2015年7月26日星期日

蓮弥からの指令らしい

「俺達をどうするつもりだ?」

 両腕を後ろに回されて、縄を打たれた状態のレパードが蓮弥の館の謁見の間につれて来られてからまず口にしたのはその台詞であった。
 いうまでもないことではあるが、レパードの怪力をもってすれば縄が鎖に変わっていようが瞬時に引き千切ってしまうことが可能ではあった。巨人倍増
 レパードがそれを行い、逃げに走らないのは建前上は酒精が回ってしまってぐったりとしたまま、謁見の間の壁際に設置されているソファーの上でだらしなくのびているカエデの身を案じて、ということになっているのだが、実際は違う。

 「ふふん、勇者よ。己の未来が心配でならないか? なの」

 いまだに黒いローブ姿のフラウが、上座の席からレパードを見下ろすようにしつつ鼻で笑って見せる。
 深く椅子に腰掛けて背もたれに背中を預けつつ、足を組んでいる姿はそのまま悪役そのものであったが、残念なことに椅子は蓮弥の体格に合うように作られているものであるので、フラウでは足の長さが足りない。
 組んだ足も、床に届く事が無くぷらぷらと揺れていた。

 「カエデさえ無事なら……俺はどうなってもいい」

 神妙な口調でレパードが言えば、フラウは口の端を歪めて。

 「ふはははは! 見上げた覚悟なの、勇者よ!」

 「フラウ様……クルツ様が起きかけておりますが」

 冷静に突っ込んだのはフラウの背後に控えていたキースである。
 突っ込まれたフラウが壁際の一角へと目をやれば、そこにあるソファの上で獣人族の巫女二人を両脇に抱えたまますやすやと寝入っていたクルツが、少しだけむずがるような表情を見せているのが目に飛び込んできた。
 かすかに空気を切り裂くような音がして、上座のフラウの姿が椅子の上にくたりと潰れる。
 呆気にとられかけたレパードとキースであったが、すぐにそれが脱ぎ捨てられた黒いローブだけが椅子の上にわだかまっているのだと気がついた。
 では、中身はどこへ行ったのかと首を巡らせれば、エプロンドレス姿のフラウが、むずがっているクルツの傍でその頭をやさしく撫でながら、再度寝かしつけようとしている姿が見える。

 「速ぇな……」

 「さすがフラウ様です」

 呆れた声を出すレパードと、フラウを賛美する感情を声に含ませたキースが見守る中、クルツの表情がようやく穏やかに眠るものに変わったのをきちんと確認したフラウは、行った時と同じくらいの速度でもって椅子の上へと戻ると、またローブ姿に早着替えした。

 「ふははははー……見上げた覚悟なのー……勇者よー……」

 「そこからやり直すのか」

 ぎりぎりレパードの耳に届くくらいの小声で言い直したフラウ。
 がっくりと肩を落しつつ、溜息と共にそう呟いたレパードは床に転がったままぴくりともしないアルベルトの姿と、別なソファーに腰掛けたまま興味深そうに状況を見守っているグリューンの姿に気がつく。

 「勇者四人揃えて、レンヤの命令だとか言ってた気がするが、俺らに何をさせるつもりなんだよ」

 「マスターがね。カトゥルーと交渉を行ったみたいなの」三便宝カプセル

 「……はぁ!?」

 思わず大きな声を上げたレパードの目の前で、フラウが人差し指を自分の唇の前に立てて慌てて静かにするように指示する。
 折角寝かしつけたクルツが起きてしまう事を恐れての指示であったが、寝かしつけたばかりであったせいなのか、フラウとレパードの視線の先でクルツは幸せそうな寝顔のまま眠っていた。

 「起きたらどうするつもりなの……」

 「わ、悪ぃ……けど、驚けば俺だって声が大きくもなるってもんだぜ?」

 咎めるようなフラウの言葉に、申し訳なさそうにしつつもレパードは一応の抵抗を試みる。
 カトゥルーの存在は獣人族であるレパードも知っていた。
 獣人族の大陸にも港町は存在し、そこはカトゥルーの被害が及ばない、決められた狭い地域にのみ限るというのはどこの大陸においても共通の決まりごとのようなものといっていいことである。
 戦闘狂が多い獣人族の戦士達も、流石に相手が世界規模の大きさの存在ともなれば、戦いを望むよりも避ける事を重視するくらいの常識の持ち合わせはあった。

 「マスターの行動に一々驚いていたら、肝がもたないの」

 そんな常識を一刀両断するようなフラウの言い草に、驚く反面なるほどと納得しかけている自分にレパードは苦笑してしまう。
 それはフラウの背後に控えているキースも同じ思いであったらしく、口元に微笑が浮かんでいるのがレパードの所から見えた。

