォンソが気合を入れるのも無理はない。
「王妃様がだめなら……そうだ!」
「なんだ?」
「アル、ルカ・デ・ラ・ローヴェとは面識がある?」
「フィリィの弟だろう、後妻の連れ子の。一度挨拶を受けたことはある」
天使のような白金髪の少年の顔は、さほど苦労しなくても思い出せた。
「フィリアちゃんに聞いたけど、弟君は難しい年頃らしくて、最近は口もきいれくれないんだってさ。昔はけっこう仲良しだったのに」
「それがどうした?」
「だから、弟君ならお姉さんの情報を横流ししてくれるんじゃないかな、って」
「口もきいていないのだろう? そんな状態で情報があるとも思えないが」
「でも、こうして部屋で悩んでいるよりは建設的じゃない?」
渋るアルフォンソに、ラウレンツは笑顔で一冊の冊子を突き付けた。
「少なくとも、アルの趣味で選ぶよりは絶対いいものが選べるって保障するよ」
開いたページには『大人になる大切な彼女へ…』という表題と、レースやシフォンで造られた華やかで扇情的な下着の数々の写真。
そこには二重丸がついていた。
「こんなものを恋人でもないお嬢さんに贈ったら、間違いなく二度口をきいてもらえないよ?」
「…………うむ、やむをえん」
うすうす自覚はあったのか、アルフォンソはルカに会いに行くことを了承した。
公爵家の人間に知られずにルカに会う事は、案外簡単だった。
ルカは今年から、王立学舎の高等学術院に在籍していたのだ。アルフォンソの祖先である三代目王グレゴリオ一世の肝いりで設立したという学舎は、王城のほど近い場所にあった。
そういった由来を持つ学舎ゆえに王族との繋がりも深く、学舎には立派な貴賓室があった。
お忍びで学舎を訪れたアルフォンソとラウレンツが通されたのも、その中の一室だ。
「失礼いたします。ルカ・デ・ラ・ローヴェ、参りました」
「どうぞ、入って」
ラウレンツの許可を待って扉が開くと、十四、五歳ぐらいの少年が姿を見せた。
その年頃の少年としては細身だろうか。光を弾くプラチナブロンドが白い小さな顔を縁どっていて、教会の天使像に命が吹き込まれたかのような端正さだった。
優雅に一礼した小さな紳士に、ラウレンツが朗らかに声をかける。
「殿下の御前だけど、今回は非公式のことだから楽にして。座っていいよ」
「恐れ入ります」
言葉ほど恐縮した様子も見せず、ルカは向かいに腰を下ろした。二人掛けの長椅子に座っているので、少年の華奢さが際立つ。両膝の上に置いた手は黒い手袋に包まれており、それが異様といえば異様だ。
十五になるのだったか、と思い出しながら、アルフォンソは軽く咳払いした。
「あー、ルカ・デ・ラ・ローヴェ」
「はい、殿下」
「お前に重要な役目を命ずる。一週間以内に、レディ・フィリアが今一番必要としているものを調査してこい」
まるで出撃の指令書でも読み上げるように無駄に重々しく言ったアルフォンソに、ルカは大きなエメラルドグリーンの瞳をぱちくりと瞬きした。
アルフォンソの背後では、ラウレンツが頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。
「アル……なんでフィリアちゃんと前と同じような、俺様王太子仕様なわけ?」
初対面のルカがいる前で主君を叱り飛ばすわけにはいかなかったのか、声を潜めて非難するラウレンツ。
「し、仕方ないではないか。フィリィが可愛がっている将来の義弟だ、対応には気をつけねばならんだろうっ」D10 媚薬 催情剤
「だーかーらぁ、それで偉そうになる理由がわかんないって。なんでフィリアちゃんが絡むと面白いことするかなぁ。アルの傲慢っぷりに将来の弟君が驚いてるよ?」
まだ小さいのに可哀そうじゃないか、ラウレンツがらしくもなく気を使ったのは、自分も可愛がっている弟妹がいるせいだろう。
ルカは年齢より華奢で表情の薄い大人しげな少年に見えて、子供は庇護対象であるというまっとうな意識を持っているラウレンツは、無駄に威圧感のあるアルフォンソに委縮していないかと、ちらりとルカを窺う。
ルカは大人しく座ったまま、ひそひそと低く言い合う年長の青年たちを眺めていた。
そのエメラルドを研磨したような無機質な瞳に怯えはないが、かといって子供らしい感情があまり見えず、表情も乏しいので感情が読み難い。
「えぇっと、ルカ君? 要するに、殿下は姉君の欲しがっているものをお知りになりたいんだよ」
「……姉上の。なぜですか?」
「そんなことも分からないのか、来月はフィリィの誕生日だろう」
「……フィリィ?」
ルカの眉がぴくりと動く。
「お前、フィリィの弟で同じ家で暮らしているのだろう。それぐらい知っておけ」
そこはかとなく嫉妬と羨望が漂っているアルフォンソの発言に、ルカは動じることなく首を傾げる。
「もちろん姉の誕生日は覚えていますが、なぜ急に? 失礼ですが、僕の知る限り殿下から姉上に贈り物が届いたことはありませんが」
「なんだと? 毎年贈っているに決まっているではないか」
「いいえ、王宮からは複数届きますが、使者は王妃様の名代で陛下と殿下も連名になったカードが添えられているので、姉は王妃様からのものと認識しています」
「なにっ! それは本当か!?」
愕然とするアルフォンソと、あっさり頷くルカ。
毎年毎年何か月も悩みぬいて送った品が家族と連名になっていて、自分の想いが欠片も届いていないのだから、そうなっても仕方ない。
「……殿下、ご自分でカードをお書きにならなかったんですかね?」
「わ、私とフィリィの間に言葉など…」
「不要ではありませんよ。むしろ最も足りてません」
いつもと違う丁寧な口調ながら、ラウレンツの視線は氷河よりも冷たい。
ラウレンツの場合、例え贈り物は人に手配させても、それに添えるカードは手書きするものだ。そういう些細なことが女性には大事だと知っている。
なぜそんな簡単なことが分からないんだ、という冷ややかな視線がアルフォンソの後頭部に突き刺さった。
「あの、要するに殿下は姉の誕生日に贈り物をしたい、ということでしょうか?」
「そ、そういうことだ。分かったなら心してかかれよ」
気まずさをごまかすために椅子にどっかりと座り直したアルフォンソに、ルカは気にすることなく頷く。彼の方がよほど大人びている。
「かしこまりました。でもそういうことでしたら、簡単です」
「……分かるのか?」
「はい」
ルカはにっこりと微笑んだ。彫像が急に人間になったかのように、緑の瞳がきらきら輝いている。
「姉は猫が大好きなんです」
「猫? 聞いたことがないが」
「父が猫アレルギーなので、秘密にしているんです。父が知ったら、自分の体を悪くしても姉に猫を飼ってあげるに違いないので」
「公ならそうだろうな」
あの溺愛っぷりではやり兼ねん、と納得するアルフォンソ。
「時々猫が庭に入り込んでくるとずっと眺めていて、出ていくのをものすごく寂しそうにしているんです。ですから、本物の猫は無理でも何か姉の慰めになるような品がいいのではないかと思って」
「それはいい考えだ」
気に入ったのか今すぐにでも探しに行きかねないアルフォンソを、ラウレンツが冷静に制した。
「待ってください、殿下。ルカ君、聞いていいかな」
「はい」
「君、フィリアちゃんのことをどう思っているの?」
ルカは、どうしてそんなことを聞くのだろうというように首を傾げたが、素直に答えた。縮陰膏
「大切な家族ですよ。幼い頃はずいぶん世話をしてもらいましたし」
「でも最近あまり話もしてないらしいけど」
「……それは、僕もものが分かる年になったということです。僕は後妻の連れ子にすぎませんし、公爵家のたった一人の直系である姉とは立場が違うことをわきまえたんですよ」
それまで淡々と答えていたルカが、声変わりしたばかりの声に少し苦さを滲ませる。
王太子の乳兄弟で側近、そして将来の国王の右腕となることを嘱望されているラウレンツの灰紫の瞳が、何かを測るように眇められた。
まだ十五歳の少年に過ぎないルカは、その視線を真っ向から受け止た。
「ですが、姉が大事な存在にはかわりありません」
「そう、その大事なお姉さんの情報を、殿下とはいえよく知らない相手にやすやす渡してもいいのかな?」
ラウレンツが引っかかったのはそこだった。
誕生日の贈り物のためとはいえ、公爵家がフィリアの情報を可能な限り規制しているのを知らないとも思えないルカが、あっさり情報を漏らしたのが気にかかる。
「あぁ、それですか。殿下は姉に好意を持ってくださっていて、婚姻のことも考えてくださっているのでしょう?」
「むろんだ」
「でしたら、姉の幸せを願わない弟はいませんよね? それに……」
硬質な緑の瞳が、一瞬妖しく揺らめく。
「姉上が王家に嫁いでくれたら、公爵位は僕のものですから」
「……なるほど、ね」
幼さの残る端正な美貌に似合わぬ、何かを秘めたその目。
ラウレンツは納得した。この少年はその目的のために王太子と側近を目の前に圧倒されもせず、瞬時に最も自分の利益になる選択を選び出したわけだ。
可愛げは皆無だが、悪くはない。特に冷静で狡猾であるとさえいえる思考は、ラウレンツに自分と相通ずるものを感じさせ、ルカを認めさせた。
「そういうことなら、とことん協力してもらおうか」
「もちろんです。目的のために、尽力は惜しみません」
アルフォンソに任せていたら、いつまでたってもフィリアとの進展はない。彼が的外れな行動をしてその度に大騒ぎされると、仕事は溜まる一方でラウレンツにしわ寄せがくるのだ。
お互い利用できるものは利用するということで、存分に使える駒を手に入れたというわけだ。
「君とは仲良くやれそうだよ、ルカ君」
当事者のアルフォンソを放置してにっこりと喰えない笑みを浮かべたラウレンツに、ルカは何も言わずに薄く口の端を上げただけだった。
この時、ラウレンツの推測はある意味正しく、そして根本的に間違っていた。
ルカは確かに自分の目的のためにアルフォンソに協力を約束したが、その目的は爵位ではなく、フィリアとアルフォンソを完全に引き裂くことだ。
ルカは王太子からの依頼と言う形の命令には逆うことは得策ではないと判断し、逆に相手の懐に飛び込むことで目的を達しようとしている。
そこを見誤ったのは完全にラウレンツの失態である。
だが誰が、たった十五歳の少年が将来の国王とその側近を欺あざむいてもかまわないというほどの情愛を、義理の姉に向けていると知る事ができるだろうか。
これは自分の幼さを逆手に取ったルカの勝利で、この瞬間に未来は決まったのかもしれない。
薄く笑う緑の瞳の少年の目的を、いまはまだ誰も知らない。SPANISCHE FLIEGE
2015年8月27日星期四
覚悟を決めました
エリザベートからとんでもない誤解を受けていた。
「あの……何でそんな誤解を?」
「何でも何も、口を開けば、シンが、シンは、シンの奴が、シンには……シンシンシン! ちょっとでも時間があればシンさんのお家に行かれてしまうし、そう考えるのも無理ありませんわ!」
「いや! 無理があるでしょう!?」金裝牛鞭
「そうかしら?」
「そうでしょう!」
何で俺とオーグがそんな関係だと誤解を受けないといけないんだ、気持ち悪い!