 「まぁ確かにな。それはそれとしてだ。カトゥルーって交渉できるようなモンだったか?」

 「その点についてはフラウも良く分からないし、手紙にも詳しく書かれてなかったの」

 「手紙か……ってちょっと一つ聞きたいことができたんだけどな?」

 手紙という単語に反応したレパードに、手紙の一体何がそんなに気になるのだろうと首を傾げるフラウ。
 そんなフラウにレパードは、ふと思いついた疑問をぶつけてみた。

 「その手紙にはよ。勇者を捕獲しろって書いてあったのか?」

 「勇者四人に以下の指令を申し付けるように、って書いてあったの」

 レパードの質問に素直に正直のフラウが答えると、レパードの目が少しだけ据わった。
 その変化の意味が分からないフラウは首を傾げたままレパードの次の言葉を待つ。

 「捕獲しろとは書いてねぇんだな」

 「書いてないの。だからグリューンとかクルツはちゃんと説得したの」

 「俺とアルベルトの扱いについて説明を求めてぇな!?」

 「手紙の意訳と日頃の行いの結果なの。異存でも?」

 逆に尋ねられたレパードは、大声でそれに答えようとしてクルツの事を思い出し、口の中でごもごもと言葉にならない音を籠もらせるだけで結局は反論しなかった。
 思い当たる節が全くないわけではなかった上に、反論しても無駄だろうということが反論する前から分かりきっていたせいである。蟻力神
 しても無駄なことはするだけ時間と労力の無駄である、ということをレパードも学びつつあった。

 「納得してもらった所で、改めてマスターからの指令を伝えるの」

 「あぁ……もう分かったから縄解いてくれ……別に罪人ってわけじゃねぇんだろうし、もう逃げねぇからよ」

 声に諦観をたっぷりと含ませてレパードがお願いすれば、フラウがちらりと一瞥しただけでレパードの両腕を拘束していた縄がぱらりと床に落ちた。
 それほどきつく縛られていたわけではないが、やはり腕が自由になると気持ちが少し緩むのか、ほっと息を吐くレパードであったが、床に落ちた縄の切れ端を見て背筋に冷たいものが走る。
 縄は解かれたわけではなく、レパードが冷たいものを感じるほどに鋭く、鮮やかな切り口を見せて床に転がっていたせいだ。

 「お前……だんだん妖精の範囲から逸脱していくよな」

 「失礼な。フラウはかわいい妖精のシルキーさんなの!」

 心の底から不本意であることを示すように、頬を膨らませ鎖骨の辺りで仕草だけは可愛らしく拳を握り締めて抗議するフラウであるが同意の言葉はどこからも聞こえてこなかった。

 「……異論があるの?」

 握り締めていた手を解き、胸の前で腕を組んで軽く胸を張れば、いきなり謁見の間を支配した威圧の気配に、部屋の中にいた全員がものすごい勢いで視線を反らした。
 それは眠っているクルツと獣人族の巫女を除いた全員であり、縛られて転がっているアルベルトすら芋虫状態のまま体を転がして、フラウの視線から逃げようとしている。

 「どうにも話が進まないように思えるので、その辺りの判断は一旦保留と言うことで伯爵殿のご指示を頂くわけにはいきませんか?」

 フラウの真正面にいるせいで、視線はそらせても威圧はモロに受けているレパードが声を出せずにいる所に助け船を出したのはグリューンであった。
 控えめにして物静かな上に、目立とうと全くしないグリューンが珍しく自分から話に加わってきたのは、それほどまでにレパードの置かれている状況が危ないものに見えたらしい。
 グリューンのとりなしに、やや不満げな表情を見せていたフラウではあるが、確かにこのままでは話が先に進みそうな気配がなく、それでは蓮弥の指示を勇者達に伝えることができないと判断したのか、威圧を解除して腕組みを解く。蔵秘雄精

 「マスターの指示は、指定された地点に竪穴を掘れ、というものなの」

 「竪穴ですか。どのくらいのでしょう?」

 レパードが何か言いかけたのを手で制して、壁際からレパードの隣まで歩み寄りながらグリューンが尋ねた。
 おそらくレパードはまた指示された土木工事に文句を言いかけたのであろうが、蓮弥の指示である以上、そこにどれだけ文句をつけてみた所でフラウが引くことはないだろうとグリューンは思っている。
 ならばここは文句をつけてみても意味がなく、指示の全貌を取りあえずは聞いた上で、労働条件や目的の緩和に努めた方が建設的であろうと言うのがグリューンの判断だ。