はっ! もしかして、腐った脳をお持ちなのか!?
そんな新たな疑惑を感じていると、オーグが溜め息混じりに話し始めた。
「はぁ……よりにもよってシンとは……研究会には女もいるはずなんだがな。まぁそれより、確かにシンという全く気兼ねをしない友人が初めて出来て、浮かれてしまったのは事実だな」
「浮かれ過ぎですわ! シンさんと知り合ってから私の所にはあまり来て頂けなくなりましたし……」
「確かに男友達と連るんでるのって気兼ねしなくて良いから楽なんだよなあ」
「……アウグスト様は私といると気を使われますの?」
「そりゃそ……モガッ!」
「いや! そんな事は無いぞエリー! お前といるのは心が安らぐ」
「でも……」
「確かに男と女では対応が違う事はある。男同士だと馬鹿な事も出来るしな。私にとって初めての体験だったから、ついはしゃいでしまったのだ」
「そ、そうでしたの……」
オーグは俺の口を手で塞ぎながら捲し立てた。
必死だな。
ついニヤッとした事がオーグの手を通して伝わったんだろう。
「何を笑っている?」
口を塞いでいた手を離しながらそう問いかけてきた。
「別に? 必死だなとか思ってないよ?」
「くそ! まさかシンにからかわれる日が来るとはっ!」
何か痛恨の極み! みたいな顔してる。失礼な!
「……やっぱり怪しいですわ」
「そんな事ないって!」
「そうだ、シンにはもう女がいるからな。他にかまけている暇など無いぞ」
「そうなんですの?」
「オーグ! お前何言ってんだ!」
「シン、お前そろそろハッキリしろ」
オーグが突然言い出した事に抗議しようとするが、意外にも真剣な顔をしながら返された。
「ハッキリって……」
「その態度だ。お互いに好意を持っているのは分かっている。なのにいつまでも……いい加減見ているこっちがイライラしてくる」
お互いって……確かにシシリーは俺に優しくしてくれるけど、それはシシリーが優しいからであって……。
「シシリーが俺に好意を持ってるって何で分かるんだよ」
「そんな事、見ていれば分かる」
「実際に言葉にして聞いたのかよ?」
「それは聞いていない」
「じゃあ何でそんな事言い切れるんだよ。もし勘違いだったら、これからどうやって接していけばいいんだよ」
「じゃあお前は、ずっとこのままで良いという事か?」
「そ、それは……」
「相手の気持ちが分からないなんて当たり前の事だ。現に幼い頃からずっと一緒にいて、今は婚約者にまでなったというのに、未だにこんな誤解を受けているんだからな」
「確かに」
「ちょっと! そこで私を引き合いに出さないで頂けます!?」
「それともお前は相手から言わせるつもりか? 女の方から。自分にはその勇気が無いから」
「そ、そんな事!」
「じゃあいい加減にハッキリしろ。向こうだって待ってるんじゃないのか?」
「……」
「まあ決めるのはお前だがな、出来ればハッキリして欲しい所だ。そうしないと……」
「しないと?」
「……いつまでも誤解されたままだぞ?」
「それは困るな」
「だから! 私を引き合いに出すなって言ってんでしょうがあ!!」
「エリー姉様、口調が乱れてるです」
「はっ! 私とした事が」
オーグから言われて、自分が逃げていた事に気付いた。
断られたらどうしよう。勘違いだったらどうしよう。そんな事ばかり考えていた。
相手の気持ちが分かった上でないと行動出来ないのか?
そんな情けない話は無い。
恋人同士になれるかどうかは分からないけど、今はシシリーにこの想いを告げたい気持ちでイッパイになっていた。
オーグに諭されたってのがどうかと思うけど、恋愛に関しては婚約者までいる先輩だ。
意見は素直に聞き入れよう。
「ところで、そろそろ向こうへ戻らないか? 早くしないと二人分の夕食も追加で作って貰わないといけないしな」
「あ、そうだな」
二人追加になるんだから早めに言っとかないと。すっかり忘れていた。
「じゃあ戻るか」
そう言って二人の荷物を異空間収納に入れてゲートを開く。
既に何度か見ている警備兵の皆さんやディスおじさんは驚いていないが、初めて見た二人はゲートの魔法を呆然と見ていた。
「じゃあディスおじさん、明日また来るから、メイちゃんはこっちで責任持って預かるよ」
「では父上、合宿に戻ります」
「うむ、気を付けてな。それからシン君」
「なに?」
「くれぐれも自重するようにな」
「……」
「父上、残念ですが……既に手遅れです」
「やっぱりか。注意するのが遅いと思ったんだよ」
「そ、それじゃあ戻るね! 二人とも、このゲートを潜って!」
話がおかしな方向へ向かいそうだったので呆然としている二人を促しゲートを潜った。
ゲートを潜り抜けた先はもう湯煙の立ち上がるクロードの街だ。
クロード家の屋敷まで一気にゲートで行っても良かったのだが、折角温泉街に来たんだから街の門に程近い場所にゲートを開いた。
「ほ、本当にクロードの街ですわ……」
「凄いです! さっきまでお城にいたのにもうクロードの街に着いたです!」
唖然としているエリザベートとゲートの魔法にはしゃいでいるメイちゃん。
俺の魔法を素直に喜んでくれるメイちゃんにホッコリしていた。
「メイ、ハシャギ回ってはぐれても知らないぞ」
「はわ! ま、待って下さい!」
皆を置いて行こうとするオーグに知らない街ではぐれたら大変だと後を付いていくメイちゃん。
「メイちゃん」
「なんですか?シンお兄ちゃん」
「はぐれたら大変だからね、ホラ」
「え? ハイです!」
差し出した手を握ってきたメイちゃんにまたもホッコリしていた。
「……そういう事は自然に出来るのに、何でいざとなるとヘタれるのか……」
「あら、そう言うアウグスト様も、中々私を婚約者にして頂けなかったじゃありませんか」
「ばっ! そんな話をするな!」三體牛寶
俺達の前の方でオーグとエリザベートが腕を組みながら何か楽しい会話をしてるっぽい。
聞きたいけど、手を繋いでニコニコしてるメイちゃんを放っていけないので今は我慢するか。
後でからかってやろう。
「シン……今のは聞かなかった事にしろ」
「えー? 何の事?」
「くっ! いい気になるなよ……」
「どこの悪役の台詞だよ、それ」
「シンお兄ちゃん凄いです!」
メイちゃんが尊敬の眼差しを向けてくれるのがこそばゆい。
そして、前を歩くオーグとエリザベートは腕を組んで仲良さそうにしている。
どうもさっきのオーグとのやり取りで誤解は解けたみたいだ。
あの気持ち悪い誤解をされなくなったのは良かったのだが、シシリーのいるクロード家の屋敷が近付くにつれて何か緊張してきた。
「シンお兄ちゃん、どうしたですか?」
「ん? いや、何でもないよ」
口数が少なくなった俺に、メイちゃんから心配そうな顔で声を掛けられた。
イカンイカン、こんな小さい子に心配掛けるなんて。せめて普段通りにしないと。
なんとか心を落ち着かせた頃、クロード家の屋敷に着いた。
「ここがクロード家の屋敷だよ」
「おや、お帰りなさいませシン様、アウグスト様、今日はこちらからお戻りなのですね」
「あ、ただいま。うん、この二人にクロードの街を見せてあげたかったからね」
「そんなに我が街を気に入って頂けたのですね。嬉しいです!」
「まあ……そうなんだけどね……」
門番さんが凄い感動してる。よっぽどこの街が好きなんだろうな。
「ところで、そちらのお二方は?」
「申し遅れました。私、アウグスト様の婚約者でエリザベート=フォン=コーラルと申します」
「アウグストお兄様の妹のメイ=フォン=アールスハイドです!」
それを聞いた門番さんはしばらく固まった後、唐突に膝をついた。
「も、ももも申し訳御座いません! 殿下のご婚約者様と姫様とは露知らず、御無礼を致しました!」
頭が地面につきそうな勢いで頭を下げる門番さん。
そうか、普通はこういう態度になるのか。
「突然来たこちらにも非はありますわ。どうか頭をお上げになって」
「はっ! 恐縮で御座います!」
そう言って門番さんは立ち上がった。
「ねえ、エリザベートさん。俺もこういう態度で接した方がいい?」
「エリーで結構ですわシンさん。アウグスト様とド突き合いの漫才をされてる方からそういう態度を取られると、こちらがどうしていいか分からなくなるので止めて下さいな」
「そうです! シンお兄ちゃんはそのままが良いです!」
「今更シンからそういう態度を取られるとか……何か企んでるんじゃないかと疑ってしまうな」
漫才があるのか……。
それよりオーグの言葉はともかく、お許しが出たのでそのままでいいや。
「これからこの二人も滞在するから伝えといて貰えるかな?」
「はい! 畏まりました!」
そう言って、別の人が屋敷に走って行った。
「じゃあ、中に入ろうか」
「ハイです!」
「分かりましたわ」
「フフ、すっかりこの家の住人みたいじゃないか」
「だからそういう事を言うな!」
また緊張してきたじゃないか!
「ふっくっくっく」
「アウグスト様……」
「お兄様、性格悪いです!」
折角普段通りになってきたのに、直前で元に戻っちゃったじゃないか。こんな状態でシシリーに会ったら……。
「あれ? シン君、表から戻って来たんですか?」
館に入ってすぐシシリーに会った。
こういう時に限って!
「あ、ああ、いや、ええと……そう! この二人にクロードの街を見せてあげたかったから……」
そう言ってエリザベートとメイちゃんを紹介する。
「お久しぶりです、エリザベート様、メイ姫様」
シシリーは知ってたらしい。
「お久しぶりですわシシリーさん、今日からしばらくお世話になりますわね」
「お久しぶりですシシリーさん! 私も宜しくお願いします!」
「え? お二人も合宿に参加するんですか?」
「いえ、私達はアウグスト様に会いに来ただけですわ」
「折角お休みになったのに遊んでくれないからです」
「訓練のお邪魔はしませんから、許して頂けないでしょうか?」
「私からも頼むクロード。この二人も世話してやってくれないか」
オーグからもお願いされたシシリーは俺の方を見た。
「あ、ええと……オ、オーグを研究会で随分引っ張り回してるから、二人ともあんまり一緒にいられないらしくて……だからその……いいかな?」
「シン君と殿下が良いなら私は良いですけど……」
「な、なに?」
「シン君どうしたんですか? 何か態度がおかしいというか……」
「べ、別に普通だよ!」
「そうですか?」
シシリーが首を傾げる。後ろではオーグが笑いを堪えているのが分かった。
くそ! 後で覚えてろよ!福潤宝
「ああ、さっき言っていたのはシシリーさんの事でしたか」
「シンお兄ちゃんとシシリーさん、お似合いです!」
「はい?」
「ちょおっと二人とも! 何を言っているのかな!?」
何を口走ってくれちゃってますか!
「シン君……やっぱり変ですよ?」
「そ、そんな事ないって! それより、ばあちゃんの講義は終わったの?」
「あ、はい。今丁度終わってこれから夕食の前にお風呂に入ろうという事になりまして……」
シシリーがそう言った時、奥の部屋から皆が出てきた。
「メリダ様、とっても素晴らしい講義でしたぁ」
「そうかい? シンの付与を見た後じゃ大した事無いだろ?」
「ウォルフォード君の付与は、ちょっと意味が分からないというかぁ……」
「ああ、確かにねえ、普通の人間ならアタシの講義で丁度いいか」
「決してメリダ様が劣ってるとか、そういう意味じゃないんですけどぉ……」
「気を使わなくていいよ、あの子が異常なだけだから」
「そうですねぇ」
「うぉい! 人のいないところで俺を異常者にするな!」
ビックリするくらい好き勝手言ってんな!
「おや、お帰り。遅かったねえ」
「普通に対応された!?」
「シン、何を騒いでる?」
「あれ? さっきの会話、おかしかったよね?」
「何がだ?」
「まさか……俺は異常者扱いなのか?」
「今更何を言ってんだい。アンタの魔法が異常なのは皆知ってる事だろう」
「そうだな、本当に今更だな」
分かっちゃいたけど突っ込まずにはいられなかった。
「ぷっ……くく……あははは!」
そんなやり取りを見ていたエリーが笑い出した。
「ああ、可笑しいですわ。アウグスト様は普段からこんなやり取りをされてるんですのね」
そう言ってエリーはオーグを見ていた。
どうやらオーグが研究会に入り浸っている理由が納得いったらしい。
「あの……シンお兄ちゃん……」
メイちゃんが俺の袖をクイクイと引っ張る。
ああ、そうか。この子、ばあちゃんに憧れてるんだっけ。
「ばあちゃん」
「ん? なんだい?」
「この子、オーグの妹でメイちゃんって言うんだ」
「はわ! あの、あの、アウグストお兄様の妹でメイです! あの……あの……」
「ばあちゃんに憧れてるらしいんだよ」
「おや、そうなのかい? 本や舞台と違って、こんなお婆ちゃんでがっかりしたろ?」
「いえ! そんな事ないです! 私のお婆様より全然若いし、綺麗だし、それに……」
そう言ってばあちゃんの身体を見る。
「申し遅れましたわ、私アウグスト様の婚約者のエリザベート=フォン=コーラルと申します。メイの言いたい事は分かりますわ。そのお歳でその体形……是非ともご教授して頂きたいですわ」
エリーもそう言って同意した。
エリーもばあちゃんを見る目に尊敬の念が見える。
本当に王国中の女の子の憧れなんだな、ばあちゃん。
「フフ、ありがとさん。さて、これから夕食の前に皆で温泉に入りに行こうかと思ってたんだよ。アンタ達も来るかい?」
「ハイです! 行きたいです!」
「私もご一緒致しますわ」
「よし、それじゃあメイちゃんと言ったね?」
「ハ、ハイ!」
「ホラ、一緒に行こうかい」
「え!? あの、あの」
ばあちゃんの差し出した手に、どうしていいか分からなくなった様子のメイちゃんが、俺に助けを求めるような視線を向けて来た。
「ばあちゃん、メイちゃんの事よろしくね」
「ああ、任せといで」
「ホラ、メイちゃん」
「し、失礼します……」
おずおずとばあちゃんの手を取る。
するとばあちゃんは満面の笑みを浮かべてその手を握った。
「女の子は何とも可愛らしいねえ」
「悪かったな、可愛くない男で」
「本当だよ。アンタは目を離すと何をしでかすか分かったもんじゃ無かったからねえ、小さい頃手を繋いでたのは拘束する為だったからね」
「うそ!? マジで!?」
「さあメイちゃん、温泉に行こうかい」
「ハイです!」
そうして二人連れ立って行ってしまった。
驚愕の事実に呆然としていると、皆が同情の視線を向けて来た。
「メリダ様の気持ち、分かるわあ」
「シン君みたいな子供じゃ拘束しとかないと心配でしょうがないよね!」
「確かに、効率的。よく分かる」
「ごめんねぇウォルフォード君。私もよく分かるわぁ」
「私の子供はそんな事が無いように祈ります」
同情の視線はばあちゃんにか!挺三天
あまりの仕打ちに膝をついてしまった。
「あ、あの……私は……」
シシリーだけ言い淀んだ。言い淀んだって事はそう思ってるって事か……。
「いいんだ……シシリーもそう思ってるんだろ?」
「そ、そんな事ないです! シン君の子供なら・・・・可愛いでしょうし、私は喜んで手を繋ぎますよ!」
……。
あれ?何か話の主旨が違うような……。
周りもその事に気付いたのか一瞬の静寂が降りた。
「シシリー……アンタ……」
「あ、あれ? 私、今何を?」
「盛大な自爆。ビックリした」
「え? あ、ああ!」
自分の発言に気付いたシシリーは顔どころか首から上を真っ赤にし……。
「い、いやあああ!」
温泉の方へ走り去ってしまった。
皆はその様子を生温かく見ていたが、俺とオーグだけはそれに乗れなかった。
「シン、分かってるよな」
「ああ、あそこまで言わせて分からない程鈍感じゃないよ」
「あそこまで言われないと分からない鈍感なんだよ」
「うぐっ……」
「まあ……頑張れ」
「ああ」
そう言って俺達も温泉に行こうとして……。
「あれ? じいちゃん、いたの?」
「ほっほ……ずっとおったわい……」
爺さんの空気化が進んでいた……。
若干落ち込んでいる爺さんを慰めながら温泉に入る。
そして温泉から上がってからの夕食は、シシリーが真っ赤な顔のままでこちらを見ようとしないので、何とも微妙な雰囲気のまま食べ終わった。
使用人さん達もニヤニヤしっ放しだったしな。
夕食の後は各々の自由時間となる。
今日やって来た二人は、ばあちゃんの所で話をしてるし、爺さんの所にもリンやトールといった魔法を上達させたい組が集まっていた。
良かったね爺さん……忘れられてないよ……。
かくいう俺は特にやる事もないし、温泉と食事で火照った身体を涼ませようと、外に出た。
この屋敷の庭には池があって、その側に東屋があるのでそこで涼もうかな。
すっかり日の落ちた夜の空は満点の星空だった。
こうして星空を見ているとここが地球では無い事を実感する。見慣れた星座が一つも見当たらない。
「やっぱり……地球じゃないんだなあ……」
「え? シン君!?」
「ん? あ、シシリー?」
東屋には先客がいた。
「ど、どどどうしたんですか? こんな所で」
「ああ、温泉と食事で身体が火照っちゃったから涼もうかと思って。シシリーは?」
「わ、私も……そう! 温泉で火照っちゃって!」
「そっか、ねえシシリー」
「は、はい!」
「隣いい?」
「ハ、ハヒ!」
何かシシリーの返事が変だったけど、気にしないで隣に座った。
シシリーはさっきの失言を気にしているのか、真っ赤なまま無言だし、俺も何と切り出していいのか分からずお互い無言の時間が流れた。
やがてその無言の時間に耐え切れなくなったのか、シシリーが口を開いた。
「あ、あのシン君……その、さっきはすいませんでした」
「え? ああ、別に気にしてない……っていうか……俺、嬉しかったし」
「え!?」
「ねえシシリー、初めて会った時の事覚えてる?」
「はい、覚えてますよ。マリアと二人で男の人に絡まれててとても困ってました」
「そうそう、俺が『お困りですか?』って聞いたら……」
「『はい! 超お困りです!』って……なんて返事するんだろうって思っちゃいました」
「アハハ! そうそう、俺も思った」
「それから……あっという間にシン君が男の人をやっつけちゃって……その後も紳士的に接してくれて……」
「俺さ、あの時のシシリーを見て頭に雷が落ちたんだ」
「え……」
「なんて可愛い娘なんだろうって」
「え! あぅ……そ、その……私も思いました、なんて格好いい人なんだろうって……」
「そっか……」
「はい……」
「シシリー」
「ハ、ハイ!」
俺はシシリーの顔を見た。
真っ赤になって、何か必死な感じのシシリーを見ながら……俺は……。
「好きだよ、シシリー」
俺の想いを告げた。
告白を聞いたシシリーは、しばらく固まり、そして……涙を流し始めた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
「う、嬉しいです……シン君は優しいから……私の事、何とも思ってないんじゃないかって……」
「……そんな風に思わせちゃったか……」
「でも! でも……そうじゃないって……そうじゃないって今言ってくれました」
「……」
「私も……私も好きです……大好きですシン君」
「シシリー……」
「シン君……」
「シシリー……俺と……俺の彼女になってくれる?」
「はい。シン君の彼女にして下さい」
やった! 俺は内心で叫び出したい心境を抑えてシシリーと見詰め合った。
すると……シシリーがスッと目を瞑った。
これは……いいのか? いいのか、シシリーはもう俺の彼女だもんな!
そうしてシシリーの顔に俺の顔を近付けていき……。
「ちょ! ちょっと押さないで!」
「ホラ! そこだよ! 一気にいっちまいな!」
「あわわわ!」
池の畔の木の影からドサドサと皆が倒れ込んで来た。
研究会の面々に爺さんばあちゃん、エリーにメイちゃん、使用人さん達まで。
なんてベタな! それより、どうやってその木の影に隠れてた!
「な、ななななな!!」
皆に見られていた事にパニックになるシシリーの頭を撫でながら皆に視線を向ける。
「あのさ……覗き見ってどうなのよ?」
「こんなビッグイベント、見過ごせる訳無いじゃない!」
何故かマリアに怒られた。何故だ?
「私はシンを焚き付けた張本人だからな、責任を持って見守る必要がある」
「私はアウグスト様の婚約者ですから、同じく責任が」
「はわわ、大人の情事です!」
オーグは分からんでも無いけど、エリーのはなんだ? そしてメイちゃん! 十歳の女の子が情事なんて言っちゃいけません!
「シン! 良くやった! 良くやったよ!」
ばあちゃんが超嬉しそうだ。
「はあ……そっとしといて欲しかったけど……まあそんな訳で、シシリーと恋人になりました」
『おお~』
何故か拍手が起きた。
「これは早速お祝いをしなければいけませんね! 今日の夕飯は終わってしまったので明日ですね」
そう女中頭さんが提案した。
お祝いって……。
「そうじゃシン、シシリーさんの両親も呼んではどうかの?」
「え……俺が呼びに行くの?」
「シシリーさんと二人で報告に行けばいいじゃろう。そのまま連れておいで」
何かドンドン大事になっていく。
シシリーはそれでいいのかと視線を向けると……。
「シン君……」
何か、潤んだ目でこっちを見てた。
あ、ずっと頭撫でっ放しだった。
「シシリー、明日セシルさんとアイリーンさんの所にお付き合いの報告に行って、そのまま連れて来いってさ。どうする?」
「お付き合い……」
その言葉に照れてしまって俺の胸に顔を埋めてしまった。
うわ、ナニコレ? 超可愛い。
「凄いわね……付き合い出した途端に超ラブラブじゃない」
「付き合う前からアレだったからな、恋人同士になったらどうなるのかと思っていたが……」
「これはアレだね! モザイクがいるね!」
誰がモザイク案件か!