 「直径100mちょっとの深さ30mくらいみたいなの。あんまり大したことないの」

 「それなりに大変だと思うのですが……」

 「当初の予定では、マスターが訪問してる港町まで穴を掘るってお話もあったの。それに較べたら楽なものだと思うの」

 当初の予定とやらを聞かされたレパードの顔が惚ける。
 さすがにグリューンもそれに対しては、そうですねと言うわけにもいかずに困ったような笑みを浮かべるに留まった。
 そして二人とも、ほぼ同時にそうならなくてよかったと胸を撫で下ろす。
 仮に、そうせざるを得ない状況に陥った場合。
 確実に自分達はその港町まで続く延々と長い穴を掘り続ける作業に従事する以外の選択肢がなかったであろうことは予想するのが難しいことではなかったからだ。

 「掘った穴の底を平らにならして、石を積んできちんとした設備にするところまでがお仕事なの」

 「何に使うんだそんなもん。カトゥルーを讃える儀式でもすんのか?」

 石を積む作業まで、自分達の分担なのだろうなと思いつつぼやくレパードに、フラウは隠すつもりもないらしくきちんとした説明を続ける。

 「港町と接続する転送設備に使うの。転送用の陣とカトゥルーへの接続はフラウがやるから大丈夫なの。勇者さん達は穴を掘り終えたら地上部分の建築物も作成をお願いするの」

 「転送設備を野晒しにできない、ということに加えて転送で運ばれてきた物資の一時貯蔵設備、と考えればよろしいのでしょうか?」

 「さすがグリューン、理解が早いの。レパードも見習うべきなの」

 グリューンからの質問にこっくり頷くフラウ。夜狼神
 一応褒められたようではあったが、素直に受け取って良いものなのか迷うグリューン。
 比較対象にされたレパードは、不機嫌そうに舌打ちをして、フラウに睨みつけられて慌てて姿勢を正した。

 「キースは兵士を使って、設備とクリンゲを繋ぐ道路の舗装に着手するの。部材の手配はメイリアにお願いするから心配しなくていいの」

 「承ります、が。メイリア様が苦情を申し立ててきそうですな」

 恭しく一礼しつつ言ったキースの言葉に、フラウは黒のローブを脱ぎ捨てていつものエプロンドレス姿に戻りつつ、脱いだローブを床に適当に放り投げる。

 「クリンゲや、領地の運営は一応軌道に乗りつつあるはずなの。今、それほど忙しくないはずなの。ただ、メイリア姉様にばかり負担をお願いするのも悪いお話だから、事務方の人員の増員は申請されたら通してあげなきゃなの」

 「俺らの手伝いとかも増やせ!」

 放っておけば確実に穴掘りから石積みまでは四人だけでやらされる、というよりもクルツにそれほど無理をフラウがさせるわけがないので、実質三人でやらなくてはなくなると思ったレパードがここぞとばかりに声を上げる。

 「勇者の周りに一般人を置いても、作業速度について行けずに邪魔になるだけなのー」

 ふふんと鼻で笑うように言い放つフラウに、文句をいいかけたレパードをまた制して、グリューンが少し考えてからフラウに言う。

 「穴を掘る作業は確かにその通りですが、石を積む作業は我々でも専門の作業員でもあまり変わらないと思うのです。そちらだけでも人員を増やしてもらうわけには行きませんか?」

 「グリューンったら交渉が上手なの……でもまぁ確かにそっちの作業は勇者とか関係なさそうなの。むしろ職人さんの方が上手かもしれないの。……じゃあそっちはお手伝いさんを何人か入れてあげるの」

 考えを纏めるかのように、ゆっくりゆっくりそういったフラウに、レパードが噛み付きかけたのをグリューンの拳が脇腹に突き刺さって沈黙させる。
 おそらくは、どうせ手伝いを入れるなら自分達の作業は免除しろ的なことを言いかけたのだろうとグリューンは思っているが、下手なことをフラウにいって機嫌を損ねて手伝いの人員をキャンセルされてしまっては面白くない。
 脇腹の肉の薄い所に、結構な勢いで一撃を食らったレパードが息を詰まらせて崩れていくのをつまらなそうに見ていたフラウは、完全にレパードが沈黙したのを見てからぱんぱんと手を叩いた。

 「はいはい、お話は以上なの。今からやれとか無理なことはいわないから、明日から皆作業にとりかかるの。わかったの?」

 「仰せのままに」

 やはり眠っているクルツ達と、今しがた一撃食らって絶息したレパード。
 それと転がされたままのアルベルト以外の部屋にいた全員が声を揃えて頭を垂れ、蓮弥からの指示を伝える話し合いはお開きとなるのであった。樂翻天

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