「まあ、とりあえずおめでとうと言っておく。だが、今は非常事態の最中だからな。付き合いにかまけて訓練を疎かにしないようにな」
「は、ハイ! 分かってます!」
「そう言うなら、何で今のタイミングで焚き付けたりしたんだよ?」
するとオーグは真剣な顔をして答えた。
「だってお前……物語なんかじゃ『この戦いが終わったら告白するんだ』って言った奴は……大抵死ぬだろう? その前にと思ったのだ」
……。
死亡フラグ回避かい!!MaxMan
「あの……何でそんな誤解を?」
「何でも何も、口を開けば、シンが、シンは、シンの奴が、シンには……シンシンシン! ちょっとでも時間があればシンさんのお家に行かれてしまうし、そう考えるのも無理ありませんわ!」
「いや! 無理があるでしょう!?」金裝牛鞭
「そうかしら?」
「そうでしょう!」
何で俺とオーグがそんな関係だと誤解を受けないといけないんだ、気持ち悪い!
はっ! もしかして、腐った脳をお持ちなのか!?
そんな新たな疑惑を感じていると、オーグが溜め息混じりに話し始めた。
「はぁ……よりにもよってシンとは……研究会には女もいるはずなんだがな。まぁそれより、確かにシンという全く気兼ねをしない友人が初めて出来て、浮かれてしまったのは事実だな」
「浮かれ過ぎですわ! シンさんと知り合ってから私の所にはあまり来て頂けなくなりましたし……」
「確かに男友達と連るんでるのって気兼ねしなくて良いから楽なんだよなあ」
「……アウグスト様は私といると気を使われますの?」
「そりゃそ……モガッ!」
「いや! そんな事は無いぞエリー! お前といるのは心が安らぐ」
「でも……」
「確かに男と女では対応が違う事はある。男同士だと馬鹿な事も出来るしな。私にとって初めての体験だったから、ついはしゃいでしまったのだ」
「そ、そうでしたの……」
オーグは俺の口を手で塞ぎながら捲し立てた。
必死だな。
ついニヤッとした事がオーグの手を通して伝わったんだろう。
「何を笑っている?」
口を塞いでいた手を離しながらそう問いかけてきた。
「別に? 必死だなとか思ってないよ?」
「くそ! まさかシンにからかわれる日が来るとはっ!」
何か痛恨の極み! みたいな顔してる。失礼な!
「……やっぱり怪しいですわ」
「そんな事ないって!」
「そうだ、シンにはもう女がいるからな。他にかまけている暇など無いぞ」
「そうなんですの?」
「オーグ! お前何言ってんだ!」
「シン、お前そろそろハッキリしろ」
オーグが突然言い出した事に抗議しようとするが、意外にも真剣な顔をしながら返された。
「ハッキリって……」
「その態度だ。お互いに好意を持っているのは分かっている。なのにいつまでも……いい加減見ているこっちがイライラしてくる」
お互いって……確かにシシリーは俺に優しくしてくれるけど、それはシシリーが優しいからであって……。
「シシリーが俺に好意を持ってるって何で分かるんだよ」
「そんな事、見ていれば分かる」
「実際に言葉にして聞いたのかよ?」
「それは聞いていない」
「じゃあ何でそんな事言い切れるんだよ。もし勘違いだったら、これからどうやって接していけばいいんだよ」
「じゃあお前は、ずっとこのままで良いという事か?」
「そ、それは……」
「相手の気持ちが分からないなんて当たり前の事だ。現に幼い頃からずっと一緒にいて、今は婚約者にまでなったというのに、未だにこんな誤解を受けているんだからな」
「確かに」
「ちょっと! そこで私を引き合いに出さないで頂けます!?」
「それともお前は相手から言わせるつもりか? 女の方から。自分にはその勇気が無いから」
「そ、そんな事!」
「じゃあいい加減にハッキリしろ。向こうだって待ってるんじゃないのか?」
「……」
「まあ決めるのはお前だがな、出来ればハッキリして欲しい所だ。そうしないと……」
「しないと?」
「……いつまでも誤解されたままだぞ?」
「それは困るな」
「だから! 私を引き合いに出すなって言ってんでしょうがあ!!」
「エリー姉様、口調が乱れてるです」
「はっ! 私とした事が」
オーグから言われて、自分が逃げていた事に気付いた。
断られたらどうしよう。勘違いだったらどうしよう。そんな事ばかり考えていた。
相手の気持ちが分かった上でないと行動出来ないのか?
そんな情けない話は無い。
恋人同士になれるかどうかは分からないけど、今はシシリーにこの想いを告げたい気持ちでイッパイになっていた。
オーグに諭されたってのがどうかと思うけど、恋愛に関しては婚約者までいる先輩だ。
意見は素直に聞き入れよう。
「ところで、そろそろ向こうへ戻らないか? 早くしないと二人分の夕食も追加で作って貰わないといけないしな」
「あ、そうだな」
二人追加になるんだから早めに言っとかないと。すっかり忘れていた。
「じゃあ戻るか」
そう言って二人の荷物を異空間収納に入れてゲートを開く。
既に何度か見ている警備兵の皆さんやディスおじさんは驚いていないが、初めて見た二人はゲートの魔法を呆然と見ていた。
「じゃあディスおじさん、明日また来るから、メイちゃんはこっちで責任持って預かるよ」
「では父上、合宿に戻ります」
「うむ、気を付けてな。それからシン君」
「なに?」
「くれぐれも自重するようにな」
「……」
「父上、残念ですが……既に手遅れです」
「やっぱりか。注意するのが遅いと思ったんだよ」
「そ、それじゃあ戻るね! 二人とも、このゲートを潜って!」
話がおかしな方向へ向かいそうだったので呆然としている二人を促しゲートを潜った。
ゲートを潜り抜けた先はもう湯煙の立ち上がるクロードの街だ。
クロード家の屋敷まで一気にゲートで行っても良かったのだが、折角温泉街に来たんだから街の門に程近い場所にゲートを開いた。
「ほ、本当にクロードの街ですわ……」
「凄いです! さっきまでお城にいたのにもうクロードの街に着いたです!」
唖然としているエリザベートとゲートの魔法にはしゃいでいるメイちゃん。
俺の魔法を素直に喜んでくれるメイちゃんにホッコリしていた。
「メイ、ハシャギ回ってはぐれても知らないぞ」
「はわ! ま、待って下さい!」
皆を置いて行こうとするオーグに知らない街ではぐれたら大変だと後を付いていくメイちゃん。
「メイちゃん」
「なんですか?シンお兄ちゃん」
「はぐれたら大変だからね、ホラ」
「え? ハイです!」
差し出した手を握ってきたメイちゃんにまたもホッコリしていた。
「……そういう事は自然に出来るのに、何でいざとなるとヘタれるのか……」
「あら、そう言うアウグスト様も、中々私を婚約者にして頂けなかったじゃありませんか」
「ばっ! そんな話をするな!」三體牛寶
俺達の前の方でオーグとエリザベートが腕を組みながら何か楽しい会話をしてるっぽい。
聞きたいけど、手を繋いでニコニコしてるメイちゃんを放っていけないので今は我慢するか。
後でからかってやろう。
「シン……今のは聞かなかった事にしろ」
「えー? 何の事?」
「くっ! いい気になるなよ……」
「どこの悪役の台詞だよ、それ」
「シンお兄ちゃん凄いです!」
メイちゃんが尊敬の眼差しを向けてくれるのがこそばゆい。
そして、前を歩くオーグとエリザベートは腕を組んで仲良さそうにしている。
どうもさっきのオーグとのやり取りで誤解は解けたみたいだ。
あの気持ち悪い誤解をされなくなったのは良かったのだが、シシリーのいるクロード家の屋敷が近付くにつれて何か緊張してきた。
「シンお兄ちゃん、どうしたですか?」
「ん? いや、何でもないよ」
口数が少なくなった俺に、メイちゃんから心配そうな顔で声を掛けられた。
イカンイカン、こんな小さい子に心配掛けるなんて。せめて普段通りにしないと。
なんとか心を落ち着かせた頃、クロード家の屋敷に着いた。
「ここがクロード家の屋敷だよ」
「おや、お帰りなさいませシン様、アウグスト様、今日はこちらからお戻りなのですね」
「あ、ただいま。うん、この二人にクロードの街を見せてあげたかったからね」
「そんなに我が街を気に入って頂けたのですね。嬉しいです!」
「まあ……そうなんだけどね……」
門番さんが凄い感動してる。よっぽどこの街が好きなんだろうな。
「ところで、そちらのお二方は?」
「申し遅れました。私、アウグスト様の婚約者でエリザベート=フォン=コーラルと申します」
「アウグストお兄様の妹のメイ=フォン=アールスハイドです!」
それを聞いた門番さんはしばらく固まった後、唐突に膝をついた。
「も、ももも申し訳御座いません! 殿下のご婚約者様と姫様とは露知らず、御無礼を致しました!」
頭が地面につきそうな勢いで頭を下げる門番さん。
そうか、普通はこういう態度になるのか。
「突然来たこちらにも非はありますわ。どうか頭をお上げになって」
「はっ! 恐縮で御座います!」
そう言って門番さんは立ち上がった。
「ねえ、エリザベートさん。俺もこういう態度で接した方がいい?」
「エリーで結構ですわシンさん。アウグスト様とド突き合いの漫才をされてる方からそういう態度を取られると、こちらがどうしていいか分からなくなるので止めて下さいな」
「そうです! シンお兄ちゃんはそのままが良いです!」
「今更シンからそういう態度を取られるとか……何か企んでるんじゃないかと疑ってしまうな」
漫才があるのか……。
それよりオーグの言葉はともかく、お許しが出たのでそのままでいいや。
「これからこの二人も滞在するから伝えといて貰えるかな?」
「はい! 畏まりました!」
そう言って、別の人が屋敷に走って行った。
「じゃあ、中に入ろうか」
「ハイです!」
「分かりましたわ」
「フフ、すっかりこの家の住人みたいじゃないか」
「だからそういう事を言うな!」
また緊張してきたじゃないか!
「ふっくっくっく」
「アウグスト様……」
「お兄様、性格悪いです!」
折角普段通りになってきたのに、直前で元に戻っちゃったじゃないか。こんな状態でシシリーに会ったら……。
「あれ? シン君、表から戻って来たんですか?」
館に入ってすぐシシリーに会った。
こういう時に限って!
「あ、ああ、いや、ええと……そう! この二人にクロードの街を見せてあげたかったから……」
そう言ってエリザベートとメイちゃんを紹介する。
「お久しぶりです、エリザベート様、メイ姫様」
シシリーは知ってたらしい。
「お久しぶりですわシシリーさん、今日からしばらくお世話になりますわね」
「お久しぶりですシシリーさん! 私も宜しくお願いします!」
「え? お二人も合宿に参加するんですか?」
「いえ、私達はアウグスト様に会いに来ただけですわ」
「折角お休みになったのに遊んでくれないからです」
「訓練のお邪魔はしませんから、許して頂けないでしょうか?」
「私からも頼むクロード。この二人も世話してやってくれないか」
オーグからもお願いされたシシリーは俺の方を見た。
「あ、ええと……オ、オーグを研究会で随分引っ張り回してるから、二人ともあんまり一緒にいられないらしくて……だからその……いいかな?」
「シン君と殿下が良いなら私は良いですけど……」
「な、なに?」
「シン君どうしたんですか? 何か態度がおかしいというか……」
「べ、別に普通だよ!」
「そうですか?」
シシリーが首を傾げる。後ろではオーグが笑いを堪えているのが分かった。
くそ! 後で覚えてろよ!福潤宝
「ああ、さっき言っていたのはシシリーさんの事でしたか」
「シンお兄ちゃんとシシリーさん、お似合いです!」
「はい?」
「ちょおっと二人とも! 何を言っているのかな!?」
何を口走ってくれちゃってますか!
「シン君……やっぱり変ですよ?」
「そ、そんな事ないって! それより、ばあちゃんの講義は終わったの?」
「あ、はい。今丁度終わってこれから夕食の前にお風呂に入ろうという事になりまして……」
シシリーがそう言った時、奥の部屋から皆が出てきた。
「メリダ様、とっても素晴らしい講義でしたぁ」
「そうかい? シンの付与を見た後じゃ大した事無いだろ?」
「ウォルフォード君の付与は、ちょっと意味が分からないというかぁ……」
「ああ、確かにねえ、普通の人間ならアタシの講義で丁度いいか」
「決してメリダ様が劣ってるとか、そういう意味じゃないんですけどぉ……」
「気を使わなくていいよ、あの子が異常なだけだから」
「そうですねぇ」
「うぉい! 人のいないところで俺を異常者にするな!」
ビックリするくらい好き勝手言ってんな!
「おや、お帰り。遅かったねえ」
「普通に対応された!?」
「シン、何を騒いでる?」
「あれ? さっきの会話、おかしかったよね?」
「何がだ?」
「まさか……俺は異常者扱いなのか?」
「今更何を言ってんだい。アンタの魔法が異常なのは皆知ってる事だろう」
「そうだな、本当に今更だな」
分かっちゃいたけど突っ込まずにはいられなかった。
「ぷっ……くく……あははは!」
そんなやり取りを見ていたエリーが笑い出した。
「ああ、可笑しいですわ。アウグスト様は普段からこんなやり取りをされてるんですのね」
そう言ってエリーはオーグを見ていた。
どうやらオーグが研究会に入り浸っている理由が納得いったらしい。
「あの……シンお兄ちゃん……」
メイちゃんが俺の袖をクイクイと引っ張る。
ああ、そうか。この子、ばあちゃんに憧れてるんだっけ。
「ばあちゃん」
「ん? なんだい?」
「この子、オーグの妹でメイちゃんって言うんだ」
「はわ! あの、あの、アウグストお兄様の妹でメイです! あの……あの……」
「ばあちゃんに憧れてるらしいんだよ」
「おや、そうなのかい? 本や舞台と違って、こんなお婆ちゃんでがっかりしたろ?」
「いえ! そんな事ないです! 私のお婆様より全然若いし、綺麗だし、それに……」
そう言ってばあちゃんの身体を見る。
「申し遅れましたわ、私アウグスト様の婚約者のエリザベート=フォン=コーラルと申します。メイの言いたい事は分かりますわ。そのお歳でその体形……是非ともご教授して頂きたいですわ」
エリーもそう言って同意した。
エリーもばあちゃんを見る目に尊敬の念が見える。
本当に王国中の女の子の憧れなんだな、ばあちゃん。
「フフ、ありがとさん。さて、これから夕食の前に皆で温泉に入りに行こうかと思ってたんだよ。アンタ達も来るかい?」
「ハイです! 行きたいです!」
「私もご一緒致しますわ」
「よし、それじゃあメイちゃんと言ったね?」
「ハ、ハイ!」
「ホラ、一緒に行こうかい」
「え!? あの、あの」
ばあちゃんの差し出した手に、どうしていいか分からなくなった様子のメイちゃんが、俺に助けを求めるような視線を向けて来た。
「ばあちゃん、メイちゃんの事よろしくね」
「ああ、任せといで」
「ホラ、メイちゃん」
「し、失礼します……」
おずおずとばあちゃんの手を取る。
するとばあちゃんは満面の笑みを浮かべてその手を握った。
「女の子は何とも可愛らしいねえ」
「悪かったな、可愛くない男で」
「本当だよ。アンタは目を離すと何をしでかすか分かったもんじゃ無かったからねえ、小さい頃手を繋いでたのは拘束する為だったからね」
「うそ!? マジで!?」
「さあメイちゃん、温泉に行こうかい」
「ハイです!」
そうして二人連れ立って行ってしまった。
驚愕の事実に呆然としていると、皆が同情の視線を向けて来た。
「メリダ様の気持ち、分かるわあ」
「シン君みたいな子供じゃ拘束しとかないと心配でしょうがないよね!」
「確かに、効率的。よく分かる」
「ごめんねぇウォルフォード君。私もよく分かるわぁ」
「私の子供はそんな事が無いように祈ります」
同情の視線はばあちゃんにか!挺三天
あまりの仕打ちに膝をついてしまった。
「あ、あの……私は……」
シシリーだけ言い淀んだ。言い淀んだって事はそう思ってるって事か……。
「いいんだ……シシリーもそう思ってるんだろ?」
「そ、そんな事ないです! シン君の子供なら・・・・可愛いでしょうし、私は喜んで手を繋ぎますよ!」
……。
あれ?何か話の主旨が違うような……。
周りもその事に気付いたのか一瞬の静寂が降りた。
「シシリー……アンタ……」
「あ、あれ? 私、今何を?」
「盛大な自爆。ビックリした」
「え? あ、ああ!」
自分の発言に気付いたシシリーは顔どころか首から上を真っ赤にし……。
「い、いやあああ!」
温泉の方へ走り去ってしまった。
皆はその様子を生温かく見ていたが、俺とオーグだけはそれに乗れなかった。
「シン、分かってるよな」
「ああ、あそこまで言わせて分からない程鈍感じゃないよ」
「あそこまで言われないと分からない鈍感なんだよ」
「うぐっ……」
「まあ……頑張れ」
「ああ」
そう言って俺達も温泉に行こうとして……。
「あれ? じいちゃん、いたの?」
「ほっほ……ずっとおったわい……」
爺さんの空気化が進んでいた……。
若干落ち込んでいる爺さんを慰めながら温泉に入る。
そして温泉から上がってからの夕食は、シシリーが真っ赤な顔のままでこちらを見ようとしないので、何とも微妙な雰囲気のまま食べ終わった。
使用人さん達もニヤニヤしっ放しだったしな。
夕食の後は各々の自由時間となる。
今日やって来た二人は、ばあちゃんの所で話をしてるし、爺さんの所にもリンやトールといった魔法を上達させたい組が集まっていた。
良かったね爺さん……忘れられてないよ……。
かくいう俺は特にやる事もないし、温泉と食事で火照った身体を涼ませようと、外に出た。
この屋敷の庭には池があって、その側に東屋があるのでそこで涼もうかな。
すっかり日の落ちた夜の空は満点の星空だった。
こうして星空を見ているとここが地球では無い事を実感する。見慣れた星座が一つも見当たらない。
「やっぱり……地球じゃないんだなあ……」
「え? シン君!?」
「ん? あ、シシリー?」
東屋には先客がいた。
「ど、どどどうしたんですか? こんな所で」
「ああ、温泉と食事で身体が火照っちゃったから涼もうかと思って。シシリーは?」
「わ、私も……そう! 温泉で火照っちゃって!」
「そっか、ねえシシリー」
「は、はい!」
「隣いい?」
「ハ、ハヒ!」
何かシシリーの返事が変だったけど、気にしないで隣に座った。
シシリーはさっきの失言を気にしているのか、真っ赤なまま無言だし、俺も何と切り出していいのか分からずお互い無言の時間が流れた。
やがてその無言の時間に耐え切れなくなったのか、シシリーが口を開いた。
「あ、あのシン君……その、さっきはすいませんでした」
「え? ああ、別に気にしてない……っていうか……俺、嬉しかったし」
「え!?」
「ねえシシリー、初めて会った時の事覚えてる?」
「はい、覚えてますよ。マリアと二人で男の人に絡まれててとても困ってました」
「そうそう、俺が『お困りですか?』って聞いたら……」
「『はい! 超お困りです!』って……なんて返事するんだろうって思っちゃいました」
「アハハ! そうそう、俺も思った」
「それから……あっという間にシン君が男の人をやっつけちゃって……その後も紳士的に接してくれて……」
「俺さ、あの時のシシリーを見て頭に雷が落ちたんだ」
「え……」
「なんて可愛い娘なんだろうって」
「え! あぅ……そ、その……私も思いました、なんて格好いい人なんだろうって……」
「そっか……」
「はい……」
「シシリー」
「ハ、ハイ!」
俺はシシリーの顔を見た。
真っ赤になって、何か必死な感じのシシリーを見ながら……俺は……。
「好きだよ、シシリー」
俺の想いを告げた。
告白を聞いたシシリーは、しばらく固まり、そして……涙を流し始めた。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
「う、嬉しいです……シン君は優しいから……私の事、何とも思ってないんじゃないかって……」
「……そんな風に思わせちゃったか……」
「でも! でも……そうじゃないって……そうじゃないって今言ってくれました」
「……」
「私も……私も好きです……大好きですシン君」
「シシリー……」
「シン君……」
「シシリー……俺と……俺の彼女になってくれる?」
「はい。シン君の彼女にして下さい」
やった! 俺は内心で叫び出したい心境を抑えてシシリーと見詰め合った。
すると……シシリーがスッと目を瞑った。
これは……いいのか? いいのか、シシリーはもう俺の彼女だもんな!
そうしてシシリーの顔に俺の顔を近付けていき……。
「ちょ! ちょっと押さないで!」
「ホラ! そこだよ! 一気にいっちまいな!」
「あわわわ!」
池の畔の木の影からドサドサと皆が倒れ込んで来た。
研究会の面々に爺さんばあちゃん、エリーにメイちゃん、使用人さん達まで。
なんてベタな! それより、どうやってその木の影に隠れてた!
「な、ななななな!!」
皆に見られていた事にパニックになるシシリーの頭を撫でながら皆に視線を向ける。
「あのさ……覗き見ってどうなのよ?」
「こんなビッグイベント、見過ごせる訳無いじゃない!」
何故かマリアに怒られた。何故だ?
「私はシンを焚き付けた張本人だからな、責任を持って見守る必要がある」
「私はアウグスト様の婚約者ですから、同じく責任が」
「はわわ、大人の情事です!」
オーグは分からんでも無いけど、エリーのはなんだ? そしてメイちゃん! 十歳の女の子が情事なんて言っちゃいけません!
「シン! 良くやった! 良くやったよ!」
ばあちゃんが超嬉しそうだ。
「はあ……そっとしといて欲しかったけど……まあそんな訳で、シシリーと恋人になりました」
『おお~』
何故か拍手が起きた。
「これは早速お祝いをしなければいけませんね! 今日の夕飯は終わってしまったので明日ですね」
そう女中頭さんが提案した。
お祝いって……。
「そうじゃシン、シシリーさんの両親も呼んではどうかの?」
「え……俺が呼びに行くの?」
「シシリーさんと二人で報告に行けばいいじゃろう。そのまま連れておいで」
何かドンドン大事になっていく。
シシリーはそれでいいのかと視線を向けると……。
「シン君……」
何か、潤んだ目でこっちを見てた。
あ、ずっと頭撫でっ放しだった。
「シシリー、明日セシルさんとアイリーンさんの所にお付き合いの報告に行って、そのまま連れて来いってさ。どうする?」
「お付き合い……」
その言葉に照れてしまって俺の胸に顔を埋めてしまった。
うわ、ナニコレ? 超可愛い。
「凄いわね……付き合い出した途端に超ラブラブじゃない」
「付き合う前からアレだったからな、恋人同士になったらどうなるのかと思っていたが……」
「これはアレだね! モザイクがいるね!」
誰がモザイク案件か!
「まあ、とりあえずおめでとうと言っておく。だが、今は非常事態の最中だからな。付き合いにかまけて訓練を疎かにしないようにな」
「は、ハイ! 分かってます!」
「そう言うなら、何で今のタイミングで焚き付けたりしたんだよ?」
するとオーグは真剣な顔をして答えた。
「だってお前……物語なんかじゃ『この戦いが終わったら告白するんだ』って言った奴は……大抵死ぬだろう? その前にと思ったのだ」
……。
死亡フラグ回避かい!!MaxMan
2015年8月24日星期一
紅蓮騎士
「お、おおおおおおあああああッ!」
血晶を飲み込んだグラディスが、大きく身体を曲げる。
頭を抑える手は筋肉が膨らんでいることから相当な力が込められていることが分かり、呻く声は獣が上げる雄叫びとよく似ていた。三体牛鞭
恐らくは今、想像を絶する苦痛がグラディスを襲っているのだろう。
人を辞めるというのは、そういうことなのかもしれない。どうしようもなさから、噛みしめる歯の奥で、そんなことを思う。
三人の男達──恐らくは全員が人ではない──の奥に見えるアルマは、事態に理解が追い付いていないようだった。激しい混乱の中、更に想定外のことが起きたのだ、無理もない。
この世のものとは思えぬ苦悶の声を上げるグラディスの横で、ゼツロが眼を細めて笑う。
「くつくつ、始まったか。随分と色々なモノを溜め込んでいたのだろうな。お前的にはどうだ? これは」
異様な様子のグラディスの仕草を見て楽しむように、ゼツロは何者かに語りかける。
その声の行く先は私でもアルマでもない。声はグラディスを挟んだ位置にいるもう一人の男へと向けられている。
……そうだ。あまりの事に冷静さを欠いていたが、乱入者はもう一人いるのだった。
咄嗟に睨みつけると、顔を隠したままの男は影から声を放る。
「見れば分かるだろう、失敗だ。恐らく自我は残るまい」
「失敗だと……!? 突然現れて、お前達は何をいっている──!」
その声に反応をしたのは、男たちへ強い敵意を向けるアルマだ。
私の疑問を代弁するかのようなアルマの声には、殺気にも近い怒気が混じっている。
アルマがここまで怒るのは珍しい……いや、初めて見るかもしれない。だがすぐに飛びかかっていかないのは良かった。怒りながらも、判断は冷静だ。
射殺すような視線と声に、フードを被った男はアルマの方を向き直る。
そしてフードを取り払うと──アルマの顔が驚愕に支配された。
「馬鹿な……お前は……ッ!」
「……俺を覚えていたか、久しいな。……だが、今はお前達の事はどうでもよい」
私の位置からでは、男の顔は見えない。だが久しいということは、アルマと何らかの関係があるのだろう。
だが私の方も今はそれどころではない。ゼツロが此方へ、凄まじい殺気を叩きつけて来るからだ。
今にも飛びかかってきそうな紅い瞳に、片時も気を抜けない。
しかし──
「ゼツロ!」
顔の見えぬ男が名を呼ぶと、ゼツロは殺気を収めた。
一つため息を吐き出し、肩を竦める。
「わかった、わかったとも。そういうわけでスラヴァ殿。その内また見えよう。……死ぬのだけは、御免なのでな。
くつくつ……そうだ、ここでお前に死なれては寂しいからなあ」
呆れた顔から、私に対してほんの一瞬だけ殺気を放ったゼツロが背を向ける。
そのままゼツロはコロッセオの頂上部まで飛び上がり、追えぬ距離まで移動していた。
前に手を合わせた時よりも、魔力が強くなっている。それは修行によるものか、よりタリスベルグに近づいた故か。……恐らくは後者なのだろうな。
去ったゼツロを見届けると、もう一人の男もその後を追おうとする。
「待て!」
反射的に、私はその背に叫んでいた。
男の動きが止まるが、此方へ顔を向ける素振りはない。
その余裕に苛立ちを感じつつも、私は続く疑問を叫ぶように浴びせた。
「貴様達は……いや、貴様は一体何者だ? 何の目的があってこんな事をする!」
「目的、か」
問いかけに対し、男は手を顎に沿わして考えるような素振りを見せる。
数秒ほど考え、男は深い沼のような声を空に這わせた。威猛酷哥
「そんなものは昔から変わらん。強さの獲得。一点のみ」
「……!」
聞き覚えのない声で紡がれる男の言葉に、私は強烈な既視感を覚えた。
だが問い詰める間もなく、私が眼を見開くと、次の瞬間には男はもう消えていた。
どこでどう会ったかはわからぬが、此奴と私は既に会ったことがある。そんな確信を残したまま、しかし何もわからぬまま男が去っていったことに手を握りこむ。
考えるのは苦手だというに、次から次へと……!
だが今はグラディスの処理が先だ!
「ぐうおああああぁぁぁッッ!」
先程よりも大きな声で叫びながら、なおも頭を抱え続けるグラディス。
……処理とはいっても、こうなった状態の者を救う手立てなど、知るわけもない。
気は乗らぬが変化が終わる前に──人であるうちに殺す!
無理やり変えた意識で腕に魔力を込め、駆け出す。明確な殺気を感じ取ったか、アルマが私を制止するために叫ぶが、最早なんといわれたかを考える暇もない。
『試製桜花』を発動し限界を超えた魔力が腕に満ちる。
一撃必殺の意志を持って狙うは、こめかみだ。いかにゼツロのような生命力を持つ化け物が相手だとしても、頭を破壊すれば流石に動くことは出来まい。
脳を守る頭蓋骨は人が持つ骨の中でも屈指の頑丈さを誇るが、こめかみの部分だけはひどく薄い。
確実に殺す必要がある故に、必殺を求めた拳。
無防備で蹲る者へ振り下ろすべきではない拳がグラディスへと走り──
生々しさを伴った、破砕音を響かせた。
「──ッ!」
ただし砕けたのは、私の拳の方。
グラディスのこめかみ──いや、頭部は。
外殻を持つ生物のように、血晶で覆われていた。
「スラヴァっ!」
私の潰れた拳を見てアルマが叫ぶ。
痛みに歯を擦り潰しつつ、私は瞬時に試製桜花を解除してアルマの方へと跳ねた。
「その拳、大丈夫なのか!?」
「問題はありませぬ。今の内に集中すれば、すぐに使えるようになりましょう」
全力で拳へと集わせた治癒の魔術で、潰れた拳はもう形だけは元通りとなっていた。まともに使うにはもう少し時間が掛かるが、深刻というほどのダメージではない。
……予想外だ。まさかこんなことになるとは──
眼前で変化していくグラディスの姿に、私達は言葉を発することも出来ない。
グラディス……いや、そこに居たのはもうグラディスとは呼べぬ存在なのだろう。
屈強で幅広な身体は隙間なく血晶で覆われ、その姿はまるで血に染まった騎士のよう。
眼を除けば人とは変わらぬゼツロとは違い、血晶を飲み込んだグラディスは既に人とは呼べぬ何かに変わり果てていた。
「お前は、アレを知っているのか? 私にも、説明してくれ。何が何だかわからないんだ」
隣に並び立つアルマが、視線を動かさぬまま、呟くように語りかけてくる。
そうか、人型のタリスベルグを見るのは、初めてか。
拳を振るい感覚を確かめ、私は構えを作る。
「簡単に説明すればタリスベルグです。先程飲み込んだ血晶が作用し、人ならざる者へと変化したようです」
「……ッ! 人型のタリスベルグだと……!? 何故お前がそれを知っているかは気になるが──どうすればいいか分かるか?」
「殺す以外無いでしょうな」
「やはり……か。くそっ! 先程からどうなっているんだ……!」
アルマが吐き出した悪態は、私の胸中にあるものと同じ言葉であった。
……ただ、彼女の理解できない点には、私も入っているのだろうなとふと思う。
嘆くように頭を抱え、身を反らすグラディスはもう声を発してはいなかった。
明確に一つ、人である証が奪われた様で痛ましく思うが──私の思いとは裏腹に、血晶の怪異は完成を迎える。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
頭を抱えていた手を降ろし、糸の切れた操り人形の様に頭を、両手を垂らすグラディス。
人でいう眼の部分に昏い光が灯ると、再び上体を逸し、拳を握りしめてタリスベルグが叫ぶ。
「ェェェェェェェェェッ!」
喉を潰された者がそれでも声を張り上げようとしたような、甲高い音。
生物と呼ぶことすら憚るナニカが、誕生した瞬間であった。
「……凄まじい、魔力だ……っ!」
怒りを体現するようにタリスベルグから吹き荒れる魔力に、腕で風を防ぐ。
魔力でいえばあの時のゼツロ以上か……!?
お世辞にも、グラディスの実力が人間のゼツロ以上であったとは考え難い。であれば、この力はあの闇を垂れ流す異様な血晶に依るものなのだろうか。
力の正体に考えを巡らせる私だが、ヒントの数はともかく、推理をしている時間はない。
魔力を収めたタリスベルグが辺りを見回し、私達の姿を捉える。
その瞬間、私は反射的に叫んでいた。
「……ち、来るぞ!」
自らの声を合図に、アルマと反対の方向へ飛び退く。
アルマも意図を察していたようで、私とは逆の方向へと飛んで難を逃れる。
そのまま血晶の拳が石畳の舞台へと振り下ろされる。すると火の大魔法を炸裂させたような音が響き──石畳を粉々に砕いた。
凄まじい威力だ……! 何の溜めも無しにこれほどの威力──やはり単純な破壊力だけならば、ゼツロよりも上か!
爆風に煽られるも、私とアルマはなんとか地面へと着地する。
地面へ埋まった手を引き抜いた、タリスベルグの瞳が私の方を向く。そこにグラディスの面影は見つからない。見つからないが──僅かにグラディスであった時の記憶が残っているのか、表情のない兜に光る目は、挑戦的である気がした。
彼もまた、何かしらの感情を私に持っているのだろうか。
だとするならば、グラディスの弔い合戦と行きたいところだが──
タリスベルグに警戒を保ちつつ、その背後に見える観客席へと僅かに視線を送る。
声からも感じてとれる事だが、理解の追いつかない展開にパニックを起こしているようだ。
……ソーニャやシェリルはどうしているだろうか。鈴が鳴ってモニカの場所に行っているのかもしれんな。だとすればモニカのことも少しは安心できるのだが。
なんにせよ、安全の確保のためなるべく早く決着を付ける必要がありそうだ。
できることならばこの手で葬ってやりたいが、ここはアルマと協力して少しでも早く打ち倒すのが先決だろう。
視線でアルマに協力を要請すると、タリスベルグの背後にいるアルマが首を傾ける。
タリスベルグのあの硬さを見れば『勁』や私ならば『天元一ツ』が有効だろう。
アルマもその事に気付いているといいが。
呼吸を合わせ、私とアルマは同時にタリスベルグへと飛びかかろうとする──が、タリスベルグはそれよりも早く行動に移る。
「ェェェェェェッ!」
声にならぬ叫びをあげ、タリスベルグが身を屈める。PPP RAM RUSH 芳香劑
隙にも見える行動だが、敵は完全なる未知数。私とアルマが様子見に入るのは半ば必然のことだ。しかし、その選択が間違いであると知るのは、そう遠くはなかった。
かつてナトゥーシャで相対したタリスベルグの様に──便宜上そう呼ぶが──グラディスの背には、サメのヒレを思わせる位置から縦に連なり、三つの血晶が生えていた。
叫ぶと同時に身を屈めたグラディスの背から、血晶が射出される。
だが、その血晶は空へと飛び上がり、私達とは見当違いの方向へと飛んで行った。
その行動に意図を探す私だが、答えは考えるまでもなく、光景によって想定すらしていなかった最悪のものを示される。
観客席の方へと突き刺さった血晶が激しく発光し、黒い皮膚を持つ不気味な化け物が生み出されたのだ。
「なんっ──!?」
常識を越えた光景に、思わず声が漏れる。
「馬鹿な──! タリスベルグがタリスベルグを生み出したというのか!?」
私よりも早く状況を叫んだのはアルマであった。
これでは人々の間に被害が出る──! あってはならぬ展開に、一瞬だけ思考がかき乱される。
グラディスは、私に生まれた僅かな隙を見逃さなかった。
軽く地面を蹴ったグラディスが私に肉薄する。鋭い血晶の爪を束ね、繰り出すは突き。
防御は論外、ならば流すしか無い!
「ちっ──!」
一瞬だけ送らされた反応が、私の身体を縛る。
だが、この程度の速度ならばまだなんとかなる。遅らされた反応が身体を縛るも、私はなんとか身を反らし、グラディスの爪を避けた。
かすった脇腹に切り傷が走るが、問題は無い。……が、反撃までは出来ないのがもどかしい。グラディスが攻撃動作を終了させてしまった以上、私に放てる反撃は打撃のみ。あの常識はずれの防御力の前では、此方が傷つくだけだろう。
経験による判断から、私は後方への跳躍で距離を取った。
……追撃してくる気配は見せない。自我は無くとも、ゼツロよりは慎重なようだ。
くそ、しかし厄介だ。
こうしていては生み出されたタリスベルグにより観客に被害が出てしまう。
さっさと此奴を片付けるか、それとも──!
葛藤の中、私は視界の中に映るアルマの姿を見て思考を止めた。いや、思考を続ける必要がなくなったというべきだろう。
そうだ、小型のタリスベルグはアルマに任せ、私はここでグラディスと戦えばよいのだ。
今は被害が広まる前に小型のタリスベルグを倒す事こそが優先事項だ。観客席の方には奴・もいるだろうし、今のシェリルをソーニャがサポートすれば、あの分体のタリスベルグならば何とかなりそうだ。
思いついた妙案を声に乗せてアルマへと届けようとする。
だが、その時には再びグラディスが向かってきていた。
ええい邪魔をする──! しかし今の私に油断は無い。動きを見極めんと目を凝らす──と、グラディスはその突進を九十度の方向へと向けた。
アルマの蹴りにより、吹き飛ばされたのだ。
硬いグラディスの血晶体を蹴った事で、痛みに顔を顰めるアルマだが──表情はそのままに、構わず叫ぶ。
「スラヴァ! 小型のタリスベルグを頼む! ここは、私が食い止める!」HARDWARE 芳香劑 RUSH『正品』
「な──!」
それは、私がいおうとしていた言葉であった。
またも先取りされた事で妙な気分になるが、今はそれどころではない。
「無茶だ! それに、この際だからいうが貴方よりも私の方が──」
感情に任せ、私は思うがままの言葉を紡いでしまう。
しかし──アルマは、それを遮った。
「そんな事はわかっている、だから頼むんだ。……私よりも、お前のほうが早く奴等を片付けられるだろう。その方が被害もずっと少なく済むはずだ。……それに、私は、お前の先生なんだぞ?
教え子により危険な方を任せられるか。少なくとも──師匠せんせいならば、そうする」
思わぬ言葉に、私は続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
……実力差は把握した上、か。
アルマの提案は、確かにと思える理を持っていた。
アルマが行くより、私が行った方が小さいタリスベルグを早く片付ける事ができるだろう。
だが娘をより危険な方に残す事は、出来ない。
「私を……信じてくれ」
ただひとつ──信じろとさえ、いわれなければ。
……手塩にかけた、とはいえん。私は歳をくっても自分のことばかりで、良い親とはいえなかった。
けれど、何よりも彼女のことは信じている。
私には勿体無い、真面目で優しい、良い子だと。約束を違えるような子ではないと。
「分かりました。ここは任せます。……ですが無理はせぬように。すぐに片付けて戻りますが故」
「わかってる。まだまだお前には聞きたいことがあるからな、死ぬ訳にはいかない。
お前が戻ってくるまでは時間稼ぎに終始するさ」
アルマの言葉を背に、私はグラディスに背を向けた。
観客席にいるタリスベルグ。その一番近いものへ視線を向けつつ、私は身を屈める。
背後からグラディスが迫る気配がする──が、再びアルマがそれを跳ね飛ばす。
「行け!」
アルマの声を背に、私は跳躍した。
私がやるべきは、最早娘を心配することではない。
一刻も早くタリスベルグを倒して観客の安全を確保し、アルマの救援に戻ることだ。
……くそ、知らぬ間に大きくなりおって。だがまだ、アルマ一人ではグラディスの相手をするのは難しいはずだ。
跳躍によって観客席へと降り立った私は、すぐさまかけ出した。
そして目当てのものを見つけ、睨みつける。
「時間がない──さっさと終わらせてもらうッ!」
黒い表皮を持ち、ところどころに赤い線がはしった不気味な生物。
手足は二本ずつ。人を模した出来損ないの様な生物に向け、私は弾ける花弁を吹き荒らす!SEX DROPS
血晶を飲み込んだグラディスが、大きく身体を曲げる。
頭を抑える手は筋肉が膨らんでいることから相当な力が込められていることが分かり、呻く声は獣が上げる雄叫びとよく似ていた。三体牛鞭
恐らくは今、想像を絶する苦痛がグラディスを襲っているのだろう。
人を辞めるというのは、そういうことなのかもしれない。どうしようもなさから、噛みしめる歯の奥で、そんなことを思う。
三人の男達──恐らくは全員が人ではない──の奥に見えるアルマは、事態に理解が追い付いていないようだった。激しい混乱の中、更に想定外のことが起きたのだ、無理もない。
この世のものとは思えぬ苦悶の声を上げるグラディスの横で、ゼツロが眼を細めて笑う。
「くつくつ、始まったか。随分と色々なモノを溜め込んでいたのだろうな。お前的にはどうだ? これは」
異様な様子のグラディスの仕草を見て楽しむように、ゼツロは何者かに語りかける。
その声の行く先は私でもアルマでもない。声はグラディスを挟んだ位置にいるもう一人の男へと向けられている。
……そうだ。あまりの事に冷静さを欠いていたが、乱入者はもう一人いるのだった。
咄嗟に睨みつけると、顔を隠したままの男は影から声を放る。
「見れば分かるだろう、失敗だ。恐らく自我は残るまい」
「失敗だと……!? 突然現れて、お前達は何をいっている──!」
その声に反応をしたのは、男たちへ強い敵意を向けるアルマだ。
私の疑問を代弁するかのようなアルマの声には、殺気にも近い怒気が混じっている。
アルマがここまで怒るのは珍しい……いや、初めて見るかもしれない。だがすぐに飛びかかっていかないのは良かった。怒りながらも、判断は冷静だ。
射殺すような視線と声に、フードを被った男はアルマの方を向き直る。
そしてフードを取り払うと──アルマの顔が驚愕に支配された。
「馬鹿な……お前は……ッ!」
「……俺を覚えていたか、久しいな。……だが、今はお前達の事はどうでもよい」
私の位置からでは、男の顔は見えない。だが久しいということは、アルマと何らかの関係があるのだろう。
だが私の方も今はそれどころではない。ゼツロが此方へ、凄まじい殺気を叩きつけて来るからだ。
今にも飛びかかってきそうな紅い瞳に、片時も気を抜けない。
しかし──
「ゼツロ!」
顔の見えぬ男が名を呼ぶと、ゼツロは殺気を収めた。
一つため息を吐き出し、肩を竦める。
「わかった、わかったとも。そういうわけでスラヴァ殿。その内また見えよう。……死ぬのだけは、御免なのでな。
くつくつ……そうだ、ここでお前に死なれては寂しいからなあ」
呆れた顔から、私に対してほんの一瞬だけ殺気を放ったゼツロが背を向ける。
そのままゼツロはコロッセオの頂上部まで飛び上がり、追えぬ距離まで移動していた。
前に手を合わせた時よりも、魔力が強くなっている。それは修行によるものか、よりタリスベルグに近づいた故か。……恐らくは後者なのだろうな。
去ったゼツロを見届けると、もう一人の男もその後を追おうとする。
「待て!」
反射的に、私はその背に叫んでいた。
男の動きが止まるが、此方へ顔を向ける素振りはない。
その余裕に苛立ちを感じつつも、私は続く疑問を叫ぶように浴びせた。
「貴様達は……いや、貴様は一体何者だ? 何の目的があってこんな事をする!」
「目的、か」
問いかけに対し、男は手を顎に沿わして考えるような素振りを見せる。
数秒ほど考え、男は深い沼のような声を空に這わせた。威猛酷哥
「そんなものは昔から変わらん。強さの獲得。一点のみ」
「……!」
聞き覚えのない声で紡がれる男の言葉に、私は強烈な既視感を覚えた。
だが問い詰める間もなく、私が眼を見開くと、次の瞬間には男はもう消えていた。
どこでどう会ったかはわからぬが、此奴と私は既に会ったことがある。そんな確信を残したまま、しかし何もわからぬまま男が去っていったことに手を握りこむ。
考えるのは苦手だというに、次から次へと……!
だが今はグラディスの処理が先だ!
「ぐうおああああぁぁぁッッ!」
先程よりも大きな声で叫びながら、なおも頭を抱え続けるグラディス。
……処理とはいっても、こうなった状態の者を救う手立てなど、知るわけもない。
気は乗らぬが変化が終わる前に──人であるうちに殺す!
無理やり変えた意識で腕に魔力を込め、駆け出す。明確な殺気を感じ取ったか、アルマが私を制止するために叫ぶが、最早なんといわれたかを考える暇もない。
『試製桜花』を発動し限界を超えた魔力が腕に満ちる。
一撃必殺の意志を持って狙うは、こめかみだ。いかにゼツロのような生命力を持つ化け物が相手だとしても、頭を破壊すれば流石に動くことは出来まい。
脳を守る頭蓋骨は人が持つ骨の中でも屈指の頑丈さを誇るが、こめかみの部分だけはひどく薄い。
確実に殺す必要がある故に、必殺を求めた拳。
無防備で蹲る者へ振り下ろすべきではない拳がグラディスへと走り──
生々しさを伴った、破砕音を響かせた。
「──ッ!」
ただし砕けたのは、私の拳の方。
グラディスのこめかみ──いや、頭部は。
外殻を持つ生物のように、血晶で覆われていた。
「スラヴァっ!」
私の潰れた拳を見てアルマが叫ぶ。
痛みに歯を擦り潰しつつ、私は瞬時に試製桜花を解除してアルマの方へと跳ねた。
「その拳、大丈夫なのか!?」
「問題はありませぬ。今の内に集中すれば、すぐに使えるようになりましょう」
全力で拳へと集わせた治癒の魔術で、潰れた拳はもう形だけは元通りとなっていた。まともに使うにはもう少し時間が掛かるが、深刻というほどのダメージではない。
……予想外だ。まさかこんなことになるとは──
眼前で変化していくグラディスの姿に、私達は言葉を発することも出来ない。
グラディス……いや、そこに居たのはもうグラディスとは呼べぬ存在なのだろう。
屈強で幅広な身体は隙間なく血晶で覆われ、その姿はまるで血に染まった騎士のよう。
眼を除けば人とは変わらぬゼツロとは違い、血晶を飲み込んだグラディスは既に人とは呼べぬ何かに変わり果てていた。
「お前は、アレを知っているのか? 私にも、説明してくれ。何が何だかわからないんだ」
隣に並び立つアルマが、視線を動かさぬまま、呟くように語りかけてくる。
そうか、人型のタリスベルグを見るのは、初めてか。
拳を振るい感覚を確かめ、私は構えを作る。
「簡単に説明すればタリスベルグです。先程飲み込んだ血晶が作用し、人ならざる者へと変化したようです」
「……ッ! 人型のタリスベルグだと……!? 何故お前がそれを知っているかは気になるが──どうすればいいか分かるか?」
「殺す以外無いでしょうな」
「やはり……か。くそっ! 先程からどうなっているんだ……!」
アルマが吐き出した悪態は、私の胸中にあるものと同じ言葉であった。
……ただ、彼女の理解できない点には、私も入っているのだろうなとふと思う。
嘆くように頭を抱え、身を反らすグラディスはもう声を発してはいなかった。
明確に一つ、人である証が奪われた様で痛ましく思うが──私の思いとは裏腹に、血晶の怪異は完成を迎える。JACK ED 情愛芳香劑 正品 RUSH
頭を抱えていた手を降ろし、糸の切れた操り人形の様に頭を、両手を垂らすグラディス。
人でいう眼の部分に昏い光が灯ると、再び上体を逸し、拳を握りしめてタリスベルグが叫ぶ。
「ェェェェェェェェェッ!」
喉を潰された者がそれでも声を張り上げようとしたような、甲高い音。
生物と呼ぶことすら憚るナニカが、誕生した瞬間であった。
「……凄まじい、魔力だ……っ!」
怒りを体現するようにタリスベルグから吹き荒れる魔力に、腕で風を防ぐ。
魔力でいえばあの時のゼツロ以上か……!?
お世辞にも、グラディスの実力が人間のゼツロ以上であったとは考え難い。であれば、この力はあの闇を垂れ流す異様な血晶に依るものなのだろうか。
力の正体に考えを巡らせる私だが、ヒントの数はともかく、推理をしている時間はない。
魔力を収めたタリスベルグが辺りを見回し、私達の姿を捉える。
その瞬間、私は反射的に叫んでいた。
「……ち、来るぞ!」
自らの声を合図に、アルマと反対の方向へ飛び退く。
アルマも意図を察していたようで、私とは逆の方向へと飛んで難を逃れる。
そのまま血晶の拳が石畳の舞台へと振り下ろされる。すると火の大魔法を炸裂させたような音が響き──石畳を粉々に砕いた。
凄まじい威力だ……! 何の溜めも無しにこれほどの威力──やはり単純な破壊力だけならば、ゼツロよりも上か!
爆風に煽られるも、私とアルマはなんとか地面へと着地する。
地面へ埋まった手を引き抜いた、タリスベルグの瞳が私の方を向く。そこにグラディスの面影は見つからない。見つからないが──僅かにグラディスであった時の記憶が残っているのか、表情のない兜に光る目は、挑戦的である気がした。
彼もまた、何かしらの感情を私に持っているのだろうか。
だとするならば、グラディスの弔い合戦と行きたいところだが──
タリスベルグに警戒を保ちつつ、その背後に見える観客席へと僅かに視線を送る。
声からも感じてとれる事だが、理解の追いつかない展開にパニックを起こしているようだ。
……ソーニャやシェリルはどうしているだろうか。鈴が鳴ってモニカの場所に行っているのかもしれんな。だとすればモニカのことも少しは安心できるのだが。
なんにせよ、安全の確保のためなるべく早く決着を付ける必要がありそうだ。
できることならばこの手で葬ってやりたいが、ここはアルマと協力して少しでも早く打ち倒すのが先決だろう。
視線でアルマに協力を要請すると、タリスベルグの背後にいるアルマが首を傾ける。
タリスベルグのあの硬さを見れば『勁』や私ならば『天元一ツ』が有効だろう。
アルマもその事に気付いているといいが。
呼吸を合わせ、私とアルマは同時にタリスベルグへと飛びかかろうとする──が、タリスベルグはそれよりも早く行動に移る。
「ェェェェェェッ!」
声にならぬ叫びをあげ、タリスベルグが身を屈める。PPP RAM RUSH 芳香劑
隙にも見える行動だが、敵は完全なる未知数。私とアルマが様子見に入るのは半ば必然のことだ。しかし、その選択が間違いであると知るのは、そう遠くはなかった。
かつてナトゥーシャで相対したタリスベルグの様に──便宜上そう呼ぶが──グラディスの背には、サメのヒレを思わせる位置から縦に連なり、三つの血晶が生えていた。
叫ぶと同時に身を屈めたグラディスの背から、血晶が射出される。
だが、その血晶は空へと飛び上がり、私達とは見当違いの方向へと飛んで行った。
その行動に意図を探す私だが、答えは考えるまでもなく、光景によって想定すらしていなかった最悪のものを示される。
観客席の方へと突き刺さった血晶が激しく発光し、黒い皮膚を持つ不気味な化け物が生み出されたのだ。
「なんっ──!?」
常識を越えた光景に、思わず声が漏れる。
「馬鹿な──! タリスベルグがタリスベルグを生み出したというのか!?」
私よりも早く状況を叫んだのはアルマであった。
これでは人々の間に被害が出る──! あってはならぬ展開に、一瞬だけ思考がかき乱される。
グラディスは、私に生まれた僅かな隙を見逃さなかった。
軽く地面を蹴ったグラディスが私に肉薄する。鋭い血晶の爪を束ね、繰り出すは突き。
防御は論外、ならば流すしか無い!
「ちっ──!」
一瞬だけ送らされた反応が、私の身体を縛る。
だが、この程度の速度ならばまだなんとかなる。遅らされた反応が身体を縛るも、私はなんとか身を反らし、グラディスの爪を避けた。
かすった脇腹に切り傷が走るが、問題は無い。……が、反撃までは出来ないのがもどかしい。グラディスが攻撃動作を終了させてしまった以上、私に放てる反撃は打撃のみ。あの常識はずれの防御力の前では、此方が傷つくだけだろう。
経験による判断から、私は後方への跳躍で距離を取った。
……追撃してくる気配は見せない。自我は無くとも、ゼツロよりは慎重なようだ。
くそ、しかし厄介だ。
こうしていては生み出されたタリスベルグにより観客に被害が出てしまう。
さっさと此奴を片付けるか、それとも──!
葛藤の中、私は視界の中に映るアルマの姿を見て思考を止めた。いや、思考を続ける必要がなくなったというべきだろう。
そうだ、小型のタリスベルグはアルマに任せ、私はここでグラディスと戦えばよいのだ。
今は被害が広まる前に小型のタリスベルグを倒す事こそが優先事項だ。観客席の方には奴・もいるだろうし、今のシェリルをソーニャがサポートすれば、あの分体のタリスベルグならば何とかなりそうだ。
思いついた妙案を声に乗せてアルマへと届けようとする。
だが、その時には再びグラディスが向かってきていた。
ええい邪魔をする──! しかし今の私に油断は無い。動きを見極めんと目を凝らす──と、グラディスはその突進を九十度の方向へと向けた。
アルマの蹴りにより、吹き飛ばされたのだ。
硬いグラディスの血晶体を蹴った事で、痛みに顔を顰めるアルマだが──表情はそのままに、構わず叫ぶ。
「スラヴァ! 小型のタリスベルグを頼む! ここは、私が食い止める!」HARDWARE 芳香劑 RUSH『正品』
「な──!」
それは、私がいおうとしていた言葉であった。
またも先取りされた事で妙な気分になるが、今はそれどころではない。
「無茶だ! それに、この際だからいうが貴方よりも私の方が──」
感情に任せ、私は思うがままの言葉を紡いでしまう。
しかし──アルマは、それを遮った。
「そんな事はわかっている、だから頼むんだ。……私よりも、お前のほうが早く奴等を片付けられるだろう。その方が被害もずっと少なく済むはずだ。……それに、私は、お前の先生なんだぞ?
教え子により危険な方を任せられるか。少なくとも──師匠せんせいならば、そうする」
思わぬ言葉に、私は続けようとしていた言葉を飲み込んだ。
……実力差は把握した上、か。
アルマの提案は、確かにと思える理を持っていた。
アルマが行くより、私が行った方が小さいタリスベルグを早く片付ける事ができるだろう。
だが娘をより危険な方に残す事は、出来ない。
「私を……信じてくれ」
ただひとつ──信じろとさえ、いわれなければ。
……手塩にかけた、とはいえん。私は歳をくっても自分のことばかりで、良い親とはいえなかった。
けれど、何よりも彼女のことは信じている。
私には勿体無い、真面目で優しい、良い子だと。約束を違えるような子ではないと。
「分かりました。ここは任せます。……ですが無理はせぬように。すぐに片付けて戻りますが故」
「わかってる。まだまだお前には聞きたいことがあるからな、死ぬ訳にはいかない。
お前が戻ってくるまでは時間稼ぎに終始するさ」
アルマの言葉を背に、私はグラディスに背を向けた。
観客席にいるタリスベルグ。その一番近いものへ視線を向けつつ、私は身を屈める。
背後からグラディスが迫る気配がする──が、再びアルマがそれを跳ね飛ばす。
「行け!」
アルマの声を背に、私は跳躍した。
私がやるべきは、最早娘を心配することではない。
一刻も早くタリスベルグを倒して観客の安全を確保し、アルマの救援に戻ることだ。
……くそ、知らぬ間に大きくなりおって。だがまだ、アルマ一人ではグラディスの相手をするのは難しいはずだ。
跳躍によって観客席へと降り立った私は、すぐさまかけ出した。
そして目当てのものを見つけ、睨みつける。
「時間がない──さっさと終わらせてもらうッ!」
黒い表皮を持ち、ところどころに赤い線がはしった不気味な生物。
手足は二本ずつ。人を模した出来損ないの様な生物に向け、私は弾ける花弁を吹き荒らす!SEX DROPS
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